現代日本の新しい墓

現代日本の新しい墓
―ヴァーチャル霊園を事例として―
坪内 俊行*
Tsubouchi Toshiyuki
<要旨>
New Style of Cemeteries in Contemporary Japan
-Case Investigation of Virtual CemeteryThe purpose of this study is to survey new style of cemeteries in contemporary Japan.
There are many kinds of cemeteries established by temple, public enterprise and private
agency in Japan. Some grave are traditional style made of stone, another are mechanical
charnel house. Anyway we see gravestone as holy space. So we visit family grave to
comfort the spirits of our ancestors. And we pray for the peaceful repose our ancestors
by offering flowers and incense. But some people scatter their family’s ashes in
the sea or the mountain. So I have to identify a need for building gravestone.
These days, everything is driven by computers. We can see global increase in the
use of Internet. Because of advancement of information society, we are able to access
one’s gravestone on the Internet. The online networking is expanding. But I wonder
that the cemeteries building on Internet world are sacred or not. Because it is
virtualized, so it isn’t based on reality. Therefore I did some case investigation.
From case investigation, it is clarified that people use real graves and virtualized
graves as the situation demands. That is, the new style graves assume to complement
functions rather than to replace the traditional grave. The fact remains that we still
commemorate the deceased.
Keyword : 葬墓制(Funeral and Cemetery System), 先祖祭祀(Ancestor Worship),
追憶主義 (Memorialism), インターネット (Internet), 情報化社会 (Information
Society)
*
慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻、後期博士課程1年次
202
1. はじめに
1.1 本論文の目的と問題の所在
日本人は無宗教を標榜する人が多い[阿満 1996]とされ宗教離れが進んでいるが、
死者供養や先祖祭祀が消滅したとは言えない。その重要な要素となっているのが墓
である。日本には多様な墓があり、両墓制1や無墓制などが民俗学で議論されてきた
が、今日問題となっているのは納骨堂やヴァーチャル墓など新しい形態の墓、そし
て葬送の多様化に伴い誕生した墓石を持たない樹木葬や散骨などである。
日本には宗教法人格をもつ仏教寺院が約 8 万カ寺も存在し2、その多くは境内墓地
が併設されている。また、民間業者や自治体による墓地霊園も多数ある。しかし、
後継者不足が問題となり、個人の墓を建立せず合同祭祀式の納骨堂を選択する人も
増えている。極端な場合には墓を建立せずに自宅で遺骨の供養を行う事例も出てき
ている。葬式も家族葬と呼ばれる身内だけの形式が増え、近年では火葬場で読経の
みを行う「直葬」形式も一般化しつつある。
継承者不足や価格高騰(永代使用料・墓石)により、近年では墓をめぐる議論が盛
んである。そしてインターネット空間にも霊園が誕生し、ヴァーチャル墓参りも可
能となっている。死者の魂が宿る石塔とされてきた墓は、石製の物体に対する共同
幻想[岩田 2006:142]だったのか。ヴァーチャル墓が従来の墓の代替となるのかを本
論文では考察する。
また、死者との関係性にも変化が生じている。残された遺族に迷惑がかからない
よう、墓の継承を前提としない永代供養墓への納骨を積極的に希望する人も多い。
先祖の概念も、家を守る存在から近親追憶的なものへと変化3[井上治代 2003:24]し
ている。さらには自分史 (生きた証、足跡)としてヴァーチャル墓を自ら生前に建立
する動きもある。ヴァーチャル墓の利用実態を調査することにより、現代における
墓の持つ機能についても考察する。
1
2
3
埋葬墓地と石塔墓地が設けられる両墓制は土葬が前提となっており、火葬化が進んだ現代
の葬墓制との比較は難しいが、ヴァーチャル墓を現代の詣り墓と考えることもできる。
