ESG - 日本証券アナリスト協会

講演
2014 年 9 月 11 日開催
ESG 投資~倫理ではなく、より良い企業評価の手法として~
株式会社大和総研
調査本部 主席研究員
河口 真理子 CMA
目次
1. サステナブルな投資(SRI から ESG へ)
2. ESG を評価することの意味
3. 利益と CSR
4. 日本の SRI 市場
1.サステナブルな投資(SRI から ESG へ)
今日は ESG 投資ということでお話をしたい。標題にあるように「倫理ではなく、より良い企業評価の
手法として」ESG を捉えていくべきではないかということである。そしてサステナブルな投資としてわざ
わざ(SRI から ESG へ)とあるのは、SRI にはどうしても倫理とか宗教あるいは社会運動とかのイメージ
が大変強いが、今はそうではなくて ESG になっているということである。
図表 1(後掲、以下同じ)に SRI の歴史的変遷を示したが、この SRI という発想は 1920 年代のアメリ
カで宗教的・倫理的な動機から始まり、キリスト教の教会でお金を運用する際に教義から外れる煙草と
かアルコールなどの業種に投資しないというところからスタートしている。それが 60 年代のアメリカで
公民権運動が盛んになり、GM やダウ・ケミカルに対する株主運動が起きるという形で進み、宗教家や社
会運動家が投資というツールを使って社会的な目的を自己実現する手段と見なされてきた。
これが変わり始めたのが、図表に「CSR と企業評価」とある 90 年代の後半からである。何が変わった
か、一番大きな要因は 96 年に ISO14001、環境マネジメントシステムが発効し、結果として環境に対する
評価が大きく変わったことである。それまで環境に配慮している会社は経済的には余計なことにお金を
かけて、儲からない非効率的な会社と思われていたが、環境マネジメントシステムの導入に伴う CO2 排出
量やゴミの削減が製造工程の全面的見直しによるエネルギーコスト全体の削減につながるとともに、当
時有名になったビールの絞りかすを肥料に商品化するといった廃棄物の有効活用事例なども生じた。こ
うした環境マネジメントによる会社の効率性向上に加え、一方でハイブリッド車など環境に配慮した商
品が会社のイメージアップにつながっていったことなどから、どのように環境に取り組み、将来への投
資をするかという環境経営が企業評価に非常に重要であるという考え方が出てきたのが 90 年代の後半で
ある。
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その後 2000 年に入って牛乳の食中毒事件という企業不祥事が起き、企業の倫理が問われる中で環境経
営だけでなく倫理も大事との考え方が示され、加えてその頃海外の評価機関から環境よりは労働とか人
権とかにどうコミットしているのかを問う質問が多く寄せられてきた。こうしたことから CSR 元年と言
われる 2003 年頃から企業は専門の担当部署を作って環境、労働、人権など CSR 全体をまとめてカバーす
るようになっており、他方で CSR 全体を見ることがより良い企業評価に結び付くのではないかと考える
投資家が増えてきている。
また 08 年頃からはエクイティものだけでなく債券などを使って社会的なインパクトを考えるインパク
ト投資とかクラウドファンディングとかの動きが出てきている。大和証券グループで販売したワクチン
債の例では、債券を 1 万円買うと途上国の何十人かの子どもたちにワクチンが打てるという形で、投資
するとどういうインパクトが社会にあるのかが分かるというインパクト投資への関心が個人投資家を中
心に広がってきている。
それで今の状況であるが、
図表 1 下に書いたように SRI は、
Social Investment、
Sustainable Investment、
責任投資、ESG 投資といった言われ方がされている。その中でなぜ ESG 投資というのが主流になってきた
かであるが、これは後で詳しく説明する PRI(責任投資原則)というものができた中で、環境(E)とか
社会(S)とかガバナンス(G)に配慮した投資が大事であり、今までの財務データと同じように E も S
も G も企業の強みを分析する要因として見ていく必要があるという意味でこれらをまとめて ESG 投資と
言っている。
