vol.56 no.10 - 科学技術情報プラットフォーム

第56巻第10号平成26年1月1日発行(毎月1回1日発行)
January
2014
年頭所感
科学技術振興機構の情報事業を担当して
知のインフラ整備とデジタル著作権の挑戦
化学情報協会におけるインフォプロ育成
反転授業
ICTによる教育改革の進展
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(3)
医薬品開発を担う事業主体に関する分析
諸外国における国家研究公正システム(1)
基本構造モデルと類型化の考え方
vol.56 no.10
p.659-738
情報管理
JOHO KANRI
2014
vol.56 no.10
Journal of Information Processing and Management
年頭所感
科学技術振興機構の情報事業を担当して
知のインフラ整備とデジタル著作権の挑戦
0002
659
加藤治彦
661
福井健策
669
原 修
677
重田勝介
685
長部喜幸
治部眞里
■世界ではいま,デジタルアーカイブの整備が進んでいます。その代表格がEUのメ
ディア横断の巨大電子図書館
「europeana」です。デジタルアーカイブの整備には,
著作権の壁があります。権利者が見つからない「孤児著作物(オーファンワーク
ス)
」が,デジタル化最大の課題となっています。著作権の分野を中心に,デジ
タルアーカイブ整備のために日本がいまなすべきことを示します。
S0002
0003
S0004
化学情報協会におけるインフォプロ育成
S0003
■化学分野のインフォプロを育ててきた化学情報協会は2011年に,特許を主体とす
る一般向けの調査・検索サービスを始めました。これにともない,化学を中心と
S0002
する広い分野の特許調査依頼に応えられる総合的な能力をもつインフォプロの育
成を行っています。その背景と,テクニカルグループに配属された新人トレーニ
ングの実際を紹介します。
S0004
S0003
反転授業
ICTによる教育改革の進展
S0004
■近年,
「反転授業」という授業形態が注目されています。反転授業とは,あらか
じめデジタル教材で知識の伝達を行い,教室では知識の確認や定着のための活動
を行う授業形態のことを指します。授業と自宅学習の役割が「反転」しています。
ここでは反転授業について概説したのち,反転授業の普及を可能としたICTの普
及,オープン教材や情報端末の普及といった背景を説明します。さらに日本の高
校・大学における反転授業の導入事例を紹介します。最後に,反転授業の効果と
課題について述べています。
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(3)
医薬品開発を担う事業主体に関する分析
■前回に続き,医薬品産業の現状俯瞰・将来予測を試みます。今回はパイプライン
S0005
日本版NIH創設に向けた
新しい指標の開発(3)
を有する事業主体の規模や種類に着目し,低分子とバイオ分野のパイプラインの
事業主体別動向を分析しました。また,複数段階にわたる医薬品開発のプロセス,
特に開発段階において鍵となる事業主体の把握を試みました。ジェネリック医薬
品開発の観点から,BRIICSも対象に加えています。
S0006
目次
月号
January
諸外国における国家研究公正システム(1)
697
松澤孝明
712
茂出木理子
716
藤原直幸
719
大谷卓史
724
恒松直幸
加藤斉史
大濱隆司
村山泰啓
728
加藤斉史
恒松直幸
大濱隆司
村山泰啓
730
山田久夫
基本構造モデルと類型化の考え方
■国全体として研究活動における公正さを確保し,研究不正の低減を図っていくシ
国レベル(研究公正監督システム)
アカデミー
行政機関
研究費配分機関
など
研究公正当局
研究公正
研究公正
促進機能
研究不正
調査機能
研究不正
監督
研究機関
大学
その他
機関レベル(自主管理システム)
ステムのことを「国家研究公正システム」と定義します。ここでは諸外国で行わ
れた先行研究をもとに,国家研究公正システムの比較・分類の考え方を整理して,
調査対象とした55の国・地域の国家研究公正システムを分類しています。さらに
国家研究公正システムと研究不正の発生率についても,検討結果を報告します。
視点:
All I need to know I learned from …
(その3:1月号だけど匂蕃茉莉の章)
リレーエッセー:
つながれインフォプロ 第4回
過去からのメディア論:
プライバシーは財産なのか
集会報告:
研究データ同盟(Research Data Alliance)第2回総会
集会報告:
2013年DataCite夏季会議
研究をよりよくするために
この本!~おすすめします~:
印刷術の変遷が学術界にもたらしたもの
733
情報界のトピックス
738
編集後記
vol.56 no.10
JOHO KANRI 2014
Journal of Information Processing and Management
Contents
January
New Year Comments
659
KATO Haruhiko
Information infrastructure and digital copyright
661
FUKUI Kensaku
Education of infopros at JAICI
669
HARA Osamu
Flipped Classroom
Educational reform utilizing information technology
677
SHIGETA Katsusuke
Development of new indicators for the launch of a
Japanese version of the NIH (3)
Analysis of entities conducting pharmaceutical R&D activities
685
OSABE Yoshiyuki
JIBU Mari
National Research Integrity System (NRIS) of foreign
countries (1)
Basic structural model and its typology
697
MATSUZAWA Takaaki
Opinion:
712
MODEKI Riko
Relay essay:
716
FUJIWARA Naoyuki
Seeing current media retrospectively:
719
OTANI Takushi
Meeting:
724
TSUNEMATSU Naoyuki
KATO Takafumi
OHAMA Takashi
MURAYAMA Yasuhiro
Meeting:
728
KATO Takafumi
TSUNEMATSU Naoyuki
OHAMA Takashi
MURAYAMA Yasuhiro
My bookshelf:
730
YAMADA Hisao
My perspectives on JST's information services
All I need to know I learned from …
(Part3: Yesterday-Today-and-Tomorrow)
Building networks among info pros (4)
Looking back at the concept of the right to privacy in the
late 1960's: Should we interpret the right to privacy as a
form of ownership of personal information?
Research Data Alliance 2nd Plenary Meeting
2013 DataCite Summer Meeting
Making Research better
History of printing in the academic field and the future
733
Topics of the information community
738
Editor's note
年頭所感 ●科学技術振興機構の情報事業を担当して
年頭所感
科学技術振興機構の情報事業を担当して
独立行政法人科学技術振興機構
執行役 加藤 治彦
情報管理 56(10), 659-660, doi: 10.1241/johokanri.56.659 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.659)
イノベーションを起こすために
最近,とあるセミナーに参加した際,印象に残る
言葉があった。
「外科医のように多種多様な最新の道
ンが言ったとされる,「強いもの,賢いものが生き残
るのではなく,変化に適合できるものが生き残る」
というフレーズのとおりである。
具を使いこなし,建築家のようにたくさんのモデル
数年前,
「セレンディピティ」というフレーズが流
をプロトタイプとして作り,科学者のように実験を
行したのは記憶に新しい。セレンディピティの恩恵
繰り返すことが必要である」というフレーズである。
にあずかるには,常日頃,数多くのチャレンジ,ト
ビジネスモデルで新たなイノベーションを起こすた
ライが必要であるのは当然である。さらにいえば,
めに,というセミナーであり,イノベーションを起
チャレンジが目に見える大きな結果(イノベーショ
こすようなビジネスモデルはそう簡単には見つから
ン)につながらないことがほとんどであることも,
ないものだということである。イノベーションを起
また事実である。しかしながら,失敗から得られる
こすビジネスモデルを見つけ出すには,結局,外科
気づきというものも確実にある。少なくとも,チャ
医のように多様なツールを使いこなして,建築家の
レンジし続けることなくして,イノベーションのチャ
ようにたくさんのプロトタイプを考案し,さらに科
ンスもない。イノベーションを夢見つつ,変化に適
学者のように実際に市場で実験を繰り返すことが必
合し続けることにより,生き残ることの重要性を改
要で,また,繰り返すことができるレベルの実験規
めて確認した次第である。
模でなければならないということ,失敗は当然であ
り,ビジネスモデルの評価を行うのは顧客や市場で
あって会社の上司ではないということであった。至
極当然とはいえ,なるほどと思った次第である。
科学技術振興機構の情報事業を担当して
2013年4月より,私が担当することになった科学技
術振興機構(J S T)の情報事業は,前身の日本科学技
私も前職では,ITビジネスの企業経営者として,デ
術情報センター(JICST)の1957年設立当時から現在
ジタルコンテンツビジネス,モバイルビジネスなど
まで,各種の科学技術情報提供サービス事業を展開
の新規ビジネスにチャレンジしてきた。その経験か
してきた。近年は,JDream,J-STAGE,J-GLOBAL,
らも,同感であった。小さなチャレンジと失敗を実
J-GLOBAL foresight,JREC-IN,研究者情報を提供す
際に市場で展開し,その結果をコアビジネスの改善,
るReaD&Researchmapなどの提供サービス事業を拡
気づきにつなげてきたが,その一方で,ますます速
充,展開してきている。
度を増す世の中の変化の流れの中では,どんなに好
『情報管理』はこれらの情報提供サービスに先立ち
成績を挙げてきた事業であっても,環境の変化に適
JICST設立当初からの歴史をもち,これまでに約1万件
合して自ら変革していくことが要請される。ダーウィ
の記事を掲載してきた。この間,さまざまな環境の
情報管理 vol. 56 no. 10 2014
659
情報管理
JOHO KANRI
2014
vol.56 no.10
January
http://johokanri.jp/
変化の中,数え切れない改革や改善があったに違い
部の知見を活用するという発想である。これらの発
ない。
想を支える鍵は情報にあるといっていい。J S Tの情報
Journal of Information Processing and Management
実は,私も三十数年前にB5版の情報管理を手に取
事業が進めている「情報循環モデル」はまさしく,
オー
り,参考にした読者の一人である。現在,J S Tの執行
プンイノベーションを促進する役割を果たすもので
役として,歴史ある『情報管理』誌を発行する立場
ある。
となったことは感慨深い。
さて,J S Tのコミットメントのひとつに,「科学技
報事業は,今後とも現状にとどまることなく改革に
術情報をイノベーション創出のための基盤として確
取り組んでいく。科学技術情報のみならず異分野の
立します(科学技術情報を,新たな知識の抽出・活
情報をリンクするための工夫や,J-GLOBAL foresight
用による研究開発力の飛躍的向上や政策立案,経営
での各種分析レポートの提供,情報科学技術協会と
戦略策定における意思決定に資する基盤とします)
」
ともに新たに始めた「3i研究会」の活動や「データサ
がある。これは,J S Tの情報事業のミッションといえ
イエンス・アドベンチャー杯」など,科学技術情報
るが,昨今の科学技術情報を取り巻く環境が大きく
をイノベーションの基盤として確立すべく取り組ん
変わってきたことを実感している。
でいる。
JST 情報事業を取り巻く環境と今後の取り組み
おわりに
今のキーワードは,一言でいえば,オープン化で
この『情報管理』が,時代の流れの中で今日まで
ある。そのひとつは,科学技術情報のオープンアク
継続して発行を続けてこられたのも,ひとえに,読
セスの進展や各種のオープンデータの流れである。
者の皆さま,編集委員の皆さまの支えによるものと
いわゆるビックデータを扱う技術が,当然のことな
感謝を申し上げる。
がら,科学技術情報の文献情報,研究情報の分野に
今後のJ S T情報事業を担当する一人として,
「外科
も適用される時代がきつつあるということである。
医のように,建築家のように,科学者のように」
,小
オープンに公表された情報の間にどのような観点で
さなトライを繰り返し,継続してチャレンジしてい
リンクを張り,いかに分析して新たな知識を引き出
く所存である。「オープンイノベーション」の観点か
すかが問われている。キュレーター的視点をもった
ら,広く外部の皆さま方,大学等の研究者,企業・
データサイエンティストの時代がきたと言われる
法人等の方々と連携し,皆さまの英知を結集して進
ゆえん
所以でもある。
もうひとつは,オープンイノベーションである。
これまでの壁,例えば組織や分野の壁を超えて,外
660
情報の価値が問われる時代の流れの中で,J S Tの情
めていきたいと考えている。
今後とも一層のご支援,ご協力をお願いして新春
のご挨拶としたい。
知のインフラ整備とデジタル著作権の挑戦
知のインフラ整備とデジタル著作権の
挑戦
Information infrastructure and digital copyright
福井 健策1
FUKUI Kensaku1
1 骨董通り法律事務所(〒107-0062 東京都港区南青山5-18-5)TEL: 03-5766-8980
1 Kotto Dori Law Office (Minami-Aoyama 5-18-5 Minato-ku, Tokyo 107-0062)
原稿受理(2013-11-18)
情報管理 56(10), 661-668, doi: 10.1241/johokanri.56.661 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.661)
著者抄録
日本が今,貴重な予算をかけても早急に整備すべきインフラは「知のインフラ」である。欧米がその整備にしのぎを
削る文化資料の巨大デジタルアーカイブについては,わが国でも価値ある活動は少なくないが,その多くは「ヒト・
カネ・著作権」というべき課題にあえいでいる。特に大量の文化資料をデジタル公開しようとすれば権利処理の手間
は膨大となり,わけても,探しても権利者が見つからない「孤児作品」の問題は深刻で,欧米でも対策が進む。わが
国でも権利処理を推進するために,(1)権利情報データベースの整備,(2)パブリックライセンスの普及,(3)孤児作
品対策を含むアーカイブ法制の立案,などの対策を早急に進めるべきである。
キーワード
デジタルアーカイブ,著作権,孤児著作物,権利情報データベース,パブリックライセンス
1. 知のデジタルアーカイブの潮流
いやまて。半径8キロのコンパクト五輪だろう。歩
道・自転車道の整備や次世代型路面電車システムL R T
2020年,東京オリンピックの開催が決まった。招
の整備だというならまだわかるが,オリンピック開
致以前にはさまざまな議論があったが,決まった以
催が決まるや道路工事の話がはじまる日本。それは,
上,人々の記憶に残る良いオリンピックにしたいと
どう考えても前世紀半ばあたりの残像である。
思う。ただ,オリンピックの開催決定とともに気に
無論必要な道路もあろうが,今,日本の未来のた
なる報道も増えている。ある意味象徴的に思えるそ
めに貴重な予算をかけても整備しなければならない
れは,
「五輪に向けた大規模開発事業の前倒し実施」
インフラ,それは情報インフラ・知のインフラであ
を報じるニュースだ。いわく外郭環状道路(外環道)
る。そして,現在の政府はその点について,少なく
世田谷-練馬間,総事業費1兆2,800億円の早期着工。
とも見える形での発信がまだまだ少ない。
いわくリニア中央新幹線の早期開通。
代表例をあげるならば,本稿の主題である各種文
情報管理 vol. 56 no. 10 2014
661
情報管理
JOHO KANRI
2014
vol.56 no.10
January
http://johokanri.jp/
化・研究領域でのデジタルアーカイブの整備と著作
じの方も多かろうが,G o o g l e対抗軸である。世界の
権問題の解決に,政府は1,000億円規模の予算を早急
検索エンジンシェアの大半を握るインターネットの
に準備し着手すべきだろう。1,000億円は,この国の
巨人は,既存のコンテンツ/データのデジタル化に
財政赤字の深刻さとそのツケが子孫に残ることを思
もとびきり熱心だ。
「Googleブックス」
というプロジェ
えば軽々と口にできる金額ではない。それでも,外
クトがある(図2)
。古今東西,世界には1億3,000万
環道にすれば1.3キロ分の建設費にも満たない(練馬
冊の書籍があるそうだが,それをすべてスキャンし
-世田谷間)
。デジタルアーカイブの恩恵は広く文
てデジタル化し,O C Rをかけてインターネットで全
化・教育・研究・福祉・防災・まちづくり・経済活動,
文検索を可能にする。書籍の著作権が切れていれば
あらゆる分野に及び,また(国土交通省の試算によ
全文が表示され,切れていなければ該当箇所の抜粋
れば年間約4兆円を要するという老朽化道路等の維持
などが表示される仕組みである。いわば全世界電子
管理に比べれば)比較的少額なメンテナンス費で未
図書館化である。こちらもすでに3,000万冊がデジタ
来の世代に及ぶ。何より日本からの情報発信に直結
ル化済みだという。
Journal of Information Processing and Management
する。コンクリート分を一部削ってでも,日本はこ
に文化のデジタルアーカイブを握られていいのか」
の予算をこそ用意すべきである。
世界では今,デジタルアーカイブの構築が熱い。
との声が挙がった 注2)。民間企業であれば利益優先,
代表例としてしばしば登場するのが,E Uのメディア
倒産もあり得るといった指摘もあったが,それ以上
横断の巨大電子図書館「europeana」だ(図1)。ヨー
に文化の序列化への危機感は強かった。ご存じのと
ロ ッ パ 中 の 書 籍・ 動 画・ 画 像・ 音 楽 な ど あ ら ゆ る
おり,G o o g l eは一定のアルゴリズムに沿って検索結
ジャンルの文化資料がすでに3,000万点デジタル化さ
果を表示する。そのアルゴリズムは門外不出のブラッ
れ,インターネット公開されている。といっても実
クボックスだ。検索結果のうち,
注目されるのは1ペー
態は,E U各地の2,200もの既存のデジタルアーカイブ
ジ目のしかも上位だけだという調査結果は多い注3)。
をつないで横断検索・統一表示を可能にしたポータ
デジタル化は英語文献優先で進むであろうから,い
ルサイトだ。使い勝手は,まだ改善の余地もあるが
きおい検索結果上位も英語文献で占められる可能性
相当によい。フランスはサルコジ政権時代,こうし
が高い,というのだ。
たeuropeanaを支える文化資料のデジタル化にまさに
注1)
1,000億円の予算を投じると発表している
。
なぜ,これをフランスが,E Uが,行うのか。ご存
図1
図1 EUの巨大電子図書館「europeana」では3,000万点もの
文化資料がデジタル化済み
662
E Uはこれに危機感を持った。「域外の,1民間企業
現実にどうかはわからない。が,こうした危機感
はデジタルアーカイブに限らずE Uでは広く共有され
図1
ており,e u r o p e a n aの凄まじい整備ぶりの原動力に
図2図2 3,000万冊の書籍をデジタル化済みとされる
「Google ブックス」プロジェクト
知のインフラ整備とデジタル著作権の挑戦
なったことは間違いない。
学が参加し,京都大学の参加が大きな話題になっ
そして日本では国立国会図書館(N D L)が,根底
た。例の「白熱教室」で有名なハーバード大学のサ
にはE Uと共通の問題意識もはらみつつ,長尾真前
ンデル教授の講義も目玉として提供されている。ス
館長の時代に大規模な蔵書のデジタル化に乗り出し
タンフォード大学の元教授が2012年に立ち上げた
た。特にデジタル化が加速したのは2009年で,後に
Courseraは,現在107大学が参加し,講義数も540提
「100年分」といわれた,デジタル化予算127億円が補
供している。ちょっとした総合大学に近づいてきた。
正予算でついた年だ。これを原資にN D Lは蔵書・論
2013年11月時点では世界中からの受講者は542万人
文約220万点以上をすでにデジタル化し,そのうち50
に達し,東京大学が2013年9月から参加している。デ
万点強がインターネットで無償公開されている。
ジタルアーカイブは教育・研究のあり方も大きく変
E Uに比べれば桁が違うが,これは先進国のナショ
ナルライブラリーとしては堂々たる数字だ。ただ,
残念ながら予算はここで種切れとなり,今後,デジ
えつつあるのだ。
2.「ヒト・カネ・著作権」の壁
タルアーカイブ整備では欧米との格差がいっそう開
く可能性も高い。こうしたデジタルアーカイブ化は
しかし,全般にこうしたデジタルアーカイブの現
何も図書だけではない。国立公文書館などの収録す
場では苦闘が続いている。それは一言でいえば,
「ヒ
る過去の公文書約180万件をデジタル公開するアジア
ト・カネ・著作権」の壁である。慢性的かつ絶望的
歴史資料センター,東日本大震災に関する文書・映像・
な人手不足と,もっと絶望的な予算不足は,説明す
音楽・写真・データセットなど246万点以上の横断検
るまでもないだろう。最後の
「著作権の壁」
とは何か。
索を可能にしたN D L・総務省による「東日本大震災
言うまでもない。各種の文化資料はほとんどが著作
アーカイブ」
(ひなぎく)など,価値ある活動は多い。
物で,原則として権利者の許諾がなければ公開はお
そうした中,2013年に一気に注目が集まったのがオー
ろかデジタル化すらできない。そして,この権利者
プンコースといわれる大学講座のインターネット無
の許諾を得ること(権利処理)が最大の難関なのだ。
償公開の動きだ。大学での講義レジュメなどは,か
解決をはからなければ,日本でデジタルアーカイブ
つては学生だけに配られるものであって,無断コピー
が花開くことはないと言っても過言ではない。
も公式には許されていなかった。ところが,現在で
権利処理の苦労の一例を挙げよう。N H Kでは過去
はむしろ講義内容を広く公開することで学生の関心
のT V・ラジオ番組を現在約78万番組ほど保存してい
を集めることが重視される。MOOC(Massive Open
る(ニュースを除く)
。これを川口にあるN H Kアーカ
Online Courses)と呼ばれる,講義映像自体を大規模
イブスという来館型の施設で公開すべく,開館から
オンライン公開するケースも急速に増えている。一
10年間,専従チームで権利処理を進めている。映像
度アップされた映像はしばしばそのままアーカイブ
は特に,かかわる著作権の権利者も多く,加えて個
化され,誰でもいつでも視聴することが可能になる。
人の出演者には肖像権などもある。さて,10年間,
その意味で,M O O Cは間違いなく,大学という知の
専従チームが朝から晩まで処理を進めて,何番組を
オアシスをデジタルアーカイブ化する試み,と言う
公開にこぎつけたか。78万のうち8,500番組である。
ことができるだろう。
10年で約1%強。
真面目に取り組んでこの数字である。
震源地は,例によって米国だ。「edX」という,ハー
また,東京国立近代美術館フィルムセンターとい
バード大学とマサチューセッツ工科大学(M I T)と
う施設があり,戦前戦後の日本の映画フィルムを収
が立ち上げたサービスには,現在米国内外の29大
集している。日本の戦前のフィルムは特に,戦火も
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663
情報管理
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2014
vol.56 no.10
Journal of Information Processing and Management
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January
あって極端に保存率が悪い。残存率は10%未満で,
(パブリック
が経つなどして著作権が切れている注4)
諸外国と比較してもかなり低いという。しかも保存
ドメイン:PD)作品に絞るか,どちらかだ。
状態はしばしば劣悪で,ビネガーシンドロームなど
明治期図書だから著作のときから100年以上が経過
の腐食が進む。放っておけば,いずれこれらの名作・
しているため,その大半はP Dとなっているだろうと
傑作・珍作たちが永久に歴史の闇の中に消える。そ
思うわけだが,いざ調べてみると,全著者72,730名
うなる前にデジタル化して,せめて作品だけでも救
のうち実に71%強が連絡先はおろか没年も不明だっ
いたいと思うが,権利者の了承がなければデジタル
た。つまり,孤児著作物だった。
化できないのだ。
なぜ,そんなに権利処理は大変なのか。払う使用
連絡先が不明だから許諾を得ようがないだけでは
ない。没年も不明だから,著作権が切れているかどう
料が問題なのではない。「権利者を探し出し,説明し
かもわからない。ここで,
「文化庁長官の裁定制度」注5)
て了承を得る作業」のコストが高いのだ。アーカイ
というものがあって,国立国会図書館はこの制度を活
ブに数万点・数十万点を所蔵しようとすれば,大半
用することでどうにか国内作品については公開にこぎ
の作品はすでに市場で流通していない。権利者はそ
つけた。しかし,権利者を探す努力を尽くしたとの証
う簡単には見つからず,まして古い作品の場合,著
明が困難で裁定を利用しづらい,外国作家等13,000名
作権は著作者の死後には相続人全員の共有になる。
分以上の貴重な書籍は公開を断念するという,ほろ苦
すると理論上は相続人全員の許諾を得ないと作品は
い結果に終わった。
デジタル化できない。一人でも反対すれば使えない
「それは明治期だから見つからないのは当然で,新
のだ。限られたコンテンツの商業展開ならそれもや
しい作品はもっとわかるだろう」と思う方もいるだ
ろうが,非営利のデジタルアーカイブで,数十万は
ろう。ところがそうでもない。
「不明出演者の問題」
おろか数千点対象でもそんな権利処理はコスト的に
という例がある。T Vドラマやバラエティ番組の出演
もとても無理だ。
者がいる。彼らには「著作隣接権」という権利があっ
3.「孤児著作物」という難問
て,T V番組をインターネット配信しようなどという
場合には,多くのケースでこの出演者の許諾を改め
て得る,という運用になっている。ところが,出演
中でも特に深刻なのが,孤児著作物という問題で
ある。これは,探しても権利者の見つからない作品
T V番組なんてせいぜい昭和後期から登場した最近
を言う。ちょっとぎょっとする名前だが,世界的に
のものだし,まして業界団体もしっかりあるのだが,
「オーファン(孤児)ワークス」と呼ばれているので,
意外なほど出演者が見つからない。a R m a(映像コン
ここでもその名前を使わせていただく。
テンツ権利処理機構)という団体があって「放送番
孤児著作物は,世界でもデジタル化の最大の課題
組を二次利用するための不明権利者探し」というペー
として,欧米各国が対策にしのぎを削っている状況
ジがある注6)。ご覧いただくとずらっと,T V局が二次
だ。なぜかといえば,権利者不明の作品がべらぼう
利用のために探している出演者が並ぶ。N H K大河ド
に多いのだ。たとえば,先に紹介した国立国会図書
ラマを例にとると,1996年,最高視聴率37.5%を記
館デジタル化資料のうち,明治期図書のデータがあ
録した竹中直人さん主演の「秀吉」という人気ドラ
る。書籍をデジタル化しインターネット公開しよう
マがあったが,すでに57名の行方がわからない。学
と思えば,主に2つの道がある。前述のとおり著作権
校のひとクラス分より多いのだ。
者の許諾を得るか,あるいはもう著作者の死後50年
664
者と連絡がとれない。
実は,多くのT V番組では,こうした公開での出演
知のインフラ整備とデジタル著作権の挑戦
者探し自体がされていない。公開で呼びかけても名
じており,その暁には「europeana」のデジタル化資
乗り出てくる方はごく少なく,判明率は約0.3%とい
料の公開が一気に加速されることは確実である。
う。そこで,どうするかと言えば「エイヤ」とリス
他方の米国。こちらでも孤児著作物法案は2008年
クを冒してそのT V番組を使ってしまうか,危ないと
以後検討が続いているのだが,それ以上に注目すべ
思えばお蔵入りさせるかだ。いずれにしても到底理
き動きが去る3月20日にあった。米国著作権局のマリ
想的な状態とは言えない。
ア・パランテ局長が,おそらく米国議会史上はじめて,
この孤児著作物問題,何も日本固有の問題ではな
著作権の保護期間の部分短縮を提案したのだ注10)。著
い。国内外の各種調査ではおおよそ過去の作品全体
作権は,著作者の死後50年が経過すると消滅し,以
の50%前後からそれ以上,探しても権利者が見つか
後作品は人類の共有財産「パブリックドメイン」とな
らないことがわかっている。たとえば大英図書館の
る。欧米は1990年代にこの期間を一律20年ほど延ば
所蔵する,著作権が続いている可能性のある全書籍
していたのだが,そこで何が起きたか。当然だが存
のうちで,43%が権利者不明という推計値がある。
続期間を超長期化した結果,権利処理の負担が増え,
ごく最近の作品を含めてこの数値だ。しかもオーファ
孤児著作物が激増してしまった。存続期間を延ばし
ン率が最も高いのは古い時代ではなく,1980年代の
たのはインターネット時代が本格到来する前だった
約50%という注7)。さらに,米国学術図書館の所蔵資
が,その後作品の大量デジタル化・デジタルアーカ
料の約50%が権利者不明という推計もある注8)。権利
イブ化が至るところで課題となり,孤児著作物を代
関係がしっかりしていそうな英米でこの数字である。
表とする権利処理問題が欧米には重くのしかかって
孤児著作物だと,許諾を得ようがないから,作品
いる。そこで,いっそ短縮しては,と提案したのだ。
は死蔵されるほかない。アーカイブ活動は停滞し,
具体的には一定の登録をした作品は権利者がわかる
民間での利活用も進まないだろう。しかし,見つか
ので死後70年などのままでよいが,大部分を占める
りさえすれば通常ほとんどの著作者も遺族もアーカ
であろう未登録作品は死後50年で存続期間が消滅す
イブ化に異存はないのだ。連絡できないから作品は
ることを検討しては,との提言だ。
死蔵され,忘却されるほかない。孤児著作物問題は
これ自体,これまでプロパテント1本できた米国で
大きな課題だ(なお,以上は孤児「著作物」の問題
たやすく通るかと言えば疑問だろう。しかし,米国
だが,実務上はさらに,所有権と肖像権の「孤児問題」
議会でもかつて絶大なロビー力を誇ったハリウッド
があり,その解決も喫緊の課題だ)。
メジャーに代わり,G o o g l eなどのI T勢が影響力を急
こうした孤児著作物への対策として,E Uは2012年
速に伸ばしているところだ。そしてIT勢はいうまでも
秋,意欲的な「孤児著作物指令(ディレクティブ)
」
なく著作権の強化・長期化には総じて懐疑的なので,
を採決した注9)。既定の探す努力をして,それで見つ
実は米国内でも今後激震が起こる可能性はある。
からない作品は全E Uで「オーファン」と認定し,以
後は一定の文化施設やアーカイブで非営利のデジタ
4. デジタル立国のため日本にできること
ル利用は自由にできる,というものだ。無論,権利
者が名乗り出て求めた場合,作品の公開は停止され
る。が,実際にはそうした要求はほとんどない。
このディレクティブの目的は言うまでもなく,デ
このように欧米各国がデジタルアーカイブ促進に
しのぎを削る現在,われわれは何をすべきか。アー
カイブ振興全般では,「情報管理」2013年11月号で,
ジタルアーカイブの振興である。E Uディレクティブ
第一人者たる吉見俊哉東京大学教授が明解な進路を
は2014年10月までに各国で法制化を進めることを命
示している1) ので,ここでは著作権分野に絞って課
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題を挙げてみよう。
カイブ促進策であることを付言しておきたい。
第1には,
「権利情報データベースの整備」である。
さて,冒頭で触れたオリンピックは,しばしばス
音楽の分野におけるJ A S R A C(日本音楽著作権協会)
ポーツの優劣,それもメダルの数だけを競うイベン
のように,そこにアクセスすれば過去の膨大な作品
トであるかのような空気と言説が根強い。無論競技
の権利者と連絡をとる手段がわかり,あるいはその
である以上,勝利を目指して死力を尽くし,これに声
窓口で権利処理までできる。こうしたデータベース
援を送るのは素晴らしいことだ。だが果たして読者
の整備がさらに進むことが必要だ。その推進力は無
は,イギリスがロンドン五輪で国別メダル獲得数が
論,各ジャンルの業界団体など民間の力だが,到底
何位だったか,覚えているだろうか? 正解は3位だ
短期で採算がとれる事業ではないので,公的なサポー
が,おそらく,イギリス国民以外はほとんど覚えてい
トが必要になる。
ないのではないか。まして,3位と聞いてイギリスを
第2には,
「いわゆるパブリックライセンスの普及」
だ。著作者が作品の表示に,「この条件に従えば自由
尊敬したり,好感度がムラムラと高まるだろうか。
筆者はノーである。イギリスを尊敬はしているが,
に転載・利用して良い」といったマークを付するの
別にメダル数で10位だったとしてもその敬意は減じ
である。代表格で世界的に普及するクリエイティブ・
ない。筆者がある国を尊敬し,一目置くとすれば,
コモンズ注11) は,「(著者名の)表示」「非営利」「改
たとえば彼らが素晴らしい伝統や先進的な文化,革
変禁止」など4つのマークの組み合わせによって,誰
新的な技術,魅力ある町並みや食文化を持ち,国民
でも簡単にこの意思表示ができる仕組みであり,現
はスポーツや自然を愛し,個人の自由や夢が尊重さ
在世界30以上の政府が公式採用している。こうした
れ,他の国を気遣い,世界に良い貢献をしていると
マークを付けて発表される学術・非営利作品(場合
感じたときである。そして日本にはどこにも負けな
によっては商業作品も)が増えれば,デジタル化は
いそうしたポテンシャルがあると思うし,(尊敬され
当然容易になる。しかも,いったんマークを付けて
ようがされまいが)そんな国であって欲しい,と願っ
作品が発表されれば,その作品は将来も「孤児化」
ている。
しない。利用条件はもう明記されているからだ。
実は,オリンピックは16日間のスポーツにとどま
第3には,さらなる孤児著作物対策を含む,
「アー
らない,一大文化イベントでもある。この点を遺憾
カイブ法制の整備」である。日本には前述の「文化
なく発揮したのはロンドン五輪で,開催4年前からイ
庁長官の裁定制度」という孤児著作物の利用制度が
ギリス政府はさまざまな文化発信事業を行った。会
あるのだが,残念ながら制度が厳格に運用され過ぎ
期をはさむ12週間は「London 2012 Festival」として,
ており,利用率も認知度もごく低い
注12)
。この点を大
国内外25,000人のアーティストが参加し,イギリス
幅に改め,
「権利者不明作品はアーカイブ目的なら原
全土で実に12,000もの文化イベントが開催された,
則として使うことができる。ただし,万一権利者が
という注13)。これにあわせて町並みは魅力あるものに
現れて異議を述べたら公開を停止する」という制度
改められ,自転車を活用するような環境共生型のま
を拡充するのである。これを「オプトアウト」といい,
ちづくりが進められた。結果として,都市としての
大量デジタル化においては鍵になる概念だ。
ロンドンの好感度は上がり,観光客人気ランキング
なお,現在TPPの関連で,米国が他国にも保護期間
を死後70年などに延ばすよう要求し他の参加国との
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でもパリ,ニューヨークと上位三つどもえの争いを
展開するほどだ。
激論を招いている。しかし,無用に保護期間を延ば
オリンピックがあるからと言って,人々は急に東
さないことこそ最大の孤児著作物対策であり,アー
京に来ると決めるわけではない。日本や東京に関心
知のインフラ整備とデジタル著作権の挑戦
を持った外国の方がいれば,まずはインターネット
に検索でき,各国語の字幕や翻訳付きで一覧性高く
をたたいてみるだろう。その時に何がヒットするか
画面からあふれ出してきたらどうか。おそらく関心
が鍵だ。日本にはこれほど幅広い多様な文化スポッ
は高まり,東京に,日本に来たいとも思うだろう。
ト(寺社からコミケまで),町並み,お祭り,ファッ
情報発信は,最大の観光対策でもある。
ション,文芸・音楽・舞台・映画など芸術文化,世
そして,おそらく社会インフラとしてはむしろ控
界一と言われる食文化など多種多様な広がりがあり,
えめな予算で,世界最先端のデジタルアーカイブは
東京はそのショーケースともいえる場所だ。だが,
今,
構築可能である。懐かしい家族や町の記憶を,埋も
インターネットをたたいても外部者が容易にたどり
れた名作や貴重な行政資料を後世に伝えシェアする
つけるのはその一部の情報に過ぎず,しかも致命的
だけではない。デジタルアーカイブには,こうした
なことにほとんどは英語字幕すら付いていない。
世界的な情報発信のバックヤードとしても,大きな
もしもそうした多様なコンテンツと情報が,容易
意味があるように思う。
本文の注
注1) "France accepts Google role in book scanning". http://www.google.com/hostednews/afp/article/
ALeqM5gZPe-DbjkDNnuBOdOLWMQIt5vHSw
注2) ジャン‐ノエル・ジャンヌネー著・佐々木勉訳『G o o g l eとの闘い』
(2007年・岩波書店)に議論の状
況は詳しい。
注3) "2nd page rankings: youre the #1 loser". http://www.gravitateonline.com/google-search/2nd-place-1stplace-loser-seriously, "53% of Organic Search Clicks Go to First Link [Study]". http://searchenginewatch.