文化庁『宗教年鑑 平成 17 年版』から計算。
井上治代は祭祀の変化を以下の3段階に整理している。
「家的な先祖祭祀」から「非家的な
先祖祭祀」に変化し、現在は「近親追憶的祭祀」と定義。
[井上治代 2003:24]
203
1.2 先行研究について
墓に関する研究は、両墓制を中心に民俗学や考古学で行われてきた。また、葬送
の変化についての議論もされてきたが、情報化時代におけるインターネットメディ
アの普及と関連させて論じられてきた研究は多くない。神社におけるヴァーチャル
参拝が議論4され、インターネット上に玩具「たまごっち」の墓5も誕生したが、故人
の墓を対象としたヴァーチャル墓参りを扱った研究はほとんどない。
インターネット空間におけるヴァーチャル墓についての研究は、家庭のパソコン
が普及した 2000 年頃にいくつかの言及がなされている。しかしそれ以後は詳細な調
査および研究はほとんど行われていない。
宗教学者の井上順孝は「実際の墓場では他人の墓に手を合わせることは無いが、
ホームページでは他人の墓に記帳することに抵抗感は弱い」[井上 1999:190]とし、
ヴァーチャルであることが行動パターンの離脱を生むと指摘している。アメリカの
葬儀産業を調査した生駒孝彰は、ヴァーチャル・メモリアル6の事例から「ヴァーチ
ャル墓は家族が故人を偲ぶには都合がいい」[生駒 1999:130-132]と利便性に言及し
ている。その一方で、宗教学者の藤井正雄は「いつでもどこにいてもアクセスさえ
すれば墓参りが可能であるが、そのゲーム感覚は否めない」[藤井 2000:24]と否定
的に論じている。
近年ではインターネット上の仮想世界セカンドライフ7にヴァーチャル墓地「メモ
リス島」が開設され、黒崎浩行は血縁による墓の安定システムとの関係から「現実
の墓を持たないヴァーチャル墓が「連帯墓」や
「友人墓」
を加速する」[黒崎 2008b:203]
と指摘している。
先行研究では、扱っている事例が限定的でヴァーチャル墓の仕組みを概観するに
とどまっており、利用者の意識についてはほとんど言及されていないのが現状であ
る。
4
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7
1999 年 11 月、財団法人国際宗教研究所のシンポジウム「インターネット時代の宗教」にて
賛否が議論された。
たまごっちは、1996 年から 1998 年にかけ日本で流行した機械化されたペット育成ゲーム。
井上順孝は、たまごっち供養を「ペット供養」の延長と見なしている。[井上順孝 1999:19
3-194]
1996 年開設のヴァーチャル墓地。http://www.virtual-memorials.com (2010 年 5 月 9 日)
米国リンデン・ラボ社が運用するサーバーに構築された 3DCG の仮想空間。
204
1.3 研究の方法
日本の家制度の象徴ともいうべき墓が、情報化の影響を受けてどのように変容し
ているのか、ヴァーチャル墓利用者への聞き取り調査と記帳欄に記されたコメント
の分析を通じて、本研究では明らかにしていく。
ヴァーチャル墓に設けられた記帳欄には、非公開とされている墓以外は誰でも書
き込みをすることができる。記帳欄は本来の目的を超え、お参りに来た人達のコミ
ュニケーションサイトとして機能している。そこで、生者間のやり取りに注目した
サイト検証を行い、人々の意識変化を明らかにする。
インターネットは情報が逐次変更でき、常に最新の情報に更新できることがその
特性である。一方では、情報の確実性が低下し、存在が非常に曖昧なものとなりう
る。ヴァーチャル墓もサイト更新が頻繁に行われる場合があり、情報の蓄積をどう
するか課題が残り、中長期の調査が必要である。
2. インターネットを利用したヴァーチャル墓の誕生
2.1 インターネットの普及状況
情報技術の進歩に伴い、現在ではいつでもどこでもインターネットを利用できる
環境が整備されている。総務省の調査8によると、2009 年度のインターネット利用者
数は 9408 万人にのぼり、人口普及率は 78%に達している。
インターネットの個人利用についても、60 歳以上の世代が著しく伸びており、65
歳から 69 歳では 58%となっている。従来は情報技術に疎いとされてきたシニア層
も、パソコンを日常的に使う人が増えている。回線についても、自宅パソコンから
の接続にブロードバンドを使っている世帯は 76.8%で、そのうち 41.1%は光回線で
あり、大容量のデータ送受信が現在では一般家庭でも可能となっている。
インターネットの普及には、情報機器の価格が下がったことも影響している。ま
た、携帯電話を利用してインターネットを利用することも可能となっており、今後
も利用者の増加が見込まれている。
8
2010 年 1 月に総務省が実施した調査から、
「2009 年通信利用動向調査」が発行された。
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/statistics05.html(2010 年 9 月 30
日)
205
2.2 ヴァーチャル墓の概要
2.2.1 ヴァーチャル墓の分類
ヴァーチャル墓は、墓石の CG によるアニメーションを利用したものと、実際に建
てられた墓をカメラで映し出すだけの簡易的なシステムがある。また、運営主体別
に3つに分類することができる。
仏教寺院のヴァーチャル墓は、現実空間に遺骨を納めた墓もしくは納骨堂があり、
利用者の心理的不安を和らげている。民間企業のヴァーチャル墓では、新規参入は
容易であるが、実際の墓は寺院墓地や霊園にある場合が多く、信頼性や永続性に不
安が残り、利用者の増加が進んでいない。また、利用料金は安価だが、事業撤退や
サービス中止の危険性9がある。個人が運営するヴァーチャル墓は、作成者のシステ
ム知識が必要となるため利用者は限定されている。ただし、夭折した子供のヴァー
