「音声発音(再生)システム」の教育における活用

「音声発音(再生)システム」の教育における活用
大島真理子・島田文江・山本リリー・根本文雄・江副隆秀・鈴木純一・生田
茂
Key Words 音声発音(再生)システム,教科教育,教科外の活動,自立活動
1. はじめに
っている。
身近なところで,様々な二次元コードが活躍している。
バーコードがその典型であるが,最近良く見かける QR
コード [1] は,携帯電話のカメラなどで読み込んで
WEB サイトにつなげる機能を持っていたりする。また,
SP コード [2] は,狭い領域に 800 字近い文字を閉じ込
める機能を持っており,スピーチオという機器を用いて
人口音で発音することができる。
今回,初等・中等教育における教科や教科外の活動に
用いたシステムは,次のような二つの技術を統合したも
のである。
➀ PC に取り込んだ音や音声を ST コード [3] と呼
ばれるドット・コードに変換し,通常のプリンタで印刷
するソフトウエア技術である。このソフトウエアを
Sound Card Print Lite [4] と呼んでいる。
➁ 印刷された ST コードを読み取り,音や音声を,
取り込んだそのままに再生する技術である。この読み取
Fig. 1 Sound Card Print Lite の編集画面
り,再生するツールを Sound Reader と呼んでいる。[5]
この「音声発音(再生)システム」が,他の音声再生機
器と根本的に異なる点は,印刷された音声コードを
Sound Reader でなぞることで,取り込んだ音や音声を
そのまま再生できることにある。
これまで,子どもたちや先生の生の声を,教科や教科
外の活動の教材として用いるだけでなく,子どもたちと
プリンタで印刷すると,画面イメージそのままに,音
声はドット・コードで印刷される。
その印刷されたドット・コードをなぞって,音声を再
生するツール(Sound Reader と呼んでいる)を Fig. 2
に示す。丁度,手で包み込むようにして持てる大きさと
なっている。
共に教材作りから取り組んだ実践活動の報告は,極めて
少ない。[6]
本論文では,
「音声発音(再生)システム」を,➀教科
の学習を支援するツールとして,➁人と人とをつなぐコ
ミュニケーションツールとして,➂子どもたち同士の学
び合いを支援するツールとして活用している取り組みの
Fig. 2 Sound Reader
中から,感動的な教育活動を生み出した実践事例を三つ
報告する。
Sound Card Print Lite の持つ機能は決して多くはな
いが,その分,誰でもがすぐに教材開発に取り組める利
2. Sound Card Print Lite と Sound Reader
点がある。[7]
Fig. 1 に, PC に取り込んだ音声を,Sound Card
音や音声の PC への取り込みには,PC に接続したマイ
Print Lite を用いてテキストや絵とともに編集した画面
クと Windows に付属のサウンドレコーダーを用いてい
を示す。音声がドット・コードになっていることが分か
る。取り込んだ音の編集やコードの変換には,Soundit!
る。これらの音や音声は,本編集画面で,ドット・コー
[8] を用いた。
ドを右クリックすることで再生して確認できるようにな
3. 実践事例
3.1 おすすめの本の紹介(図書委員会の活動)
➀活動のねらい
八王子市立柏木小学校では,読書好きのこどもになっ
とともに完成した。
11 月に行なわれる読書週間に向けて,10 月の朝の児
童集会の時間を利用して体育館で全校児童に発表を行っ
た。
てほしいと願い,全校児童に「柏木おすすめの本」とい
集会では,サウンドリーダー用のシートを作成した本
う冊子を配り,卒業するまでに 300 冊の本を読むように
を実際の声で紹介するとともに,プロジェクターを通し
声かけを行なっている。これまで,声かけだけでなく,
て本の写真をステージに映し出した。最後に,6年生の
ポスターに描いて掲示したり,ボランティアのお母さん
図書委員がステージでサウンドリーダーの使い方を全校
達がクラスに入って読み聞かせを行ったり,図書便りを
児童に紹介した。
(Fig. 4)全校児童は一生懸命その使い
出したりして読書のすすめを行っている。
方を聞いていたが,実際にサウンドリーダーから本の紹
平成 18 年度の図書室の本の平均貸出冊数は一人 32
冊であるが,個人差が大きく,読書活動は,まだまだ十
分とはいえない現状である。とりわけ,どんな本を選ん
介の声が聞こえてくると,会場に「おおぅ」というどよ
めきが起こった。
その後,図書の時間に,一人一人がサウンドリーダー
だらよいか分からない子に,どうやって読書の楽しさを
を使えるように指導した。
