7,8月号(No.289)

ていよう
綴葉
'10
7
8
No.289
あなたが創る生協の書評誌
▶
話題の本棚
都留泰作作
『ナチュン』
小西甚一著
『古文の読解』
特集/少女漫画
新刊コーナー/新書コーナー/対談
〒606-8317 京都市左京区吉田本町
京大生協綴葉編集委員会
Tel:771-6211 / E-mail:teiyo@s-coop.net
綴葉HP: http://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/000696.php
話題の本棚
文化人類学×マンガ=沖縄SF!
多彩なキャラクターたち
主人公テルナリは、いかにも京大にいそうな大学院生。頭がよく
行動力も高いものの、イルカ観察のために弟子入りしたゲンちゃん
とつかず離れずの関係が続く中で、海の底からやってきたフィリピ
ナチュン
ほか、一筋縄ではいかない沖縄の漁師の中にあって誇大妄想な野心
も空回り気味だ。そして魅力的な女性キャラクターたちが物語を彩
る。海中でイルカと戯れるウェットスーツのヒロインは文字が読め
六月号ではアジア・アフリカ地域研究研究科の院生の方々に特集
の原稿を書いていただきましたが、同じ研究科出身の文化人類学者
ンパブの女のコに接待され、寿司屋の若き人妻に誘惑される日々。
都留泰作作
講談社
が漫画雑誌「アフタヌーン」誌上で連載されていた作品が三月に完
のんびりとした雰囲気でありながら本作はしかし確実にSFであ
る。後半、主人公は中国系組織に拉致され海底で奴隷とされてしま
ず口もきけない。名前が分からないためドル子と名付けられた彼女
結しました。今回はその作品を取り上げます。
大学院生がそのビデオに人工知能を完成させるアイディアが隠され
っただけだった。だが、留学先のアメリカでその映像を見た日本人
録した映像を数学論文として発表するも学界からは困惑と失笑を買
は引退した。のちにイルカの研究家となり海中のイルカを延々と記
学賞を受賞した天才であったが、言語能力を失い数学、物理学から
西暦二〇三五年、四二歳のフランス人数学者が交通事故に遭い脳
の左半分を失う。彼、デュラム教授はフィールズ賞とノーベル物理
なお京大で、七月に作者を招き「人類学とエンターテイメント」
という内容で講演会があります。
後まで読み終えて泣いているのは読者のあなたかもしれない。
て泣くのか。その意味はエンディングになってようやくわかる。最
なお表題の「ナチュン」とは那覇方言で「泣く」という意味のこ
とば。泣くのは主人公なのか、ヒロインなのか、そもそも何につい
るのか。ここから先は読者自身の手でぜひ確かめてみて欲しい。
怒濤の展開が待っている。テルナリは復活して人工知能を完成でき
い、裏では教授をめぐるバチカンの陰謀が徐々に明らかにされ…と
ていることに気づく。ビデオを解読するため、沖縄の離島に渡りイ
日時:七月二三日(金)一八:三〇開始
近未来海洋SF
ルカの生態を研究しはじめる…。魚のえらのような水中呼吸を可能
さいはい
にする人工鰓肺が開発され、長時間海中で活動できるようになって
(税込一~四巻五六〇円・五巻五七〇円・六巻八〇〇円)
会場:文学部 第六講義室 いる。だが近未来とはいえ、漁師や島の人々の生活は今とほとんど
(夏太郎)
変わらない。作者が沖縄で行っていたフィールドワークが反映され、 (ご興味ありましたら、参加してみてはどうでしょう。)
濃いキャラクターとの日々が、ひとコマひとコマに描かれている。
2
話題の本棚
くさんある。例えば有名な「をかし」と「あはれ」の違い。「らむ」
生の目線から古典を語ってくれるからだ。古典を学ぶ時の問題はた
といったらそうではない。この参考書では、小西氏自身が自ら高校
りばめられたギャグも古めかしいが、だからと言って親しみにくい
時代性は感じる。センター試験はまだ共通一次試験だし、アン・
ノン族とかいう言葉が出てくる。どことなく言葉づかいや随所にち
みち』( 共に洛陽社)という参考書を出版していたが、この二つの著
作を総合して新たに執筆されたのがこの『古文の読解』である。
全年齢の人が読むことができる参考書
古文の読解
小西甚一著
ちくま学芸文庫
参考書復刊ブーム
に訳し分けたらよいのだろうか。本書はこうした受験に必要な一つ
や「けむ」などの助詞の訳し方。中古語と近世語の差異はどのよう
ひとつの要素を、豊富な過去問と共に易しく解説している。
ここ暫く教科書・参考書復刊ブームが起こり、大きな反響を呼ん
でいる。例えば二〇〇八年には、「山貞」の略称で親しまれた山崎貞
『新々英文解釈研究』( 研究社)が復刊された。また、今年六月には
ない。もちろん、受験生の頭を余計に混乱させるような、参考にな
まとめ、しかも一流の先生が分かり易く書いているものは実は他に
い思い出ばかりが思い出される。だがあんなにコンパクトに要点を
考書の判り良さに気がつくものらしい。参考書と聞くと受験の苦し
古典はなまじ日本語だから、訳すのにてこずることもある。この手
るところもユニークである。例えば助詞「む」は will, (shall)
など。推
量とか勧誘などと覚えるより、すっきり頭の中に入ってこないか。
ころから解説を始める。また時に英訳と合わせて古典を解説してい
こで本書は平安時代の建物や食べ物など、当時の社会を再現すると
だが、本書はただの参考書にとどまらない。いくら単語を覚え文
法を理解しても、それだけでは古典の世界は十分に理解できない。そ
受験から一般教養へ
高田瑞穂による『新釈現代文』
(ちくま学芸文庫)も出版されている。