図表 2 は世界の SRI 市場動向であるが、これは 2012 年の段階で各国にある社会的責任投資フォーラム
が集計した数字そのままなのでやや正確性に欠けるが、それにしても日本の市場は世界市場の 0.1%で、
仮に 10 倍になっても 1%と日本の金融市場の大きさからすればこれはどうなのかというレベルである。
その後も日本の状況には余りポジティブな変化は見られなかったが、2014 年に入ってかなり動きが出て
きているように感じられる。
今世界の SRI 市場ではヨーロッパが 64%、約 3 分の 2 までシェアを増やしている。ただ、その理由の
一つにはクラスター爆弾を禁止するオスロ条約の影響があり、オスロ条約が発効したことでクラスター
爆弾関連の企業には投資しないというスクリーニング条件を入れたファンドの急増がある。他方で注目
されるのは韓国で、ESG と言えばアメリカとかヨーロッパの話でアジアはそれほどでもないと思われがち
であるが、先日の日中韓 CSR 会合で韓国の公的年金 NPS の方から NPS は ESG 投資を積極的に手掛けてお
り、国民にも積極的に説明しているとの話があり、驚いたところである。
なお、アメリカは SRI の額が 1995 年から 2011 年で 6 倍弱に増加している。クリーンエネルギー関連
の投資やマイクロファイナンス関連、地域再生プロジェクトへの投資が注目されており、加えて気候変
動を経済的変動として捉えていこうとする投資が増えている。一方で、08 年の金融改革法の追加規定も
あってスーダン関連の投資方針、武装勢力の資金源となるタングステン他の紛争鉱物を電子部品などの
製品に使っている企業には投資しないという方針を持つ機関投資家も増加している。
ところで SRI がなぜこのように拡大してきたかであるが、ヨーロッパでの拡大の大きな要因になった
のは 2000 年 7 月に英国で年金法が改正され、年金基金が環境や倫理を考慮しているか否かを開示する規
定ができたことである。これはスチュワードシップ・コードと同じく Comply or explain なので実態と
しては全員が開示しているわけではないが、英国は国策として世界の金融市場をリードしていこうとい
う機運もあって金融のイノベーションに意欲的でこうした試みを実施している。
05 年にフランス退職年金準備基金が 6 億ユーロの SRI 運用を決定し、その後大半の投資がこのスクリ
ーニングで行われている。取材に行って聞いたところでは、フランスの年金基金も日本と同じく高齢化
が進み賦課方式だけでは基金が不足するため新たに積立方式を作ろうとして労働組合と協議する中で、
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その運用として労働者の権利を阻害しない、労働者の社会を良くするような運用ということで SRI 運用
が一部採用となったとのことであった。
そして 06 年に PRI ができ、これが公的年金を中心に SRI 推進の原動力になっている。この PRI は当時
のアナン国連事務総長の発案で、世界の地球環境問題や貧困問題に対応する国連グローバル・コンパク
トという組織と、環境と金融の専門家の集まりである国連環境計画・金融イニシアティブという組織が
協同して策定している。そして PRI ができたことでそれまで SRI とか ESG とかそれぞれ違う言語でやっ
ていた人たちが ESG 投資という形で一つのプラットホームができて、説明も運用もしやすくなって拡大
に弾みがついた。
PRI の署名機関は発足以来リーマン・ショックをものともせずに順調に増え、2014 年 9 月 2 日現在署
名機関は全部で 1,265 となっている。署名できるのは資産の所有者、運用会社、サービスプロバイダー
会社などで、1,265 のうち日本はわずかに 30 機関にとどまっている。そもそも、日本のマーケットが非
常に小さいから少ないのだろうが、いまだに SRI、さらには ESG 投資は儲かるのかといった議論でとどま
っている状況では世界の動向に照らしてみればいわゆるガラパゴス状態との感が強い。
図表 3 に PRI の前文と原則を示したが、前文に「環境上の問題、社会の問題および企業統治の問題」
を略して ESG という言葉が使われている。そしてこの ESG が「運用ポートフォリオのパフォーマンスに
影響を及ぼすことが可能であると考える」とし、さらに「これらの原則を適用することにより、投資家
