日本進化学会ニュースvol.17 No.1

ISSN 2187-798X
Vol . 17 No . 1
March 2016
目 次
会長挨拶
1
田村浩一郎(首都大学東京)
2
2016 年度役員紹介(2016-2017 年)
3
リレーエッセイ〈11〉
7
9
内臓逆位が進化するのはなぜ巻貝だけなのか
浅見崇比呂(信州大学)
進化学者に聞く! 学生からの 10 の質問
宮 正樹(千葉県立中央博物館)
学会賞受賞記
感謝のご挨拶
岸野洋久(東京大学)
15 第 4 回 シリーズ「大量データと知見の架け橋」
全ゲノムシークエンスデータからの HLA タイピング手法
成相直樹(カリフォルニア大学・サンディエゴ校)
23 どのアセンブリを使うか?:分子系統学的観点に基づくアセンブリの評価
原 雄一郎(理化学研究所 )
30 第 24 回 海外研究室だより
医学部に埋め込まれたハードコア分子進化の拠点:
コロラド大学デンバー校・David D. Pollock 研究室
福島健児(コロラド大学)
38 第 1 回 ダーウィン研究室:国内にもある、Cutting-Edge Science!
東京工業大学・田中幹子研究室紹介
岡本恵里(東京工業大学)
ミーティングレポート
40 第 24 回 Plant and Animal Genome Conference(PAGXXIV)に参加して
川原善浩(農業生物資源研究所)
43 CeMEB Eco-Evo 国際カンファレンス in スウェーデン
荒木仁志(北海道大学)
46 編集後記
日本進化学会ニュース
会長挨拶
March 2016
田村浩一郎(進化学会会長、首都大学東京)
日本進化学会会員の皆様
2016 年 1 月より日本進化学会の会長を務めております田村浩一郎です。これから 2 年間、皆様のお役に
立てるよう頑張る所存ですので、どうぞよろしくお願いいたします。
執行部の顔ぶれは、前執行部人事に際して長谷部光泰前会長が大鉈を振い「私以外はほとんどの方が前
執行部から交代致しました」とのことでしたので、今期は基本的にそのメンバーを継承し、慣れた職務を
より一層深く進めてもらう方針としました。それでも副会長になった河村正二さんの後任として事務幹事
長に大田竜也さん、庶務幹事に石川麻乃さん、渉外幹事に田中幹子さんを迎え、一段と若返り、ジェン
ダーバランスも改善しました。評議員ともども執行部一丸となって学会をより一層、盛り上げていきたい
と思いますので、学会員の皆様にも引き続きご協力をお願いいたします。
多くのノーベル賞受賞者を輩出する一方、改竄・捏造・剽窃・研究費不正使用などスキャンダルもあり、
サイエンスの世界は世間から一層注目される昨今ですが、学術の意義についてあらためて考え直すべき
時に来ているのだと思います。自然科学研究機構のホームページを開いてみると、
「
『学術研究』とは自然、
人間、社会におけるあらゆる現象の真理や基本原理の発見を目指して、人間が自由な発想、知的好奇心・
探求心をもって行う知的創造活動です。
」という言葉から始まります。学術の本質が明瞭、簡潔に記述さ
れている一文だと思います。残念なことに、一般社会では応用分野への偏重が進んでおり、基礎と応用の
バランスを欠いていると言わざるを得ません。進化生物学への理解も薄まってしまう危機に直面していま
す。基礎なくして応用はあり得ません。iPS 細胞による再生医療や遺伝子治療のような分野でさえ、進化
生物学から学ぶべき教訓は数多くあります。日本進化学会としてはこのような基礎科学の重要性を啓発し、
何より知的好奇心を満たすための研究の面白さ、楽しさを、未来を担う青少年をはじめ広く社会に知らし
めることがますます重要になります。幸いにも、次世代シーケンシングやゲノム編集などの新技術の恩恵
は、モデル生物を使った研究だけでは済まされない進化生物学にとって他の分野以上に大きなものとなり
えます。進化生物学の発展自体が社会貢献のための最善の道ですので、学会はその一助となるべく活動し
ていきたいと思います。その中核となる今年の年大会は、8 月 25 ∼ 28 日に東京工業大学大岡山キャンパ
スで開催されます。学会員の皆さんの力で最大限に盛り上げていただきたいと思います。
日本進化学会は 1999 年 10 月に発足し、今年で 17 年目を迎えます。この間、会員増加や年大会充実のた
めの試行錯誤が繰り返されてきました。財政的にも楽ではない時もずいぶんありました。現在、ようやく
状況は安定してきたように感じますが、まだまだ安心はできません。幽霊会員の扱い方もあって一概には
言えませんが、会員の年齢構成は年々高い方にシフトしており、一般会員に対して学生会員の割合は小さ
くなってきています。よく言われる若手の人材不足は日本進化学会もご多分に漏れず、今後少子化に伴い
ますます深刻化すると予想されます。学会はこれまで高校生ポスター発表「みんなのジュニア進化学」を
年大会で主催してきましたが、今後は学部学生に対しても進化生物学の面白さをアピールするようなこと
を考え、より多くの学部生に進化生物学関連の研究室を選択してもらえるような活動も行いたいと思って
います。また、近年の年大会主催者の努力により財政的に余裕ができてきました。社会的状況からも日本
います。
以上、今後 2 年間、微力ながら学会の活動を通して進化生物学の発展に尽力する所存です。学会員皆様
のご協力をどうぞよろしくお願いいたします。
会長挨拶
進化学会も法人となるべき段階に来たと考えます。今後数年の間に法人化することを検討したいと思って
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日本進化学会ニュース
2016 年度役員紹介
(2016- 2017 年)
March 2016
執行部
会 長
田村 浩一郎
首都大学東京
副会長
河村 正二
東京大学
事務幹事長
大田 竜也
総合研究大学院大学
会計幹事
入江 直樹
東京大学
庶務幹事
石川 麻乃
国立遺伝学研究所
渉外幹事(国内)
長田 直樹
北海道大学
渉外幹事(国内)
田中 幹子
東京工業大学
編集幹事
荒木 仁志
北海道大学
web 担当
野澤 昌文
国立遺伝学研究所
国外渉外担当
入江 直樹
東京大学
広報担当
土松 隆志
千葉大学
生物科学学会連合担当
寺井 洋平
総合研究大学院大学
生物科学学会連合教科書問題検討委員
和田 洋
筑波大学
生物科学学会連合ポスドク問題検討委員
寺井 洋平
総合研究大学院大学
日本分類学会連合担当
村上 哲明
首都大学東京
自然史学会連合担当
三中 信宏
農業環境技術研究所
原 恵子
男女共同参画委員会担当
東京大学
評議員
浅見 崇比呂
信州大学
田中 幹子
東京工業大学
荒木 仁志
北海道大学
野澤 昌文
国立遺伝学研究所
入江 直樹
東京大学
長谷川 眞理子
総合研究大学院大学
巌佐 庸
九州大学
長谷部 光泰
基礎生物学研究所
遠藤 秀紀
東京大学
深津 武馬
産業技術総合研究所
長田 直樹
北海道大学
細 将貴
京都大学
倉谷 滋
理化学研究所
牧野 能士
東北大学
五條堀 孝
国立遺伝学研究所
真鍋 真
国立科学博物館
颯田 葉子
総合研究大学院大学
三中 信宏
農業環境技術研究所
高橋 文
首都大学東京
矢原 徹一
九州大学
編集委員
北海道大学
大島 一正(副編集長)
京都府立大学
奥山 雄大
国立科学博物館
佐藤 行人
東北大学
真鍋 真
国立科学博物館
山道 真人
京都大学
工樂 樹洋(∼ 2016. 3 )
理化学研究所
石川 由希( 2016. 4 ∼)
名古屋大学
2
0
1
6
年度役員紹介
荒木 仁志(編集長)
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日本進化学会ニュース
リレーエッセイ〈11〉
内臓逆位が進化するのはなぜ巻貝だけなのか
March 2016
浅見崇比呂(信州大学学術研究院理学系)
Theodosius Dobzhansky( 1973 )は、 晩 年 の エ ッ セ イ を Nothing in biology makes sense except in
the light of evolution と題した。いまでは周知の、この名文をはじめて目にしたのは 1977 年、刊行直後
の Evolution の表紙をあけたときだった。雑誌 Evolution ではない。筆頭著者 Dobzhansky の弟子たち
( Francisco J. Ayala, G. Ledyard Stebbins, James W. Valentine )による、たぶん史上はじめての進化生物
学の教科書だった。それを手にした学部 4 年生のわたしは、40 年先のことなど想像できるはずもなく、お
そらくは想像する興味すらなかった。今年は、前期・後期を通じての通年科目で Douglas J. Futuyma や
Mark Ridley による同名の本を教科書に指定して 10 年になる。感慨深いのは、いまでは、ほかにも英語
で書かれた進化生物学の教科書がいろいろにあり、ごく普通に版を重ねている。いわずもがな、進化生物
学の今昔がここにも見てとれる。
元祖 Evolution が発刊された頃、少なくとも日本では、大学の専門科目名に Evolution や進化生物学は
ありえなかった。とはいえ Dobzhansky の名文が意味するところは、わたしが日本的に所属した集団遺伝
学関連の研究室の面々には自明で、何ら新しい情報ではなかった。だから、その文章が、時を経るごとに
ますます有名になり、まさか遠い将来( 40 年後)に、生命科学の多くの領域で共有されることになろうと
は、想像できるはずがなかった。進化(生物の歴史)は考えなくてよかった(はずの)他の生物学の領域で、
名文の意味するところが肝になり、名文の引用がなにかと便利になって久しい。これを幾多の先輩がこと
あるごとに語るから、聞く耳をもつ若者はきっと聞き飽きている。だから、40 年後の進化生物学の授業
で、こんな時代が来るとは思わなかった…などと言わないように心がけているつもりなのに、数えきれ
ないほど口にしてしまった。それほど「進化」を冠するのが生物学のほとんどの分野で何かと便利な時代、
その到来を予測した専門家は、はたして 70 年代に日本列島のどこかにおられただろうか。
Dobzhansky が亡くなったとき、わたしは学部 2 年生。彼の偉業は書物でしか知らない。その彼の、単
純無比にして万能とされる種分化モデル。それを覆すといえば大げさだが、のちにその機会に恵まれた
のは幸運だった。Dobzhansky-Muller(または Bateson–Dobzhansky–Muller )model とよばれる論理( 2
最低でも 2 座位の間でのエピスタシスが不可欠であり、単一遺伝子による種分化はありえないと予測する
ものだ。だが今では、巻貝のうち少なくとも有肺類(カタツムリ・ナメクジ・モノアラガイなどのグルー
プ)では、発生の左右極性を決める単一遺伝子が生殖隔離をもたらす種分化遺伝子として機能することは、
有肺類では、単一遺伝子の突然変異で左右逆に発生し、巻き方向と内臓の配置が左右逆になる。しかも、
交尾器が正中線ではなく体側にある。だから、左右反転した変異体は、野生型との交尾が物理的に難しく
なる。それなら、多数派の野生型との交尾(逆旋交尾)が難しいので、それだけで逆巻変異体は淘汰され
ることになる。だから、逆巻の集団が進化するには、集団が fitness landscape の斜面をくだり(淘汰され
るはずの逆巻が増え)
、適応度の谷を越え、集団が別の適応度の頂点にたどりつく(逆巻ばかりになる)プ
ロセス、すなわちピークシフトをしなくてはならない。世界の常識、2 座位モデルによれば、逆巻に進化
するステップは、だから、それ以外の要因がなければありえない。
あらためて整理すると、巻型の一遺伝子(座)だけでのピークシフトを 2 座位モデルが否定する根拠に
は二つある。一つは「逆旋交尾が物理的に難しい」
。もう一つは「正の頻度依存淘汰で逆巻遺伝子が淘汰さ
れる」
。19 世紀末には、右巻種と左巻種が初期胚の段階から左右逆に発生することがわかっていた。にも
11
﹀
内臓逆位が進化するのはなぜ巻貝だけなのか
たぶん、ごく普通の知識ではないだろうか。
リレーエッセイ︿
座位モデル)は、明快な説得力に長けている。種分化に不可欠の生殖隔離をもたらす形質が進化するには、
3
日本進化学会ニュース
かかわらず、この単純な 2 点は、Partula(ポリネシアマイマイ)派が 80 年代初頭に実証するまでは、な
んと巻貝(腹足類)を扱う専門家の間ですらも認識されていなかった。Partula 派とは、ポリネシアはタ
ヒチ諸島に分布するカタツムリ Partula 属をもちい、かつて進化生物学・生態遺伝学の一大研究を展開
、Michael S. Johnson
した旧オックスフォードグループから分岐した、James Murray(バージニア大学)
March 2016
(バージニア大学、後に西オーストラリア大学)と Bryan Clarke(ノッティンガム大学)のことだ。
逆旋交尾が物理的に難しいことを知るのは、歴史的な難問である。交尾前隔離がない(交尾をしようと
する)同種の右巻と左巻を使わなくてはならない。同じ巻型どうし(同旋交尾)より、逆旋交尾のほうが難
しいか、それをテストしなくてはならない。そもそも野生集団に逆巻変異など、普通はみつからない。博
士論文を提出した翌日にはじめてタヒチ諸島にむかった Clarke と Murray は、Partula 研究の当初からこ
の問題に関心があったわけではない。モーレア島の調査ですぐに左右二型の不思議な分布パターンに気が
ついてから 10 年後に、同一種にみつかる右巻集団と左巻集団をつかい、逆旋交尾の問題にいどむことに
なる。野生の、同一種の右巻と左巻をもちいた研究には前例がなく、逆旋交尾の定量的な実証研究は、世
界の独壇場にあった。それだけに、Partula の逆旋交尾に関する一連の研究は、カタツムリの逆旋交尾に
関するモデル研究として世界が気前よくうけとめた。だが、Partula 派の自信、意気込み、そして思い込
みには、たぶん彼らが想像だにしなかったドラマチックな、傍からみればマニアックな展開がまっていた。
そもそも同一種のカタツムリに右巻集団と左巻集団がみつかることは、巻貝全体からすれば、あるいは
カタツムリ全体からしても、例外にちかい。しかし、Partula 派は、Dobzhansky(進化総合説)のパラダ
イムのもと 60 年代後半に取り組んだ研究で、逆巻集団が自然選択(生殖的形質置換)により適応進化した
例をミゾマイマイ( Partula suturalis )にみつけた。この場合、祖先型の左巻集団から分岐した右巻集団
は島内で分布をひろげたものの、左巻集団と側所的に分布し、両集団のあいだには遺伝的差異がほとんど
なかった。すなわち種分化していない。だが、境界域には右巻と左巻が混在し、たしかに巻き方向に対し
正の頻度依存淘汰が生じていた。正の頻度依存淘汰により、少数派であるかぎり逆巻(右巻)の突然変異
は淘汰される運命にある。ところが、ごく近縁な種(左巻)が分布する地域では、右巻のほうが不毛な雑
種形成を減らせるため、右巻だけの集団が進化した。この生殖的形質置換を支持する結果を、Partula 派
は、タヒチ諸島はモーレア島のミゾマイマイで得ることに成功した。
これに匹敵する鏡像進化の研究はほかに例がなかったため、20 年以上にわたり、生殖的形質置換によ
る逆巻(右巻)集団の進化は、あたかもカタツムリの逆巻進化のモデルケースのように独り歩きしていっ
た。ミゾマイマイの場合、正の頻度依存淘汰により巻型変異は淘汰され、右巻集団の分布域には右巻だ
めにフランス政府がフロリダから移入したオカヒタチオビガイというカタツムリ専食のカタツムリが樹上
性 Partula を食べつくし、ミゾマイマイも 80 年代末に絶滅したからである。害虫のアフリカマイマイはい
まもタヒチ諸島に健在)
。ところが、両分布域の境界に右巻と左巻が混在し、遺伝子流動が継続するため、
が混在すると(両者がたとえ交尾できなくても)右巻表現型と左巻表現型の間では理論的に遺伝子流動が
継続し、核ゲノムが分化できない。
これら一連の研究をつみあげた彼らは、だから「巻貝では一般に」左右反転は種分化の原因にはならな
い、と主張するタカ派になっていった。じつはミゾマイマイの場合、逆旋交尾が同旋交尾よりむずかしい
ものの、逆旋交尾ができないわけではない。だが、わたしは右も左もわからぬ留学先で、Partula 派の主
張するとおりに、ミゾマイマイで逆巻集団が種分化しない実態が、あたかも巻貝で普通のことのようにお
もいこむことになった。ところが 20 年後に、Dobzhansky はもとより Partula 派恩師の到達点に真っ向か
ら対抗する証拠を手にすることになる。決して意図したわけではない。そもそも、逆巻進化の実証研究が、
国内外の現実の制約のもとで可能だとは到底おもえなかった。帰国してからいまにいたるまで、いくたび
も恵まれた、偶然のあまりに大きな幸運と友人たちに感謝したい。
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内臓逆位が進化するのはなぜ巻貝だけなのか
生殖的隔離が進化しない。巻型は母性遺伝( Toyama 1913 sensu stricto )するため、当初から右巻と左巻
リレーエッセイ︿
けが、左巻集団の分布域には左巻だけが存続していた(ここで過去形なのは、アフリカマイマイ退治のた
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日本進化学会ニュース
カタツムリ専食のセダカヘビ類は、左巻よりも圧倒的に多い右巻の肉をひきぬいて食べるように特化し、
左巻はうまく捕食できない。セダカヘビの分布する東南アジアだけで頻繁に右巻から左巻への進化が生じ
たのは、これがため左巻変異が生存上有利だからと考えられる。細将貴さんの本で知られる、この左巻の
対抗進化においても、ミゾマイマイでの右巻集団の進化と同様に、逆巻が有利になる環境が逆巻進化の十
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分条件として機能している。
さて、化石・現生種、海・陸・淡水圏をとわず、世界の巻貝の全体を見わたせばわかることだが、ほか
の動物群(左右相称動物)とくらべ、巻貝では、左右逆に発生する内臓逆位(逆巻)の集団(種)が頻繁に
進化している。左巻の種数ではなく、右巻のグループに左巻系統がふくまれる場合や、左巻の分類群に右
巻種がふくまれる場合をかぞえてもそれが歴然である。こうしたカタツムリ全体での逆巻種の進化が、は
たして本当に、2 座位(以上)モデルがいうように、自然選択(野生型に対する自然淘汰)なしにはあり
えないだろうか。パラダイムにはじめて異を唱えたのは、Edmund Gittenberger( 1988 )と H. Allen Orr
( 1991 )だった。Partula 派との論争のはじまりである。
有肺類で殻のあるカタツムリは、殻がひらたい種類と殻の背が高い種類のどちらかにわかれる。どち
らも多系統で、くりかえし進化した。これは、Partula 派が派生した旧オックスフォードグループの棟梁
Arthur J. Cain が 1979 年に報告して以来、巻貝の殻に興味をもつ人ならだれでも知っていることだ。平型
か尖り型のどちらか。大きく二つの形状にわかれる原因が議論されてきたが、いまもって説得力のある証
拠は得られていない。
Gittenberger( 1988 )は、有肺類では、巻き方向(発生)の左右反転が種分化の原因となっている可能
性を主張した。平型グループでは、まれに採集される左巻変異体が野生型の右巻とは交尾ができなかった
ことがくりかえし報告されている。尖り型グループではそうした報告がなく、かつ右巻祖先から左巻種が
進化する頻度が尖り型のほうが高い。これらのことから、尖り型では逆巻突然変異に対する淘汰圧が低い
ことを予測した。だが Gittenberger は、尖り型と平型とでなぜ左右反転進化率や淘汰圧が異なるかには
気がつかなかった。
この頃、わたしは論争にはまったくかかわりなく、絶滅してしまったミゾマイマイのごとく同一種に右
巻と左巻が見つかる事例(左右二型現象)が、カタツムリ全体でどれほどあるものかを知ろうとした。調
べはじめてすぐに気がついたのは、左右二型の報告がある種類( 13 属)はどれも、殻がひらたくなく、背
が高いか、細長いことだった。
さらに、ふしぎなことに気がついた。ひらたいほ
の交尾で精包を交換する(同時正逆交尾)
( 図)
。一
方、殻が高いグループは、同時雌雄同体であるにも
かかわらず、交尾するときには、オス役とメス役に
正逆交尾)
。当時は、これらの異なる交尾様式に着
目した先行研究はほとんどなく、さまざまな種の交
尾をあらたに目視する実験は不可能にちかい。かぎ
られた情報を収集し、殻のかたちと交尾様式との対
応関係をつきとめるのは容易ではなかった。
なぜ左右二型がみつかるのは殻の高い尖り型だけ
で、平型ではみつからないのか。突然変異で逆巻遺
図 右側:セトウチマイマイの対面交尾(同時正逆
。左側:ヒクギセルの背面交尾
交尾、殻径 30mm )
。
(非同時正逆交尾、殻高 20mm )
伝子が出現する確率がカタツムリの系統間で異なる
とは考えられない。平型に左右二型がみつからない
のは、逆巻が淘汰されやすいからにちがいない。そ
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内臓逆位が進化するのはなぜ巻貝だけなのか
わかれ、オス役がメス役の殻に乗って交尾する(非
リレーエッセイ︿
うの分類群では、交尾する 2 個体が向きあい、一回
5
日本進化学会ニュース
うおもって交尾様式をくらべ、物理的なメカニズムを直感するのは容易だった。非正逆交尾は、陰茎の挿
入が上(雄役)から下(メス役)への一方向でよい。だが、ひらたいカタツムリの正逆交尾では、同時にた
がいに陰茎を挿入する際に、本来なら向きあう交尾体位をどちらか一方の個体が大きく変更しなくてはな
らないだろう。これは、右巻と左巻が乗っかり型の非正逆交尾をする場合とくらべ、物理的にはるかにむ
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ずかしいにちがいない。だから、逆巻に対する淘汰圧は、平型の集団のほうが高い。
この仮説を立証するには、平型のカタツムリで、右巻と左巻の交尾(逆旋交尾)と同じ巻型どうしの交
尾(同旋交尾)のあいだで難易度をくらべ、その結果を尖り型の場合とくらべなくてはならない。しかし、
平型の種類では、左右二型の集団は記録がなく、統計的検定にたえるだけの逆巻変異体を得るのは不可能
にちかい。数年をへて、奇跡としかおもえない幸運により、この問題を史上はじめて解決する機会を得た。