意外にも読者は現役受験生よりも、四、五〇代の元受験生達が多い
らない参考書もある。だが復刊を望まれるものは、やはりそれなり
法は、スタンフォード大学に客員教授として招かれたこともある小
と聞く。社会に出て暫く経ち、いざ再び勉強しようかと思った時、参
の理由があって復刊されるのだ。
少し遠回りかもしれない。だが逆に、それが今復刊を熱望されたゆ
西氏の独自のスタイルである。こうした古典の解説は、受験生には
古典参考書の金字塔
本書はそのブームの一翼を担う参考書である。元々出版されたの
は一九六〇年。改訂版が出版されたのは一九八一年。その後長らく
(五三六頁 税込一五七五円 えんであろう。受験を終えた後でも有用な古典の参考書。 (満潮)
月刊)
3
絶版になっていたが、今年に入って復刊された。著者の小西甚一氏
は出版当時、東京外国語大学教授。既に『古文
研究法』『 国文
法ちか
2
綴 葉
トーマの心臓
萩尾望都作
小学館文庫
少女漫画とは倒錯である
「愛してたなんて―――
2010. 7. 9
特集
少女漫画
信じない!」 そう吐き捨
てるように、遺書を残して
死んだ金髪の美少年トー
マ・ヴェルナーの想いを伝
えるエーリク――彼に生き
写しの転校生――の言葉に、
ユリスモールは応える。黒髪の主人公のその
姿が、言いようもなくいたましい。物語の冒
頭でトーマの死を伝え聞いてからおよそ二幕、
少年たちの微睡と昏倒とそれに続く覚醒の繰
り返しのうちに移ろうギムナジウムの日々の
なかで、わたしたちは既に彼の絶望の深さを
感じ取っているから…。
物語が与える深い感動の一方で、設定だけ
見ればどうしてこれが日本語で日本人を相手
に書かれなければならなかったのか理解に苦
しむ萩尾望都の傑作である。年齢性別を問わ
ず読み継がれ、ジャンルを越えて影響を与え
続けているが、もともとは1974年に『少女コ
ミック』誌上に連載された作品だった。文庫
版(95年刊)の巻末エッセイでSF作家の大
原まり子は、「二十年も前のこと……」「夕陽
の射し込む放課後の教室」で、と、高い調子
で回想している。
…70年代の日本の学校、その放課後の教室
で、ドイツのギムナジウムを舞台とする作品
を読んでいる。黒髪の少女たちのなかの変わ
り者が、金髪碧眼の少年たちのなかの黒髪の
少年の愛と求道の物語を読み耽っている。
「何々君が好き♡」というのではなく、「信じ
見果てぬ夢に魅せられて、叶わぬ恋に
ない!」という仕方で愛を語る漫画がその心
恋焦がれ、譲れぬ意地を追いかけて…
をとらえる。そうだ。そうだ、ユリスモール
今回は編集委員が、それぞれの少女マ
はわたしなのだ、とでもいうように。
ンガ観を体現する1冊をお送りします。
素直に屈折した人のための1冊。 (韓図)
お気に召しますよう。
(峰)
(461頁 税込710円)
4
綴 葉
No.289
動物のお医者さん
娚の一生
佐々木倫子作
白水社
西炯子作
小学館
少女漫画とは共感である
少女漫画とは夢である
作品に対して感情移入
少女漫画はあり得ない
できるかどうかは漫画を
ことの宝庫である。
読む上で重要なポイント
金と地位と名誉があっ
である。普遍的な題材であ
て、そこそこ男前で独り者
ればある程、多くの人に共
で、インテリで優しくギャ
感を呼ぶことができるわ
グも言える、そんな初老の
けだが、世の中にはマイナ
大学教授なんて滅多にい
ーな題材を扱った作品も数多くある。それに
ない。仕事の出来るOLが、恋に破れて田舎
は読者に新しい視点をもたらすという意味も
に引っ込んだら、そんな男性と不思議な縁で
あるだろうし、共感を呼ぶ範囲はごく狭くは
同居することになって…なんていうことは、
なるが、しかし深くなる。
現実には決して起こらない。しかもその男性
本作も主人公は獣医学生、舞台は大学の獣
が自分に一目惚れしてくれて、ひたすら変わ
医学部、という非常に世間からはかけ離れた
らぬ愛情を注いでくれる、なんてことはもっ
題材を扱っている。動物に振り回される個性
と起こらない。現実の男なんて大概、見た目
豊かな学生、教授が繰り広げるスラップステ
も中身も汚く醜く、怠惰で偉そうで、自分が
ィックなのだが、それに動じない主人公のハ
どんなにみっともないかということなんて眼
ムテル(キミテル)の異常な冷静さが本作の
中にない、頭の悪い生き物である。
非日常感を形作っている。
でも、そんなことはどうでもいい。設定が
異色な本作の中でも特に独特な雰囲気を醸
無茶じゃないかとか、どうして主人公がこん
し出しているのがヒロイン(?)の菱沼さん
なに結婚したがるのかとか、教授の京都弁が
だろう。低血圧で特異体質、吸血鬼扱いの博
上手すぎるとか、親戚のものわかりが良すぎ
士課程(のちにオーバードクター)学生で、
るとか、そんなことを言うためにこの漫画を
就職できない、結婚できない不遇のヒロイン
読むんじゃないのだ。年をとっても不器用な、
なのであるが、マイペースで自分の研究をし
うまくいきそうなのにいかない二人にじれっ
ている姿には見ていて応援したくなるものが
たくなり、もどかしくて切ない気持ちを一緒
あるし、同じく博士課程に在籍し、予算に振
に味わい、こういう恋愛をしてみたいと夢を
り回され、留学生とのコミュニケーションに
見る。そういうことのために読む漫画だ。特
苦慮する評者としてはやはり共感せざるを得
に教授の魅力は相当のもの。枯れているけど
ないのである。
色っぽい。大人なのに子どもっぽい。こんな
菱沼さんは果たしてまともな社会人になれ
素敵な男はいないし、こんな男に愛されるな
るのか?
んてことは起きない。
お嫁に行けるのか?