チャル墓の事例では、故人と関係ある人々がホームページを訪れて思い出を語るな
ど、生者による様々なコミュニケーションが展開されている。
2.2.2 ヴァーチャル墓誕生の背景 -墓に対する意識変化現代日本における墓の多くの形態は家族墓10であり、代々継承者を決めて永続的に
使用するものである。墓は、墓所としての土地を買うことではなく、永代にわたっ
て使用する権利(永代使用権)を買うのである。そして、その使用権は、継承者が
絶えて管理費が未納となると権利が消失してしまう。私たち日本人にとっての墓と
は、家族で入るものであり、家は連続していくという前提の上に、その永続性が成
り立っていた。
しかし第二次世界大戦以降は、家の連続性を当然とする意識が希薄となり、家系
の存続にこだわらなくなった。そして、父子継承ラインは弱まり、夫方妻方の双方
の死者を祭祀の対象とする場合もある。また、核家族化が進み、非婚化、離婚率の
上昇など現在の家族は多様化している。
家族による継承を前提とした墓制度が崩れ、家族の個人化が進む中で、新たな墓
のあり方が模索されてきた。1990 年頃からは、継承を前提としない墓が登場し、墓
石を建てずに自然に帰る散骨11も出現した。さらに墓石を建てず、かわりに樹木を墓
9
NTT-ME とアットナヴィングが開始したヴァーチャル墓は既にサービスを終了している。
10
墓碑に「家之墓」と書かれ、火葬された家族の遺骨が一緒に収められた墓は「家墓」と呼
ばれ、明治期以降に成立したと法社会学者の森謙二は指摘している。[森 1993:20]
1998 年 6 月に厚生省生活衛生局(当時)が公表した「これからの墓地等の在り方を考える
11
206
標とする樹木葬も登場し、墓に対する意識は変化してきた。
墓とは「死者の遺体が納められている場所およびその装置12」である。日本におけ
る墓の通念的イメージは死者の魂が宿る石塔であり、石塔とそこに祭祀されている
とする霊魂を重視する発想が強い。
一方で、現在普及している火葬した遺骨をカロウトにおさめる角柱型石塔の場合、
墓参りの対象は石塔下部の遺骨を納めたカロウトではない。上部の角柱型の石塔に
対して墓参りをしている。つまり「遺体や遺骨じたいに対してではなく、共同幻想
とでもいうべく、みなが「お墓」として思い込んでいる石製の物体に対して「お墓」
参りが行われている」
[岩田 2006:142-143]のである。
したがって、共同幻想として思い込む「お墓」がヴァーチャル墓に代替されても、
イメージ的には連続したものと考えられる。また、墓の要素は、土の上にあり、屋
外で野ざらしにされ、石で作られていることが挙げられる。しかし、現在では土地
不足など地理的制約による影響や、室内納骨堂やロッカー式の墓が普及したことに
より、ヴァーチャル墓を使うことに対する抵抗感が徐々に薄れてきている。
2.2.3 ヴァーチャル墓の不安要素
ヴァーチャル墓は実体物としての墓石が存在せず、ホームページの維持管理が適
切に行われない場合には永続性に不安がある。また費用が安く、システムの安定性
が担保されるのか疑問が生じる。
従来の墓とは「一定の土地に設けられ、固定的である。また、人生の最後に行き
つく場でもある。一定の地域に墓を設けることは、祭祀者にとってそこが一つの精
神的拠点を象徴」[孝本 2001:28]するのである。しかしヴァーチャル墓は現実社会
に固定物が設置されず、精神的拠点になるか検討が必要である。
12
懇談会」報告書(http://www.mhlw.go.jp/topics/tp0413-2.html)には、散骨に対する理解
が進んでいると述べられている。
新谷尚紀・関沢まゆみ編 2005『民俗小辞典 死と葬送』吉川弘文館,p.181「墓」より
207
3. ヴァーチャル墓の事例研究
3.1 真言宗豊山派宝性寺別院のヴァーチャル墓(「ネットお参り13」
)
3.1.1 寺院の概略
宝性寺越谷別院は、1997 年秋に栃木県足利市にある青蓮山宝性寺の別院として建
立された。本寺である宝性寺は、文永年間(1267 年)に開山され、700 余年の法灯を
護持し、十一面観世音菩薩を本尊とする寺院である。古くから厄除けの祈願寺とし
て薬師如来を安置することから「堀込薬師」として信仰されている。
宝性寺別院では、従来の概念にとらわれない新しいサービスをいくつか提供して
いる。ホームページではヴァーチャル絵馬を奉納でき、住職は「住職ブログ」およ
び「坊主バー」と呼ばれる掲示板を利用して様々な情報発信をしている。これは寺
院運営の形態が、別院であることが影響しているように思われる。
3.1.2 ヴァーチャル墓のシステム概要
仮想空間だけの霊園と異なり、何らかの都合で墓参りが困難な方や手軽に供養を
したい等の要望を受けて、宝性寺サイト内に建立されたのが「ネットお参り」シス
テムである。運営は 1999 年より行われており、宝性寺では、定期的に真言宗の作法
による施餓鬼法要等を行っており、仮想霊園であるが実際の供養を行うことで現実
との一体化を図っている。
一墓には、最大5名(ペット他可)を埋葬可能となっており、墓碑に名前と命日
が記入される。希望する人やペットと同じ墓に入ること14が可能となっている。
現在では、水子供養やペット供養、海外赴任や病床など様々な事情により墓参り
困難な人々が利用している。メディア取材を受けたこともあり人々の認知度も高い。
宝性寺のヴァーチャル墓は、住職の読経を聞くことができる点が特徴である。ま
た、住職によるとヴァーチャル墓への批判があることは事実だが、少しでも多くの
人に寺やその活動を知ってもらうきっかけになることを目的として、ヴァーチャル
墓を運営しているのである。
秋及び春には、合同法要が営まれるが、その運営はボランティアスタッフと呼ば
れる無給の人達によって支えられている。メンバーは約 30 人ほど在籍しており、い
13
14
