PRESS 報道解禁日:日本時間 2016 年 10 月 24 日午後 8 時・25 日朝刊 2016 年 10 月 21 日 RELEASE 理化学研究所 千葉大学 高知大学 大阪大学 生薬「甘草」のゲノム解読に成功 -重要生薬の原料の安定供給と有用遺伝子の探索に貢献- 要旨 理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター統合メタボロミクス研究グ ループの斉藤和季グループディレクター(千葉大学大学院薬学研究院教授)、セ ルロース生産研究チームの持田恵一チームリーダー、統合ゲノム情報研究ユニ ットの櫻井哲也ユニットリーダー(高知大学総合科学系複合領域科学部門准教 授)、大阪大学大学院工学研究科の村中俊哉教授、關(せき)光准教授らの共同 研究グループは、漢方などに使われる重要生薬「甘草(カンゾウ)」の全ゲノム 解読を行い、推定されているゲノムサイズの 94.5%に相当するゲノム情報を得 ることに成功しました。 甘草は、さまざまな漢方薬の原料として最も広範に用いられているマメ科の 生薬です。甘草には、抗炎症作用や痛みや咳を沈める効果をはじめ、多数の薬 効があります。また、根に含まれる主要成分のグリチルリチン[1]は、医薬品、化 粧品、天然甘味料の原料として世界的に需要が高まっています。甘草のゲノム を解読できれば、ゲノム情報に基づいた効率的な育種を進めたり、グリチルリ チンをはじめとした薬効成分の生合成に関わる有用遺伝子を効率よく探索した りできるようになります。 今回、共同研究グループは甘草の中で最も上質とされる「ウラル甘草」の全 ゲノム解読を行いました。得られたゲノム情報を解析し、34,445 個のタンパク 質をコードする遺伝子を見出しました。また、甘草のゲノム情報と、他のマメ 科植物のゲノム情報およびゲノム全域との比較解析などを行った結果、薬効成 分の一つであるイソフラボノイド[2]の生合成に関わる遺伝子群の一部が遺伝子 クラスタ[3]を形成していることを発見しました。さらに、グリチルリチンを含む 有用化合物群の生合成に関わる酵素遺伝子が含まれる遺伝子ファミリー(P450 ファミリー、UGT ファミリー)を、甘草のゲノム情報から網羅的に探索し、そ れらの遺伝子構造と遺伝子発現を明かにしました。 本成果は、甘草の分子育種による国内栽培化、生産性の向上、生薬としての 機能改変のほか、薬効成分の生産に必要な有用遺伝子の探索に資すると期待で きます。 本研究の一部は、科学研究費補助金(基盤研究 A)「甘草を中心とする重要マ メ科薬用資源植物の統合ゲノム研究」の支援により行われました。 成果は、英国の科学雑誌『The Plant Journal』に掲載されるのに先立ち、オン ライン版(10 月 24 日付け)に掲載されます。 1 報道解禁日:日本時間 2016 年 10 月 24 日午後 8 時・25 日朝刊 1.背景 「甘草(カンゾウ)」はマメ科の生薬で、その地下部(肥大根および地下茎) は甘草根とも呼ばれ、医薬品、化粧品などの原料として大きな需要があります。 甘草は日本で広く用いられている 200 種を超える一般用漢方処方薬の約 70%に 配合されており、漢方の中で最も汎用性の高い生薬です。特に、甘草に蓄積さ れるトリテルペン配糖体[4]の一種であるグリチルリチンは、肝機能改善や抗炎症 作用、去痰(きょたん)、消化性潰瘍の治癒など、さまざまな薬効があるだけで なく、砂糖の 150 倍以上の甘さがあるため、天然甘味料としても多くの食品に 使われています。グリチルリチンは非糖質系甘味料のため、カロリーが低く、 メタボリック症候群の予防にも役立つとして注目されています。 現在、国内の医師の 9 割が漢方を治療に用いており、その利用量は毎年増加 傾向にあります。しかし、甘草をはじめ漢方に用いる生薬の 85%は中国からの 輸入に依存しており、中国の経済成長などに伴い輸出制限や価格の高騰が続い ています。また、国内だけでなく世界的にも需要が高まる中、特に甘草や麻黄 (まおう)などの汎用生薬の供給不安が懸念されています。 そこで、有効成分含量が高く国内栽培に適した甘草の育種や有用成分の生産 に関わる遺伝子探索を効率よく進めるため、全ゲノムを解読しゲノム情報を得 ることが期待されていました。 