com/article/2215868/53-of-Organic-Search-Clicks-Go-to-First-Link-Study
注4) 著作権法第51条2項。
注5) 著作権法第67条第1項「公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され,若しくは提示され
ている事実が明らかである著作物は,著作権者の不明その他の理由により相当な努力を払つてもその
著作権者と連絡することができない場合として政令で定める場合は,文化庁長官の裁定を受け,かつ,
通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者のために供託し
て,その裁定に係る利用方法により利用することができる。
」
注6) 映像コンテンツ権利処理機構. “不明権利者一覧”. http://www.arma.or.jp/missing-person
注7) Stratton, Barbara. "Seeking New Landscapes". British Library, 2011. http://pressandpolicy.bl.uk/
imagelibrary/downloadMedia.ashx?MediaDetailsID=1197. p. 5
注8) 国立国会図書館. カレントアウェアネス. “学術図書館の所蔵資料でのパブリックドメイン資料や孤児作
品の割合を調査した文献(米国)”. http://current.ndl.go.jp/node/17853
注9) Orphan Works Directive(2012年10月25日)
注10) Maria, A. Pallante. "The Register's Call for Updates to U.S. Copyright Law". UNITED STATES COPYRIGHT
OFFICE, 2013, 3p. http://judiciary.house.gov/hearings/113th/03202013/Pallante%20032013.pdf
注11) クリエイティブ・コモンズ・ライセンスとは. http://creativecommons.jp/licenses/
注12) 鈴木里佳. “著作権者等不明の場合の裁定制度 ~孤児作品は侵害しながら使う? 使わない? それと
も...。”. http://www.kottolaw.com/column/ほか。
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注13) 吉本光宏. “文化の祭典、ロンドンオリンピック”. NLI Research Institute REPORT, October 2012. http://
www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/bunka/hyougikai/1kai2020bukai/2020-1siryou2.pdf
参考文献
1) 吉見俊哉. デジタル時代における知識循環型社会の価値創造基盤. 情報管理. 2013, v o l . 56, n o . 8, p . 491497.
Author Abstract
Japan should inject substantial financial resources into the information infrastructure without delay. Western
countries are competing to establish large-scale digital archives of cultural resources. There are many valuable
digital archival activities in Japan, too, but many of them are facing three obstacles: money, manpower and
copyright. Mass-digitization of cultural resources confronts too much copyright transaction costs. Especially
the problem of "orphan works" is serious, and many western countries are adopting various measures. Japan
should take effective measures including (a) comprehensive intellectual property rights database; (b) diffusion
of public license; and (c) new legal framework to deal with rights clearance for archives.
Key words
digital archive, copyright, orphan works, intellectual property rights database, public license
668
化学情報協会におけるインフォプロ育成
化学情報協会におけるインフォプロ育成
Education of infopros at JAICI
原 修1
HARA Osamu1
1 一般社団法人化学情報協会(〒113-0021 東京都文京区本駒込6-25-4 中居ビル)
1 Japan Association for International Chemical Information (Nakai Bldg. 6-25-4 Honkomagome Bunkyo-ku, Tokyo 113-0021)
原稿受理(2013-11-07)
情報管理 56(10), 669-676, doi: 10.1241/johokanri.56.669 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.669)
著者抄録
化学情報協会(JAICI)は,30 年以上にわたる STN,SciFinder の販売・ユーザーサポート,CA の抄録・索引作成業務
に加えて特許庁登録調査機関として特許審査のための先行技術調査をほぼ 10 年間行っており,多くのインフォプロを
育成してきた。近年,特許を主体とする一般向け調査・検索サービスを開始するにあたり総合的なインフォプロを育
てることになった。その背景と過程を化学および化学関連分野のインフォプロ育成の一例として紹介する。
キーワード
CAS,STN,化学情報,特許情報,情報検索,化学特許,代行検索,インフォプロ,インフォプロ育成,教育プログラム
1. はじめに
社団法人組織となり名称を化学情報協会(J A I C I)に
改めた。近年実施された公益法人制度改革に基づき,
1960年代後半,当時の爆発的な情報量増大に対
処するため,米国化学会(ACS: American Chemical
2011年に一般社団法人に移行した。
当協会のミッションは,
「化学情報を通して日本の,
Society)は日本を含む先進国(イギリス,フランス,
そして世界の科学技術情報の発展に貢献する」こと
ドイツ)に対して,抄録誌Chemical Abstracts(CA)
であり,その実現のために現在表1の事業を,それぞ
の情報入力に関する協力要請を行った。1968年に日
れの緊密な協力関係を保ちながら推進している。各
本化学会がACSから協力要請を受け,当時すでに設立
事業の協力関係については図1をご覧いただきたい。
されていた旧日本科学技術情報センター(J I C S T,現
(独)科学技術振興機構の情報サービス部門)とは別
2. インフォプロ育成の経緯
に,分野ごとに専門情報センターを設立しようとい
う当時の機運も反映して,1971年に化学情報協議会
当協会は,STNの前身であるCAS Onlineから数えて
が任意団体として設立された。その後1975年に,当
30年以上にわたりSTNのユーザーサポート業務を行っ
時の文部省,総理府(科学技術庁)の認可を受け,
てきた。現在,相当数の情報検索応用能力試験2級合
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表1 化学情報協会の主要事業の業務内容
1.
2.
3.
4.
5.
6.
CAS の全製品 ・ サービスの代理店業務および STN (CAS, FIZ-K) の代理店業務
(1) 科学技術分野の多数のデータベースをオンラインで提供する STN の拡販とテクニカルサポート
(2) 化学およびその周辺情報をエンドユーザー向けに Web で提供する SciFinder の拡販とテクニカルサポート
(3) CAS のその他製品 ・ サービスの拡販とテクニカルサポート
(4) その他 (FIZ AutoDoc の原報複写サービス, CAS 登録番号取得 (登録サービス), CAS の市販化学製品カタ
ログデータベース CHECATS への情報搭載 (無料) の受付業務など)
CAS データベースに入力する情報の作成業務
(1) CAS の中核データベースである CA (CAplus) ファイルの, 日本語特許 ・ 文献の英文抄録, 索引の作成
(2) 特許記載の Markush 構造 (一般式表記の化学構造) を収録する MARPAT ファイル用データの作成
(3) 日本登録特許の英文引用情報の作成
CAS 以外の化学分野のファクトデータベースや関連ソフトウェアの販売業務 (下記は主要製品)
(1) 有機化合物 ・ 有機金属化合物, 無機化合物, 金属 ・ 合金 ・ 金属間化合物の結晶構造データベース
(2) タンパク質 - リガンドのドッキングプログラムなどのソフトウェア
(3) 化合物大辞典, 天然物辞典等の DVD, Web 版
特許庁登録調査機関として特許審査のための先行技術調査業務
当協会は 2005 年に上記機関として登録され, 39 区分中の区分 30 (有機化合物) の先行技術調査業務を実施
区分 30 は医薬, 農薬, 電子材料等の低分子有機化合物の物質や製造方法をクレームする特許が主体
そのため, 当区分の先行技術調査には STN の REGISTRY ファイルの化学構造検索が不可欠
一般向けの特許を主体とする調査 ・ 検索サービス
2011 年にスタートした, 当協会の最も新しいサービス
STN および JP-NET, HYPATi, PatBase 等の内外の特許データベースや JDream Ⅲ等の文献データベースを利用
化学情報に関する研究開発
化学分野に特化した機械翻訳用辞書の開発など
CAS (Chemical Abstracts Service) : 米国化学会 (ACS) の情報サービス部門
FIZ-K (FIZ-Karlsruhe) : ドイツの半官半民の情報サービス機関で, STN を CAS と共同運営
以上の状況のもと,2011年に表1-5.の新規サービス
を開始するにあたり,特許を主体に化学を中心とす
る広い分野の調査依頼に応えられる総合的な能力を
もつインフォプロの育成が必要になった。
3. 化学分野のインフォプロの必要条件
新規サービスを担当するスタッフに求められる条
図1 化学情報協会の主要事業間の協力関係
件を確認するために,特許調査を中核とする化学分
野の総合的なインフォプロに必須と思われる条件を
670
格者,数名の1級合格者もおり,STNやSciFinderのテ
表2にまとめた。なお,企業の特許調査担当者にとっ
クニカルサポート業務(表1-1.)を担当する多くのイ
て一般的に必要とされる知識とスキルについてはほ
ンフォプロを抱えている。また,特許庁向け調査業
かの文献1),2)を参照されたい。
務(表1-4.)のために,多くの特許調査のプロも育成
多くのメーカーでは理系出身ではないインフォプ
した。一方,化学分野の調査に不可欠なC A(または
ロが活躍されているが,当協会では実務を通して化
C A p l u s)ファイルを使う際には,この索引に精通し
学の基礎的知識を身につけることは困難であるため,
ていることが大きな強みになるが,当協会では30年
化学系出身者であることを第1の条件とした。なお,
以上にわたりC Aの英文抄録・索引作成業務(表1-2.)
一般的にインフォプロに求められる資質(緻密さ,
を行っており,多数のCA索引のプロが育っている。
臨機応変能力,コミュニケーション能力など)につ
化学情報協会におけるインフォプロ育成
表2 化学分野のインフォプロの必要条件
1. 化学および化学関連分野のバックグラウンドを有すること
(有機化学関連分野が望ましい)
2. 化学を中心とする幅広い科学技術知識を有すること
3. STN のほぼすべてのファイル (データベース) を使いこなせること
4. STN のあらゆる機能および料金体系に精通していること
5. 特に CA ファイルの索引に精通していること
6. 特許調査に必要な範囲の特許法に精通していること
7. 日本特許の調査に不可欠な FI, F- ターム, および各種特許
分類に精通していること
8. さまざまなタイプの特許調査に実戦的に対応できること
9. 特許が読め, 特許 ・ 論文のスクリーニングができること
4. STNのテクニカルサポート業務
化学および化学関連分野の調査は,CAS(Chemical
Abstracts Service)のデータベース(DB)を抜きに語
ることはできない。そのため,新規サービスを担当
するスタッフは,C A SのD Bとその他の多数の科学技
術分野のD Bを強力な検索機能とともに提供するS T N
の機能と各D Bに精通し,かつ料金体系を十分理解し
ていることが不可欠である。
いては,本稿では触れないことにする。
STNが提供する主要DBを分野別に表3にまとめた。
表2の条件のほとんどは,表1-1.,2.,4.の業務経験を
化学分野に限っても,特許を含む文献検索,化学構
通して獲得できることから,これら各業務のプロの
造検索と辞書検索(化学構造以外のデータ(名称,
ノウハウを統合することによって新規サービスを実
分子式など)を使った検索)を駆使する化合物検索,
現できると考えた。
有機化学反応検索,化学物質の物性・毒性・法規制
そのため,これらを担当する部署から適切なスタッ
検索,タンパク質・核酸の配列検索,特許のMarkush
フを集め,お互いのノウハウ共有に努めるとともに,
構造検索などがあり,これらを使いこなすためには
後述のとおり不足するスキル・知識については準備
それぞれに特有の検索方法を習得しなければならな
期間内に手厚く実践的なトレーニングを実施するこ
い。また,化学とは表裏一体の関係にある医薬,農薬,
とによって新規サービスを開始することができた。
食品,化粧品などの分野のD Bの検索にも精通する必
本稿では,これら表1-1.,2.,4.の3業務の内容と新人ト
要がある。
レーニング,ならびに新規サービス開始に向けて実
施した追加のトレーニングを紹介する。
表3 STNが提供する主要データベース
1. 化学および化学関連分野の文献データベース
CA, CAplus, ANABSTR (Analytical Abstracts), CEABA-VTB
2. 化学物質辞書 ・ 物性, タンパク質 ・ 核酸配列, 化学製品のデータベース
REGISTRY, ReaxysFile (旧 Beilstein など), MERCK, ICSD, DGENE, PCTGEN, USGENE, GENBANK,
NAPRALERT, CROPR, CHEMCATS など
3. 有機化学反応データベース
CASREACT, ReaxysFile (旧 Beilstein など), DJSMONLINE など
4. 化学物質規制 ・ 安全性 ・ 毒性データベース
CHEMLIST, RTECS, TOXCENTER, MSDS-OHS, CHEMSAFE, CSNB など
5. 医学, 薬学, 農学, 食品を含むライフサイエンス分野の文献データベース
MEDLINE, EMBASE, DDFU, IPA, ADISNEWS, ADISCTI, BIOSIS, ESBIOBASE, BIOTECABS,
BIOTECHNO, AGRICOLA, CABA, CROPU, FSTA, KOSMET など
6. ポリマー ・ 紙 ・ 金属 ・ その他材料, 工学 ・ 物理 ・ 数学, 石油 ・ エネルギー, その他の分野の文献データベース
RAPRA, APOLLIT, WSCA, PIRA, METADEX, WELDASEARCH, COMPENDEX, INSPEC, INSPHYS,
COMPUSCIENCE, TULSA, EnCompPat, AEROSPACE, GeoRef, TRIBO, INFODATA など
7. 科学技術全般の文献, 学位論文データベース
SciSearch, PASCAL, PQSciTech, DISSABS
8. 特許データベース
WPI (WPINDEX, WPIDS, WPIX), INPADOC (INPADOCDB, INPAFAMDB), IFIALL,
CA, CAplus, MARPAT, JAPIO, 各国 ・ 地域の特許全文ファイル (日本, ヨーロッパ, PCT, 米国, 中国,
韓国, ドイツ, イギリス, フランス, カナダ, ロシア, インド), DPCI, IMSPATENTS, LITALERT など
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4.1 業務内容
明を受けつつ表5記載のトレーニングを開始する。そ
STNのテクニカルサポート業務は,情報事業部テク
の後,講習会のレパートリーを増やしつつテキスト
ニカルグループが担当している。同グループの主要
の改訂業務も行い,またヘルプデスクでの幅広い質
業務は表4のとおりである。現在,東京・大阪で10種
問に答えることによってSTNのプロに育っていくこと
類を超えるSTN講習会を開催するほか,特許や医薬な
になる。
どの大規模セミナー,および夏冬に開催する各種リ
フレッシュ・おさらいセミナー,さらにはさまざま
なテーマのインターネットセミナーを定期的に開催
その後以下の業務を通したOJTによって,スキルと
知識の幅を広げることになる。
(1)
日本知的財産協会(JIPA)や同業他社の各種セミ
している。また,近年ユーザーの要望に合わせた出
張講習会も増加している。これらの講習会やセミナー
ナーに順次出席
(2)
情報科学技術協会(INFOSTA)主催の各種セミナー
を開催するためには,講師業務だけではなくテキス
ト作成にも膨大なエネルギーを要するが,これらの
に交替で出席
(3)
同 協 会 の 日 本 オ ン ラ イ ン 情 報 検 索 ユ ー ザ 会
すべてを当協会スタッフが独自に作成している。
以上のほか,各種ポケットガイド,STN検索カード,
(OUG)の各種分科会への参加
(4)下記の外部団体の活動に会員としてあるいはオブ
S T Nデータベースカタログ,各D Bのサマリーシート
などの資料作成・改訂なども担当している。
ザーバーとして参加
・日本PLASDOC協議会およびPLASDOCオンライン
以上の業務を長年担当することによって,表2-2.,
研究会
3.,
4.の条件を十分クリアできるスタッフが育つこと
・日本FARMDOC協議会
になる。表2-5.の条件である,C Aの索引についても
・日本アグケム情報協議会
ある程度の知識を身につけることができる。また,
・日本製薬情報協議会
近年企業におけるSTNの利用が知的財産部にシフトし
・Patent Information Users Group(PIUG,米国)
ていることから,表2-6.,7.の条件である特許調査に
(5)
講習会・セミナーなどのテキスト作成・改訂と講師
必要な知識を習得する必要性が以前にも増して強く
・各種STN講習会
なっている。
・各種セミナー(特許D Bセミナー,医薬D Bセミ
ナー,リフレッシュセミナー,おさらいセミナー
4.2 新人トレーニング
新人がテクニカルグループに配属されると,ほぼ4
など)
・インターネットセミナー
か月後のSTN講習会講師デビューをターゲットとして
特訓が開始される。まずは,グループリーダーとベ
テランスタッフによる,当グループの業務の概要説
表5 情報事業部テクニカルグループの新人トレーニングの概要
1.
表4 情報事業部テクニカルグループの主要業務
2.
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
672
STN の各種講習会の講師
STN, SciFinder のヘルプデスク
STN の各種講習会テキスト作成
STN ユーザーミーティング, 各種セミナーの資料作成
ポケットガイド等の STN の各種資料の作成
STNews, STNewsline 等の記事執筆と発行
ホームページ経由の STN の各種広報
3.
講習会関係
・ STN ユーザー向け各種講習会に出席
・ 講師をするつもりで徹底的に自習
・ 講習会講師スタート 【4 か月目~】
資料作成関係
・ STN サマリーシートの改訂版作成 (翻訳)
・ 各種資料のファイリング
ヘルプデスク関係
・ メールで受けた質問への回答 (下書き) 作成 【3 か月目~】
先輩スタッフによるチェック後に送信
・ 電話による質問への回答 【4 か月目~】
先輩スタッフからの助けを借りながら回答
化学情報協会におけるインフォプロ育成
・STNユーザーミーティング
リスト経験者が,適切な統制語と非統制語を組み合
(6)STNews,STNewslineなどの記事執筆
わせることによって,漏れのない効率的な検索が可
(7)部内各種勉強会の実施
能となる。また,後述のとおり新人アナリストは最
5. CAの抄録・索引作成業務
初に高分子分野を担当することになっているため,
REGISTRYファイルの検索でもっとも難しいとされる
ポリマー検索に強いスタッフが育つことにもなる。
1907年に発刊された抄録誌C h e m i c a l A b s t r a c t s
高分子分野を3年程度経験したのち他分野を担当
(C A)は,2009年に百年を超える紙媒体としての歴
するのが一般的であり,キャリアを積むにつれて幅
史に幕を閉じたが,まったく同じ情報を提供するSTN
広い科学技術知識が身につく。また,日々特許を読
のC Aファイル,さらに多くのプラスアルファの情報
むことになるので,特許調査に不可欠な特許のスク
を収録するCAplusファイルが,STN,SciFinderで提
リーニング力も自然に身につくことになる。以上の
供されている。
とおり,C A索引に熟知したアナリストの経験がC A /
当協会では,1982年から日本語特許・文献のC A抄
REGISTRYファイル検索の極めて強い武器となる。
録・索引の作成業務を行っており,CA収録全分野(バ
イオ,有機化学,高分子,応用化学,物理・無機・
5.2 新人トレーニング
分析化学)の広い範囲をカバーしている。2012年か
現在,C Aの有機化学分野の特許,文献は多くない
らは,S T NのM A R P ATファイル用の,日本語特許の
が,アナリストのバックグラウンドとして有機化学
Markush構造作成も開始した。
の知識を有することを採用条件にしている。そのよ
うな条件に合致した新人に対して,おおむね表6のス
5.1 業務内容
ケジュールにしたがって新人トレーニングを実施す
C Aの抄録は,原報を読むべきかどうかの判断材料
る。最初にポリマー分野の特許を対象とするのは,ポ
を提供することを目的としている。当業務担当者(以
リマー分野の索引が他分野に比べて難易度が高いこ
下アナリスト)は原報を熟読し,十分な内容理解の
と,また他分野でもポリマーは頻繁に使われるため,
もとに抄録に盛り込むべき情報を判断し,簡潔な英
将来他分野を担当する場合にも役立つためである。
文で抄録を作成することが要求される。そのため,
化学の幅広い知識と英語能力が必要とされる。
ほぼ10か月でC A Sアナリストの承認を得て,独り
立ちすることになる。ただし,抄録・索引作成のプ
C Aの索引は,化学物質索引とそれ以外の索引(科
ロとしてのトレーニングはここからが始まりで,質
学技術用語からなる統制語による索引,物質の総称
量ともに一人前のアナリストになるためには3年程度
名を含む)の2種類があり,CAに索引された全化学物
表6 アナリストの新人トレーニングの概要
質がREGISTRYファイルに収録されている。CAではあ
らかじめ技術分野別に索引方針が詳細に定められて
1.
おり,アナリストはそれにしたがって索引作成作業
を行う。
C Aファイルの検索では,一般に統制語と非統制語
2.
の両方を使うケースがほとんどではあるが,適切な
統制語を使わずに検索すると多くの検索漏れとノイ
ズが発生することになる。C Aの索引を熟知したアナ
3.
1 か月目 : 2 か月目からの抄録 ・ 索引作成業務開始の準備
・ STN 基礎的講習会に出席
・ 同業務を行うための CAS のツール類に慣れる
・ CA 抄録 ・ 索引のマニュアルを読んで基本方針を理解する
・ 先輩アナリストの索引入力の補助業務を行う
2 ~ 7 か月目 : 抄録 ・ 索引作成の実務訓練
・ ポリマー分野の特許の抄録 ・ 索引作成
当協会の先輩アナリストが全件チェックし 1 対 1 で指導
8 ~ 10 か月目 :
・ ポリマー分野の特許の抄録 ・ 索引作成
CAS アナリストによる全件チェック
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を要する。
特許審査のための先行技術調査業務が行えるように
その後は,英語のスキルをあげつつ担当分野を広
なった。当時の特許庁技監からの呼び掛けもあり,
げ,新しい技術を理解し,CASからのフィードバック
当協会はSTNのREGISTRY,CA/CAplusファイルを使っ
に対応し,また部内勉強会の講師役などを務めなが
た化学構造検索を必須とする有機化合物分野(区分
ら,ベテランアナリストに成長していく。その過程で,
30,表1-4.を参照)の調査を行う登録調査機関として
中堅アナリストはトレーナー役として新人アナリス
参入した。
トの指導を行い,実務上は勿論精神的にも大きく成
登録調査機関として承認されるためには,I N P I T
長することになる。また,不定期ながら特定分野の
((独)工業所有権情報・研修館)の調査業務実施者育
CASでのトレーニングや当協会で行うCASアナリスト
成研修に出席し,修了認定された調査業務実施者を1
による実践的なトレーニングなども行う。
分野(区分)当たり10名以上そろえることが必須で
ある。2005年早々に開催された第1回研修で,当協会
6. 特許庁向け調査業務
は最低限の10名を修了させることができ,同年4月か
ら同調査業務を開始した。その後も調査業務実施者
当 協 会 で は, 以 上 紹 介 し た,30年 以 上 に わ た る
S T Nの提供とC Aファイルの抄録・索引作成業務によ
を増やし,現在は20名を超えるスタッフが調査業務
を行っている。
り,S T Nの検索とC A索引に強い多くのプロが育って
現在,調査業務実施者として先行技術調査の実務
いる。一方,これらの経験に特許調査のノウハウが
を開始するまでに5か月間のトレーニングを行ってお
加われば,総合的なインフォプロが育つことになり,
り,表7のスケジュールにしたがって実施される。な
特許調査を主体とする一般向け調査・検索サービス
お,区分30の調査業務実施者を目指す場合は,I N P I T
の体制が整うことになる。
の研修受講前にSTN検索に習熟していることが条件で
2004年の法改正によって,特許庁の新しい登録調
査機関制度が始まり,従来の指定調査機関以外でも
ある。
当先行技術調査を数年間経験することによって,
表7 特許庁先行技術調査のための新人トレーニングの概要
1.
2.
3.
4.
674
1 か月目 : STN コマンド, REGISTRY, CAplus ファイルの使い方習得
・ STN のコマンド, REGISTRY (化学構造検索), CAplus ファイル講習会に出席
・ テキストの練習問題による化学構造検索演習と講師によるフィードバック
・ 簡単なクレームの特許を用いた化合物の新規性検索練習と講師によるフィードバック
2 か月目 : 検索の実践と Excel を使った報告書作成練習
・ 実際の特許を課題とした先行技術調査を行い, Excel による報告書を作成
・ 報告書に基づく INPIT 研修の面接練習
・ 特許法, FI ・ F- タームの基礎に関する講義 (INPIT 研修の準備程度)
3, 4 か月目 : INPIT の調査業務実施者育成研修に出席
概略以下の内容で構成される (詳細については INPIT ホームページを参照)
・ 特許法 ・ 審査基準等の特許実務に関する座学
・ 特許分類 (FI など), F ターム, 検索ロジックの立て方等の検索実務に関する座学
・ 庁内特許検索システムの座学と実習
・ 課題特許による検索と検索報告書の作成
・ 特許法と検索実務の習得を確認する筆記試験, 化学の基礎知識を確認する筆記試験 (区分 30 のみ)
・ 報告書作成 ・ 説明能力等を判定する 2 度の口頭試問 (面接)
・ すべての筆記試験と口頭試問に一定以上の得点を得ることによって修了認定
5 か月目 : REGISTRY, CAplus 以外の STN ファイルの利用法習得と調査業務を行うための最終トレーニング
・ 調査業務に必要な STN の応用機能および構造検索のスクリーン利用法
・ CASREACT (有機化学反応), MARPAT (特許の Markush 構造) ファイル利用法
・ 医学 ・ 薬学分野のファイル (MEDLINE, EMBASE, BIOSIS) 利用法
化学情報協会におけるインフォプロ育成
先行技術調査のプロが育つことになる。当業務を通
(2)文献DB検索のトレーニング
して,R E G I S T R Y,C Aファイルを核とするS T N検索,
特許調査においても,侵害防止調査以外の先行技
F IやF -タームおよび特許のテキスト全文を使った日本
術調査,無効化資料調査,特許性調査,技術動向
特許の検索,特許のスクリーニング,特許の新規性・
調査では,非特許文献の調査も必要となる。その
進歩性,審査基準,調査報告書の作成などに精通す
ため,JDreamⅡ(現在はⅢ)などの主に文献調査
ることができる。
を主体にしたDBサービスについても,各種セミナー
7. 総仕上げ:調査のプロを目指して
に出席しレパートリーを広げるべくトレーニング
を行った。
(3)各種特許調査セミナーへの出席
表1-5.の調査・検索サービスを開始するにあたり,
JIPAやINFOSTAおよび特許DBサービス会社が主催
表1-1.,
2.,
4.の担当部署からベテランスタッフを選び
する特許調査セミナーに出席した。基礎的なもの
2010年初頭に新サービス開始に向けて準備室を設置
から斯界の著名人を講師とするものまでさまざま
した。あらゆる機会を通じて,お互いが持っている
なセミナーが開催されており,特許調査の基本か
知識の共有をはかるとともに,さらに以下のトレー
らより高度なノウハウまでを貪欲に吸収すること
ニングを実施した。
ができた。
(4)内部セミナー
7.1 特許調査に関するトレーニング
STNのプロおよびCA索引のプロであるスタッフは,
企業から受けるさまざまな種類の特許調査依頼(先
行技術調査,特許性調査,侵害防止調査,無効化
まずは特許調査の基礎をかためる機会として,I N P I T
資料調査,
技術動向調査など)に対応するためには,
の合意を得て前記の調査業務実施者育成研修に出席
それぞれに応じた実戦的な調査能力を身につける
し,修了認定を受けた。C A索引のプロについては,
必要がある。そのため,特許調査に精通した某化
S T Nに関する知識が限定的であるため,表7の研修出
学メーカー O Bに講師役をお願いし,当協会内でセ
席前後のSTNのトレーニングも実施した。
ミナーを実施した。当セミナーは,ほぼ6か月間,
隔週程度のペースで行い,座学とともに例題を用
7.2 全スタッフに対する仕上げのトレーニング
以上のトレーニングの後に,全スタッフに対して
以下のトレーニングを実施した。
(1)日本特許DB,および世界特許DB利用のためのト
レーニング
いた日本特許D Bを利用した検索結果を持ち寄って
検討し,各スタッフが持つノウハウを共有すると
ともに実戦的な調査能力を育成した。当セミナー
によって,上記の特許調査の種類に応じた特徴を
理解し,検索の際に留意すべき事項を身につける
特許調査には日本特許D Bの検索と特許公報の入手
ことができた。
が不可欠であるため,早々に日本特許D Bサービス
以上の準備を終えたのち,外部より豊富な医薬開
会社の選定を行い,契約した。D Bサービス会社ス
発経験を有し,かつ医薬D Bに詳しいマネージャーを
タッフによる社内セミナーを実施するとともに,
迎えて2011年春より,特許調査を主体とする新規調
後記のとおりこれを利用した実践的トレーニング
査・検索サービスを開始することができた。
も実施した。また,その後世界特許のD Bサービス
の契約も行い,同様のトレーニングを実施した。
その後,メーカーでの調査と当協会での特許庁向
け調査業務経験を有し,かつほかの調査会社での特
許調査業務も経験したスタッフが新たに加わり,よ
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り強力なチームに育ちつつある。受注した案件を内
エッセーおよび当シリーズ終了に際して実施された
容に応じて複数のスタッフが共同で担当することに
座談会3)から,多様なバックグラウンドを有する方々
よって,各スタッフが持つ知識と経験のシナジー効
が多様なトレーニングと経験を通して立派なイン
果を発揮しつつ,それらの共有化を進めている。ス
フォプロに成長された様子がよくわかる。
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タートしたばかりの部署にとって各スタッフの知識
拙文をお読みいただいておわかりの通り,当協会
の共有化は重要な課題であるため,受注量の波に耐
のインフォプロ育成環境は,世の中の大部分を占め
えながら常時意識して共有化に努めている。今後は,
るメーカーのそれとは大きく異なる。おそらく,昨
メーカーでの特許調査経験者も増やしながら当協会
今の状況から,メーカーのインフォプロの業務とし
の主要事業に育てていきたいと考えている。
て,研究者・技術者が自ら行うエンドユーザー検索
8. おわりに
の体制整備や指導も大きな比重を占めていると思わ
れる。
しかしながら,インフォプロに要求される条件は,
長年愛読していた,本誌のリレーエッセー「イン
メーカーでも当協会でも大きな違いはないと思われ
フォプロってなんだ?」が残念ながら2012年をもっ
る。拙文がいささかなりとも皆様の自社におけるイ
て終了した。さまざまな分野のインフォプロによる
ンフォプロ育成のご参考になれば幸いである。
参考文献
1) 臼井裕一. 特許情報教育の現状と課題: 特許調査の担い手とその教育はいかにあるべきか. 情報の科学と技
術. 2012, vol. 62, no. 4, p. 148-152.