http://www.894.or.jp/virtual/ 2010 年 1 月 28 日時点で、非公開 25、公開 15 の墓が作ら
れている。
ペットを対象としたヴァーチャルペット霊園も別に設けられている。
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ずれも住職の人柄に惹かれて活動に参加したと語っていた。
本事例から、ヴァーチャルな墓を提供しながら血縁を超えたコミュニティが寺を
通じて形成されることにより、活気のある寺院運営が可能となることが明らかとな
った。
3.2 アイキャン株式会社のヴァーチャル墓(「ネットお墓参り15」
)
3.2.1 企業の概略
工場現場の足場など建設用仮設機材のレンタルを手がけるアイキャン(渡辺正社
長)は、インターネット経由で仮想墓参りができるサービス「ネットお墓参り」を
2001 年より開始している。渡辺社長は、遠方にいる故人の家族や友人が、もっと気
軽にお墓参りができるようにしたいと考えて、インターネットを活用したサービス
を思いついたそうである。
広告宣伝は実施していないが、メディア取材を多数受けることにより、登録数は
年々増加している。同社では、他にも墓参り代行など珍しいサービスも提供してい
るが、ネットお墓参りも含めて、単体での収益化は困難となっている。ネットお墓
参りに興味を持った消費者が、同社の介護ビジネスやメモリアル用品などの契約や
購買につながることで、事業としての継続ができるという。
3.2.2 ヴァーチャル墓のシステム概要と登録状況
顧客が実際の墓の写真や故人の遺影を送ると、画像を取り込んだ専用ホームペー
ジをアイキャンが自社サーバーに開設する。参拝を希望する人は、専用パスワード
を使ってアクセスする。お墓と故人の情報を画面に呼び出し、四季の花に囲まれた
中で焼香や献花・供物で供養する疑似体験ができる。これにより、故人を好きな時
に呼び出して偲ぶことが可能となっている。お経をあげることや、故人の好きだっ
た曲をささげることも可能である。また、故人の声(歌声、会話、カラオケ、詩吟、
民謡など)も登録可能となっている。
情報を公開する場合はパスワードなしで、親戚や友人などだれでもアクセスして
故人を偲ぶことができる。墓をまだ持っていない場合には、アイキャンが提案する
墓石数種類の中から、好きなタイプを選ぶこともできる。墓を建てないと考える人
や、仏壇や位牌も要らないと考える人から支持を得ている。
15
http://www.i-can.jp/ohaka_mairi/search.cgi (2010 年 6 月 20 日 21 時)
209
なお記帳欄のコメントは、専門の担当者が常時内容を確認しており、不適切なも
のは手動で削除を行っている。この人件費だけで、ネットお墓参り事業の収支はマ
イナスになっている。
登録合計 200 件の内、30 件はパスワードが不要な公開墓となっている。登録者と
故人の名前についてはほとんど相違が見られず、家の連続性を確認することができ
る。2009 年 6 月との比較では、非公開墓が 165 から 170 へと微増していた。
また、公開されているヴァーチャル墓のうち約半数は、実際に建てられた墓の写
真を利用している。また墓碑銘も、家墓の形式が多く、ヴァーチャル墓でありなが
ら従来からの墓との連続性が見られる。故人名や戒名、略歴などの個人情報は、ほ
とんどの墓で記入されており、広く公開されていた。
墓石のタイプは、実際に建てられている墓の写真 16 件中で大半が和型の伝統的な
ものであった。このことから、ヴァーチャル墓を建立する人であっても、実際の墓
はあまり奇抜なデザインを選択していないことが明らかとなった。
戒名については、調査可能な 55 名分を調査したところ、釋/釋尼が 15 名、未記入
12 名、信士/信女が 10 名、院号が 9 名、居士/大姉が 7 名、俗名のままが 1 名、童
子が1名、となっていた。釋/釋尼が多いため、真宗の影響が考えられるが、サンプ
ルが少なくこれだけでは判断できない。
墓碑に刻まれた文字については、家名が 25 件となっており、その他の文字が刻ま
れているのはわずか5件のみだった。家名以外の内訳は、南無阿弥陀が 2 件、妙法
蓮華経が 1 件、一文字(恕)が 1 件、その他(和美の霊)が 1 件となっている。実際
の墓では非家名が近年増加しているが、ヴァーチャル墓ではまだ家墓が圧倒的に多
い。このことから、旧来の墓からの連続性があることが考えられる。
3.2.3 寺院住職の建立したヴァーチャル墓
「ネットお墓参りサービス」に建てられた「安井然之墓」は、愛知県蟹江町にあ
る佛光寺16住職の安井興紹氏が亡き息子のために建立したものである。安井然くんは、
昭和 58 年 12 月8日に生まれ、平成 9 年 12 月 28 日にわずか 15 歳で夭折した安井住
職の長男である。プロフィール欄には、
「小学校6年で「骨肉腫」をわずらい、中学
2年生で亡くなりました。ほんとうに「良い子」でした。
「良い子」ほど「早く死ぬ」
ってほんとなんですね。お墓を作ってやりたいと、思ってますが「未練」があって、
16
佛光寺は檀家を持たない町寺で、特定宗派に属さない単立宗教法人として運営している。
210
なかなか「ほんとのお墓」が作れません。
「ネットのお墓」ならば、いつも「手元」
にあるので、「安心」して「お墓」が作れます。何か「ホッと!」しました。「然」
のお墓参りに来てください。」と書かれている。このプロフィール文から、墓への納
骨を行わず、死後も手元供養を行っていることが分かる。
ネットお参りサービスについて安井氏にインタビューを行う17と、
「NHK でアイキ
ャンのネットお墓参りサービスが紹介されているのを見て、当時は気持ちの整理が
つかず納骨もできていない状態だったので、インターネット上にお墓を建立するこ
とにした」と当時を振り返り語っている。
然くんの遺骨は、現在安井家の仏壇で骨壺に入れられて安置されている。安井氏