2.研究手法と成果 共同研究グループは、武田薬品工業株式会社の京都薬用植物園が保存してい る、グリチルリチン含量の高い「ウラル甘草」の全ゲノム解読を行いました(図)。 図 ウラル甘草 マメ科の多年草で、初夏から 夏に淡紫色の花をつける。学 名は Glycyrrhiza uralensis。 写真提供:高上馬希重氏(北 海道医療大学) 医療用やグリチルリチン製造に用いられる甘草には、今回の研究に用いたウ ラル甘草(東北甘草)の他にスペイン甘草(西北甘草)、新疆(しんきょう)甘 2 報道解禁日:日本時間 2016 年 10 月 24 日午後 8 時・25 日朝刊 草などがありますが、ウラル甘草が最もグリチルリチン含量が高く上質とされ ています。 このウラル甘草の単一系統(308–19 系統)を材料として、タイプの異なる高 速シークエンサー[5]を組み合わせて用いて、ゲノムの DNA 配列を解読しました。 解読した DNA 配列を高速計算機で解析し、冗長性をなくして(解読したデータ における重複する部分をなくす)、推定されているゲノムサイズの 94.5%に相当 する 379 メガベース(Mb、1Mb は 100 万ベース)のゲノム情報を構築しまし た。 次に、構築したゲノム情報について、甘草の網羅的な発現遺伝子情報や、他 の植物の遺伝子情報を用いて遺伝子予測を行った結果、34,445 個のタンパク質 をコードする遺伝子を見出しました。 続いて、ウラル甘草のゲノム情報と、すでに全ゲノムが解読されているマメ 科植物のタルウマゴヤシ[6]やヒヨコマメ[7]のゲノム情報およびゲノム全域を比 較解析しました。その結果、薬効成分の一つであるイソフラボノイドの生合成 に特異的に関わる 3 個の酵素遺伝子がクラスタ(集合体)を形成していること が分かりました。その遺伝子クラスタは、これらのマメ科植物のゲノムの約 100kb~200kb にわたって、遺伝子の並びがよく保存されている領域中に形成さ れていました。 さらに、グリチルリチンを含む有用化合物群の一つであるトリテルペン配糖 体の生合成に関わる酸化酵素である P450 ファミリーと配糖化酵素[8]である UGT ファミリーをコードする遺伝子群を甘草のゲノム情報から網羅的に探索し、そ れらの遺伝子構造と遺伝子発現を明らかにしました。また、ウラル甘草のゲノ ムの少なくとも 8 カ所で P450 ファミリーと UGT ファミリーをコードする遺伝 子が隣り合って存在していることを見出しました。 3.今後の期待 本研究で得られたウラル甘草のゲノム情報によって、網羅的な遺伝子発現解 析や系統間のゲノム DNA の違いを調べる際の参照(リファレンス)ゲノム情報 を提供できます。その結果、分子育種(分子レベルの技術を用いた育種法)に よる甘草の国内栽培化、生産性の向上、生薬としての機能改変のほか、薬効成 分の生産に必要な有用遺伝子探索が加速すると期待できます。 また、ゲノム情報に基づいて、生物活性化合物の生合成や代謝に関わる酵素 遺伝子がライブラリ化されれば、植物由来の希少化合物や非天然化合物を人為 的に合成する合成生物学の基盤技術の開発につながると期待できます。 4.論文情報 <タイトル> Draft genome assembly and annotation of Glycyrrhiza uralensis, a medicinal legume <著者名> 3 報道解禁日:日本時間 2016 年 10 月 24 日午後 8 時・25 日朝刊 Mochida, Keiichi; Sakurai, Tetsuya; Seki, Hikaru; Yoshida, Takuhiro; Takahagi, Kotaro; Sawai, Satoru; Uchiyama, Hiroshi; Muranaka, Toshiya; Saito, Kazuki <雑誌> The Plant Journal <DOI> 10.1111/tpj.13385 5.補足説明 [1] グリチルリチン 甘草の甘み成分でトリテルペン配糖体の一種。消化性潰瘍の治癒や去痰作用、抗炎症 作用、肝機能改善作用などがある。 [2] イソフラボノイド 甘草の有効成分の一つ。