体験してもらうかが課題となっていた。
「さあ本を選んで
➂振り返り
ごらん」と声かけするのではなく,こちらが選んだ本の
図書委員の生の声の「おすすめの本」の説明を
中から児童に選ばせる方が読みやすいだろうと考えて取
り組んできた。
こうした中で,児童が興味を持つ新たな取組みの必要
性を痛感している時に,
「音声発音(再生)システム」と
出会うことができた。
➁活動の展開
平成 18 年度から,読書活動推進の一環として,5,
6年生の図書委員会の児童が,サウンドリーダーを使っ
て一人1冊「柏木おすすめの本」を全校児童に紹介する
活動を行っている。低学年向き,中学年向き,高学年向
き,親子読書向きに分けて,それぞれお薦めの本を選ん
だ。2学期の読書週間前には,図書委員会の児童の声の
Fig. 4 体育館での全校児童への発表の様子
入った 20 枚の読書紹介シート(Fig. 3)を,委員の児童
聞くことによって,一層の読書意欲と自分の好みにあっ
た本を選ぶことができるようになった。また,図書室に
行けば,いつでも,何度でも聞くことができ,図書委員
への親近感や本に対する興味関心や読書意欲が高まった。
3学期も図書委員は,もう1枚ずつ,シート作成に取
り組んだ。これは平成 19 年6月の読書週間に図書室に
置いた。
3月6年生の図書委員が卒業していくとき,委員会活
動の中でもサウンドリーダーを用いた取組みができたこ
とはよかった,と感想を述べる子が多かった。今回は図
書委員が,本の紹介文を吹き込んだが,今後は,
「低学年
や中学年の児童が選んだおすすめの本」
,
「図書ボランテ
ィアのお母さんたちのおすすめの本」
,
「教職員の考える
おすすめの本」
,
「本の作者が直接語りかける本」の紹介
Fig. 3 作成した紹介シート(天使のいる教室)
などを行ないたいと考えている。
本の紹介カードは,図書室に置いてあり,いつでも児
童や保護者が活用できるようになっている。今年度のシ
ートには,その本が図書室のどこの棚にあるかを語りか
に示すような内容を学べるように,
「絵と文字と指導員の
けるコードを添付した。
音声入り」の教材(カード)を作成した。
PC に取り込んだ指導員の声を,Sound Card Print Lite
3.2 国際理解活動における英語の取り組み
でテキストや絵とともに編集し,カラーレーザープリン
➀活動のねらい
タで印刷し,子どもたちが多少乱暴に扱っても大丈夫な
子どもたちは年に数回しかない外国人英語指導員によ
る授業を楽しみにしているが,これまでは,次のような
ようにラミネートで包んで補強した。
カードには,次のような工夫をした。
問題点があった。
・子供たちが親しみを持てるようにと,カードに絵を描
・外国人英語指導員は,もっと学級担任に積極的に参加
き,
「手作り」にこだわった。
してほしいという願いを持っている。一方,学級担任も
・カードは3年生だけでなく,他の学年でも使えるよう
参加したいが,学習の予定や内容が分からないので手が
に,裏面に会話文を入れた。
出せないでいる。
・カードは,A4版の大きいサイズだけでなく小さいサイ
・学校全体で年間 44 時間の授業時間であり,1 クラス当
ズも作り,個人やグループで使い分けができるようにし
たりわずかに4時間しか英語活動の時間がとれない。教
た。
材もなく,せっかくの学習を学級担任が活かし,深めら
れないでいる。
実際に作成したカードの一例を Fig. 5 に示す。
➂振り返り
・外国人英語指導員と学級担任の十分な打ち合わせの時
間がとれない。
作成したカードとサウンドリーダーは, 外国人英語指
導員の担当する小学校の授業で活用した。音の出る教材
このような問題点を少しでも解決しようと,
「コミュニ
ケーション活動を楽しむこと」
,
「異文化に触れ,世界を
広げること」
,
「英語活動の様々な体験を通して,単に知
識を覚えるのではなく,自ら学び,考え,問題解決能力
を身に付ける」ことを目指して取り組んだ。
➁活動の展開
今年度は,外国人英語指導員と綿密に打ち合わせを行
い,授業を組み立てることにした。
まず,小学3年生向けの教材を作ることとし,Table 1
Table 1 本活動で作成したカード一覧
カードの種類
フルーツ
内容
裏表 12 種類
(例)カードゲーム用
枚数
6
表=言葉
学校で使うもの
裏=その言葉を使
用した質問と答え
は,指導員の人柄とも相まって,子どもたちに温かく迎
13
授業の開始で使う。
用できるように,授業用に加えて自習用に作成したカー
5
既存の絵を加工して使
反対言葉
う。
(例)ペンの大中小
5
覚えやすいように
曜日
絵を工夫する。
(例)土曜日は映画を
見ている絵にする。
えられた。
授業の間隔が一ヶ月と長いことから,復習や予習に活
(例)○○が好き?