たちが、より広範な社会の目的を達成できるであろうことも認識している。したがって、受託者責任に
反しない範囲で、私たちは以下の事項へのコミットメントを宣言する」となっている。こうした形で原
則ができたことによって、アセットオーナーたちはマンデートを出す際にアセットマネジャーが PRI に
署名しているかどうかを要件に加えることが増えてきているわけである。
PRI の署名機関がリーマン・ショックのあと増えている背景には、金融に対する不信感が世界的に高ま
った中でそれを再生させ社会から信頼を得るため本来あるべき金融に戻ろうとしていることや、短期投
資から長期投資への回帰として長期投資家を育成するため企業の体質を読む ESG を重視していることが
ある。また、一部の投資家に出てきている今の資本主義ではない長期的な別の資本主義を作る必要があ
るとの観点や、投資家自身にも社会的責任があり自分のリターンを追求すると同時に自分のお金の動か
し方が世の中にどう影響するかを見て投資するべき、との考え方が強まっていることもある。
そして ESG への関心が高まった結果として、ESG 要因と企業価値や株価パフォーマンスとの関係性が少
しずつ明らかになってきており、ブルームバーグやロイターなど金融情報ベンダーが ESG 情報を充実さ
せていることで投資家の使い勝手も良くなりつつある。また、MSCI が株価指数算定銘柄にも ESG 評価を
加味するとともに個別企業のレーティングなども始めている。さらに、私が最近発案した ESG に関する
IR ミーティングなども通常の IR ミーティングとは異なって長期的な企業価値に関する情報ツールとして
活用されつつある。
2.ESG を評価することの意味
ESG を評価することの意味について、MSCI の内 誠一郎ディレクターは「ESG 問題は、現在のバイサイ
ド・セルサイド調査でもカバーされている」との指摘に対し、
「たしかに人口問題・消費動向等について
吟味されているが、果たしてそれをもって ESG 問題もカバーされているか?」と疑問を呈している。そ
のうえで「ESG 問題はそもそもゲームの前提条件が変わるような場合の将来の耐性・対応力を見ている」
とし、
「新興国における児童労働やブラック企業問題は従来の金融分析では低コスト戦略として評価され
かねない。どこで「低コスト戦略」というポジティブ評価が「人権問題」というネガティブ評価に変わ
るのか」との具体例を示し、
「社会に影響を与える問題かどうかの見極めが求められる」と説明している。
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さらに、
「ESG は伝統的な金融分析には反映されていないので現状株価に対するシグナルにはなっていな
いが、世界的に見ると ESG が重要であるという投資家が増えてきており、そのうち ESG 要因が株価にイ
ンパクトを与えてくるようになる可能性は高い」と見ている。
社会に影響を与える問題かどうかを見極めるには非常に社会的なセンスが求められるところであって、
投資家だけでなく、企業の直接の担当者が問題を企業にとってのリスクとして理解していなかった、あ
るいは見過ごしていたという過去の事例を私もいくつか見聞きしたことがある。要は資本市場の前提条
件である経済・社会・地球環境の枠組みが変わりつつある中で、それを変化として認識しているのかど
うか、また単なる偶然の事象と見てすぐに消滅すると思うのか、それとも枠組みの変化として見極めて
いくのかということである。最近でも、働き手が見つからないという某外食チェーンの店舗運営問題は、
過剰労働力のある社会では起きなかった問題が、労働力不足社会で表面化しビジネスモデル自体が成り
立たなくなるという事例であり、中国のチキンナゲット問題も安価な労働力が入手可能であってもそれ
が良質な労働者でないとどうなるかといった話になるわけである。
そういう意味で現在最も注目すべき問題としては地球環境が経済にとって最大のリスク要因となり気
候変動による経済的なダメージがトレンドラインとして非常に増えていることがある。しかも気候変動
は現在進行形で、地球の平均地上気温は 1880-2012 年に 0.85 度しか上がっていないのに 2100 年までに
最低であと 0.3 度、最高では 4.8 度上がると予測されている。日本ではいまだに地球環境とか地球温暖
化という表現にとどまっているが、世界的には気候変動という言葉が定着しており、アメリカではつい