抗酸化作用や更年期障害の緩和作用などがあるとされてい る。 [3] 遺伝子クラスタ 近年、いくつかの植物の全ゲノム配列が明らかにされてきた中で、薬用成分などのい わゆる二次代謝産物の生合成遺伝子群が、ゲノム上でクラスタ(集合体)を形成して いる例が報告されている。クラスタは 50kb~200kb の長さで、二次代謝産物の生合 成に関わる酵素遺伝子がそのクラスタ上に集まっている。 [4] トリテルペン配糖体 炭素数 5 のイソプレン単位を六つ持ち、計 30 の炭素数で構成されるトリテルペンに 糖が結合した化合物群。甘草のグリチルリチン、チョウセンニンジンのジンセノサイ ド類、サイコのサイコサポニン類など、重要な薬効を持つものが知られている。 [5] 高速シークエンサー 主に 2000 年代半ば以降に登場した DNA 配列を高速に決定する機器の総称。数億から 数百億塩基もの配列を一度の解析で決定できる。本研究では、1配列あたり決定でき る塩基は 200 塩基と短いが大量かつ高精度に決定できる Illumina Hiseq と、1配列あた り数千塩基と長く決定できる PacBio RSⅡの二つの異なるタイプのシークエンサーを 利用し、DNA 配列を決定した。 [6] タルウマゴヤシ 学 名 は Medicago truncatula 。 ダ イ ズ と 同 じ マ メ 科 ( Fabaceae ) の マ メ 亜 科 (Papilionoideae)に属す。マメ科のモデル植物として用いられており、染色体は 2n=16、 ゲノムサイズは 375Mb で、2011 年に全ゲノムが解読された。 [7] ヒヨコマメ 学名は Cicer arietinum。マメ科マメ亜科に属す。全世界で大豆に次いで 2 番目に広く 栽培されているマメ科作物。染色体は 2n=16、ゲノムサイズは 738Mb で、2013 年に 4 報道解禁日:日本時間 2016 年 10 月 24 日午後 8 時・25 日朝刊 全ゲノムが解読された。 [8] 配糖化酵素 天然の化合物(フラボノイド、テルペノイド、植物ホルモンなど)に、糖(グルコー ス、ラムノース、キシロースなど)を結合させる酵素。天然の化合物は配糖化により、 親水性が増したり、安定化したり、不活性化することから、化合物の蓄積やその機能 の制御に関与していると考えられている。 6.発表者・機関窓口 <発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい 理化学研究所 環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ グループディレクター 斉藤和季 (さいとう かずき) バイオマス工学研究部門 セルロース生産研究チーム チームリーダー 持田恵一 (もちだ けいいち) TEL:045-503-9488(斉藤) 、045-503-9183(持田) FAX:045-503-9489(斉藤) 、045-503-9182(持田) E-mail:kazuki.saito@riken.jp(斉藤)、keiichi.mochida@riken.jp(持田) <機関窓口> 理化学研究所 広報室 報道担当 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715 E-mail:ex-press@riken.jp 千葉大学 企画総務部 渉外企画課 広報室 TEL:043-290-2232 FAX:043-284-2550 E-mail:bag2018@office.chiba-u.jp 高知大学 総務課広報係 TEL:088-844-8643 FAX:088-844-8033 E-mail:kh13@kochi-u.ac.jp 大阪大学 工学研究科 総務課評価・広報係 TEL: 06-6879-7231 Fax: 06-6879-7210 E-mail: kou-soumu-hyoukakouhou@office.osaka-u.ac.jp ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 5
© Copyright 2024 Paperzz