山梨県産ワインの輸出に関するEU法上の諸問題

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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第13号 2010年 15−21頁
山梨県産ワインの輸出に関するEU法上の諸問題
―ラベル表示規制の紹介を中心として―
蛯 原 健 介
2008年8月,EU(欧州連合)のワイン共通市
場制度に関する理事会規則479/2008が発効し,
(IGP)という区分が「地理的表示付きワイン」
のカテゴリーの中に設けられました。
EUワイン法の根本改革がスタートしました。こ
地理的表示という概念は,あまり耳慣れないか
の理事会規則は,各種補助金,各種規制措置(醸
もしれませんが,EU法やWTO法(TRIPS協定)
造行為,原産地呼称,地理的表示,伝統的表現,
ではきわめて重要です。そこで,地理的表示を登
ラベル表示,生産者・同業者団体),EU域外の第
録することが何故必要なのかという点についても
三国との貿易,そして生産調整に関する措置を規
述べたいと思います。
律しています。ここでは,理事会規則479/2008と
ラベル表示規則607/2009を紹介しながら,山梨県
1.EUワインラベル表示規則の概要
産ワインの生産者各社がEU市場へ甲州種ワイン
を輸出するにあたって注意すべき事項をいくつか
取り上げていきます(1)。
EUのワイン法では,これまでは「クオリテ
ィ・ワイン」(フランスのAOCワインなど)と
理事会規則479/2008によれば,ラベルの記載事
項は,かならず記載しなければならない義務記載
事項と,一定の条件の下で記載することのできる
任意記載事項に分けられます(2)。
「テーブル・ワイン」との区分が定められていま
した。たとえば,フランスのAOCワインやイタ
リアのDOCGワインは「クオリティ・ワイン」に
位置づけられ,フランスのヴァン・ド・ペイや産
地表示のできない日常消費用ワインは「テーブ
ル・ワイン」という分類でした。しかし,「テー
盧
義務記載事項
理事会規則479/2008第59条では,義務記載事項
として以下の7項目が列挙されています。
①ブドウ生産物の種類の記載(Vin,Wine,
Vino など)
ブル・ワイン」のカテゴリーであっても,産地表
②AOPワインまたはIGPワインに義務付けられ
示ができるものとそうではないワインがあるな
る「保護原産地呼称」または「保護地理的表
ど,消費者にとってわかりにくいという批判もあ
示」の記載および当該AOP またはIGPの名
り,「クオリティ」を区分の基準とする従来の方
称
式から,「地理的表示」の有無を基準とする制度
③容量アルコール濃度(3)
に移行することになりました。したがって,現在
④原産国表示(Product of Japanなど)
では,AOCワインもヴァン・ド・ペイも「地理
⑤瓶詰め元表示,発泡性ワイン等の生産者・販
的表示付きワイン」として,同一のカテゴリーに
売者の名称
位置づけられています。ただし,他の農産物と同
⑥輸入ワインの輸入元表示
様,保護原産地呼称(AOP)と保護地理的表示
⑦発泡性ワイン等の糖分含有指標(4)(ラベル表
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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第13号
示規則607/2009 別表XIV)
問題について検討することにしましょう。
これに加えて,別の派生法・国内法等に基づく
規制も存在します。二酸化硫黄含有表示(5),ロッ
2.品種名の表示問題
ト番号,容量(6),妊婦に対する警告文ないし警告
マーク(7)といったものがそうです。②は「地理
「地理的表示なしワイン」でありながら,醸造
的表示付きワイン」のみが対象ですので,現時点
年・品種名の表示が可能となるのは,いかなる条
ではEU法上「地理的表示なしワイン」とみなさ
件が満たされた場合なのでしょうか。新規則の文
れている日本のワインは,ラベル上に産地名を表
面は,かならずしも一義的ではなく,慎重に解釈
示することができません。この問題については,
する必要がありますが,明確に規定されているの
あとで詳しく述べさせていただきます。
は,以下の諸条件です。