は、佛光寺に境内墓地がなかったため、三重県桑名市に大山田霊園を新たに開園し
ており、いつでも然くんの墓を建立することができる。しかし現在のところ「ネッ
トお墓参り」の墓のみ建立し、普段は家族で仏壇に向かい手を合わせている。
ネットお墓参りに使用されている遺影は、亡くなった年の平成 9 年7月に長野県
白樺湖を訪れた最後の旅行で撮影された写真である。然くんは中学卒業前に他界し
ており、卒業証書は授与されていない。そのためこの写真を親友のみんなが学生服
の奥にしまって、卒業式に出席してくれたのである。つまり、この写真が家族にと
っての卒業証書なのである18。
またネットお墓参りの墓は、従来型の石製様式ではなく、デザインが凝らされた
洋風の CG 墓石が使用されている。これにも理由があり、然くんはディズニーランド
が生前好きだったので、その塔のイメージになんとなく似ているという理由から、
このデザインが選択されている。
然くんは、
「悪性骨肉腫」という難病に苦しんだ。この病気は、愛知県民 700 万人
中の年間発症率が 4〜5 人の難病であり、2 回に渡る大手術も経験した。右足の大腿
部から切断、そして右肺 3 分の 1 切除である。発症原因は不明で治療法さえ確立し
ていない病気であり、両親はどうしてあげることもできなかった。ただし「治らな
いものなら、少しでも早く早めに手術をして、治療に専念して、痛みだけでももっ
と早く取ってやるべきではなかったか19」という両親の後悔は消えることがない。
17
2009 年 12 月 9 日、佛光寺本堂にてインタビュー実施。
18
平成 11 年 12 月 28 日の 3 回忌に発行された『安井然 思い出文集』表紙も同じ写真が使用
されている。
文集には約 60 人の作文が寄せられ、
151 ページもの思い出がつめられている。
『思い出文集』中の 130 ページ目、
「父の後悔」と題した安井氏の文中にはその後悔の気持
ちがにじみ出ている。
19
211
そのため、なかなか実際の墓を建立することができないのである。家族の話し合
いの結果、然くんのお母さんである素女さんが亡くなった際に、然くんの遺骨をお
母さんの遺体と一緒に火葬し、お墓を建立して納骨することが決められたのである。
然くんの記帳欄は、主に父親である安井氏が息子に対して語りかける場として利
用されている。そのため、記帳の冒頭は「然」と息子に語りかける形で始まる。母
である素女さんは、ネットお墓参りを利用してパソコンに手を合わせることはあっ
ても、まだ書き込みをする程の気持ちの整理がついていないそうである。
誕生日や命日には、必ず記帳がされている。この事例では、故人に対する気持ち
の整理がつかず、手元供養中にヴァーチャル墓を利用していることが明らかとなっ
た。建墓者は、伝統的な墓を拒絶しているわけではない。将来的には墓へ納骨を行
うが、愛する人を失った悲しみが癒えるまでのグリーフケアの手段として、ヴァー
チャル墓を利用しているのである。
3.3 個人が開設したヴァーチャル墓
3.3.1 父親がつくる娘のホームページ
大阪府堺市の有村正氏は、娘の瞳さんを 35 日間の闘病の末、2004 年 8 月 1 日に
肺呼吸不全により 25 歳の若さで失ってしまう。有村氏は飲食店を経営しているが、
娘の他界でいつまでも悲しみを引きずっていては満足な接客も出来ないので、供養
と生きがいを見つける為に娘のホームページを作成したのである。
作成されたホームページには「この HP は 35 日間の闘病の末、弱冠 25 才、肺呼吸
不全で亡くなった娘・hitomi の為に、いつまでも友達から忘れられない様にと、父
が作っています。いつまでも応援して下さい20。」と記載されている。
電話でのインタビュー21では、「娘は友達がとても多く、遠くに住んでいる人など
墓参りに来られない人が多いのでホームページを作成した。体はもう無いけれども、
皆の心の中に瞳は生きている。いつまでも心の中に魂は残っているんじゃないかな」
とホームページ作成の経緯を語っている。
瞳さんのホームページは、業者に制作依頼を行わず自作している。そのため、寺
院や業者が運営するヴァーチャル霊園と異なり、様々なメニューが用意されている。
故人の写真だけでなく、友達からの思い出話や自作の詩なども掲載されている。
20
http://www.ainet21.com/hitomi.top.htm (2009 年 12 月 18 日 17 時 35 分)
21
2009 年 12 月 21 日 18 時に電話にてインタビューを実施。
212
3.3.2 インターネット墓参りの概要
ホームページに設けられている「インターネット墓参り」メニューを押下すると、
お参りに対するお礼と設立経緯が記された画面へと展開22し、墓参りを行うことがで
きる。また、携帯電話版の墓参りメニューも用意されており、利用者の利便性の配
慮がなされている。機器の制約もあり容量の大きな写真ファイルは掲載されないが、
PC 版と同様のお参りに対する感謝の言葉が表示され、お参りが開始となる。はじめ
に、墓のイラストが表示され「ローソクに火を・・・」と表示される。ボタンを押
下後に火が灯されたローソクのイラストが表示され「次は線香に火を・・・」と展
開し、最期は火のついた線香が表示され「手を合わせて下さい」となり、お参りが
終了となる。若い世代の参拝者が使いやすいように設定をすることで、多くの参拝
者がコメントを残している。
3.3.3 寺院墓地への建墓
有村氏は、自宅近くの寺院霊園に瞳さんの墓を建立している。ホームページには、
「平成 18 年 7 月、私の家から歩いて 15 分程の距離のお寺・祥雲寺の霊園にお墓を
立てました。近くに来られた時は立ち寄って下さい23。
」と説明があり、寺院へのア
クセスと霊園内における墓の場所が地図とともに示されている。
有村氏は 2007 年 8 月 15 日付けの「私の“千の風になって”