天気
Fig. 5 英語活動の教材「カード」とサウンドリーダー
ドや手作りの本を,現在,外国人英語指導員の担当する
3つの小学校に置いてある。いずれの小学校においても,
子どもたちの自主的な学び合いが始まっている。
3.3 「朝の会」のコミュニケーションを目指して ‒ 特別支援
7
学校での取組み
➀活動のねらい
今回取り組んだ生徒は,
「あ」等の発音や自己流のサイ
ン,身振り手振りで,自分の意思を表現する生徒である。
普段から生活をともにする保護者や教師には,その生徒
の意図は読み取れるものの,他の人に自分の意志を伝え
ることが困難であった。
子どもたちや先生の「生の声」を,教科や教科外の活
動の生きた教材として活用している事例を紹介した。
自分の声や友だちの声,先生の「生の声」が再生され,
子どもたちにとっては,
(自分を含めた)声を聞くという
朝の会や「⃝⃝をしてください」と言った自分の意志
新しい体験とともに,楽しい,感動的な学び合いとなっ
を伝える場面で,音声の表出で友達の名前を呼ぶなど,
た。機械(合成)音声ではなく,
「生の声」を教育活動に
自分の思いを示す機会が増えればと考え,これまでも取
活用することで,それぞれの活動は,友だちの「顔の見
り組んできたが,なかなか成果をあげることができなか
える」やさしさと温かみあふれるものとなった。
った。
今回,本「音声発音(再生)システム」を用いて,他
の生徒とコミュニケーションをとる新しい手法を開発し
ようと取り組んだ。
➁活動の展開
当初,印刷された ST コードにそって Sound Reader
3.3 の事例に示したように,本「音声発音(再生)シス
テム」は,特別支援学校の学び合いの中で,特に,その
真価を発揮しつつある。[9]
今後,視覚特別支援学校での実践を始めとして,より
広範囲な子どもたちの学び合いに活用できるよう工夫を
重ねていきたいと考えている。
をまっすぐになぞることができなかったため,補助ツー
ル等を活用して,横にまっすぐなぞる動きをつくること
注と参考文献
から始めた。
1. QR コード:http://www.qrcode.com/
左右の空間を認知できるように,左右にスライドさせ
る教具や,なぞる始点と終点を理解しやすいように目印
をつけ,ST コードに沿ってなぞることができるように
2. SP コード:http://www.sp-code.com/
3. オリンパスが開発したドット・コードで, ST (Scan
Talk)コードと命名された。
と取り組んだ。始点や終点の認知や手・腕の操作性を高
4. PC に取り込んだ音をテキストや画像とともに編集し,
めることにより,三ヶ月程で Sound Reader を利用して
通常のプリンタで印刷できるようにと,新宿日本語学
音声を再生することができるようになった。
校が開発したソフトウエアである。
きちんとコードをなぞれば,友達や先生の声が飛び出
5. オリンパスから Scan Talk として発売されていたも
ることに気付き,成功するまで何度でも Sound Reader
のを新宿日本語学校が版権を引き取り,現在,Sound
で音声コードをなぞることに挑戦するようになった。
Reader という名称で発売している。
こうした取組みを繰り返すことで,友達の名前や朝の
6. 江副隆秀,生田 茂,鈴木純一:S.N.G. Sound Reader
会の一連の流れを入力した ST コード入りのカードの
と Sound Card Print Lite による音声教材作成の可能
読み取りが可能となり,朝の会で,発音に代わって
性,2006 PC カンファレンス論文集,421-424,2006
Sound Reader を用いて出席を取り,先生に挨拶を呼び
7. 現在,音だけでなく,テキストや画像などもドット・
かける司会をつとめることができるまでになった。
コードにできる Sound Card Print Lite の改訂版を準
➂振り返り
備中である。
名前が刷り込まれたカードをなぞるのにやや時間がか
8. Soundit! 5.0,株式会社インターネット
かり,友達の出席をとるために数回の試行が必要なこと
9. 杉林寛仁,吉沢祥子,青山正人,一木 薫,越田益人,
もあるが,きちんとなぞれば音が出ることを理解し,あ
原 義人,白石利夫,大川原 恒,河野文子,和田怜
きらめることなくなぞるようになった。クラスの他の生
子,内川 健,岡部盛篤,金子幸恵,砂野美幸,鈴木
徒も,この生徒がなぞって音を出すのを「じっと待つ」
卓,大島真理子,高濱俊光,江副隆秀,鈴木純一,生
ようになり,障害を持つ子ども同士がお互いの個性(特
田 茂:
「音声発音システム」の学校教育における活用,
性)を理解しながら関わる態度を身につけることができ
ATAC2006,153-154, 2006
るようになった。
ST コードをなぞることも出来なかった生徒が,朝の
謝辞:教育実践活動に一緒に取り組んでくれた八王子市
会の司会を行うようになるまでの経過は,ビデオ撮影さ
立柏木小学校,八王子市立元八王子東小学校,筑波大学
れており,見る人に大きな感動を与えている。
附属大塚特別支援学校の教職員,児童のみなさんに感謝
します。本研究の一部は,文部科学省の科学研究補助金
4. 「音声発音(再生)システム」を活用した教育活動から
(基盤研究(B)18330198:代表 生田 茂)による。
著者略歴
大島真理子:八王子市立柏木小学校教諭
島田文江:八王子市立元八王子東小学校教諭
山本リリー:八王子市外国人英語指導員
根本文雄:筑波大学附属大塚特別支援学校教諭
江副隆秀:新宿日本語学校校長
鈴木純一:新宿日本語学校
生田 茂:筑波大学附属学校教育局教授
連絡先:筑波大学附属学校教育局 生田 茂
ikuta@human.tsukuba.ac.jp