第6章 市場の限界

この章で学ぶこと
1. 自由で競争的な市場における取引は、資源
の効率的配分をもたらす。
2. しかし、取引者の間に情報の非対称性があ
る場合には、資源の効率的配分が実現しな
いことがある。
第6章 市場の限界
逆選択、モラルハザードについて
3. また、市場メカニズムは公平な所得分配を
必ずしも保障しない。
不平等や貧困など
1.はじめに (2)
市場経済が望ましいのは、市場メカニズムが
働き、資源の効率的な配分が実現するから。
市場の力に委ねるだけでは、解決が難しい問
題がある。
市場メカニズムが働く
自由で競争的な市場における取引
市場での取引が、資源の効率的な配分をもた
らさない。
価
格
1.はじめに (1)
需要曲線
供給曲線
価格の変化
均衡
均衡
数
量
• 売り手と買い手は希望する量を売り買いする
• 売り手と買い手の総余剰の合計が最大となる
例えば、情報の非対称性による問題
市場メカニズムが、公平な分配をもたらすものではない。
例えば、所得の不平等や貧困の問題
2.情報の非対称性
逆選択 (1)
情報の非対称性による問題
中古車市場(中古車の取引)の例
市場で取引を行う人々や企業などがもつ情報
に差がある
=情報の非対称性。
中古車についての情報
車の現在の調子 (エンジンの状態など)
過去の事故歴、故障歴など
調子が悪い車は
ないだろうか?
売り手(供給者)や買い手(需要者)が受け取
れるはずの利益を受け取れなくなる。
代表例:逆選択、モラルハザード
売り手は知っている
買い手は知るのは難しい
情報の非対称性がある
1
逆選択 (2)
逆選択 (3)
中古車市場では
取引を通して
買い手
中古車には質の良いもの、悪いものがある。
平均的な質は低いだろう。安く買おう。
• 中古車価格は下がる
売り手
質の悪い車
質の良い車
安くても売ろう
見合った価格でないと売りた
くない
• 市場に質の悪い車が増える
• 買い手は質の悪い車を買ってしまう
市場が成立しなくなってしまう場合も
逆選択
望んでいたこととは逆の選択をしてしまう
逆選択 (4)
逆選択 (5)
自動車保険の例
対応策
加入 ⇒ いざというときは保険会社が保障してくれる
情報を持つ側が、情報を発する
(シグナリング)
実績を広告する、
など
情報を持たない側が、情報を持
つ側に情報を明らかにさせよう
とする(スクリーニング)
第三者の評価を受
けることを求める、
など
加入者には事故を起こしやすい運転者もいる
保険会社は、保険料を高めに設定
安全な運転者には割高なので、保険加入が減る
保険に入るのは、事故を起こしやすい運転者
保険会社は保険を供給し続けられなくなる
保険市場が成り立たなくなる
しかし、完全に問題が解決するわけではない。
コラム:シグナリングとスクリーニング
モラルハザード (1)
モラルハザード (2)
保険の例
社長と社員の例
保険加入者
火事に対する備えや安全な運転などについて、
十分に注意した行動をとらないことがある。
外でなら長めに休憩
してもいいかな?