」と題したエッセイに
て、墓を建てるまでの経緯を語っている24。「昨年の 5 月、娘の遺骨を家に置いてい
ましたが 3 回忌までに安住の場所を決めるように妻に迫られていました。多くの霊
園は遠くの郊外にあり交通の便が悪くて度々行けない。妻は『電車で行ける天王寺
の一心寺25に入れよう』と言う。
しかし一心寺はお墓を持たない故人をまとめて面倒みるところで一人一人に対応
していません。それでは心もとない。娘の 3 回忌まであと 3 ヶ月、私は焦りと迷っ
22
http://www.ainet21.com/hitomi-v.g.htm (2009 年 12 月 18 日 18 時)
23
http://www.ainet21.com/hito-haka1.htm (2009 年 12 月 21 日 17 時 45 分)
24
http://www.ainet21.com/hitomi-essay0c.htm (2009 年 12 月 21 日 18 時 20 分)
25
一心寺とは、大阪市天王寺区にある浄土宗寺院で、納骨された遺骨で造立される「お骨佛
の寺」として有名である。HP では「宗派を問わず納骨を受けており、納められた遺骨は 1
0 年分をひとまとめにして骨佛(遺骨で造られる阿弥陀如来像)を造立する。骨佛は核家
族化や現在の墓地事情などの環境変化に加え、先祖の遺骨をいつも、いつまでも大切に供
養したいという遺族の思いを受け止める理想的な先祖祭祀・供養法として親しまれ、納骨
に訪れる方は年を追って増えている。
」と説明がされている。http://www.isshinji.or.jp
/profile.html (2009 年 12 月 21 日 18 時 30 分)
213
ていたある日、新聞の折込チラシを目にしました。
『祥雲寺の墓地を分譲』とありました。そこは自宅から自転車で 5 分程の所にあ
るお寺です。私は仕事人間で娘の生前は何も構ってやれなかったので、
『ここならい
つでも行ける。世話が出来る』と思い取得しました。このタイミングは『ここで面
倒みてや』との娘の導きかもしれません。
」
インターネット墓参りは、「事情があって実際の墓参りができない人の為に作成」
しており、有村氏はインタビューでも「普段は自宅の仏壇に手を合わせ、月に1回
程度は実際の墓参りをしている」と語っており、ヴァーチャル墓と実際の墓は利用
する人によって使い分けがなされていることが明らかになった。
3.3.4 書き込みによる生者間コミュニケーション
有村氏は、不適切な書き込みがなされないように毎日掲示板を確認している。し
かしそれだけでなく、すべての書き込みに対して必ず返信を書いている。故人そし
て残された家族に対して発せられたメッセージに対して、真摯に応対していく姿勢
がサイトへの来訪者を途絶えさせない要因となっている。
友人からの命日の書き込みに対しては、
「これからも、瞳が自慢できる父親になれ
るよう、皆さんに親しまれる人間になれるように努力をいたします。末長くお付き
合いのほど、よろしくお願いいたします。
」とコメントを返している。
ネットで参拝したことを報告する書き込みに対しては、
「瞳の事を忘れずにこうし
てお参りをしてくれる気持ちが嬉しいです。早速、仏前に報告しました。瞳も感謝
しています。これからもよろしく。
」とコメントを返している。
この事例では、墓でありながら、お参りした人が昔を懐かしみ、思い出にひたる
ことができる、そんな残された人達のコミュニケーションの場として墓が機能して
いる。
4. 記帳欄への書き込みに見られる意識変化
4.1 記帳システムの概要
ヴァーチャル墓には、お参りした人が自由に書き込みできる記帳欄が設けられて
いる。本章では、ヴァーチャル墓の記帳欄に書き込まれたコメントの分析を行う。
214
書き込まれた内容を分類し、特徴的な内容を抽出することで、人々の墓に対する意
識変化を考察する。
対象は、アイキャン株式会社のサイトに作られた 30 の公開ヴァーチャル墓である。
総コメント数は、2010 年 1 月 29 日 17 時までに確認された 2,070 件26を対象とする。
4.2 墓参りの多様性
4.2.1 使い分けられる墓
従来の墓参りは、命日、お盆やお彼岸などに実施されていた。墓が近くにある場
合を除き、多くの人は、墓参りを非日常的な行為としてとらえてきた。しかし、ヴ
ァーチャル墓の登場により、墓参りをすることが生活の一部として組み込まれる場
合が見られる。
書き込みでは、命日に墓参りがされている場合が多かった。これにより、実際の
墓と同じ使い方がされていることが明らかとなった。また、故人の誕生日に書き込
みがされる場合もあった。ヴァーチャル墓特有の使い方としては、夜間の墓参りが
ある。午前 3 時にされた書き込みでは、
「好きな時間にお墓参りができていいですね。
本来ならこんな時間は怖くてお墓参りはできません。忙しい人にはいいですね」と
書かれている。他にも、
「真夜中のお参りで済みません。こんな事が可能なのも、イ
ンターネットのお陰です。
」と書かれている。他には、音楽を掛けながらお参りして
いる書き込みもあった。宗教離れが進んだといわれているが、実際には墓参りの回
数が増えている実態が明らかとなった。
また実際の墓参りに行けない場合に、ヴァーチャル墓参りを行って代替している
書き込みも多く見られる。
「お彼岸でもお参りに行くことができませんが、また日を
改めて伺いますね!それでは、この画面にて、手を合わさせていただきます」や、
「先日は霊園へは御参りできませんでした。(そのかわり?)家族でネットでお墓参り
ができました」などである。
入院中にヴァーチャル墓参りを行う書き込みも見られた。
「大病をしましたが、な
んとか生還できました。慶応病院の病室から手術前に墓参りをして、都合よく自分
の身を守ってくれるようお願いしました。改めてインターネット墓参りに感謝。退