世界に誇るべき日本の自然史アマチュア研究者の一人、岡本正豊さんが自宅の庭でオナジマイマイの左巻
変異 1 個体を発見し、生かしたまま研究用に持参してくださった。しかし、検証実験をするには逆巻個体
が多数必要なので、逆巻の系統を確立・保存しなくてはならない。この問題をどのように克服したかは、
。
あちこちに書いたので割愛する(たとえば、松本忠夫・長谷川眞理子共編「生態と環境」5 章 . 培風館)
結果として、平型カタツムリの同時正逆交尾では、逆旋交尾が事実上不可能であることを立証できた。
Johnson( 1982 )によれば、ミゾマイマイでは、逆旋交尾は 26 回中 3 回(約 12%)成功している。これを
同旋交尾の成功率とくらべると、逆旋交尾の相対成功率は 22%となる。平型のオナジマイマイでの 0%と
くらべ、統計的検証がいらないほど、ミゾマイマイでは右巻と左巻が簡単に交尾できたことがわかる。平
型のカタツムリで生じる正の頻度依存淘汰が、いかに強烈か。これは、今日では世界でごく普通の知識と
なった。
その後、さらなる検証実験により、岡本さんが発見した左巻表現型の原因遺伝子は、左巻遺伝子ではな
く、こどもの発生の左右極性を決定できないラセミ遺伝子であることがわかった。同様のラセミ遺伝子に
よる逆巻表現型は、ナミギセルの野生集団でも生じることがわかった。これらの例からは、脊椎動物にみ
つかる内臓逆位の遺伝子と同様に、巻貝であっても、突然変異で左右極性決定能を欠く変異遺伝子が生じ、
かならずしも右巻遺伝子が突然変異すれば左巻遺伝子になるのではないことがわかる。
歴史的におもしろいのは、逆旋交尾が物理的にむずかしいことを世界に知らしめたのが Partula 派で
あったことだ。しかし、実験条件下で 12%もの頻度で逆旋交尾が成功するから、側所的に分布するミゾ
マイマイの右巻集団と左巻集団のあいだでは、当然ながら種分化をさまたげる遺伝子流動がじゅうぶんに
生じる。だが、カタツムリでは通常は不可能にちかい研究により、78%もの失敗率で正の頻度依存淘汰
あってのことだろう、Partula 研究に没頭する Johnson( 1990 )は、有肺類の全体をみわたして主張する
Gittenberger( 1989 )の、左右反転による種分化説に躍起になって反論した。結果、Johnson( 1990 )は、
シミュレーションにより、巻型が母性遺伝すれば、理論的に逆旋交尾が不可能でも世代を越えて遺伝子流
無限大と仮定する簡単なものだった。
この問題に気づいた Orr( 1991 )はすぐに、遺伝的浮動の効果を取り入れたシミュレーションによ
り、母性遺伝する場合には逆に、小さな集団ほど逆巻遺伝子に固定しやすいことをしめすことに成功し
た。van Batenburg & Gittenberger( 1996 )も同様のシミュレーションで Orr( 1991 )の結果を支持。こ
れらの成果は、結論は逆ながら Johnson( 1990 )のアプローチがあったからこそ得られたものだ。これら
は、単一の巻型遺伝子(有肺類の発生の左右極性を決定する遺伝子)により逆旋交尾ができなくなるので
あれば、集団が逆巻遺伝子に固定するだけで他の野生型集団からの交尾前隔離(種分化)が完成すること
を理論的に予測する。すなわち、Dobzhansky-Muller の two-locus model が否定する、単一遺伝子による
種分化がカタツムリにありうることが理論的にしめされた。
こうした歴史的な背景のもとで、single-gene speciation の予測を立証する成果をもたらしたのが、上
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内臓逆位が進化するのはなぜ巻貝だけなのか
動が左右二型の間で継続することをしめした。だが、Johnson( 1990 )が使ったモデルは、集団サイズを
リレーエッセイ︿
が生じることを実証した Johnson をはじめ Partula 派の歴史的な功績はいちじるしく大きい。その経緯も
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日本進化学会ニュース
島 励氏(東京大学)による Euhadra 属の形態分類と分子系統解析である。わたしたちの研究により、いく
つもの定説が覆された。ほとんどは、いまでは世界のみとめる知識となっている。具体的な内容は割愛す
。
る(細胞工学 23: 338-339 参照)
比較対象を Partula 属から有肺類の全体、つぎに有肺類から巻貝の全体、さらには巻貝をふくめた左右
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相称動物の全体へひろげてゆくと、ここでまた、ふしぎなことに気がつく。たとえば、Partula では、多
数派との交尾がむずかしいから少数派の巻型は淘汰されるものの、右巻と左巻は種分化しない。だが、有
肺類全体をみわたすことで、すくなくとも平型(同時正逆交尾)のカタツムリで、左右反転により交尾前
隔離が完成する場合があることがあきらかとなった。東南アジアではセダカヘビ類の右巻捕食圧が貢献し
ているが、世界全体では遺伝的浮動と正の頻度依存淘汰のたまものだろう。逆に、逆旋交尾が可能な尖り
型カタツムリでは、逆巻遺伝子が淘汰されにくく、逆巻系統が進化しやすい。それなら、海の巻貝ではど
うか。特に、放精放卵で体外受精する巻貝なら、交尾しなくてよいのだから頻度依存淘汰は生じないだろ
う。それなのに、体外受精して浮遊幼生期をへる巻貝では、逆巻の系統はまったく進化していない。左右
相称動物の全体をみても同様である。交尾が正中線上にあれば、内臓逆位であっても野生型との交尾に支
障はないはずだ。だから内臓逆位に対する頻度依存淘汰は生じない。ところが、左右相称動物では一般に
内臓逆位が進化していない。進化しているのは、なんと交尾して繁殖する巻貝だけである。
むしろ、左右相称動物の全体からすれば、発生の左右極性の反転は純化淘汰されているとしか解釈のし
ようがない。このデフォルトの淘汰機構がまずあり、交尾する巻貝に特徴的なメカニズムが内臓逆位の系
統を進化させているとみるのが順当だろう。モノアラガイでは、左巻変異は、成熟して正の頻度依存淘汰
をうける前に、孵化する前に発生異常で純化淘汰をうけている。たぶん、他の左右相称動物でも同様だろ
う。交尾する巻貝の場合、内臓逆位は、表現型頻度で 50%を超えるだけで頻度依存淘汰により繁殖上有
利になれる。他の動物では、内臓逆位が繁殖上有利になることはない。これこそが、左右相称動物の全体
で、交尾する巻貝にのみ、正常に発生する内臓逆位を選抜し、頻繁に進化させてきたメカニズムではなか
ろうか。
?
(編集担当:荒木仁志)
進化学者に聞く! 学生からの 10 の質問
宮 正樹(千葉県立中央博物館)
「進化に興味はあるものの、周りには何をやっているのか分かってもらえないし、将来が不安…」と感
この道に入るきっかけになったのだと思います。
10
の先輩方に、あれこれ聞いてみることにしました。今回は前・進化学会ニュース編集長、千葉県立中央博
物館の宮 正樹さんです。
Q1.
A1.
Q2.
進化学者になったきっかけを教えてください。
学部学生の頃から魚類進化の歴史の全容を自分自身の手で解き明かすことが夢でした。そのため、
進化学者になってよかった、と思った瞬間はいつですか ?
の質問
分岐学の理論を一生懸命勉強したのですが夢果たせず、後に 36 歳で分子系統学に出会ったことが
進化学者に聞く! 学生からの
じている読者も多いのではないでしょうか。そこで、実際に進化学研究で世界をリードする日本進化学会
7
日本進化学会ニュース
A2.
自分が「進化学者」という意識はないのですが、
「外洋における種分化」
「深海魚の三つの科が一つ
に」
「深海起源のウナギやマグロ」
「パラオの海底洞窟から古代ウナギを発見」など、一般の方も含
めて多くの人が驚くような進化仮説や発見を世界に先駆けて発表できたことでしょうか。
March 2016
Q3.
A3.
小さい頃の夢を教えてください。
釣り少年だったので、プロの釣り師になることや釣り宿のオヤジになることが夢でした。ところが、
学部 2 年の頃に自分如きがトップクラスになれる「釣り」そのものに対して(一生かけて追求すべ
きものなのか)疑問を持ち始め、紆余曲折あったのですがアカデミアの世界に興味を持ち始めまし
た。その頃のことについては、釣りビジョンというチャンネルの「時代を超えた探究心が世界を変
える・宮正樹」という番組で詳しく紹介されています。
Q4.
A4.
研究者になるのを諦めかけたこと、ありますか ? もしあればどうやって克服を ?
幸いにありません。とはいえ、博物館準備室に入った 1987 年当時、2 年間は事務仕事のみで研究時
間ゼロ。プロの研究者になるなんていうことを考えるゆとりも時間もありませんでした。92 年から
博物館が当時の文部省の指定研究機関になったわけですが、その後の競争的資金を穫る努力をして
いる中で、プロの研究者としての意識が出来てきました。その意味で、初めて獲得した科研費の奨
励 A「分子系統に基づく深海性オニハダカ属魚類の進化史の再構成」が獲れたのは大きかったです
ね。その後は連続して研究費を獲得していますから、これがなかったら今の私は確実にありません。
Q5.
A5.
進化学者になるのに必要な素質・スキルって何でしょう ?
進化学者に限りませんが、物事に対する「探求心」と「情熱」は研究者にとって最も重要な資質(≒
素質・スキル?)だと思います。その意味で、心から楽しそうに研究している人は、間違いなく研
究者の資質をもっていますね。
Q6.
A6.
学部生・院生当時の一番の思い出は ?
将来のことを何も考えずに博士課程 2 年目( 1986 年)に学生結婚したことでしょうか。今年結婚 30
周年になることを、この文章を書いていて気がつきました。後先を考えないというのも研究者に
とって重要な資質かもしれません(笑)
。
Q7.
A7.
現在の研究内容について教えてください。
魚類の大進化研究については一区切りつけて、現在は環境 DNA による魚類モニタリング技術の確
立に執念を燃やしています。水の中を見てきたかのようなデータがとれるこの技術、新たな研究フ
ロンティアを若手研究者と一緒に楽しんでいます。
今後の研究展開や抱負を聞かせてください。
既成の特定分野にこだわらず、研究のフロンティアに立ち続けたいですね。今は進化学から少し離
れていますが、環境 DNA と次世代シークエンサを組み合わせたメタバーコーディングの技術は生
物学の世界を大きく変える力をもっています。不可知であった地域や世界規模の生物相を誰でもモ
ニタリングできる時代がやってきたのです。
10 年後、進化学はどこまで進んでいると思いますか ?
人工知能、3D プリンタ、一分子シークエンスなどワクワクするような科学技術がどんどん身近に
なり、考えられない分野が進化学にも誕生していると思います。どんな成果が出るのか予想もつき
10
の質問
Q9.
A9.
進化学者に聞く! 学生からの
Q8.
A8.
8
日本進化学会ニュース
ませんが、仮説検証型よりデータ駆動型・発見探索型のアプローチがメジャーになるのでは?
Q10.
A10.
未来の進化学者に一言。
世界を相手に活躍できる、こんなに楽しい世界はありません。プロの釣り師を目指していた私だっ
March 2016
て進化学者になれたくらいですから、探求心と情熱(と多少の頭脳)さえあれば誰だってこの世界
で通用します。既成概念や分野にとらわれないパイオニアになって、研究のフロンティアを楽しん
でください!
研究者紹介
名前:宮 正樹
所属:千葉県立中央博物館・自然誌歴史研究部・動物学研究科
最終学歴:東京大学大学院農学系研究科水産学専門課程博士課程修了
職歴(略歴)
:1987 年に農学博士を取得後、同年に千葉県教育庁文化課博物館準備室
文化財主事となり、89 年に千葉県立中央博物館がオープンすると同館の主任技師、上
席研究員などを歴任。2011 年に動物学研究科長に就任し、13 年からは主席研究員を兼
、ドイツ・コンスタンツ大
務。千葉大学大学院自然科学研究科客員教授( 13 ∼ 15 年)
学の客員教授( 05 年)などを務めた経験もある。
(編集担当:真鍋 真)
学会賞受賞記
感謝のご挨拶
岸野洋久(東京大学)
この度、日本進化学会賞と木村資生記念学術賞をいただき、心から感謝いたします。私の研究生活はす
べて、素晴らしい先生方と偶然に会い、これらの先生方の力強い仕事に導かれ、そして学ぶことによって
支えられてきました。今回授かりました賞は諸先生方の仕事に向けられたものですので、いま想い出を振
り返りながらそれらをご紹介し、この場をお借りしまして厚くお礼を申し上げたいと思います。
公開講座
いまからもう 30 年ほど前になりますが、1984 年初頭、私は統計数理研究所の講堂で、長谷川政美先生
による分子進化と分子系統樹の公開講座を聴いていました。勤め始めて 4 年が経とうとしていました。幸
運にも修士を出てすぐ研究所の所員となりましたが、未熟でした。大学院では確率過程と確率制御を研究
したものの、統計学に関する知識も経験も皆無のままのスタートでした。二人の巨匠、数量化理論を開発
セミナーを通して諸先輩の研究を学び、研究の方向を暗中模索しておりました。公開講座は、所員である
私にとっても貴重な学びの場でした。遺伝学研究所の太田朋子先生や高畑尚之先生も講師としてお話くだ
さいました。公開講座に魅せられた私は、終了後すぐさま長谷川先生の研究室のドアをノックし、共同研
究をさせていただけないか、お願いしました。
1981 年に Joe Felsenstein が分子系統樹の最尤推定とそのためのアルゴリズムを提唱するといち早く、
長谷川先生はその有効性に注目し、類人猿のミトコンドリア DNA 配列のデータ解析を精力的に行ってお
学会賞受賞記 感謝のご挨拶
された林知己夫先生と AIC 情報量規準を開発された赤池弘次先生がいらっしゃいました。私は統計数理
9
日本進化学会ニュース
られました。まだ扱う配列の数も少なく、長さも短く、分子系統樹の推定そのものも、始まったばかりの
ころでした。いまでは分子系統樹の最尤推定・ベイズ推定の強力なパッケージも容易に入手でき、配列
データを手にすると、多くの人が当たり前のように利用していますが、当時これを利用する人は多くはあ
りませんでした。DNA 配列データを進化系統樹の推定に利用できる可能性が認知され、進化学者はその
March 2016
解析手法を手探りで探している状態でした。
長谷川先生は、同じデータに基づくのに、論文により結果が相矛盾していることに違和感を持ってい
らっしゃいました。いずれの結果も何らかの推定作業が入っているので、矛盾が推定の不確実性を超えた
ものであるか、評価することが大切になってきます。Joe は当初より対数尤度の曲率で枝の長さの標準誤
差を評価する方法を実装し、1985 年には、サイトのブートストラップリサンプリングをすることにより
枝の有意性を評価することを提案しています。
長谷川先生と私は、配列の対数尤度がサイトの対数尤度を足し合わせたものであることから、これを配
列の長さで除した平均対数尤度は、その母平均である期待対数尤度を標本平均で推定したものであるとい
う認識に至りました。標本平均の分散は、標本分散を標本サイズで割ることにより評価されますので、サ
イトの対数尤度の分散を計算し、それを配列の長さで割れば、平均対数尤度の推定精度が評価されたこと
になります。系統樹に対するいくつかの仮説を統計的に比較することができるようになったわけですが、
実際には多くの場合、最尤系統樹とその他を比較します。これは検定を何度も繰り返すことと同等の作業
を行っていることとなります。大学院時代から統計的モデル比較の方法を追求していた下平英寿先生は、
この点を鋭く指摘し、多重比較、多重検定の影響を評価しました。
2000 年代になると、次第に複数の遺伝子座を同時解析する研究が主流になってきました。そうすると、
平均対数尤度が遺伝子座の間で、対数尤度のサイト間のばらつきの大きさから期待される変動を超えてば
らついていないか、見積もることができるようになってきます。Tae-Kun Seo(徐泰健)先生は、複数遺
伝子座のデータが遺伝子座のサンプリングとサイトのサンプリングからなる二段サンプリングによりゲノ
ムから抽出されたものと捉え、遺伝子配列の持つ情報の量が遺伝子座の間で異なることを考慮に入れて精
度評価する方法を提案しました。
さらに扱う遺伝子座の数が増えてくると、推定の偏りが目についてきます。どのような統計モデルも、
どのような推定法も、完璧に実際に起きた現象を捉えることはできません。どうしても何らかの仮定をし
ます。データが小さい時は、そうした仮定に基づく推定に多少の偏りがあっても、推定量が大きな不確実
性を持つため、実害はありません。ところが、データが大きくなってくると、推定量の分散は小さく評価
されます。そのとき、偏りに気づかないと、結果に瑕疵があるにもかかわらず、推定量の分散が小さく
ブートストラップ確率やベイズの事後確率が 100%に近い結果を全面的に信ずることになってしまいます。
北添康弘先生は高知医科大学の医学情報センターに勤めていらっしゃいましたが、もともと原子核物理
で学位を収めていらっしゃいました。配列進化を多次元ベクトル空間内に実現させることにより、配列間
の距離行列の妥当性を評価する方法を考案しました。進化距離の平方根で系統樹の節の間の距離を定義し
ます。違和感を持つかもしれませんが、配列間の距離行列はこの多次元空間内ではこれを結ぶ枝ベクトル
の長さの 2 乗和となります。ピタゴラスの定理から各枝ベクトルは直交することが期待されるので、進化
モデルの妥当性を種々の角度から診断することができるようになります。データが質的にも量的にも爆発
う方向になっていくような気がします。
遅まきながらのシアトル
30 代も半ばになろうとしていた私には、異文化に感激し吸収する素地を失う前に、外国の研究環境で
学びたいという思いがひたひたと強くなっていました。1989 年の春、長谷川先生にご相談したところ、
Joe に紹介状を送ってくださいました。私たち家族( 8 か月の赤ん坊と妻と私)を乗せた飛行機がシアトル
学会賞受賞記 感謝のご挨拶
的に向上してくると、これを過度に加工することなく、データそのものに耳を傾けて物語を語らせるとい
10
日本進化学会ニュース
の空港で降り立ったのは、その年のクリスマス明けの 12 月 26 日でした。当日は濃霧で、一旦サンフラン
シスコに回るとのアナウンスがありました。サンフランシスコの空港に着陸すると、そのまま機内でしば
らく待機した後、再び離陸しました。このため、シアトルへの到着はかなり遅れましたが、出口を出る
と、Joe が暖かく待っていてくださいました。車に荷物を詰め込み、その日はお宅に泊めてくださいまし
March 2016
た。翌日、私を車に乗せて街中を回り、社会保障局で私たち家族の社会保障番号を取り、アパートの契約
を結んでくださいました。
1 月 2 日に新学期が始まると、彼は大学院生向けの集団遺伝の授業の準備などに忙殺されていました。
学生時代は毎週開かれる研究室ゼミが切磋琢磨の核となっていましたので、こうした機会に Joe と情報交
換することをもくろんでいましたが、そういうものはありませんでした。こうして自然に、ディスカッ
ションの相手は博士課程の Jeff Thorne になっていきました。彼と私は Joe の部屋と内扉で繋がる部屋で
机を並べ、遺伝学科の他の大学院生とともにカフェテリアで昼食をとりました。疲れると一緒に散歩した
り、家族ぐるみで夕方のパーティに誘われたり、と、すっかり親しい友人となっていきました。
Jeff はアラインメントの最尤推定の問題に取り組んでいました。ミスマッチの背景には塩基置換、
ギャップの背景には挿入・欠失の進化イベントがあり、ミスマッチペナルティは塩基置換速度、ギャップ
ペナルティは挿入・欠失の速度と関係します。塩基置換はマルコフ過程、挿入・欠失は出生・死滅過程で
定式化されます。これらを併せて動的計画法で尤度を計算することになります。Jeff が夏のある日、尤度
を出しました。Joe とは対照的に、Jeff の数式展開は一見泥臭く個性的です。が、手堅く重厚で、誤りが
ありません。塩基置換に基づく分子系統樹では、内部節の状態を潜在変数として扱います。こう見てくる
と、アラインメントは挿入・欠失の歴史を表現したものですので、直接観測できない潜在変数です。可能
性のあるすべてのアラインメントの確率を足し合わせて尤度を計算します。これにより、アラインメント
の不確実性を考慮に入れて進化系統樹を推定することができるようになります。その後強力なプログラム
も開発されていますが、実際の挿入・欠失のパターンが複雑であることもあって、まだ十分広く実用に供
されるところまでには至ってないかもしれません。
Jeff や Joe は、私をセミナーや授業に誘ってくださいました。Joe と Elizabeth Thompson が担当する統
計遺伝のセミナーでは、学生さんが夏、田嶋文生先生が相次ぎ刊行した論文を紹介していました。昼食時
に開かれる Popgen lunch はハンバーガー持参で、夕方開かれる Pizza Evolution は注文したピザと缶ビー
ルを楽しみながら、担当者が OHP でプレゼンします。Jeff に誘われて参加した人類遺伝の授業は印象的
でした。火曜と木曜の週 2 回の授業で、受講者はポスドクと大学院生合わせても数名でした。木曜日には
性決定因子、色覚異常など、翌週に扱うテーマの
論文が配布され、次週の火曜日に担当者がその論文を
紹介します。さらにその週の木曜日には論文の著者がやってきて、背景も含めて研究紹介をしてください
ます。これを踏まえて、1. その分野の知見の整理、2. 近い将来どこまでわかると期待されるか、3. 遠い
将来どのように道が開けていくと期待されるか、というレポート課題が出されます。自由に議論する中で、
先生が頷きながら、たとえばこんな実験を組んだらうまくいくかもしれない、などと黒板に書き込むのを
見て、実験のデザインにはセンスが肝要と分野外の私でも実感させられました。
毎週
論文の著者を呼ぶほどの Lee Hartwell は、酵母をやっているらしく、何やらすごそうだという
のは想像がつきました。が、後にノーベル賞を受賞されるほどの方とは知りませんでした。夏のある日、
えの進化的利点に関する Genetics の 1974 年の論文でした。彼のこれまでの研究はどれも
で、残せるよ
うなものはこれ 1 本だとおっしゃっていました。私の知りえた研究分野に限っても次々に礎石を築き上げ
た先生の言葉を、よく理解する力が私にはありませんでした。当時まだ最尤法により分析できる配列の本