それだけが
気がかりで仕方がない。
でも、だからいいのだ。少女漫画は夢であ
(蓋し)
(全12巻 税込各410円)
る。こんな世界で、夢も見ないでどうやって
生きていけるというのだ。
(大福)
(全 3 巻 税込各420円)
5
綴 葉
S・A (スペシャル・エー)
2010. 7. 9
西洋骨董洋菓子店
南マキ作
白泉社
よしながふみ作
白泉社
少女漫画とは記号の体系である
少女漫画とはケーキである
この作品には少女マン
深夜遅くまで開店してい
ガの「文法」とも呼びう
る洋菓子店"アンティーク"
る何物かが歴然と析出し
のケーキは絶品。オレンジ
ている。そのことを確か
ジュースとリキュールをた
めるために、作品の構造
っぷり染ませたスポンジで
を規定する登場人物の設
ほろ苦いチョコレートムー
定を見ていきたい。
スをくるんだ「ショコラ・
主人公の通う高校には、
オランジュ」、せつなくなる程酸っぱいレモ
学業成績でクラスを分ける制度がある。最上
ンクリームをサブレ生地で包んだ「タルト・
位者はスペシャル・エークラスに割り振られ
シトロン」などは洋菓子にうるさい渋面刑事
るが、クラスと呼ぶにはあまりに少人数
( 7
も思わずにんまりするほどだ。
人)。7 人のうち主人公以外は大企業の社長
この都内有数の名店で働くのはなぜか男ば
令息や有名アーティストの子女などが占めて
かり。辛党でケーキは全然好きじゃない髭の
いる。主人公は収入・社会的地位ともに普通
オーナー、ノンケも夢中にしてしまう「魔性
の大工の棟梁の娘である。お解りのとおり、
のゲイ」の天才パティシエ、元ボクシングチ
この高校は富豪の子女が通うべき名門校であ
ャンピオンの見習い店員に、何をやっても不
る。一般人である主人公をここに繋ぎとめた
器用なオーナーの側近、という訳アリな面々。
のは、何についても周囲をはるかに凌駕する
彼らが織り成す悲喜こもごもが実に美味しそ
同級生に負けたくないという思いであった。
うなお菓子の数々とともに語られる。
主人公は「貴族の集まりに参加権を得た平
よしながふみの作品の特徴は魅力的な美形
民」である。これは作品全体を駆動する対称
キャラによる繊細なボーイズ・ラヴ。もう一
性の破れである。主人公は不断の努力によっ
つの特徴は実においしい料理が登場すること
て参加権を得続けなくてはならない。貴族達
だ。読後、ケーキが食べたくなること必至な
の努力はほとんど描写されない。この所与-
のでダイエット中の人はご注意を。
獲得の対照も、主人公のヒーロー性を動機付
甘いものが苦手なのにケーキ屋をやってい
ける。しかし、読者の感情移入の決定打は、
るオーナーには、幼い頃誘拐された過去があ
底抜けに陽気な大工の父親と、その血を継い
った。最終巻では、その記憶を呼び起こす新
で極めてポジティブな彼女自身の性格である。
たな連続誘拐殺人事件が発生。被害者の胃か
努力家で前向きな主人公、天才のライバル
らは"アンティーク"のケーキを食べた痕跡が
ジ ェ ノ ワ ー ズ
(当然、後の恋愛対象)、主人公とライバルの
見つかる。犯人と店の接点はどこにあるのか、
間の決定的な生得的差異。舞台は主人公が実
犯人はかつてオーナーをさらった人間なのか、
力で居場所を確保している特権的地位。この
物語は最後まで目が離せない…。
ように要素を列挙すると作品の記号性が明瞭
少女漫画もケーキも甘いだけでは飽きてし
に見えてくる。そしてそれは、この作品に限
まう。ときに渋く、ときに苦くなければなら
定されるものではない。
(峰)
ない。そう、まるで人生のように。
(夏太郎)
(全17巻 税込各410円)
(全 4 巻 税込1 ~ 3巻546円 4巻557円)
6
綴 葉
No.289
お父さんは心配性
完全版 こどものおもちゃ
岡田あーみん作
集英社
小花美穂作
集英社
少女漫画とは成長である
少女漫画とは約束である
少女漫画の主題の一つに、
評者は熱心な少女漫
画 読 み で は な い。 全 体
「子供から大人への成長」
像 を 知 ら ず、 上 記 の よ
がある。『こどものおもち
うな定式化はちょっと
ゃ』は「大人みたいな子供
恥 ず か し い。 そ れ で も
たち」の成長物語だ。本作
こ の 漫 画 を、 こ の よ う
が 扱 う 題 材 は、 チ ャ イ ド
に紹介してみるのに理
ル・ブーム、学級崩壊、親
由がない訳ではない。「少女漫画」というコ
との死別、離婚など意外にシリアス。だが、
ードの外に立って、いつの間にか新たな約束
話のテンポの良さとギャグの応酬によって、
を取り付けてしまったような、この漫画には
笑いながら気楽に読むことができる。このバ
そんな大胆さがある。
ランス感覚がこの作品の大きな魅力だ。
『りぼん』は、その全盛期には、少女漫画
主人公は小学生ながら芸能界で活躍する倉
雑誌の代名詞として幅広い支持を集めた。一
田紗南。テレビ番組「こどものおもちゃ」に
方この漫画は、一人娘の典子を心配するあま
出演し、大人顔負けの巧みな話術で人気を呼
り尋常でない、しばしば変態的ですらある行
ぶ。彼女は信じられないくらい明るくて、芸
動をとる父光太郎が、ほぼ独擅場的に画面を
能活動も順調そのもの。だが唯一の悩みは学
支配するギャグ漫画である。「少女漫画界に
級崩壊。その犯人がもう一人の主人公である
咲くドクダミの花」とはよく言ったものであ
羽山秋人。
るが、何というか本作には、それをさらに踏
正直で一直線な紗南に対して、人の心が信
み越えた獣性がぷんぷんと匂いを放っている。
じられない羽山。学級崩壊が解決しても、紗
かくして少女漫画の約束事がことごとく破
南は羽山の一匹狼(豹?)ぶりが気になる。
られていく。典子の交際相手「北野くん」は
正反対な二人は対立関係から、やがて唯一無
元々は文句の付けようのない好青年であるが、
二の友人へ、そして恋愛感情を育んでゆく。
それが「お父さん」化する。周りにはどんど
二人は環境によって人より早く、
「大人」に
ん「変な」人物が集まり、奇行と奇怪な描写
なった子供たち。でも成長するにはやはり誰
がはびこる。本作を振り返り著者は「十代の
しも通る道を通らなければいけない。紗南が
猛り狂うリビドーと、甘酸っぱい非常識」の
秋人の心の痛みを和らげると共に、羽山も唯