なお,義務記載事項は,ロット番号と輸入元表
第一に,生産国の国内法によって品種名の表示
示を除き,ボトルを回転させずに一括して読み取
条件が定められていることが必要です。新規則は,
ることのできる同一面に表示することが義務付け
その国の代表的な生産者団体が作ったルールでも
(8)
られています(ラベル表示規則第50 条1項) 。
よいと規定しています。日本の業界基準として,
そして,その文字や記号は,明瞭かつ識別可能で, 「国産ワインの表示に関する基準」があり,同基
消去不可能なものでなければなりません。
準第6条は,以下のように規定しています。
「使用したぶどうのうち,同一品種のぶどうの
盪
任意記載事項
使用割合が75%以上であるワイン,又は同一品
理事会規則479/2008第60条では,任意記載事項
種のぶどうの使用割合は75%未満であるが,上
として以下の7項目が列挙されています。これら
位2品種のぶどうの使用割合の計が75%以上で
の記載事項は,所定の要件を満たしたワインでな
あるワインで次に掲げるものでなければ品種を
ければ記載することができません。
表示してはならない。
(9)
①収穫年(醸造年度)
使用した品種が2以上である場合の品種表示
②ブドウ品種名
は,上位1品種又は使用割合の多い順に2品種
③非発泡性ワインの糖分含有指標
とし,上位1品種のみを表示する場合には,そ
④AOP・IGPワインに認められる伝統的表現
の使用割合が75%以上のもの,上位2品種を表
⑤AOPまたはIGPのマーク
示する場合には,ロゼワインを除き,上位2品
⑥一定の生産方法に関する記載事項(10)
種のうち,少ない方の品種の使用割合が15%を
⑦AOP・IGPワイン,EU域外の「地理的表示
超えるもの。
」
付きワイン」に認められる,当該原産地呼称
しかしながら,この基準は,第2条において,
または地理的表示の基礎となる区域よりも限
「この基準は,事業者が国内消費用として,販売
定された,もしくはより広範な別の地理的単
のため製造場から移出する国産ワインに適用す
(11)
位の名称
これまで,EUワイン法の下では,「地理的表示
付きワイン」でなければ醸造年も品種名も表示す
る」と規定していますので,輸出用ワインの基準
と解することはできないのではないか,という指
摘もあります。
ることができませんでしたが,今回の新規則によ
EU規則における品種表示のルールでは,単一
り,「地理的表示なしワイン」であっても,醸造
品種の場合は85%以上,二品種以上を表示すると
年・品種名の表示が認められるようになりまし
きは合計で100%となること,そして,使用割合
た。しかし,OIV等の国際機関で登録された品種
の多い順に表示し,文字の大きさは同一であるこ
でなければ表示できないなど,いくつかの条件が
とが義務付けられています。前述の業界基準は,
定められています。そこで,次に,品種名の表示
同一品種75%,二品種以上の場合は上位二品種の
山梨県産ワインの輸出に関するEU法上の諸問題
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合計が75%以上というルールですので,EU法の
etal wine” supplemented by the name(s)of
基準とは異なっています。輸出に際しては,当然
the third country(ies)concerned》ということ
ながらEUの基準を満たす必要があります。
ですので,第三国,すなわち,日本側の判断で
第二に,国際機関(OIV,植物新品種保護国際
(12)
の表示が可能となり,
《Varietal wine of Japan》
同盟または国際植物遺伝資源委員会)のリストに
現状では「地理的表示なしワイン」でありながら,
掲載された品種でなければ,品種名を記載するこ
品種名の表示もできると解されます。もちろん,
とができません。今回,OIVが登録を認め,最新
地理的表示「山梨」が登録されれば,EU法上の
版の国際ブドウ品種リスト(Liste internationale
「地理的表示付きワイン」とみなされ,こうした
des variétés de vigne et de leurs synonymes)
問題は解決することになります。
に掲載されましたので,品種名として「甲州」の
表示が可能になりました。たしかに,OIVのカス
3.その他の注意事項
テルッチ事務総長の文書には,ヴィニフェラとし