数は数本程度と限られており、このことが最尤法の普及の障壁になっていましたが、Joe はすでに数千本
の配列を最尤法により普通に解析できるようになるだろう、と唱えていらっしゃいました。四半世紀前に
すでに今の時代を予想していたことになります。凡人である私には、想像もできませんでした。
学会賞受賞記 感謝のご挨拶
Joe がロッカーにしまっていた数多くの別刷りの中から 1 編とって、私に下さいました。それは、組み換
11
日本進化学会ニュース
このように素晴らしい環境に恵まれていたわけですが、統計学を自分の身の置き所にする自分が、分子
系統学においてさえ自分自身のしていることを超えてはほとんど無知のままシアトルにきて、その素晴ら
しい環境の多くを価値に気づかぬままスルーしてしまいました。いまでも思い出すたびに恥ずかしくなり、
汗が吹き出します。
March 2016
細い糸
当初 1 年半の予定でしたが、11 か月で帰国し、1990 年 12 月、東京大学海洋研究所に移ることになりま
した。資源解析研究室の田中昌一先生が退官され、沼知健一先生と小林敬典先生が大
からやってこられ
ていました。田中先生は数理と統計解析で水産資源の解析の道を切り開かれた先生で、国際捕鯨委員会の
科学小委員会やその準備会合などでよくお目にかかっていました。沼知先生と小林先生は、種々の海産生
物について日本各地から精力的に標本を集められ、その集団構造を推定していらっしゃいました。数理的
な側面は松宮義晴先生が引き継いでいらっしゃいましたが、縁あって三重大学に移られました。そこで統
計をやり、沼知先生の分野に近い仕事もしていた私が、松宮先生の代替を務めることになったのでしょう。
統計数理研究所ではさまざまに共同研究がなされていましたが、多くの人は統計学をベースとして、そ
の応用の場として共同研究を捉えていたように思います。海洋研究所は海のことを研究します。海に関わ
る物理、地質、化学、生物を総合的に研究する場です。資源解析研究室は水産資源の管理に関わる研究が
ひとつの柱になっています。研究所の中で一番人間社会に近いところを研究していると言えます。
資源の管理は突き詰めていくと、資源を回復するまで獲るのを控えよう、と唱えることになります。回
復までに何十年もかかるようでしたら、一生我慢ということにもなりかねません。資源管理も、個体群動
態の予測とコントロールのみに限定するのではなく、獲る・作る(料理する)
・売ると多角的に捉え、資
源の状態に応じて適応的に重心を移すようなスキームを考えれば、よりスムーズに機能するのではないか
と考えました。そこで、どのようなところが問題となっており、どのような可能性があるか、知るために、
全国の漁家の調査をしたいと思いました。当時栽培漁業協会で企画課長をされていた北田修一先生(現東
京海洋大教授)にご相談したところ、調査の実施に向けてご尽力くださり、東京水産振興会のご理解を得
て、二人で 10 の道と県のそれぞれから 4 漁協(秋田は合併により 1 漁協)を回りました。
北田先生は全国的に展開されている種苗法流について、有効性の評価に関わる仕事を精力的にされてい
ました。統計数理研究所にいた頃にお目にかかり、調査法のこと、サンプリング調査のこと、2000 年代
になってからは放流種苗の周囲への遺伝的影響のことなど、数多くのことを学ばせていただいています。
沼知先生が退官されて 3 か月後の 1993 年 7 月、縁あって駒場の教養学部の統計学教室に移ることになり
ました。統計学教室を率いる松原望先生は decision making を意思決定と訳し、広く日本に定着させまし
た。先生の統計学の授業には定評があり、600 人を収容する大講堂もあふれ返り、2 回に分けて講義され
ていました。私は赴任するまで、統計学教室が相関社会科学を研究する先生方と国際関係論の先生方に囲
まれていることの意味を理解していませんでした。経済学者は、社会は 10 年を超える教育を確度の高い
人物評価の場と捉えていることを指摘し、政治学者は社会保障が社会を安定化するという役割を見抜きま
す。巧みな文章により種々の証拠を提示し、必要に応じて表を添えることにより、多くの人を説得します。
これまでに全く経験したことのない手法でした。こうした素養の全くない私は、地域社会、長寿社会と福
してメッセージを提供できるかもしれないと考えたからです。いずれも社会科学の個々の分野のみでは問
題は解決せず、それらが個性を持ちつつ融合した総会社会科学の場に学んで、初めて解決の糸口が見えて
くることを期待しました。
進化学と関係のないお話になってしまい、申し訳ございません。実際、1990 年代は、ほとんど進化学
とは異なる世界で生活していました。オンラインジャーナルもなく、進化学の最新の論文に接することな
く時が過ぎていきました。海洋研究所にいたときは定年まで無事に研究を続けるにはどうしたらいいか、
学会賞受賞記 感謝のご挨拶
祉、リサイクル社会をテーマに調査をしました。よくデザインされていれば、無から有を生じ、社会に対
12
日本進化学会ニュース
駒場にいたときは社会科学で生き残るにはどうしたらいいか、そのことのみを考えていました。そんな中、
Jeff とのメールのみが細い糸のように私を進化学につなぎとめてくれました。
シアトルを離れるとき、すっかり友達になっていた私たちは、電子メールでの交信を続けようとお互い
に約束しました。まだ電子メールは産声を上げたばかりでしたが、驚くほどよく機能しました。毎日の
March 2016
メールはほとんど Hi + α程度の簡単なものでしたが、たまに進化の話題が登場し、 I have a question
for you. などと書いて統計的な問題を議論してくれたりしました。実際に会えたのは 2-3 回でしたが、分
子時計の揺らぎを考慮に入れて分岐年代を推定するというベイズ推定のアイデアが生まれました。その時
はまだ、1999 年 4 月にここ農学部にご縁をいただくことになるとは、想像していませんでした。たまたま
農学部に移るお話があったときは、長い間自然科学から離れていたので、やっていけるのか、とても不安
でした。あれから 20 年近くになろうとしていますが、いまでも不安です。
農学に進化を学ぶ
農学部に来てから、進化のことを計り知れないくらい学んでいます。運が良かったと思います。子孫を
受け継ぐ上で重要な脱粒性を失ったイネが効率的な収穫を可能としていたり、収量増が分げつを抑えられ
ることの対価であったり、栄養価の付加が生合成経路の一部の故障の補償作用であったり、病原体への抵
抗性の獲得の実態がその受容体となるたんぱく質が作られなくなったことであったりと、選択と適応、進
化の舞台裏を耳にして、毎日が新鮮で、刺激的な生活を送っています。欠陥品も見る人やその時の環境に
よっては優れものとなるという歴史的事実が、一番心にしみわたってきます。こうした環境に身を置いて、
統計的なモデリングを通して適応の本質部分を定量的に評価するような仕事に触れたいと思うようになり
ました。RNA ウィルスは世代の長さが短く、比較的単純な「生活環」を持つので、適応進化を決める因子
を量的に掴む上で魅力的な材料に映りました。そうして、ウィルスの進化の源泉を追求する方々と巡り合
うチャンスに恵まれました。
当時博士課程で長谷川先生の指導を受けていた Tae-Kun Seo は、定期健診で得られた HIV の遺伝子配
列の継時データを合体過程によるモデリングで分析しました。患者さんの間で分子進化速度と遺伝的多様
度を比較すると、負の相関があることを見出しました。免疫系の力が強く細っているウィルス集団は、比
較的淘汰圧の弱い集団よりも多くの変異を持ち、多様化の中から適応の芽が出るチャンスを広げているこ
とになります。太田朋子先生はすでに、突然変異の多くが弱有害であるときに分子進化速度が集団の大き
さと負の相関を持つことを示していらっしゃいます。ウィルスのしぶとさの根源はスマートさにあるので
はなく、困ったときの自暴自棄にあるのでした。ノンストラテジックであるだけに手ごわい相手であるこ
とを、改めて実感するのでした。
ノンストラテジックというと聞こえはいいですが、自暴自棄が適応の源泉というのは何かごまかされた
ような気持ちが残ったことは否めません。植物ウィルスを研究する宮下脩平先生は、宿主細胞内のウィル
スゲノムのボトルネックに注目しました。ウィルスの感染した細胞の中には無数のウィルスゲノムが存在
するため、突然変異により劣化したゲノムも他のゲノムの助けで子孫を残す可能性を持ちます。ところが、
細胞間の移行や細胞質での RNA 分子の分解によりウィルスゲノムは強いボトルネックを受け、多様性を
極度に落とします。他のゲノムの助けを持たない劣化ゲノムは次世代に受け継がれず、効率よく排除され
とにより、ボトルネックの結果、感染細胞内には平均 4-5 個分のゲノムの多様度しかないことがわかりま
した。細胞間の不均質性を考えると、有効な集団の大きさは 2 程度にまで落ちます。2 という数字は意味
あり気ですが、ひょっとするとこれは、細胞内でゲノムの組換えを可能にすることと関係するかもしれま
せん。点突然変異による微調整と異なり、ゲノムの組換えは複数の遺伝子のアレルの取り合わせを調節で
きるからです。ブラジルからの留学生であった Leonardo de Oliveira Martins は来日前から HIV ウィルス
のゲノムの組換えに関心を持っていました。そして、ゲノム内で系統関係が変化するパターンをベイズ推
学会賞受賞記 感謝のご挨拶
ていくことになります。蛍光タンパクで色づけしたウィルスを同時感染させた細胞を継時的に観測するこ
13
日本進化学会ニュース
定することにより、組換えを起こす部位を検出する方法を開発しました。
ウィルスのゲノムは発現のためのツールを持たず、宿主のゲノムに組み込まれてタンパク質を作り出し
てもらっています。このため、彼らの適応進化の多くは、タンパク質の変化に原因を求めることができま
す。このことが、進化を研究する素材としてウィルスに魅力を感じたもう一つの特徴でした。渡部輝明先
March 2016
生は、高知大学医学情報センターに来られる前は、原子核物理で学位を収められ研究を邁進していらっ
しゃいました。渡部先生にとって、タンパク質は実体を掴みやすく、安心して取り組める素材だったそう
です。タンパク質の立体構造は私には難解でハードルが高い対象でしたが、渡部先生はいとも容易くまな
板の上に乗せられました。抗体と宿主の細胞がウィルス粒子を巡って席取り競争します。宿主細胞がうま
くウィルス粒子と結合すれば、ウィルス粒子は細胞内に取り込まれます。一方、抗体と結合したウィルス
は消滅します。二つの結合の強さのバランスがウィルスの適応度を決めます。タンパク質の立体構造の情
報を納めたデータベースと配列情報を併せて分析することにより、多様化圧のかかる領域を特定し、突然
変異による適応進化の可能性を定量的に評価する道が開かれます。
ウィルスの話が続きましたが、台湾からの留学生であった Hungyen Chen(陳虹
さん)は、私を再び
生態学と種間関係の分析へと導いてくれました。彼は、台湾北部の魚類群集の解析をさらに深めるべく来
日しました。そして、生物群集の進化系統樹上の系統的歪みを測る方法を開発しました。ある生物群集の
種組成を、たとえば開発前の群集など対照とする群集の種組成からの標本と解釈します。そして構成種の
間の分岐年代の分布を対照群集における分岐年代の分布と比較します。ある生物群集の構成種が仮に対照
群集の構成種からの無作為標本であったとしても、分岐年代の分布は対照群集における分布に比べて古い
方に偏ります。そこでこの偏り方の強さにより、構成種の系統的な偏りを評価することができます。まだ
まだ粗い尺度ですが、大規模なデータに基づく信頼性の高い分子系統樹が得られるようになるにつれ、こ
の情報をフルに取り込んで生物群集の多様性を評価する方法も開発されてくるものと思われます。
いまここでご紹介しきれなかった多くの方々にも、心から感謝いたします。田邉和裄先生にはヒトマラ
リアが宿主とともに棲息領域を拡大してきたことを学び、Ze Zhang(張澤先生)には遺伝子の運命がそれ
の置かれたゲノムの背景に影響されることを学びました。Peter Waddell からは、哺乳類の進化の推定を
通して、ゲノムデータの持つ情報の量と質について学びました。Avner Bar-Hen と Mahendra Mariadas-
sou からは分子系統樹の頑健推定と偏りの評価を学びました。恥ずかしながら、私はこの齢になってまだ
進化学を体系的に勉強しておりません。先生方は鋭いセンスで問題に切り込まれ、門外漢の私に統計的な
モデリングで共同研究させていただく機会を下さいました。共同研究という形の on the job training を通
して、進化学の 1 節 1 節を教えて下さいました。振り返るとあっという間で、不出来な弟子にはまだ断片
的な知識しか持ち得ていません。どうかもう少し学ばせてくださいますよう、今後ともよろしくお願い致
します。
(編集担当:大島一正)
学会賞受賞記 感謝のご挨拶
14
日本進化学会ニュース
第 4 回 シリーズ「大量データと知見の架け橋」
全ゲノムシークエンスデータからの
HLA タイピング手法
March 2016
成相直樹(カリフォルニア大学・サンディエゴ校)
はじめに
一昨年、Vol .15 No.2 において本連載シリーズ第 1 回「 RNA-Seq による網羅的トランスクリプトーム解
析」を担当させていただいた。RNA-Seq データ解析においては得られたショートリードを cDNA リファ
レンス配列(もしくはリファレンスゲノム配列)にアライメントすることにより、各転写産物由来のリー
ド数を見積もり、転写量を推定する。注意すべき点は、転写産物の cDNA 配列がお互い非常に良く似て
いるケースが多々あるため(例えば同じ遺伝子座から選択的スプライシングにより生成された転写産物ア
イソフォーム同士など)
、多くのリードが複数の cDNA 配列にアライメントし、リードがどの転写産物由
来なのかを正しく判断することは必ずしも容易ではない、という事である。前回の記事では、各リードと
転写産物のマッピング対応、及び各転写産物の転写量を統計的推定により同時に最適化することで、より
正確な転写量推定が可能となることを紹介した。
いまや $1000 ゲノムの時代と言われるほど身近になった全ゲノムシークエンスデータ解析においても
「ショートリードアライメントの曖昧さ」から由来する様々な困難な問題がある。例えばゲノム中に相同
な配列を持つ遺伝子、パラログ、擬遺伝子等が複数存在する場合は、リードをリファレンスゲノムに正
確にアライメントすることが困難となる。特に第 6 染色体短腕上には擬遺伝子も含めると 200 以上の HLA
第
これまでに知られている[ 1 ]。従って、個人の全ゲノムシークエンスデータが得られたからといって、各
4
リードを正しい場所にアライメントし、そのアライメント結果から HLA 型を正確に決定することは必ず
しも容易ではない。今回の解説記事では、統計的モデリング及び最適化手法を利用することで全ゲノム
シークエンスから得られたショートリードを HLA アリルリファレンス配列に適切にアライメントを行い、
その結果から全 HLA 遺伝子座の HLA タイピングを同時に行う手法 HLA-VBSeq[ 2 ]について紹介する。
HLA 遺伝子とは
HLA 遺伝子座群は第 6 染色体短腕 6p21.3 の約 4 Mb の領域に渡って存在し、この領域はヒトゲノム中
で最も遺伝子密度が高い領域である。また、200 以上存在する HLA 遺伝子座はお互いに配列相同性が高
く、かつヒト遺伝子の中で最も多様であることが知られている[ 3 ]。その中でも特に重要な HLA 遺伝子
、及び HLA-DP、-DQ、-DR( MHC クラス II 分子を
が HLA-A、-B、-C( MHC クラス I 分子をコードする)
コードする)である。MHC クラス I 分子は内因性抗原を抗原提示し、クラス II 分子は外来性抗原を抗原提
示することで、免疫系が自己と非自己の認識を行う。従って、臓器移植においては拒絶反応を避けるた
めにドナーとレシピエントのこれらの HLA 型をなるべくマッチさせることが重要となる。また、特定の
HLA 型が自己免疫疾患発症のリスクを高めること、薬の副作用に関わることが知られている。HLA 遺伝
子座の複雑さ、多様性は進化学的にも興味深いトピックであると共に、HLA 型を簡便かつ正確に決定す
る手法が医療の現場でも必要とされている。
図 1 は日本組織適合性学会 HLA 標準化委員会による HLA アリル命名規則である。第 1 区域(もしく
は two-digit resolution )は血清学的に分類されるアリルグループである。第 2 区域(もしくは four-digit
resolution )は同じアリルグループのうち、アミノ酸変異を伴う非同義置換を区別したサブタイプである。
H
L
A
タイピング手法
HLA アリル命名規則
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
全ゲノムシークエンスデータからの
遺伝子座が存在し、全ての遺伝子座について合計すると 10,000 種類以上の多型( HLA アリルの種類)が
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日本進化学会ニュース
第 3 区域(もしくは six-digit resolution )
はアミノ酸変異を伴わない同義置換を区
別したサブタイプである。第 4 区域(も
しくは eight-digit resolution )は非コー
March 2016
ド DNA 領域での変異を区別したサブタ
イプである。臓器移植における HLA 型
マッチングでは第 2 区域まで一致してい
ることを条件にする場合が多いが、コー
ディング領域外の変異も含めた表現型へ
図 1 HLA アリル命名規則
の影響を調べるためにも、第 4 区域まで
の完全な HLA 型を簡便かつ正確に決定できることが望ましい。
HLA タイピング手法の比較
最も古典的な HLA タイピング手法は血清学的にアリルグループを決定する方法である。例えば、ある
検体由来の血清と、HLA の特異性が既知の抗血清を混ぜて抗原抗体反応を見ることで、アリルグループ
を決定する。しかしながら血清学的検査の欠点として、手間とコストが掛かる、第 1 区域までの HLA 型
までしか決定することが出来ない、といった点が挙げられる。そのため検体の HLA 遺伝子領域の DNA
配列を直接調べることによって HLA 型を決定する手法が開発されてきた。比較的ハイスループットであ
る PCR-SSO( Sequence Specific Oligonucleotide )法は PCR により特定の遺伝子座を増幅した後、特定の
相補的なプローブとのハイブリダイゼーションのパターンをみることで HLA 型を決定する方法である[ 4 ]。
第
頻度なアリルには対応していない。増幅した遺伝子座の塩基配列を直接シークエンシングにより決定する
4
PCR-SBT( Sequence Based Typing )法はサンガーシークエンシングの手間が掛かることが欠点である。
近年、次世代シークエンサ( NGS )の登場により、大量のシークエンシングをハイスループットで行
うことが可能になった。しかしながら前述の PCR-SSO 法、PCR-SBT 法、そして NGS によるターゲット
シークエンス手法は PCR 増幅を伴うが故の欠点がある。HLA 遺伝子座は第 6 染色体上に 200 以上も存在
し、かつお互いに似た塩基配列を持つため、特定の遺伝子座を特異的に増幅できるプライマー配列を設計
することが難しい。そのため、特定の HLA 遺伝子座を PCR 増幅しようとしてもオフターゲットシークエ
ンスが増幅されてしまう問題がある[ 5 ]。また、HLA クラス II 遺伝子は全長が 1 万塩基近くにもなるため、
全長を PCR 増幅することは難しく、実際は特定の exon 領域のみのシークエンス結果から HLA 型判定が
行われることが多い。また仮に、ある特定の HLA 遺伝子座を特異的に PCR 増幅することが出来たと仮定
しても、NGS で得られたショートリードの情報のみからでは HLA 型( 2 つの HLA アリル)を正確に決定
することは難しい。なぜなら変異を正確にフェージングして、かつその得られたフェーズ済みの塩基配列
を元に、数百種類以上に及ぶ HLA アリルのうち正しいと思われるアリルを 2 つ(ヘテロ接合の場合)決定
しなければならないからである。現在のところ、変異のフェージングに関しては、変異のフェージングを
de novo アセンブリによって推定する手法[ 5 ]、HLA アリル参照配列( IMGT/HLA データベース[ 1 ])への
アライメントによって推定する手法[ 2, 6, 7 ]等が提案されている。
今では PCR-free のプロトコルを利用する全ゲノムシークエンスが可能となっているため、ここから得
することが理論的には可能なはずである。しかしながら上述の通り HLA 遺伝子座の複雑さ、多様性のた
め、通常の全ゲノム・リシークエンス解析パイプラインでは HLA タイピングを行うことは非常に難しい。
一方、近年、著者らが開発した HLA-VBSeq[ 2 ]は、全ゲノムシークエンスから得られたショートリードか
ら HLA タイピングを行う。本手法の利点は、全ゲノムシークエンスデータを使用するため HLA 遺伝子座
H
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A
タイピング手法
られたデータを使用することで、200 以上に及ぶ全ての HLA 遺伝座の HLA アリル( HLA 型)を全て決定
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
全ゲノムシークエンスデータからの
PCR-SSO 法では既知の HLA 型を第 2 区域まで決定することが可能であるが、新規のアリル、もしくは低
16
日本進化学会ニュース
に特異的なプライマーを設計する必要が無いこと、検体の ethnicity 及び集団特異的なアリル頻度の事前
情報が不要なこと、そして全 HLA 遺伝子座について一気通貫にタイピング出来ることである。一方、欠
点は、全ゲノムシークエンスのコストが高いことである(しかし近い将来、コストが他の手法以下になる
可能性は十分ある)
。各手法の利点・欠点を表 1 にまとめた。
March 2016
HLA-VBSeq 概要
HLA-VBSeq[ 2 ]は、全ゲノムシークエンスから得られたショートリードを IMGT/HLA データベース[ 1 ]