この間、気候変動は最大のリスクビジネスであり、アメリカの経済あるいは暮らしに破壊的な影響を及
ぼすという内容の“Risky Business”という報告書が出されたばかりである。そしてこの報告書では「産
業界と金融業界が、気候変動を意思決定に組み込むことを願っている」として気候変動を短期的なリス
クとしか見なしていないことに対して警告を発している。
気候変動とビジネスに関しては、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)が世界の主要
企業 5,000 社に気候変動についてどのようなリスクを、また反対にどのようなビジネスチャンスを認識
しているのかをアンケートした結果をグローバル版と日本版にまとめている。それによるとグローバル
の方ではリスクの上位 5 項目の 2 番目に異常降雨や干ばつが入り、日本ではビジネスチャンスの上位 5
項目の 4 番目に平均気温の変化が入っている。日本のリスクでは炭素税や排出量取引という社会制度要
因が 1・2 番目を占めており、日本企業は物理的な気候変動は省エネ商品の販売などでチャンスとして見
てはいるが、そのリスクは見ていないという結果になっている。
もちろん気候変動のインパクトは国ごとに異なる。別の資料によれば気象災害による被害の GDP 比は
先進国の 0.8%に対し新興国 2.9%、途上国 1.3%と想定されている。新興国は暖かいところにあるので
ハリケーンが発生しやすいことや、経済が発展し破棄されると経済的価値が失われるものが多くなって
いることもあるが、先進国ほど社会インフラが整っていないのでダメージを受けやすいということもあ
る。今日本の企業はアジアの新興国を中心に事業シフトを進めているが、こうした気候変動リスクを分
かっているかどうかも注意して見ていく必要があると思われる。
こうした ESG の重要性について収益と ESG の考え方を示したのが、図表 4 である。企業はお金(F)を
もとにコミュニティの中で人を雇い、土地を確保し、資源やエネルギーを使って(E と S)
、明確なガバ
ナンスの仕組み(G)を持った組織として動いて、その結果がお金(F)になる。今までの投資家は左の F
の財務情報のところしか見ていないで E、S、G は関係ない、あるいは E、S、G を別々に評価し分析する
ツールもないので最終的に F さえ見ていればいいという形であったが、これからは世の中の枠組みが変
わっていく中で E、S、G のメリット、デメリットを理解しないと、どういう F になるかが想定できない
のではないかということである。
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これを企業の P/L とステークホルダーの関係として見ると、企業の売上に対応するのは顧客というス
テークホルダー、コストに対応するのは取引先、環境、労働者などのステークホルダーであり、最終的
な利益に対応するのが株主というステークホルダーとなる。そこでより多くの利益を得るためには売上
を上げてコストを下げる、顧客からより多く取り、取引先などのステークホルダーにはより少なく払う
必要がある。この点で株主価値の最大化と株主以外のステークホルダーへのリターンは相反関係にある
と言えるが、最近の企業事例にも見られるとおり、他のステークホルダーを犠牲にして株主だけに顔を
向けている会社が本当に存続できるのか、短期的ではなくより長期的に会社が他のステークホルダーと
どのように関係していくのかを見ていくべきではないかということでもある。
なお、企業サイドにおいては統合報告書を作成してこれまでのアニュアルレポートに書いてある内容
と CSR 報告書などに書いてある内容を戦略として説明できるように統合して投資家に説明していこうと
している。この作成についてもいろいろな企業から相談があるが、今までのような良いことをやらなけ
ればいけないことを羅列するだけではなく、優先順位を付けてどういう戦略でこれをやっているのか、
これからどうするのかを簡潔に分かりやすく報告する必要があるとアドバイスしている。現在多くの企
業でこれまでややコミュニケーションに欠けていた財務・IR 部門と CSR・環境部門とが一体となって会
社として何が価値なのか、重要なのか、社会にとって何が重要で会社にとって何が重要なのかを検討し
