簡明なプログラムによる 便利な高機能運動解析システム

高
校
物
理
簡明なプログラムによる
便利な高機能運動解析システム
山口県立宇部中央高等学校 末 谷 健 志
目 的
開発したソフトウェア教材「運動リアルタイムアナ
ライザー」は、中学校または高校における授業や科学
クラブ等で使用し、次の 2 点を目的とする。
1.目の前で起こる物体の運動をリアルタイムに解析
し、軌跡やグラフを表示することで、生徒に運動
の特徴を理解させる。
2.教材を形作るプログラム(C++言語)を簡明に
することで、生徒が自由に改変したり、他に応用
できるようにする。
写真 1 教材の構成と使用風景
太陽光や蛍光灯下などの明るい場所で使用する。
表 1 開発した教材
*
2.シンプルかつイージー
使う際には、PC と Web カメラをつなぎ、
「運動リ
アルタイムアナライザー」を立ち上げるだけである。
表示されるカメラの映像上で、解析対象の物体をク
リックすると、後は自動的にその物体を解析し始め
る。記録タイマーなど、従来の実験装置と比べると、
手軽で簡単に扱える。
3.幅広い応用が可能
本教材の最大のポイントは、カメラに映し出された
物体の位置を精度よく求める機能である。モーション
キャプチャと呼ばれるこの技術を API(Application
Program Interface)などのパッケージされた命令群
をできるだけ用いず、シンプルな理論とプログラムで
実現した。これにより、多少の知識を持った生徒なら
ば、プログラムを他に応用できる。
近年、モーションキャプチャを利用した研究や製品
が大学や企業から次々と発表されているが、この教材
を利用して、生徒でも高度な研究作品を実現できるよ
うになる。実際に、この教材や内包する理論を利用し
て、新しいロボットや PC インターフェースなど、オ
リジナリティあふれる数多くの中高生の研究が誕生した。
また、これらは、全国規模の生徒の科学コンクール
で何度も優勝するなど、高い評価を受けた。
教材名
「運動リアルタイムアナライザー」
形態
ソフトウェア
Ⅱ.「運動リアルタイムアナライザー」の原理
必須機器
Web カメラ、PC(Windows)
PC 必須条件
Core2Duo クラス以上の CPU
開発環境
VisualStudio2008(C++言語)
ソフトウェア内部で行われる処理を図 1 に示す。最
初に解析対象を選択する以外は、処理は全て自動で行
われる。
カメラから次々に送られてくる各瞬間の元画像(静
止画像)から、指定した物体のみを抜き出す。抜き出
した画素群の座標値から、物体の位置、速度、加速度
などを算出して表示する。この一連の作業を 1 秒間に
何十回も繰り返し行うことで、物体の運動をリアルタ
イムに解析して表示する。
この中で、最も重要かつ困難な仕事が、画像から物
体のみを抜き出す作業である。本教材では、色フィル
タとノイズフィルタがこの作業を行っている。また、
これらのフィルタを構成するプログラムは、基礎的な
数学知識で理解できるように工夫されている。
概 要
Ⅰ.「運動リアルタイムアナライザー」の特徴
1.任意物体の運動をリアルタイムに解析する
Web カメラの前で動く、ボールなどの任意物体を
背景と分けて認識し、その位置、速度、加速度などを
瞬時に計算して、数値やグラフ、軌跡をリアルタイム
に示すことができる。これにより、平面運動や衝突運
動など、これまで難しかった測定も可能になった。
*
すえたに たけし 山口県立宇部中央高等学校 教諭 〒 755-0039 山口県宇部市東梶返4-10-30
☎(0836)21-7266 E-mail spring8@e-ml.jp
1
⑵ 軌跡モード(2 次元)
解析対象とした物体の軌跡を 2 次元で表示する。連
続ストロボ写真モードに比べると、高い精度で軌跡を
得ることができる。
図 1 「運動リアルタイムアナライザー」の原理
元画像の各画素に対して各フィルタを適用する。
教材・教具の製作方法
1.
