平成28年度花巻市民芸術祭第10回文芸大会 一般の部 入選作品 【随筆】 *作品募集の部 ・芸術祭賞 「娘の結婚」 駒場 幸子 お雛さんを飾っていると、小学生の長女は「お嫁さんに行くとき、お 雛さんを持って行くんだってね」と話しかけてきた。 「私、お婿さんもらうから、てるちゃん持って行っていいよ」と、 妹に話していた。長女は家を継ぐ必要を、こども心に思っていること に驚き嬉しく思っていた。 長女が 23 歳の時、結婚したいと彼氏を家に連れて挨拶に来た。お 婿さんを迎え、家を継ぐものと思っていたが、家を出ると言われた。 突然の結婚宣言にショックを隠せない夫はハンガーストライキとい う行動に出た。 娘の準備した料理も彼との初顔合わせの食事もせず寝てしまった。 娘は大好物の鍋料理「しゃぶしゃぶ」を準備しご機嫌を取ろうとして いた。夫はしゃぶしゃぶを食べるときは“ごまだれ”というこだわり があり、それを忘れていたことが原因だった。この話は孫にまで伝わ り、スーパーでそのメーカーの商品を見つけると「これは、じいちゃ んのごまだれ」と呼ばれている。 「お姉ちゃん、家の事は心配しないで」と、妹からの一言で姉はめ でたく結婚ができた。そして、孫にも出会うことができた。 二女に良いお婿さんでも見つかることを願い期待していた。長女が 嫁いで 6 年度、二女は突然彼氏を連れてきた。彼も長男でお婿さんは 難しい縁だった。 娘から結婚承諾を求められると、夫は「眠たくなった」と寝室に行 き眠ったふりをして返事をしなかった。娘は枕元に行き説得をしてい た。夫は頑として返事をしないので、 「娘の幸せのため認めてあげたら」 と、私の一言で二女も嫁いで行ってしまった。 しゃぶしゃぶの料理を準備する度に、大好物も食べずに寝てしまっ た夫の仕草を思いだす。時々訪ねてくる二人の娘婿と楽しくお酒を飲 み、何事も無かったかのように暮らしている。 ・優秀賞 「灯りに包まれて」 阿部 佐恵子 我が家の2階のベランダから、西の空に煌々と灯りが見える。ふる里 に続く高速道路のオレンジ色に輝く照明灯をながめ、数台の車のライト の流れを確認し、ふとんに入るのが私のルーティンになっている。 当時 3 歳の誕生日が過ぎたばかりの娘を連れて、主人の実家、花巻に 越して来たのはもう 30 数年前。爽やかな秋晴れが続く頃でした。 知人、友人誰ひとりなく、慣れない土地で慣れない生活に無我夢中。 手さぐりの毎日でした。寂しい時は娘と二人、小さな手をつなぎ「ぎん どろ公園」や「わかば公園」で遊び若葉小学校の前を散歩しました。校 庭で遊ぶ子供たちのさんざめきが心地良かった。 児童たちはいつも仲が良い訳ではなく、ケンカしている声も聞こえま したが、その声にさえ心が癒され、元気になれました。楽しい気持ちの 時はもっと元気に、幸せな散歩道になったものでした。 娘が小学校に入学した春、何んとなく心配でたまらなくなり、買い物 にかこつけて時々校庭の前を通るのでした。友だちと楽しそうにしてい る姿を見つけると、我が子が学校や地域に受け入れられていると感じ安 心したものでした。 今でも小学校のにぎやかな音が大好きだ。私にとって校庭の声は「爽 音(そうおん)」なのだと思う。 彼女も 2 度の転職をくり返し、回り道はしたけれど、念願叶い遠い横 浜の地で小学校の教壇に立っている。にぎやかな「爽音」に包まれなが ら。 高速道路のオレンジ色の灯りは、私のふる里仙台を通過し、娘の住む 大都会まで続いているのです。 ・奨励賞 「いちじくの形見」 石黒 和夫 筆不精で日記もあまりつけない私が、古希になるころ、図書館主催の 文章講座を受けた。