に登録されている全ての HLA アリル参照配列に対してマルチマッピングを許したアライメントを行った
後、統計的推定によってリードマッピングを最適化し、HLA タイピングを行う。IMGT/HLA データベー
ス[ 1 ]に登録されている既知の HLA アリル参照配列は 10,000 種類以上も存在するが、HLA アリルはお互い
。
に塩基配列が非常に良く似ているため、アライメント先が唯一に決まらない場合がほとんどである(図 2 )
他の既存手法[ 6, 7 ]ではショートリードの HLA アリル参照配列へのベストアライメントのみを利用し
て、そのアライメント結果から各 HLA 遺伝子座について最も適当だと思われる HLA アリルを 2 つ(ヘテ
表 1 各 HLA タイピング手法の比較
HLA タイピング手法
長所
短所
PCR-SSOP
比較的ハイスループット
第 2 区域までタイピング、新規アリルに
対応していない。プライマー設計、PCR
増幅が必要
PCR-SBT
新規アリルにも対応
手間が掛かる。プライマー設計、PCR 増
幅が必要
NGS によるターゲット
シークエンス
ハイスループット、ターゲット領域の配列 プライマー設計、PCR 増幅が必要、全長
決定が可能
の配列決定が困難
ハイスループット、第 4 区域までタイピン
HLA-VBSeq
グ可能、新規アリルにも対応、プライマー 全ゲノムシークエンスのコスト
(全ゲノムシークエンス)
設計及び PCR 増幅が不要
4
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
全ゲノムシークエンスデータからの
抗原抗体反応を直接観察するため、正確
第
血清学的タイピング
手間、コストが掛かる。第 1 区域までの
タイピング
図 2 HLA-A 由来のショートリードのアライメント箇所が一意に決
まらないケースの模式図。図の例では、どのリードも複数の HLA ア
リルにアライメント先候補が存在する
タイピング手法
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A
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日本進化学会ニュース
ロ接合の場合)推定する。しかしながら図 2 の通り、ベストなアライメントが一意に定まらない場合がほ
とんどなので、ショートリードの大部分の情報を捨ててしまっていることになる。結果として、検体の
HLA アリル由来のリード数を実際よりも過小評価することになるので、HLA アリルの決定、および gene
dosage(ヘテロ接合か、ホモ接合か)の推定パフォーマンスが下がる原因となる。
March 2016
一方、HLA-VBSeq では、各リードと各 HLA アリルのマッピング対応を隠れ変数、各 HLA アリルの
gene dosage(相対的な存在量)を多項分布のパラメータとして、変分ベイズ法によって統計的推定を
行う。本手法の特徴は、リードのアライメント先が複数ある場合でも、統計的推定により正しいアライ
メント先を見つけ、曖昧なアライメント状態にあるリードを一切捨てることなく HLA アリル及び gene
dosage の推定を行うことである。以下、パラメータ推定のアルゴリズムの概要を説明する。
変分ベイズ推定アルゴリズム[ 2 ]
ステップ 1:各リード n の各 HLA アリル t への期待マッピング数 E [Znt] を初期化する。リード n がある
HLA アリル t に唯一アライメントする場合は E [Znt]=1 である。リード n が複数の HLA アリル t1, ..., tm にア
ライメントする場合、それぞれの t(
i = 1, ..., m )について、E [Znt ]=1/m とする。
i
i
ステップ 2:ステップ 1 で計算したリード毎の HLA アリルへの期待マッピング数 E [Znt ] を、HLA アリル
毎に合計し、それぞれの HLA アリル t の合計期待マッピング数 r t を求める。ここで r t = ∑ n E [Znt ] である。
合計期待マッピング数から、それぞれの HLA アリル t の期待アリル頻度 E [θt ] を求める。
ステップ 3:現在の HLA アリル毎の期待アリル頻度を所与として、E [Znt ] を再計算する。その際、リー
第
より重み付けされる様に E [Znt ] がアップデートされる。
4
ステップ 4:ステップ 3 で計算したリード毎の期待マッピング数を各 HLA アリルごとに合計し、合計期待
マッピング数及び期待アリル頻度を再計算する。全ての HLA アリルについて期待アリル頻度が前回の値
から変化していなければ、アルゴリズムを終了する。そうでなければステップ 3 に戻る。
バイオインフォマティクスや機械学習に詳しい読者は、本アルゴリズムが、データを k 個にクラスタリ
ングする k-means clustering のアルゴリズムと類似していることに気が付くかもしれない(実際、関連が
ある)
。しかしながら、k-means アルゴリズムは事前にクラスタの個数 k(この場合、検体に実際に存在す
る HLA アリルの種類数。考慮する遺伝子座、そしてそれぞれの遺伝子座がヘテロ接合か、ホモ接合かに
よって存在する HLA アリルの種類数は異なる)を指定する必要がある。本アルゴリズムでは変分ベイズ
推定の枠組みの中でモデル選択(実際に検体に存在する HLA アリルの個数の選択)が自動的に行われるた
め、k をあらかじめ指定する必要が無い。この「検体に実際に存在する HLA アリルの種類数が自動的に推
定される」という特徴により、例えば検体のある遺伝子座の HLA 型がホモ接合か、ヘテロ接合か、とい
う gene dosage がモデル選択の枠組みの中で自動的に判定されることになる。HLA-VBSeq の統計的モデ
リングの詳細、及び変分ベイズ法についての詳細は、参考文献[ 2, 8, 9 ]を参照いただきたい。
ここでは上記アルゴリズムをイメージ的に理解しやすくするため、リードが全て HLA-A 遺伝子座から
に全てのリードを曖昧なアライメントを全て許した状態で HLA-A アリル参照配列にアライメントを行っ
た状態が前述の図 2 である。前述アルゴリズムのステップ 3、4 の繰り返しによって、各リード毎の各
HLA アリルへの期待マッピング数と、各アリル毎の合計期待マッピング数を最適化し、パラメータ(各
HLA アリルの gene dosage )推定値が収束した後の状態を図 3 に示す。
H
L
A
タイピング手法
得られていることが分かっている場合を仮定して、HLA-A のアリルのみを推定する場合を考える。最初
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
全ゲノムシークエンスデータからの
ド n について複数のアライメント先の可能性がある場合、現在の期待アリル頻度が大きい HLA アリルに、
18
日本進化学会ニュース
March 2016
図 3 各リードのアライメント先を隠れ変数、HLA アリルの存在量をパラ
メータとして、統計的推定を行った結果の模式図。
アルゴリズムが収束すると、各リード毎の正しいアライメント先、及び各 HLA アリル毎のリードの合
計期待マッピング数が推定された状態になっている。今回のケースではこの結果から、検体の HLA-A 型
は A*03:03:01:01/A*03:03:01:02 のヘテロ接合である、と決定できる(一方、仮に検体が A*03:03:01:01 の
第
ショートリードの情報のみでは難しいリードのフェージングも自動的に解決されている。図 2、3 では簡
4
単のため HLA-A の遺伝子座についてのみ例示したが、全ゲノムシークエンスデータを利用する場合は全
ての HLA 遺伝座の全ての HLA アリルについて同時に最適化を行う。以降、実際の全ゲノムデータを利用
して HLA-VBSeq により HLA タイピングを行う例を紹介する。
HLA-VBSeq の使用方法
イ ル ミ ナ 社 Platinum Genomes ウ ェ ブ サ イ ト( http://www.illumina.com/platinumgenomes/ )で は
HiSeq2000 で読んだ高深度( 40x )全ゲノムシークエンスデータが公開されている。今回、1000 人ゲノム
、NA12891(父)
、NA12892(母)のデータ
プロジェクトのサンプルとしても含まれている NA12878(子)
を利用して、HLA-VBSeq を利用してそれぞれの全 HLA 遺伝子座の HLA タイピングを行う。以下の例
では、NA12878 の FASTQ データを BWA-MEM により hg19 にアライメントして、位置でソート済みの
NA12878.sorted.bam というファイルが作成されていると仮定する。
1)HLA 遺伝子座(HLA-A, B, C, DM, DO, DP, DQ, DR, E, F, G, H, J, K, L, P, V, MIC, 及び TAP)に
アライメントしているリード名を取得する
$ samtools view NA12878.sorted.bam chr6:29907037-29915661 chr6:31319649-31326989
chr6:31234526-31241863 chr6:32914391-32922899 chr6:32900406-32910847
chr6:33041703-33059473 chr6:32603183-32613429 chr6:32707163-32716664
chr6:32625241-32636466 chr6:32721875-32733330 chr6:32405619-32414826
H
L
A
タイピング手法
chr6:32969960-32979389 chr6:32778540-32786825 chr6:33030346-33050555
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
全ゲノムシークエンスデータからの
。また、結果として、本来は
ホモ接合の場合は、A*03:03:01:01 のθ4=1.0 として推定されるはずである)
chr6:32544547-32559613 chr6:32518778-32554154 chr6:32483154-32559613
19
日本進化学会ニュース
chr6:30455183-30463982 chr6:29689117-29699106 chr6:29792756-29800899
chr6:29793613-29978954 chr6:29855105-29979733 chr6:29892236-29899009
chr6:30225339-30236728 chr6:31369356-31385092 chr6:31460658-31480901
chr6:29766192-29772202 chr6:32810986-32823755 chr6:32779544-32808599
March 2016
chr6:29756731-29767588 | awk '{print $$1}' | sort | uniq >
NA12878_partial_reads.txt
2)リード名で BAM ファイルのインデックスを作る
$ java -jar -Xmx32g -Xms32g bamNameIndex.jar index NA12878.sorted.bam --indexFile
NA12878.sorted.bam.idx
3)インデックスを基に、HLA 領域にアライメントしているリードを SAM ファイルの形式で抽出
$ java -jar bamNameIndex.jar search NA12878.sorted.bam --name
NA12878_partial_reads.txt --output NA12878_partial.sam
4)SAM ファイルから、FASTQ ファイルを作成
$ java -jar SamToFastq.jar I=NA12878_partial.sam F=NA12878_partial_1.fastq
$ samtools view -bh -f 12 NA12878.sorted.bam > NA12878.sorted_unmapped.bam
$ java -jar SamToFastq.jar I=NA12878.sorted_unmapped.bam
F=NA12878_unmapped_1.fastq F2=NA12878_unmapped_2.fastq
6)HLA 遺伝子座由来のリードと、アンマップリードの FASTQ ファイルを結合する
$ cat NA12878_partial_1.fastq NA12878_unmapped_1.fastq > NA12878_part_1.fastq
$ cat NA12878_partial_2.fastq NA12878_unmapped_2.fastq > NA12878_part_2.fastq
7)IMGT/HLAに登録されている HLAアリルリファレンス配列(hla_all.fasta)のインデックスを作成
$ bwa index hla_all.fasta
("-a" オプションにより、曖昧なリードアライメントを全て保持する)
$ bwa mem -t 8 -P -L 10000 -a hla_all.fasta NA12878_part_1.fastq
H
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A
タイピング手法
8)BWA-MEM で、HLAアリルリファレンス配列にアライメント
4
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
全ゲノムシークエンスデータからの
5)アンマップリードを抽出、FASTQ ファイルを作成
第
F2=NA12878_partial_2.fastq
NA12878_part_2.fastq > NA12878_part.sam
20
$ java -jar HLAVBSeq.jar hla_all.fasta NA12878_part.sam NA12878_result.txt
--alpha_zero 0.01 --is_paired
。
( http://nagasakilab.csml.org/hla/ )
結 果
全てのリードを全ての HLA アリルにアライメントを行い、HLA アリル毎の合計期待マッピング数の初
期状態を求めた結果(アルゴリズムのステップ 2 の状態)が図 4a である。この段階では、多くのリードが
複数の HLA アリルにアライメントしているため、正しい HLA アリルを決定することは難しい。図 4b, c
は、変分ベイズ法のステップ 3 と 4 を 10 回、及び 100 回繰り返した後の、HLA アリル毎の合計期待マッ
ピング数である。アルゴリズムが収束した後の結果から、各 HLA 遺伝座ごとに、上位 2 つの HLA アリル
(a)
HLA A
(b)
HLA B
HLA C
HLA A
(c)
HLA B
HLA C
HLA A
HLA B
HLA C
2
4
6
8
Depth
10
12
14
2
4
6
8
Depth
10
12
14
0
2
4
6
8
10
12
0
14
2
4
6
8
Depth
Depth
10
12
14
0
2
4
6
8
Depth
10
12
14
0
2
4
6
8
10
12
14
0
2
4
Depth
6
8
Depth
10
12
14
HLA allele
HLA allele
HLA allele
HLA allele
HLA allele
HLA allele
0
4
0
2
4
6
8
Depth
10
12
14
0
2
4
6
8
10
12
14
Depth
図 4 変分ベイズ推定を行う前( a )
、10 回ステップを繰り返した状態( b )
、100 回ステップを繰り返した状態
( x 軸は各アリルに割り当てられたリードの深度、y 軸は各遺伝子座ごとの HLA アリルを示す)
(c)
表 2 HLA-VBSeq により推定された HLA 型
検体
推定された HLA 型
A*01:01:01:01 / A*11:01:01
/ B*56:01:01
NA12878(子供) B*08:01:01
C*01:02:01
/ C*07:01:01:01
A*02:01:01:01 / A*11:01:01
NA12892(母親) B*15:01:01:01 / B*56:01:01
C*01:02:01
/ C*04:01:01:01
※太字は別の手法( Erlich et al., 2011 )により決定され
た第 2 区域までの HLA 型と一致していることを示す
H
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A
タイピング手法
A*01:01:01:01 / A*24:02:01:01
/ B*08:01:01
NA12891(父親) B*07:02:01
C*07:01:01:01 / C*07:02:01:03
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
全ゲノムシークエンスデータからの
0
HLA allele
第
HLA allele
March 2016
上記、パイプライン実行に必要なプログラム、及びマニュアルはウェブサイトにて公開している
HLA allele
日本進化学会ニュース
9)HLA-VBSeq により、HLAアリルの gene dosage を推定する
21
日本進化学会ニュース
を選択することにより、HLA 型を決定する(ホモ接合の場合は上位 1 つ)
。本手法により HLA-A, -B, -C を
タイピングした結果を表 2 にまとめた。本手法による推定結果は、過去に当該検体についてターゲット
シークエンス法で決定された HLA 型と第 2 区域について一致していることが確かめられた(今回、HLA-
VBSeq では第 4 区域まで HLA 型を決定出来たが、第 4 区域までの実際のタイピングはこれまでに別の方
March 2016
法では行われていない)
。
尚、本手法を健常な日本人集団( 1,070 人)の全ゲノムシークエンスデータに適用した結果、過去に別
の大規模な日本人集団から PCR-SSOP 手法によって得られた HLA アリル頻度と非常に似た分布が得られ
ている[ 10 ]。
まとめ
本記事では全ゲノムシークエンスデータから HLA タイピングを行う HLA-VBSeq のアルゴリズム概要、
使用方法、実際のデータを使用した実行結果を紹介した。本手法は曖昧なリードアライメントを捨てる
ことなく有効活用することで、全 HLA 遺伝子座について同時に HLA タイピングを実行することが可能で
ある。今回紹介したショートリードを利用した HLA タイピング手法以外にも、例えば PacBio RS II など
のロングリードシークエンサを利用したターゲットシークエンシングによる HLA タイピングが考えられ
る。ロングリードを利用することで、変異のフェージングの問題が解決出来る。しかしながら、上述の
通り PCR 増幅の問題、ロングリード特有の高いエラー率の扱い方など、別のチャレンジングな問題があ
る。また、HLA 領域のハプロタイプに関する事前情報を所与として、SNP アレイデータの限られたジェ
ノタイプ情報から HLA 型を imputation(推定)する手法が提案されている[ 11, 12 ]。SNP アレイによるジェ
ノタイピングはシークエンシングによる配列決定と比べてコスト、データの扱いやすさの観点で、利点が
第
備し、かつ SNP アレイに関しては集団特異的な tagSNP の設計[ 13 ]が成されていることが、高精度の HLA
4
imputation のためには望ましい。また、PCR-SSOP 法と同様、通常第 2 区域までの推定に限られており、
新規のアリルの決定は出来ない。
HLA タイピングのために全ゲノムシークエンスデータを利用する HLA-VBSeq では、1 )HLA 遺伝子座
ごとに特異的なプライマーをデザインすることが不要、2 )検体の ethnicity、及び HLA アリル頻度に関す
る事前知識が不要、3 )全 HLA 遺伝子座について同時に HLA タイピングが可能、という利点がある。一
方で、本手法は IMGT/HLA データベース等に登録されている HLA アリルリファレンス配列が正しく、
かつ完全であると仮定して HLA 型の推定を行うため、そうではない場合、推定精度が落ちる可能性があ
。また現
る(実際、現段階では完全な HLA アリルリファレンスデータベースは存在しないと考えられる)
在、IMGT/HLA データベースに登録済みの HLA アリルは European ancestry に高頻度な HLA 型に偏っ
ていると考えられるため、今後は日本人集団に特異的な HLA アリルリファレンス配列を整備していくこ
とが望まれる。
H
L
A
タイピング手法
参考文献
[ 1 ] Robinson et al., Nucleic Acids Research. (2015) 43:D423-431.
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[ 8 ] Nariai et al., Bioinformatics. (2013) 29 (18):2292-2299.
[ 9 ] Biship CM., Science+Business Media, LLC, New York, NY, USA. (2006).
[ 10 ]Nagasaki et al., Nature Communications. (2015) 6:8018.
[ 11 ]Okada et al., Nature Genetics. (2015) 47, 798-802.
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
全ゲノムシークエンスデータからの
ある。しかし上記のアプローチでは、検体の ethnicity に応じて適切な HLA ハプロタイプの事前情報を準
22
日本進化学会ニュース
[ 12 ]Khor et al., The Pharmacogenomics Journal. (2015) 15, 530-537.
[ 13 ]Kawai et al., Journal of Human Genetics. (2015) 60, 581-587.
