文学系卒業論文 制作の注意点(メモ) 今井 勉 基本は、まず、なにはともあれ、テクストを読むことです。テクストを読んでいないのでは、そもそも何も感じな いし、何か書いてみたいという欲望が湧くこともないでしょう。興味を抱いた作品をとにかくしっかり読んでみるこ と、文学系の卒論は、作品を読んでいることが前提となります(これは当たり前のことなのですが、時折、テクスト をろくに読まずに、論文のふりをしているだけのものが見られるのは、残念なことです) 。次に、卒論という作業を特 に意識するならば、①より詳しく精密に読む(たとえば、気になる言葉を辞書で調べたり、参照事項についてメモを とったりしながら読む)こと【内在的読解=読み込み】が必要になるでしょうし、同時に、②他の人々(先人たち) の考えはどうか、批評や研究論文をあれこれ探し求めて、読んでみる(そして、こちらもメモをとる)こと【外在的 読解=客観化】が必要になるでしょう。そうして、メモを蓄積していくうちに、自分が特に面白いと思う部分が浮き 彫りになってくれば、それが、卒論のテーマになります。これらの作業を、納得できるレベルまでやり遂げることが できれば、既に、卒論のプランは出来上がっていると言っていいでしょう。あとは、実際に、書いて、削って、推敲 して、という作業を繰り返しながら、他人に読んでもらえる明快な文章を作る作業だけです。技術的なことは、いろ んな書物が出ていますので、いろいろと読んで、自分なりに工夫してみてください。以下、卒論制作上のアドバイス の一例として、東郷雄二著『文科系必修研究生活術』 (夏目書房、2000 年)という本から、私自身がこれは大事だな あと思った部分のメモを紹介しておきます(カッコ内はこの本のページを示します) 。 ◎指導教員の必要性→指導教員を「活用」する 「自分ひとりで卒業論文を書くというのは、どだい無理な話である。論文の書き方をまったく習わずに論文を書くの だから、水泳の練習をしたことがない人にいきなり泳げというようなものである。当然、よい論文が書けるはずがな い。いきおい論文審査の試問のときには、誤字・脱字に始まって、引用や参考文献の不備、論旨の不明確さなど、徹 底的にけなされるのが普通である。それほど不備を指摘するのならば、論文を出す前に言ってくれればいいのにと感 じる人は多いだろう。 」 (39-40) 「書けた部分から指導教員に見せる 卒業論文や修士論文を書いているのならば、書けた部分から指導教員に見せる のがよいだろう。指導教員の立場からすると、全部書きあがってから見せられては、路線の修正が難しくなる。もう 締め切りの期日も迫っているだろう。大幅な書き直しをする余裕がなくなる。部分的に書けたものから見せてもらう と、方向を修正するのが比較的容易である。 」 (183) ◎何がよい研究テーマか→テーマは具体的に絞り込む(問題意識を明確に) 「卒業論文は学部段階で勉強したことのまとめという性格が強く、それほど内容に独創性は求められない。卒業論文 のテーマはできるだけしぼる方が書きやすいだろう。たとえば「日本語の起源について」などという壮大なテーマを 選んではいけない。せいぜい今まで発表された諸説を羅列するくらいが関の山である。 「日本語起源論における南方説 の系譜」ならば、もう少し絞られたテーマになる。同じ理由で「ヴァレリーの建築論」というテーマは漠然としすぎ ていて、卒論レベルでうまくまとめるのは難しい。 「ヴァレリーの『ユーパリノス』における建築論の展開」くらいに 絞れれば何とかなるだろう。 」 (63) ◎まず先行研究を参照すること(文献調査)から始める 「先行研究とは、同じテーマについて過去に発表された本や論文などのことをいう。論文を書く場合には、まず先行 研究の探索が必要である。先行研究を参照しない論文は論文ではない。それは感想文か創作である。 」 (64) 「これから卒業論文を書こうという人には、先行研究の多いテーマを選ぶことを勧める。学部レベルでは、先行研究 を参考にせずに、独力で何かをまとめあげるのは難しいからである。また卒業論文にはそれほど独創性を要求されな いという事情もある。 