生み出す「妖しい不協和音」と述べているが、
一、紗南の明るさの裏にある過去や弱さへの
用語の無駄な物々しさを含めて、適切な評言
理解者。二人は共に様々な困難を乗り越える。
と思う。「暴走描き捨て作家」に抱腹絶倒。
作品後半では、紗南の心の葛藤が描かれる。
気づいた瞬間が面白い。いつの間にか求め
最初のような笑いは微塵もない。読者も紗南
ているのだ。さらなる奇行と、ほとんどクリ
と一緒に耐えなければいけない。しかしそれ
ーシェとなりつつある「お父さん」の細かい
こそ大人になる一番の試練。長いトンネルを
仕草を。事の必然として、作品の展開は一貫
抜けたら、予定調和だが、爽やかなラストに
してクレッシェンドである。
心が晴れやかになるに違いない。
(一升瓶)
(全 6 巻 税込各410円)
7
(満潮)
(全 7 巻 税込各980円)
綴 葉
ハチミツとクローバー
2010. 7. 9
銀色のハーモニー
羽海野チカ作
集英社
柊あおい作
集英社
少女マンガとは鏡である
少女漫画とは直線である
名作としてこれからも多
ピアニストを目指す少年
くの人に読み継がれ、愛さ
と、彼に想いを抱く女の子
れていくであろう“ハチク
の恋愛物語。大きな紆余曲
ロ”。5人の美大生が一方通
折もなく、徐々に距離を近
行な恋愛や生き方に悩んだ
づけていく二人だったが、
り、立ち止まったりしなが
ある時二人は互いの関係に
ら自分の道を進んでいく。
ついて驚きの真実を知る。
才能を持った人に恋をして自分が空っぽな
だがそれさえも二人を遮る決定的な何かとは
ことに気付き、やりたいことやなりたい自分
ならない…結局、少女漫画である。
が分からない竹本。才を与えられたがゆえに
作者の作品としては、青春少女漫画の金字
かけられる重圧に必死で抵抗するはぐ。自分
塔として名高い『星の瞳のシルエット』やジ
に無理をして子供な自分を脱ぎ捨てたい真山。
ブリ作品にもなった『耳をすませば』も大変
そんな真山を好きで好きでたまらない、でも
有名である。その点、本作は「星の瞳~」等
叶わないことも知っている山田。溢れる才能
と比較すると恋愛関係の構図自体は単純で、
を持て余して暴走する自由すぎる自由人、だ
また、絵もシャープになり、第一印象の強烈
けどどこか器用にできない森田。
さには欠ける。
読み進めるうちに自分の嫌いな所やふがい
ところが、それこそが本作の特長でもある。
なさを覆い隠している布が全部剥ぎ取られて
単純な展開の中で、「どう描くか」という点
“自分”というものが露わにされる。みんな
に作者の気合が台詞等に垣間見えるからだ。
が背負っている悩みは、大学生だから共感で
例えば、ヒロインが初めて自分の気持ちに
きるというものも多い。
気づいた場面。読んでて恥ずかしすぎる言葉。
何がしたいのかと自分に問いかけてみても、
《困る。こんな気持ちはとても困る。》
やってみなければ分からない。やりたいと思
また、遠距離恋愛の厳しさに打ちのめされ
っていたことが実は大して面白い事じゃなか
る場面。うつむき加減で銀色のオルゴールを
ったと思うときもある。叶わなかった恋、夢。
それに費やした頭がくらくらするほど大きな
眺める。
《オルゴールの音は 細くて きれいで 淋
時間に意味はあるか。それもその人次第、生
しすぎる》
き方次第。
権力も戦争も何もない「平和な世界」の中
結論から言ってしまえば、この漫画を読ん
学生の単なるつぶやき。だが、爆発した彼女
でも多分答えは見つからない。でも読んでほ
の直線的な感情は、時間も空間も貫いて、物
しい。いっぱい悩んでいっぱい泣いて、いつ
語も現実も貫いて、そして読者に突き刺さる。
か答えを見つけて、痛さが懐かしさに変わっ
懐かしくもないし、関係ないし、男子校出身
て読み返したら、5人がまた一段と愛しく思
だし、でもそんなこと関係なく胸に真っ直ぐ
えるのだろう。
突き刺さる。これこそが少女漫画の美しさだ
(星の屑)
(全10巻 税込各420円)
と思うのだ。
(もずく)
(全 7 巻 税込各407円)
8
新刊コーナー
文学のレッスン
さ。偏見も含め著者の得た現在の関心が中心
験の蓄積だが、それに裏付けされた自由闊達
を得る。文学における博学とは読むという経
の視点を導入することにより、語りの推進力
い。各部分が微妙に重なりながら、次々と別
うこと。これが本書の一番の魅力かも知れな
記を中心とした虫の絵である。
「プチ・ファーブル」の名にあるように、熊
田氏を特に有名にしたのは、ファーブル昆虫
熊田千佳慕」展の会期中でだった。
歳で亡くなった。折しも「プチ・ファーブル・
熊田氏は二〇〇九年に惜しまれながら、九八
知らずのうちに読んでいる人も多いと思う。
幼少の頃から虫の世界に親しみ、第二次大
戦中に家族を失ってからの再出発。虫の絵か
にあることで、論の陥りがちな七面倒くささ
実践的な意味でも価値がある。ことに面白
い本を求めてはいるが、迷いの中にいる人の
丸谷才一著
新潮社
ために。「漫談」ゆえ説明の密度は低いが、取
《自然は美しいから美しいのではなく、愛
するから美しいのだ》
ない本である。小
らだった。彼の繊細な筆のタッチは、鱗粉や
から逃れている。語りが生き生きしている。
説をはじめ実践的
り上げた本の情報を一々掲げる。面白そうな
端的に言えば文
学漫談。肩の凝ら
な活動を手広く展
恐らく著者はそう考えている。だからこそ、ジ
家であり、童画家であった彼は、たくさんの
ずっと昔から知っている気分になる。細密画
きっと彼のことを
(一七三頁 税込一二六〇円 の思想背景も知るのはどうだろうか。
(満
潮)
月刊)
一生かかっても私はこんな風に言えそうに
ない。彼の絵本を読んだことのある人は、そ
《千佳慕の小さな世界は小さなゆとり(愛)
の満ちたところ》
のみぞ知る。それでも彼は言う。
るのか、それとも一生来ないのか、それは神
彼の長い人生はまた、年を取ることや生き
方を考えさせられる。人生の充実期はいつ来
生》
《僕の人生は、七〇歳がルネッサンスで、花
開いた。それまでは泥水の中にいるような人
人にその触感までも呼び起す。
触角の一つひとつまできちんと表現し、見る
開してきた著者が初めて、原論めいたものを
熊田千佳慕著 求龍堂
私は虫である
熊田千佳慕のことば
のを書店で探せば良いと思う。 (一升瓶)