院出来たので、もう少し体力が回復したら、本物におまいりに行きますから待って
いて下さい。」他には、引っ越しをして実際の墓参りがなかなかできないので、ヴァ
26
掲示板は直近の 100 件までしか閲覧できないため、2009 年 6 月 13 日時点で保存していた
データも参照した。
215
ーチャル墓参りを行う書き込みが多かった。これらは、インターネットを利用する
ことで、空間と時間的な制約を解消するためにヴァーチャル墓を利用している事例
である。
そうした利用がある一方で、10 代の女性が曾祖父母のヴァーチャル墓参りに記帳
したコメントでは、「お墓参りしました。すごく簡単にできていいですね!!蚊に刺さ
れる心配も無いし、どんなに寒くても暑くてもいつでもお墓参りができるというの
が利点ですね!!」と書かれており、お参りする側の都合が優先されるような事例も
見られた。
4.2.2 墓がつなぐコミュニケーション
ヴァーチャル墓の記帳欄を通じて、墓を建立した人たちが定期的に墓参りを行う
事例がある。従来の墓であれば、墓参りをした際に近隣の墓にお参りをする事はほ
とんどない。また、墓参りの記録を残すことは困難27であり、ヴァーチャル墓だから
こそ可能となっている。
阿部和美さんの墓を建立した「和美の墓守」さんは、他の墓にも「近所だからお
参りしました」と書き込みを多く残している。そして、安井然さんの墓を建立した
「然の父」さんとは直接会ったことはないが、定期的にお互いの墓参りを行い、故
人の誕生日や命日には記帳欄を通じてコミュニケーションをとっている。
インターネット空間という匿名性の強い世界でありながら、継続的に書き込みを
相互に行うヴァーチャル墓参りは、新しいコミュニケーションツールとしても機能
している。
また、ヴァーチャル墓に対して、批判的なコメントが記帳欄に残される事も少な
くない。しかし、建墓者がヴァーチャル墓の利用について、真摯に回答している事
例が多く見られる。
妻を亡くした重政紘二郎氏は、批判的なコメントに対し「たくさんの方々にお参
りいただきありがとうございます。
「バーチャルお墓参りなんてお前天国で奥さんが
笑うてはるで」と揶揄もされましたが、私は大真面目です。去る人は日々に疎し、
といいます。致し方ないことですが疎くなるのが少しでも遅くなり、妻が親しくさ
せていただいた方々とのよすがが続けば望外の幸いです。
」と反論している。
また別の日には、「先日来何人かの方々にご記帳いただきありがとうございます。
27
名刺入れを備えた墓地もあるが、あまり一般的ではない。
216
先日テレビ局からこのバーチャルお墓のことで取材があり放映されました。現代お
墓事情、の一つなのですが中には墓までインターネットかよ、という反応もあった
ようです。私は遠方の方々に時々思いだしてお参りいただく手段として至極便利な
ものだと気に入っています。現に 2 度 3 度とおまいりいただきコメントヲ残してく
ださっているかたもおられてよかったと思っています。今日が月命日ですが時間が
ないので明日会いに行ってやろうと思っています。東京の親戚の人もお参りにきて
くれます。」と記している。この事例から、ヴァーチャル墓は、残された遺族と故人
とのつながりを確認する手段として利用されていることが明らかとなった。
4.3 生者と死者の関係性
4.3.1 死者に対する意識変化 -恐ろしい存在から追悼の対象へプロフィール写真を見て、書き込みが残される事例も多い。
「祖父母のお墓を探し
ていたらたどり着きました。写真・年齢を見て驚きました。同い年なのに、、、とて
も悲しいですが、こうして沢山のメッセージが残された人の気持ちを癒す事ができ
るのであれば素敵だと思いました!いたずらな笑顔が印象的で可愛らしい人に出会
えて、前向きに考えて見ようと思います。
」この書き込みでは、写真に写された故人
の笑顔に励まされており、死者が恐ろしい存在ではなくなっている。
また、ヴァーチャル墓に掲載されている写真は、建墓した際に登録したものであ
り、その後の変更はよほどのことがない限りされない。
「残されたものたちは年々多
少の変化をしていますが和美の笑顔は写真の中で変わっていません。それが何故か
悲しく感じることもあります。。
。。。
」とのコメントがあるが、ここに遺影との関係性
をみることができる。ヴァーチャル墓では、パソコン画面を使い、カラーで故人の
在りし日の姿を劣化することなくいつでも見る事ができる。従来の写真では色あせ
や変色などの恐れがあったが、ヴァーチャル墓ではいつまでも美しくきれいに保存
されるのであり、恐ろしい存在というよりも愛おしい人として残されているのであ
る。
4.3.2 死者のプライバシーと表象
近年では、墓参りを楽しむ人、通称「墓マイラー28」が増えている。歴史上の人物
や著名人の墓を巡って、故人の足跡に思いをはせる人達のことである。歴史好きの
28
単語「墓マイラー」は、2010 年版の『現代用語の基礎知識』自由国民社刊に新語として登
録され、
「歴史上の人物や有名人の墓を訪ねて歩く人」として解説されている。
217
女性「レキジョ(歴女)」やウォーキングブームにも後押しされ、楽しむ人が増加し
ている。港区の青山霊園では、管理事務所で著名人の墓を記した無料ガイドマップ
を無料で入手することも可能である。
ヴァーチャル墓にも、生前に故人と関係の無かった人たちが、墓参りに訪れてい
る。出身地が同じ同郷者の墓参りや、同姓の人の墓参り、テレビでのヴァーチャル
墓の紹介を見ての墓参りなど様々な理由で墓参りがされている。東京名墓顕彰会が
かつて実施していた掃苔と呼ばれる、名家墳墓を調査保存並びに顕彰するといった
墓巡りではなく、ヴァーチャル墓では一般の個人墓が見知らぬ大勢の人々に墓参り
されているのである。
書き込みを見ると、
「私も、久冨木と申します。両親共鹿児島の出身ですし、何か
関係があるのかもしれません。関係があっても無くても、ここで見つけたのも何か