2) 長澤洋. グローバル化時代の知財情報 必要とされる情報と人材. 情報管理. 2012, v o l . 55, n o . 5, p . 339346.
3) 鍛治恭子, 山崎登和子, 渡辺喜代美, 松谷貴己. インフォプロの成長点 リレーエッセー「インフォプロっ
てなんだ?」終了にあたり. 情報管理. 2013, vol. 55, no. 10, p. 712-721.
Author Abstract
JAICI (Japan Association for International Chemical Information) has been endeavoring to raise many infopros
through marketing and user support of STN/SciFinder and preparing CA abstracts and indexes for more than
30 years and prior arts search for patent examination on behalf of Japan Patent Office for almost 10 years.
Recently, JAICI has started a new business, search service for focusing on patent search for private sectors,
which is our new challenge for raising all-round infopros. Backgrounds and processes are described as an
example of infopro-education in chemistry and its related fields.
Key words
CAS, STN, chemical information, patent information, information retrieval, chemical patent, information broker,
infopro, infopro education, education program
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反転授業
反転授業
ICTによる教育改革の進展
Flipped Classroom
Educational reform utilizing information technology
重田 勝介1
SHIGETA Katsusuke1
1 北海道大学 情報基盤センター(〒060-0811 北海道札幌市北区北11条西5)Tel: 011-706-4596 E-mail: shige@iic.hokudai.
ac.jp
1 Information Initiative Center, Hokkaido University (Kita 11 Nishi 5 Kita-ku Sapporo-shi, Hokkaido 060-0811)
原稿受理(2013-10-25)
情報管理 56(10), 677-684, doi: 10.1241/johokanri.56.677 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.677)
著者抄録
近年,「反転授業」とよばれる授業形態が注目を集めている。反転授業とは,授業と宿題の役割を「反転」させ,授業
時間外にデジタル教材等により知識習得を済ませ,教室では知識確認や問題解決学習を行う授業形態のことを指す。
タブレット端末やデジタル教材,インターネット環境など情報通信技術(I C T)を活用した反転授業の教育実践が初中
等・高等教育で広がっている。反転授業の普及の背景には,オープン教材(OER)と ICT の普及があり,わが国におい
ても初中等教育や高等教育での導入事例がみられる。反転授業の導入によって,学習時間を増やし教室内で知識を「使
う」活動を促し,学習の進度を早め学習効果を向上させることが期待される。一方で,反転授業の実施にあたっては,
学校や家庭における ICT の環境整備やオープン教材の普及,自習時間の確保や教員の力量形成が課題となる。
キーワード
反転授業,オープン教材,情報通信技術,ICT,協同学習,eラーニング,ブレンド型学習,タブレットPC,教育効果
1. はじめに
る。本稿では反転授業の概要と,普及の背景となる
I C Tの普及について触れたのち,わが国における反転
近年,
「反転授業」とよばれる授業形態が注目を集
授業の導入事例を紹介する。続いて,反転授業の導
めている。タブレット端末やデジタル教材,インター
入によって期待される効果と課題,教育現場におい
ネット環境など情報通信技術(ICT: Information and
て反転授業を導入するにあたっての留意点について
Communication Technology)を組み合わせて反転
整理する。
授業を取り入れる教育実践が普及し始めており,反
転授業の導入による教育効果の向上が期待されてい
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るようになったが3),この普及を後押ししたのがデ
ジタル教材の普及と,教室外におけるI C Tの整備で
ある。具体的には,授業の補助教材として用いるこ
とができるオープン教材(OER: Open Educational
Resources)がインターネット上で広く提供されるよ
うになったこと,また家庭や学校でインターネット
回線が整備され,安価な情報端末が普及したことで
ある。
3. 反転学習の普及を促したICTの普及
3.1 オープン教材(OER)の普及
図1 反転授業のイメージ1)
2. 反転授業とは
学校や家庭においてコンピューターやインター
ネットの普及が進むにともない,個人がデジタル教
材を作成しインターネット上で共有することが容易
となった。インターネット上でデジタル教材を共有す
反転授業とは,授業と宿題の役割を「反転」させ
ることで,教育内容や学習手段の選択肢が増し,学
る授業形態のことを指す。通常は授業中に生徒へ講
習者の学びをより豊かにすることが可能となる。イ
義を行い知識を伝達し,授業外で既習内容の復習を
ンターネット上に無償で公開される教材はオープン
行い,学んだ知識の定着を促す。これに対し,反転授
教材とよばれ,21世紀に入り大学によるオープンコー
業では自宅で講義ビデオなどのデジタル教材を使っ
スウェア(OCW: Opencourseware)の公開や非営利
て学び,授業に先立って知識の習得を済ませる。そ
組織によるオープン教材の開発が進んだことで,多
して教室では講義の代わりに,学んだ知識の確認や
様な分野においてさまざまな対象に向けたオープン
ディスカッション,問題解決学習などの協同学習に
教材が入手できるようになってきた。教育機関や教
より,学んだ知識を「使うことで学ぶ」活動を行う。
科書会社が制作した教材だけでなく,教師や個人が
このような授業形態を導入することで,生徒の学習
独自にオープン教材を作り,自ら授業に用いたりイン
意欲を向上させて知識の定着を促し,落ちこぼれを
ターネット上で公開することも盛んに行われている。
防ぐなどの効果が期待されている。
反転授業のような授業形態のアイデア自体は2000
の 代 表 的 な 事 例 が「 カ ー ン・ ア カ デ ミ ー(K h a n
年頃から提案されており,生徒が自宅でマルチメディ
Academy)
」である4)。カーン・アカデミーはWebサ
ア教材を使って学び,教室でグループ学習を行うよ
イトにおいて,数学や物理,美術などさまざまな分
うな教育実践が行われてきた2)。また,反転授業を行
野にわたるビデオ教材を無料で公開している。カー
うにあたり教室で行われるディスカッションや問題
ン・アカデミー開設のきっかけは,2004年に当時投
解決学習などの活動は,協同学習の手法としてすで
資アナリストであったサルマン・カーン氏が,親戚
に確立しており,教育現場において広く導入されて
の子どもに数学を教えるためにペンタブレットを使
いる。
い,黒板に文字や図を書くような要領で教える教材
反転授業は2010年頃から欧米を中心に注目を集め
678
このようなオープン教材を公開する取り組み
ビデオを作り,Y o u T u b eに掲載したことだとされて
反転授業
いる。この教材ビデオがインターネット上で便利だ
3.2 インターネット整備と安価な情報端末の普及
と評判を集めるようになり,自学自習で学ぶ個人だ
反転授業の導入を促したもう1つの要因が,教育現
けでなく,学校においてもカーン・アカデミーのビ
場や家庭におけるインターネット回線の整備と,タ
デオ教材が使われるようになった5)。カーン氏はそ
ブレット端末に代表される安価な情報端末の普及で
の後投資アナリストを辞め,ビデオ教材を制作し配
ある。職場や大学のみならず,各家庭や学校にもイ
信する非営利団体を立ち上げた。2013年現在,カー
ンターネット回線が教育用のネットワークインフラ
ン・アカデミーは数千を超える教材ビデオを制作し,
として広く整備されるようになった。日本において
YouTube EDUやiTunes U上で公開している。さらに,
も,世帯数の8割を超える家庭でインターネット回線
カーン・アカデミーのW e bサイトでは,ビデオ教材
が利用されており7),初等中等学校の78%でインター
の視聴履歴や用意されたクイズの回答結果など学習
ネット回線が敷設されている8)。加えて,携帯電話の
履歴データから,個々の学習者に適切な教材を推薦
通信網が整備されデータ通信の帯域幅が広まったこ
する仕組みも導入されている。カーン・アカデミー
とにより,場所にとらわれずに携帯電話回線を使っ
のビデオ教材は日本語も含め,さまざまな言語へ翻
てインターネットにアクセスすることも容易となっ
訳もされている。
た。また,これまでパーソナルコンピューターが主
カーン・アカデミーのビデオ教材6) のような,無
流だった情報端末に関しても,iOSやAndroid OSを搭
料で手に入れることができるオープン教材は,反転授
載した安価なタブレット端末が普及したことで,よ
業において予習用のデジタル教材として使うことが
り低いコストでインターネットが利用できるように
できる。また,CourseraやedXなどの大規模公開オン
なった。
ライン講座(MOOC: Massive Open Online Courses)
反転授業を導入するにあたっては,自宅でビデオ
で提供されるオンライン教材も,予習用のデジタル
教材を視聴し知識を確認するクイズに答えるために
教材として利用可能である。オープン教材の開発と
必要なインターネット回線と,オンライン上にある
普及によって,教師が自ら教材を作る手間を省き,
デジタル教材を使って学ぶことができる情報端末が
授業に即した教材を用いた反転授業を始めることが
不可欠である。より手軽に,より安価にデジタル教
できる。オープン教材の普及が,反転授業を教育現
材を利用できる情報環境が整ったことが,教室外で
場において導入する後押しになったといえる。
のインターネット接続を前提とした反転授業を導入
する障壁を下げたと考えられる。また,C a m t a s i a
S t u d i o9)のような個人で容易にスライド付きのビデ
オ教材が制作できるソフトウェアが普及したことも,
既存の教材ビデオを使うだけでなく教師が授業に即
したデジタル教材を自ら制作することを促したとい
える。
4. 反転学習の導入事例
反転授業の導入は米国の学校や大学が先行してい
る。米国の小中学校では地区単位でカーン・アカデミー
図2 カーン・アカデミーのビデオ教材6)
のビデオ教材を使った反転授業を導入しており,生徒
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の学習意欲を向上させる効果が示されている10)。ま
同学習の手法も取り入れながら,学習内容の定着を
た大学でも,サンノゼ州立大学ではe d Xの電子回路に
図っている。
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ついて教えるオンライン講座を反転授業の教材として
近畿大学附属高等学校では英語の授業に反転授業
使うことで,従来50%であった学生の修了率を90%
を導入したことで,授業において英語を使うアウト
11)
。
に上昇させる効果が示されている
わが国においてもまだ事例数は限られるものの,
プットの活動をする時間を増やし強化できた。また,
グループ活動を取り入れて教師がファシリテーター
いくつかの学校や大学で反転授業が導入されてい
として活動を支援することで,教師が生徒とかかわ
る。本章では,反転授業の授業形態を学校現場で取
る時間が増加した。加えて,自宅学習の時間が増え
り入れたわが国の事例を紹介する。
たことから,より多くの学習内容を扱うことが可能
となり,これまで1年間かけて学習していた教科書の
4.1 初中等教育での導入事例
初中等教育における反転授業の導入事例として,
学習内容をおよそ半年で完了できるようになった。
また数学の授業でも反転授業の導入によって,生徒
近畿大学附属高等学校の取り組みを紹介する12)。
それぞれが解説ビデオを使い理解度に応じて学習を
近畿大学附属高等学校では,2013年度から新入生
進めることができ,授業時の問題演習によって学習
1,048名がi P a dを購入し,学校側でデジタル教科書や
内容の定着が促された。さらに,英語の授業と同様
教材を共有できる学習管理システム(LMS: Learning
に進度を早めることが可能となった。
Management System)を導入して,英語と数学の授
業で反転授業を実施している。
この事例から,反転授業を導入することは,生徒
の学びをインプットのみで終わらせることなくアウ
英語の授業では,予習を強化し授業における訳や
トプットする機会をより多く与え,教師と生徒のか
文法の解説を削減することで,より多くの時間を英
かわりを増し,学習時間を増加させることで授業の
語を定着させる活動に割くことを目的に反転授業を
進度を早めることにつながるといえる。
導入している。この授業では,まず導入として語彙
の習得や音読活動などを行った後,生徒が自宅で教
4.2 高等教育での導入事例
師が制作した解説ビデオと教材を使い,語彙の習得
高等教育での反転授業の導入事例として,北海道
や音読活動を行う。学習管理システム上に作られた
大学の取り組みを紹介する13)。北海道大学では,全
確認テストも受講する。授業では,語彙の復習とテ
スト,英文理解の確認を行ったうえで,生徒が数人
のグループを組んで協同学習を行う。協同学習では,
互いの自己紹介を英語で行い互いにワークシートに
書き取るなど,学んだ知識を使う活動を行う。協同
学習を取り入れることによって,相手の意図や考え
を的確に把握し,自らの考えに根拠を付け加え論理
的に説明し,議論の中で反論や説得ができる能力を
身につけることを目指している。
数学の授業では,英語と同様に生徒が自宅で解説
ビデオを使い自習を行う。授業では問題演習を行い,
個別学習や一斉指導に加え,ジグソー法のような協
680
図3 近畿大学附属高校における反転授業
反転授業
学対象の情報教育「情報学Ⅰ」の一部に反転授業を
この講義で反転授業を導入した結果,9割以上の学
導入している。
「情報学Ⅰ」は,初年次の学生を対象
生が討論による学習を進めるために必要なビデオ教
に,高度な情報活用能力を実践的に育成することを
材をあらかじめ視聴し,教室で討論を行う反転授業
目的としている。1学年2,600名に対して統一した企
の授業形態を問題なく行うことができた。また学生
画で実施し,きめ細やかな学習支援や協同学習の効
へのアンケートの結果によれば,学生は意欲的にこ
果的な導入を進めるため,ティーチングアシスタン
の講義に取り組んでいた。加えて,授業運営を担当
ト(TA)による1クラス20名規模の講義を行っている。
したT Aからは,「授業中に討論の時間を十分に取るこ
「情報学Ⅰ」では基礎的な情報活用能力や情報倫理教
とができる」との意見があり,反転授業の導入によ
育,プレゼンテーション,プログラミングや学習教
り授業時間を討論の時間に十分に充てられることが
材の制作などを扱っており,その中に討論による学
示された。また,同じくT Aからは「各自の意見がビ
習を導入している。批判的思考力や物事に対する多
デオの討論に続ける形で出されるので討論が円滑に
面的な見方を身につけるため,あるテーマをもとに
進む」「ビデオ教材で討論の手本を見ているので,討
授業時間中に数名のグループで討論を行う。自らの
論の内容も深まりやすい」など,討論場面を収録し
考えを電子掲示板上で表明しディスカッションを行
たビデオ教材を用いたことで,学生がまだ十分に慣
い,各自が最終レポートを提出する。レポートの評
熟していない討論の方法をビデオから学び模すこと
価には相互評価(ピアレビュー)も導入している。
ができ,授業中における学生の討論を促したことも
また,北海道大学では「情報学Ⅰ」における討論
による学習にも反転授業を導入している。教室外で
用いるビデオ教材に,オープン教材公開サービス
示唆された。
5. 効果と課題
「iTunes U」で東京大学が公開しているハーバード大
学マイケル・サンデル教授のビデオ教材「ハーバー
5.1 反転授業の効果
ド白熱教室 in JAPAN」を用いている。このビデオ教
上記の事例が示すとおり,反転授業を導入するこ
材では合計8つのテーマが取り上げられており,数名
とは以下のような利点があり,ひいては学習効果を
ずつで構成される学生グループは8つのテーマのうち
高めることが期待される。
1つを選択する。学生は前もってビデオ教材を大学や
第1に,生徒の学習時間を実質的に増加させる利点
自宅で視聴し,講義ではその内容をテーマとした発
がある。近畿大学附属高等学校の事例が示すとおり,
展的な討論を行い,レポートの相互評価や最終レポー
これまでは授業時間に行っていた講義をデジタル教
トの提出を行う。
材に置き換え,授業時間外に視聴させることで,授
業時間に余裕を持たせ,生徒の学んだ知識の確認や
協同学習に充てることが可能となる。北海道大学の
事例のように,学生に授業に先立ちビデオ教材の視
聴を課すことは授業時間外の学習を促し,大学単位
の認定に求められる授業外の学習時間を確保するこ
とにも寄与する。
第2の利点は,学んだ知識を使う機会を増やすこ
とである。これまで授業においては多くの時間を講
図4 北海道大学における反転授業
義のために費やしていたが,反転授業の導入によっ
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て授業時間の多くを,学んだ知識の確認や協同学習
内においても再度ビデオ教材の内容を確認したり,
に充てることが可能となる。すなわち,これまでは
学習管理システム上に設けられた知識を確認するた
主に知識のインプットの場であった授業時間を,ア
めのテストに答えたりなど,インターネット回線を
ウトプットの活動に多く割くことができるようにな
多数の生徒が同時に使う状況も想定される。このた
る。ピアインストラクションやピアレビューなど,
めには,学校においても十分な帯域を持ったインター
協同学習に取り入れる手法を工夫することも合わせ
ネット回線が敷設されていることが望ましい。また,
れば,生徒の学習意欲を向上させ学んだ知識の定着
生徒がビデオ教材を視聴するタブレット端末はパー
を促すことにもつながる。北海道大学の事例が示す
ソナルコンピューターよりは安価とはいえ,すべて
とおり,提供するビデオ教材の内容を工夫すること
の生徒に行き渡るためには相応の費用がかかる。こ
によって,協同学習の質を高めることも可能である。
の出費をどう負担するかについては,学校や家庭,
第3に,学習の進度を早めることも可能である。
地域において実情に応じた議論や調整が求められる。
近畿大学附属高等学校の事例が示すとおり,反転授
ちなみに,反転授業のために専用の情報端末を用
業の導入は,学習進度を促進することができる。こ
意するのではなく,生徒自前の情報端末を学校に持
のような利点はオンライン学習と対面学習を組み合
ち込み利用することも可能である。このような手法
わせた「ブレンド型学習(B l e n d e d L e a r n i n g)
」に
はBYOD(Bring Your Own Device)ともよばれ,情
もみられる。たとえば,米国カーネギーメロン大学
報端末にかかるコストを下げる効果がある。しかし,
が制作し公開しているオンライン教材「オープン・
情報端末の管理を生徒や家庭に任せることとなるた
ラーニング・イニシアティブ(OLI: Open Learning
め学校における情報セキュリティの十全な管理が困
14)
では,統計学や心理学などの教材を無
難になること,生徒それぞれが所有する情報端末と
料で公開している。カーネギーメロン大学では統計
デジタル教材との互換性を確保することなど,課題
学の講義において,通常の講義を受講しながらO L Iの
も多い。このような反転授業を実施するうえでの「隠
コースを同時に使って学ぶことで,通常の講義より
れたコスト」を学習効果の向上とのバランスを踏ま
も短い期間で同じ学習効果をあげられることが示さ
えながら,どのように見積もり,どう負担するかが
れている15)。反転授業はブレンド型学習の一形態と
反転授業を導入するうえでの懸案となる。
Initiative)
」
もいえ,反転授業の導入はブレンド型学習と同様の
効果も期待される。
第2に,反転授業に用いることができる十分な質と
量のオープン教材が提供されることも欠かせない。
英語圏においてはカーン・アカデミーに代表される
5.2. 反転授業の課題と留意点
反転授業を導入することには多くの利点もある反
面,さまざまな課題や留意点も存在する。
682
ようなさまざまなオープン教材がすでに提供されて
いるものの,日本語のオープン教材の数はまだ限ら
れる。Camtasia Studioのような教師が自ら教材を作
第1に,教室外や学校現場に十分な広い帯域のイ
ることのできるソフトウェアが普及し始めたことを
ンターネット回線が整備され,十分な数の情報端末
踏まえると,教師が制作したオープン教材を教師の
が提供されることが必須である。先に述べたとおり,
間で容易に共有し検索できるような,オープン教材
家庭ではかなりの高い割合でインターネット回線は
向けリポジトリの整備も有用だろう。
整備されるようになったが,データ量の多いビデオ
第3に,生徒の学校外における自習時間を十分に確
教材を遅延なく視聴するためには,十分な帯域のイ
保することが必要である。反転授業の導入にあたっ
ンターネット回線が必要である。反転授業では教室
ては,教室外において教師が課した課題に事前に十
反転授業
分に取り組み,授業に先立って済ませておくことが
る。教師が反転授業に期待される効果と課題を十分
前提となるが,このことをすべての生徒に課すこと
に理解し,教室内外における生徒の学習を十全に進
は,生徒の学習意欲や家庭環境を踏まえると必ずし
め促すことができるよう,教師に反転授業にかかわ
も容易ではない。北海道大学の事例では,学生の9割
る情報を提供する機会を与え,研修プログラムを開
以上が講義に先立ってビデオ教材を見たことが示さ
発するなどの工夫が求められる。
れたが,若干ながらビデオ教材を事前に見ておらず,
授業中に視聴した学生も存在した。加えて学生の討
6. おわりに
論による学習の成績の分析結果から,ビデオ教材の
視聴時間がより長い学生がより高い成績を修めたこ
反転授業は画期的な教育手法として注目されつつ
ともわかっている。このような生徒の状況により学
あり大きな期待がもたれている。しかし,反転授業
習成果に違いが生まれる可能性を踏まえ,状況に応
を構成する要素は,デジタル教材の制作や協同学習,
じて達成度が相対的に低い生徒に対し追加的に学習
学習者中心の学びにおける教師の力量形成など,こ
支援を行うなどの工夫が求められる。
れまで継続的に教育現場に求められて取り組まれて
第4に,教師が「講師」としてだけではない専門
きた活動や努力そのものである。これまで学校や大
性を持つことも不可欠である。反転授業を実施する
学において積み重ねられた教育的知見を動員しなが
にあたっては,授業において個々の生徒の理解度を
ら,反転授業のポテンシャルを活かす教育実践の活
十分に把握し,生徒に個別に学習支援を行い,協同
性化やノウハウの共有が,今後ますます求められる。
学習を促すファシリテーターとしての力量が問われ
参考文献
1) KNEWTON. "The Flipped Classroom: Turning the Traditional Classroom on its Head". http://www.knewton.
com/flipped-classroom/, (accessed 2013-10-20).
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blog/2012/04/12-inspiring-schools-using-khan-academy, (accessed 2013-10-20).
11) The Chronicle of Higher Education. "California State U. System Will Expand MOOC Experiment". http://
chronicle.com/blogs/wiredcampus/california-state-u-system-will-expand-mooc-experiment, (accessed
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12) 教育家庭新聞. “英語・数学で反転授業―近畿大学付属高等学校 “反転授業” で学習課題を解決する教育マ
ルチメディア”. http://www.kknews.co.jp/maruti/news/2013/1007_5a1.html, (accessed 2013-10-20).
13) 重田勝介, 布施泉, 岡部成玄. オープン教材を用いた反転授業の実践と分析. 日本教育工学会第29回全国大
会講演論文集. 2013, p. 223-226.
14) Carnegie Mellon University. "Open Learning Initiative". http://oli.cmu.edu/, (accessed 2013-10-20).
15) Lovett, M.; Meyer, O.; Thille, C. The Open Learning Initiative: Measuring the effectiveness of the OLI
statistics course in accelerating student learning. Journal of Interactive Media in Education. 2008, vol. 14.
Author Abstract
Recently, a form of "Flipped Classroom" is already generating a lot of attention. Utilizing tablet PC, open
educational resources (OER) and internet, the practices introducing Flipped Classroom is spreading in an
elementary and secondary education. Flipped Classroom is expected to improve student outcomes. This
article explains a brief overview of Flipped Classroom and dissemination of information technology which
assists its introduction. In addition, it explains the possibilities and challenges for its integration in a real-world
classroom situation.
Key words
Flipped Classroom, Open Educational Resources, information and communication technology, ICT,
collaborative learning, e-learning, blended learning, tablet PC, educational effect
684
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(3)
日本版N I H創設に向けた新しい指標の
開発(3)
医薬品開発を担う事業主体に関する分析
Development of new indicators for the launch of a Japanese version of the NIH (3)
Analysis of entities conducting pharmaceutical R&D activities
長部 喜幸1,2 治部 眞里3,4,5
OSABE Yoshiyuki1, 2; JIBU Mari3, 4, 5
1 経済協力開発機構(2, rue Andre-Pascal, 75775, Paris, CEDEX 16, France) Tel: 33(0) 1 45 24 93 84 E-mail: yoshiyuki.osabe@
oecd.org
2 日本特許庁(〒100-8915 東京都千代田区霞が関3-4-3)
Tel: 03-3581-1101 E-mail: osabe-yoshiyuki@jpo.go.jp
3 経済協力開発機構(2, rue Andre-Pascal, 75775, Paris, CEDEX 16, France) Tel: 33(0) 1 45 24 93 54 E-mail: mari.jibu@oecd.
org
4 独立行政法人科学技術振興機構(〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3)
Tel: 03-5214-8402 E-mail: m2jibu@jst.go.jp
5 同志社大学 技術・企業・国際競争力研究センター(〒602-8580 京都市上京区今出川烏丸東入寒梅館3階)
TEL: 075-2513779
1 The Organisation for Economic Co-operation and Development (OECD) (2, rue Andre-Pascal, 75775, Paris, CEDEX 16, France)
2 Japan Patent Office (3-4-3 Kasumigaseki Chiyoda-ku, Tokyo 100-8915)
3 The Organisation for Economic Co-operation and Development (OECD) (2, rue Andre-Pascal, 75775, Paris, CEDEX 16, France)
4 Institute for Technology, Enterprise and Competitiveness, Japan Science and Technology Agency (JST) (5-3 Yonbancho
Chiyoda-ku, Tokyo 102-8666)
5 Doshisha University (Third Floor, Kambaikan Karasuma-Imadegawa Kamigyo-ku, Kyoto 602-8580)
原稿受理(2013-10-17)
情報管理 56(10), 685-696, doi: 10.1241/johokanri.56.685 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.685)
著者抄録
日本版 N I H や製薬企業における,政策決定・戦略立案に資するエビデンス提供のため,新しい指標に基づいた医薬品
産業の現状俯瞰・将来予測を試みた。今回は,パイプラインを有する事業主体の規模や種類に着目し,医薬品開発の
カギを握る事業主体について分析した。その結果,米国の強みは中小企業・ベンチャー企業にあること,また一方で,
日本の中小企業・ベンチャー企業は米国のような働きを担っていないことが明らかとなった。
キーワード
日本版NIH,医薬品,パイプライン,指標,研究開発,客観的根拠に基づく政策,オープンイノベーション,中小企業,
ベンチャー
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January
1. はじめに
2. 医薬品開発におけるオープンイノベー
ション
「日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(2)
」に
おいて,各製薬企業が有する研究開発パイプライン
「オープンイノベーション」とは,新技術や新製品
について,今後の成長が期待されるバイオ医薬品に
の開発に際して,知識や競争力のある技術につき,
着目し,各テクノロジーの観点から医薬品開発の現
組織の枠組みを超えて幅広く結集を図る新しいビジ
状俯瞰・将来予測を試みた
1)
。その結果,バイオ医薬
ネス戦略のことである3)。オープンイノベーションは,
品における米国の現在および将来にわたる優位性が
他組織の優秀な人材と協働して外部の研究開発力を
明らかとなった。また,日本は細胞治療において,
「非
吸収しようとするため,各ステークホルダーの役割
臨床試験」数,特許出願数,および論文数などが多く,
分担,開発費負担,製品化までの過程,知的財産権
基礎研究はトップクラスにあるなど,日本の研究開
などの調整が複雑になる。一方,新しい発想や研究
発においても,一部の分野で期待が持てることを示
資源,技術を効率よく活用でき,会社単体で抱える
した。
リスクが軽減される利点がある。
本稿では前2回とは異なる切り口,すなわち,パイ
医薬品開発において,オープンイノベーションの
プラインを有している事業主体に着目し,低分子並
様式は多様であり,どの事業主体が主導するかによ
びにバイオ分野のパイプラインの事業主体別動向を
り性質が異なる。表1に創薬におけるオープンイノ
把握する。
ベーションの例を列挙する4)。
従来,化学合成に強みを持つ日米欧の大手製薬メー
表1のように海外のみならず日本においても,創薬
カーにおける研究開発体制は,自社研究所で生み出
におけるオープンイノベーションは進みつつある。
されたシーズを自社内で磨きあげ,製品化して市場
次の章から,われわれの分析データを用いて全体像
に出し,その利益を再度自社の研究開発に回すといっ
を把握したい。
た「自前主義」が主流であった。しかしながら,十
数年に及ぶ期間,増加の一途をたどる研究開発費を
3. 事業主体別にみたパイプライン
要する近年の開発状況に対処するため,新たなビジ
ネスモデルの確立が必要となってきている。たとえ
Evaluate社のデータベースEvaluatePharmaを用
ば,海外ではメガファーマ同士の水平合併による資
い, パ イ プ ラ イ ン を 有 す る 事 業 主 体 を,「 中 小 企
本力の拡大や,ベンチャー企業との機能分担が図ら
業・ベンチャー」,「大企業」,「ジェネリック企業」
,
れている。また,近年は,パイプラインを社外に求
め,リスクを軽減しながら効率的に創薬を行う「オー
関」,および「その他」の8分類に振り分けた。なお,
プンイノベーション」が注目されている2)。
EvaluatePharmaにおいて,事業主体はより詳細かつ
そこで今回は,パイプラインを有する事業主体の
規模や種類に着目した分析を行うことで,複数段階
にわたる医薬品開発のプロセス,特に開発段階にお
いてカギとなり得る事業主体の把握を試みる。
なお本稿は,著者の私見であり,著者が所属する
機関の意見・見解を表明するものではない点にご留
意願いたい。
686
「製薬関連企業」,「大学」,「非営利団体」,「政府機
複雑に分類されているが,視覚的に分かりやすくす
るため,本稿においては上記のレベルにとどめた。
なお,本稿においては,事業主体の分類のうち「大
企業」
,
「中小企業・ベンチャー」
,
「ジェネリック企業」
,
および「製薬関連企業」は表2の定義とする。
図1に,低分子医薬品について,パイプラインを有
する事業主体を上記分類別に整理したものを国全体
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(3)
表1 オープンイノベーションの例
実施機関
アステラス製薬
第一三共
塩野義製薬
GlaxoSmithKline
(グラクソ ・ スミスクライン)
Eli Lilly and Company
(イーライリリー)
オープンイノベーション事業
・ a-cube
・ TaNeDS
・ FINDS
・ シオノギ科学プログラム
・ トレスカントスオープンラボ
・ 外部機関連携薬剤探索センター
(ceedd)
・ FIPNet
・ PD2&TargetD2
・ コーラス
・ ファンド
東京大学創薬イノベーション ・ 創薬等支援技術基盤プラット
センター
フォーム
京都大学次世代免疫制御 ・ AK プロジェクト
を目指す創薬医学融合拠点
事業要旨
企業がアカデミアの研究者に課題を公表する公募型。
企業がアカデミアの研究者に課題を公表する公募型。
企業がアカデミアの研究者に課題を公表する公募型。 国を特定した海外向け公
募を 2011 年度から開始
[ トレスカントスオープンラボ ]
マラリアや結核等の発展途上国疾患の治療薬の開発。 研究資金提供, ヒット化
合物の 「オープン ・ ソース」 制度, 連携団体に有利な知財管理体制。
[ceedd]
アカデミアやバイオベンチャーと連携。 研究資金と社内外の研究資源の供与で標
的探索から臨床 POC までを支援。
[FIPNet]
一極集中ではなく完全統合化された製薬ネットワーク企業に変革
[PD2&TargetD2]
大学の化合物を入手して Eli Lilly and Company が評価
[ コーラス ]
独立した評価部門
[ ファンド ]
中立的ベンチャーファンドへの投資
化合物のスクリーニングを実施。 企業にも実費で化合物を提供。
京都大学と企業の一対一の共同研究で, 京大 17, アステラス 3 の研究グルー
プが大学構内の研究所一棟を占有。
出典 : 研究資源委員会調査報告書. “創薬におけるオープンイノベーション -外部連携による研究資源の活用-” . 財団法人ヒューマンサイエンス振興財団.