」 (66) 「実際に論文を書くときに、まずどの部分から手をつけるべきかご存知だろうか。論文の組立をおおまかに言うと、 (1)序論、 (2)本論、 (3)注、 (4)参考文献表、となるが、このなかで最初に手をつけるのは参考文献表である。 そして最後に書くのが序論である。出来上がった論文の順序とは逆になることに注意されたい。 」 (76-77) 「文科系の学問の場合、好むと好まざるとにかかわらず、われわれの行う研究は、過去の膨大な言説を踏まえて、テ クスト相互関係の網の目のなかで、何かを付け加えるという作業にならざるを得ないのである。このテクスト相互関 係の網の目をしっかりと把握し、しかもそのなかで溺れてしまわない者だけが、意味のある言説を産み出すことがで きる。 」 (79) 「先行研究を批判的に検討し、 疑問点が見つかったら、 次はそれを自分自身の問題設定にまで高めなくてはならない。 そうしないと、ただの批判で終わってしまう。他人の研究にケチをつけるだけなら、誰でもできるのである。 」 (166) ◎論文とは何か→卒論を実際に執筆するときの注意事項(自分は「論文」を書いているのか?) 「論文とは、特定の学問上の問題について、十分な論拠をもとにして、主張や証明を行う、論理的に構成された著作 である。 」 「 (1)論文はエッセー・随筆ではない 論文には読む人を説得するだけの論拠と論理構成が必要である。 」 「 (2)論文はひとりよがりの文章ではない 論文は自分が読んでわかるようにではなく、不特定多数の人が読んで 理解できるように書かなくてはならない。 」 「 (3)論文は読書感想文ではない 外国文学研究の卒業論文などでときどき見かけることがあるが、研究対象とな る作品を読んで、その感想を書いたものは断じて論文ではない。論文とは明確な問いに答えるものでなくてはならな い。問題の設定されていない文章は論文ではない。」 「 (4)論文は芸術作品ではない 論文は学問上の主張を行い、読む人を説得することを目的とする文章である。文 章の書き方はわかりやすく論理的なものでなくてはならない。芸術作品のような凝った文体や、詩的な飛躍や比喩な どは必要ないばかりか、論文の目的を害するものである。 」 「 (5)論文は先行研究のまとめではない 取り扱う学問上の問題について、自分自身の主張すべきことがなければ、 それは論文にはならない。 」 (ただし卒業論文は、四年間の大学での勉強のまとめという性格が強く、それほど厳しく 独創性が求められることはない) (156-159) ◎「アウトラインを作る 論文にも設計図が必要である」 (170) ◎明快な論理構造を組み立てる 「論文に求められる最小限の論理構造は、 (1)序論、 (2)本論、 (3)結論、である。序論では問題の設定を行う。 これから何を論じるのかを明らかにするのである。本論は問題を論じる主要な部分である。そして最後に結論で、論 じた結果をはっきりと述べ、その意味するところを考察する。この三つの部分のどれが欠けていても、論文にはなら ない。それぞれのパートに盛り込むべき内容には、次のようなものが考えられる。 (1)序論 ・問題の設定:その論文でどのような問題を扱うか ・問題の背景:なぜその問題を扱うのか(問題意識、研究動機の明確化) ・先行研究の状況:その問題にはどのような先行研究があるか ・問題へのアプローチの方法:どのような方法でその問題を扱うか (2)本論 ・先行研究の批判的検討 ・問題点の摘出 ・問題点を解決するための文献調査(作品分析) ・文献調査(作品分析)の結果の提示 ・文献調査(作品分析)の結果の吟味 ・どれだけ問題を解決できたかの批判的検討 (3)結論 ・最終的に得られた結論の提示 ・結論をもう一度問題全体に置きなおしてその意義を検討 ・この研究の限界を指摘 ・残された問題点と将来の展望を提示」 (175-177、今井が一部改めたところがあります) 論文の書式については、それぞれの専門分野のしきたりに従う。
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