「運動リアルタイムアナライザー」の全体画面
表示される Web カメラの映像上で、解析対象とす
る物体をクリックして選択する。後は、ソフトウェア
が自動で解析し、結果を表示する。
図 4 軌跡モード(2 次元)
投げられたボールが、カメラの左端に置かれた
壁にぶつかり、跳ね返っている様子。 ⑶ 軌跡モード(3 次元)
カメラの視線に対して垂直な同一平面上で物体が運
動するものとして、軌跡やアニメーションを 3 次元で
表示する。画面上でマウスをドラッグして動かすと、
観察する視点を変えることができ、軌跡などを様々な
方向から眺めることができる。
図 2 「運動リアルタイムアナライザー」
色の特徴で物体と背景を分離するため、
物体の色は目立つ蛍光色などが望ましい。
2.各種表示モード
「運動リアルタイムアナライザー」は、解析結果を
様々に表現する 5 つの表示モードを実装している。
⑴ 連続ストロボ写真モード
動く物体のみを連続的に背景に上書きして、教科書
でもおなじみの連続ストロボ写真を得る。
図 3 連続ストロボ写真モード
図の時間間隔は 28ms(1 秒間に 31 ショット)で、
間隔値は変更可能である。
2
図 5 軌跡モード(3 次元)
取得した物体の平面座標を元にして 3 次元表示している。
⑷ グラフモード
物体の位置や速度、加速度の時間変化をグラフに表
示する。表示したい物理量やその成分などは、リスト
から選択する(図 6)
。
⑸ AR モード
物体の軌跡やグラフ、または運動のアニメーション
をカメラに映ったマーカー上に表示する。現実空間に
情報を上書きする技術、AR(Augmented Reality;
拡張現実)を応用したモードである。手に持ったマー
カーの傾きや方向に合わせて、アニメーションや軌跡
の視点を変えることができる(写真 2)
。
この AR モードは、加藤博一先生(奈良先端科学技
術大学院大学)が開発された ARToolKit ライブラリ
を利用している。
図 6 グラフモード
グラフは上から順に、鉛直軸の座標、速度の鉛直軸成分、
速度の水平軸成分を表す。
図 7 授業の展開例
色で示した場面で教材を用いる。
筆者の場合、結果をすぐに印刷して生徒に配布する。
図 7 で示した PISA 型学力の各プロセスと理科授業
の関係は、奈良女子大学附属中等教育学校で筆者らが
取り組んだ教育研究をベースにしている。これは、理
科教育、特に素養としての科学的思考力を論じる上で
有用だと思われるが、本文の主旨から外れるため、こ
こでは割愛する。
Ⅱ.科学クラブにおける実践
写真 2 AR モード
カメラに映ったマーカー上に、軌跡やグラフ、
運動のアニメーションなどの情報を表示する。
学習指導方法
Ⅰ.授業における実践
「運動リアルタイムアナライザー」のように、手軽
に結果を得られる教材は、その便利さが、逆に生徒の
思考チャンスを奪いかねない。いくら実験をしたとこ
ろで、科学的思考力を削いでしまった授業は、もはや
レシピを追うだけのアクティビティでしかなく、「楽
しかった」という生徒の感想は「楽(らく)だった」
と同義になりかねない。これは、教材を使う側が常に
注意すべき問題であろう。
他の教材と同様に、「運動リアルタイムアナライ
ザー」も、発問の工夫次第でいくらでも科学的思考力
を伴う授業展開が可能である。筆者の経験上、結果か
ら理論を考察させたり、仮説を立案させたりする展
開、つまり、図 7 に示すような PISA 型学力における
科学的思考力過程のプロセス 2 またはプロセス 3 を促
す授業展開において、本教材は力を発揮する。
例えば、床との衝突をテーマに、プロセス 2 の展開
であれば、教材で得た図 4 などの軌跡を示し、「水平
方向の間隔が一定」
「最高点が徐々に下がる」などに
気づかせ、その理由をニュートン力学で考察させる授
業展開になる。
これまで、特殊な環境や装置が必要であったモー
ションキャプチャを、本教材は平易なプログラムとシ
ンプルな機器構成で実現した。これが、生徒が教材を
他に応用できるようにした大きなポイントである。
科学クラブ(奈良女子大学附属中等教育学校サイエ