(編集担当:佐藤行人)
March 2016
第 4 回 シリーズ「大量データと知見の架け橋」
どのアセンブリを使うか?:
分子系統学的観点に基づくアセンブリの評価
原 雄一郎(理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター 分子配列比較解析ユニット)
はじめに
DNA シーケンサの超ハイスループット化、シーケンシングコストの大幅な低下、さらにバイオイン
フォマティクスの発展にともない、ヒトやモデル生物以外のいわゆる 非モデル生物 も大量配列解析の
恩恵に与るようになった。地球上の様々な生命現象のなりたちを解き明かすことを使命とする進化学者に
とって、自身が研究対象とする生物を分子配列のすみずみまで知りつくす時代が来たと言っても過言では
ないだろう。一方で、リファレンスゲノムはもちろん、往々にしてゲノムサイズや核型の情報も乏しい生
第
る。それに加えて、再構築された配列セット(アセンブリ)が実際のゲノムやトランスクリプトームにど
4
の程度完全に迫れているかを、誰も正答を知らないまま評価しなければならない。アセンブリをめぐるこ
れらの問題は、多様な生物種のゲノム解読が進むにつれ多くの研究者を悩ませるようになってきた。これ
らを解決すべく、様々なアセンブリ作成方法ならびに評価方法をベンチマークし、より高品質なアセンブ
リの構築を目指す国際的なジャンボリー Assemblathon(アセンブラソン) が開催されてきた[ 1 ]。
筆者は、爬虫類や軟骨魚類をはじめとする、様々な非モデル生物の配列データを産出するシーケンシン
グファシリティに所属している。これら生物のゲノム、トランスクリプトームアセンブリを作成するなか
で、より正確にアセンブリを評価するためには、対象とする分類群に起きたゲノム進化を考慮した方法が
必要であることに気づいた。そこで、Assemblathon によって提案された方法を出発点とし、様々な検討
を経て、分子系統学的思考に基づくアセンブリの評価にたどり着いた。本稿では、ゲノム、トランスクリ
プトームアセンブリの完全度の評価を簡潔にレビューするとともに、筆者がアセンブリの完全度評価のた
」を紹介する。
めに作成した「脊椎動物に特化した 1-to-1 オーソログセット( Core Vertebrate Genes; CVG )
N50, NG50:配列長による指標
ゲノム・トランスクリプトームアセンブリを作成するには、超並列 DNA シーケンサから得られた断片
配列(リード)をつなぎ合わせる( de novo アセンブル)ことが現在の主流である。現在のシーケンシング
および de novo アセンブリの技術では、染色体の全領域を 1 本の配列につなげることは困難であり、アセ
ンブリは多数の部分配列(スキャフォールド、コンティグ)より構成されることがほとんどである。この
断片的なアセンブリがどれくらい完全に近いかを評価するにあたり、つながり具合すなわち配列長に着
目することは直感にもよくあっている。配列長に基づいて定義される N50 は、最も広く知られているア
センブリ評価の指標である。アセンブリの全配列を短い順(あるいは長い順)から長さを足していき、こ
の値がアセンブリの全長の半分に達するときに加える配列がもつ長さ、これが N50 である。一般的には、
N50 が大きいほどよくつながった高い完全度を持つアセンブリであると考えられる。
ゲノムサイズが推定されている生物のゲノムアセンブリには、N50 の代わりに NG50(同様の手順で足
していった配列長の和がゲノムサイズの半分に達したときのコンティグの長さ)を評価基準に用いること
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
どのアセンブリを使うか? 分子系統学的観点に基づくアセンブリの評価
物から、ゲノムやトランスクリプトームの配列を再構築するには、多大な労力と様々な工夫が必要とされ
23
日本進化学会ニュース
ができる。アセンブリのサイズを基準とする N50 とは異なり、ゲノムサイズを基準とする NG50 は、同種
のゲノムアセンブリに単一の基準を与えるため、同種アセンブリ間の比較により適している。ただし、ト
ランスクリプトームにおいて NG50 の基準に相当する「転写された遺伝子の配列長の和」をあらかじめ知
ることは困難であるため、トランスクリプトームアセンブリには N50 の評価に限られる。N50, NG50 を
March 2016
含むアセンブリの配列長に基づく様々な指標を計算するには、Assemblathon 2 に用いられた Perl スクリ
。
プトが便利である( https://github.com/ucdavis-bioinformatics/assemblathon2-analysis )
遺伝子の復元度:より生物学に寄り添った指標
N50 や NG50 は、その簡便さとの引き替えに、ゲノム、トランスクリプトーム配列に刻まれた生物学的
な情報を失っている。このため、これらの尺度が持つ生物学的な意義はきわめて限定的である。ゲノム解
読の第一の目的は遺伝子のカタログ化であり、推定された遺伝子情報をもとに分子生物学実験などによっ
てその機能が解明される。したがって、アセンブリに復元される遺伝子数に基づいて完全度を評価するこ
とは、ゲノムが持つ生物学的特徴やアセンブリの有用性により即していると言えよう。この評価の手段と
して、カリフォルニア大学デービス校の Ian Korf らが開発し 2007 年に発表したオーソログ同定パイプラ
イン CEGMA( Core Eukaryotic Gene Mapping Approach )が広く知られている[ 2, 3 ]。
ここで CEGMA を簡単に紹介する。CEGMA は、アセンブリの配列にリファレンス遺伝子のホモログ
を予測し、類似度に基づきホモログがオーソログであるかを判定する。CEGMA の元来の目的は、遺伝子
第
物に広く保存される 458 群の遺伝子( Core Eukaryotic Genes, CEGs )が既知遺伝子のリファレンスセッ
4
トとして用意されている。CEGMA をアセンブリの完全度の評価に用いるときには、458 群のうち特に遺
伝子重複が無い、もしくは少ないとされる 248 群( 248 CEG )をリファレンスとし、アセンブリ中に復元
されるオーソログの数を測る。Assemblathon は、この CEGMA による指標をアセンブリの完全度を示
す尺度の一つとして提案している。さらに、この評価の基準( 248 CEG )はヒト、ハエ、線虫、分裂酵母、
出芽酵母、シロイヌナズナという幅広い系統の真核生物に共有されるため、N50、NG50 とは異なりアセ
ンブリの完全度を種間で比較できる。これまでに、様々な真核生物のゲノム・トランスクリプトームアセ
ンブリの評価に CEGMA は用いられてきた。
CEGMA には、ほぼ完全長をもって復元されたリファレンス遺伝子の割合( Complete )
、完全長、部分
領域ともに含む復元されたリファレンス遺伝子の割合( Partial )の 2 つの指標がある。今後本稿で述べる
完全度は前者を指す。これら以外に、各リファレンス遺伝子の平均オーソログ数もゲノムアセンブリの
評価に有用な指標である。平均オーソログ数が 1 に近づくほど冗長性が少ないアセンブリであると言える。
CEGMA はウェブ上に公開されており、Linux および Mac のターミナル上で実行できる( http://korflab.
。CEGMA の実行には NCBI BLAST などいくつかの既存プログラムを別
ucdavis.edu/datasets/cegma/ )
途インストール必要がある。これらのうち GeneWise のインストールが事前情報無しでは非常に難しく、
そのことが CEGMA の使用を遠ざける要因となっている。GeneWise のインストールログを公開しておく
ので、適宜参考にされたい( http://www2.clst.riken.jp/phylo/genewise_installation.html. インストール
する GeneWise は、最新版のバージョン 2.4.1 ではなく CEGMA のウェブページからダウンロードできる
。
バージョン 2.2.3-rc7 を推奨する)
筆者らは、遺伝子の復元度がアセンブリの評価に優れた尺度であると認識している。例えば、アセンブ
リに膨大に含まれる うまくつながらなかった ごく短い配列を取り除くことはよくある。本質的にはこ
の操作によってゲノムの完全度は変化しないにもかかわらず、N50 は向上する。しかし、取り除いた短い
配列に遺伝子が完全長をもって復元されることはまずないため、CEGMA に基づく評価に変化は無い。で
は、評価の基準となるリファレンス遺伝子も妥当であると言えるだろうか。筆者らは CEG のあまりにも
広い分類群を対象にする有効性に疑問を感じていた。筆者らが配列を解読している脊椎動物のゲノムには、
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
どのアセンブリを使うか? 分子系統学的観点に基づくアセンブリの評価
予測のトレーニングセットとして用いるための既知遺伝子のオーソログセットを得ることであり、真核生
24
日本進化学会ニュース
後生動物に至る過程や脊椎動物の初期に重複した遺伝子が多数存在することは言うまでもないが、遺伝
子重複が少ない、あるいは無いという理由で選ばれた 248 CEG のうち 64 の遺伝子群にもそのような遺伝
子重複が起きていることがわかったのである。CEGMA は、CEG に含まれるパラログのうち 1 つのみリ
ファレンス遺伝子として扱い、残りを無視する。アセンブリにリファレンス遺伝子のオーソログが含まれ
March 2016
ず 「無視された重複遺伝子」 のオーソログが存在する場合に、CEGMA はこの遺伝子を「リファレンス遺
。
伝子のオーソログ」として誤検出し、結果として完全度の過大評価につながる(図 1 )
また、CEG を構成する生物種が代表する分類群は互いに遠縁であるため、それら以外の分類群に起き
た遺伝子進化を考慮に入れられない。たとえば、CEGMA は評価対象のアセンブリに特定の遺伝子が無い
ことを判定できるが、進化における遺伝子欠失によるものかはたまたアセンブリの不完全性によるものか
を区別することはできない。したがって、進化においてリファレンス遺伝子を欠失したゲノムの完全度は
。以上の理由から、オーソログ同定に用いるリファレンス遺伝子および
過小に評価されてしまう(図 1 )
生物種の選択は、完全度測定の精度を損ねないように慎重に行われるべきである。一方、これらの問題を
考慮したリファレンス遺伝子セットを用いることにより、アセンブリ完全度を高精度に評価できるだろう。
CVG:脊椎動物での完全度測定に適した 1-to-1 オーソログ遺伝子セット
改めて、アセンブリ完全度を評価するためにリファレンス遺伝子セットに理想的な条件を確認してみる。
あらゆる既知のゲノム配列に 1 コピーのみ存在するオーソログ( 1-to-1 オーソログ)であることがリファレ
第
遺伝子アノテーションの不完全性という技術的な理由から、生物種を増やすほど得られる 1-to-1 オーソロ
4
グの数は減っていく。したがって、分類群の範囲とリファレンスに適する遺伝子数にはトレードオフが生
じる。
筆者らのグループは円口類、軟骨魚類を含めた脊椎動物の多様な分類群の配列解析を行っているため、
あらゆる脊椎動物のアセンブリの評価に通用するリファレンス遺伝子セットが必要であった。脊椎動物ア
センブリの完全度をより正確に評価できるリファレンス遺伝子セットを作成するには、脊椎動物の初期
進化に起きたとされる 2 回の全ゲノム重複の影響を受けていない、あらゆる脊椎動物の系統で 1-to-1 の関
a
R1
b
O1
R2
O2
R1
c
推定されるべき完全度
TP
f
O2
R2
c
FP
R3
R1
O3
R2
a, b
CEGMAによる完全度
R1
O1
d
e
R3
R1
R1
リファレンス遺伝子
R1
リファレンス遺伝子のパラログ
O1
CEGMAによって同定された
リファレンス遺伝子のオーソログ
O1
CEGMAでは同定されなかった
リファレンス遺伝子のオーソログ
遺伝子欠失
e
g
CEGMAによる完全度
f
NA
推定されるべき完全度
図 1 遺伝子重複・欠失がアセンブリ完全度の評価に影響する例
( a, b, c )リファレンス遺伝子が重複遺伝子を持つ場合、アセンブリにリファレンス遺伝子のオーソログ・パラロ
、オーソログのみ同定される( b )
、パラログのみ同定される( c )ケースが考えられる。
グともに同定される( a )
、c
( d )CEGMA によって計算された完全度と実際の完全度。a, b は正しくオーソログを検出できているが( TP )
はリファレンスのオーソログを見つけていないため誤検出( FP )であり過大評価を引き起こす。
( e, f )CEGMA
がオーソログを同定しない原因には、実際にはゲノム中に存在するもののアセンブリが不完全である場合( e )
と、進化の過程でリファレンス遺伝子に欠失が生じた場合( f )が考えられる。後者は完全度の計算には適用すべ
きではない( NA )が、CEGMA はこの 2 つを区別できない。したがって遺伝子欠失が存在する場合には、CEGMA
の完全度は実際より低く計算されてしまう( g )
。
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
どのアセンブリを使うか? 分子系統学的観点に基づくアセンブリの評価
ンス遺伝子に求められる。だが、遺伝子重複や欠失という生物学的な理由、あるいはゲノムアセンブリや
25
日本進化学会ニュース
係をもつオーソログ群を用いることが求められる。そこでワークフロー(図 2 )に示すように、尾索類ホ
ヤの遺伝子を外群として、主要な脊椎動物の分類群をすべて含む 29 種に厳密に 1-to-1 のオーソログ関係を
もつ 233 群の遺伝子を同定し、これを Core Vertebrate Gene( CVG )と名付けた[ 4 ]。この遺伝子セットは
CEGMA のリファレンス遺伝子として用いられる。
March 2016
CVG および CEG に基づくアセンブリ評価の精度を比較するために、CEGMA を用いて 42 種の脊椎動
物ゲノムアセンブリ、およびソメワケササクレヤモリのトランスクリプトームアセンブリの完全度を解析
した。このソメワケササクレヤモリは、その実験動物としての適性から、モデル爬虫類として確立すべ
。比
く筆者らによって配列情報が整備されつつある( http://www.riken.jp/pr/press/2015/20151120_3/ )
較解析の結果、CVG に基づく評価は CEG に基づく評価より高精度であることがわかった。CVG による
「厳密に 1-to-1 オーソロ
完全度の評価の精度が高いことは、CVG の 3 つの特徴により説明できる。1 つは、
グである CVG はパラログによる誤検出の可能性が低い」ことが挙げられる。実際に、ソメワケササクレ
ヤモリのトランスクリプトームアセンブリにおいてオーソログと同定された遺伝子の詳細を調べたとこ
ろ、2 ∼ 5%の CEG についてパラログがオーソログと誤検出されていたのに対し、CVG にはそのような
「 CVG は様々な分類群に起きたゲノム進化を考慮できている」こと
誤検出は見られなかった。2 つ目は、
である。一般的に、CVG に基づく完全度は CEG に基づく完全度より低くなるが、例外的に鳥類ゲノムア
。最近発表された鳥類ゲノムの大規模解
センブリでは、CEG の方が CVG より低い完全度を示す(図 3a )
析により、鳥類の初期進化において多数の遺伝子がゲノムから失われたことが示された[ 5 ]。CEG にはこ
第
えられる。一方、CVG のすべての遺伝子群は鳥類ゲノム(ニワトリ、ゼブラフィンチ)にも存在するため、
4
「 CVG による完全度はより高い解像度をもつ」ことである。
鳥類特有の過小評価は起き得ない。3 つ目は、
CEG に基づく完全度が 85 ∼ 95%を示すゲノムアセンブリにおいて、CVG に基づく完全度はより多様な
。この特徴はトランスクリプトームアセンブリにも同様に観察される(図 3b )
。CEG の
値を示す(図 3a )
構成遺伝子より長い配列を持つ CVG の構成遺伝子を復元するには、よりつながったアセンブリを必要と
するため、保守的かつ高解像度な完全度評価を実現できた。
CVG と CEG は、ゲノムだけではなくトランスクリプトームアセンブリの完全度評価にも十分適用でき
る遺伝子セットであることを付け加えておきたい。転写される遺伝子のレパートリーは採取した組織やタ
イミングによって大きく異なるため、遺伝子レパートリーに偏りがあるトランスクリプトームアセンブリ
a
EggNOG の脊索動物オーソログ群 (ChorNOG)
EggNOG で
とされる脊椎動物 26 種、
およびゼブラフィッシュ、ウミヤツメの全てに
1-to-1 オーソログ関係が保存されている
853,193 ChorNOGs
シロイヌナズナ*
分裂酵母*
出芽酵母*
463
ホヤ (Ciona intestinalis, C. savignyi) の
少なくとも 1 生物種にオーソログをもつ
292
ゾウギンザメにも 1-to-1 オーソログ関係が
保存されている
270
Ensembl gene tree においても
1-to-1 オーソログ関係が保存されている
b
233 CVG
線虫*
ショウジョウバエ*
CEG
CVG
ホヤ
ウミヤツメ
ゾウギンザメ
ゼブラフィッシュ
イトヨ
ツメガエル
ニワトリ
カモノハシ
ヒト*
図 2 CVG の概要
( a )CVG 作成フローチャート。
「脊椎」動物オーソログ群ではなく「脊索」動物オーソログ群を用いた理由は、ホ
ヤを外群として脊椎動物初期に起きた遺伝子重複を持つ遺伝子群を除くためである。ゾウギンザメ遺伝子はオー
ソログデータベース EggNOG に含まれていないため、相同検索における双方向ベストヒットに基づきオーソログ
(b)
を同定した。CVG に含まれるオーソログは、29 種全てにおいて 1-to-1 のオーソログ関係を保持している。
CEG と CVG の分類学的範囲。*印がつく生物種によって CEGMA が構成されている。図中の脊椎動物 8 種は、
主要な分類群の代表種として CVG の CEGMA 用データセット作成に用いた。
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
どのアセンブリを使うか? 分子系統学的観点に基づくアセンブリの評価
の欠失が起きた遺伝子が含まれることにより、鳥類のアセンブリ完全度が過小評価されてしまったと考
26
るだろう。ところが、CVG や CEG のようにレパートリーの変化に保守的な遺伝子には、あらゆる組織に
発現するハウスキーピング遺伝子が多く存在する。筆者らが解析してきたトランスクリプトームアセン
ブリも、適切なシーケンシング、アセンブリ方法を適用すれば、CVG・CEG ともに 100%もしくは 100%
あっても、同一のシーケンスデータを用いて作成したアセンブリ方法(プログラムやそのパラメータ)の
比較を目的とする、リファレンス遺伝子を用いた完全度の評価は有効である。CVG の作成手順およびト
ランスクリプトームアセンブリに関する詳細は筆者らが出版した論文[ 4 ]を参照されたい。また後述する
ように、CVG のデータセットおよびカスタム遺伝子セットに対応した CEGMA プログラムを研究室ホー
ムページで公開している。
b
100
95
90
85
80
75
65
60
60
65
70
75
80
85
90
95
100
95
2
Integrated assembly
9
90
5
61
10
4
78
3
85
80
11
75
4
70
65
60
12
60
65
70
75
80
85
90
95
100
Completeness of the CEG (%)
Completeness of the CEG (%)
c
13
Individual assembly
100
90
80
70
60
50
40
30
30
40
50
60
70
80
90
100
BUSCO with CVG (%)
図 3 CVG および CEG のベンチマーク
( a )42 種の脊椎動物ゲノムアセンブリを用いた CVG, CEG の評価。各点が 1 つのアセンブリを表している。ア
センブリの完全度には、CEGMA によってほぼ完全に復元された( Complete )リファレンス遺伝子の割合を用い
た。CEG に基づく完全度が 85 ∼ 90%の領域を水色の背景、鳥類ゲノムアセンブリを橙色で示している。図の見
やすさのため完全度が低いアセンブリを除いている。
( b )ソメワケササクレヤモリのトランスクリプトームアセ
ンブリを用いた CVG, CEG の評価。アセンブリ 1 ∼ 8 は、RNA サンプルあるいはシーケンス方法が異なる個別の
アセンブリであり、9 ∼ 13 はこれら 8 つのアセンブリを異なる方法を用いて統合したアセンブリである。9 ∼ 13
のアセンブリ完全度は 1 ∼ 8 より高くなるはずだが、この条件を満たすのはアセンブリ 13( 1 ∼ 8 のアセンブリ
をマージして類似性に基づきクラスタリングする)だけであった。アセンブリ方法の詳細については[ 4 ]を参照
のこと。
( c )42 種の脊椎動物ゲノムアセンブリを用いた CEGMA+CVG、BUSCO+CVG による完全度。BUSCO
では --long オプションを用い、self-training モデルによって AUGUSTUS による遺伝子予測を改善している。
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
どのアセンブリを使うか? 分子系統学的観点に基づくアセンブリの評価
70
100
第
Completeness of the CVG (%)
a
Completeness of the CVG (%)
March 2016
に近い完全度を示すことがほとんどであった。また、発現遺伝子が極端に偏るトランスクリプトームで
CEGMA with CVG (%)
日本進化学会ニュース
に普遍的なリファレンス遺伝子を用いて完全度を評価することに意義があるのかと疑問に思われる方もい
27
日本進化学会ニュース
遺伝子探索パイプラインの選択:CEGMA と BUSCO のどちらにするか ?