ており、まだ始めたばかりではあるが、投資家からも企業との対話などを通じてバックアップしていく
ことが望まれる。
3.利益と CSR
利益と CSR について経営者の意識は変わってきている。図表 5 は経済同友会が定期的に会員の経営者
に対してアンケートしている結果であるが、CSR の意味ということに関して初めは払わなければならない
社会的コストという発想が多かったが、今ではそれを経営の中核として考えようというところが多くな
っている。また、CSR の取り組み姿勢については CSR 元年の 2003 年から 10 年近く経って今は二極分化、
例えて言えばトラックでのマラソンのように 1 位の人もビリの人も周回遅れで似たようなところを走っ
ていてパッと見ただけでは分からない感じの二極分化の状態にある。
長い間いろいろな会社の CSR を見ていて思うのは、最初にこの CSR のテーマでやらなければいけない
とトップが決断して取り組む会社があって、次にその会社が何を何のためやっているのかに気づいて取
り組むライバル会社の経営者がいて、それを見て他社がやっているからなんとなくやるという会社があ
って、最後にやらないという会社がある。コストとして CSR をやっているか、経営戦略的に投資として
やっているかであって、コストであれば削減するという方向しかないが、投資であれば如何に回収する
かという発想になるので、投資として回収できる仕組みでやっているかどうかが非常に重要なところで
ある。
そういう意味で企業価値と CSR との関係は、図表 6 のようになっているのではないかと考えている。
投資家やアナリストが企業を評価するときに、昔はビジネス戦略を見てそれだけを評価して企業価値に
結び付けることで良かったが、今や CSR という要素がビジネス戦略の全てに関わってきている。しかも
企業価値から一部を差し引くのではなく、人事・労務一つを取っても女性の活躍とか途上国の人権への
配慮が計数化される形で、ビジネス戦略に対する掛け算としてビジネス戦略は優れているが CSR がもう
一つとか、ビジネス戦略はもう一つであるが CSR は極めて優れているとかいろいろな組み合わせになっ
ている。もちろんビジネス戦略がゼロで CSR だけが良いというのはあり得ないが、明確なビジネス戦略
があってそこに社会にとっても会社にとってもどれだけ付加価値を付けられる会社であるかを見定める
ことが重要になっているわけである。
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4.日本の SRI 市場
日本の状況であるが、これまでのさまざまな押し上げ要因の成果が見え始めたこともあり、2014 年の
夏頃からガラパゴス状態が徐々に変わってきているように感じる。
まず初めに 2010 年に労働組合総連合会(連合)が公的年金等の運用について「ワーカーズキャピタル責
任投資原則」を策定し、労働者の権利を確保することを目的として短期の運用はしない、国内の労働者
をカットして海外に移して利益を上げている会社には投資はしないなど ESG 投資の発想を取り入れた運
用を打ち出したことが挙げられる。その後公的年金等に対する具体的な働きかけはもう一つ進んでいな
かったが、最近になって動きが見られ始めている。続いて 11 年には金融の力を使ってのサステナブルな
世の中の推進を目指す「21 世紀金融行動原則」が策定され、投資・運用機関だけでなく銀行、保険など
190 の国内金融機関が署名をして自主的な活動を行っている。
さらに 14 年には日本の新成長戦略における「日本の稼ぐ力」としてガバナンス改革、公的資金運用の
見直しということで GPIF がかなり注目されている。ごく最近も GPIF の運用関係者と ESG 投資について
お話する機会があり、前向きに検討されている様子が窺えたところである。また同時に日本版スチュワ
ードシップ・コードが策定されたことから投資家の間で長期的な企業価値の向上とは何かという意識が
高まっており、その点からも ESG 投資がこれまで以上に注目される方向にある。
私は ESG を見ていくというのは人間で言えば体質を見るようなものではないかと思っている。スポー
ツ選手が今素晴らしいパフォーマンスを見せていても、もし体質や体質管理に問題があるとすればいつ
かはそのパフォーマンスに限界が生じることはよく見られるところであって、今のパフォーマンスが持
続できるかどうかは体質や体質管理にかかってくることは言をまたない。これを企業に当てはめれば今