平成25年3月を基に作成 (http://www.jhsf.or.jp/paper/report/report_no78.pdf)
表2 事業主体分類
事業主体分類
大企業
中小企業 ・ ベンチャー
ジェネリック企業
製薬関連企業
説明
新薬を開発及び販売する大企業。 なお, 新薬開発に加えて, ジェネリック医薬品を製造および販売する大企業や有効
成分以外の開発も行う大企業もこの分類に含まれる。
新規医薬品を開発する企業であり, 大企業に属さないもの。 なお, 新薬開発に加えて, ジェネリック医薬品を製造およ
び販売する中小企業 ・ ベンチャーや有効成分以外の開発も行う中小企業 ・ ベンチャーもこの分類に含まれる。
新薬開発のための研究を行っていない企業。 これらの企業はジェネリック医薬品を製造および販売する。 ジェネリック医
薬品の製造および販売に加えて, 有効成分以外の開発も行い, かつ, 新薬開発を行わない企業もこの分類に含まれる。
投与経路の改良 ・ 剤形の変更など, 医薬品の有効成分以外の開発を行う企業。
に対する比率で表示した。「日本版N I H創設に向けた
企業が低分子医薬品開発を担っているといえる。ま
新しい指標の開発(1)」5)および「日本版N I H創設に
た,米国の大学が有するパイプラインは,「非臨床試
向けた新しい指標の開発(2)」1)では新薬創出数の多
験」の段階で全体の約20%であり,開発段階が進む
い先進国だけに焦点を当てていたが,本稿では,ジェ
につれて割合が減少する。さらに,
「市販」の約40%
ネリック医薬品注1)開発の観点からBRIICS注2)も加え
はジェネリック医薬品が占めており,米国ではジェ
ている。
ネリック医薬品の普及が進んでいることがわかる。
低分子医薬品について,米国では,「非臨床試験」
一方,日本では,どの開発段階においても比較的
において中小企業・ベンチャーおよび大学が有する
大企業が高い割合を占めている。欧州諸国も大企業
パイプラインが全体の80%近くを占めている。開発
が占める割合が高いものの日本のそれが最も高い。
段階が進むにつれ割合は減少し,「市販」では約10%
その反面,日本では中小企業・ベンチャーの占める
を占めるに過ぎない。また,他の先進国に比して,
割合が低い。また,日本の大学が有するパイプライ
米国では大企業の割合が低いのに対し,中小企業・
ンは,非臨床試験では全体の約20%であるものの,
ベンチャーや製薬関連企業の割合が高く,これらの
フェーズ1の段階では割合が極端に低下している。米
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非営利団体
ジェネリック企業
大企業
製薬関連企業
中小企業・ベンチャー
大学
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
非
臨
床
試
験
フ
ェ
│
ズ
1
フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市
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床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
│
│ │
試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ ズ
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試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ ズ
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試 ズ ズ ズ
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験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
3
1 3
ブラジル
中国
インド
インドネシア
ロシア
南アフリカ
フランス
ドイツ
日本
韓国
スイス
英国
米国
出典: Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
なお, ブラジルは 「フェーズ2」 のパイプラインを有していない。 同様に南アフリカの 「フェーズ2」 および 「非臨床試験」 についてもパ
イプラインがない。 電子付録 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.685) の表3も参照されたい。
図1 低分子医薬品におけるパイプライン所有事業主体の割合(国別,開発段階別)
国とは異なり,日本の大学は治験段階までそのパイ
チャーと大学が有するパイプラインが実に全体の
プラインを保持していない。
90%近くを占めている。また,開発の後期でも中小
また,韓国はどの開発段階においてもジェネリッ
企業・ベンチャーの占める割合が高く,米国では中
ク医薬品が占める割合が比較的高い。「日本版N I H創
小企業・ベンチャーがバイオ医薬品開発を担ってい
設に向けた新しい指標の開発(1)」では,韓国は低分
るといえる。「市販」の段階となると大企業の占める
子医薬品において,欧州諸国と同程度の「市販」数
割合が増え,ジェネリック企業の参入は少ない。米
を有していたものの(第1回記事の図7参照)5),それ
国の大学が有するパイプラインは,「非臨床試験」の
らの約40%はジェネリック医薬品である。
段階で全体の約15%であり,開発段階が進むにつれ
さらに,B R I I C Sに目を向けてみると,南アフリカ
を除くいずれの国もジェネリック医薬品の割合が比
一方,日本,英国,スイスなどでは,大企業が高
較的高い。特に,低分子医薬品は,製造が比較的簡
い割合を占めており,中小企業・ベンチャーの占め
単であることから,途上国等の参入が容易であり,
る割合は比較的低い。また,日本の大学が有するパ
BRIICSや韓国が参入していることがわかる。
イプラインは,
「非臨床試験」では全体の約20%であ
また,いずれの国も,後掲のバイオ医薬品に比べて,
るものの,それ以降の段階では割合が極端に低下し
製薬関連企業の割合が高い。低分子医薬品において
ている。低分子医薬品の場合と同様に,日本の大学
は,ドラッグデリバリーシステム注3)に代表される有
は治験段階までそのパイプラインを保持していない。
効成分以外の研究開発が行われているものと考えら
ドイツは,大企業の占める割合が低く,ジェネリッ
れる。
次に,バイオ医薬品について,パイプラインを有
する事業主体を分類別に整理したものを国全体に対
する比率で表示した(図2)。
米 国 で は, 非 臨 床 試 験 に お い て 中 小 企 業・ ベ ン
688
てパイプラインの割合が緩やかに減少してゆく。
ク医薬品の占める割合が比較的高い。これは他の先
進国にはみられない特徴である。
また,BRIICSにおいては,低分子医薬品ではジェネ
リック医薬品を開発していたインドと中国に目を向
けてみると,インドでは引き続きジェネリック医薬
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(3)
その他
政府機関
非営利団体
ジェネリック企業
大企業
製薬関連企業
中小企業・ベンチャー
大学
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
フ
ェ
│
ズ
2
フ 市非 フ フ フ 市非 フ フ フ 市 フ 市非 フ フ フ 市非 フ 市非 フ フ フ 市非 フ フ フ 市非 フ フ フ 市非 フ フ フ 市非 フ フ フ 市非 フ フ フ 市非 フ フ フ 市
ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ ェ ェ 販 ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ ェ ェ 販
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
│
│
試ズズズ
試ズズズ
試ズズズ
試ズズズ
試ズ
試ズズズ
試ズズズ
試ズズズ
試ズズズ
試ズズズ
試ズズズ
ズ
ズ
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
3
3
ブラジル
中国
インド
インド
ネシア
ロシア
南アフリ
カ
フランス
ドイツ
日本
韓国
スイス
英国
米国
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
なお, ブラジルは 「非臨床試験」 および 「フェーズ1」 のパイプラインを有していない。 同様にインドネシアの 「非臨床試験」, 「フェー
ズ1」 および 「フェーズ2」, 南アフリカの 「フェーズ1」 および 「フェーズ2」 についてもパイプラインがない。 電子付録 (http://dx.doi.
org/10.1241/johokanri.56.685) の表4も参照されたい。
図2 バイオ医薬品におけるパイプライン所有事業主体の割合(国別,開発段階別)
品を開発しているのに対し,中国では政府機関によ
また,細胞治療について,日本の非臨床試験では,
る研究開発が行われている。バイオ医薬品に関して
大学の有するパイプラインが全体の実に約65%を占
は,インドと中国の間で政策に違いがみてとれる。
めている。
「日本版N I H創設に向けた新しい指標の開
次に,バイオ医薬品の各テクノロジーについて,パ
発(2)
」で,当分野の日本の優位性について記載し
イプラインを有する事業主体を上記分類別に整理し
たが注5),その優位性は大学によるところが大きいこ
たものを国全体に対する比率で表示する。本稿では,
とがわかる。その一方で,「フェーズ1」以降は,大
第2回の記事で日本の研究開発にも期待がもてると述
学はその姿を消しており,大学が有するパイプライ
べた,モノクローナル抗体(図3)
,細胞治療(図4)
,
ンの所在が気がかりである(この点は次章「4. ライ
および複合モノクローナル抗体(図5)について示す。
センスの実績」で論ずる)
。
モノクローナル抗体について,先進国諸国では各
最後に,複合モノクローナル抗体については,米
国ともバイオ医薬品全体(図2)で示したものと同様
国は中小企業・ベンチャーの占める割合が高いのに
の傾向を示している(図3)。中でも,モノクローナ
対し,他の先進国は大企業の占める割合が高いのは,
ル抗体の開発は,各国とも比較的大企業に依存する
先ほどのモノクローナル抗体と同様の結果である。
傾向がみられる。また,モノクローナル抗体はバイ
オ医薬品の第2世代に当たる技術であるが注4),イン
4. ライセンスの実績
ド等は既にジェネリック医薬品開発を進めている。
次に,細胞治療について,先進諸国では各国とも
次 に, 各 事 業 主 体 の ラ イ セ ン ス 実 績 を 調 べ た。
中小企業・ベンチャーや大学が占める割合が高く,大
EvaluatePharmaにおける,2006年1月から2013年5月
企業はまだ参入を検討している段階にあるといえる。
までのIn-licensed注6)データおよびOut-licensed注7)
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2014
vol.56 no.10
その他
http://johokanri.jp/
January
Journal of Information Processing and Management
政府機関
非営利団体
ジェネリック企業
大企業
製薬関連企業
中小企業・ベンチャー
大学
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
フ 市 非 フ 市 非 フ フ フ 市 フ 市 非 フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市 非 フ フ フ 市
ェ 販 臨 ェ 販 臨 ェ ェ ェ 販 ェ 販 臨 ェ ェ 販 臨 ェ ェ ェ 販 臨 ェ ェ ェ 販 臨 ェ ェ ェ 販 臨 ェ ェ ェ 販 臨 ェ ェ ェ 販 臨 ェ ェ ェ 販 臨 ェ ェ ェ 販
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ │
床 │ │ │
床 │
│
│
試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ
試 ズ ズ ズ
試 ズ
ズ
ズ
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 1 3
験 1 2 3
験 3
2
2
ブラジ
ル
中国
インド
インドネ
シア
ロシア
フランス
ドイツ
日本
韓国
スイス
英国
米国
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
なお, 南アフリカはパイプラインを有さない。 また, 各国で表記がない開発段階 (ブラジルの 「非臨床試験」 など) はパイプラインが
ないことを意味する。 電子付録 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.685) の表5も参照されたい。
図3 モノクローナル抗体におけるパイプライン所有事業主体の割合(国別,開発段階別)
その他
政府機関
ジェネリック企業
大企業
製薬関連企業
中小企業・ベンチャー
大学
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
非
臨
床
試
験
フ
ェ
│
ズ
1
フ
ェ
│
ズ
2
中国
非
臨
床
試
験
フ
ェ
│
ズ
1
フ
ェ
│
ズ
2
インド
非
臨
床
試
験
フ
ェ
│
ズ
2
ロシ
ア
非
臨
床
試
験
フ
ェ
│
ズ
1
フ
ェ
│
ズ
2
フ 市非 フ フ 市非 フ フ フ 市非 フ フ フ 市非 フ 非 フ
ェ 販臨 ェ ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ ェ ェ 販臨 ェ 臨 ェ
床 │ │
床 │ │ │
床 │ │ │
床 │ 床 │
│
ズ
試ズ ズ
試ズ ズ ズ
試ズ ズ ズ
試ズ試ズ
3
験 2 3
験 1 2 3
験 1 2 3
験 2 験 1
フランス
ドイツ
1
大学
中小企業・ベンチャー 1 7 11
1 8 1 1 4 1 5 2
1
1 1 11
ジェネリック企業
その他
韓国
6 9 5 7 2 3 10 8 10 3 12 1
1 1
3
スイ
ス
21
1
製薬関連企業
大企業
政府機関
10 5
日本
2 2 1 2
フ
ェ
│
ズ
2
フ 市非 フ フ フ 市
ェ 販臨 ェ ェ ェ 販
床 │ │ │
│
ズ
試ズ ズ ズ
3
験 1 2 3
英国
米国
3 1 1
32 6 4
3 2 6 2
80 29 37 5 10
1
1
2 6
2 1
3
1 1
2 1 1
1
1 1 2
1
2 1
1
1
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
なお, ブラジル, インドネシア, 南アフリカはパイプラインを有さない。 また, 各国で表記がない開発段階 (ドイツの 「フェーズ1」 など)
は, パイプラインがないことを意味する。
図4 細胞治療におけるパイプライン所有事業主体の割合(国別,開発段階別)
690
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(3)
非営利団体
ジェネリック企業
大企業
製薬関連企業
中小企業・ベンチャー
大学
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
非
臨
床
試
験
非
臨
床
試
験
フ
ェ
│
ズ
1
フ
ェ
│
ズ
2
非
臨
床
試
験
イ
フラン
ン
ス
ド
フ
ェ
│
ズ
1
フ
ェ
│
ズ
2
フ 市 非 フ 市 非 非 フ フ 市 非 フ フ 市 非 フ フ フ 市
ェ 販 臨 ェ 販 臨 臨 ェ ェ 販 臨 ェ ェ 販 臨 ェ ェ ェ 販
床 │ │ │
床 │ │
床 床 │ │
床 │
│
試 ズ ズ ズ
試 ズ ズ
試 試 ズ ズ
試 ズ
ズ
3
験 1 2 3
験 1 2
験 験 1 2
験 1
ドイツ
スイス
英国
1
大学
2
4 1
1 2 1
2 1
1
1
59 29 19 2 7
1
製薬関連企業
大企業
米国
5 1
1 1 2 1 2 1 1
中小企業・ベンチャー
ジェネリック企業
韓
国
日本
3
1 4 4 3
2 8 2 1 1
5
1 2 4 10 2 2 2
1
1
2
1
非営利団体
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
なお, ブラジル, ロシア, インドネシア, 中国, 南アフリカはパイプラインを有さない。 また,
各国で表記がない開発段階 (フランスの 「フェーズ3」 など) は, パイプラインがないことを
意味する。
図5 複合モノクローナル抗体におけるパイプライン所有事業主体の割合(国別,開発段階別)
データを集計し国別・事業主体別に整理した。なお,
日本企業同士でライセンス取引が行われるという比
データは現時点でアクティブのもの(研究開発を続
較的閉じた市場であることがわかる。
けているパイプラインまたは市販に至った医薬品)
次に,米国のライセンス実績をみてみる。図7は,
であり,研究開発が中断したものは含まれていない。
前述の図6のうち横軸を米国に限定したデータを,事
また,当項目のデータは,低分子医薬品とバイオ医
業主体別に整理したものである。すなわち,ライセ
薬品を合計したものである。
ンシーとしての米国が,どの事業主体からパイプラ
図6に,国別のライセンス実績を示した。横軸は
インを導入しているかを示したものである。なお,
ライセンス取引にあたりパイプラインを自社に導入
した企業(ライセンシー)の国籍を表し,縦軸は自
取引数
社のパイプラインを他社に提供した企業(ライセン
サー)の国籍を表している。
まず,米国同士の取引が最も多いことがわかる。
また,米国と各国との取引も多い。これは,米国が
有するパイプラインが最も多く注8),また米国市場も
大きいためといえる。その中であっても,ライセン
シーとしての日本(横軸の日本)は米国との取引以
上に日本同士の取引が多い。日本は,他国に比して
900
800
700
600
500
400
300
米国
英国
スイス
200
100
韓国
0
日本
フランス
ドイツ
ドイツ
日本
韓国
ライセンシー国籍
スイス
ライセンサー国籍
フランス
英国
米国
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
図6 ライセンス実績(国別)
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取引数
取引数
400
120
350
100
300
250
80
200
中小企業・ベンチャー
大企業
製薬関連企業
その他
ジェネリック企業
150
100
50
0
60
40
米国
英国
スイス
韓国
日本
大学
政府機関
20
ライセンサー事業主体
非営利団体
0
フランス
ライセンシー事業主体
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
ドイツ
ドイツ
日本
韓国
スイス
ライセンシー国籍
米国
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
図7 米国のライセンス実績(事業主体別)
図8 大学のライセンス実績(国別)
パイプライン導入元の国籍は米国に限定していない
の有するパイプラインは,どの国の事業主体にライ
ものの,図6から取引相手は米国の企業が大半を占め
センスされているかを示したものである。
るといえる。
図8をみると,米国の大学(縦軸の米国)は,主に
図7をみると,大学の有するパイプラインは,中小
米国籍の事業主体と取引をしており,一部は他国籍
企業・ベンチャーに最も多く導入されている。また,
の事業主体とも取引をしている。一方,米国以外の
ライセンシーとしての中小企業・ベンチャー(横軸
大学(縦軸の米国以外)は,基本的に自国籍の事業
の中小企業・ベンチャー)は,ライセンサーとして
主体と取引をするか,または一部米国籍などの事業
の中小企業・ベンチャーとの取引が活発である。一
主体と取引をしている。このことから,大学のパイ
方,ライセンシーとしての大企業(横軸の大企業)も,
プラインは,その大学が所属する国の事業主体に導
ライセンサーとしての中小企業・ベンチャーとの取
入される可能性が高いといえる。
引が活発である。
このことから米国での取引においては,次のこと
が推定される。
1. 大学の有するパイプラインは,中小企業・ベン
チャーに導入される。
2. 中小企業・ベンチャーのパイプラインは,他の
中小企業・ベンチャーに導入される。
3. 中小企業・ベンチャーのパイプラインの一部は,
図7および図8から,大学の研究成果を実用化へと
向かわせるには,その大学が属する国の中小企業・
ベンチャーの存在が重要といえる。
次に,日本のライセンス状況を見てみる。図9は,
前述の図6のうち横軸を日本に限定したデータを,事
業主体別に整理したものである。すなわち,ライセ
図9:日本のライセンス実績(事業主体別)
出所)Evaluate社のEvaluatePharmaを基に作成
ンシーとしての日本が,どの事業主体からパイプラ
大学
3
大企業
非営利団体
その他
製薬関連企業
大企業に導入される。
すなわち,大学の有するパイプラインは,まずは
中小企業・ベンチャーに導入され,その後大企業へ
と導出される傾向にあり,大学の研究成果を実用化
するには,中小企業・ベンチャーの役割が大きいこ
中小企業・ベンチャー
ジェネリッ製薬関連企大企業
16
64
111
155
1
1
10
1
19
1
34
3
7
11
5
取引数
160
140
120
100
80
60
40
中小企業・ベンチャー
大企業
20
0
製薬関連企業
ジェネリック企業
大学
とがわかる。
次に,大学のライセンス実績をみてみる。図8は,
前述の図6のうちライセンサー(縦軸)の事業主体を
大学に限定したものである。すなわち,各国の大学
692
ライセンサー国
籍
フランス
英国
ライセンサー
事業主体
ライセンシー事業主体
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
図9 日本のライセンス実績(事業主体別)
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(3)
インを導入しているかを示したものである。なお,
パイプラインが死蔵される可能性がある。日本版NIH
パイプライン導入元の国籍は日本に限定していない。
の創設にあたっては,大学の有するパイプラインを,
図9をみると,日本では大企業は積極的にライセン
ス取引を行っているのに対し,中小企業・ベンチャー
の取引実績は少ない(横軸の大企業,中小企業・ベ
ンチャーを参照)。
中小企業・ベンチャーおよび大企業へ円滑に橋渡し
をすることが課題の1つではないだろうか。
最後に,日米のライセンス実績を開発段階別に整
理することで,各事業主体がパイプラインをライセ
米国のライセンス実績(図7)と比較すると,日
ンスする開発段階を明らかにした。
本では中小企業・ベンチャーの活動が極端に少ない
図10は,米国籍の事業主体に対して,どの開発段
ことがわかる。大学の有するパイプラインについ
階にあるパイプラインがどの事業主体からライセン
て,米国では中小企業・ベンチャーが活発に導入し
スされたのかを整理したものである。なお,視覚的
ているのに対し,日本では導入が行われていない。
に分かりやすくするため,ライセンサーとして大学,
大学の研究成果を導入するのは自国の中小企業・ベ
中小企業・ベンチャー,および大企業の3種類に,ラ
ンチャーである傾向があることから(図8),データ
イセンシーとして大企業および中小企業・ベンチャー
を見る限り,日本の大学のパイプラインは中小企業・
の2種類に限定した。
ベンチャーや大企業には導入されていないものと考
えられる。
図10から,米国の大企業に対しては,中小企業・
ベンチャーが有するパイプラインが「非臨床試験」
,
「日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(2)
」で,
「フェーズ1」,および「フェーズ2」の段階でライセ
日本は細胞治療において,「非臨床試験」数が群を抜
ンスされていることがわかる。また,大企業同士の
いており,特許出願数や論文数でもトップクラスに
ライセンスは「市販」の段階でのライセンスが多い。
ある旨注9)を述べたが,中小企業・ベンチャーが活発
一方,中小企業・ベンチャーに対しては,大学が有
でない日本においては,このままでは大学の有する
するパイプラインが「非臨床試験」の段階でライセ
取引数
120
ライセンサーおよび
ライセンスした段階
中小企業・ベンチャー
非臨床試験
大企業 非臨床試験
大企業 フェーズ1
100
大企業 フェーズ2
中小企業・ベンチャー
非臨床試験
大企業 フェーズ3
大企業 承認申請
80
大企業
フェーズ2
60
大学
非臨床試験
大企業 承認
大企業 市販
中小企業・ベンチャー 非臨床試験
大企業
市販
中小企業・ベンチャー フェーズ1
中小企業・ベンチャー フェーズ2
中小企業・ベンチャー フェーズ3
40
中小企業・ベンチャー 承認申請
中小企業・ベンチャー 市販
20
大学 非臨床試験
大学 フェーズ1
大学 フェーズ2
0
大学 市販
大企業
中小企業・ベンチャー
ライセンシー
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
図10 米国におけるライセンス実績(事業主体別,開発段階別)
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ンスされ,また中小企業・ベンチャーが有するパイプ
同士では「市販」の段階でのライセンスが多い。
ラインが「非臨床試験」
「
,フェーズ1」
,
および「フェー
一方,中小企業・ベンチャーは全体的に取引数が少
ズ2」の段階でライセンスされている。さらに特徴的
なく,大学が有するパイプラインが「非臨床試験」の
なのは,中小企業・ベンチャーに対しては,大企業
段階でライセンスされた実績,および中小企業・ベン
が有するパイプラインが「フェーズ2」の段階でライ
チャー同士間のライセンスなど,米国でのそれの役割を
センスされていることである。米国では,パイプラ
日本では担っていない。前述の「2. 医薬品開発におけ
インの大学 → 中小企業・ベンチャー → 大企
るオープンイノベーション」で,大企業と他の事業主体
業といった一方的な流れだけでなく,大企業から中
とのオープンイノベーションについて述べたが(表1)
,
小企業・ベンチャー,または,中小企業・ベンチャー
大学 → 中小企業・ベンチャー → 大企業といっ
から他の中小企業・ベンチャーへという多方向への
たパイプラインの流れにとらわれない実施形態も考慮
流れがある。このように多方向の流れを成立させる,
に入れるべきではないだろうか注11)。
中小企業・ベンチャーを中心とした「創薬のラウン
ドアバウト(円形交差点)」注10)が開発の初期および
5. おわりに
中期段階に存在することが,米国の強みといえる。
図11は,日本国籍の事業主体に対してどの開発段
われわれは,パイプラインを有する事業主体の規
階にあるパイプラインがどの事業主体からライセン
模や種類に着目した分析を行うことで,複数段階に
スされたのかを整理したものである。図10と同様に
わたる医薬品開発のプロセスにおいて,開発段階に
事業主体を限定している。
おけるカギとなり得る事業主体の把握を試みた。そ
日本の大企業に対しては,中小企業・ベンチャー
の結果,以下の事項を示した。
が有するパイプラインが「非臨床試験」および「フェー
・ 低分子医薬品について,米国では中小企業・ベン
ズ2」の段階でライセンスされている。また,大企業
チャーや製薬関連企業が低分子医薬品開発を担っ
取引数
70
60
ライセンサーおよび
ライセンスした段階
大学 非臨床試験
大企業
市販
大学 フェーズ2
中小企業・ベンチャー
非臨床試験
大企業 非臨床試験
大企業 フェーズ1
50
中小企業・ベンチャー
フェーズ2
大企業 フェーズ2
大企業 フェーズ3
40
大企業 承認申請
大企業 承認
30
大企業 市販
中小企業・ベンチャー 非臨床試験
20
中小企業・ベンチャー フェーズ1
中小企業・ベンチャー フェーズ2
中小企業・ベンチャー フェーズ3
10
中小企業・ベンチャー 承認申請
中小企業・ベンチャー 承認
0
大企業
中小企業・ベンチャー
ライセンシー
出典 : Evaluate社 EvaluatePharmaを基に作成
図11 日本におけるライセンス実績(事業主体別,開発段階別)
694
中小企業・ベンチャー 市販
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(3)
ている。
・低分子医薬品について,日本ではどの開発段階に
ドアバウト(円形交差点)
」の存在が,米国の強
みといえる。
おいても比較的大企業が高い割合を占めている。
・日本では,中小企業・ベンチャーは全体的に取引
・バイオ医薬品について,米国では中小企業・ベン
数が少なく,米国のような働きを担っていない。
チャーがバイオ医薬品開発を担っている。
・バイオ医薬品のうち細胞治療の分野について,日
本の優位性は大学によるところが大きい。
・大学の研究成果を実用化へと向かわせるには,そ
の大学が属する国の中小企業・ベンチャーの存
在が重要。
謝辞
なお,本研究の一部は独立行政法人科学技術振興
機構(J S T)戦略的創造研究推進事業(社会技術研究
開発)
「科学技術イノベーション政策のための科学」
(プログラム総括:森田 朗・学習院大学法学部教授)
・米国では,大学 → 中小企業・ベンチャー →
における研究課題「未来産業創造にむかうイノベー
大企業の一方的な流れだけでない。中小企業・
ション戦略の研究」(山口栄一・同志社大学大学院総
ベンチャーを介したパイプラインのさまざまな
合政策科学研究科教授 研究期間:平成23 ~平成26
方向への導入といった,いわば「創薬のラウン
年度)の支援を受けて行われたものである。
本文の注
注1)
ジェネリック医薬品:先発医薬品(新薬)の特許が切れた後に販売される,
先発医薬品と同じ有効成分,
6)
同じ効能・効果をもつ医薬品のこと 。
注2)
BRIICS:ブラジル,ロシア,インド,中国の新興4か国「BRICs」に,インドネシアと南アフリカ共和
国を加えた6か国を示す名称。
注3)
Drug Delivery System(DDS):薬物の効果を最大限に発揮させるために理想的な体内動態に制御する
技術・システムのことで,必要最小限の薬物を,必要な場所(臓器,組織等)に,必要なとき(タイ
ミングおよび期間)に供給することを目指している7)。
注4)
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(2)の「3.バイオ医薬品の分類及び進展」を参照されたい。
注5)
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(2)の「6.第3世代以降の分析」を参照されたい。
注6)
In-licensed:他者が持つ特許権に対し対価を支払って自者に導入すること。
注7)
Out-licensed:自者が持つ特許権を他者に売却したり,使用を許諾したりすること。
注8)
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(1)の図7および図9を参照されたい。
注9)
日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(2)の図8,図12,および図13を参照されたい。
注10)
ラウンドアバウト:環道交通流に優先権があり,かつ環道交通流は信号機や一時停止などにより中断さ
れない,円形の平面交差部の一方通行制御方式のこと8)。パリのシャルル・ド・ゴール広場(エトワー
ル凱旋門)にある円形交差点などが挙げられる。
注11)
表1に記載の実施例のうち,アステラス製薬の「a - c u b e」には,
「アステラス保有化合物活用型」のプ
ログラムがある。当プログラムは,本稿で述べた大企業から他の事業主体へのパイプラインの流れに近
いものと考えられる。
情報管理 vol. 56 no. 10 2014
695
情報管理
JOHO KANRI
2014
vol.56 no.10
Journal of Information Processing and Management
January
http://johokanri.jp/
参考文献
1)
長部喜幸, 治部眞里. 日本版N I H創設に向けた新しい指標の開発(2)テクノロジー別にみた医薬品開発の
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団法人ヒューマンサイエンス振興財団. 平成25年3月, http://www.jhsf.or.jp/paper/report/report_no78.
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RBT_guide_v1-1.pdf, (accessed 2013-11-01).
Author Abstract
For the sake of providing evidences that contribute to policy making or strategy planning in a Japanese version
of the NIH and pharmaceutical companies,we tried an overview and future prospects of pharmaceutical
industry based on new indicators. Focusing on the sizes and categories of the entities possessing pipelines,
we analyzed who the key entity is in terms of drug R&D. Results show that the SMEs and ventures give strong
advantage in the drug R&D in U. S.. On the other hand, the SMEs and ventures in Japan do not play a vital role
like those in U. S. do.