て登録されたわけではないとの注意書きがありま
以上のほかに,いくつかの注意事項を指摘して
したが,ヴィニフェラとして登録されなかったデ
おきましょう。まず,EUワイン法で「伝統的表
メリットは限定的と考えられます。予想されるデ
現」として指定されている特定の表現は,EUが
メリットとしては,EU域内での甲州の植え付け
認めない限り,EU市場では使用することができ
(商業目的)が加盟国レベルで禁止される可能性,
ません(13)。ラベル表示規則の別表リストを見て
あるいは,甲州種を使用するワインの産地名を
いくと,加盟国ごとに様々な伝統的表現が定めら
EU法のAOPとして登録する場合に問題が生じる
れています。たとえば,フランスでは,
ことなどがあります。また,EUでは品種よりも
テロワールを重視する伝統がありますので,EU
《Ch â teau》《Clairet》《Claret》《Clos》《Cru
Artisan》《 Cru Bourgeois》《 Cru Class é 》
域内の一般消費者はヴィニフェラ・非ヴィニフェ
《Grand Cru》《Hors d’âge》《Passe-tout-grains》
ラの相違にはあまり関心がないのではないかと思
《Premier Cru》《Primeur》《Rancio》《Sélection
われます。
ところで,連合王国向けの輸出にあたり,
de grains nobles》《Sur Lie》《Vendanges tardives》《Villages》《Vin de paille》《Vin jaune》
Food Standards Agency文書に記載された条件を
といったものが指定されており,要件を満たした
どのように解釈すべきかが問題となりました。
フランスワインのみが使用できることとされてい
《A vine variety and/or vintage may not be
ます。このような規制は,フランスだけでなく,
shown on any label for this category of wine
EU加盟国全体に適用されますし,域外で生産さ
unless it has been certified as a Varietal Wine》
れEU市場で販売されるワインにも適用されます。
という英文ですが,ヴァラエタル・ワインとして
このため,《Ch â teau》や《Clos》を名乗ってい
認証されたものでなければ,品種名も醸造年度も
た合衆国のワイナリーが,EUへの輸出のために
表示できないという趣旨のようです。この文書に
名称の変更を余儀なくされています。《Ch â teau
記された条件は,ラベル表示規則607/2009第63条
Mercian》あるいは《Sur Lie》という表現もEU
に由来するものと考えられます。それによれば,
輸出用ワインでは使用することができません。た
《For wines without protected designation of ori-
だし,翻訳使用は認められていますので,カタカ
gin, protected geographical indication or geo-
ナで「シュール・リー」と記載することは可能で
graphical indication produced in third countries
しょう。
which bear on labels the name of one or more
また,EU法によるボトルの容量規制にも注意
wine grape varieties or the vintage year, third
する必要があります。
規制対象になっているのは,
countries may decide to use the terms ”vari-
100mlから1500mlまでのボトルです。EU法で認
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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第13号
められているスティルワインの容量は,100ml,
レベルの「地理的表示」として位置づけられてい
187ml,250ml,375ml,500ml,750ml,1000ml,
るものではありません。実際,統一マークが得ら
1500ml,そして,スパークリングワインの容量