のパフォーマンスである財務が 5 年先 10 年先にどうなるかということは、体質である ESG をしっかり見
極めていかなければ判断できないのではないかということである。
最後に個人投資家について触れておきたい。
現在個人の証券口座数は 2,300 万件で複数口座を除くと実質的な証券投資人口は 1 割、10 人に 1 人程
度とみられ、私が ESG 投資についていろいろなところで話をしていても株式は自分には関係ないと思っ
ている人がほとんどである。そうした中で先述のようにインパクト投資やクラウドファンディングなど
世のため、人のため、自分のためにも事業に投資したい、出資したいと考える個人層は増えている。社
会への貢献と自分の儲けとの両方をかなえたいというのは日本人の体質にも極めて合致しているのでは
ないかと思われ、そういう面で例えば NISA のツールとして社会に貢献しながらも少しずつ資産形成を図
っていく ESG 投資といったメッセージを発信するのも有効ではないかと考えている。
本稿は 2014 年 9 月 11 日東京で行われた日本証券アナリスト協会主催講演会の要旨を講師の了解を得て掲載するものです。
講師の河口真理子氏は 1986 年一橋大学大学院修士課程修了、同年大和証券入社。94 年に大和総研に転籍、企業調査を経て 2010 年大
和証券グループ本社CSR室長。2011 年7月より大和総研に帰任、2012 年4月より調査本部 主席研究員。担当分野は CSR 全般、
ソーシャルビジネス、エシカル消費、社会的責任投資(SRI)。NPO 法人・社会的責任投資フォーラム共同代表理事。サステナビリ
テイ日本フォーラム評議委員、東京都環境審議会委員など。著書「
「SRI 社会的責任投資入門」日本経済新聞社(共著)
、
「CSR 企
業価値をどう高めるか」日本経済新聞社(共著)など。
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SRI投資→ ESG投資の流れ
図表1
(出所)大和総研
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世界のSRI市場動向:[2012Global Sustainable Investment Review]より
図表2
投資の評価プロセスに社会性を加味した社会的責任投資
(SRI)
世界のSRI市場は、13.6兆ドル。そのうち約2/3が欧州、3割が北米、
アフリカが2%で日本はわずか0.1%。
欧州は2009年から2011年の間年率35%で成長し、世界のSRI市
場をリード。運用資産に占める比率も49%。運用されているお金の半
分がSRI。
米国のSRI市場は歴史が一番古く市場規模は2番目。2009→2011
年で22%増加。
SRIの運用手法で一番多いのは、特定業種や銘柄を排除するネガ
ティブスクリーニング。
日本市場は世界の0.1%。運用資産に占める比率も0.2%。欧州で
中心的担い手の公的年金基金の不在が停滞の理由。
世界のSRI市場
市場規模(億ドル) シェア
欧州
米国
カナダ
アフリカ
オセアニア
アジア(除く日本)
日本
合計
87,580
37,400
5,890
2,290
1,780
640
100
135,680
64.5%
27.6%
4.3%
1.7%
1.3%
0.5%
0.1%
運用資産に占め
るSRIのシェア
49.0%
11.2%
20.2%
35.2%
18.0%
2.9%
0.2%
(出所)Global Sustainable Investment Alliance‘2012 Global Sustainable Investment Review'
 ちなみに、韓国の公的年金NPSも、ESG投資を手掛けている。総
資産4,420億㌦のうち、ESG投資62.8億㌦、グリーン投資830億㌦海
外の不動産投資では、環境を重視 (出所 NPS,国連グローバル・コンパクト 第6回
日中韓ラウンドテーブルレジメ 2014.8.28)。
手法別SRI運用残高と国別シェア
国別シェア内訳
手法別SRI運用残高
(億ドル) 日本
アジア
オセアニアアフリカ カナダ
米国
欧州
ネガティブスクリーニング 82,740
0
0.2
0.1
0.1
5.6
34.1
59.9
統合
61,760
0
0.7
2.1
3.1
7.5
19.5
67.2
エンゲージメント