(二八一頁 税込一五七五円 月刊)
書こうと思った。始まりはそうらしいが、湯
川豊という優れた聞き手との対談形式により、
程度を落とさぬまま口当たりの良さを得た。
内容に目を向けると、文学の諸形式をジャ
ンルごとに論じている。短長の小説に、伝記、
歴史と、批評、エッセイ、戯曲に詩。文学に
なくても、本書を
は「約束事」が存在する。それを踏まえたり
例え熊田千佳慕
踏み越えたりすることに創作の肝がある以上、 という名前を知ら
読者としての解る/解らないは、かなりの程
ャンルごとに語り起こす方法を採ったのだろ
度ジャンルの全体像をつかむことに依存する。 数ページめくれば、
う。その点で、非常に手堅い。
絵本の挿絵を書いている。小さな頃、知らず
9
5
一方、多くのジャンルをひとりで語るとい
4
綴 葉
No.289
ド素人だ。まず言
恥ずかしながら、
私は哲学に関して
める。読みやすいけれどもお手軽ではない。
合わないか、なんていうことも考えながら読
が女で、誰と誰が仲良しで、誰と誰のそりが
AからLまでの学生達の個性や、誰が男で誰
記憶と体と、そのどちらでもない「わたし」。
ような気がしないでもない。鍵を握るのは、
なくキリスト教の発想をモチーフにしている
でスリリングに展開される哲学の世界。何と
一二人の学生たちとN先生とが織り成す対
話によって、この書き方でしか出来ない方法
集まるのと同じで、待ち時間は技術の信頼性
それは行列のできるラーメン屋にさらに人が
顧客満足度も低くなる、というデータがある。
関は技術の信頼性が低いイメージをもたれ、
待ち時間は短ければ短いほど良いという訳
でもないらしい。待ち時間が短すぎる医療機
深い。
論がメインとなっている。それはそれで興味
心理をうまく活用したサービスマネジメント
意としているようで、本書も待たされる人の
アプローチ、特に顧客の満足度調査などを得
葉遣いが難しい。
やっぱり少し言葉遣いがややこしいけれども、
転校生とブラック・ジャック
結論が見えない。
を表わす指標になるのだ。
永井均著
岩波現代文庫
そもそも「一体何の役に立つの?」と思う。
読み終えた後に手ごたえがある。
むしろサービス経営において、待ち時間を
少なくすることよりも重要なのは、待ち時間
それでも昔から気になっていることがある。
どうして私は、他の人が私を見るように自分
の期待値をコントロールすることだと筆者は
私が「わたし」であるとはどういうことか。も
もし似たような疑問を持ったことがあるな
ら、この本はあなたのための本かも知れない。
てっきり実務的な
の棚だったので、
ューター・理工書
本書を見かけた
のが書店のコンピ
本書は有効な時間の活用方法について考える
の捉え方次第で無駄にもなれば有益にもなる。
述べる。予想される待ち時間をあらかじめ知
らせる、進捗状況を知らせる、順番制と予約
制をうまく組み合わせる等の工夫で、同じ待
ち時間でも顧客の満足度は大きく改善するの
し火星に「わたし」と同じ体と記憶を持つ人
待ち行列理論関係の本なのだろうと思ってい
前田泉著
日本評論社
間が作られたとしたら、それはこの「わたし」
たのだが、著者はマーケティングが専門で、
待ち時間革命
これなら読めるぞ、哲学書。 (大福)
(二四三頁 税込一〇七一円 月刊)
を見ることが出来ないのだろうか。他の人が
経験する世界を、どうして私は経験すること
が出来ないのだろうか。他人にとっての(大
福)という人は、私にとっての「わたし」と
同じだろうか。もし違うとしたら、どういう
と同じ私なのだろうか。この本は、そういう
いい機会にもなるだろう。 (蓋し)
(一五〇頁 税込一六八〇円 月刊)
だ。
疑問について、答えをだすのではなく、読者
どちらかと言えば心理学・社会学方面からの
4
に評価していて興味深い。待ち時間は待つ側
他にも、待合室に雑誌を置くことで、心理
的な待ち時間を短縮させる効果などを定量的
と一緒に考える。
風に?
5
2010. 7. 9
綴 葉
10
て大活躍、調子に乗ってスペイン遠征に向か
無敵艦隊のイギリス襲来に際しては提督とし
日本の旧帝国ホテル等を手がけた近代建築の
紀初頭にかけて活躍し、ユーソニアン住宅や、
唱えた建築家がいた。一九世紀末から二〇世
海賊キャプテン・ドレーク
ったところ赤痢で病没、水葬。「私掠船長なの
「建築」に対する異常なこだわりと頑固さを味
わえる建築論の古典である。
巨 匠、 ラ イ ト で あ る。 本 書 は、 彼 の「 家 」・
イギリスを救った海の英雄
か? 提督なのか?」と帯は問う。決まって
いる、両方だ。それはわかりきっている。
しかし、その上で、このわかりやすさがわ
杉浦昭典著 講談社学術文庫
「海賊」というの
がわからない。野
険、諧謔…。言葉
るせなさ。こんな風に生きられたら…なんて、 光から光を取り出して…》
がないのに、なぜか魅了されてしまうこのや
ドレークの行いにも理のないことは疑いよう
からない。帆船史の専門家である著者が肩入
例えば、素材への強烈な愛に満ちた言葉。
れして描いても、イギリスやスペインは当然、 《現在、我々が使っている超・素材、ガラス
は、それこそ奇跡なのだ。空気から空気を隔
としてはともかく、
望、無法、冷酷、冒
それを生身の人間が生きられるとはどういう
また、作品を支える「思想」も興味深い。
て、外に追い出し、あるいはうちに留まらせ、
ことか。ラオール・ウォルシュ監督の映画「海
うか。日常を生き
家と聞いて何を
思い浮かべるだろ
長の神話に辟易し始め、「幸福」の再定義を迫
制の道を通ってゆっくりと成長してくるしか
《 芸 術 は 共 産 主 義、 フ ァ シ ズ ム、 い か な る
「イズム」からもやって来るはずがない。民主
ないものなのだ。》
断言する潔さこそ「芸術家」としての彼の
絶対的な自信の表れであろう。
レーツ・オブ・カリビアン」シリーズも似た
る大学生にとって
られている二一世紀の私たちにも、本書は大
フランク・ロイド・ライト著
富岡義人訳 ちくま学芸文庫
自然の家
まさか、思ってもみないのに! (韓図
)
(二六一頁 税込九六六円 月刊)
賊黒ひげ」に見られる問答無用の海賊像など
を想うにつけても、ますます気になる。一体、
海賊って何だ?