れなくても山梨県産ワインを名乗ることができま
は,125ml,200ml,375ml,750ml,1500mlに限
すし,甲州市の認証制度も対象外のワインが「甲
定されています。日本で広く使われている720ml
州市産ブドウ使用」と表示することを妨げるもの
や360mlのボトルは使用することができません。
ではありません。
勝沼ワイナリーズクラブのオリジナルボトルも
平成6年12月28日国税庁告示第4号によれば,
720mlですので,輸出用には使うことができませ
「地理的表示」とは,ワイン等の酒類に関し,「そ
ん。以前は,ワイン以外の飲料にも同様の規制が
の確立した品質,社会的評価その他の特性が当該
ありましたが,現在では自由化されており,ミネ
酒類の地理的原産地に主として帰せられる場合に
ラルウォーターで10%増量といった商品を見かけ
おいて,当該酒類が世界貿易機関の加盟国の領域
ることもあります。しかし,ワインについては,
又はその領域内の地域若しくは地方を原産地とす
当分の間,規制が残されるようです。
るものであることを特定する表示」をいいます。
ボトルの形状に関する規制もあります。アルザ
ス型(フルート)ボトルについては,フランス国
日本においては,国税庁長官が地理的表示の指定
を行うと規定されています。
内の生産者に適用される規制,トカイ型ボトルに
現在までに国税庁長官の指定を受けた地理的表
ついては,ハンガリーおよびスロヴァキア国内の
示は,平成7年6月30日国税庁告示第6号(平成
生産者に課される規制がありますが,その他の国
16年国税庁告示第5号,平成17年国税庁告示第31
の生産者には規制は及びません。EU法で指定さ
号,平成18年国税庁告示第9号により改正)によ
れていないフランスの産地の生産者(たとえば南
れば図表1の通りであり,ワインの産地はまだ登
仏のIGPペイドック)がアルザス型のボトルを使
録されていません。
用することは禁止されていますが,同じボトルを
使った山梨県産ワインをフランスへ輸出すること
登録された地理的表示は,以下のような保護を
受けます。
は可能であると考えられます。ただし,フランケ
「日本国のぶどう酒若しくは蒸留酒の産地のう
ン地方などに見られるボックスボイテル型,ジュ
ち国税庁長官が指定するものを表示する地理的
ラ地方で使用されるクラヴラン型ボトルについて
表示又は世界貿易機関の加盟国のぶどう酒若し
は,EUへ輸入されるワインにも規制が及びま
くは蒸留酒の産地を表示する地理的表示のうち
す(14)。
当該加盟国において当該産地以外の地域を産地
とするぶどう酒若しくは蒸留酒について使用す
4.なぜ「地理的表示」登録が必要なの
か
ることが禁止されている地理的表示は,当該産
地以外の地域を産地とするぶどう酒又は蒸留酒
について使用してはならない。……前各号の規
日本においてヴァラエタル・ワインの認証を受
定は,当該酒類の真正の原産地が表示される場
けて,品種名「甲州」の表示が認められることに
合又は地理的表示が翻訳された上で使用される
なっても,やはり「地理的表示なしワイン」のま
場合若しくは『種類』
,
『型』
,
『様式』
,
『模造品』
までは,競争の激しいEU市場では大きなハンデ
ィを負ってしまいます。したがって,「山梨」を
地理的表示として登録し,EU法上の「地理的表
示付きワイン」
として輸出することが不可欠です。
甲州市の原産地呼称制度や山梨県産ワインの統
一マークといったものは存在しますが,これは国
等の表現を伴う場合においても同様とする。」
(平成6年12月28日国税庁告示第4号)
なお,ここでいう「使用」とは,酒類製造業者
または酒類販売業者が行う行為で,「
(イ)酒類の
容器又は酒類の包装に地理的表示を付する行為」
「
(ロ)酒類の容器又は酒類の包装に地理的表示を
山梨県産ワインの輸出に関するEU法上の諸問題
19
図表1 国税庁長官が指定するぶどう酒,蒸留酒又は清酒の産地
付したものを譲渡し,引き渡し,譲渡若しくは引
球磨で蒸留し,びん詰めしたもの,という条件が
き渡しのために展示し,又は輸入する行為」
「
(ハ)
定められています。「薩摩」は原料さつまいもの
酒類に関する広告,定価表又は取引書類に地理的
産地を限定していますが,「球磨」の原料米につ
表示を付して展示し,又は頒布する行為」を含み
いては産地の要件は示されておりません。他方で,
ます(平成6年12月28日国税庁告示第4号)。