の縁と思い、失礼かとは思いましたが、お参りをさせて頂きました。」や、「お墓の
ことを調べていてたまたまここにたどりつきました。一度もお会いしたことのない
方ですが、お嬢様をはじめ皆様の書きこみを拝見し、人に愛されたやさしい方だっ
たのだなぁと思いました。これも何かのご縁と思い、お参りさせていただきました。」
、
「自分の名前で検索していたらたどりつきました。先祖につながりがあるかも?黙
とう・・・・」など、見知らぬ人がヴァーチャル墓を通じて新たな関係を築いてお
り、ヴァーチャルでありながら、墓マイラーのリアルなコミュニケーションが生ま
れている。
4.3.3 ヴァーチャル墓の受容と無縁化
何らかの事情がある場合には、ヴァーチャル墓の利用が便利で良いとの肯定的な
書き込みも多く見られる。
「ちょっと不思議な気分です。気軽にできるのでいいんじ
ゃないですか」や、
「病気などでどうしても外に出られない方がお墓参りするのには
もってこいのサービスだと思います。」、他には「遠くの墓にはなかなか行けないか
ら、こういうのもなかなかいいですね。少し不安もありますが」など、戸惑いつつ
もヴァーチャル墓を受容する人々の心情が表れている。
息子を無くした 40 代女性の書き込みでは、
「19 歳の息子の遺骨を見ながらパソコ
ンが趣味だったのだからネットの世界で供養もありなのかなあと思いながら体験し
てみました。これなら毎日墓参りしてあげれるのに・・・きっと年配の親族が反対
するんだろうな」と記されており、手元供養をしながらヴァーチャル墓を利用した
い心境が綴られている。ただし、ヴァーチャルであることに対する不安も書かれて
218
おり、人々のヴァーチャル墓に対する認知度や信頼性の低さがまだ解消されていな
いことが、書き込みから推測できる。
ヴァーチャル墓は、誰でも気軽に建てることができる一方で、無縁墓になってし
まう危険性も併せ持っている。「しばらくネットをやってなかったので、2年半ぶり
のお参りです。 さくらの咲く頃に、富士霊園の方に参りに行きますので、 待ってて
下さい。」の書き込みでは、インターネットが利用されなければ、せっかく墓を建て
ても無縁化してしまう恐れがあることを示している。
5. まとめ
従来の墓は、遺族により祭祀される対象であり、継承者が消滅しない限りにおい
て、祭祀が約束されたものであった。つまり、今までは墓というものは変わらない
からこそ、人々の崇拝の対象となっていた。しかし、情報化が進むと唯一の存在で
はなくなり、いつでも、誰もが複製可能な存在へと、墓は姿を変えている。
孝本貢は、位牌は複製可能で仏壇は移動が可能であるが、墓は移動困難で継承に
関する社会的拘束が強いと[孝本 2001:255-256]指摘している。しかし、ヴァーチャ
ル墓はパソコンに接続することで世界中どこからでもお参りでき、位牌や仏壇と同
様に複製も可能である。そして従来の墓が抱えていた移動困難性も解消しており、
情報化時代の新たな供養ツールになりつつある。
ヴァーチャル墓は血縁が無くても建立可能であり、友人墓など新しい墓も誕生し
ている。さらに、同郷や同姓などを理由に、見知らぬ人が偶然墓参りをする事例も
多く見られた。ヴァーチャル墓に設けられた記帳コメントの分析から、墓が故人を
偲ぶだけでなく、生者間コミュニケーションの場として機能していることが明らか
となり、墓の持つ新たな機能が明らかとなった。
昔から人々は、見えない存在の力を感じ、興味関心を抱いてきた。日本における
死者の供養とは、魂の供養だったのである。その魂は、仏壇や位牌そして墓に宿る
とされ、人々に供養されてきた。しかし現代においてはそれらの物体が魂の依代と
なることに疑問をもつようになり、墓を持たない散骨や手元供養も徐々に増えてい
る。人々の意識変化に加えて情報化が進むにつれ、ヴァーチャル墓も徐々に認知さ
れ、お参りの対象へと変化している。
実体のない墓については賛否あるが、記帳欄への書き込みから人々の故人を思い
219
偲ぶ気持ちは依然として消滅していないことが明らかになった。人は、必ず死を迎
える。したがって見えない世界に興味を持ち、常に意識している。ただし、死そし
て死後の世界を恐ろしいものと考え、見たくない気持ちも当然持ち合わせている。
その見えない世界を可視化する一つの手段として、ヴァーチャル墓は利用されてい
る。従来の墓は、死んだ人を祭祀するものであり、死者のための施設であった。し
かし、人々はヴァーチャル世界に広がる墓を通して、死を見つめ、自分たちの生き
方を考えるようになってきたのである。ヴァーチャル墓は、人々が失っていた宗教
や寺院への関心を呼び戻し、そして墓を考えなおす契機になっている。
石製の物体であるかつての墓は、経年により風化し、管理費の支払いが滞れば撤
去され無縁墓として合同祭祀されてきた。しかしインターネット上に建墓されたヴ
ァーチャル墓は、システム上の要件さえ満たせば、未来永劫にわたって残る可能性
がある。祭祀継承者が絶えて無縁化が進んだ墓が今後大量に生み出される可能性が
ある一方で、その処理をする担い手がいない現実が残されている。つまり、情報技
術の進歩による利便性、そして墓と葬送の自由を手に入れた代償として、実は将来
に対する不安も生み出されているのである。
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・吉田純(2000)『インターネット空間の社会学−情報ネットワーク社会と公共圏−』、世界思想
社.
坪内俊行 (Tsubouchi Toshiyuki)
E-mail:t-tsubo@jc4.so-net.ne.jp
論文投稿日:2010 年 9 月 29 日 / 審査開始日:2010 年 10 月 20 日
審査完了日:2010 年 11 月 17 日 / 掲載決定日:2010 年 11 月 22 日
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