『ワンピース』はこれには答えてくれない。
優れた冒険物語ではあっても海賊は意匠でし
かないか ら。(帆船は数人では動かせないし、
り寄ったり。どうもやはり、現物にお出まし
は、建築を専攻す
本書全体を通して、前述の「信条」が貫か
れている。彼は当時のアメリカの住宅を「た
願うのが手っ取り早そうである。
る人を除けば、大概は家賃等の経済面や、立
きなヒントを与えてくれるだろう。
(も
ずく)
月刊)
略奪しないのは海賊の名折れである。)「パイ
フランシス・ドレーク。エリザベス朝のイ
ギリスに生き、折からの大航海時代、熱烈な
地や設備等の利便性が主ではないだろうか。
(三二七頁 税込一三六五円 比例感覚」を欠いていると批判した。経済成
だの箱」と形容し、「人間にふさわしい適切な
プロテスタントの船乗りとしてカトリック国
11
4
スペインの財宝船・植民地を荒らし回り、そ
だが、「家は芸術作品となることによって単
の勢いでマゼランに次いで世界周航を達成し、 なる住まいを越える存在になる」との信条を
1
綴 葉
No.289
が楽々と出来る。
ても出来ないこと
人間には、他の
動物や機械にはと
ヴェイとしても非常に優秀だ。大著だが文章
認知神経科学や進化心理学の初心者向けサー
たどれほど明らかでないか)をめぐる本書は、 書籍である。
いて、科学がどれほど明らかにしてきたか(ま
的感覚、抽象的思考、心身二元論の起源につ
起こすなど、驚くばかりである。嫌悪感や美
意識に関する部分ぬきに)直接に情動を引き
あるかが思い知らされる。視覚刺激が(脳の
我々の一般的理解がどれほど大雑把なもので
さ の 説 明 だ け で も 相 当 な も の。 脳 に 対 す る
右半球の機能の複雑さ、その機能統合の精妙
まず最初に断わっておくが、本書の説明は
浅 い。 極 め て 浅 い。 こ こ で 重 要 な の は、「 説
名の知られた兵庫県立大学の教員がまとめた
の近
そ こ で 今 回 取 り 上 げ る の は SPring-8
くに位置し、物性物理や生物物理ではワリと
本質か分からない。本当にお恥ずかしい話だ。
とうとして科学雑誌などを読んでみても何が
つこと自体が難しくなる。無理やり興味を持
直には言えないだろう。そうなると興味を持
の研究室に来なければ使わないなぁ、とか正
人間らしさとはなにか?
少なくともそのよ
明」が浅いということである。トピックを豊
マイケル・S・ガザニガ著
柴田裕之訳 インターシフト
うに思われる。自己意識や道徳心を持つ。社
は平易。気軽に読める一冊である。
立つ。芸術を生み出す。体とは別に、「心」を
(投稿・宵︶
(六〇五頁 税込三七八〇円 月刊)
物質科学の世界
兵庫県立大学大学院物質理学研究科
機化学、生物物理をアラカルトという感じで
レビューを行おうというのが執筆陣の魂胆だ
ろう。二〇〇頁で一四章も組んでいるのだか
ら各章が薄っぺらいのは仕方ない。とりあえ
ず最先端でこんなことやっています、程度で
ある。だから物理がどうなっているか、とい
の問題を整理することである。
は、認知神経科学、認知心理学の立場からこ
かなかった。恥ずかしい話だ。でも今になっ
将来と全く結び付
でやっている工学
学部生時代、は
っきり言って授業
れを持って先生方に何をしたいか聞きに行く
うことを知りたい院生諸兄には薦められない。
事態は、日本のいわゆる疑似「脳科学」で
言われていることよりも、ずっと複雑だ。著
となお良い。 (星の屑)
(一九八頁 税込二八三五円 月刊)
共立出版
富にしてあれやこれやと物性物理・有機・無
会性があり、他人に共感し、その人の視点に
措 定 す る。 物 事 に「 本 質 」 あ る い は「 意 図 」
を見出す。それらは、本当に人間特有なのか?
他の動物には無いのか? そうだとすると、
どのような仕組みがそういった人間の特徴を
生み出すのか? 数千年の昔から哲学者(あ
るいは宗教家や科学者)がこの問いに取り組
者自身は、脳の左右半球をつなぐ脳梁が物理
て思うとそんな話を授業中にできるほど先生
ある。指南の一つにはいいかもしれない。こ
薦めたいのは四回生になったときに何を選
んだらいいのか分からない、という方々に、で
的に分離された患者が、どのような認知機能
方も暇ではないのだろうと思う。それに自分
3
とか物理の勉強が
を持つかを研究してきたのだが、脳の左半球・
んできたわけだが、本書における著者の試み
2
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綴 葉
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巻 細 胞生物学
カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書
第
H
デイヴィッド・ ・ヒリス、デイヴィッド・サダヴァ著
クレイグ・ ・ヘラー 、ゴ
ードン・ ・オーリアンズ、
H
日本文化論のインチキ
オランダ風説書
体的に挙げながら、「日本文化」についての議
ご存知「もてない男」による、日本文化論
批判の書。批判すべき「名著」と問題点を具
当時の歴史を紐解く画期的な一冊である。
たオランダ風説書。本書は風説書の視点から
「鎖国」下の江戸時代において、海外情勢に
関する情報源として貴重な役割を果たしてい
新書
論につきまとう陥穽と、誤解の蔓延するメカ
﹁鎖国﹂
日本に語られた﹁世界﹂
松方冬子著 中公新書
しているという『 LIFE
』の部分的訳書。三巻
までが刊行予定であり、今月号から三号連続
「生きた人間の顔まで見える」歴史書にした
いという著者の意図は十分に感じられ、それ
小谷野敦著 幻冬舎新書
で取り上げていく予定である。評者は高校・
ニズムを記述する。批判は論理的で理解しや
アメリカで多くの大学が教科書として採用
大学で基礎的な生物学を履修したことがない。
すく、また妥当と思われるものが多い。
は読み物としての面白さに表れている。例え
生物に明るい方には退屈な評となるかもしれ
ば、自国の貿易政策の一貫として、商館長が
丁寧な説明はなされていなかった。しかしな
図の多用により初学者にも分かりやすい。
高校生物の教科書をめくってみたが本書ほど
する過程に関して。第五章。光合成の仕組み。
て説明する。第四章。糖をエネルギーに変換
して。触媒としての酵素を化学熱力学を通し
性に関して論じる。第三章。代謝と酵素に関
いて。生体の「膜」でのダイナミクスの重要
は何か? どういう役割を果たしてどのよう
に重要であるかを示す。第二章。細胞膜につ
法である。文学研究を志す者は、そこに無自
きこともある。学問とは、多かれ少なかれ方
れを学問とは呼ばない。別の仕方で表現すべ
てしまう」という理解の仕方もあろうが、そ
何かを検証したり論じたりする場合、方法
に不備のあるものは「だめ」である。「分かっ
こそ比較が必要なのだ)。
の方法の徹底の前では説得力を欠く(だから
試みる。文化相対主義の立場からの反論も、そ
の背景にも心を配り、過去の事実への接近を
較文学の専門家。種々の文献を渉猟し、記述
権威主義から離れること、である。著者は比
必死な商館長に感情移入できてしまうくら
い、本書はリアルな歴史の面白さに溢れてい
丁寧に史料の提示と説明が施されている。
分かりやすく描かれる。新書の制限の中でも
状況で風説書の重要性が低下していく過程が
加えてもちろん歴史書の本格さも兼ね備え
ている。情報戦の中で風説書の持った意味や、
ッションとして機能する様も面白い。
管理職の如く、幕府と商館長の間で絶妙なク
また、幕府への伝令係を兼ねた通詞が、中間
面は緊張感の中にもどこか笑える要素がある。
素はいかなるイデオロギーにも与しないこと、 風説書を脚色して幕府へ虚偽の報告をする場
がら、原理原則を重視しているため、物理が
5
3
オランダの日本貿易独占の特権性が低下する
苦手な学生にとっては理解に苦しむことが予
る。是非お薦めしたい一冊。 (もずく)
(二一六頁 税込七七七円 月刊)
第一章。生命の基本単位である「細胞」と
さて、第一巻は「細胞生物学」。
ないがご容赦願いたい。
前提となっているのが「学問的」とは何か
ということについての洞察で、その大切な要
浅井将、石崎泰樹、丸山敬訳 ブルーバックス
M
覚であってはいけない。 (一升瓶)
(二二六頁 税込八一九円 月刊)
13
1
想される。 (星の屑)
(三一八頁 税込一三六五円 月刊)
2
綴 葉
No.289
新書コーナー
大 夏
太郎さん、何を読んでるの?