両者とも産地での製造や瓶詰めを要件として定め
もし,地理的表示「山梨」が登録されれば,
ています。
EU法上「地理的表示付きワイン」としての扱い
フランス・イタリア・スペインなどの主要生産
を受けることになり,産地として「山梨」の表示
国では,地理的表示付きワインの生産基準に関し
が可能になるほか,「地理的表示付きワイン」の
て厳格な要件を定めているところもありますが,
みに認められる任意記載事項(「樽熟成」
,発泡性
醸造地の要件に関しては,緩やかに解釈されるこ
ワインの「伝統的製法」など)を表示することが
とがあります。たとえば,ブルゴーニュのように
できるようになります。さらに,WTO加盟国は,
地理的表示が細分化されている地域では,AOC
各加盟国内において,ワインの地理的表示「山梨」
ごとに醸造所を建設することは不可能です。コー
を保護する義務とともに,商標登録を拒絶する義
ト・ド・ニュイのワインをコート・ド・ボーヌで
務を負うことになります。これは,WTOの
醸造したり,ボジョレーのワインをブルゴーニュ
(15)
TRIPS協定第23条によるものです
。
で醸造することもあります。たとえ山梨県産ブド
ヨーロッパの市場や消費者に対するインパクト
ウ100%であっても長野県で醸造したら地理的表
は,「地理的表示付きワイン」と「地理的表示な
示「山梨」を使用することができない,というこ
しワイン」では,全く異なると考えられますし,
とになりますと,かなり厳しすぎるように思いま
「地理的表示」の存在によって,「山梨」が日本の
ワイン産地として世界中に知られることになる点
も大きなメリットです。
す。
条件として参考になるのは,オーストラリアの
ワイン法です。当該産地のブドウを85%以上使用
すれば当該地理的表示を使用することができると
5.「地理的表示」を使用する条件
いう緩やかなルールです。山梨県産ブドウを
100%使用することを条件として定めることも考
地理的表示「山梨」の登録を行う場合,一定の
えられますが,EUのIGPワインの基準である
生産条件を定めておく必要があります。すでに国
85%以上を要件とし,外国原料の使用やブドウ以
税庁長官の指定を受けた焼酎「薩摩」については,
外の果実の使用は禁止するという最低限の基準で
鹿児島県産の良質なさつまいも,水を使い,鹿児
良いのではないかと考えております(16)。ブドウ
島で製造・容器詰めされた本格焼酎であることが
品種を指定すると,それ以外の品種を使用したワ
地理的表示を使用する条件とされています。また,
インについては山梨県産の表示ができなくなる不
焼酎「球磨」については,①米のみを原料として,
都合が生じるおそれがありますので,避けた方が
②人吉球磨の地下水で仕込んだもろみを,③人吉
良いでしょう。
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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第13号
地理的表示「山梨」の指定を受けたあとで,今
度は,さらに限定された地理的表示を登録しよう
長)をはじめ多くの方から貴重な助言を賜りまし
た。ここに厚く御礼申し上げます。
という動きも出てくるのではないかと思います。
甲州市が自治体レベルで原産地呼称制度の確立を
注
めざしていますが,地理的表示として「甲州」を
登録することは,品種名「甲州」との衝突があり, (1)本稿は,2010年4月15日に山梨県庁で行った講
演「県産ワイン輸出に関するEU法上の諸問題」
消費者が地理的表示と品種名を混同する可能性が
および同年8月10日に山梨県地場産業センター
考えられますので,避けるべきでしょう。EUで
は,品種名と地理的表示が衝突する場合には,地
理的表示を保護することになっており,地理的表
示を含む品種名は原則としてラベルに記載するこ
とができません。「甲州」が地理的表示として登
録されると,その生産範囲以外の生産者が甲州種
の品種表示を制限されるおそれがあります。そこ
で,甲州市を生産範囲とする限定された地理的表
示の名称については,ブドウ・ワインの産地とし
て古くから知られる「勝沼」を産地名・地理的表
示として認めることが望ましいと考えておりま
す。旧塩山市についても「勝沼」で良いと思いま
す。実際に,フランスでも近隣の市町村の名称を
名乗ることが認められています。たとえば,