ンス研究会)において、生徒に本教材やプログラムを
示し、段階を追ってモーションキャプチャを実現さ
せ、徐々に他へ応用させていく学習を展開した。つま
り、本教材の実現を中間的なゴールに設定して、生徒
の基礎技術を確立させながら指導した。
プログラムは科学計算では一般的なC++言語で書
かれているが、生徒のほとんどは全くの素人であっ
た。しかし、数年間の指導で、筆者も驚くほどの成長
を見せ、生徒が互いに議論し、オリジナルな研究を
次々と実現させていった。
図 8 教材の開発画面(VisualStudio2008)
科学計算では一般的なC++言語で記述している。
3
実践効果
その他補遺事項
Ⅰ.授業実践における生徒の反応
Ⅰ.誤差について
・物体の動きに合わせて、画面上で軌跡がぐりぐり動
いたり、グラフが描かれるのがおもしろい。
・ボールを斜めに投げると、水平方向と鉛直方向の運
動が全然違う。2 つの軸に分けて力学を考える理由
がよく分かった。
・みているだけでもおもしろいが、なぜそのような運
動をするのかを考えるのも楽しい。きちんとした理
由があって、物体が動いていることがよく分かる。
教材を用いて、自由落下や振り子を利用した重力加
速度の測定実験を行い、教材の精度を検証した。
グラフ 1 が示すとおり、振り子などゆっくりとした
運動に対しては、高い解析精度を実現しているが、落
下など比較的変化が激しい運動に対しては、まだ不十
分である。
本教材の解析精度は、カメラの解像度や PC の処理
能力などに依存する。今後は、並列処理の導入などに
より、さらなる解析精度の向上を図っていきたい。
本教材は、力学分野の授業で頻繁に使用することが
できる。その度「この結果から何が分かるか」「結果
を予測しよう」
「その理由は」といった発問で授業が
展開される。知的に楽しみながら、生徒と教師が授業
をつくる雰囲気を感じることができた。その様子は、
上のような生徒の反応からも読み取ることができよう。
グラフ 1 重力加速度の測定値
真値(9.8m/s2)を 0%としたときの実験値のずれ。
Ⅱ.公開について
本教材は学会等で公開し、無償で配布する。
Ⅲ.今後の展開
写真 3 実験の様子
教材で得る軌跡やグラフから生徒の科学的思考を促す。
Ⅱ.科学クラブにおける成果
生徒の自由な発想に基づく数々の研究作品は、全国
的な生徒の科学コンクールで高く評価された。
写真 4 生徒の研究作品
新しい PC インターフェースやソフトウェア、
ロボットなどの研究作品が誕生した。
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開発したソフトウェア教材「運動リアルタイムアナ
ライザー」は、従来の記録タイマーなどと比べると、
使い勝手の良さや運動の種類を選ばない自由度の高さ
などを有する。
今後は、解析精度をさらに高めると同時に、イン
ターフェースの改良を行う。特に、
AR
(拡張現実)モー
ドは、直感的な理解や操作を可能にするばかりか、
「運
動を共有する」という新しい可能性をもった強力な
ツールになり得ると考えている。
図 9 に示す「運動解析共有システム(iMass)
」の
試作品を近く公開する予定である。
図 9 運動解析共有システム(iMass)
本教材と AR の組み合わせが実現する
「運動を共有する」システム。
Ⅳ.謝辞
本教材の開発に当たり、前任校である奈良女子大学
附属中等教育学校の教職員や関係者の方々に大変お世
話になりました。特に、スーパーサイエンスハイス
クールの指定に伴って設立された同校のサイエンス研
究会においては、多くの知的な刺激を得ると同時に、
研究会顧問であった筆者の教育実践の場となりまし
た。協力してくれた生徒諸君に深く感謝いたします。
また、本教材をまとめるに当たって、山口県立宇部
中央高等学校の教職員の方々や生徒の皆さん、山口県
高等学校教育研究会理化部会の先生方、さらには奈良
物理サークルの先生方より、様々なアドバイスを頂き
ました。ご支援いただいた多くの方々に感謝いたします。
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