Key words
a Japanese version of the NIH, pharmaceuticals, pipeline, indicator, research and development, evidence
based policy, open innovation, small and medium enterprise, venture
696
諸外国における国家研究公正システム(1)
諸外国における国家研究公正システム
(1)
基本構造モデルと類型化の考え方
National Research Integrity System(NRIS)of foreign countries(1)
Basic structural model and its typology
松澤 孝明1
MATSUZAWA Takaaki1
1 独立行政法人科学技術振興機構 研究倫理・監査室(〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3)
1 Department of Audit and Research Integrity, Japan Science and Technology Agency (JST) (5-3 Yonbancho Chiyoda-ku, Tokyo
102-8666)
原稿受理(2013-10-21)
情報管理 56(10), 697-711, doi: 10.1241/johokanri.56.697 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.697)
著者抄録
わが国における研究不正の低減に向けた検討に資するため,文献情報をもとに諸外国の国家研究公正システムの特徴
を分析した。研究活動における公正さ(Research Integrity)を確保し,研究不正の低減を図っていく国全体としての
システムのことを,本報では「国家研究公正システム(National Research Integrity System: NRIS)」と定義する。近年,
NRIS の比較研究は広く世界的な規模で行われている。そこでまず,先行研究における NRIS の比較・分類の考え方を整
理し,調査対象国の NRIS の分類を行ったところ,米国をはじめとする「法的な調査権限を有する研究公正当局のある国」
に分類される国は,全体としては少なかった。さらに主要国の研究不正の状況と研究開発や N R I S の特徴の関係につい
て俯瞰的な分析を行った。その結果,N R I S の検討に当たっては,各国の研究不正の特徴や国情を踏まえ,さまざまな
特徴あるシステムを検討していくことが重要であることが示唆された。
キーワード
研究不正,国家研究公正システム,文献調査,比較研究,研究公正当局,調査権限,研究開発,類型化,分類
1. はじめに
のようなさまざまなセクターの協力により,国全体
として研究活動における公正さ(Research Integrity)
今日,各国において科学技術政策が直面する重要
を確保し,研究不正の低減を図っていく総合的なシ
な課題の1つは,研究不正(Research Misconduct)
ステムのことを,本報では「国家研究公正システム
の低減である。各国では,政府機関や研究費配分機
(National Research Integrity System: NRIS)」注2)と呼
関(Funding Agency: FA)注1),あるいは学術団体(ア
ぶことにする。
カデミー)や各研究機関(大学を含む)の努力によ
今日,各国は国情に応じた多様な国家 研究公正
り研究不正の低減への取り組みが行われている。こ
システムを構築し,その充実に取り組んでいる。特
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に,1989年,米国公衆衛生庁(Public Health Service:
l e v e l)の活動も含まれる注6)。図1は,その基本構造
P H S)注3) のもとに,今日の研究公正局(O f f i c e o f
を筆者がモデル化したものである。
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Research Integrity: ORI)の前身となる組織注4)が設立
図1の縦軸は研究公正/研究不正のガバナンスの
されて以来,研究不正に対する法的な調査権限を有
レベルを示している。国家研究公正システムは,一
する研究公正当局注5)の設置は,各国が国家研究公正
般に,国の研究倫理の基盤である各研究機関(大学
システムの構築を検討するうえで1つの論点となって
を含む)ごとの自主管理システムと,それらが適切
きた。また,検討の過程で,欧米諸国を中心に,諸外
に機能することを保障するための国レベルでの監督
国の国家研究公正システムについてサーベイや比較
(Oversight)システム(以下,研究公正監督システム)
研究などが精力的に行われ,国家研究公正システムを
の二層で構成されている注7)。このうち研究公正当局
いくつかのタイプに分類する考え方が示されてきた。
とは,研究公正監督システムにおいて研究公正の促
現在,独立した研究公正当局を設置している国も
進や研究不正の低減のために中核的な役割を担う組
あれば,わが国やフランスのように研究機関による
織または部門であり,その権限や設置形態は各国で
自主管理を中心とする国もある。そこで,わが国に
異なる。また,研究公正当局が存在せず,国レベル
おける研究不正の低減のための検討に資するため,
での明確な研究公正監督システムはないが,各研究
本報および続報(2月号および3月号予定)において,
機関ごとの自主管理システムが国家研究公正システ
文献情報をもとに諸外国の国家研究公正システムの
ムの中核として機能する,いわば一層構造の国も存
特徴について分析し,考察する。本報においては,
在する。先行研究では,研究公正当局の法的権限な
まず先行研究における国家研究公正システムの比較・
どから,各国の国家研究公正システムを3段階(ない
分類の考え方を整理し,主要国の研究不正の状況や
し5段階 注8))に分類するのが一般的である。本報で
国家研究公正システムの特徴について俯瞰的な分析
はこれを,国家研究公正システムにおける「権限の
を行う。さらに,続報(2月号予定)においては,国
垂直分配」の問題と定義する。
家研究公正システムの個々の分類ごとに主要国の特
これに対して,図1の横軸は,国の研究公正監督シ
徴あるモデルを分析し,最後(3月号予定)に各国の
ステムの機能の違いを示している。国家研究公正シ
研究不正の特徴などを比較しつつ本報を含む全体の
ステムには,一般に,(1)研究者が順守すべきコード
考察と提言を行うこととしたい。
やガイドライン等を策定し,公正な研究活動を国内
なお,本報における分析や考察は筆者の個人的な
ものであり,国や所属機関の意見を示したものでは
国レベル(研究公正監督システム)
ないことに留意願いたい。
アカデミー
2. 調査研究方法
行政機関
研究費配分機関
など
研究公正当局
研究公正
研究公正
促進機能
研究不正
調査機能
研究不正
監督
2.1 国家研究公正システムの定義およびモデル
本報でいう「国家研究公正システム」とは,研究
研究機関
大学
その他
活動における公正さを確保し研究不正の低減を図る
ための国全体のシステムのことであり,政府や研究
費配分機関(FA),アカデミーなど国レベル(National
level)
の活動だけでなく,
個々の研究機関
(Institutional
698
機関レベル(自主管理システム)
図1 国家研究公正システムの基本構造(概念図)(筆者作成)
諸外国における国家研究公正システム(1)
表1 国家研究公正システムの機能(筆者作成)
研究公正促進機能
・ 基本政策, 不正の定義
・ コード, ガイドライン等の作成
(Good Research Practice :
GRP, Code of Research
Conduct : CRC など)
・ 研究倫理の教育, 普及 など
研究不正調査機能
・ 研究不正を特定するための手
順書 (Procedure) の作成
・ 研究機関の調査に対する助言,
チェック
・ 研究公正当局による調査 ・ 公表
・ 不正事案の登録 ・ 管理 など
・ 諸外国や国際機関で行われた各国の国家研究公
正システムに関する主要な調査・研究
・ 各国の研究不正の実態や国家研究公正システム
の現状について調査した論文や報道記事など
・ 各国の研究公正当局の年次報告やホームページ
に掲載された情報など
に普及・促進させるための研究公正促進機能と,(2)
得られた文献情報から,先行研究における国家研
研究不正の告発に対して適切な手順を定め,個々の
究公正システムの類型化(t y p o l o g y)の考え方や主
事案について公正な調査が行われることを保障する
要な発見(findings)を整理した。次に,先行研究に
ための研究不正調査機能が存在する(表1)。これら
おいて調査対象となった国・地域,および研究不正
の機能を1つの研究公正当局が「集中」して担うのか,
の状況や国家研究公正システムについての記事が見
それともいくつかの組織が「分散」して担うのかに
つかった国・地域を列挙した。これにわが国として
より,国家研究公正システムの特徴も変わってくる。
関心があると思われる国を追加し,合計55か国・地
本報ではこのような国レベルでの組織間の役割分担
域 注9) を本調査における情報収集の対象母集団とし
を,国家研究公正システムにおける「権限の水平分配」
た。このうち主要国についてはインターネットによ
の問題と定義する。
るさらなる情報収集を試みた。しかし,研究不正に
関する詳細な情報を入手することが困難な国や部分
2.2 研究不正の発生率および研究開発の強度につ
いて
本報では国際比較のため,研究不正を理由に取り
下げられた論文数を「研究不正の発生数」,研究不
正の発生数を総論文数で割った値を「研究不正の発
的な情報しか得られなかった国も存在した。このた
め,本報執筆に当たっては必要に応じて参考文献の
発行年を付すこととした。
3. 調査結果および分析
生率」と定義する。もし,研究不正の発生率が一定
ならば,研究不正の発生数は総論文数の増加,すな
わち研究活動が活発であるほど多くなると考えられ
る。本報では各国を比較するうえで,研究活動量
を示す指標として「研究開発総支出(G E R D : G r o s s
3.1 国家研究公正システムに関する先行研究と分
類の考え方
3.1.1 研究公正当局の設置と国家研究公正システムの
サーベイ
Expenditure on R&D)」および「研究者数」を用いた。
はじめに文献情報を参考に,国家研究公正システ
また,経済規模あるいは人口規模に対する研究開発
ムの構築およびその分類の考え方について歴史的変
への投入量の割合を「研究開発の強度(I n t e n s i t y)」
遷をまとめておきたい。
と定義し,それを示す指標として「研究開発総支出
米国では,1985年に健康研究拡張法(t h e H e a l t h
の対GDP比(GERD/GDP)」および「被雇用者数(ま
Research Extension Act of 1985)を定め,1989年,
たは人口)当たりの研究者数」を用いた。
公衆衛生庁は,現在の研究公正局(O R I,1992年設
置)の前身となる科学公正局(O f f i c e o f S c i e n t i f i c
2.3 情報収集
インターネットでの検索により,以下の文献情報
を収集した。
Integrity: OSI)と科学公正審査局(Office of Scientific
Integrity Review: OSIR)を設置した1)。また,1988
年の監察官法(Inspector General Act)改正により,
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1989年に米国科学委員会(National Science Board)
ESF)により32か国に対して行われ,この結果は2008
は米国科学財団(National Science Foundation: NSF)
年,18か国のサマリーとともに報告書として公表さ
総合監査局(Office of Inspector General: OIG)を設
(1)研究公正のためのコー
れた5)。この調査の関心は,
置した2)。
ド/ガイドライン,
(2)研究公正/研究不正を扱う
一方,欧州では1992年,デンマークがデンマーク
キーとなる組織,(3)事案の報告や告発の取り扱いに
科学不正委員会(D C S D)を設置し,その後,北欧
関する明確な手続き,にある。ただし,各国の国家
3)
。さらに,
諸国で順次,研究公正当局が設置された
研究公正システムの類型化などは行われていない。
1990年代後半から2000年代にかけて,ドイツをはじ
E S Fが行ったこれら一連の調査は,国家研究公正シス
めとする欧州の主要国にも研究公正当局設置の動き
テムの分類の考え方を形成していくうえで,重要な
が拡大したが,それは必ずしも米国のような形態で
基礎をなしているものと考えられる注12)。
はなく,各国の国情を考慮したものであった。
こうした状況の中で,各国の国家研究公正システ
ムの特徴を把握するためのサーベイや,その特徴か
比較・分類
ら各国をいくつかのタイプに分類するための比較研
一 方, カ ナ ダ で は2006年, 自 国 の 研 究 公 正 シ ス
究が行われた。たとえばわが国では,各国に先駆け
テムを検証するため,政府および非政府機関を代
て2006年7月,日本学術会議「学術と社会常置委員会」
表する17人の委員からなるカナダ研究公正委員会
が報告書「科学におけるミスコンダクトの現状と対
(Canadian Research Integrity Committee: CRIC)が
策:科学者コミュニティの自立に向けて」4)をまとめ
設 立 さ れ た。C R I Cの 検 討 に 資 す る た め,2009年,
た。この中で,主要国の国家研究公正システムにつ
Hickling Arthurs Low Corporation(HAL)による報告
いて調査した結果,
「アメリカ,スカンジナビア諸国,
書(以下,H A Lレポート)2)がまとめられ,この中で
中国が政府機関で対応するのに対し,ヨーロッパ諸
わが国を含む9か国注13)の国家研究公正システムにつ
国では大学,研究機関が個々に対応することにして
いて,詳細な比較調査が行われた。
いる」ことを特徴として指摘した。さらに同報告書
その結果,HALレポートは調査対象国の国家研究公
は「アメリカにならって(中略)公正な研究活動を
正システムを,研究公正当局の法的な調査権限に基
監視・指導する独自の専門審査機関を公的に設置す
づき以下の3つのタイプに分類した注14)。
ることが望まれる」としている。調査時期が各国に
(1)タイプ1:「調査権限を有する,国として立法化
おいて国家研究公正システムの充実が図られた時期
された集権システム」(言い換えれば,法的な調
と重なったためか,同報告書には,たとえば英国の
査権限(強制力)を有する研究公正当局が国レ
U K R I O(2006年設置)などいくつかの研究公正当局
ベルで存在するシステム)
についての記述は見られない注10)。
(2)タイプ2:「研究費配分機関や個々の機関とは異
2000年代中期以降,各国の国家研究公正システム
に関するサーベイや,比較研究が,欧州やカナダを
へんりん
なる,監督のための法律によらない組織」から
なるシステム(言い換えれば法的権限(強制力)
中心に精力的に行われた。その片 鱗は,欧州におい
は有さないが,独立性の高い研究公正当局やコ
ては2007年,ブラッセルで開催された「研究公正に
ンプライアンスシステムが国レベルで存在する
関するE C専門家グループ会合」の報告書
注11)にすで
に見られる。欧州諸国についての包括的なサーベイ
は,欧州科学財団(European Science Foundation:
700
3.1.2 HALレポートにおける国家研究公正システムの
システム)
(3)タイプ3:「独立した研究公正監督組織やコンプ
ライアンス機能がないシステム」
(言い換えれば,
諸外国における国家研究公正システム(1)
国レベルでの独立性の高い研究公正当局やコン
イプ3」には国家研究公正システムの発展段階が異な
プライアンスシステムが存在しないシステム)
る後者の3つの分類が含まれている。また,
HALレポー
表2は,H A Lレポートの分類を他の分類と比較した
トの分類では,タイプ2やタイプ3に含まれる各国の
ものである。これらの分類は,表現の違いはあるが
多様なシステムの違いを明確に反映することができ
基本的には「国家研究公正システムの権限の垂直分
ない。したがって,各国の国家研究公正システムの
配」に着目している点で類似性があると考えられる。
特徴を詳細に記述するうえでは,HALレポートの分類
H A Lレポートの分類は比較的単純でわかりやす
は必ずしも十分とはいえない側面がある。
い。しかし,カナダ学術評議会(Council of Canadian
CCA報告書は,上述のESFのサーベイやHALレポー
Academies: CCA)は,2010年に報告書(以下,CCA
トに他の出典を加え,26か国について15項目にわた
報告書)6) をまとめ,この中で「H A Lの分類は,研
る詳細なチェックリストを提示し,H A Lの分類では
究公正当局の法的な位置付けを国家研究公正システ
同一タイプとされる国の違いを詳細に示そうとして
ムの絶対的な違いとし,一般化の過程で個々のシス
いるのが特徴である。たとえば研究費配分機関(原
テムの違いを不明瞭にしている」と指摘している。
文では「Granting Council(GC)
」と記載)
,学術団体
この指摘は的を射ているように思われる。たとえば,
(アカデミー)など,いかなる組織が研究公正促進機
表2において,H A Lレポートの分類(「研究公正ガバ
能や研究不正調査機能を担っているのか,またその
ナンス・システム」)とE S Fの分類(「研究公正管理構
研究公正当局が事案のヒアリングや上訴を受け付け
造の成熟度のレベル」)とを比較すると,前者の「タ
るのか否かなど,多岐の項目にわたって示している。
表2 HAL レポートおよび他の分類法による国家研究公正システムの類型化
HAL レポート 「研究公正
ガ バ ナ ン ス ・ シ ス テ ム」
(2009) (*1)
調査権限を有する国とし
タ
て立法化された集権シス
イ
テム
プ
1
研究費配分機関 (granting
タ
agencies) や 個 々 の 機 関
イ
(individual institutions)
プ
とは異なる監督のための法
2
律によらない組織
独立した研究公正監督組
織やコンプライアンス機
能がないシステム
タ
イ
プ
3
ENRIO の 「 規 制の モー 研究公正に関する ESF メンバー組織フォーラムの 「研究公
ド」 (2012) (*2)
正管理構造の成熟度のレベル」 (2009) (*3)
法的マンデートを有する
国の委員会
(National commission
with legal mandate)
(5) 国 (National)
GRP (Good Research Practice) および研究不正告発の取
り扱いに関する国の立法/特権的アプローチ。 国の当局ま
たは独立委員会の適用責任だが, 事案は研究機関で開始
される。
国の助言委員会
(4) 国 の 監 督 に 基 づ く 研 究 機 関 (Local with National
(National advisory body) Oversight)
研究不正の告発を取り扱う政策/ガイドラインは国として合
意されている。 国の組織が監督するが適用の責任はローカ
ル。 地域または国の常設委員会に訴えることができる。
ローカル委員会
(3) 機 関 / ア カ デ ミ ー / 学 問 社 会 (Agency/Academy/
(Local commission)
learned society)
研 究 費 配 分 機 関 / 組 織 に よ り 提 案 さ れ た GRP (Good
Research Practice) および研究不正の告発の取り扱いに関
する政策/ガイドライン。 研究機関内の常設委員会が適用
責任。 場合により研究費配分機関/アカデミー/学問社会
に訴えることが可能。
(2) 個別の研究機関
GRP (Good Research Practice) および研究不正の取り扱
いについてローカルに採択されたガイドライン。 研究機関内
のアドホックまたは常設委員会が適用責任。
(1) 構造なし (no structure)
研究不正の告発の取り扱いに関するガイドラインがない。
問題の特定はピアレビューに依存。
各分類の比較は筆者が行ったもの。 なお, 各分類はそれぞれの作成機関により独自に行われているため, 個々の分類の
対応関係は必ずしも厳密ではない。
(*1) HAL レポート 2) の原文は, 説明的な表現なので, Council of Canadian Academies (CCA) の報告書 6) における
HAL レポートの分類を説明した表現をもとに作成。
(*2) ENRIO の分類は, 「Scientific Misconduct-mode of regulation」 (オーストリア研究公正機構 (OeAWI) が 2012 年 10
月に作成資料) をもとに作成 7)。
(*3) 参考文献 8) の p.8, table.1, "Levels of maturity in research integrity governance structure" に掲載された図表 (原典:
ESF /全欧アカデミー 「科学公正のためのコード ・ オブ ・ コンダクト」, 非公開ドラフト, 2009 年 9 月) の抜粋をもと
に筆者が作成。
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このように各機関の「権限の水平分配」も視野に入
第2に,各国における告発の調査責任は,一義的
れた点は優れているが,1つの国に対して複数項目に
には不正が疑われる研究者が所属する研究機関にあ
該当のチェックがあるなど,一見,わかりにくいこ
る。これは,研究不正に対する法的な調査権限を有
とが難点である。
する研究公正当局が設置されている国(HALレポート
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の分類の「タイプ1」
,表2参照)でも同様であり,研
究機関の要請がある場合や非常に深刻な事案の場合
3.1.3 その他の国家研究公正システムの比較研究
近年,国家研究公正システムの比較研究は,より
などに,研究公正当局も調査を行うというのが一般
広く世界的な規模で行われている。たとえば,科学
的である注17)。また,研究機関が一義的な調査権限を
編集者評議会(Council of Science Editors: CSE)が
有することの妥当性について,C S E白書は「信頼でき
2012年に公開した白書(以下,C S E白書)3)では,欧
る調査を行うために必要な人々や記録にアクセスで
米諸国だけでなくアジア・大洋州諸国注15) の国家研
きる」こと,および「政府資金の受領者として,研究
究公正システムについても言及している。また同様
機関は告発を特定すべきである」ことをあげている。
に,科学アカデミーの国際組織「インター・アカデ
最後に,HALレポートは,国家研究公正システムに
ミー・カウンシル」(InterAcademy Council:略号は
ついて,「完全なシステムは存在せず,各国のシステ
「I A P」が用いられている)が2012年にまとめた報告
ムには強みと弱みがあり,多くの場合,両者は密接
書(以下,I A P報告書)9)にも,わが国を含む数か国
に結びついている」と指摘している。この点につい
の国家研究公正システムについての言及がある(た
ては,続報(2月号を予定)において主要国の国家研
だし,類型化は行われていない)。このほか,論文
究公正システムの特徴を考察する中で詳しく述べる
レベルでは,途上国や中所得国(Low-and Middle-
こととしたい。
Income Countries)の国家研究公正システムについ
3.3 主要国における研究開発の強度と国家研究公
て比較した論文なども見受けられた10)。
正システムの分類
3.2 先行研究に見られる主要国の共通性
今回の調査対象となった55か国・地域について,
このような比較研究の結果,主要国の国家研究公正
HALレポートの分類に基づき国家研究公正システムの
システムにはいくつかの共通性があることが知られ
分類を行った。先行研究により分類が確定している
2)
。
国についてはその分類を採用し,先行研究では分類
第1に,主要国では,正式な申し立てを受けたこ
の対象となっていない国については,収集した情報
とを根拠として研究不正の調査を行う受動的なシ
をもとに筆者が分類した。各国の分類に関する出典
ステム(いわば,
「火災警報器(f i r e a l a r m)システ
の詳細については,電子付録「国家研究公正システ
ム」)が採用されている。研究公正当局などによる能
ムの分類に用いた資料」
(http://dx.doi.org/10.1241/
動的なサーベイランス(いわば,「警察巡回(p o l i c e
johokanri.56.697)を参照されたい。なお,文献調査
patrol)システム」)は採用していない注16)。さらに,
の性格上,これらの分類は文献が公表された当時の
主要国では研究不正の調査を適正に行うための手順
システムに対する分類である。また,今回得られた
書
(Procedure)をあらかじめ整備している。すなわち,
情報だけでは,HALレポートの分類の「タイプ2」
(法
研究不正の調査は研究者の人権に十分配慮しながら
的権限を有さない,独立性の高い研究公正当局が存
進める必要があり,公平かつ公正な調査が行われる
在するシステム)に該当するのか,
「タイプ3」
(国レ
ように配慮しているものと考えられる。
ベルでの研究公正当局が存在しないシステム)に該
ている。HALレポートは以下の3点を指摘している
702
諸外国における国家研究公正システム(1)
当するのか,正確な分類が難しい国もあった。この
(Intensity)
」
(すなわち経済規模あるいは人口規模に
場合,上述のESFのサーベイやCCA報告書などの情報
対する研究開発への投入量の割合)がO E C D統計12)
も参考にしつつ,筆者の視点で可能な限り分類を当
に掲載されている主要なO E C D諸国/非O E C D諸国の
てはめてみたが,正確な分類を確定するには,別途,
国家研究公正システムについて分類したものである。
詳細な調査が必要である注18)。
この図において,横軸の「研究開発総支出(G E R D)
表3および図2は,55か国・地域の国家研究公正シ
の対GDP比」は研究開発に対する資金的投資の強度を,
ステムの分類の結果をまとめたものである。今回の
また縦軸の「被雇用者1,000人当たりの研究者数」は
調査では,タイプ1(法的調査権限を有する研究公正
研究開発に対する人的資源投入の強度を示しており,
当局が存在するシステム)は1割弱と全体的に少なく,
各国のイノベーションシステムの特性を示す1つの指
またタイプ2(法的権限を有さない,独立性の高い研
標であると考えられる。
究公正当局が存在するシステム)は約4分の1であっ
タイプ1(法的調査権限を有する研究公正当局が存
た。タイプ3(国レベルでの研究公正当局が存在しな
在するシステム)に分類される国には,米国,中国,
いシステム)は48%と見かけ上多かったが,これは
デンマーク,ノルウェーおよびクロアチアの5か国が
研究機関や研究費配分機関などが国家研究公正シス
含まれる(ただし,クロアチアについては図3にはプ
テムの中核となっている一部の先進国に加え,国家研
ロットなし)
。
究公正システムが発達していない途上国など,多様な
発展段階の国が含まれるからであると考えられる。
図3は, 調 査 対 象 国 の う ち,
「研究開発の強度
一方,多くの国がタイプ2やタイプ3のシステムに
該当する。特に相対的に,研究開発の強度が「小」
ないし「中」程度の国(図3のチリからフランスにか
けて,ほぼ直線状に分布している国々)では,タイ
表3 文献情報による国家研究公正システムの類型化(1)
(調査対象:55か国・地域)
タイプ 1
タイプ 2
タイプ 3
不明
合計
合計
欧州
5
14
26
10
55
3
11
12
7
33
北米
南米
1
1
0
1
3
0
0
7
0
7
アジア ・
アフリカ
大洋州
1
0
1
1
5
2
2
0
9
3
先進国/途上国を含む。 先行研究から分類が確定できるものについて
はその分類を, それ以外は文献情報をもとに筆者が推定したものである。
主に英語文献を用いたが, 研究公正/研究不正の性格から分類を判定
S0006_諸外国における国家研究公正システム(NRIS)の特徴(1)
するには情報が十分でない国もあった。 なお, 香港 (タイプ 3) について
は, 参考文献 11) をもとに中国本土 (タイプ 1) と分けてカウントした。
プ2かタイプ3が主流のようである。タイプ2には,研
究公正当局が独立機関として設置され,研究不正の
調査等を行っている国(たとえばオーストリア)や,
省庁等の諮問機関として設置され必要な助言を行う
国々まで多様なシステムが含まれている。また,タ
イプ3には,国家研究公正システムが十分発達してい
ない国々(途上国)だけでなく,各研究機関が国家
研究公正システムの中核的な役割を担う国(たとえ
ばフランスなど),研究費配分機関が主体的な役割を
果たしている国々などが含まれている。
タイプ1, 5か国, 9%
わが国は,先進国の中でも研究開発の強度が大き
不明, 10か国, 18%
い国に位置付けられる。わが国は研究公正当局が存
タイプ2, 14か国, 25%
在せず,文部科学省のガイドラインをもとに,研究
機関の自主管理システムを中核とした国家研究公正
システム(先行研究ではいずれもタイプ3に分類され
タイプ3, 26か国, 48%
図2 文献情報による国家研究公正システムの類型化(2)(調査対象:55か国・地域)
図2 文献情報による国家研究公正システムの類型化(2)
(調査対象:55か国・地域)
先進国/途上国を含む。文献情報をもとに,先行研究から分類が確定できるものについてはその分類を,それ以外は文献情報をもと
に筆者が推定したものである。文献は主に英語文献を用いたが,研究公正/研究不正の性格から分類を判定するには情報が十分
でない国もあった。なお,香港(タイプ3)については,参考文献11をもとに中国本土(タイプ1)と分けてカウントした。
図3は,調査対象国のうち,「研究開発の強度(Intensity)」(すなわち経済規模あるいは人口規模に対す
る研究開発への投入量の割合)がOECD統計12)に掲載されている主要なOECD諸国/非OECD諸国の研
究公正システムについて分類したものである。この図において,横軸の「研究開発支出(GRED)の対GDP
比」は研究開発に対する資金的投資の強度を,また縦軸の「被雇用者1,000人当たりの研究者数」は研究
開発に対する人的資源投入の強度を示しており,各国のイノベーションシステムの特性を示す1つの指標
であると考えられる。
ている)を有している。図3で研究開発総支出(GERD)
の対G D P比が2.5%を超える主要国(情報が得られな
かった韓国およびアイスランドを除く)は,タイプ1
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vol.56 no.10
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January
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18.0
●タイプ1 ■タイプ2 ▲タイプ3 △不明
フィンランド
16.0
14.0
被雇用者1,000人当たりの研究者数(人)
アイスランド
デンマーク
12.0
日本
ニュージーランド
スウェーデン
ノルウェー
10.0
ポルトガル
アメリカ
カナダ
英国
8.0
エストニア
スペイン
スロバキア
オーストリア
ドイツ
ルクセンブルク
ロシア
6.0
フランス
オーストラリア
ベルギー
スロベニア
アイルランド
韓国
チェコ
スイス
オランダ
ハンガリー
ギリシャ
4.0
イタリア
ポーランド
トルコ
2.0
中国
南アフリカ
チリ
メキシコ
0.0
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5
4.0
4.5
研究開発総支出(GERD)の対GDP比(%)
以下のデータをもとに筆者が作成した。
(1) 研究開発総支出 (GERD) の対 GDP 比,被雇用者 1,000 人当たりの研究者数のデータは参考文献 12) を利用 (デー
タは 2009 年)。 なお, 以下の国についてはかっこ内の年のデータを用いた。 オーストラリア (2008), カナダ (2008),
チリ (2008), フランス (2008), 韓国 (2008), ニュージーランド (2007), 南アフリカ (2008), スイス (2008), 米国
(2007)
(2) 各国の国家研究公正システムの分類方法および出典については, 注 19) を参照。
図3 OECD /非OECD諸国の国家研究公正システムの分類(一部推定)
またはタイプ2の国家研究公正システムを構築してい
ついての各国比較は,論文生産数を考慮した研究不
る(すなわち,研究公正当局が存在する)が,わが
正による取り下げ率(原文「Fraud Rate」
,以下「不
国はこの領域では特徴のある国であると言える注19)。
正発生率」)に基づいて行うべきであるとの指摘がな
されている。
3.4 主要国の国家研究公正システムと研究不正の発
生率
704
表4は,これらの先行研究のデータ等をまとめたも
のである。まず,研究不正の多い上位7か国について
ここでは各国の国家研究公正システムと研究不正
は,
「取り下げ総数」から「不正発生率」までの各デー
の発生率との関係について検討する。先行研究とし
タはNoordenの論文14)から引用した。また,残りの
ては,米国国立医学図書館(N L M)のデータベー
各国については(1)
「取り下げ総数」はNoordenの論
ス「P u b M e d」を用いて論文取り下げ数を分析した
(2)
文に掲載されたSteenの論文13)の値を引用した。
S t e e nの研究がある13)。2000年から2010年の論文取
「誤りによる取り下げ」
「不正による取り下げ」および
り下げ数を比較し,研究不正による論文の取り下げ
「取り下げ理由不明」については,Noordenの論文に
数は米国が最も多いことなどを指摘している。しか
掲載されたSteenの論文の値とO'Haraが公開したデー
し,この論文はRichard Van Noorden14)およびBob
(3)
タ15)の値が一致することを確認しつつ引用した。
O'Hara15)により検証が行われており,米国の論文取
「論文総数」はO ' H a r aが公開したデータから引用し
り下げ数が多いのは同時期(2000年から2009年)に
た。
(4)
「取り下げ率」および「不正発生率」は,上
生産された論文総数が多いためであり,研究不正に
記の値から筆者が算出した。また,各国の10万件当
諸外国における国家研究公正システム(1)
表4 主要国の研究不正の発生率
順位
国名
合計
1
米国
2
中国
3
日本
4
インド
5
英国
6
韓国
7
ドイツ
8 オーストラリア
9
カナダ
10
イタリア
11
トルコ
12
フランス
13
ギリシャ
14
イラン
取り下
げ総数
(Total)
788
260
89
60
50
45
38
25
17
17
17
15
13
12
11
研究開発総
人口 100 万
誤りによる 不正によ
取り下げ
論文総数 取り下げ率 不正発生 10 万件当
支出
人当たりの
取り下げ る取り下げ 理由不明
(Total
(Retraction 率 (Fraud たりの不正 (GERD) の
研究者数
(Error)
(Fraud) (Unknown) Publications)
rate)
rate)
論文数
対 GDP 比
(2007)
(%)
545
197
46
6,111,156
0.013%
0.003%
3.2
-
-
169
84
7
1,819,543
0.014%
0.005%
4.6
2.7
4,663
60
20
9
185,786
0.048%
0.011%
10.8
1.7
1,071
41
18
1
377,976
0.016%
0.005%
4.8
3.3
5,573
27
17
6
95,718
0.052%
0.018%
17.8
0.8
137
36
7
2
350,760
0.013%
0.002%
2.0
1.9
4,269
27
8
3
90,052
0.042%
0.009%
8.9
3.4
4,627
22
3
0
294,164
0.008%
0.001%
1.0
2.8
3,532
13
3
1
131,826
0.013%
0.002%
2.3
2.2
4,224
15
2
0
194,777
0.009%
0.001%
1.0
1.9
4,260
11
6
0
201,922
0.008%
0.003%
3.0
1.3
1,616
13
2
0
72,615
0.021%
0.003%
2.8
0.8
680
12
1
0
181,318
0.007%
0.001%
0.6
2.1
3,496
10
0
2
37,094
0.032%
0.000%
0.0
0.6
1,873
9
1
1
19,696
0.056%
0.005%
5.1
0.67
706
出典 1 : 「取り下げ総数」 「誤りによる取り下げ」 「不正による取り下げ」 「取り下げ理由不明」 「論文総数」 「取り下げ率」 「不正発生率」 のうち
a)「合計」 および 「米国」 「中国」 「日本」 「インド」 「英国」 「韓国」 「ドイツ」 の 7 か国については参考文献 14) (Richard Van Noorden)
の表に掲載された数値を引用した。
b)「オーストラリア」 「カナダ」 「イタリア」 「トルコ」 「フランス」 「ギリシャ」 「イラン」 については, 「取り下げ総数」 は Noorden の文献 14)
に掲載された Steen の論文 13) の表の値を引用。 「誤りによる取り下げ」 「不正による取り下げ」 「取り下げ理由不明」 は, 同表の値が
O'Hara が公開したデータ 15) の値と一致することを確認して引用。 「論文総数」 は O'Hara が公開したデータ 15) を引用。 「取り下げ率」
および 「不正発生率」 については, 以上の値から筆者が計算した。
c)「10 万件当たりの不正論文数」 については, 小数点以下 1 桁で筆者が計算したもの。
出典 2 : 「研究開発総支出の対 GDP 比」 は, インド (2007 年), イラン (2006 年) については参考文献 16) (UNESCO Science Report 2010) の
p.77, Table1 から, 他国は OECD の文献 12) を引用。 また, 「人口 100 万人当たりの研究者数」 は参考文献 16) の p.490-497, Table 4 か