AOCボルドーのワインは,ほとんどがボルドー
市外で生産されています。また,AOCマルゴー
の畑は,マルゴー村だけでなく,近隣のカントナ
ック村,ラバルド村,スーサン村,アルサック村
にまで広がっています。
以上,輸出にあたって注意すべき事項と地理的
表示登録の必要性について述べてきました。EU
の消費者にとっては,品種としての甲州も,産地
としての山梨も,現時点ではあまり馴染みのない
ものかもしれません。品種名の表示は,ようやく
実現する見通しが立ちましたが,地理的表示の登
録もマーケティングにおいてはきわめて重要で
す。ワイナリー各社が一致した意見に到達するこ
とは容易ではないことと思いますが,できるだけ
早く輸出用ラベルに地理的表示「Yamanashi」が
記載されることを願っております。
【付記】本稿執筆に際し,山梨県商工労働部産業
支援課の小野博隆さん,山梨県ワイン酒造協同組
合理事長の三澤茂計さん(中央葡萄酒株式会社社
(かいてらす)で行った講演「EU市場における
ワインラベル表示規制の概要」の原稿を加筆修
正したものである。なお,本稿における考察は,
平成22年度(2010年度)科学研究費補助金・若
手研究 B 「食品・農産物の品質確保と公的介入
に関する比較法的研究」(研究代表者:蛯原健
介,課題番号20730042)の研究成果の一部であ
る。
(2)ワインラベルの記載事項につき,山本博・高橋
梯二・蛯原健介『世界のワイン法』(日本評論
社,2009年)46頁以下,蛯原健介「欧州共同体
におけるワインラベル表示規制の改革につい
て」明治学院大学法学研究88号107頁以下参照。
(3)1%または0.5%単位。文字の大きさ(高さ)は,
1 , 000 ml を超える容量の容器の場合には5 mm 以
上,200ml超∼1,000mlまでの容器の場合は3mm
以上,200 ml 以下の容器は2 mm 以上。実際のア
ルコール濃度との誤差は原則として0.5%以内と
されているが,発泡性ワインなどについては例
外的に0.8%以内の誤差まで許容される。
(4)実際の糖分含有量とラベルに記載される指標と
の差は3g/l 以下。ガス添加発泡性ワイン・ガス
添加弱発泡性ワインについては,二酸化炭素ま
たは炭酸ガスの添加によって製造された旨の表
示が必要である。
(5)1リットルあたり10mg 以上の場合。
(6)容量の単位は,リットル( l ),センチリットル
(cl),またはミリリットル(ml)。文字の大きさ
(高さ)は容量が1,000ml 超の場合は6mm 以上,
200ml 超∼1,000ml までは4mm 以上,50ml 超
200 ml までは3 mm 以上。なお,容量誤差は,
750mlボトルでは,マイナス15mlまで,375mlボ
トルでは,マイナス3%(11.25ml)まで,
1 , 500 ml ボトルでは,マイナス1 . 5%(22 . 5 ml )
までと定められている。ジェトロ・ブリュッセ
ル・センター「EUにおける加工食品の輸入制度」
(平成20年度海外輸入制度調査)16頁参照。
http://www.jetro.go.jp/jfile/report/07000081/EU.pd
f
(7)フランスでは,2006年10月2日アレテ( Arrété
du 2 octobre 2006 relatif aux modalités d’inscrip-
tion du message à caractère sanitaire préconisant
l’absence de consommation d’alcool par les
femmes enceintes sur les unités de conditionnement des boissons alcoolisées)により,下記
山梨県産ワインの輸出に関するEU法上の諸問題
の警告マークまたは警告文《La consommation
de boissons alcoolisées pendant la grossesse,
même en faible quantité, peut avoir des
conséquences graves sur la santé de l’enfant》の
表示が義務付けられている。なお,この警告マ
ーク等は,アルコール濃度が記載されている箇
所と同一面に記載されなければならない。
(8)連合王国Food Standards Agencyによれば,二酸