夏 犬の本です。
大 何それ?
夏 動物行動学のローレンツ博士の『人イヌ
にあう』( 早川書房)という観察日記。
大 あ
の人、観察日記をつけるほど犬たくさ
ん飼ってたっけ?
夏 人
間と仲良くしなくてもあんなに可愛が
られるのはかわいさの戦略に違いない。
大 だって可愛いもん。犬はほら、忠実さで
売らないとどうしようもないじゃない。
夏 愚直で一途なところがいいんやないか!
大 猫
のツンデレなところがいいの!
にも小さいのはいるよ。犬が内面的つながり
をアピールするのにたいして猫は外見で得を
している気がする。
大 可愛いって罪よね。
夏 同じポールでもオースターの『ティンブ
ク ト ゥ』( 新 潮 社 ) は 犬 の ミ ス タ ー・ ボ ー ン
ズが主人公です。
大 それはどういう話なの?
い家に拾われるんだけど、結局はなじめず前
夏 ひ
ねくれた人間はひねくれた生き物がい
いんですね。賢いって不幸だよね。
大 どっちがひねくれてるの。ポール・ギャ
リ コ の『 猫語 の 教 科 書 』(
ちくま学芸文庫)
を読んでみなさい。主人公は凄いぞ。猫の賢
の主人の元に帰ろうとするんだね。
あなたなら犬と猫どちらの本が好きで
夏 主人公の犬ボーンズは風来坊の主人を亡
くしてしまい、流浪の日々のあと幸運にもい
夏 小さい頃から常に数匹は身近にいる存在
だったらしい。ちなみに猫もいっぱい飼って
さと愛情深さがよくわかる。各章の初めにつ
大 どうやって? っていうか拾われたんだ
ったらいいじゃん。
夏 そういえば大福さんは猫好きだっけ?
大 そうです。私は猫派ですよ。ふふん。
たけど。
いている写真もすごくいい。心から猫を飼い
たい気持ちにさせられるよ。
ら猫と犬への愛を語ります。
ボーンズみたいな生き方が幸福なのかはなん
夏 まあ猫には真似出来まい。こんな一途さ
から人間の良い友といわれるんですね。まあ
いな。
人を思って云々っていう話はあんまり聞かな
大 うあああ! なんだよそれ! うまく生
きろよ、ボーンズ! それにしても、猫が主
夏 ボーンズが車がビュンビュン通る道に飛
び出すところで小説は終わります。
大 不器用なやつ…。
れなかったんですね。
夏 拾われた家も決して悪い人たちじゃない
んだけど、やっぱり前の主人のことを忘れら
大 数匹…臭いな。岩崎るりは『猫のなるほ
歴史、写真集などなど多くのジャンルか
夏 確かに小さい生き物は可愛いけど、イヌ
と、犬好きの(夏太郎)が動物学、小説、
ど不思議学』(
講談社ブルーバックス)によ
ると、犬はやっぱり猫に比べると臭うらしい
編集委員きっての猫好きである(大福)
よ。狩猟スタイルが違うからだって。犬はま
だから臭いが
っすぐ獲物に向かっていくけど、猫は後ろか
らこっそり忍び寄るでしょ?
強いと気付かれちゃうんだって。あれ、あん
(夏太郎)
すか。それとも両方?
まり猫に好意的な感じがしないな…。
一途な犬 ツンデレな猫
それ言
た過程から人間に家畜化されたってあるよ。
夏 そ
りゃあ猫よりは犬の方が行動的だし。
『イヌにあう』でも狩猟を手伝うようになっ
猫はずる賢い生き物の象徴だよね。
大 いや、そんなことないでしょ?
いすぎ!「ずる」は余計だから!