上記の URL から CEGMA のウェブサイトにアクセスすると、CEGMA はこれ以降開発・サポートしな
い旨が記されている。一方、CEGMA の代替となりうる、アセンブリ完全度評価のためのパイプライン
BUSCO の論文が最近出版された[ 6 ]。スイス・ジュネーブ大学の Zdobnov らが開発した BUSCO は、ア
March 2016
センブリ中にリファレンス遺伝子のオーソログを同定し、復元された遺伝子の割合を計算する。つまり、
BUSCO の基本設計は CEGMA に非常に類似している。Zdobnov らのチームは、オーソログデータベース
OrthoDB を開発している特色を活かし、真核生物、後生動物、昆虫、脊椎動物などそれぞれの分類群に
特化した BUSCO 用のリファレンス遺伝子セットを提供している。BUSCO のリファレンス遺伝子は対象
とする生物種にパラログを持たないオーソログに限られるが、10%の生物種には見つからなくてもよい
という条件もあわせ持つ。そのため、脊椎動物のリファレンス遺伝子数は CVG の 10 倍近く( 3023 個)に
達する。また BUSCO には、ゲノム配列だけではなくトランスクリプトーム配列あるいは予測アミノ酸配
列に特化したパイプラインも備わっている。これらの多様な機能を持ち合わせた BUSCO は、CEGMA は
おろか CVG すら代替できるように見える。
しかし、BUSCO と CEGMA のパフォーマンスを比較したところ、BUSCO のデータセットやアルゴ
リズムにはいくつか問題があることがわかった。BUSCO の脊椎動物リファレンス遺伝子を構成する生
物種は、いわゆる「硬骨脊椎動物」に限られるため、系統的にこれらの外側に位置する軟骨魚類や円口
類のアセンブリの評価には、BUSCO のリファレンス遺伝子ではなく CVG を用いるべきである。実際
第
た CEGMA では 83%であったのに対し、上述した脊椎動物リファレンスを用いた BUSCO では、オーソ
4
ログが正しく判定されず 23%の完全度しか示さなかった。我々は、BUSCO に適用した CVG データセッ
トも用意し、この問題を解決している。また CVG には、リファレンス遺伝子数が少ないことによる計算
時間の短縮という効果もある。
リファレンス遺伝子の問題に加えて、BUSCO のゲノムアセンブリ評価用パイプラインには CEGMA よ
り精度が劣る箇所が見られた。概要のみ簡潔に記す。
・BUSCO が用いる遺伝子推定プログラム( Augustus )は、対象種の遺伝子構造によくフィッティングさ
れたモデルが無い限り、遺伝子予測の感度を大きく低下させてしまう
・この問題の対策として、Augustus に自己学習によるモデルを適用し遺伝子予測を改善できるが、それ
。また、自己学習の計算に時間がかか
でも BUSCO の精度は CEGMA を上回らないことが多い(図 3c )
るため、計算時間が短いという BUSCO の長所も失われる
・BUSCO の脊椎動物用リファレンス遺伝子セットは、鳥類に起きた大規模な遺伝子欠失を考慮できてい
ないため、鳥類での完全度が過小評価となってしまう
・予測遺伝子とリファレンス遺伝子のオーソログ・パラログ判定について、BUSCO は遺伝子の進化速度
を考慮せず一律の基準を持つため、進化が速い遺伝子のオーソログを同定しにくい
CEGMA の開発が終わってしまったのは残念ではあるが、特にゲノムアセンブリの評価において
CEGMA はいまだ優れたツールであることには変わりない。
おわりに
CEGMA、BUSCO に用いる CVG データ、およびカスタムリファレンス遺伝子用に改良した CEGMA
プログラムは我々の研究室ホームページ( http://www2.clst.riken.jp/phylo/resource.html )からダウン
ロードして使用できる。BUSCO 用の CVG データにも CEGMA と同等のオーソログ・パラログ判定条件
を採用し、予測の精度を上げている。現状では、脊椎動物のゲノムアセンブリには CEGMA+CVG、そし
て、脊椎動物のトランスクリプトームおよび予測アミノ酸配列には BUSCO+CVG を用いるのが良いだろ
う。CVG を用いた CEGMA の実行に要する環境設定は、CEG を用いた CEGMA の実行と同等である。た
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
どのアセンブリを使うか? 分子系統学的観点に基づくアセンブリの評価
に、円口類であるカワヤツメのゲノムアセンブリ( LetJap1.0 )の完全度を測定したところ、CVG を用い
28
日本進化学会ニュース
だし、CVG を構成する遺伝子は CEG を構成する遺伝子に比べてイントロンが長い傾向があることに注意
する必要がある。カスタムリファレンス遺伝子用の CEGMA プログラムには、イントロン長、ならびに
遺伝子予測の対象領域のマージンを自由に設定できるオプションを加えている。筆者は、CVG を用いた
CEGMA の実行において、哺乳類ゲノムの最大イントロン長を 100kb、哺乳類以外の脊椎動物ゲノムの最
March 2016
大イントロン長を 50kb とし、遺伝子予測の対象領域の前後に 10kb のマージンを取るように設定している。
。
コマンドの例を以下に示す( $ から始まる一連のコマンドは 1 行の入力を表す)
$ ln –s /PATH/TO/CVG_20062015/cegma-extended/CVG .
$ cegma.mod.pl --protein CVG/CVGs.fa --hmm_profiles CVG/hmm_profiles --prot_num
8 --hmm_prefix chorNOG --cutoff_file CVG/profiles_CVG_cutoff.tbl --complete_file
CVG/completeness_CVG_cutoff.tbl --interlen 50000 --boundaries 10000 -T 8 -v
--genome genome.fa -o output --ext
同様に、トランスクリプトームおよび予測アミノ酸配列の完全度を評価するための BUSCO コマンドを
以下に例示する。BUSCO にはユーザが準備したリファレンス遺伝子を用いるオプションがあるため、こ
れを用いて CVG を適用する。
$ ln –s /PATH/TO/CVG_20062015/buscos/other CVG
第
(トランスクリプトーム配列)
$ python3 /PATH/TO/BUSCO_v1.1b1/BUSCO_v1.1b1.mod.py -l CVG -Z 6757 -m trans -c 8
-g transcript.fa -o BUSCO_transcript_cvg
(予測アミノ酸配列)
$ python3 /PATH/TO/BUSCO_v1.1b1/BUSCO_v1.1b1.mod.py -l CVG -Z 6757 -m OGS -c 8
-g gene.pep.fa -o BUSCO_pep_cvg
筆者らは、CVG + CEGMA に基づく完全度の評価を様々なゲノムアセンブリに行っており、現在
世に出ている脊椎動物ゲノム配列の有用性の指標とすべく、データベース化する道を探っている。ま
た、本稿で解説した個別の分類群に最適化した遺伝子セットは、脊椎動物以外の系統でももちろん作成
でき、CEG より精度の高いアセンブリ評価に適用できると期待される。筆者らが CVG の作成に用いた
EggNOG や Ensembl Compara のように様々な分類群におけるオーソログデータベースが充実してきてお
り、目的の分類群の 1-to-1 オーソログも得やすいだろう。
引用文献
[ 1 ]Bradnam, K., et al. "Assemblathon 2: evaluating de novo methods of genome assembly in three vertebrate
species." GigaScience. 2013, 2(1):1-31.
[ 2 ]Parra G., Bradnam K., Korf I. "CEGMA: a pipeline to accurately annotate core genes in eukaryotic genomes." Bioinformatics. 2007, 23(9):1061-1067.
[ 3 ]Parra G., et al. "Assessing the gene space in draft genomes." Nucleic acids research. 2009, 37(1):289-297.
[ 4 ]Hara Y., et al. "Optimizing and benchmarking de novo transcriptome sequencing: from library preparation
to assembly evaluation." BMC genomics. 2015, 16(1):977.
[ 5 ]Zhang G. et al. "Comparative genomics reveals insights into avian genome evolution and adaptation." Science. 2014, 346:1311-1320.
[ 6 ]Simão F., et al. "BUSCO: assessing genome assembly and annotation completeness with single-copy orthologs." Bioinformatics. 2015, 31(19):3210-3212.
(編集担当:佐藤行人)
回 シリーズ﹁大量データと知見の架け橋﹂
どのアセンブリを使うか? 分子系統学的観点に基づくアセンブリの評価
4
29
日本進化学会ニュース
第 24 回
海外研究室だより
医学部に埋め込まれたハードコア分子進化の拠点:
コロラド大学デンバー校・David D. Pollock 研究室
March 2016
福島健児(コロラド大学・日本学術振興会海外特別研究員)
1955 年、当時の合衆国大統領アイゼンハワーは旅先で心臓発作に見舞われ、コロラド州オーロラ市に
位置するフィッツシモンズ陸軍病院へと担ぎ込まれた。彼は幸運にも一命をとりとめ、回復までの 7 週間
のあいだは病室から執務をこなしたと伝えられている。それから 40 年の後、陸軍病院はその役目を終え、
。現在のオーロラ市には、この建物を中心として研究棟や
重厚な建物は大学施設へと転用された(図 1 )
病棟が林立し、コロラド大学デンバー校アンシュッツ医療キャンパス( Anschutz Medical Campus )を形
成している。デンバー校のメインキャンパスから車で 30 分ほどの郊外にあり、豊富な芝地には野ウサギ
。キャンパス名は、設立資金として巨額を寄付した実業家 Anschutz 夫妻への敬意を表し
が跳ねる(図 2 )
ている。私がデスクを置く David D. Pollock 研究室はこの医療キャンパスにあり、School of Medicine す
なわち医学部に属している。私の学位研究テーマは食虫植物の進化であった。そのような人間がどうして
私は総合研究大学院大学の 5 年一貫博士課程に在籍するあいだ、自然科学研究機構・基礎生物学研究所
にある長谷部光泰教授の研究室で食虫植物の研究に取り組んだ。食虫植物は被子植物中で複数回独立に出
、収斂進化を研究する好材料となる。研究を進めるうちに、
「収斂進化を
現しており( Albert et al., 1992 )
反復実験 のように捉え、統計的に解析することでまだ見ぬ適応進化のメカニズムを解明できるのでは
ないか」と考えるようになった。進化生物学においては、人工進化系など一部の例を除いて実験的反復を
。収斂進化
とれないため、それが研究を進める上での大きな制限となっている( Bak and Paczuski, 1995 )
が秘められていると考えたのである。
近年、表現型レベルでの収斂進化が遺伝子配列レベルでの収斂進化、すなわち分子収斂を基盤に持つ
、私も次第に興味を寄せていった。しかし、様々な理由から
とする報告が相次いでおり( Stern, 2013 )
分子収斂の検出は困難を極め、標準となるような検出法はいまだ現れていない。たとえば、Parker et
al.( 2013 )は遺伝子系統樹の樹形をもとにした分子収斂検出法を使い、エコーロケーションの能力を独立
に獲得したコウモリとイルカの間に多数の収斂遺伝子が存在すると報告して注目を集めたが、のちに複数
図 2 アンシュッツ医療キャンパスの芝地。7 羽の野
ウサギが写っている。
研究室
David D. Pollock
図 1 元 陸 軍 病 院。 現 在 は Building 500 も し く は
pyramid の愛称で親しまれ、アイゼンハワーの病室
は今もなお観光用に保存されている。
回 海外研究室だより 医学部に埋め込まれたハードコア分子進化の拠点 コロラド大学デンバー校・
24
収斂進化の魅力
には、そのような現状を打破する
第
医学部で研究を続けているのか、その経緯から紹介したい。
30
日本進化学会ニュース
の技術的批判に曝されている( Zou and Zhang, 2015b; Thomas and Hahn, 2015; Zou and Zhang, 2015a;
。そんな状況の中、私の目には David D. Pollock 研究室で確立された手法( Castoe
Goldstein et al., 2015 )
et al., 2009 )が最も妥当なように映った。この方法を出発点にするのが次の研究目標を達成するのに一番
の近道であろうと判断し、当時、全く面識がなかった Pollock 博士に海外学振の受入先になってくれない
March 2016
かとしたためた E メールを送信したのである。しかしながら、この話にはよくあるオチがついてくる。返
事がこない。
スパムメール
メールが返ってこない。そんなとき、どのような原因が想定されるだろうか。先方が忙しいのかもしれ
ないし、運悪くスパムメールとして振り分けられてしまったのかもしれない。後者の可能性を想定するな
ら、よりスパムらしくない内容・送信方法を心掛けるべきであろう。
当時、返事がないことを研究室で嘆いていたところ、長谷部研究室助教の玉田洋介博士から助言を受け
た。曰く、
「アメリカの教授は忙しすぎるから、メールなんか全然見ていない。5 回、いや、10 回くらい
なら再送しても全く失礼にあたらない。
」と。それではスパムメールそのものではないか。しかし、アメ
リカで 5 年を生き抜いた猛者が言うのであるから真実味を帯びている。私は、そのスパムメール戦術を採
Pollock 研究室に参加してすぐ、
「最初のメールに返事をくれなかったじゃないか」と
くと、David は
「私宛に来るメールのうち 90%は私の興味を引かないからタイトルをちらっと見て瞬時に捨てているんだ。
返事が必要なときはスパムメールのように何通も送ってくれ。
」と言っていた。幸運にも私は 2 度目で返
事をもらえたが、玉田博士の助言は全面的に正しかったようである。
ホワイトボード
最初の返信から数往復のやりとりののち、私から希望してコロラドを訪れた。日本学術振興会海外特別
研究員へ応募するにあたって、その申請内容について議論するためである。当時 Pollock ラボでポスドク
職にあった Robert P. Ruggiero 博士の家に泊めてもらい、研究室メンバー全員の前でのプレゼンテーショ
ン、メンバー各個人とのディスカッション、大学院生とのランチ、PI +ポスドクとのディナーと忙しな
い一日を過ごしたが、これはポスドク面接の標準的な流れのようだ。最後に、
「もしフェローシップが取
研究室
David D. Pollock
図 3 分子収斂の検出法を示した図。A がホワイトボードに残ったメモ、B が Castoe et al.( 2009 )の
Fig. 3B である。収斂的なアミノ酸置換数(縦軸)が多様化置換数(横軸)によって経験的に予測できる
ことを示している(赤線)
。収斂置換の多寡は、赤色の回帰直線からのずれを指標に推定する。また、
既存のアミノ酸置換モデルをもとに収斂置換数を予測した場合、その数を過小評価してしまうことも示
している(青線)
。図は David D. Pollock 博士の許可を得て引用した。
24
回 海外研究室だより 医学部に埋め込まれたハードコア分子進化の拠点 コロラド大学デンバー校・
なくも次の日には歓迎の返事が来てしまった。
第
用することにした。ダメ元で何度も送ってみよう。そう意気込んで 2 度目のメールを送信すると、あっけ
31
日本進化学会ニュース
れなかったら雇ってください」と David にお願いしてコロラドを後にした。このお願いが実効性を有して
いたかどうかは結局不明であるが、幸運にも海外学振に採用され、2015 年 4 月から Pollock 研究室に参加
することができた。
Pollock ラボ参加の翌々月、ポスドクの Robert は次の職場であるニューヨーク大学アブダビ校へと旅立
March 2016
ち、私は仮のデスクをたたんで彼が使っていたオフィスへと収まった。彼は部屋を掃除していってくれた
が、壁に掛かったホワイトボードだけは消さずにおいてくれとお願いし、今も当時のまま残してある。そ
こには、Robert の前の住人である Todd A. Castoe 博士のメモが残っていたのである。私が Pollock 研究
。それが残る部
室を選ぶ決め手となった論文( Castoe et al., 2009 )における最も重要な図の原案だ(図 3 )
屋を引き継げたのはとても感慨深い。
準備は余裕をもって
異動の経緯について、私生活寄りの視点からも紹介しておきたい。まず、私の妻は神経科学者だ。現在
は同じキャンパス内の Abigail Person 研究室で、学振海外特別研究員として研究に勤しんでいる。渡米の
前年度まで、私がいた基礎生物学研究所と隣接する生理学研究所に在籍し、私と同学年の大学院生であっ
た。学位取得後の進路はそれぞれ思惑があったわけであるが、妻からの譲歩によって私の第一希望であっ
って異動することにした。しかしながら、学位審査、引越し、ビザ取得など、思
まった。
殊に、海外学振の受入先決定が遅すぎたのはまずかった。海外学振募集の機関内締切りは概ね毎年 4 月
であるが、私が David へ打診メールを送ったのはその年の 2 月であった。ギリギリまで複数の研究室を天
にかけていたためである。私の申し出が断られてしまっては妻がコロラド大学へ行く理由がなくなるの
で、David からの返事が来るまで彼女の職探しに必要なアクションが取れなかった。スパムメール戦術だ
のなんだのとやっているあいだ、私以上に妻のキャリアを危険に晒してしまったわけである。さらに、学
位審査を通過できなければ私の海外学振内定は取り消され、妻の単身渡米が決定してしまう。このような
体たらくでは「結婚詐欺!」との
りを受けたとしても甘んじるほかない。というか実際に受けた。現在
の私たちの家庭が成り立っているのは、当時の妻の寛容さの賜物である。妻は現在の所属研究室と研究
テーマを非常に気に入っているので結果オーライではあるのだが、だからといって当時のことは免罪され
ない。準備は余裕をもって。
医学部に埋め込まれたハードコア分子進化研究室
この記事を書いている最中、
「日本の進化学コミュニティへ何か研究室紹介のメッセージはないか?」
と David に聞いてみたところ、以下のように一筆したためてくれた。
『 This is an exciting time to be working in molecular evolution in the Pollock laboratory. The massive
bursts of adaptation, coevolution and convergence in ancestral snake lineages (Castoe et al., 2009, 2008)
point to a different mode of evolution under adaptive pressure compared to nearly neutral evolution.
However, we have also come to understand that functional molecules evolve with fluctuating constraint
and decreasing convergence over time (Goldstein et al., 2015) due to the evolutionary Stokes shift
ate temporal and spatial fluctuations in evolutionary processes (de Koning et al., 2012, 2010), and developing the statistical mechanics that gives rise to evolutionary processes (manuscripts in preparation). 』
上に述べられている通り、Pollock ラボは分子進化学を専門にする研究室である。タンパク質進化モデ
ル、反復配列、エピスタシス、分子収斂、集団遺伝、ゲノム解読などが具体的なキーワードになる。こ
こ数年に論文化された主な研究成果として、ヒトゲノムにおける反復配列の高感度な検出( de Koning et
研究室
David D. Pollock
(Pollock et al., 2012; Pollock and Goldstein, 2014). Current work involves using new methods to evalu-
24
回 海外研究室だより 医学部に埋め込まれたハードコア分子進化の拠点 コロラド大学デンバー校・
いつく限りほぼ全ての必要手続きを私が後手に回してしまったため、妻には多大な心配と苦労をかけてし
第
たコロラド大学へ二人
32
日本進化学会ニュース
al., 2011 )
、系統仮説における塩基・アミノ酸置換過程の partial sampling による尤度計算の高速化( de
、ビルマニシキヘビ( Burmese python )のゲノム解読( Castoe et al., 2013 )
、
Koning et al., 2012, 2010 )
分子収斂の分岐時間依存性の発見( Goldstein et al., 2015 )などが挙げられる。研究目的ごとに独自の解析
プログラムを開発・維持しているが、外部への周知にあまり積極的ではないのは惜しい限りだ。たとえば、
March 2016
反復配列検出ソフトウェアのデファクトスタンダードである RepeatMasker は既知の反復配列と類似性を
示さないものを見逃す傾向にあるが、Pollock ラボで開発されたプログラム P-clouds は、ゲノムの k-mer
頻度から反復配列を予測し、既存の反復配列データベースに依存しないため、その弱点を補完し得る性能
を有する。
私が参加するのに前後して人員の転出が重なったため、現在、Pollock ラボはポスドク 1 名(私)に大学
院生が 3 名と、小さな規模で運営している。一時期は第二世代シークエンサーの波に乗って配列データ生
産へと研究活動の舵を切っていたが、ここ数年の興味は分子進化の理論構築へとシフトしてきている。タ
ンパク質を熱力学的な物体と捉え、そこから メカニスティックに裏打ちされた 分子進化モデルを構築
。Pollock ラボが占有する実験スペースは今や埃をか
しようという試みがその例だ( Pollock et al., 2012 )
ぶり、ラボメンバーは UNIX サーバーへのコマンド送信により多くの時間を費やす。ただし、大学院生の
一人がサンプル集めから始める集団遺伝学的研究を計画しているので、その埃が払われる日はそう遠くな
余裕があるときはラボメンバーの誰かをカフェへ連れ出し、コーヒーを飲みながら一対一で研究アイデア
をインプットしていく。ラボに参加したての頃、3 時間以上をカフェでのディスカッション(と雑談)に
費やしたときは少々面食らった。そうやって外へ出て conversational に研究を進めるのが David の理想
のようであるが、書き仕事に取り組むときは小さなオフィスに窮屈そうに収まる。よく机に足を投げ出し
てラップトップのキーボードを叩いているが、そういうときはきっと面白くない仕事なのだろう。申請書
提出や論文投稿など、節目となる仕事を終えた日は決まってみんなでビールを飲みに行く。デンバー近郊
は地ビールメーカーが多数存在することで知られ、多彩なクラフト・ビールを楽しめる。キャンパスから
。
徒歩圏内にあるパブは、我々のようにひとときの解放を求める客で平日から賑わいを見せる(図 4 )
週一回のラボミーティングも然りで、ルールは緩い。日時は決まっているものの、たいていは前日、あ
るいは直前まで何をやるか周知されない。一度など、議論が弾むようにとの目論見で上述のパブで開催
した(ただし、
「みんな研究の話をしない」との理由で二度と同じ形式が採用されることはなかった)
。そ
のような例外を除けば、ラボ内で最近出たデータをネタに議論したり、David が構想している研究アイデ
アを紹介することが多い。後者の場合、ideal gas(理想的な気体)だとか Boltzmann equation(ボルツマ
ン方程式)といった、生物学者にはあまり馴染みのない語句と数学的な記法を抵抗なく咀嚼できなければ
議論についていくのは難しい。私はまだうまく咀嚼
できない側の人間だ。大学院生の背景知識も様々で、
David の解説に対して物理系の学部教育を受けた学生
がうんうんと頷く横で、生物系出身の学生が私と同じ
顔で硬直していることもしばしばである。
他方、医学部という環境にあって、応用研究とは
ハードコア分子進化学者 と言ってよい根っからの
基礎志向研究者であり、その興味と重ならない共同研
究でがんじがらめになっている様子はない。それでも、
図 4 大学近くのパブ。奥に身の丈よりも大きな
ビールタンクが見える。
「インフルエンザウイルスのここ数年分の配列データ
があるんだが・・・」などと相談に訪れる研究者はち
研究室
David D. Pollock
うまく距離感を保っているように見える。David は
24
回 海外研究室だより 医学部に埋め込まれたハードコア分子進化の拠点 コロラド大学デンバー校・
少し大雑把な David の性格を反映して、研究室の管理運営はゆるやかである。David のスケジュールに
第
さそうだ。
33
日本進化学会ニュース
らほらいて、多くの場合、David から助言を受けて懸案に活路を見出すようだ。
日本版 NIH 医療研究開発機構の発足に代表されるように、応用研究重視の波は既に日本にも押し寄
せている。重視に留まらず応用偏重となるようならば流れを引き戻す努力も必要であろうが、潮目を見極
めてこそ開く活路もあるはずだ。David のように医学系研究者の中にあって進化学の有用性を示すことも
March 2016
また、強い選択圧に晒されつつある進化学研究者が今後採りうる適応戦略のひとつであるだろう。
Mechanisms of Protein Evolution
前述の通り、医療系の学科が集まる性質上、アン
シュッツ医療キャンパスには進化学周りを専門に
する研究室はそう多くない。しかしながら、およそ
2 年に一度、ここに多くの分子進化系研究者が集う。
Society of Molecular Biology and Evolution( SMBE )
のサテライトミーティング Mechanisms of Protein
Evolution が開催されるのである( URL: http://www.