ら 2007 年の 「Researchers in fulltime equivalents」 を引用。 ただし, インド (2005 年, 推定値), 米国およびカナダ (2006 年, 推定値),
ギリシャ (2007 年, 推定値), オーストラリアおよびイラン (2006 年), 英国およびイタリア (2008 年)。
たりの不正論文数は,上述のデータから小数点以下1
強度が大きなグループ」と「研究開発の強度が小さ
桁で筆者が計算したものである。なお,研究開発総
なグループ」の2つに分かれる。前者では,韓国の不
支出(GERD)の対GDP比は,インドおよびイランに
正発生率は他国に比べて大きいものの,一般に,研
ついては国際連合教育科学文化機関(UNESCO)の統
究開発強度が大きくなるにつれて研究不正の発生率
計16),それ以外は図3同様OECDの統計を用いている。
も大きくなる傾向にあるようにみえる。図4では,わ
また「人口100万人当たりの研究者数」はUNESCOの
が国は研究開発の強度が最も大きい国であるが,研
。
統計16)を用いている(詳細は表4の出典2参照)
究不正の発生率は米国並みの水準を保っている。ま
図4は,表4の研究不正による論文取り下げ数(研
た,研究開発活動の強度が小さなグループでは,研
究不正発生数)が多い国について,研究開発の強度
究開発の強度と研究不正の発生率に明確な関係はみ
(intensity)と研究不正の発生率を示したものである。
られないが,概して,インド,中国などアジア諸国は,
ただし,図4では,インド,イランについても表示す
研究開発の強度に比べて研究不正の発生率が高い。
るため,縦軸はUNESCOの「人口100万人に対する研
さらに,図5は,表4から各国の人口100万人当た
16)を用いている点が図3と異なる。不正発生
究者数」
りの研究者数に対する研究不正発生率(10万件当た
率をみると,インド,中国,韓国(すなわち新興国)
りの研究不正による論文取り下げ数)をプロットし
は高く,わが国は米国(およびイラン)と同程度の水
たものである。横軸の研究者2,000 ~ 3,000人/人口
準で,欧州・カナダは概して低い。これらの国々を
100万人を境に,「研究開発の強度が大きなグループ」
研究開発の強度との関係で比較すると「研究開発の
と「研究開発の強度が小さなグループ」に分かれる。
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(人)
7,000
6,000
日本, 4.8
人口100万人当たりの研究者数
米国, 4.6
5,000
カナダ, 1.0
韓国, 8.9
英国, 2.0
オーストラリア, 2.3
4,000
研究開発の強度が
小さなグループ
3,000
イタリア, 3.0
ギリシャ, 0.0
2,000
イラン, 5.1
ドイツ, 1.0
フランス, 0.6
研究開発の強度が
大きなグループ
トルコ, 2.8
中国, 10.8
1,000
インド, 17.8
0
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5
4.0
(1,000)
GERD/GDP (%)
米国
中国
日本
インド
英国
韓国
ドイツ
オーストラリア
カナダ
イタリア
トルコ
フランス
ギリシャ
イラン
(注) 表 4 より, 筆者が作成した。 「バブルの大きさ」 および国名の後の数値は, 「研究不正の発生率」 (発表論文 10 万
件当たりの不正論文数) を示す。
出典 : 研究開発総支出の対 GDP 比 : インド (2007), イラン (2006) については参考文献 16) の, p.77, Table1 から,
他国は参考文献 12) を引用した。
人口 100 万人当たりの研究者数 : 参考文献 16) の p.490-497, Table 4 から 2007 年の 「Researchers in fulltime
equivalents」 を引用した。 ただし, 以下の国はかっこ内の年の値を用いた。: インド (2005 年, 推定値), 米国お
よびカナダ (2006 年, 推定値), ギリシャ (2007 年, 推定値), オーストラリアおよびイラン (2006 年), 英国およ
びイタリア (2008 年)。
図4 研究開発の強度と研究不正の発生率(1)
わが国は前者(研究開発の強度が大きなグループ)
報(各論)をまとめて,最終報(3月号も予定)にお
に含まれ,このグループでは,韓国は突出している
いて行うこととし,ここでは本報の要点についてま
が,総じて研究開発の強度が上がるにつれて徐々に
とめておきたい。
研究不正の発生率が高くなっているようである。一
本報では,はじめに国家研究公正システムのモデ
方,後者(研究開発の強度が小さなグループ)では,
ルを示し,HALレポートをはじめとする先行研究にお
逆に,研究開発の強度が小さいほど,研究不正の発
ける国家研究公正システムの分類の考え方を整理し
生率が高くなっているようである。
た。それによると欧米を中心に普及している先行研
なお,
「研究開発総支出(G E R D)の対G D P比」を
究では,主に研究不正のガバナンスに基づき,「権限
横軸に同様の分析を試みたが,図5(人口100万人当
の垂直分配」の観点から,研究公正当局の法的な調
たりの研究者数)の場合ほど明確な傾向は見られな
査権限に着目した分類を行っている。このような分
かった。
類は,単純でわかりやすい一方で,各国の国情を反
4. 本報の要点と考察
映した多様性のある国家研究公正システムの特徴を
必ずしも明瞭にしていないとの見方もある。この点
については,続報において「権限の水平分配」の視
総合的な考察については,本報(総論)および続
706
点も含め,先行研究の分類ごとに各国の国家研究公
諸外国における国家研究公正システム(1)
正システムの特徴あるモデルについて検討する中で
訴の仕組みなど,申立人および被申立人の人権に配
考察したい(本報3.1参照)。
慮した多様なシステムを発展させている。これらに
また,先行研究における主要国の国家研究公正シ
ついては続報で触れることとしたい。
ステムの共通性,すなわち,告発に基づく「火災警
本報では,先行研究の分類の考え方をもとに,収
報器(fire alarm)システム」の採用と研究不正に対
集した情報からOECD /非OECD諸国の国家研究公正
する「研究機関の一義的な調査責任」(本報3.2参照)
システムについて俯瞰的な分析を行った。その結果
は,今日,国家研究公正システムを構築するうえで
を整理すると以下のとおりである。表3および図2よ
の基礎を形成する概念であると考えられる。筆者は,
り,第1に,米国をはじめとする「タイプ1」(法的な
これを,各国が研究不正の低減を検討する過程で,
調査権限を有する研究公正当局のある国)に分類さ
研究者の自由を保障し,研究者の基本的な人権に配
れる国は,
全体としては少なく,
「タイプ2」および「タ
慮しつつ,研究不正に名を借りた研究への不当な介
イプ3」を採用した国が多い。歴史的にも,米国やデ
入など「権力の濫用」を防止するために培われてき
ンマークでタイプ1のシステムが導入された後,先進
た1つの「英知」ではないかと推察している。すべて
国では,むしろ多様性のある国家研究公正システム
のシステムに長所,短所は存在するが,少なくとも,
が発達してきた。それらのモデルについては続報で
各国では申し立てが行われた事案に対する適切な取
報告したい。このことから,特にタイプ2およびタイ
り扱いを確保するプロセスや,調査結果に対する上
プ3については「権限の垂直分配」だけでなく「権限
20.0
研究開発の
強度が小さな
グループ
18.0
インド
16.0
●タイプ1 ■タイプ2 ▲タイプ3 △不明
10万件当たりの研究不正論文数
14.0
研究開発の強度が
大きなグループ
12.0
中国
10.0
韓国
8.0
6.0
イラン
米国
4.0
イタリア
トルコ
2.0
ドイツ
ギリシャ
フランス
0.0
0
1,000
2,000
日本
オーストラリア
3,000
英国
カナダ
4,000
5,000
6,000
人口100万人当たりの研究者数
米国
韓国
トルコ
中国
ドイツ
フランス
日本
オーストラリア
ギリシャ
インド
カナダ
イラン
英国
イタリア
(注) 表 4 より, 筆者が作成。
人口 100 万人当たりの研究者数 : 参考文献 16) の p.490-497, Table 4 から 2007 年の 「Researchers in fulltime
equivalents」 を引用。 ただし, 以下の国はかっこ内の年の値を用いた。: インド (2005 年, 推定値), 米国および
カナダ (2006 年, 推定値), ギリシャ (2007 年, 推定値), オーストラリアおよびイラン (2006 年), 英国および
イタリア (2008 年)。
図5 研究開発の強度と研究不正の発生率(2)
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の水平分配」の観点も含め,より詳細な特徴の検証
ような傾向の違いから,研究開発の強度が大きい国と
が必要ではないかと考える。
小さい国では,研究不正の特徴や発生の背景などに
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第2に,図3より研究開発の強度と研究公正システ
国情の違いがあるのではないかと推定される。また,
ムの分類の関係で見ると,研究開発総支出(G E R D)
わが国は研究開発の強度が大きな(主に主要先進国
の対G D P比が2.5%を超える,研究開発の強度が大き
が属する)グループに分類され,その中で研究不正
な主要国では,
「タイプ1」または「タイプ2」の国家
の発生率は米国並みの水準を保持している。なお,タ
研究公正システムを構築している(すなわち,研究
イプ1(法的な調査権限を有する研究公正当局が存在
公正当局が存在する)場合が一般的であり,研究公
するシステム)の国がタイプ2およびタイプ3の国(主
正当局が存在しない研究機関の自主管理システムを
に欧州諸国)よりも研究不正の発生率が低いわけでは
中核としたシステムを採用しているわが国(分類で
ないこともわかった。
は「タイプ3」)は特徴ある存在となっている。
このような事実を踏まえると,国家研究公正シス
さらに,第3としてSteen,Van Noorden,O'Haraら
テムの検討に当たっては,いくつかの先行研究に見
の研究をもとに計算された研究不正の発生率(表4)
られる「タイプ1」を頂点とした「進化論的な考え方」
を,当該国の研究開発の強度と比較すると,2つのグ
には,あまりとらわれる必要はなく,むしろ各国の
ループに分けられた(図4,図5)
。人口100万人当た
研究不正の特徴や国情を踏まえ,さまざまな特徴あ
りの研究者数に対して研究不正の発生率を見ると,米
るシステムを検討していくことの重要性が示唆され
国やわが国を含む研究開発の強度が大きなグループ
る。わが国における研究不正の現状や特徴の一端に
では,研究開発の強度が大きくなるにつれて,総じ
ついて,筆者は前報(「情報管理」2013年6月号およ
て不正の発生率が少しずつ上がっているように見え
び7月号)17),18) でも報告したところであるが,関係
る。これに対して,中国やインドなど研究開発の強度
者の努力により,今後,さらなる検証が行われるこ
が小さなグループでは,逆に,研究開発の強度が小
とを期待したい。
さいほど研究不正の発生率が高いように見える。この
本文の注
注1) 「研究費配分機関」については,わが国ではファンディング・エージェンシ-(Funding Agency: FA)
という呼称を用いることが多いが,今回調査した文献(特に欧州の文献)の多くは,グランティング・
カウンシル(Granting Council: GC)を用いていた。
注2) 「National Research Integrity System」という言葉は,HALレポート2)の国際比較(第6章)において
調査対象国の国家研究公正システムをカナダの国家研究公正システム(Canada's Research Integrity
System)と対比するために,節のタイトルで「6.1 Overview of National Research Integrity System」
として用いられた言葉である。同章には明確な定義は記載されていないが,本報では「国家研究公正
システム」の概念を明確にするため第2章において独自に定義し用いている。
注3) 「米国公衆衛生庁(PHS: Public Health Services)は健康福祉省に属し,毎年アメリカを中心にした
2000以上の研究機関の3万件以上の研究プロジェクトにたいして助成している」1)
(p. 13)
。
注4) 「1989年に研究公正局の前身機関として科学公正局と科学公正審査局が,健康福祉省下の国立衛生研
究所のもとに設置された」1)
(p. 39)。両者は1992年に統合され,現在の研究公正局となった。
注5) 本報では「研究公正当局」という用語を用いたが,これ以外にも,たとえば「研究公正局」や「中央
708
諸外国における国家研究公正システム(1)
当局(C e n t r a l B o d y)」などの呼び方もある。しかし,
(1)
「研究公正局」は,固有名詞として用いら
れる場合,米国の「O R I(研究公正局)
」を意味することがあり,また(2)各国における「研究公正当
局」の設置形態には省庁等の「局(部局)
」だけでなく「委員会(Committee)
」や「独立組織(Body)
」
なども存在することから,用語の概念を明確にするため,本報では英語の「Authority」を意識した訳
語(当局)に統一した。
注6) この定義は,本報における定義である(注2)を参照。
注7) 本報では「自主管理システム」および「研究公正監督システム」という用語を用いたが,これは参考
文献8)において「self-regulation」や「Research integrity oversight structure」などの表現が用いら
れていることを考慮したものである。
注8) カナダの「研究公正委員会(CRIC)」が公表したHALレポート2)の分類や,欧州の研究公正当局のネッ
トワーク組織「欧州研究公正局ネットワーク(E N R I O)」の分類7)では3段階の分類を提案している。
また欧州科学財団(E S F)の「研究公正に関するメンバー組織フォーラム」では5段階分類を提案して
いる8)(表2参照)。
注9) 「地域」とは香港である。中国本土(Mainland of China)と香港は異なる国家研究公正システムとし
て取り扱われている11)。
注10) 2006年から2007年頃は,英国の他,ノルウェーや中国などでも国レベルでの研究公正システムの充実・
強化が図られている。
注11) 欧州8か国(デンマーク,フランス,フィンランド,ドイツ,オランダ,ポルトガル,スウェーデン,英国)
の国家研究公正システムについて,各国の特徴の把握と研究不正に対する国の調査システムなどの比
較が行われている19)。
注12) このESFの調査結果は,実際,カナダ学術評議会(CCA)による各国の国家研究公正システムの比較調
査に活用され,また,E S F自身,後に「研究公正に関するメンバー組織フォーラム」が「研究公正管
理構造の成熟度のレベル」(表2参照)を提案するなど,各国における国家研究公正システムの比較・
分類の1つの基礎をなしているものと考えられる。
注13) 調査対象国はデンマーク,ノルウェー,米国,ドイツ,英国,カナダ,日本,オーストラリア,フランス。
欧州における調査に比べて,わが国やオーストラリアなど,欧州以外の先進国が含まれている点が特
徴である2)。
注14) HALレポート2)の原文は,説明的な表現なので,ここではCouncil of Canadian Academies(CCA)の
報告書6)においてHALレポートの分類を説明した表現をもとに作成した。なお,各タイプの説明で「言
い換えれば」以降は,わかりやすくするため筆者の解釈により追記したものである。
注15) アジア・大洋州諸国についてはオーストラリア,ニュージーランド,中国,インド,日本に言及して
いる3)。
注16) HALレポート2)を参照。「警察巡回(police patrol)システム」および「火災警報器(fire alarm)システム」
は同文献で用いられた比喩である。
注17) CSE白書3)には,「ほとんどのシステムでは,告発された科学者を雇用する研究機関が研究不正の告発
の調査に責任を有する」との記述があり,
その注釈(CSE白書の注97)の中で「これはオーストラリア,
カナダ,アメリカのシステムでは本当(true)である」
(筆者訳)と記載されている。また,研究公正
当局が直接調査を実施する場合について,以下のように詳細な記述がある。
「ほとんどの政府組織は,
大学や研究機関の調査のレビューや上訴機能を提供し,外見上,利益相反が研究機関内に存在するか,
研究機関に必要なリソースが欠如しているか,いくつもの研究機関が含まれているか,研究機関がそ
れ自身,事案を調査する実行力がない場合や調査を効率的にできない場合にのみ一義的な調査を行う」
(筆者訳)。
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注18) 今回の調査では,収集した文献情報の範囲で各国の国家研究公正システムの分類を行ったものであり,
調査対象国に対する現地調査やヒアリング調査などは行っていない。したがって,将来,これらの追
加調査を行うことで,より正確な情報を得たならば,今回の分類が変更される可能性もある。
注19) ただし,「被雇用者1,000人当たりの研究者数」で見ると,被雇用者1,000人当たりの研究者数が8人を
超える国のうち,ニュージーランド,ポルトガル,フランス,ベルギーはタイプ3である。
参考文献
1) 山崎茂明. 科学者の不正行為:捏造・偽造・盗用. 丸善, 2002.
2) Hickling Arthurs Low Corporation (HAL), "The State of Research Integrity and Misconduct Policies in
Canada", October, 2009.
3) Council of Science Editors (CSE), "CSE's White Paper on Promoting Integrity in Scientific Journal
Publication", 2012.
4) 日本学術会議. 学術と社会常置委員会. 科学におけるミスコンダクトの現状と対策:科学者コミュニティ
の自立に向けて. 平成17年7月21日.
5) European Science Foundation, "Survey Report: Stewards of Integrity―Institutional Approaches to
Promote and Safeguard Good Research Practice in Europe", 2008, ISBN-2-912049-82-2
6) Council of Canadian Academies (CCA), "Honesty, Accountability and Trust : Fostering Research Integrity
in Canada-Expert Panel on Research Integrity", 2010, ISBN-978-1-926558-26-4
7) The European Working Group Meeting of the Global Research Council, "European Network of Research
Integrity Offices", Brussels 22, October, 2012.
8) Royal Irish Academy, "Ensuring Integrity in Irish Research: a discussion document", Royal Irish Academy
2010.
9) InterAcademy Council (IAP), "Responsible conduct in Global Research Enterprise, A Policy Report", 2012,
ISBN-978-90-9684-645-3
10) Joseph Ana, Tracey Koehlmoos, Richard Smith, Lijing L. Yan (2013) "Research Misconduct in Low-and
Middle-Income Countries", March 26, 2013, Vol. 10 PLOS medicine.
(http://www.plosmedicine.org/article/info:doi/10.1371/journal.pmed.1001315), (accessed 2013-09-25).
11) Sara R. Jordan and Phillip W. Gray, "Research Integrity in Greater China: Surveying regulations,
perceptions and knowledge of research integrity from a Hong Kong perspective", Developing World
Bioethics, ISSN-1471-8731 (print); 1471-8847 (online), 2012, Blackwell Publishing Ltd., doi: 10.1111/j.14718847.2012.00337.x
12) OECD. "OECD Science, Technology and Industry Scoreboard 2011", Figure1.23 "R&D in OECD and nonOECD countries, 2009".
13) Steen RG (2011), "Retraction in the scientific literature: do authors deliberately commit research fraud?", J
Med Ethics 37: 1123-117.
14) Richard Van Noorden, "US scientists" more pron "to fake research? No.", Nature News Blog, 16, Nov., 2010.
15) Bob O'Hara, "Rate of Scientific Fraud Retractions", Blog "Deep thoughts and Silliness", 2010-11-17, http://
occamstypewriter.org/boboh/2010/11/17/rates_of_scientific_fraud/, (accessed 2013-09-25).
16) UNESCO, "UNESCO Science Report 2010", p. 77, Table1, およびp. 490-497, Table 4.
710
諸外国における国家研究公正システム(1)
17) 松澤孝明. わが国における研究不正:公開情報に基づくマクロ分析(1)
. 情報管理. 2013, vol. 56, no.3, p.
156-165.
18) 松澤孝明. わが国における研究不正:公開情報に基づくマクロ分析(2)
. 情報管理. 2013, vol. 56, no.4, p.
222-235.
19)
"Integrity in Research - A Rationale for Community Action" Expert Group meeting Final Report.
Stainthorpe, A. C. Brussels (BE), 2007-03-22/23, EC Expert Group on Research Integrity. 2007-09-06, 13p.,
http://ec.europa.eu/research/science-society/document_library/pdf_06/integrity-in-research-ec-expertgroup-final-report_en1.pdf, (accessed 2013-12-10).
Author Abstract
This article examines the features of national research integrity system (NRIS) - a nationwide system as
defined herein to ensure research integrity leading to scientific fraud reduction - of foreign countries based
on published literatures to help study effective ways of attaining said goals in Japan. From prior global NRIS
comparative studies recently made available, we classified the system from selected countries to find that
not many countries fall under a category of "having an office of research integrity with legal investigation
authority" like the United States. We further made a panoramic analysis of relationship between the cases of
research misconduct and characteristics of R&D programs and research integrity system of leading countries.
The result indicated the importance of building a distinctive research integrity system that reflects countryspecific features.
Key words
research misconduct, national research integrity system, literature survey, comparative study, office of research
integrity, investigation authority, R&D, typology, classification
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A ll I ne ed to k now I lear ne d f r om …
( そ の 3:1月号だけど匂 蕃 茉 莉の 章)
東京外国語大学学術情報課 茂 出 木 理 子
情報管理 56(10), 712-715, doi: 10.1241/johokanri.56.712 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.712)
備えあれば憂いなし?
に出会い,勇気づけられたことを思い出す。安心し
9月号掲載の「その2:ひまわりの章」ではネタを
たと言ってもいいかもしれない。生物は,分子レベ
詰め込みすぎたかも? というのが反省点ではある
ルでみれば絶えず入れ替わっているけれど,個体と
が,とにもかくにも,私が主張したかったのは,ど
しての秩序は保たれている,すなわち,個々のもの
れだけ知識や経験を有していても,自分の頭でそれ
は入れ替わりながらも全体としての恒常性が保たれ
らをつなげて考えないとまったく意味はない,とい
ているというイメージが,非常に私の好みに合った
うことに尽きる(ああ,またキツイことを言ってし
のである。
まった…)。
職場もそういうものかもしれないなどと思い,松
ネタの詰め込みすぎに関して言い訳すれば,2012
田聖子もいつまでも「聖子ちゃん」だもんね,わた
年の夏にこの連載の依頼を受けた時,てっきり毎月
しも頑張ろう!などと勝手に思いをはせ,長らく「動
12回分を書くものだと思い込み,あれこれと材料を
的平衡」は私の心の支えであった。
仕込んだ後で,3回だけ書けばいいらしいということ
が,2013年の春,衝撃的な一文に出会う。ある業
に気がついたのが,そもそもの原因である。そして,
務プロジェクトの終了報告書の中に,スタッフが書
せっかく仕込んだネタはできる限り使おうと決意し,
いた一文である。
なんとか始末をつけたつもりなのが,前回の結果で
「問題がないわけではないが現状維持でもなんと
ある。
「備えあれば憂いなし」を地で行く用意周到さ
かなっている業務」について,改革を提案する
は,時として墓穴を掘る。自戒したいものである。
のは相応の覚悟と決意がいるものだなと改めて
さて,3回目にして最終回の今回は「変化と継続」
について書きたい。と,深淵そうなテーマを選んで
感じました。
この真摯な感想に接して,生物の話は横に置いて
しまったが,要するに,改革改善も大切なことだけど,
おくとして,仕事やサービスで,変わらないように
あまりに急ぎすぎると大事な何かを見落としてしま
見えるということは,軸がぶれていないとも言える
いそう,という懸念を2014年の年頭に当たって(原
し,まったく成長していないとも言えることに,改
稿を書いているのは2013年10月だけど気分は新年!)
めて気がついたのである。
考えてみたい。
Yesterday - Today - and - Tomorrow
動的平衡
ずいぶん前のことになるが,『生物と無生物のあい
だ』1)を読んだときに「動的平衡」というキーワード
712
今回のテーマ花,匂蕃茉莉(ニオイバンマツリ,
英名は「Yesterday - Today- and - Tomorrow」
)は,
「変化と継続」を象徴する花として選んだ。この花
視点 ●All I need to know I learned from …
は,花の色が紫から白にしだいに変化していくこと
で使われているものではない。むしろ,不確実な世
で有名である。可憐に見えるが意外としぶとく,暖
界で生きる人間の判断を容易にするものでもある。
かい場所だと葉も落とさずに越冬しちゃうし,基本,
「学ぶ」ということに関して言えば,中原淳が『知
年中元気。冬を越したらさっそく花芽がついていて,
「学習
がめぐり,人がつながる場のデザイン』4)で,
次年度の準備も万端(自分で言うのもなんだけど,
とは,すでに学習者がもっている知識と新しく学習
まるでわが身を見るようでもある…)。
者が習得した知識が反応し,さらに高次の知識が構
さて,
「変化と継続」という観点で言えば,日々の
築されるプロセスにほかならない」と論じているよ
業務は,安定した継続性は求められるものの,同時
うに,単純に新しい知識をこれまでの知識の上に積
に変化に対する検討と決断の連続だと思う。
み重ねるというよりは,自分自身の新旧の知識を新
「現状維持でもなんとかなっている業務は,そっと
しておきたい」という気持ちは,確かに私も持つこと
がある。一方,何かを続けるためには,変わり続け
なくてはいけないことも,きちんと考えずに決断する
たに組み換え直すという作業を行うことと,理解す
べきかと思う。
それは,昨日の私と明日の私との闘いとも言える
(そりゃ,辛いわけだ…)
。
ろく
と碌なことにならないことも,検討と決断の末の現状
維持となんとなくの現状維持が大きく違うことも,経
験値として嫌というほど知っている。それは,
「変化
と継続」の難しさを知っているということでもある。
考えることを考える
となると,
「学ぶ」ことと「考える」ことは,同じ
ことかもしれない。
外山滋比古は,
『思考の整理学』5)の中で「知るこ
変わるべきものは,なに?
とと考えることは別もの」であることを語っている
「変わるべきは,自分ではなく頭の固い上司の方で
が,それは,ただ,本を読んだ,人から聞いたという
ある!」そういうことを1回でも考えた人,Put your
だけでは,自分の中に取り込めていないということを
hands up !
戒めているのであって,自分の頭で考えることの重
誰しも,自分の信念は大事にしたいし,こだわり
要性を語っているのだと理解した。ショウペンハウ
も持っている。自分の態度や考えが,そうそう間違っ
エルが『読書について』6)で「読書は,他人にものを
ているとも思えないし,思いたくもない。しかし,
考えてもらうことである。本を読む我々は,他人の
まずは自分の頑なさを省みるべきである。
考えた過程を反復的にたどるにすぎない。
(中略)読
私は,
「メンタルモデルを克服しないと,面白い仕
事はできない」と公言しているが
2)
「メンタルモデル」
,
書にいそしむかぎり,実は我々の頭は他人の思想の
運動場にすぎない」と言っているのも,
瀧本哲史が『武
という言葉を,ビジネス書の文脈から「長年にわたっ
器としての決断思考』7)で「私の授業で重視している
て幅を利かせてきた職場における原則や常識」とい
のは,ただ1点。知識ではなく考え方を学ぶ,という
う意味で理解していた。最近,「学ぶとはなにか?」
ことです」と述べているのも,同じことであろう。
ということを少しばかり勉強したところ,認知科学
ちきりん著の『自分のアタマで考えよう』8)では,
の分野でも使われている言葉であることを知った3)。
「
『考える』とは決めるということ。つまり決断を伴わ
自分の理解もまだあやふやな中で,まとめるのは危
なければそれは『考えた』とは言えない」と論じてい
険だが,ざっくり言うと「経験と予測の反復を通じ
るが,いずれにせよ,
「考える」あるいは「学ぶ」と
て個人の内面に形成されるパターン化された外界の
は,単に情報や知識を得ることではなく,アウトプッ
理解」ということになるだろうか。決して悪い意味
トを伴う能動的な行為であり,自分の既存知識や考
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えを変容させる柔軟性を持たなければ,成立しない。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」し
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かし,
安心してはいられない。一生懸命考えて,
ちょっ
考えるためには情報がいるが…
詩人T. S .エリオットの作品『C h o r u s e s f r o m ' T h e
Rock'』(1934)の中に次のような一説がある。
Where is the Life
we have lost in living?
Where is the wisdom
we have lost in knowledge?
Where is the knowledge
we have lost in information?
と賢くなったような気がしたのに,翌日には,考え
が足りなかったことに気がつく。モヤモヤが残る。
トンネルを出たと思ったら,また次のトンネルに入
る。思考のトンネルは,出たり入ったりの繰り返し
である。♪モヤモヤは続くよ,どこまでも …。
私は,講演会で参加者から「楽しくって,元気に
なりました」と言われるのはもちろん嬉しく,あり
がたいが,実は少々物足りなくも感じる。「面白かっ
たけど,モヤモヤが残りました」と言われた方がう
情報があることよりも,それらを知識や知恵に昇
れしい。それは,自問自答の機会を得るのが社会人
華することができるのかということが問われている
の研修だと考えるからである。自分の言葉が誰かの
と理解した。また,情報の山に埋もれてヒィヒィ言っ
考える種,モヤモヤになったと感じられるのは嬉し
ている場合ではないことを戒められているのだとも
いことである。モヤモヤこそ,「変化と継続」の鍵だ
感じた。
とも思う。だから,自分の中に生じたモヤモヤは,
山ほど洋服を持っていても,組み合わせのセンス
大事にしなくてはいけない。
がないと「おしゃれな人」とは絶対に認定してもら
えないのと同じだな,とも思う。
また会う日まで
一方,昨今W e bで提供されるサービスには,異種
第1回で「最終回には『All I need to know I learned
の情報が組み合わさるとこんなにも面白いことがで
f r o m …』の「…」部分を無事埋めて,華麗に完結し
きるのか!とインスパイアされるものがたくさんあ
たいと目論んでいる」とカッコつけたことの責任を
る。異種の組み合わせのセンスは,「おしゃれな人」
とらねばならないのだが,結局,「悩んで,考えて,
にも共通する要素であろう。
決断し続けることによって学んだ」つまり,「すべて
のことはモヤモヤから学んだ」としか言いようがな
モヤモヤと付き合う
いことに気がついたのである。
情報の山に翻弄されず「おしゃれな人」になるに
ということで,モヤモヤしつつ,いったん,これ
はどうしたらいいのか? その答えの1つは「組み合
で終わります。みなさま,また会う日まで,ごきげ
わせる」ということにあるように思う。加えて,私
んよう。
が自分なりに意識していることが2つある。
1つは,
「区切る」ということである。思うように
ならないことが生じても,気持ちをくさらせず,臨機
応変に乗り切っていく。複雑な案件も「終わりよけ
ればすべてよし」と,いったんは区切りをつけ,次の
段階に進むことにエネルギーを向けることである。
もう1つは,
「モヤモヤ(考える種)」を持ち続けな
がら考え続けることである。
714
執筆者略歴
茂出木 理子(もでき りこ)
東京大学理学部植物学教室図書室採用。その後,東京
大学総合図書館,学術情報センター,東京大学情報基盤
センター,国立情報学研究所,お茶の水女子大学, 東京
大学駒場図書館に勤務。2013年4月から東京外国語大学
に着任。2009年11月 第11回図書館総合展ポスターセッ
ション最優秀賞受賞。趣味は、掃除とプレゼンテーショ
ン。明るく元気なプレゼンには定評がある。
視点 ●All I need to know I learned from …
参考文献
1) 福岡伸一. 生物と無生物のあいだ. 講談社現代新書, 2007, 286p.
2) 茂出木理子. あのときから今日まで考えていること(2010年10月15日東京大学若手図書館職員による自
主研修会講演要旨).http://hdl.handle.net/2261/55322, (accessed 2013-10-25).
3) Norman, Donald A.; 野島久雄訳. 誰のためのデザイン?:認知科学者のデザイン原論. 新曜社, 1990, 427p.
原著 The psychology of everyday things. Basic Books, 2002.
4) 中原淳. 知がめぐり、人がつながる場のデザイン-働く大人が学び続ける “ラーニングバー” というしくみ.
英治出版, 2011, 256p.
5) 外山滋比古. 思考の整理学. 筑摩書房, 1983, 212p.
6) ショウペンハウエル著; 斎藤忍随訳. 読書について 他二篇. 岩波書店, 1983, 158p, (岩波文庫).
7) 瀧本哲史. 武器としての決断思考. 星海社, 2011, 158p.
8) ちきりん. 自分のアタマで考えよう:知識にだまされない思考の技術. ダイヤモンド社, 2011, 264p.