化硫黄含有表示(Contains sulphites等)も一括
表示面の外に記載できるとされている。
(9)当該年のブドウの割合は85%以上。
(10)EU域外の「地理的表示付きワイン」のなかで,
木樽で発酵,貯蔵または熟成されたものは,
《fermenté en fût de …》,《élevé en fût de …》,
《vieilli en fût de …》といった表示を使用するこ
とができる(2009年ラベル表示規則別表XVI)。
ただし,国内法で定められた条件にしたがうこ
とが必要であり,木樽を使用していても「オー
クチップ・エイジング」を行った場合には,こ
のような表示は認められない。また,伝統的製
法に基づいて造られた発泡性ワインを指し示す
《fermenté en bouteille selon la méthode traditionnelle》,《méthode traditionnelle》,《méthode classique》,《méthode traditionnelle classique》とい
った表示は,AOPカテゴリーの発泡性ワインま
たはEU域外の「地理的表示付きワイン」にのみ
認められる。当該表示を使用する要件として定
められているのは,瓶内二次発酵およびデゴル
ジュマンを行うこと,最低9か月以上は澱とと
もに熟成させることである。
(11)より限定された地理的単位の名称を記載する場
合には,その地域で収穫されたブドウの使用割
合は85%以上であること。地理的表示「山梨」
が登録された場合,より限定された「勝沼」
「鳥居平」などの表示も可能になるものと解さ
れる。
(12)ヴ ァ ラ エ タ ル ・ ワ イ ン の ス キ ー ム に 基 づ き
《Varietal wine of Japan》の記載を行う場合,義
務表示事項の原産国表示《Product of Japan》は
不要となる。
(13)伝統的表現につき,蛯原健介・前掲論文124頁
以下参照。
(14)山本博ほか・前掲書56頁以下,蛯原健介「ボト
ルの形をめぐる事件(1)∼事例から学ぶワイ
21
ン法・第2回」ワイナート58号,同「ボトルの
形をめぐる事件(2)∼事例から学ぶワイン
法・第3回」ワイナート59号参照。
(15)TRIPS協定第23条は,以下のように定める。
「1 . 加盟国は,利害関係を有する者に対し,
真正の原産地が表示される場合又は地理的表示
が翻訳された上で使用される場合若しくは『種
類』,『型』,『様式』,『模造品』等の表現を伴う
場合においても,ぶどう酒又は蒸留酒を特定す
る地理的表示が当該地理的表示によって表示さ
れている場所を原産地としないぶどう酒又は蒸
留酒に使用されることを防止するための法的手
段を確保する。
2 . 一のぶどう酒又は蒸留酒を特定する地理的
表示を含むか又は特定する地理的表示から構成
される商標の登録であって,当該一のぶどう酒
又は蒸留酒と原産地を異にするぶどう酒又は蒸
留酒についてのものは,職権により(加盟国の
国内法令により認められる場合に限る。)又は
利害関係を有する者の申立てにより,拒絶し又
は無効とする。」
(16)
「国産ワインの表示に関する基準」は,以下の
ように,当該収穫地のブドウが75%以上とする
要件を産地表示について規定している。
「盧 使用した原料果実の全部がぶどう(次項及
び第5項において同じ。)で,かつ,同一の地
(以下,『産地』という。)で収穫したぶどうを
75%以上使用したワインであるもののうち,次
に掲げるものでなければ産地を表示してはなら
ない。
イ 当該産地が国内であるものについては,使用
したぶどう(ぶどう果汁を含む。)のすべてが
国産であるもの
ロ 当該産地が国外であるものについては,産地
の表示は行わない。ただし,事業者が国外に自
園を有し,当該園のぶどう(生ぶどうに限る。)
を輸入して製造したワインであって,当該ぶど
うについて原産地の証明があり,かつ,当該産
地名を使用することについて公的機関の承諾が
あるものを除く。
盪産地表示と紛らわしい商標等に対する打ち消
し表示
事業者は,国産ワインに表示する商標及び商品
名等(以下『商標等』という。)が,産地の表
示と紛らわしい又は誤認するおそれがあると思
慮する場合には,これを取り除くための表示を
行うものとする。
いわゆる『御当地ラベル』,『観光地ラベル』,
『プライベートラベル』についても同様とす
る。
」