。David を 筆 頭 に 数 名 が コ ア
proteinevolution.org/ )
子進化学者が最新の研究成果を持ち寄って賑わいを見
。参加者数 50 名程度で、全員の顔が見えるちょうどよい規模の会である。私にとって特筆す
せた(図 5 )
べき点の一つが、分子収斂の研究者が多数参加する点だ。思いがけず、周辺分野の動向を知る良い機会と
なった。
この会の独特な基調講演スタイルについても紹介しておきたい。2015 年開催の研究会では 1 時間程度
の基調講演が 11 題あり、それぞれに分子進化学の発展に大きく貢献した研究者の名が冠せられている。
Ohta Keynote、Dobzhansky Keynote、McClintock Keynote といった具合だ。講演者は、それらの研究
者が成した偉業に軽く触れ、自身の研究内容との関連を示したうえで研究発表を行う。例えば、Jacob
Keynote の 講 演 者 で あ っ た Anne-Ruxandra Carvunis 博 士 は、François Jacob に よ る 記 事『 Evolution
『 The probability that a functional protein
and Tinkering 』か ら の 引 用 で 発 表 を 始 め た。Jacob 曰 く、
。
would appear de novo by random association of amino acids is practically zero. 』であると( Jacob, 1977 )
Jacob の業績についてもう少し触れたのちに、彼女自身の研究から明らかになった de novo gene birth
( Carvunis et al., 2012 )の普遍性と新たな知見について詳しく述べられた。偉業を成した一人の研究者を
軸に分野の成立と変遷がコンパクトに紹介されるため、前提知識のないトピックでも非常に聞きやすかっ
たのを覚えている。
The Mile-High City
コロラド州の州都デンバー市( Denver )とそれに隣接するオーロラ市( Aurora )は、アメリカ合衆国西
部でも有数の都市圏を形成している。デンバー市は標高およそ 1 マイル( 1609 メートル)に位置すること
から、The Mile-High City の愛称で親しまれる。気圧が低いためにカップ麺などのパッケージは膨張して
られる機会はそう多くないが、もし聞き覚えがあるとしたら、2012 年の映画館銃乱射事件を想起するこ
とだろう。美しい名の街であるだけに残念だ。そのような凄惨な事件からくるイメージとは裏腹に、治安
はさほど悪くない。もちろん地区によるのだが、閑静な住宅街では男女問わず日没後のジョギングを楽し
む姿も見られる。
デンバー近郊は風光明媚な土地柄と言ってよいだろう。西のロッキー山脈はほぼ年中雪をかぶり(図
研究室
David D. Pollock
しまい、スーパーマーケットで積み上げて陳列するのが難しそうだ。オーロラ市が日本のメディアで報じ
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回 海外研究室だより 医学部に埋め込まれたハードコア分子進化の拠点 コロラド大学デンバー校・
月に開催され、David に比肩する ハードコアな 分
図 5 SMBE Satellite Meeting Mechanisms of
Protein Evolution III 2015: Origins の冒頭でウェ
ルカムスピーチを行う David D. Pollock 博士。
第
となって企画している研究会だ。直近では 2015 年 11
34
日本進化学会ニュース
6A )、東にはグレートプレーンズが果てなく広がる。デンバー市内北部にはロッキーマウンテン兵器工場
跡地に自然保護区が広がっている。大戦中はありとあらゆる環境汚染の限りを尽くして工場を稼働させて
。ビジターセンター
いたようであるが、保護地に指定されて数十年経つ今では自然豊かな場所だ(図 6B )
の説明書きによると、ここで作られたナパーム弾は東京大空襲に使われたらしい。サリンのような毒ガ
March 2016
スも作っていたらしく、そういった危険度の高い兵器はほとんど使われずに廃棄されたようである。廃
液は地中深くへの高圧注入により捨てられ、それが人工地震として有名なデンバー地震の原因になった
と伝えられている。デンバーから車で 1 時間ほどかけて南下すれば、Garden of the Gods と呼ばれる自然
。巨大な岩が多数山肌に露出した美しい場所だ。ロッキー山脈の景色を楽しみなが
公園が広がる(図 6C )
ら国道 70 号線を西に走り、首なし鶏マイクの逸話が残るフルータ( Fruita )を越えれば、デンバーから 5
時間ほどでグランドジャンクション( Grand Junction )へと到着する。ここにある Museums of Western
。
Colorado では化石掘りツアーが開催されており、素人でも骨の欠片くらいは掘り当てられる(図 6D )
デンバー近郊はスノースポーツが盛んで、山岳リゾートでの余暇を目当てに訪れる観光客も少なくない。
残念ながら私はまだこの地でスノースポーツに興じる機会を持てていないが、スキーストックは頻繁に手
にする。Pollock 研究室がよく使う会議室に、指示棒やレーザーポインターの代用として置いてあるのだ。
外部からセミナー発表に訪れた研究者は、ほぼ例外なくこれに戸惑う。ただし、スキーストックを指示棒
出産・子育て
渡米から 5 ヶ月後、私達夫婦の生活に大きな変化が訪れた。第一子となる娘が誕生したのである。妻は
産休ギリギリまで実験を詰め込んでいたが、予定していたよりも早く陣痛が始まってしまい、コロラド大
学病院へと駆け込んだ。診察台の上に乗せられ、まだ実験が終わっていないだのなんだのと悪あがきをす
研究室
David D. Pollock
図5 ( A )オフィスからの眺望。6 月末の撮影であるが、奥に見えるロッキー山脈には雪
( C )Garden of the
が残る。
( B )ロッキーマウンテン兵器工場跡地で草を食むバイソン。
( D )グランドジャンクションで筆者が掘り当てた骨の化石
Gods で巨大な岩を支える筆者。
(黒色の部分)
。博物館職員は一 して恐竜のものだと言っていたが、真偽は不明。
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できていない。
第
代わりにしているのは研究棟全体で見ると稀で、所属する学科が所有する 2 つの会議室以外ではまだ確認
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日本進化学会ニュース
る妻は、看護師さんに諌められてようやく観念した。出産に立ち会って印象的だったのは、医療スタッフ
の多さである。陣痛が強くなってくると、医師・看護師が次々と現れ自己紹介をしてくれる。その数は両
手の指では足りず、分
台の前にできた人だかりに、私たちは完全に圧倒されてしまった。ある医師など、
私達の緊張を見かねて「産まれてくる娘さんは何歳になるまでデート禁止なんだい?」とジョークを投げ
March 2016
てくれたが、それに対応する余裕は当時の私たちには残っておらず、乾いた愛想笑いしか返せなかった
(結局、その医師はバツの悪そうな顔で部屋を出たきり二度と戻ってこなかった)
。その後数時間の格闘の
末、娘は無事生まれてきた。コロラド大学病院は、私が勤務する研究棟のすぐ横にある。今でもときおり、
。
オフィスの窓から病棟を眺め、出産の日に泊まった病室はどの窓だったかと探してしまう(図 7 )
。妻のお腹が目立つようになってきた頃、妻のボス Abby は彼女の家
研究室は子育てに協力的だ(図 8 )
でベビーシャワーを開いてくれた。これはアメリカ発祥の出産前祝いパーティである。赤ん坊が産まれる
と何かと忙しくなるので、その前にお祝いを済ませようというのは実に合理的だ。Abby 自身も幼い 2 児
の母親であり、子育ての気苦労をよく慮ってくれる。クリスマスには David の自宅でパーティが開かれた
が、参加者の半数以上が子連れで大変賑やかなものであった。
今日まで、娘の存在が生活をより一層鮮やかにしたことは言うまでもない。今では娘を保育園に預け、
妻も仕事に復帰している。また、妻子はキャンパス内の被験者募集に応募し、母親の体調が子供に与える
留学で研究活動の谷を越える?
前任のポスドク Robert は、次の職場があるアブダビへと旅立つ直前、
「新天地で働くのはいいもんだ
ろ?」と私に聞いてきた。正直、留学に伴う困難など売るほどある。私を含め大多数の日本人にとって、
その最たるものは英語での意思疎通であるだろう。さらに、フェローシップを取ってビザを申請して…と
必要手続きをこなすだけで、論文を一報書けてしまうくらいの時間と労力を要するかもしれない。しかし
ながら、私のような駆け出しの研究者が研究環境を大きく変えることのポジティブな効果も強調しておき
たい。
少なくとも私にとって、研究活動は視野狭窄下での山登りのようなものだ。懸命に登ってひとつのピー
クに到達したからといって、そこが大域的に見たときに最も高い峰であるとは限らない。手元で大切に温
めているアイデアが最適解であるという保証はないのだ。しかし、研究環境が変われば新たなインプット
があり、より良いアイデアが浮かんでくることもある。生物が適応度地形の谷を越えるとき、環境変動が
。海外学振の研究計画を仕上げた当時はそ
引き金になるのと似た話だ( Steinberg and Ostermeier, 2016 )
図 8 Pollock 研究室メンバーと対面する娘。生後
一ヶ月ほど。
研究室
David D. Pollock
図 7 アンシュッツ医療キャンパスの一部。左手奥に
Pollock 研究室が入る研究棟、右手奥にコロラド大学
病院が見える。
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回 海外研究室だより 医学部に埋め込まれたハードコア分子進化の拠点 コロラド大学デンバー校・
合だ。このような募集が多数あるのは医療系キャンパスならではだろう。
第
影響を調べる研究に参加している。ときおり身体測定に出向いたり、娘のおむつを提供したりといった具
36
日本進化学会ニュース
れに大変満足していたが、こちらのラボメンバーと議論を交えながら研究を進めてみると、少し陳腐な部
分が見えてきた。このラボでなければ出てこないだろうと思わせるアイデアで軌道修正することも少なく
ない。留学に伴う諸々を天
にかけたとき、少なくとも私や妻の場合、
かばかりポジティブな側面へ針
が振れているように思う。サンプル数 2(しかも独立性が疑われる)で判断を下すのは心許ないが、当時
March 2016
の Robert の問いには今現在も肯定で返したい。新天地で働くのはいいものだ。
謝 辞
著作権を保持する図の掲載を許可し、一部の原稿作成に協力してくれた David D. Pollock 博士にお礼申
し上げる。また、数点の写真掲載を快く許可してくれた Pollock 研究室メンバーにも感謝したい。最後に、
「結婚詐欺!」のくだりを載せることに好意的な返事をくれた田淵紗和子博士に感謝の意を述べたい。
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回 海外研究室だより 医学部に埋め込まれたハードコア分子進化の拠点 コロラド大学デンバー校・
研究室
David D. Pollock
(編集担当:佐藤行人)
第
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37
日本進化学会ニュース
第1回
ダーウィン研究室:国内にもある、Cutting-Edge Science!
東京工業大学・田中幹子研究室紹介
March 2016
岡本恵里(東京工業大学大学院 生命理工学研究科 生体システム専攻 博士後期課程 1 年)
2016 年最初の進化学会ニュースとなる本号より、海外ばかりでなく国内のユニークな研究室も紹介す
べく、本企画を立ち上げました。記念すべき第 1 回は、東京工業大学大学院・生命理工学研究科・発生生
物学分野・田中幹子研究室博士後期課程 1 年の岡本恵里さんによる「マイラボ」紹介です。
東工大 田中幹子研究室は、進化発生学を専門と
して、脊椎動物の四肢の対象に研究している研究室
です。私は田中研所属 博士課程 1 年の岡本恵里で
す。進化学会ニュースの国内版研究室だよりの第一
回目を書かせていただくことになりました。いろん
な方々に、田中研の魅力やちょっと変わったところ、
研究の面白さなどをお伝えすることができれば幸い
です。
まず、田中研でどのような研究をおこなっている
のかを簡単にご説明させてください。
opmental Biology 略してエボデボ)を専門としてい
ます。エボデボでは、
「生物の多様な形態がどのようにして進化したのか」という問について、発生プロ
グラムの変化から理解しようとします。具体的には、異なる形態をもつ生物間で、それぞれの形態の発生
を制御している分子システム(遺伝子の発現タイミングや発現領域の違いなど)を比較し、その違いを明
らかにすることで形態の進化を理解しようとします。
生物の持つ多様な形態のなかで、田中研は脊椎動物の四肢を研究対象にしています。四肢は、対鰭とよ
ばれる左右で対になった鰭(胸鰭・腹鰭)から進化しましたが、原始的な脊索動物であるナメクジウオな
どは対鰭をもちません。田中研では、対鰭がどのようにして獲得されたのか、また、対鰭から四肢への形
態変化がどのように生じたのかということを明らかにしています。さらに、四肢や対鰭にみられる形態的
な多様性がどのようにして生じたのかというテーマや、四肢や対鰭の適切な発生が、どのような発生プロ
グラムによってコントロールされているのかなどのテーマについて、様々な実験生物を用いて日々研究に
取り組んでいます。
田中研のボスである田中幹子准教授は、ハイヒールで颯爽と歩く姿が印象的な先生です。他の研究室の
先生や学生が、
「ハイヒールの音がすると田中先生が近づいてきたことが分かる」と言うほど、田中先生
のトレードマークとなっています。田中先生はかなり迫力のあるマシンガントークで、私が初めて田中研
のセミナーに参加した際には、矢継ぎ早に飛んでくる先生からの質問に、答えられないでいると強制終了、
という場面を見て、田中研のセミナーは戦場のように感じられました。今では戦場にも慣れ、それなりに
応戦できるようになったとは思いますが、新入生が戦々恐々としているのを見ては、自分の入学当初を思
い出しています。また、発表の仕方や論文の書き方に関しては特に厳しく、原稿を何度もダメ出しされる
ことも多いですが、かなり細かい部分まで的確なアドバイスとともに指導してもらえるので、プレゼン能
第1回 ダーウィン研究室 国内にもある、 Cutting-Edge Science!東京工業大学・田中幹子研究室紹介
田中研は、進化発生生物学( Evolutionary Devel-
図 1 田中研のメンバー。学生は、学部時代からの
東工大生、高専からの編入生、他大から入学した大
学院生、留学生とメンバーの背景は様々。中列右か
ら二番目が田中幹子准教授。前列左が著者。
38
日本進化学会ニュース
力はかなり鍛えられると思います。厳しそうな面ばかり書いて
しまいましたが、その分、いつも親身にアドバイスしてくれる
先生です。また、田中先生はいつもかなりハイテンションで明
るい先生で(怖い先生と誤解を生みそうなので)
、生物の進化
March 2016
発生の面白さを語る際の熱量にはいつも圧倒されます。
「○○
○の論文見た?すごいよねー!」
「○○○さんの実験ですごく
いい結果が出たよ!」と話しかけられることも多いです。また、
ケーキやゆるキャラが好きといったチャーミングな一面もあり
ます。
そんな先生の人柄からか、田中研のメンバーは、とにかく面
倒見が良いです。私が入学した当初は、田中研には年齢の離れ
た先輩が多く所属していました。質問するのも躊躇われるくら
い、すごい集中力で実験に取り組む姿に、下手なことは聞けな
いぞと少し怖く感じるくらいでした。しかし、先輩たちは非常
によく面倒を見てくださり、配属後の数か月間は、実験の基本
的な操作、セミナー発表のアドバイスなどを様々なことを教え
てくれました。実験や発表準備で行き詰まった際には、問題が
図 2 先生がケーキ好きな田中研では、
メンバーの誕生日だけでなく、イベント
やお祝い事(就職が決まったり、試験に
合格したりしたときなど)があると頻繁
にケーキを食べます。なぜか 12 月にメ
ンバーの誕生日が集中しているため、ク
リスマスも含め、12 月は毎週ケーキを食
べることになります。
解決するまで付き合ってもらったことも多く、配属後の数か月
で大きく成長することができました。また、静かながら熱量を持って真面目に研究に向き合う姿に刺激を
受け、自分もこんな風になりたいと思ったものでした。
田中研では先生と学生が皆同じ居室ですごしています。いつも机に向かって真剣に作業をしている先輩
先生に質問しやすいという点では非常に良い環境であると思っています。田中先生が席を立つと、いろん
な学生から一気に質問の声がかかることが多々あります。また逆に、実験が行き詰っていそうな新入生に、
先生や先輩が声をかけるということも多いです。最近、研究室見学に来た学部生に「居室が先生と一緒っ
て、居づらくないですか?」とこっそり聞かれたことがありますが、この環境は居づらさ以上に、研究生
活にとってはメリットであることのほうが多いと思います。
エボデボでは形態の異なる生物を比較するという方法が主なことから、扱う実験生物の種類も多いです
が、現在田中研で研究に使用している生物種は、研究機関等からいただいている胚や卵等を含めると、ス
タンダードなモデル生物であるゼブラフィッシュ、メダカ、ニワトリ、アフリカツメガエルをはじめ、ナ
イルティラピア、サラマンダー、ゼブラフィンチ、エミュー、アカハライモリ、フグ、ヤツメウナギ、ト
ラザメ、ゾウギンザメなど実に多様です。そんな中で、私は軟骨魚類ハナカケトラザメを主な対象として、
対鰭筋形成システムの進化について研究しています。
四肢の祖先形質である対鰭は無顎類で獲得されたと考えられていますが、現在も生き残っている無顎
図 3 田中研で扱っている動物たち。エミュー
の卵(左)
。右のサインペンと比較するとニワ
トリの卵よりもかなり大きいことが分かりま
す。どこか抜けた顔のサラマンダー(中央)と
ナイルティラピア(右)
。実験室の水槽で飼育
しており、実験やデスクワークで疲れた学生が
癒しを求めにやってきます。
第1回 ダーウィン研究室 国内にもある、 Cutting-Edge Science!東京工業大学・田中幹子研究室紹介
や先生に囲まれて、今思えば最初の数か月はかなり緊張しながら過ごしていたと思います。しかし今では、
39
日本進化学会ニュース
類は、対鰭の獲得以前に分岐したと考えられ
ている、
ヤツメウナギとヌタウナギのみです。
そのため、現在も生き残っている脊椎動物の
中で、対鰭をもつ最も古い系統である軟骨魚
March 2016
類は、対鰭・四肢の進化を見るうえで非常に
重要な位置にあり、対鰭の獲得進化の生き証
人ともといえます。
私は、この軟骨魚類のハナカケトラザメ
を主な対象とし、対鰭筋の形成システムの進
化について研究しています。四肢動物の四肢
図 4 ハナカケトラザメの卵(殻を一部切除したところ)
。
巾着型の卵殻が特徴的。卵黄は鮮やかな青緑色をしており、
左上部にヨークサックで卵黄とつながった胚が見えます。
の筋肉は、遊離筋とよばれる移動能を持つ筋
芽細胞によって形成されます(図 5)。一方で、軟骨魚類は四
肢動物とは異なり、遊離筋によらない原始的なシステムによっ
て対鰭筋が形成されると報告されています。私は、軟骨魚類の
対鰭筋形成システムについて明らかにすることで、どのような
システムで対鰭に筋肉がもたらされたのかを理解しようとして
います。
研究を進めるにつれて、対鰭筋形成システムの進化の新たな
可能性がだんだん見えてきました。エボデボの研究では、生物
がある形態を手に入れるまでに
ってきた長い歴史やストーリ
ーを明らかにすることができるという点で、非常に魅力的でや
最後に、拙い原稿にアドバイスをくださった荒木仁志先生に
お礼申しあげます。
研究室の先生からの一言:私は熱量(?)だけなのですが、優
秀な学生さんとスタッフに支えられて、なんとかやっています。
図 5 四肢動物の四肢筋形成:マウス
胚の前肢原基レベルでの断面の模式図。
四肢動物の四肢筋は、移動能をもつ筋
芽細胞である遊離筋(赤色部)が皮筋節
(黄色部)から分離し、四肢の原基へと
遊走することで形成される。
研究は楽しく真剣に、がモットーです。
ミーティングレポート① 第
りがいがあり、毎日充実した研究生活を過ごしています。
回
24
ミーティングレポート ①
第 24 回 Plant and Animal Genome
Conference(PAGXXIV)に参加して
川原善浩(農業生物資源研究所)
国際動植物ゲノム・カンファレンス Plant and Animal Genome Conference( PAG )は、米国・サンディ
エゴのタウン&カントリー リゾート&コンベンションセンターにて、毎年 1 月中旬に開催されています
(写真)
。サンディエゴは米国西海岸のカリフォルニア州の南端のメキシコとの国境にあり、一年を通して
穏やかな気候であり、観光地としても人気が高い都市です。この時期のサンディエゴは日本と同じ冬です
が、天気の良い日は 20 度近くまで気温が上がり、寒い冬の日本からの参加者にとっては春(初夏?)のよ
︵ PAGXXIV
︶に参加して
Plant and Animal Genome Conference
(編集担当:荒木仁志)
40
日本進化学会ニュース
うな暖かさでホッとさせてくれます。
この学会、
「動植物ゲノム」というタイトルではありますが、モデル生物を対象とした基礎研究は含ま
れず、主に農業・水産業や畜産分野の研究者や関連企業が数多く参加する学会となっています。特に、近
年の超並列シーケンサーの登場によるゲノミクス研究の急速な進展はこの分野にも新たな研究展開や市場
March 2016
を生み出しており、シーケンシング関連の機器、試薬、受託関係の企業の参加が増え、非常に活気のあ