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Building networks among info pros
̦̾̈́ͦͼϋέ΁ίυ
藤 原 直 幸 (国立国会図書館 関西館)
第4回
情報管理 56(10), 716-718, doi: 10.1241/johokanri.56.716 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.716)
京都情報図書館学学習会について
京都情報図書館学学習会(以下,学習会)は主に
京都府内で活躍する図書館職員等による自主的な学
習会である。
まず,学習会の記録や概要についてはホームペー
ジ(以下,HP)
(http://kyotolibrarian.web.fc2.com/)
に掲載があるので,そちらを見てもらいたい。
ここではH Pに記載していない会の特徴を紹介した
学習会の発足は1993年で,今年(2013年)で21年
い。1つ目は誰でも自由に参加できることである。学
目になる。勤務後の1時間半程度を使い,京都府立医
習会では,参加条件は一切設けていない。また事前
科大学附属図書館を主な会場とし,おおむね月1回の
の参加申請や連絡も必要なく,H Pで公開された予定
割合で,これまでに209回を開催した(2013年10月
を見て,関心のある回に参加すればよいという方法
現在)
。参加者は毎回10人前後であり,年齢層は学生
をとっている。これは参加へのハードルを下げる要
から退職した方までと幅広い。発足の動機は,発起
因になっている。
人が当時所属していた医学図書館では,医学系の図
2つ目は参加者や世話人がいなくなった場合は発展
書館との勉強会はあったが,同じ府立の5つの図書館
的に解散すると概要に明示していることである。発
(府立図書館,府立総合資料館,府立大学附属図書館,
足当時から世話人は若手職員を中心に入れ替わって
府立医科大学附属図書館,府議会図書室)との交流
いるが,継続を義務付けていないことが世話人への
が少なかったため,勉強会を立ち上げたとのことで
負担を和らげ,会を長く続けることができている理
ある注1)。
由かもしれない。
ところで,学習会の正式名称「京都情報図書館学
学習会」だが,
一般的な「図書館情報学」ではなく「情
報図書館学」と逆になっているため,違和感を持た
れた方もいるのではないだろうか。学習会発足当初
は「京都図書館情報学学習会」という名称であったが,
第201回学習会において,前国立国会図書館長で京都
大学名誉教授の長尾真先生の講演の中で「図書館の
情報を集めるのではなく,情報を図書館的にどうす
るのかということを考えてはどうか」というお話を
受けて世話人の間で情報図書館学の方が学習会の趣
旨にもあっていると考え,2013年4月より今の名称に
図1 学習会ホームページ
URL: http://kyotolibrarian.web.fc2.com/
716
変更した注2)。
学習会での発表内容は図書館に関することなら,
リレーエッセー ●つながれインフォプロ
る面が多いと感じる。筆者の場合は世話人をするこ
とによって企画能力・発表のマネジメントの仕方が
身に付き,さらに各所で活躍している図書館員や博
物館,文書館の職員と知り合うことができた。最近
は育児に忙しくなかなか参加できないが,さまざま
な発表を聞くことで各方面にも興味が湧いてくる。
また,人的ネットワークを広げるために外部の研修
図2 学習会の風景(2013年10月16日撮影)
研究報告から基礎的な学習報告まで幅広く取り上げ
や勉強会に対して積極的に参加するようになり,間
違いなく自分にとってプラスであったと言える。
また,毎回の企画についても頭を使っている。で
ることができる。また見学会やイベントなども企画,
きるだけいろいろな人に発表してもらいたいが,世
実施している。
話人で探しても限りがある。筆者は学習会を他の機
次に発表内容をいくつか紹介する。スキルアップ
会での発表の練習などに気軽に利用してもらえれば
につながる内容としては,図書館関係の大会や研修
と思っている。発表にあたっては,自分が漠然と知っ
の参加報告や,図書館員として知っておくと便利なIT
ていることを整理して,理解することが必要であり
関係の知識であるU s t r e a mの使い方,魅力あるH Pの
自分自身のスキルアップにもつながる。また発表す
作成方法,製本の仕方,関連資格取得の勧めなどが
ると学習会に参加している意識が明確になり,発表
ある。
者間の交流も生まれる。このため,発表するのを
また,MLA連携
注3)
とまではいかないが,図書館だ
けでなく,文化施設や製本工場を見学したり,博物
ちゅうちょ
躊 躇 している人にはこの学習会を活用して「いま発
表をして欲しい」と思っている。
館や文書館の関係者に発表いただいたりしている。
さらに関西地区には図書館系の勉強会がいくつか
あり,共同で勉強会を開催することもある。個人的
世話人をやっていて
学習会は複数の世話人を置いて会を運営し,記録,
に思い入れが強いのは,2012年に京福電鉄の車両を
広報,発表依頼・企画などを行っている。世話人は
貸し切り,車内でビブリオバトルを行ったことであ
転勤や家庭の事情等で入れ替わりがあり,これまで
る
注4),注5)
。
に17人が担当している。
学習会の記録は,各々の世話人が分担して配布希
これまでとこれから
望者には郵便やメールで配布していたが,現在はメー
今後については個人的に懸念していることがある。
リングリストを使用して約100名の登録者に配信して
それは世話人の体制である。現在は5名で運営して
いる。他に情報発信手段として2009年よりH Pを開設
いるが,新規採用職員が減少したこともあり,新し
している。H Pでは学習会の今後のスケジュールや過
く世話人を引き受けてくれる人がなかなか出てこな
去の記録,学習会の概要等を掲載している。過去の
いため世代交代が滞っている。これについて,筆者は,
記録は115回以降の発表の内,公開の許諾が取れたも
職員の業務量が増加する中で,世話人になるという
のを掲載し,それ以前の発表についてはタイトルや
ことの心理的・時間的負担が大きいと感じているこ
発表者名を掲載している。
とが原因だと考えている。しかし,実際にやってみ
学習会の世話人を長く務めて感じたことは,図書
るとそのような負担の増加よりも自分にプラスにな
館員のようなインフォプロはさまざまな知識や技能
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を学び続けないといけない仕事であるということ
や古文書の担当者と接していた。公共図書館勤務者
だ。情報を得るためのデータベース検索の技術やI T
には,知識や人間関係が図書館内にとどまっている
技術の仕組みなどに精通していなければいけない
人も多いような気がする。しかし,学習会に参加す
し,対人業務なので,接遇の技術・おもてなしの心
ることにより,大学図書館員や学芸員,アーキビス
も必要である。また,最近はM L Aだけでなく大学
トと関わることができ,インフォプロとしての視野
(University)
,産業界(Industry)も含めたMALUI連
が広がるように感じている。今後もM A L U Iだけでな
携も言われており,自らの業界だけでなく関連業界
く,知的情報を担う人たちの間で知識の共有化・つ
の現状や課題などを理解しておく必要がある。
ながりが醸成され,子供たちの世代によりよい知的
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そのためには各地で行われている勉強会に積極的
資産を継承していきたいと考えている。
に参加するのがよいと思う。W e b情報もよいが,実
際に足を運んで学ぶことでさまざまな人に出会い,
体験をすることでより知識が身に付くこともあるの
ではないだろうか。
筆者自身,この学習会の世話人をしていてよく感
じるのは,図書館職員は自館だけに閉じこもってい
てはいけないということである。筆者が長年勤務し
ていた京都府立総合資料館は博物館・図書館・文書
館的機能を持つ複合施設であり,日常的に行政文書
執筆者略歴
藤原 直幸(ふじわら なおゆき)
京都府に司書として採用され
た後,京都府立総合資料館に勤
務。現在は国立国会図書館関西
館に出向中。2児の父親として
イクメン図書館員を目指し,仕
事と育児の両立に奮闘中。
本文の注
注1) “学習会記録(第200回)”. 京都情報図書館学学習会記録. http://kyotolibrarian.web.fc2.com/kiroku/
kiroku200.html, (accessed 2013-11-07).
注2) “KU・京図情合同学習会「『未来の図書館を作るとは』長尾真先生と語る」
”. Togetter. http://togetter.
com/li/447740, (accessed 2013-11-07).
注3) ミュージアム(Museum)
・図書館(Library)
・文書館(Archives)の連携のこと。それぞれの頭文字をとっ
てM L Aと呼ばれる。いずれも文化的情報資源を収集・蓄積・提供する公共機関であるという共通点を
持ち,情報資源のアーカイブ化等の課題を共有していることから,近年連携の重要性が認識されてき
ている(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/toushin/attach/1301655.htm「用語
解説:文部科学省」)。
注4) “知的書評合戦ビブリオバトル公式サイト”. http://www.bibliobattle.jp/, (accessed 2013-11-07).
注5) “学習会記録(第191回)”. 京都情報図書館学学習会記録. http://kyotolibrarian.web.fc2.com/kiroku/
kiroku191.html, (accessed 2013-11-07).
718
過去からのメディア論 ●プライバシーは財産なのか
SeeingÊcurrentÊmediaÊretrospectively
過去
からの
メディア論
プライバシーは財産なのか
大谷卓史(吉備国際大学社会科学部)
情報管理 56(10), 719-723, doi: 10.1241/johokanri.56.719 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.719)
最近プライバシー情報について立て続けに同じよ
生きている個人を識別する情報(個人識別情報)と
うな質問に出会った。つまり,「プライバシー権は,
結び付けられた情報全般を指すが,これはプライバ
著作権と同様に,個人が所有する情報に対する権利
シー情報よりもだいぶ広い。また,死者について公
と考えれば,すっきりと理解できるのではないか」
開を憚 られる個人情報もあるが,前述の個人情報保
というものだ。
護法における「個人情報」の定義からすれば,この
この質問に出会ったのは,一度はある研究会での
はばか
ような情報はその保護から漏れてしまう7)。
私自身の発表の質疑応答で1),もう一度は,あるシン
また,個人を識別する情報と結び付いていなくて
ポジウムで情報法のエキスパートである林紘一郎先
も,大量の個人と結び付きうる情報を照合すること
生のご講演の質疑応答の中だった2)。質問者は,それ
で個人を特定できる可能性が指摘されている。前述
ぞれ別の方だった。
の「個人情報」に収まらない,個人が特定される可
別の方が別の機会で同じような質問をするとなる
と,「プライバシー情報は著作権と同じ所有権と考え
ることで容易に理解できる」という考えは結構広まっ
能性がある情報は「パーソナルデータ」として,そ
の保護をどうするかが検討されている8)。
このように,個人と結び付きうる情報の何がそも
そも保護に値するのか,プライバシー(情報)とは
ているように思われる。
「プライバシー(権)とは何か」という問いに対す
何かということについては,現在も論争が続いてい
る回答は難しい。識者の中には,普通の語のように
るので,その定義はきわめて困難である。冒頭の「プ
定義ができないという者もいる3)。また,国によって
ライバシー権を情報の所有権と見なすべし」という
4)
もその概念は異なる 。情報のプライバシーに限っ
提案も,このような文脈を背景にして行われたもの
ても,何がプライバシー情報であるかは文脈に依存
と理解する必要がある。
5)
して決まる側面が大きい 。国内では,(1)私生活に
本稿では,生者・死者を問わず特定の個人とリン
かかわり,
(2)一般人が公開を欲しないだろう事柄に
クされた情報およびそれを手掛かりに個人を識別で
関することで,(3)一般に公知ではないとの3要件が,
きる情報を個人情報と考えよう(つまり,現在議論
プライバシー情報であるかどうかの判断に使われて
されているパーソナルデータときわめて近い定義と
きた。最近では,プライバシーの合理的期待がある
なる)。また,本稿でいうプライバシー情報とは,そ
ならば,上記の定義に当てはまらない状況でもプラ
の情報がリンクされる個人(もしくはそのきわめて
イバシー侵害が成立するという法理が用いられるよ
近しい人物)が,ある文脈の中でその公開範囲の変
6)
。
うになっている
個人情報とプライバシー情報とが混同される傾向
もある。個人情報保護法における「個人情報」は,
更や特定の情報処理に強い抵抗感を抱く情報,もし
くはそれを手掛かりに個人を識別されることに強い
抵抗感を抱く情報と定義しよう。
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プライバシー権だけでなく,情報をコントロール
いて扱った5番目の事例「すべての事実をいっしょに
する権利一般を財産権としてとらえようという考
引き出す」の中で,プライバシーの財産権的理解が
えは,確かに現在も検討が進められている(法哲
提案される。
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学者のA d a m D . M o o r e9)や法実務家のA n n e W e l l s
W e s t i nは政府や私企業による大量の個人・集団に
B r a n s c o m b10)などが代表的な論者)。また,歴史的
関するデータの収集・分析について,技術的な制限
にみると,1960年代終わりのプライバシー文献で,
やセキュリティ対策を行って,安全性を高めるよう要
個人に情報をコントロールする権利を付与する試み
求するが,
これだけでは十分ではないとする。そこで,
の中で,Alan Westinの著名な著書11)の中にプライバ
「まず,ある人の私的なパーソナリティ注2)を決定す
シー権を財産権として確立するべきと主張する議論
る権利として個人情報を考え,個人情報を財産権と
も見られる。
定義し,政府当局および私企業による干渉について
1967年,Alan Westinは,『Privacy and Freedom』
というプライバシーの古典的著作を発表した。同書
定してきたデュープロセス(正当な法手続き)の保
によれば,
「プライバシーは,個人や集団,組織が自
証を与えるべきである」と,Westinは主張する14)。
己に関する情報をいつどのようにどの程度他者に伝
こうすることで,個人情報の「所有者」注3)に個人
達するか自分で決定するという権利主張である」(筆
情報のコントロール権が与えられると,W e s t i nは考
者訳)12)。
える。個人情報の所有者は,政府や私企業がその個
きわめて大部の著作である同書は,このフレーズ
人情報をファイルに登録したら通知を受けることが
がもっとも有名だが,この文は第1部序論の一節で
でき,そのファイルにどんな情報が組み入れられた
ある。同書は,プライバシーの歴史に始まり,科学
かを調べ,正確性を確認し訂正することができる。
技術の進展と経済社会の変化によって当時高まりつ
場合によっては,人格を毀 損するコンピューターシ
つあったプライバシー侵害の脅威の解説,事例分析,
ステムでは個人ファイルを開くことを禁じることも
そしてそれらの脅威や事例分析を踏まえての,政策
できる15)。
的提言という構成で,プライバシーの総合的研究と
いう趣である。
きそん
ところが,プライバシーの権利を財産権と見なす
のは難しいように思われる。
一 般 的 に, 同 書 は, 当 時 勃 興 し つ つ あ っ た コ ン
個人情報保護法制・プライバシー保護法制の歴史
ピューターによる個人データの大量収集と分析によ
を追った石井の著作では,W e s t i n自身も同書でプラ
る脅威に対応して,プライバシーの自己情報コント
イバシーを財産として考えようとしていたわけでは
ロール権を主張した最初期の著作と位置付けられる
なく,人格の保護と考えていたと指摘したうえで,
ことが多い。だが,実は,意外なほど電子的な盗聴・
Arthur Millerの批判などを踏まえて,財産権としてプ
監視装置の解説と政府・企業・個人によるその悪用
ライバシーを捉える学説の問題点を多数指摘する16)。
の問題について多くのページを割いている注1)。
なお,M i l l e rは注1)で示したように,1960年代末
同書第3部が事例分析で,盗聴・監視装置,うそ発
にコンピューターによる個人情報の大量分析がプラ
見器,性格検査,サブリミナル手法,コンピューター
イバシー侵害の多大な脅威になっていると警鐘を鳴
による大量個人データの処理の5つの事例について,
らした法学者である。
技術の利用とその規制がどのように行われたか解説
する13)。
コンピューターによる大量個人データの処理につ
720
制約を設け,わが国の財産権法がきわめて巧妙に設
石井自身も,プライバシー権の財産権論的アプロー
チには否定的だ。プライバシーが歴史的に人格権と
して理解されてきたこと,財産権としての理解への
過去からのメディア論 ●プライバシーは財産なのか
Millerによる説得的な批判があること,財価性のある
個人情報のみに注目するのは個人情報の一部にしか
保護を与えないことになるという理由をあげる17)。
金づちを同時に誰かが使うことはできない。
有体物は,一般に誰かが利用・占有しているときに
は,ほかのものが利用できないという性質を有する。
何よりも,英米の法哲学・情報倫理学では,情報
その点で有体物には競合性がある。正当な所有者が
の所有権・財産権という思想自体が疑問にさらされ
所有物を利用できないことは不正であるから,人工
てきた。(有体物の)所有権がなぜ社会に必要かとい
的に排他性をもたせるために所有権が必要だ――こ
う議論は,一般的に次のようなものだ。
れが,有体物の所有権の経済学的な正当化である。
英米の哲学の伝統では,John Lockeの『統治二論』
ところが,情報の場合競合性がなく,同時に複数
第2編第5章が労働による所有権の基礎付けを行った
の人びとが利用・享受できるので,所有権によって
議論とされる。この地球に存在するものはもともと
排他性をもたせる必要はない。いわゆる情報の所有
共有物で,誰のものでもない。しかし,人は身体の
権と理解される知的財産権は,著作者や発明者に金
所有権を有していて,この身体による労働を自然の
銭的インセンティブを与えるために人工的につくら
ものに混ぜることで,ほかの人びとが利用できるほ
れた権利であると,説明されることが多い19)。
ど自然のものがたっぷりと残っている限りは,労働
したがって,プライバシー情報についても,上記
を加えた土地や物を自分の所有物とすることができ
のような議論に基づく限りは「所有権」を正当化す
る18)。Lockeによれば,これが,正当な所有権の起源
ることは困難だということになる。実際,いずれの
である注4)。
質問に対しても,私も林先生も上記のような回答を
また,所有権は,公共経済学などで用いられる排
行った。私は米国の情報倫理学を学んできた。米国
他性と競合性の理論から正当化されることがある。
法に詳しい法学者の説明と私の説明が同じというこ
排他性とは,あるものについて,ほかの人の利用・
とは,米国では,倫理学者と法学者が同じような議
占有を妨げる性質である。法律によって所有権を正
論を前提に物事を考えているらしい。
当な所有者にもたせて,ほかの人の利用・占有を妨
一方で,著作者人格権を説明するため,人格の延
げることが排他性のよい例である。競合性とは,あ
長として所有権や何らかの権利を正当化する議論が
るものについて誰かが利用・占有していると,それ
ある19)これらの立場から,プライバシーの権利を正
が同時には使えないという性質のことをいう。たと
当化ができるかどうかは,また別の課題だ。
えば,ある人が金づちを使っているときには,その
本文の注
注1) 1960年代に明らかとなってきた個人データの大量収集とコンピューターによる分析によるプライバ
シー侵害の問題を中心的に扱った著作としては,Arthur Miller(同名の劇作家とは別人)の『情報と
プライバシー』20)が代表的である。同書でも自己情報コントロール権としてのプライバシー権という
定義が用いられている。
注2) 原文では “personality” の語が使われているが,この語の訳はなかなか難しい。ここでは,
「性格」と
訳すのが近いだろうが,現代であれば「アイデンティティ」と訳されるべきかもしれない。“p e r s o n”
や “personality” の語の理解・訳の問題については,主に生命倫理学分野の文献を扱ったものだが,参
考文献21)が詳しい。
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注3)
原文9)では,“o w n e r” の語が使用される。現代の用語では,個人情報とリンクされる「データ主体」
のことを指すこととなろう。
注4)
L o c k eのこの議論は,労働所有説と呼ばれるが,アルバイトによって得た賃金などを労働所有説の説
明に用いる解説がときにみられるが,これは明らかに間違いである。L o c k eは,人びとに必要以上の
財産をもたせて自然を浪費することから貨幣に否定的であり,市場における交換によって得られる財
産(アルバイト賃金もこれに当たる)の正当化は行っていない。哲学史的にいえば,市場交換を含
む適切な手続きによる所有物の移転による取得を正当な所有権の発生として位置付けたのは,Robert
Nozickとされる22)。
参考文献
1)
大谷卓史. “プライバシーの情報コントロール理論再考”. 電子情報通信学会技術研究報告. 東京, 2013-1029, 技術と社会・倫理研究会SITE2013-47, 2013, p. 7-12.
2)
林紘一郎. “システム監査と通信の秘密: プライバシー”. 第26回システム監査学会公開シンポジウム予稿集.
東京, 2013-11-8, システム監査学会, 2013, p. 25-34.
3)
ソローヴ, ダニエル J . ; 大谷卓史訳. プライバシーの新理論――概念と法の再考. みすず書房. 2013. 原著
Solove, Daniel. Understanding Privacy. Harvard University Press, 2013.
4)
大屋雄裕. プライバシー概念の総合的把握:幻想か,集合体か. 図書新聞, 3126. 図書新聞社, 2013, p. 5.
5)
大谷卓史. “プライバシーの文脈依存性と多義性について”. 応用哲学会第5回年次研究大会予稿集, 愛知,
2013-4-20, 応用哲学会, 2013, p. 14-15.
6)
岡村久道. 個人情報保護法の知識, 第2版. 日本経済新聞社, 2010, p. 99.
7)
開原成允, 樋口範雄編. 医療の個人情報保護とセキュリティ:個人情報保護とH I P A A法, 第2版. 有斐閣,
2005, p. 39-41.
8)
パーソナルデータの利用・流通に関する研究会報告書:パーソナルデータの適正な利用・流通の促進
に向けた方策 平成25年6月. パーソナルデータの利用・流通に関する研究会, 2013, 76p . h t t p : / / w w w .
soumu.go.jp/main_content/000231357.pdf, (accessed 2013-11-25).
9)
Moore, Adam D. Intellectual Property and Information Control. Rutgers University Press, 2001.
10)
Branscomb, Anne Wells. Who Owns Information? : From Privacy to Public Access. Basic Books, 1995.
11)
Westin, Alan F. Privacy and Freedom. Atheneum, 1967.
12)
Westin, Alan F. Privacy and Freedom. Atheneum, 1967, p. 7.
13)
Westin, Alan F. Privacy and Freedom. Atheneum, 1967, p. 169-326.
14)
Westin, Alan F. Privacy and Freedom. Atheneum, 1967, p. 324-325.
15)
Westin, Alan F. Privacy and Freedom. Atheneum, 1967, p. 325.
16)
石井夏生利. 個人情報保護法の理念と現代的課題:プライバシー権の歴史と国際的視点. 勁草書房, 2008, p.
552-556.
17)石井夏生利. 個人情報保護法の理念と現代的課題:プライバシー権の歴史と国際的視点. 勁草書房, 2008, p.
560-562.
18)
ロック, ジョン著; 加藤節訳. 完訳 統治二論. 岩波文庫, 2010, p. 324-353. 原著 Locke, John. Two Treatises
of Government. Awnsham Churchill, 1690.
722
過去からのメディア論 ●プライバシーは財産なのか
19)
大谷卓史. 著作権の哲学-著作権の倫理学的正当化とその知的財産権政策への含意. 吉備国際大学研究紀
要. no. 21, 1-24, 2011.
20)ミラー , アーサー R著; 片方善治, 饗庭忠男監訳. 情報とプライバシー . ダイヤモンド社, 1974, 368p . 原著
Miller, Arthur R. The Assault on Privacy: Computer, Data Banks, and Dossiers. Signent, 1972.
21)
江口聡編訳. 妊娠中絶の生命倫理. 勁草書房, 2011.
22)
ノージック, ロバート著; 嶋津格訳. アナーキー・国家・ユートピア:国家の正当性とその限界. 木鐸社,
2006, 564p. 原著 Nozick, Robert. Anarchy, State, and Utopia. Basic Books, 1974.
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研究データ同盟(Research Data Alliance)第2回総会
日 程
2 0 13 年 9月1 6日(月)∼ 1 8日( 水 )
場 所
米 国 科 学アカデミー(ワシントンD. C . )
主 催
研 究データ同盟( R e s e ar ch Data A l l i ance )
後 援
米 国 国 立 科 学 財 団 ,米 国 国 立 標 準 技 術 研 究 所 ,欧 州 委員会 ,
オーストラリア国 立データサービス,マイクロソフト・リサーチ
情報管理 56(10), 724-727, doi: 10.1241/johokanri.56.724 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.724)
はじめに
研究データ同盟(RDA: Research Data Alliance)は,
各国あるいは各研究機関が個別に研究データ共有の
ための基盤整備に投資を行うことは賢明ではない。
その名が示すとおり研究データの共有と活用に関心
なぜなら,本来,研究活動には国境がない。また,
のある研究者,研究機関,研究資金提供機関,図書
インターネットの普及により,他の社会活動と同様
館等のゆるやかなコンソーシアムである。
に研究活動もグローバル化してきている。つまり,
その始まりはごく最近のことである。米国国立科
研究活動そのものがグローバルであるから,特定の
学財団,欧州委員会,オーストラリア国立データサー
国や地域内に閉じた形で基盤整備をするよりも,グ
ビスが合意して,2012年9月に発足した。これは国家
ローバルな視野で投資する方が,はるかに効率がよ
間の取り決めではない。あくまでも3組織の合意であ
い。これがR D A設立の背景である。なお,本稿でい
る。その後,第1回総会が2013年3月18日から20日に
う「研究」は人文・社会科学も含めたすべての学問
かけて,スウェーデンのヨーテボリで開催された。
分野にわたる。
今回は,これに続く第2回の総会であり,世界22か国
から368名が参加した。
R D Aの ス ロ ー ガ ン は,“D a t a S h a r i n g w i t h o u t
3日間のプログラムは,2つに大別される。1つは参
Barriers”(障壁なきデータの共有)である。最終目標
加者全員が出席する総会。もう1つが作業部会等に分
は,グローバルな規模で研究データを共有する基盤
かれて行う議論であった。
の整備である。背景には,研究データを広く共有し
総会は,シンポジウムで広くみられる形式で行わ
たり,あるいは,異分野の研究データを統合したり
れ,講演とパネル討論から構成されていた。基調講
することによって新たな知見が生み出されるという
演は,Tom Kalil氏(Office of Science and Technology
認識がある。また,逆に,地球規模の大きな課題の
Policy)
,John Wilbanks氏(Chief Commons Officer,
解決に貢献できる知見を生み出すためには,研究デー
Sage Bionetworks)
,Carole Palmers教授(University
タを共有することが必要,という認識もある。これ
of Illinois at Urbana-Champaign, School of Library and
は程度の差はあるが,人文・社会科学を含めたあら
Information Science)の3氏であった。それぞれの立場
ゆる分野に当てはまる。また,
「ビッグデータ」,
「デー
でデータ共有の効果,有効性,必要性について語った。
タ科学」,
「第4のパラダイム」といったキーワードに
これに続き,2つのパネル討論があった。最初のパ
象徴される動きとも背景を共有している。
このような研究データの重要性の高まりに対して,
724
第2回総会のプログラム概要
ネル討論は,R D Aの創立メンバーである3つの組織を
代表する4名がパネルを構成し,それぞれの組織の事
集会報告 ●Meeting
科会での議論の成果の積み重ねが,R D Aの最終目標
であるグローバルな研究データ共有基盤の実現へと
つながるようにデザインされている。
分 科 会 は,3つ に 大 別 さ れ て い る。B i r d s - o f - a F e a t h e rはもっともゆるい集まりであり,共通の問
題意識や関心を持つ参加者が課題を抽出するための
相談の場である。Interest Group(IG)は,課題を具
体化し行動計画として練り上げるための議論の場,
Working Group(WG)ではIGで検討された課題提案
で認められたものだけが18か月を期限として活動を
図1 基調講演に聞き入る聴衆
業方針とRDAとの関連について説明した。
行う。
参加してみて感じたこと
第2のパネル討論は,R D Aと連携もしくは提携する
R D Aという組織自体は新しいが,研究データを共
組織を代表する4名がパネルを構成していた。その組
有しようとする動きはR D Aより以前から存在してい
織名称は,CODATA: Committee on Data for Science
た。そして,R D Aはこれらの先行する試みを取り込
and Technology,ESIP: Earth Science Information
む形で進もうとしている。これが,基調講演とパネ
Partners,W3C: World Wide Web Consortium,
ル討論を通じて強く印象づけられたことである。
DataCiteであった。各組織のデータ共有の取り組み実
一方,分科会での議論はバラつきが非常に大きかっ
績をもとにその統合を模索するものであり,R D Aは
た。W Gに限ってみても,6か月くらいで成果物を出
これらの組織活動の継続性も配慮しながら進める意
せそうなものもあれば,18か月かけても完成が危ぶ
図が感じられた。
まれるものもあった。
会合2日目からは,分科会別にテーマごとの議論を
このようなバラつきの原因は,座長の力量にもよ
行った。分科会のテーマは,研究データを共有する
るであろうが,課題ごとの議論の難易度の違いもあ
際に障壁となる課題についてのものが多かった。分
ろう。また18か月で1単位の事業を完遂するという
図2 図2 パネル討論の様子
パネル討論の様子
図3 分科会での議論
図3
分科会での議論
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図4 分科会テーマ一覧
(テーマが太字のものは,第1回総会以降に発足)
図4 分科会テーマ一覧
W Gの理念が各課題のリーダー役の参加者層にもっと
浸透する必要があるのではないかとも感じられた。
参加者を地域別にみると,圧倒的に米国と欧州,
ている。
R D Aの参加資格は個人であり,趣旨に賛同する者
であれば,誰でも参加できる。また,分科会の設立も,
次いで豪州が多く見られた。アジアからは,日本か
誰でも提案できる。もちろん,実際に設立するため
ら4名。本集会報告の執筆者が確認できた範囲で言え
には,R D A内部のガバナンスルールにしたがった審
ば,中国から2 ~ 3名。台湾から4名。韓国からは参
査を通過しなければならないが,基本的に草の根か
加なし,という状況であった。RDAは後述するように,
ら問題,課題を提起し,その解決策を検討していく
個人の資格で参加することが原則となっている。米・
ことを基本として組織されている。
欧・豪において公的研究資金を配分する機関が研究
RDAは,たとえばISOのような,国際標準やルール
データ共有のための施策を実施してきていることは,
作りを組織の目的として標榜していない。また米国,
今回の参加者分布と無関係ではないと思われる。
E U,豪州とも政府が直接にR D Aを設立したわけでは
ひょうぼう
なく,政治的な強制力をもたない。I S Oのような各国
組織と運営
RDAは,ゆるやかな同盟であって,トップダウンの
して議論に時間がかかってしまう。たとえば,I S Oが
権限・規律に従って動くような大規模組織ではない。
1つの標準を発布するには通常3年程度かかってしま
むしろ逆に,インターネットを構築する際に大きな
う。RDAは,できるだけ迅速な目標達成のためにIETF
影響を与えたIETF:Internet Engineering Task Forceに
を模倣している。
範をとって構成されている。このタスクフォースは
726
の公式標準化機関を基礎においた組織では,往々に
RDAの組織には含まれないが,RDA Colloquiumも
自発的合意(voluntary consensus)に基づく組織で,
重要な役割を担っている。メンバーは政府または非
運営に関して正式な承認を各国政府から得ないが,
営利の研究資金配分機関であり,それらが自発的合
その提言(recommendation)は広範に採用されてき
意に基づいて参画する組織である。R D Aの運営費用
集会報告 ●Meeting
理事会
運営面
技術
関係する機関
コミュニティ
RDAをリソース面で
サポート
図5 図5 RDAの組織と運営
RDAの組織と運営
を拠出するとともに,それぞれの機関が推進する施
当時に検討していたR D Aの原型と思われる構想が,
策について情報共有することを目的としている。
2013年というタイミングで実現したことも興味深い。
翻って,日本ではこのような取り組みは非常に手
おわりに
欧州,米国,豪州において研究データの共有を推
薄であるといわざるをえない。G8でのオープンデー
タ憲章採択にみられるような国際的な動きが生じて
進するためにどのような施策が実施されてきている
いる今,R D Aが最適な場であるかどうかはともかく,
かを概観してみた。結論としていえることは,R D A
研究者の不利益を招かず,かつ研究データを個々の
はいわば氷山の一角に過ぎない,ということである。
研究プロジェクト内で死蔵させず,わが国の科学技
これまでにも,それぞれの国,さまざまな国際組
術の活性化に資するような施策が求められているこ
織ですでにデータ共有のための活動や施策が実施さ
とは間違いないであろう。
れてきている。R D Aはこうした先行する取り組みの
(
(独)科学技術振興機構 恒松直幸,
加藤斉史,
大濱隆司;
成果と反省を踏まえながら,進行中の国際動向へ一
(独)情報通信機構 村山泰啓)
石を投じたとも言える。米国国立科学財団が2007年
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727
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JOHO KANRI
2014
vol.56 no.10
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Journal of Information Processing and Management
2013年DataCite夏季会議
研究をよりよくするために
日 程
2 0 13 年 9月1 9日( 木 )∼ 20日( 金 )
場 所
米 国 科 学アカデミー(ワシントンD. C . )
主 催
DataC i te
後 援
協 力
C O DA T A
情報管理 56(10), 728-729, doi: 10.1241/johokanri.56.728 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.728)
はじめに
電子的なネットワーク上で情報を提供する際に利
用される恒久的な識別子の1つとしてデジタルオブ
(1)figshare
f i g s h a r eは研究のアウトプットを迅速かつ容易に,
ジェクト識別子(Digital Object Identifier: DOI)が
引用可能(citable)
,共有可能(shareable)および検
ある。世界に10のDOIを登録する機関(Registration
索可能(discoverable)となるように公表するための
A g e n c y : R A)があり,D O Iシステムを支えている。
データリポジトリ・サービスを提供している。ビデ
DataCiteはRAの1つとして傘下の会員の研究データに
オ,スプレッドシートなどさまざまなファイルフォー
対してDOIを付与している。その目的は研究データへ
マットに対応している。
容易にアクセスできる基盤を提供することにある。
データ容量1GBまでは無料で使うことができ,ユー
D a t a C i t eは北米,欧州を中心として17機関の会員を
ザーがfigshareにデータを登録するとデータが自動的
有するコンソーシアムであり,事務局はドイツ国立
に共有されるようになっている。figshareに登録され