受講生は 20 名ほどで講師の方は、元小学校の校長 をされたという、温厚そうな人だった。 E先生との出会いの始まりだった。倦き易い性格の私だったが、月に 2 回、休まぬようにして通った。夏が過ぎ、紅葉も終わり、いつしか新 しい年になっていた。だが思うように筆は進まない。もどかしい気持ち でいたら、 「苦しみもがいて壁を突き破れ」と、励ましてくれた。3 月に なり終了式が行われた。1 年間が短く感じられた。 皆勤賞としていちじくの苗木をいただいた。先生が小枝を切ってコッ プの水で発芽させたという。冬の間も、いつも食卓に置いて成長ぶりを 観察したそうだ。家に帰り根付くことを祈って庭の隅に植えた。 講座はまなび学園に移り続けられた。2 年、3 年と、順調に学んでき たが、7 年目の秋に、先生から連絡があった。 「急で悪いが 11 月から行 けなくなった」と、低い声で力なく話された。3 年ほど前に、癌を手術 して、治ったと思い検査を怠っていたら、すい臓に転移していたと、打 ち明けてくれた。 夏のころから、少し元気がないようには、思っていたが暑さのせいか な、と、勝手に思いこんでいた。まさか手遅れになるまで病気が進んで いようとは・・・・・・。 入院する前に先生を訪ねた。奥様と 2 人だけの時間をなるべく多く、 大切にしたいと、いう思いがひしひしと、伝わってきた。 その日から、わずか 10 日ばかりして、訃報に接した。奥様からの電 話を、ただただ、うなだれて聞いた。どうしても納得できなかった。 いちじくの木は 3mにもなり毎年、たくさんの実をつけてくれる。形 見の木となった。 甘いのも辛いのも好物だった先生に、ジャムにしたり、果実酒にした りして、味わってもらいたかったが、今はもう叶わない。 ・佳作 「日ぐれに」 佐々木 トセ 強い日差しをさけて、木陰に入るともう心地よい風が渡ってくる。やっ ぱり秋になったんだなあと思いながら木々を見あげると、葉が大きく小 さく揺れている。私と同じようにとても気持ちよさそうだ。 やがて、紅葉して目を楽しませてくれたあと、山といっしょに冬の長 い眠りにつくだろう。巡り来る春に目を覚した木木は、それぞれの芽を はぐくむ。初夏をむかえると一せいに青葉となり優しい風を流してくれ る。これもまたうれしい。 風に誘われたように、いつの間にかひぐらしが鳴き始める。虫のコー ラスもにぎやかになってくる。今日という日を、何事もなく送れること は有難いことだ。 毎日夕方四時になると、御飯と味噌汁だけでも用意しておいたら助か るかなと、不自由な足で台所に立つ。頑張って支度を早めに終え、まだ 帰らない家族を待ちながら外に出て、ちっぽけな畑にうえてある野菜の 手入などするのも生きがいになる。 ここに生まれここで一生を送ろうとしていると、井の中のかわずに似 ていると考えたりすることもたまにはあるが、それを不幸だと思ったこ とは一度もない。なぜだろう、貧乏なおいたちが欲のない人間を作りあ げたのか。いや、欲は人並に持っているはず。もしかしたら、大自然に 抱れて暮らしていたら誰でも幸せを感じるのではないだろうか、きっと そうだ。結論が出て一人で納得する。 四季のある故郷は私のふるさとであり、命あるすべてのものの故郷で もある。この自然を大事にしながら、毎日をみんなで楽しく過ごせるこ とを願いながら、つるべ落しの陽が西山に沈むのをじっと見ていた。 ・佳作 「カアネと竹輪」 藤原 園子 5 月初旬娘と「命を守る会」から譲り受けた飼い猫。名前は「カアネ」 と云う。 