る学会になっています。2 年前からは PAG Asia という分会が毎年シンガポールで開催されるようになり、
アジアにおける農業・水産業や畜産分野の研究についての情報交換の場となっています。
第 24 回の PAG は今年の 1 月 9 ∼ 13 日に開催されました。70 を超える国から約 3,100 人の参加者が集ま
り、約 2,400 件の研究発表(約 1,300 件のポスター発表を含む)があったと報告されています。例年、日本
からの参加者も多く、主に農水系の独立行政法人やその他の研究機関、大学などからが中心となっており、
今年も 100 人近くの方が参加されていたようです。PAG のウェブサイトから提供されている統計情報に
よると[ 1 ]、参加者や発表件数は年々増加傾向にあるようで、特に 2009 年頃からの急激な増加の要因は超
並列シーケンサーの登場に他ならないと思われます。私自身、2010 年からほぼ隔年で参加していますが、
当時は新型シーケンサーの登場に沸いたお祭りのような雰囲気で、毎年のように新機種の発表があるシー
ケンサーのベンダー主催のワークショップは立ち見が出るほどの大盛況でした。それから 5 年以上の時を
経た今年の PAG は、シーケンサー開発については大分落ち着いたような印象を受けました。実際に、会
期中に発表された新しいシーケンサーは、Illumina 社の MiniSeq ぐらいで、他には Pacific Biosciences
( PacBio )社が Roche 社と共同で開発して昨年の秋に発表した Sequel システムの紹介や実機がブースに展
示されていたぐらいで、技術的に目新しいものはほとんどありませんでした。一時期注目を集めていたい
わゆるナノポア技術を用いた Oxford Nanopore 社のシーケンサーについても特に目立った発表はなかっ
たように思います。超並列シーケンサーの登場以降、ベンダー各社がしのぎを削る戦国時代が続いていま
したが、現在はロングリードタイプの PacBio 社、ショートリードタイプのイルミナ社の二強時代である
Demo は採択されれば誰でも口頭発表できるので、そういった成果をお持ちの方にはお勧めです。
24
現在、私はイネを中心とした作物のオミックス研究を主におこなっており、今回の PAG では私達のグ
ループから今年の 1 月に論文を発表した、mRNA-Seq 法による様々なストレス環境下におけるイネのトラ
ンスクリプトームデータベース「 TENOR 」に関するデモンストレーションとポスター発表をおこないま
した[ 2 ]。PAG には Computer Demo というセッションがあり、データベースや解析ツールの使い方を実
︵ PAGXXIV
︶に参加して
Plant and Animal Genome Conference
写真 会場となるコンベンショ
ンセンターの入口(左)と南国の
雰囲気が漂うタウン&カントリー
ホテルの敷地内の様子(右)
。前
日まで嵐のような天気だったよう
ですが、会期中は天気に恵まれ暖
かい日が続きました。
回
演しながら紹介することができます。PAG の口頭発表は基本的に招待講演のみですが、この Computer
ミーティングレポート① 第
と言えるかと思います。
41
日本進化学会ニュース
ここからは、私自身の興味から農学関連の分野におけるシーケンシング技術を活用した研究の動向に
ついて紹介したいと思います。作物の育種(品種改良)は古くから人間にとって望ましい性質をもった
植物を見つけて増やしたり、有用な形質をもった品種同士を交配させてより良い品種を作出したりする
「従来育種」によって行われてきました。しかしながら、現在ではゲノム情報を有効に利用して交配をよ
March 2016
り計画的、効率的におこない、品種改良のスピードを大幅に向上させることが可能な「分子育種」が広
まってきています。特に超並列シーケンサーの登場によって急速に広まった分子育種手法として、
「ゲノ
」と「ゲノミックセレクション( Genomic
ムワイド関連解析( Genome Wide Association Study: GWAS )
」が挙げられます。今回の PAG でも、GWAS や GS 関連の研究(タイトルや要旨を対象と
Selection: GS )
し、
「 GWAS 」や「 GS 」等のキーワードでヒットしたもの)は約 340 件(全体の約 15%)もあり、非常に注
目されている技術であることが分かります。GWAS はヒトでも SNP マーカー等を用いて特定の病気と連
関する SNP を見つけ出し、その近傍にあると推測される疾患関連遺伝子候補を同定する手法として用い
られています。農学分野でも様々な品種を対象とした DNA マーカーと表現型の関係から、重要な農業形
質(開花期や収量性、食味など)に関わる遺伝子を同定する目的で用いられています。一方の GS は、ト
レーニング用の集団を用いて DNA マーカーと表現型の関係の予測モデルを予め構築した上で、交配後代
の選抜集団のゲノムワイドな遺伝子型情報を予測モデルに当てはめ、最も望ましい表現型をもつことが予
測される優良個体を予測、選抜する方法です。GWAS が表現型を支配する原因遺伝子を検出することを
目的としているのに対し、GS は原因遺伝子については分からなくても良くて、とにかくゲノムワイドな
DNA マーカーから表現型を予測し、優良個体を選抜する手法である、という違いがあります。どちらも
育種スピードを大幅に向上させることができる技術として期待されていますが、これらの手法がここまで
広く利用されるようになったのは、シーケンシング技術の進歩によって多数の品種や系統の遺伝子型情報
が容易に得られるようになったからに他ならないでしょう。
リシーケンシング解析などによって遺伝子型情報が容易に得られるようになった一方で、表現型情報
及に関して議論されていました。
24
葉の大きさや枚数、開花期など)や収量形質(種子数や穂の数や大きさなど)に関する情報は、栽培して
いる作物を手作業で計測して集められており、多数の品種や系統数をこなすには限界がありました。そこ
で期待されているのが効率よく表現型情報を収集するためのフェノーム解析技術です。今回の PAG でも
ワークショップや企業セッションでフェノーム解析に関わる研究発表が多数あり、特に栽培現場でドロー
なったことで、リファレンスゲノムや遺伝子アノテーション情報の不足や質の低さが問題になってきてい
ます。イネを例に挙げると、アジアイネ( Oryza sativa )の栽培種はジャポニカとインディカの 2 種類の亜
種に分類されますが、高精度なゲノム情報が利用できるのは、国際コンソーシアムが解読したジャポニカ
。そのため、例えばショー
の「日本晴」という品種のみです(ちなみにイネのゲノムサイズは約 390 Mbp )
トリードタイプのシーケンサーで解読した多数のインディカ品種のゲノム配列情報を用いて多様性解析を
しようとした場合、遠縁の日本晴のゲノム配列をリファレンスとして用いたのでは多くのリードがマップ
されず、別途解析する必要がでてくるなどの扱いにくさが生じていました。そういった現状を打開するた
め、現在複数の研究グループによって、第 2、第 3 のイネのリファレンスゲノム配列の構築が進行中であ
り、将来的に GWAS や GS 研究への利用が予定されているとのことでした。そのような目的で主に利用さ
れているのは PacBio 社のロングリードタイプのシーケンサーです。これまでもゲノムサイズの小さな生
物ならロングリードによるゲノムアセンブルが有効だと言われていました。しかしながら、スループット
が向上しリード長が伸びた今では、ゲノムサイズが大きくて複雑なゲノムこそ PacBio 社のロングリード
タイプのシーケンサーが威力を発揮するという状況になってきています。あくまで目安にはなりますが、
︵ PAGXXIV
︶に参加して
Plant and Animal Genome Conference
様々な生物種において多数の系統、品種のゲノム配列データを用いた多様性解析が進められるように
回
ンや大型の撮影機材によって取得した大量の画像データから形質情報を抽出するための技術開発やその普
ミーティングレポート① 第
をいかに効率よく得るかということが重要な問題になってきています。これまで、作物の生長形質(草丈、
42
日本進化学会ニュース
ゲノムサイズの 40 ∼ 50 x 相当量の配列データを得ることができるのであれば、PacBio 社のシーケンサー
を用いることで、もっとも効率よく、精度の高いゲノムアセンブリが得られるようです。さらに、トウモ
ロコシにおいては、リファレンスゲノムの高精度化と平行して、遺伝子アノテーション情報の高度化も進
められており、様々な組織から作成した完全長 cDNA ライブラリを PacBio 社のシーケンサーで解読する、
March 2016
Iso-Seq 法という手法が用いられていました。ショートリードタイプのシーケンサーによる RNA-Seq 法で
も遺伝子構造予測が可能ですが、ショートリードのアラインメントから複雑なアイソフォーム構造を予測
するのは容易ではなく、完全長 cDNA の全長を丸々と読んでしまう、アセンブルいらずの Iso-Seq 法とは
得られる遺伝子構造の精度は比べ物にならないでしょう。10 年前には数十億円もの予算が必要だったト
ウモロコシのリファレンスゲノムと完全長 cDNA 配列の決定が、今では数百万円の予算でより高精度に
出来てしまうという話は衝撃的でした。
以上のような最新の研究動向から、ここ暫くの間は、系統的、もしくは育種上の重要な品種については
ロングリードタイプのシーケンサーを用いて高精度なリファレンスゲノム配列と遺伝子アノテーションを
整備し、多様性解析に用いる多数の品種や系統のゲノム解読はショートリードタイプのシーケンサーでお
こなうといった戦略が主流になるだろうと思われます。超並列シーケンサーが普及し、誰もが PCR をす
るぐらいの感覚で大量のオミックス情報を手に入れられるような時代になりました。もはやシーケンシン
グをすることは当たり前で、シーケンシングをして何をするのか、というアイデアが重要だということを
あらためて強く感じました。
最後に、本稿を読んでいただくことで、PAG の雰囲気が少しでも伝わり、来年以降の参加を検討して
頂ければ幸いです。ちなみに、すでに 2019 年までの PAG の日程が会議公式ウェブサイトで公表されてお
り、来年は 2017 年 1 月 14 ∼ 18 日に開催されるようです。
参考文献
[ 1 ] http://www.intlpag.org/2016/images/pdf/PAGXXIII-demographics.pdf
[ 2 ] Kawahara Y, et al., 2016. Plant Cell Physiol. Jan; 57(1):e7
(編集担当:工樂樹洋)
CeMEB Eco-Evo 国際カンファレンス in スウェーデン
− 全ての始まりは、見知らぬ送り主からの一通のメールだった − というと推理小説の書き出しの
「自分はスウェーデン・イエテボリ
ようだが、そうではない。昨年 6 月に送られてきたそのメールには、
大学の研究者で、10 月に大学のマリンステーションで国際カンファレンスを開きたい。あなたの専門分
野にピッタリのセッションがあるので、都合がつくようなら是非お招きしたい。
」と書かれていた。
通常その手のメールは大方一日何十通にも及ぶ未開封メールの中に埋もれるのだが、イエテボリ大学の
マリンステーション( The Linnaeus Centre for Marine Evolutionary Biology、通称 CeMEB )については
以前、水圏生物進化の先駆的な研究をしている、と耳にしたことがあった。何だか面白そうなイベントへ
度かメールでやり取りした後、何とか都合をつけてカンファレンス参加を決めた。
(最近はフィッシング
詐欺ばりの「招待講演依頼メール」で蓋を開けてみると参加費自腹、お金目的などというものも多いので
十分ご注意を。
)
スウェーデン
in
の招待、という予感があったのかもしれない。ホームページで情報を確認し、身元を確かめた送り主と何
国際カンファレンス
CeMEB
Eco-Evo
荒木仁志(北海道大学)
ミーティングレポート② ミーティングレポート ②
43
日本進化学会ニュース
Applications of Evolutionary Biology in the Marine Environment と名付けられたそのカンファレン
スは、主にヨーロッパの水圏生物研究者を対象とした 3 日間のイベントで、その内容は微生物の適応進化
から魚類生態まで、水圏生物の生態進化を幅広くカバーするものだった。Tjärnö(シャルノ)というノル
ウェーとの国境近くの海辺の町(村?)で、人里離れたマリンステーションの施設に合同宿泊しての 3 日
March 2016
間だったため、60 名ほどの参加者は皆同じ宿舎で寝起きを共にし、朝晩の食事はもとよりフィールド視
察や深夜のビアパーティーなど、その気になれば 24 時間お互いに顔を合わせることの出来る理想的な環
境だった(写真参照)
。そのため、フィヨルドの海を眼前に眺める静かな周辺環境とはいえ、カンファレ
ンス期間中は場所や時間を問わず、施設内のあちこちで時に熱くディープな研究談義が交わされていた。
比較的若い研究者も多く、短い秋のサマースクール、といえば全体の雰囲気を表しているだろうか。
「 Colonization genetics / invasive species 」
「 Breeding
カンファレンスは「 Harvest induced evolution 」
「 Biotechnological applications 」および「 Short talks 」の 5 つのセッション
to support stock production 」
で構成されていた。それぞれのセッションごとに招待演者 2 ∼ 3 人がまず研究紹介し、その後 5 つほどの
グループに分かれて関連する課題についてグループディスカッションを実施するスタイルだ。各グループ
には私を含め、それなりの年齢の専門家が割り振られているのだが、実際に議論の中軸となったのは主に
30 代前後の若手研究者や大学院生であった。もちろん文化的な側面や個人差はあるが、それだけ欧米の
若い研究者や学生が幅広い知識をよく身に付け、それを日々テストされている、ということだろう。私も
研究の場をアメリカやヨーロッパから日本に移して 3 年近く経つが、一般に若い学生の専門知識量には日
本と欧米間での差があるように感じられる。
(自分が若い頃にどれほど勉強していたか、についてはさて
おき。
)
「 Harvest induced evolution 」セッションではフィンランド・ヘルシンキ大の Anna Kuparinen による
「 Fisheries-induced evolution and its ecological feedbacks 」と題した講演があった。漁網の目の細かさが捕
獲される魚の体長に特異的な人為選択の要因となっており、その結果、漁業対象種の成熟年齢と成熟サイ
ズに経年変化が見られる、といった事例を紹介しつつ、対象種の生活史と表現型への選択圧がどのように
個体群動態と相互作用しながら変化していくのか、を理論的に予測するという内容だった。漁網サイズに
よる人為選択は Rapid evolution の例として魚類の進化学では有名な話だが、対象種が適応進化すること
選択スキームにもフィードバックがかかる、という点が複雑で、それゆえ面白い。ちなみにこの演者とは
空港までの帰りの車が一緒で個人的にもいろいろと研究の話を聞く機会があったのだが、彼女曰く日本に
も水産学系の研究者で関連研究をしている方がいらっしゃるとのことで、いずれ直接お会いしてお話を伺
うつもりだ。
続いての講演は同じくフィンランドのトゥルク大、Silva Uusi-Heikkilä で、ゼブラフィッシュのトラン
選択の分子基盤を解明しよう、という話だった。
この研究においては 5 世代にわたる人工飼育で実
際に体サイズにおける人為選択をかけ、発現量に
変化が見られた遺伝子群を同定しようとしていた。
その後のグループディスカッションでは特にこの
アプローチの一般性や有用性が議論となり、賛否
両論が展開された。個人的な見解を述べれば、こ
魚はともかくショウジョウバエやとうもろこしな
どでは昔から size-selective artificial selection の
写真 1 カンファレンス会場でもある宿舎からの眺望。
実験は行われていたわけだし、トランスクリプ
スウェーデン
in
のアプローチそのものの有効性は理解しつつも、
国際カンファレンス
CeMEB
Eco-Evo
スクリプトーム解析を用いて体サイズ依存の人為
ミーティングレポート② で個体群の体サイズや年齢の構造、ひいては世代時間が変化し、それが漁獲に影響することによって人為
44
日本進化学会ニュース
トーム解析によりどれほど新規性の高い結果が得られるか、具体的な成果には疑問を残す内容だった。
ユニークだったのは「 Colonization genetics / invasive species 」セッションで講演したスイス・ベルン
大の Lars Bosshard の話で、バクテリアが増殖し、空間的に広がりを見せる中で、中立・選択的・弱有害
遺伝子がそれぞれどのように進化していくか、という話だった。こう表現すると完全に集団遺伝学の話だ
March 2016
が、彼らが念頭に置いているのは高等生物の移入といった生態学的な事象で、何故外来種は既存種よりそ
の環境にさらされている期間が短いにもかかわらず生息域を広げられるのか、といった疑問に答えようと
しているのである。このアプローチの有用性についてもその後のディスカッションでは意見が分かれたが、
私個人も集団遺伝学の考え方・ツールを使って生態学の問題に答えを探す立場にあり、より多くの人がこ
ういったアプローチについて真剣に考えるよい機会になったように思う。
「 Colonization genetics / invasive species 」は演者が多く、2 日に分けてのセッションとなったが、その
後も侵略的外来種の RAD-Seq による適応進化の話や地球温暖化関連で高温適応の分子進化メカニズムの
話など、進化系カンファレンスの面目躍如となる興味深い話が印象的だった。
「 Biotechnological applications 」セッションについて
後半の「 Breeding to support stock production 」
は私自身の講演も含め、やや水産学や保全学研究の色合いが強いため説明を割愛する。しかし、全体を通
して今や次世代シーケンサーを用いた進化プロセスの分子基盤解析は完全に「当世代」の解析技術であり、
個々の研究対象種ごとにアプローチの差はあるものの、ビッグデータに基づく解析は不可欠となりつつ
あることを改めて痛感するセッションとなった。これは日本の進化学会において「卒論研究に次世代シー
ケンサーを使った解析をやってみました」という類の話を聞く頻度が高まっていることとも対応している。
ただし水産業にはお金が絡むためか、水産学分野でのこのアプローチによる問題解決の「本気度」や「熱」
は進化学の上を行っているようだ。
ちなみに、中日となる 2 日目のランチ後には、スウェーデン北部のフィヨルドとフィールド実験サイト
をボートで体感するフィールド視察も実施された(写真参照)
。フィヨルドというとノルウェーの深く削
られた山々を想像してしまうが、シャルノ周辺の様子はそれとは違い、低い岩肌が点々と存在する、やや
殺風景な雰囲気だ。しかし、水面から下は深くそり立っていて、浅い部分はもとより深海性の魚を含む高
い生物多様性のゆりかごになっているという。また周辺の森には国境を越えてノルウェーの富裕層が建て
は何もなくて退屈、という答えが帰ってきたが、研究施設としてはしっかりした設備があり、研究に専念
したい学生や夏にサバティカルで滞在するような研究者には快適な場所だろう。ちなみに、帰りに車でノ
ルウェーの空港に向かっている途中、それまでは現地の人ですら見たこともなかったという検問に出くわ
した。我々は無事通過出来たが、これも難民問題の影響だろうか。こんな清閑な場所にすら戦争の余波が
及んでいるかと思うと気が滅入るが、CeMEB のイベントは毎年行われるようなので、機会があればまた
ミーティングレポート② るという大きく立派な家が点在し、独特の雰囲気を醸し出していた。地元の学生に話を聞くとシャルノに
国際カンファレンス
CeMEB
Eco-Evo
写真 3 海側から見たイエテボリ大・シャルノ・マリ
ンステーション
スウェーデン
in
写真 2 フィールド視察の様子。スウェーデンのフィ
ヨルド生態系の説明に聞き入る一行。
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日本進化学会ニュース
訪れたい場所の一つとなった。
* CeMEB については
http://cemeb.science.gu.se/
March 2016
* カンファレンスプログラムについては
http://cemeb.science.gu.se/activities/CeMEB_Assemblies/cemeb-14th-assembly/programme
(編集担当:工樂樹洋)
編集後記
編集幹事 荒木仁志
進化学会は今年から田村新会長を迎え、新体制での活動開始となりました。私の住む札幌でも今年は例
年になく雪解けが早く、春の訪れが近いことを感じさせます。進化学会ニュースでも何か新しいことを、
ということで、長年続けてきた「海外研究室だより」に加え、学生視点で国内のユニークな研究室を紹介
する「ダーウィン研究室」を立ち上げました。学生・研究者、それぞれの視点から楽しんで読んでいただ
ける企画に育てていけたらと考えております。
日本進化学会ニュース Vol. 17, No. 1
編集後記
発 行: 2016 年 3 月 11 日
発行者: 日本進化学会(会長 田村浩一郎)
編 集: 日本進化学会ニュース編集委員会(編集幹事:荒木仁志 副編集長:大島一正
編集委員:奥山雄大/工樂樹洋/佐藤行人/真鍋 真/山道真人)
発行所: 株式会社クバプロ 〒 102-0072 千代田区飯田橋 3-11-15 UEDA ビル 6F
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