科学技術図書館(German National Library of Science
ているデータにはDataCiteによってDOIが付与される
and Technology, TIB)が務めている。
ため,DOIを用いた引用を行うこともできる。
論文を引用する際にURLを用いるとサイト構成やド
メイン名の変更によりリンク切れが起きる。この問
題を解決するため1998年よりD O Iシステムの開発が
Digital Science社(NatureグループのMacmillan関
連会社)がfigshareの運営サポートを行っている。
(2)EZID
開始され,2000年には最初のアプリケーションがリ
EZID(easy-eye-dee)はカリフォルニア大学デジ
リースされた。その後,DOIは着実に普及してきた。
タルライブラリーが運営している。このデジタルラ
そして2009年にデータセットに関する学術基盤構築
イブラリーは,カリフォルニア大学が,同大学シス
を目的としDataCiteが設立された。DOIを用い,①研
テム各校の教員・学生がデジタル情報を扱う際のさ
究者がデータの再利用の促進,②データ引用の追跡
まざまな活動を支援するために1997年に設立した
が実現されている。なお,今年中にDataCiteはDOI登
E Z I Dではデータセット等に対して永続的な識別子
録200万件を達成する見通しである。
今回のDataCite夏季会議ではDataCiteの活用例の紹
728
プログラム概要
(Identifier)としてArchival Resource Keys(ARKs)お
よびDOIを付与する。
介を中心として,DataCiteがデータ引用を促進してい
カリフォルニア大学各図書館や研究グループなど
くための取り組みや関連した事例の紹介があった。
の他にアメリカ大気研究センター(National Center
なお,参加者は200名強であった。
for Atmospheric Research: NCAR)
,オープンアクセ
集会報告 ●Meeting
スジャーナルの出版を行っているPeerJ等がEZIDを利
用している。また,これらの大学図書館,研究グルー
doi
USE
プも利用者を持っているため,利用はさらに広がっ
ている。
・ORCID
・FundRef
・Data citation index(Thomson Reuters)
DOIを引用
CREATE
EZID
最近ではデータの引用においてEZIDよりもDOIが利
用されるようになっている。
研究者
研究活動
doi
(California Digital Library)
DataCite doi
データセンター
・figshare
・Data-Planet
・Purdue University
Research Repository
(PURR)
(3)パデュー大学リサーチリポジトリ
パ デ ュ ー 大 学 リ サ ー チ リ ポ ジ ト リ(P u r d u e
doi
MEASURE
引用件数を把握
University Research Repository: PURR)は搭載された
データにDOIを付与し,世界中に公開している。さら
・Altmetrics
図1 研究データの引用
に付加価値サービスも提供している。たとえば,米
国国立科学財団は研究助成金に応募する際にデータ
機関名を取得することができる。
管理計画の提出を義務づけているが,P U R Rはデー
D a t a C i t eで 発 行 し たD O I( プ レ フ ィ ッ ク ス が
タ管理計画のひな形を提供して研究者の負担軽減を
DataCiteのもの)もCrossRefにおいてFundRef情報を
図っている。また,掲載されたデータを活用して学
デポジットできる。
外研究者との共同研究を支援するプラットフォーム
も提供している。
(4)Data Citation Index
おわりに:参加して感じたこと
会議で聞いたDataCiteの活用例などを図1にまとめ
トムソン・ロイター社が提供するD a t a C i t a t i o n
てみた。研究活動で生み出された研究データが各所
IndexによりWeb of Knowledge(同社が提供する文
のデータセンターに集められる。DataCiteはこれらの
献データベース)で索引付与されたジャーナル,電
研究データにDOIを付ける。EZIDのように複数のデー
子書籍,予稿などの査読論文と,それを裏付ける世
タセンターのD a t a C i t eへの登録を取りまとめる場合
界のデータリポジトリ収載のデータセットとをリン
もある。
クし,データの発見,利用,帰属などの促進を図る。
研究者は,論文等から研究データを引用する際に
Data Citation Indexにデータリポジトリを登録するに
D O Iを用いることができる。それを支えるO R C I D,
は同社が設定した審査基準を満たす必要があり,そ
FundRef,Data Citation Indexなどのサービスも存在
の審査基準についても説明があった。
している。
(5)FundRef
CrossRefではDOIを使って研究助成機関や研究課題
番号(grant number)と論文や研究データといった
研究成果とを結び付けるFundRefというサービスを立
ち上げた。F u n d R e fのために名寄せされた4,000の機
また,会議では話題は提供されなかったが,代替
指標の1つとしてAltmetrics社が提供する “Altmetrics”
は,論文の引用を追跡するのにDOIを用いている。
参加してみてD a t a C i t eの関与する範囲の広さを実
感した。
関名を持っている。この機関名はFundRef Registryで
(
(独)科学技術振興機構 加藤斉史,
恒松直幸,
大濱隆司;
提供されているので出版社はそこから名寄せされた
(独)情報通信機構 村山泰啓)
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vol.56 no.10
Journal of Information Processing and Management
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山 田 久 夫 (関西医科大学 解剖学第一講座)
印刷術の変遷が学術界にもたらしたもの
情報管理 56(10), 730-732, doi: 10.1241/johokanri.56.730 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.730)
『学術出版の技術変遷論考-活版からDTPまで-』
中西秀彦
細胞も「肝」細胞も「間」細胞も読みは全く同じなのに,
全く異なる細胞である。
印刷学会出版部,2012年,6,800円(税別)
ふと医学図書館を思い浮かべると,レファレンス
業務での利用者との対話や館間相互貸借業務で他館
とやり取りをうまくこなすために,司書さんたちは
どのようにしてその読み書きに熟練したのだろうと
感心する。私が用語を調べる場合は,パソコンで調
べるのではなく,たとえば日本解剖学会が監修した
「解剖学用語」2)などの書物を手にとって,目次や索
引から目的の用語に近づいていく。そうすれば似た
語との違いも理解できるうえ,手書きで写すことで
記憶にも残りやすく,板書でもパソコン入力でも間
違えない。つまりページを開けて調べることによっ
て,それぞれの漢字に分類や優劣を加えながら,頭
の中でシソーラスを構成し,文字をコード化してい
http://www.japanprinter.co.jp/
るのである。
学術出版の現場では,今でこそDTP化・デジタル化
私の専門分野でよく用いられる,日本語の医学用
されているが,活字を拾っていた時期には文選職人
語とくに解剖学用語は,読んだり書いたりするのに
さんはどのようにしていたのだろうか,私には超能
難しいものばかりである。たとえば,橈骨の「橈」
力の持ち主だとしか思えない。また活字棚はどれほ
の字を「とう」と読めず,「ぎょう」と読んでくれる
ど大きかったのだろうか,などと空想してしまう。
学生が多い。「嚢」という字などはあらかじめ思い浮
そして,印刷という技術の中で,どのようにして活
かべていないとうっかり板書を間違う。チツにはハ
字からデジタル出版に切り替わっていったのだろう
がない(医学用語として正しいのは「膣」ではなく「腟」
か,このような空想や疑問に答えてくれたのが,こ
である)1) ことも覚えておかねばならない。「頚」を
の本である。
「頸」と書き間違わないようにするのにも気を使うし,
730
著者の中西秀彦氏は,印刷文化を専門とする情報
同じ読みでも脛骨の「脛」,鼠径の「径」など部分的
社会学者で,多くの書を著す執筆家としても活躍し
に似た漢字があって紛らわしい。そういえば,
「幹」
ているが,実は京都の印刷会社で専務取締役をして
この本!おすすめします ●印刷術の変遷が学術界にもたらしたもの
おられる。学術出版がいかに技術変遷を遂げてきた
を論じた後,「今後の研究課題」で終わっていて,学
かを論じているこの著書は,学術出版を主に手掛け
術書としても完成された書である。
ているご自身の会社の「事例紹介」をもとに書かれ
『図解P u b M e dの使い方-インターネットで医
ている点で理解しやすく読みやすい。
私が,印刷物の用語集を見ながら,シソーラスや文
学文献を探す 第6版』
字コードを頭の中に形成した過程は,まさに印刷の技
岩下愛;山下ユミ著,阿部信一;奥出麻里監修
術向上史に一致する。漢字コードについては,その概
日本医学図書館協会,2013年,1,800円(税別)
念は活版の時代にもあり,それは活字を入れる箱に
縦と横のます目を想定すると理解しやすい。この文字
コードは,写植の時期に発展する。実は私,写植やオ
フセット印刷という単語は知っていたが実体がどんな
しょうみょう
ものか知らなかった。東洋の漢字や音符記号( 声 明
はかせ
博 士)の付いた経典などの印刷には木版が向いてい
たが,字幅の一定でない西洋のアルファベットは活版
活字が向いていたという話をどこかで聞いたことが
ある。この本を読んで,写植というのが等幅の文字を
扱うのに優れていて,日本で発明され発達したことを
知った。そしてこの手動写植から電算写植へと移行し
ていく過程で,体系の異なるコード間の変換や個別外
字の問題などいくつかの問題を抱えながら文字コー
しゅうれん
ドが変遷し,DTPの時代になりUnicodeへ収斂してく
る様子がまざまざと実感できた。
ところで医学生命科学領域の学術情報というもの
は,もちろん古い情報も活用されるべきではあるが,
そもそも学術出版というものは字体が多いはずで
一般的には常に最新の情報が入手できないと意味が
ある。生命科学の領域でも漢字・かな文字(日本語)
ない。書物を手にとって理解しなければならないと
およびアルファベット系文字(英語・仏語・独語・
きもあるが,多くの場合デジタル化されたデータベー
ラテン語など)に加えて,単位などでギリシャ文字
スから引っ張ってくる方が都合がいい。そんな理由
などが必要で,さらにイタリック,ボールドや文字
で,医学生命科学領域は,学術出版物のデジタル化・
サイズの違いなどを考えると気が遠くなる。数学の
オンライン化が早かったし,普及率も高い。デジタ
論文などになると組版がもっと大変そうだ。活版印
ル化されていればコード化された文字列から簡単に
刷終了時の自社の体験で,西夏文字を含むアジア文
検索できることになる。
字の活字5万本をお蔵入りさせたことや,随分あとの
医学生命科学領域では,便利なことにP u b M e dと
デジタル時代に手作りの外字フォントを拡張した話
いうものが検索によく活用されている。P u b M e dは,
など,学術出版社ならではの展開を,興味をもって
米国国立医学図書館(National Library of Medicine:
読んだ。
NLM)のサービスの1つで,
医学関連分野のデータベー
本書のタイトルに「論考」とあるように,終章の
スであるとともに検索サイトでもある。世界中のど
前段で「電子書籍時代の印刷会社」,終章では「学術
こからでもインターネットを通じて医学関連文献(論
情報流通の電子化」や「出版社と印刷会社の機能」
文)が検索でき,それらの抄録(オープン化された
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731
情報管理
JOHO KANRI
2014
vol.56 no.10
January
http://johokanri.jp/
論文やジャーナルでは全文)を閲覧することができ
を明らかにすることができる。驚いたことに,この
る。検索も閲覧も無料である。
MeSH用語をふるのはNLMの人的作業であるらしい。
Journal of Information Processing and Management
そこでお勧めなのが本書である。実は「簡単に検
PubMedでは,このような階層的見出し語集,すな
索 を!」 と 言 う の で あ れ ば, 一 般 向 け 検 索 サ イ ト
わち「シソーラス」を用いることによって,単なる
を利用している人なら誰でも簡単にできるはずで,
全文検索では味わえない深みを出している。これら
“and”,“or”,“not” の集合関係を一から説明するのは
のことが概説され,全体をつかむのに適しているの
ある種意味がない。しかし検索法解説本ではその項
が本書である。
目は避けて通るわけにいかない。本書では,PubMed
自体の概説から始まり検索法も書いてあるが簡潔な
まとめ方が上手である。
私にとっては,「PubMed活用テクニックQ & A」の
章の後半に記載されているevidence-based medicine
(E B M)の項目,および,「M e S Hを使った検索」の
章が一番面白く感じられた。M e S Hとは,M e d i c a l
Subject Headings(医学件名標目表)の略で,索引用
語集のことである。MeSH用語は検索対象語には違い
ないのだが,奥深い意味があって,論文(研究)の
分類と考えることができる。各論文のMeSH用語を理
解することによって,たとえば,ヒトを対象とした
研究なのか動物実験なのか,あるいは培養細胞を使っ
たのか,特定の臓器だけに当てはまることなのか,
介入試験なのか観察研究なのか,結果からどこまで
執筆者略歴
山田 久夫(やまだ ひさお)
1952年大阪生まれ。京都府立医科大学・助手および講師,
滋賀医科大学・助教授を経て,2000年7月から関西医科大
学・教授(解剖学第一講座)医師・医学博士。専門は「神
経解剖学」・「組織化学」。所属大学で,産学連携知的財産
統轄室長,附属図書館長,関西医科大学雑誌編集長,医
学部学生部長などを歴任。2006 ~ 2009年 日本医学図書
館協会・会長,現在は理事。
のことが言えるのか,といった当該研究の位置づけ
参考文献
1) 水田正能. 産婦人科医が “膣” を使ってはならない. 日本産科婦人科学会雑誌, 2007, vol. 59, no. 10, p. 644645. http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/kenshu_59-10.pdf, (accessed 2013-11-07).
2) 解剖学用語委員会編. 日本解剖学会監修. 解剖学用語改訂13版, 医学書院, 2007年, 544p.
732
情報界のトピックス ●Topics of the information community
情報管理 56(10), 733-737, doi: 10.1241/johokanri.56.733 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.733)
ブック検索をめぐる訴訟でGoogleが勝利
張を,G o o g l e社はスキャン画像の販売はせず,代替
物とは成り得ないと否定した。さらに,人々が書籍
ブック検索をめぐる訴訟は,2012年12月にGoogle
を発見し,購入するのを助けることにより,「新しい
社と米国出版社協会が和解に達したが,その後も
読者を作りだし,新しい収入源を生みだす」として,
Google社とAuthors Guild(作家組合)の間では,訴
G o o g l eブックスは実のところ,著者や出版社にとっ
訟が継続していた。しかし,ニューヨーク連邦巡回
ても恩恵をもたらすと指摘したのである。
控訴裁判所のDenny Chin判事は11月14日,Authors
Google社は判決を喜ぶ声明を発表し,
「長年主張し
Guildの訴えを退ける判断を下し,Google社に大きな
てきたように,G o o g l eブックスは著作権に従い,デ
勝利をもたらした。Authors Guildの主張は,Google
ジタル時代のカードカタログとして,書籍を見いだ
社が数百万の書籍をデジタル化し,G o o g l eブックス
し,購入・貸借する能力を利用者に提供している」
検索サービスを介して,それらの書籍の一部分(ス
と述べた。
ニペット)をサンプルとして見られるようにしたこ
米国図書館協会(A L A)
,米国大学・研究図書館協
とにより,著作権を侵害したというものである。
会(ACRL)
,北米研究図書館協会(ARL)からなる図
2004年に書籍のスキャンを開始したG o o g l e社に対
書館著作権同盟(Library Copyright Alliance: LCA)は,
し,Authors Guildはその翌年に訴訟を起こしたが,8
ただちに声明を発表し,C h i n判事の判決は,一般の
年後の今年7月には第2巡回区控訴裁判所が,Authors
人々が検索できる2,000万を超える書籍のデータベー
G u i l dの集団訴訟を認めないとする裁判所命令を出し
スを守るものであり,公正使用と図書館にとっての
ていた。
勝利であると歓迎した。Facebook社やMicrosoft社も
Chin判事は,Googleブックス検索は著しい公益を
参加する,米国のコンピューターと通信業界の団体
提供していると称賛し,このプロジェクトによる,
(Computer & Communications Industry Association:
著作権を有する書籍の変容的利用は,著作権法の公
CCIA)もこの判決を称賛し,Matt Schreurs副会長は,
正使用であると結論づけた。G o o g l eブックスは人々
「Chin判事はブック検索のような革命的ツールへのア
が著作権を侵害するために訪れる場所ではなく,興
クセスは制限されるべきではないことを,疑いよう
味を引かれる書籍を見いだすのに役立つツールであ
もなく明らかにした」と述べた。
ると述べ,とりわけ恩恵を受ける例として,図書館
A u t h o r s G u i l dのディレクター P a u l A i k e n氏は,
をあげている。ライブラリアンがリサーチ資料を探
G o o g l eブックス・スキャニング・プログラムは著作
し出すのに役立ち,図書館間相互貸借(I L L)のプロ
権に対する根本に関わる挑戦であるとして,
「Google
セスを効率化し,引用の発見・照合を容易にするか
社は,著作権に守られた世界の貴重な文献のほとん
らである。Chin判事はまた,「Googleブックスは書籍
どすべてを許可なくデジタル化し,それを見せるこ
の市場に悪影響を及ぼし,スキャン画像が市場にお
とによって利益を得ており,公正使用のレベルを超
ける書籍の代替物となる」というAuthors Guildの主
えている」と語り,上訴することを明らかにした。
情報管理 vol. 56 no. 10 2014
733
情報管理
JOHO KANRI
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vol.56 no.10
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http://johokanri.jp/
January
(http://publicknowledge.org/files/google%20
ることを非難することにあると記している。つまり,
summary%20judgment%20final.pdf) (accessed 2013-
Apple社の狙いはBromwichだけではなく,Cote判事
12-10).
自身であることを暗にほのめかしているとの見方で
Apple社の苦情を判事が黙殺
ある。
(http://ja.scribd.com/doc/188882761/USA-v-AppleOrder-of-Judge-Cote-of-Dec-2-2013) (accessed 2013-
電 子 書 籍 価 格 操 作 を め ぐ る 訴 訟 は2013年7月 に,
12-10).
Apple社の独占禁止法違反が認定された後,米国司法
(http://features.blogs.fortune.cnn.com/2013/12/02/
省(Department of Justice: DOJ)と33の州検事総長
apple-ebook-court-monitor/?iid=HP_River) (accessed
が和解案を発表し,Apple社に対して,独占禁止ポリ
2013-12-10).
シー基準を達成させるために,外部モニターをApple
社の給与で任命することを求めた(v o l .56, n o .6の本
電子書籍価格に関するA m a z o n調査の要求も
欄にて既報)
。A p p l e社は裁判所が任命した元連邦検
判事が拒絶
事のMichael Bromwich氏を,独占禁止法順守モニター
として受け入れたが,費用や行動に関する苦情を11
月27日に連邦裁判所に申し立てた。論点は:
スを提供するRoyaltyShare社の創設者でCEOのBob
(1)B r o m w i c h氏は,自分の時給1,100ドルと,それ
K o h n氏は,A m a z o n社による,いわゆる “搾取を目
を手助けする独占禁止専門の弁護士Bernard Nigro
的とした” 電子書籍価格を調べるよう求める申し立
氏 の 時 給1,025ド ル に 加 え,15%の 管 理 費 を 自 分
てを,裁判所に8月に提出していたが,D e n i s e C o t e
のコンサルティング会社に支払うよう請求してい
判事は,再度これを却下した。K o h n氏は,米国司法
る。Bromwich氏の5人からなるチームが,最初の2
省(D O J)がA p p l e社と5大出版社を相手取って起こ
週間に請求した額は138,432.40ドル(約1,400万円)
した,電子書籍価格操作をめぐる訴訟の審問の間中,
にのぼる。
Amazon社がベストセラー電子書籍の大幅値引きを実
(2)Bromwich氏が,Apple社CEOのTim Cook氏や取
践していることに,誰も十分な注意を払わないと不
締役のA l G o r e氏を含め,独占禁止法順守問題とは
平をもらしていた。これまでもKohn氏は,Amazon
無関係な役員全員との会見を要求している。
社の価格設定調査に関する証拠の引き渡しと,同社
その5日後,D e n i s e C o t e判事は,異議は,問題が
が電子書籍の販売で,どのような利益や損失を得て
引き起こされた行動の後10か月以内に,書面でD O J
いるのかを示すことを求めるよう,D O Jに何度も要
と原告の33州に伝えられるべきであり,問題を解決
求しては,C o t e判事に拒否されてきた。C o t e判事
できなかった場合に初めて,判事との協議を要請す
と政府は,A m a z o n社が裁判での被告ではない以上,
ることができる,と回答した。Bromwich氏が請求し
Kohn氏のとるべき手段は,Amazon社自体に対して
た金額についてはコメントを避けた。
独占禁止法訴訟を起こすことであると繰り返し指摘
「Fortune」誌は,電子書籍問題に関してApple社は,
734
メディア企業や娯楽企業にテクノロジーとサービ
している。しかし,電子書籍と消費者に損害をもた
外部の弁護士に1,000ドル以上の時給を支払ってお
らすとしてD O Jと出版社の和解に反対を唱えるK o h n
り,Bromwich氏の時給が特に高いわけではなく,真
氏は,Amazon社の出血価格に理性的に対応すること
の狙いは,Bromwich氏がApple社に対する訴追者の
こそが消費者の利益になると主張し,今後も意見を
ような役割を果たし,同時に判事と直接応答してい
述べる審問の開催をC o t e判事に要求し続ける覚悟で
情報界のトピックス ●Topics of the information community
いる。Amazon社は,目玉商品としてコストすれすれ
か,それ以下の値段を付けた電子書籍もあるとはい
られた。
Amazon社の無人機宅配サービスのニュースを受け
え,大半は利益が出る価格であると断言している。
て,英国のチェーン書店Waterstonesが,O.W.L.S.と
(http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/
名付けービスの検討を始めたと発表した。特別な訓
digital/content-and-e-books/article/60002-court-
練を受けたフクロウ隊が一羽で,あるいはチームを
denies-bid-to-examine-amazon-s-e-book-pricing.
組んで,ハリーポッターの世界と同様に,軽量のパッ
html) (accessed 2013-12-10).
ケージを,注文後30分以内に顧客の住所に運んでい
宅配サービスは無人機で,それともフクロウ
隊で?
くというサービスで,価格は1パッケージ2.75ポンド
(450 ~ 460円)である。もっとも,発表文の最後に
は「O.W.L.S.サービスの開始を待つ間,オンラインで
注文し,地元のWaterstones書店で書籍をピックアッ
Amazon社が,商品をできるだけ早く顧客に届ける
プする “Reserve & Collect service” をご利用ください」
ために,小型無人機(drone)による商品配送サービ
の文章が太字で付け加えられている。
スをテストしていることを,11月24日の米国T V番組
(http://www.usatoday.com/story/tech/2013/12/01/
で発表した。デモビデオは,A m a z o n社のフルフィ
amazon-bezos-drone-delivery/3799021/) (accessed
ルメントセンター(配送センター)において,8枚の
2013-12-10).
回転翼をもつことからオクトコプターと呼ばれる無
( h t t p : / / w w w. w a t e r s t o n e s . c o m / b l o g /2013/12/
人機が,商品のパッケージを黄色の容器に納入して,
introducing-o-w-l-s/) (accessed 2013-12-10).
顧客の家まで飛んでいく様子を見せた。パッケージ
の重さは最大2.27キログラムで,米国の配送センター
EFF,サービスの暗号化状況のリストを公表
から半径16キロメートル以内の距離まで届けること
ができる。Amazon社のサイトで購入ボタンが押され
デジタル時代の自由な言論を守るために活動する
てから,30分以内に届けることを目標にしている。
米電子フロンティア財団(E F F)は11月20日,大手
実現するには,さらなる技術開発と米国連邦航空局
I T企業のサービスの暗号化状況をまとめたリストを
(Federal Aviation Administration: FAA)の許可を得る
公開した。米国家安全保障局(N S A)が大手I T企業
必要がある。CEOのJeff Bezos氏は,Prime Airと名付
のユーザー情報を違法に監視していたことが明らか
けたこのサービスの提供には,まだ4 ~ 5年かかると
になる中で,各企業がユーザーを守るためにどのよ
見込んでいる。ほとんどが軍事用に使用されてきた
うな対策を取っているかを評価することを目的とし
無人機だが,近年コストが急落して,商業利用にも
ている。このリストでは暗号化対策として,データ
手の届く価格になってきている。FAAは今のところ使
センター間のリンクの暗号化,H T T P Sのサポート,
用を公共団体に限定しているが,商業利用管理のた
HTTP Strict Transport Security(HSTS)のサポート,
めの規則を,2015年までには作成する計画である。
forward secrecyの採用,STARTTLSのサポートの5項
カナダやオーストラリアには,無人機の商業利用
目について評価。対象18社のうち,現時点でこの5項
を許可する規則がある。シドニーでは,教科書の販
目すべてに対応しているのは,G o o g l e,オンライン
売・レンタル業を営むZookal社が,無人機6機を使い,
ストレージサービスのDropboxとSpiderOak,ISPの
屋外に書籍を降ろすサービスを計画中である。また,
Sonic.netの4社のみだった。Twitterは4項目に対応,
中国の深セン市でも同様なサービスのテストが始め
A m a z o nは対応済みの項目が1つもなかった。また
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情報管理
JOHO KANRI
2014
vol.56 no.10
January
http://johokanri.jp/
AT&TとVerizonの通信大手2社はいずれも,対応状況
スを安心して使えるようにすることを目指すとして
を明らかにしなかった。
いる。同センターでは,Microsoftの法律および技術
(https://www.eff.org/deeplinks/2013/11/encrypt-
分野の専門知識と,さまざまな分野の最先端ツール
web-report-whos-doing-what) (accessed 2013-12-
やテクノロジーを組み合わせる。ワシントン州レッ
10).
ドモンドのMicrosoft本社内に開設される同センター
Journal of Information Processing and Management
テクノロジー企業のセキュリティー対策が進む
には,100名近くの弁護士,調査員,技術専門家,科
学捜査専門家などが世界中から参加する。オンライ
ンでの組織犯罪のマップを作成する「SitePrint」や,
国家安全保障局(USA)がテクノロジー企業のネッ
児童ポルノ対策技術「PhotoDNA」などのテクノロジー
トワークに侵入していた問題や,サイバー犯罪の広
を利用するほか,オンライン詐欺やなりすましなど
がりなどに対応して,テクノロジー企業はサービス
の犯罪の科学的捜査や,ボットネット撲滅プログラ
のセキュリティー強化や,サイバー犯罪への対応を
ムなどを実施する。
進めている。
( h t t p : / / y a h o o . t u m b l r . c o m / p o s t /67373852814/
米Y a h o o !の最高経営責任者(C E O)のマリッサ・
our-commitment-to-protecting-your-information)
メイヤー氏は11月18日,同社の全製品にわたって暗
(accessed 2013-12-10).
号化の取り組みを強化すると発表した。具体的には,
(https://blog.twitter.com/2013/forward-secrecy-at-
2014年の第1四半期末までに,(1)データセンター間
twitter-0) (accessed 2013-12-10).
を移動するすべての通信データの暗号化,(2)ユー
(http://www.microsoft.com/en-us/news/press/2013/
ザーがY a h o o !と共有する全データを暗号化するオプ
nov13/11-14cybercrimecenterpr.aspx) (accessed
ションの提供を完了させるとした。さらには,米国
2013-12-10).
外のパートナーと協力して,Y a h o o !ブランドのメー
ルアカウントでの「HTTPS」対応を進めるとした。
Twitterは11月22日,新たなセキュリティー対策と
N E C,ビッグデータの「テキスト含意認識」
を高速化
して「forward secrecy」と(PFSとも)呼ばれる鍵管
736
理方式を採用したと発表した。この方式は,公開鍵
N E Cは11月14日,大量のテキストデータ(ビッグ
暗号技術の1種で,暗号化された通信を第三者に長期
データ)から特定の意味を含む文書を漏れなく検出
にわたって解読されないようにするためのもの。11
する「テキスト含意認識」を,従来比で約24,000倍
月20日に発表されたE F Fの「暗号化状況リスト」(前
高速化することに成功したと発表した。テキスト含
述の記事を参照)では,Twitterのほか,Facebook,
意認識とは,ある文書が特定の意味を含むかどうか
Google,Dropboxなど多くの企業がforward secrecy
を,表現の違いに左右されずに判定する技術。従来
を採用している。
の方式では,テキストデータ中の全文書に対して,
米M i c r o s o f tは11月14日,サイバー犯罪対策組織
特定の意味を含むかどうかを1つずつ判定していた
「Microsoft Cybercrime Center」(Microsoftサイバー
のに対して,新技術では,テキストデータ中の文書
犯罪センター)の開設を発表した。マルウェア,ボッ
が特定の意味を含むかどうかを一括で判定し,その
トネット,知的財産の窃盗,テクノロジーを使った
過程で,ある条件を含まないと確定した文書は随時
児童虐待などのオンライン犯罪に取り組むことで,
候補から除いていくことにより,従来と同じ精度で,
世界中の人々が,コンピューターデバイスやサービ
より高速な検出を可能にした。約700万文
(新聞4年分)
情報界のトピックス ●Topics of the information community
のテキストデータを用いた計測では,従来技術で約
定める新しい総合計画の策定に向けたビッグデータ
1.3時間かかっていた含意認識が,わずか0.2秒で可能
分析プロジェクトに参加し,作業に着手したと発表
になった。同社は,「新技術により,インターネット
した。同社のソーシャルメディア分析ツールを利用
上に溢れる意見・風評や膨大な企業内文書の中から,
し,過去の市民アンケートや市民インタビューといっ
特定の意味を含むものだけを漏れなく高速に検出で
た浜松市が保有するデータと,Facebook,Twitter,
きるようになり,マーケティングやリスク管理等の
ブログなどのソーシャルメディア上のビッグデータ
強化が可能となる」としている。
を併せて分析し,市民の潜在的な期待や問題意識,
(http://jpn.nec.com/press/201311/20131114_03.html)
市内外から見た浜松市の印象などを抽出する。分析
(accessed 2013-12-10).
結果は,「浜松市未来デザイン会議」で市政の方向性
浜松市のビッグデータ分析プロジェクト
を見いだすための情報として活用するとしている。
(http://pr.fujitsu.com/jp/news/2013/11/13.html)
(accessed 2013-12-10).
富士通は11月13日,静岡県浜松市の30年後の姿を
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情報管理
JOHO KANRI
2014
vol.56 no.10
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
January
新たな1年が始まります。
冒頭の情報事業担当執行役の「年頭所感」にもあ
りますように,弊誌の発行母体である科学技術振興
機構の情報事業は,時代の流れの中で大きく変わっ
てきました。それにともない弊誌も,2006年度か
らWeb版を無料公開し,2012年度からはXML化を
開始しました。本文HTMLはご覧いただけましたで
しょうか。章,節の見出しが冒頭に目次のように並
んでいるので,内容がわかりやすいかと思います。
1月号は2つの記事で,電子付録を付けておりま
す。一方は今号で第3回となる新たな評価指標の記
事です。図表のもととなる数値データを付録としま
した。もう一方は,今号から始まった国家研究公正
システムの記事です。各国システムの分類に用いた
資料データを電子付録にしました。いずれもデータ
あっての記事ですので,電子付録としてご覧いただ
けることをうれしく思います。W e b版は図表もカ
ラーです。ぜひWeb版をご覧ください。
昨年は,データ・サイエンティストが大いに話題
になった年でした。弊誌は,昨年の4月号でこのテー
マを取り上げました。ときのキーワードとなってい
る「オープン化」に関連するテーマも,昨年は数多
く取り上げました。
本年も,情報の発信,整備,流通,活用にいたる「情
報のサイクル」の各段階とその関連事項を主題領域
として,時宜を得た記事を掲載していきたいと思い
ます。さらに,情報科学技術の進歩が可能にした新
たな現実をお伝えする記事にも取り組みます。今号
の「反転授業」はその一環です。多くの方にお読み
いただければと思います。知のインフラ整備と著作
権,インフォプロ人材育成,研究倫理の関連記事は
いかがでしたでしょうか。ぜひご感想をお寄せくだ
さい。
本年もよろしくお願いいたします。
(KM)
□次号予定
●初音ミクとN次創作に触発された音楽情報処理研究:VocaListenerとSongrium
●アメリカにおける公共図書館のビジネス支援サービス
●RDA(Resource Description Access)でできることできないこと:RDAの理解に向けて
●諸外国の国家研究公正システム(2):諸外国の特色ある研究公正モデル ●バイオインフォマティクス人材を取り巻く現状:人材に関するアンケート調査
情報
管理
JOHO KANRI
Journal of Information Processing and Management
科学技術振興機構
vol.56 no.10 January 2014
●編集委員会
<委員長>加藤治(科学技術振興機構)
<編集委員>
江草由佳
(国立教育政策研究所)
・小河邦雄
(大正製薬㈱)
・
気谷陽子(聖学院大学)・志賀智行(旭化成㈱)・
青山幸太・伊藤祥・植松利晃・木村美実子・黒田雅子・
佐藤恵子・土屋江里・野田口真也・火口正芳・余頃祐介
(以上 科学技術振興機構)
●編集事務局
木村美実子(事務局長)
藤井昭子・本橋野枝・及川優子(以上 科学技術振興機構)
2014年1月1日発行(月刊)
年間購読定価 本体 ¥12,600(税込)
1部定価
本体 ¥1,260(税込)
●版下作成・印刷
昭和情報プロセス株式会社
発行
独立行政法人 科学技術振興機構
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
「情報管理」編集事務局
Tel. 03(5214)8406 Fax. 03(5214)8420
E-mail: joho-kan@jst.go.jp
http://johokanri.jp/
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・本誌に落丁・乱丁がありました節は,まことに恐れ入りますが,編集事務局宛に現品をご返送ください。送料は当機構
の負担で,お取り替えいたします。勝手ながら現品送付のない場合は,お取り替えいたしかねます。
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