猫
vs
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綴 葉
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ともいえんが。犬の忠実さに比して人間の方
は ま っ た く 見 合 っ て な い ね。 古 川 日 出 男 の
『 ベル カ、 吠 え な い の か?』( 文 藝 春 秋 ) は
旧日本軍に捨てられた軍用犬とその子孫たち
が二〇世紀という戦争の時代を生き抜く物語
ですが、そこで描かれる犬の生き様は身勝手
な人間たちに反旗を翻した姿でもあります。
歴史の中の犬と猫
大 『 江戸猫浮世絵づくし』( 東京書籍)って
いう画集があるんだけど(猫の浮世絵だけを
集めた日本初の作品集らしい)、章立てが面
白 く て さ。「 日 々 猫 」「 い た ず ら 猫 」「 じ ゃ れ
読者の中にはペットを飼っているか飼
っていた人もいると思います。実際にそ
のような経験がなくても動物好きな人も
多いでしょう。『綴葉』では久しぶりの対
談企画として、人間にとって最も身近な
動物である犬と猫を取り上げました。
ネで再演したりして楽しんでいたらしい。
夏 それは猫にはお気の毒さま。けど犬の場
合では呪いとかあまり聞かないな。シャーロ
ッ ク・ ホ ー ム ズ に『 バス カ ヴ ィ ル 家 の 犬 』
(創元推理文庫)はあるけど。
達としての犬 恋人としての猫
友
大 い
や、作者いわく「このユーモアが理解
しえないのも、現代人と産業革命以前のヨー
ロッパの労働者とが大きな距離で隔てられて
いるからである」。ここから心性の歴史につ
いて書き始めるんだって。私にはぜんぜんユ
ーモアに思えないんだけどさ…ところで、荒
がする…。猫の方が身近っていうか。あ、で
大 そうそう。北斎漫画は動物王国やね。で
も何だか、浮世絵には猫出現率の方が高い気
わ。「猫の女湯」の絵もあるよ(笑)。
猫の絵がいっぱいあって、これが可愛いんだ
大 う
ん…まあ色々徒弟が頑張って、親方が
猫に呪われているっていうことにして地域の
夏 身もふたもないな、それ。
も相当いて徒弟の生活を邪魔してたから。
たからだって。しかもその地区には野良ネコ
大 い
や、パリの印刷工場で親方と奥さんが
猫を可愛がりすぎて徒弟をないがしろにして
夏 あれは何でかね? 魔女のお使いみたい
な形で集団ヒステリーになったのかな?
あるし。
夏 言いえて妙。犬は友達、猫は恋人か。
愛情がいっぱいの写真集。
いの!
した体つきとか、半分野生が残ってるみたい
とある?
木経惟の『 愛しのチロ 』(
平凡社)読んだこ
夏太郎さんでも、このチロの魅力
も犬で江戸と言えば里見八犬伝があるね。
司祭にも協力を頼んで、手近なところにいた
んけど、当時の人にとっては猫の死体を前に
猫の魅力とチロへの
かもしれないけど、猫は恋人だから。
大 そうそう。ペットっていうより恋人やね。
猫は人間の後追いなんてしないよ。犬は友達
夏 じゃあチロはメスなんや。
いい意味で!
な目つきとか、賢い振る舞いとか。でもエロ
には勝てないんじゃないだろうか。すらっと
夏 犬
のほうが武士的価値観に沿っていたの
かも。生類憐れみの令を出した国ですから。
猫を殺しまくったらしい。で、何でかわから
夏 綱吉が死んだら結構殺されたらしい。江
戸でも犬はたぶん飼っていたけど友達という
裁判をしたり、後日、その虐殺場面をモノマ
夏 江戸浮世絵でいったら北斎漫画にも猫は
出てるね。こちらには犬も出てるけど。
大 むしろ犬嫌われたんじゃないか、それ。
大 ま
あ猫も結構殺されたみたいやけどね。
ダーントン『 猫の大虐殺 』(
岩波書店)とか
犬
大 これ今回の結論でいいんじゃないか?
夏 ベタだが。
大 ま
あベタ=王道だから。
猫」「はたらき猫」「ワル猫」。擬人化された
対談
感覚ではなくて番犬や狩猟用だったのかも。
15
綴 葉
No.289
綴 葉
2010. 7. 9
編集後記
当てよう!図書カード
今月号は少女漫画特集に犬×猫企画と夏休
少女漫画の名作『ベルサイユのばら』から
み特集号、みたいな何だかそわそわしちゃい
出題です。王妃アントワネットの台詞でない
そうな紙面になりました。
ものは次の 1 ~ 4 のうち、どれでしょうか?
僕が初めて少女漫画を読んだのは高校1年
1 . 「今日は…ベ…ルサイユは大変な人ですこ
と!」
の夏休み前。現代社会と化学の授業が退屈で
2 . 「文句があるならベルサイユにいらっし
退屈で、隣の席の女の子が読んでいたのを取
ゃい!」
り上げたのは『キャンディキャンディ』でし
3 . 「あ…これからさき、フランスはいったい
た。以来、
『赤ちゃんと僕』『風と木の詩』『ベ
どうなるのかしら…」
ルサイユのばら』…もうそれこそキリがなく
読み耽り、未だに花とゆめな世界から抜け出
4 . 「すべて…終わった!」
せません。
《応募方法》読者カードに答えを書いて生協
(大福)
今月号で取り上げたハチクロは高校3年生
のひとことポストに入れてください(または
の時に読みはじめた作品。ところでハチクロ
e-mail:teiyo@s-coop.net)。正解者の中から抽
の映画・ドラマ版を見たことがありますか? 選で 5 名の方に図書カードを進呈いたします。
見られた方にはお分かり頂けると思いますが、
締切りは 9 月15日です。
4月号の解答
きっとハチクロは実写化してはいけない作品
だったんでしょうね。
ふと考えてみるとマンガを実写化したもの
漫画が描く大都会の超人たち(一名例外)。
で、原作を超える作品を目にしたことがあり
登場は「1.スーパーマン」
(1938年)、
「3.バット
ません(と勝手に思っている)。絵だからいい。
マン」
(1939年)、「2.スパイダーマン」
(1963
絵だから伝えられることがある。そう思わず
年)、「4.ウルトラマン」(1966年)の順でした。
にはいられません。マンガはこの国の文化。こ
応募者13名全員正解。当選はあんずさん、つ
の先も素敵なマンガに出会えることを楽しみ
いむさん、ぴーこっくさん、フマルさん、tri
にしています。
さんです。シュワッチ!
(星の屑)
(韓図)
読者からひとこと
○綴葉視点のホラー特集が読みたいです。
(理・まめだろう)
○ナショナリズム特集とかやってもらえると
うれしいです。 (人・
環・ぱ)
○電子ブックの可能性を検証するような特集
を組んでほしい。 (放生研・ゆ1)
―特集へのリクエストありがとうございまし
た。綴葉編集会議にて検討させて頂きます。
○特集/絵画・映画・映像はおもしろかった。
今まであまり興味のない分野であったがそれ
をもったいなく思えてきた。これらの本を読
んで美術館に映画館に行こう! ( 情・だい)
―そう言って頂けると嬉しいです。本はあら
ゆる世界に通じる扉です。これからも読者の
皆様の世界が広がるような書評を目指してゆ
きたいと思います。
○理系の本の紹介が多いですね。(理
・恵三)
○『理系男子を一〇〇%夢中にさせる本』は
自分を知るという点でよんでみたいと思った。
確かに手に取りにくいと思うが…。
(理・リュサック)
―先月号からは『理系男子…』に対する感想を
たくさん頂きました。また『後藤さんのこと』
にもたくさんの反応がありました。 (
満潮
)
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