46,890
0
0.9
1.3
0
11.2
32.8
53.9
国際規範スクリーニング
30,380
0
0
0
0
0
0
100
ポジティブスクリーニング 10,130
0.1
0.6
0.7
0.2
0.7
61.5
36.2
インパクト投資
890
8.1
0
1.8
2.4
5.8
69.1
12.8
テーマ投資
830
3
2.6
4.2
13.6
1.6
0
74.9
(出所)Global Sustainable Investment Alliance‘2012 Global Sustainable Investment Review'
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2
図表3
PRI 前文と原則
<前文>
• 私たち機関投資家には、受益者のために長期的視点に立ち最大限の利益を最大限追求する
義務がある。 この受託者としての役割を果たす上で、(ある程度の会社間、業種間、地域間、
資産クラス間、そして時代毎の違いはあるものの)“環境上の問題、社会の問題および企業統
治の問題(ESG)が運用ポートフォリオのパフォーマンスに影響を及ぼすことが可能であるこ
とと考える。 さらに、これらの原則を適用することにより、投資家たちが、より広範な社会の目
的を達成できるであろうことも認識している。”したがって、受託者責任に反しない範囲で、私
たちは以下の事項へのコミットメントを宣言する。 (赤字は筆者)
<原則>
1
私たちは、投資分析とその意思決定のプロセスにESGの課題を組み込みます。
2
私たちは、活動的な(株式)所有者になり、(株式の)所有方針と(株式の)所有慣習にESG問題を組
み入れます。
私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます。
3
4
5
6.
私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行いま
す。
私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。
私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。
出所)「責任投資原則ー日本語版」 http://www.unepfi.org/fileadmin/documents/pri_jpn.pdf
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3
ESGとF(お金)の関係
図表4
企業とステークホルダー
エネルギー
資源
金
融
機
従業員、
F
E
企業
コミュニティ、
社会
関
行政
G
企業は、意思決定プロセスが明確な組織を構築し(G)、人を雇い(S)、資源やエネル
ギーを使い(E)、環境に影響を与え(E),コミュニティのニーズに応え(S)、社会の
ルールに従いながら(S)、収益を上げる(F)
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4
経営者の意識の変化
図表5
2003
2006
CSRの意味
経営の中核
51
払うべき社会的コスト
65
CSRの取り組み姿勢
経営戦略の中核として取り組む
8
法令・社会から求められることに取り組む
59
(出所)経済同友会「日本企業のCSR-進化の軌跡ー」2010.4
2010
69
55
71
51
16
47
31
34
積極的な戦略という認識↑
消極的なコストという認識↓
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企業価値とCSR(ESG)の関係
ビジネス戦略
X
経営理念
図表6
=
経営の質・企業価値
人事・労務
ワークライフバランス
多様性、公平な雇用
生産
ゼロエミッション・フェアトレー
ド、クリーン調達
製品
エコ製品・
ユニバーサルデザイン、安全
マーケティング
X
CSR
=
ソーシャルマーケティング
LOHAS
顧客
顧客満足
財務
SRI
・・・etc.
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人
づ
く
り
・
モ
ノ
づ
く
り
・・・etc.
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