瀕死の状態で捨てられていて助け出されたのが母の日だったのでカー ネーションと名付けられていた。我が家では「カアネ」と呼んでいて今 では「カアネ」と呼ぶと「ニアー」と返事をする。 避妊手術を受けトイレのしつけも完璧、白地に黒の斑点があり優しい 眼をしていた。病気や事故に合わないようにと家の中で飼うように約束 し同意書にサインをした。カアネは外を眺めるのが好きで網戸越しに外 の空気を吸っている。私が外出しようとすると「ニアー」 「ニアー」鳴い て後を追う。 そんな時外に出して虫や小鳥や鼠をとったり獲物を追いかけたり猫本 来の生き方をさせてやりたいと思う。 生まれてから 6 ケ月間もゲージの中で育ち運動不足で体重も 3 キロ以 上もあり肥満猫で寝たり食べたりばかりだった。 運動不足を解消させようと猫グッツを買って遊ばせるが飽きてしまう。 そこで思いついたのが竹輪のランニングキャッチ。2 センチ程にちぎって 廊下の端っこに投げる、カアネはそれを追いかけて口にくわえて私の所 へ置く、また投げる。全速力で走り竹輪を噛んで持って来る。短い舌と、 丸い口で獲物を捕った時のように得意そうに見せる「カアネ」。 「うまい」 「うまい」と頭を撫でるとゴロゴロ喉を鳴らし「クッ、クッ」と鼻を鳴 らし眼も大きく見開き嬉しそうにしている。犬のようなスマートな動き ではないが、カアネなりに一生懸命竹輪を追い走り廻る格好が愛らしく 笑ってしまう。機敏性や筋力もつくので毎日夜の運動として遊んでいる。 「竹輪の遊びを動画に撮ったら受けるネ」と娘が云う。 縁あって我が家の一員となったカアネ、病気や怪我のないよう私達の ペットとして癒されながら寄り添って行こうと思う。 ・佳作 「くじけないで一人暮らし」 小原 博子 私の誕生日は、真夏の八月十五日。 「お仕事頑張ってね」の言葉を添え、仙台の孫娘から銘酒のプレゼン トが届く。そばでは帰省中の息子が、夏の日焼け顔をして、にやにやし ている。この日は美味しい肉を求め、息子と二人で遠野路をドライブ。 夕方から我家の車庫で焼肉をするのが定番となっている。「お母さんは、 お酒を飲めなくなったら、一巻の終わりだよ」と六十代の時、子供たち から言われたことを思い出した。 そのころから毎年のように私のもとへ、アルコールのプレゼントが来 るようになり、私は勝手に「いつまでも達者でいてくれよ」と言われて いるような気がして、つい飲み過ぎる夜もある。 普段は消灯も早いが、今年は肉も酒も美味しく、話しはつきず夜遅く まで続いて、時間の経つのも早かった。飲める口には拍車がかかり、テ ンションもあがり、果ては飲み過ぎダウン。又早朝から、うるさい程に 元気に鳴いているミンミン蝉には、笑われているような気がした。この ひとこまに、自分の確かな変化を感じ、誕生日も若い時と同じように素 直に喜べない気もした。いずれ喜寿を迎えるのだが気が重い。両親がこ の年に病気で亡くなっているので、親に似たら、もしかして自分も?と 妄想し、断捨離と格好つけての身の整理は嘘ではない。 今の仕事は、身体にはきついが、人との出合いが沢山あって楽しく、 自分を穏やかにしてくれるので、私は助かっている。 過日「くじけないで」の本を読み、九八歳の著者の言葉に感動させら れた。 「恋はするのよ、夢だって見るの」この十三文字の言葉が、生きてい て良かったと、思う人生へと、私を奮いたたせてくれた。我が人生はマ イペース。この本は、いつも私を気遣ってくれる、同級生のトミちゃん からのプレゼントだった。
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