ちゃんと営業している
だろう
保険会社がそのことをとらえることは難しい
保険会社は保険料を高めに設定
社長は、社員の行動を正確に知ることができない
• 質の良い加入者が高い保険料を支払う
• 保険料が高く保険加入が減ると、保険が成立しな
い
• 仕事の成果は手抜きがない場合に比べて低くなる
• 会社は、仕事の質に比べて高い賃金を払うことにな
る
2
モラルハザード (3)
モラルハザード (4)
モラルハザードの問題とは
対応策
• 火災保険に加入
保険会社や社長は、相手の行動について情報を手に
入れるのが難しいので、損をしたり、取引の市場その
ものが成り立たなくなってしまうかもしれない。
• 損害金額のうち、一定額は自己負担(免責
金額)
• 事故に合わない加入者には、保険料の割引
• 仕事の成果が評価される報酬の仕組み
• 高めの賃金を払って優秀な人材を雇用
など。
しかし、これらはモラルハザードの問題を軽減
できるが、完全に解決するものではない。
3.市場メカニズムと所得分配
不平等と貧困 (1)
市場メカニズムが働いても分配の公平性が保
障されるわけではない。
経済格差の進行
火事への注意を十分に払わなくなる
• 社長の目が届かない
社員が仕事の手を抜く
倫理的には問題だが、ある意味で合理的な行動
• 努力
• 親の財産、家庭環境、教育
• 運
経済的不平等や貧困の問題は、経済学の基
本的問題
所得分配に関してジニ係数が上昇しているといわれる
ようになった(図1を参照)
ジニ係数
不平等を測るときに使われる代表的な指標
ジニ係数は0
完全に平等(全員が同じ所得)
ジニ係数は1
完全に不平等(一人が所得を独
占し他の人の所得がゼロ)
ジニ係数が1に近づくほど、不平等が大きい。
コラム:ジニ係数とローレンツ曲線
不平等と貧困 (2)
図1 日本のジニ係数の推移
ローレンツ曲線
(A)
(B)
(A)の方がジニ係数は大きく、不平等は大きい
厚生労働省「所得再分配調査」
3
不平等と貧困 (3)
不平等と貧困 (4)
なぜ不平等が進んだのか(1)
なぜ不平等が進んだのか(2)
高齢化の進行
学歴、企業規模、昇進の速さなどに伴う所
得格差の拡大
女性の働き方の変化
高所得の男性と高所得の女性の夫婦の増
加
不平等と貧困 (5)
貧困問題の広がり (1)
なぜ不平等が進んだのか(3)
貧困
「あってはならない状態」(岩田正美)
絶対的貧困
人が生きていくことができないほど、食料
や住まいなどが欠乏している貧困
世帯構成の変化
引退世代が子供世代と別れて住むようにな
る
相対的貧困
人が、ただ生きていくだけでなく、社会の
一員として過ごしていくために最低限のモ
ノやサービスを手に入れられない貧困
貧困問題の広がり (2)
図2 日本の(相対的)貧困率の推移
などが指摘されている
貧困率
貧困であるかどうかを分ける基準(貧困線)以
下の人の割合
貧困率の公表
政府が算出した相対的貧困率(図2)
貧困線(貧困の基準)は年間所得を大きさの順に並
べたときに真ん中の人の所得(中央値)の2分の1
(厚生労働省『国民生活基礎調査』の資料に基づいて計算されている)
4
経済格差への対応
この章で学んだこと
政府による所得の再分配政策
• 市場メカニズムが機能しない問題がある。
• 保険の役割
• 社会が安定化する
• 再挑戦の機会
必ずしも望ましくないという考え方もある
再分配政策への依存が労働意欲をそぐ
市場メカニズムによる効率性と公平な分配を
どのように選択してゆくのか
• 逆選択やモラルハザードなど、情報を持つ者
と持たない者の行動が市場メカニズムをうま
く働かせない。
• 市場メカニズムは公平な分配を保障するもの
ではないので、不平等や貧困などの問題に対
しては政府などによる政策を考える必要があ
る。
考えてみよう 1
考えてみよう 2
本文であげた例の他に逆選択やモラルハザード
が起きる例を考えてみよう。そしてそれを防ぐた
めにとのような仕組みが備えられているかをか
んがえてみよう。
新聞記事などを調べて、高齢者や若者といった
世代ごとの不平等や貧困の広がりの状況や原
因について考えてみよう。
【ヒント】
インターネットを利用して買い物をするとき、
出店者や出品者についての評価が出ている
ことがある。これはなぜだろうか。身近にヒント
があるのではないだろうか。
【ヒント】
インターネットの検索機能(利用可能ならば、
新聞記事データベースの検索機能)で、高齢
者、若者、不平等、貧困、格差などのキーワー
ドを使って調べてみてはどうだろうか。
考えてみよう 3
次に読んでほしい本
政府によって行われる格差の拡大を防ぐための
政策にはどのようなものがあるかを調べてみよ
う。そして、その役割や問題点につい考えてみ
よう。
「現代の貧困」
【ヒント】
「非対称情報の経済学」
格差の拡大を防ぐために所得の再分配が行われてい
る。これを支える税制や社会保障の仕組みについて
調べてみよう。また、これらの制度は、格差の拡大を
防ぐのにどのように役立っているのか、また、うまく働
いているのか、などについて調べてみよう。
岩田正美
筑摩書房、2007年
藪下史郎
光文社、2002年
5