The Murata Science Foundation 宇宙生活は人々にどのような変化をもたらすか; 重力基準系の喪失が身体定位、対人認知に与える影響の研究 A Study on How Microgravity Environment Affects Spacial Orientation, Cognitive System, and Interpersonal Relationship H25助人15 代表研究者 野 口 聡 一 東京大学 新領域創成科学研究科 非常勤講師 Soichi Noguchi Special Contract Lecturer, Graduate School of Frontier Sciences, University of Tokyo 共同研究者 木 下 冨 雄 (財)国際高等研究所 フェロー Tomio Kinoshita Senior Fellow, International Institute for Advanced Studies The purpose of this study is to investigate how adaptation to space environment changes the way of physical and behavioral expression of human perspective, hence changes in reference frames. After leaving the terrestrial globe, the astronaut experienced drastic perceptual disturbance (temporal loss of the senses of spatial- and self-orientation), however he gradually learned to adapt to the novel environment by developing new perceptual and behavioral skills. By using motion video analysis technique, we examined the video clips of the astronaut’s body movement in inside the International Space Station (ISS). He first stabilized his body, closed his eyes, and tried to stay still in one location. Results showed that the complex multi-dimensional body motion even though he himself did not recognize the changes of his body orientation and location. We analyzed the unconscious body reaction to disturbance, and come up with the rationale of his body movement. These changes seemed to reflect the process of re-attunement of his basic orienting system, suggesting that the present study would be one of the possible approaches to understanding the practical senses and skills that the astronaut developed. Once this cognitive effect was analyzed, social- psychological effect of space adaptation was further analyzed. We discussed how social hierarchy organization, metaphorical expression, and psychological stabilization were affected due to space adaptation. By using text mining technique, we examined the tweet data focusing on the frequency of the use of some specific words, and the chronological change in the way astronaut expresses his feelings. As the digital devices and social networking service become readily available, the astronaut can easily share his fresh and intuitive senses with ordinal people on the internet. We discussed how the space adaptation changes the astronaut’s internal perspective, and thus causes appearent change in his verbal expression. ─ 803 ─ Annual Report No.28 2014 だけの世界であり、宇宙に行く意味やその利用 研究目的 価値はこれまで工学・理学・医学などの自然 本研究の目的は、宇宙空間における微小重 科学分野を中心に議論されてきた。しかしなが 力環境への適応過程において人々が経験する ら現在は民間資本の進出や多面的な宇宙利用 であろう身体定位の変化、そしてそれが認知、 の機運が高まる中で普通の人間が宇宙に出か 対人関係にどのような変化を促すのかを人文社 ける可能性が出てきており、今後の宇宙開発 会学的見地から明らかにすることである。 においては「人類の宇宙進出」の理念と意義を 有史以来、人類を含む生物は様々な環境変 明確にしつつ、その価値観を社会一般の人々 化に適応しながら進化を続けてきた。寒暖の と分かち合えることが重要な命題になる。した 変化、高度による気圧差、太陽光(紫外線、放 がって従来は宇宙利用の成果としてあまり注目 射線)の有無、大気組成など、人類が適応して されてこなかった人文・社会科学系の機能と きた環境パラメータは多岐に渡る。しかしなが 役割に重点をおいていくことが求められている。 ら人類が宇宙に進出するにおいてこれまでとは 本研究の目的は、微小重量、無機質など地 決定的に異なる環境パラメータが微小重力環 球上とは異なる宇宙環境への適応過程におい 境である。生物は地球表面上で生きている限 て人々が経験するであろう内面世界の変化を り重力環境からは逃れられない(ごく短時間の 明らかにすることである。まず第一段階として、 「無重力体験」を除く)が、宇宙空間では微小 重力情報が失われた感覚縮減状況において人 重力環境がいとも間単に実現できてしまう。し 間がどのように身体定位を回復するのか、その たがって、宇宙への適応課題として我々は地 メカニズムを明らかにすることを目的とした。 球上とは異なる微小重力環境への適応を取り この状況に注目した理由は、地球上では自己 上げることにした。 の身体定位を、目から入る視覚情報、耳石な 本研究の第一段階においては、この微小重 ど前庭器官からの重力情報という二つの独立 力環境への適応過程において人間がどのように した情報システムにより情報処理しているが宇 身体定位を適応するのか、その動作メカニズム 宙空間では微小重量環境となり重力情報が失 を明らかにすることを目的とした。 われる。この条件下で、意図的に閉眼した場 また研究の第二段階として、第一研究者が 合や照明が何らかの理由で失われた場合、身 国際宇宙ステーションに滞在中に執筆およびデ 体定位が非常に困難になることが予想されるか ジタル・ソーシャル・ネットワークに発信した らである。研究対象としては、筆者が2009年 メッセージについてテキストマイニングによる解 12月から2010年6月にわたりISSに長期宇宙滞 析を実施し、これら2種類の“制約の少ない言語 在した際の動作記録を取り上げた。静止画像 表現”の集合のなかから、人間の変化や新奇な において被験者である宇宙飛行士の身体的な 環境への適応過程の痕跡を見出そうと試みた。 特徴点(頭、目、肩、ひざ、臍など)を設定し その特徴点をフレーム毎に自動トラッキングさ 概 要 せて各点の移動距離、速度、加速度を算出し ガガーリンが人類で初めて宇宙を飛行して た。その結果特徴点毎に絶対値は違うものの から約半世紀、これまで宇宙飛行は長期間に 時間変化にかかわらず移動速度はほぼ一定で わたり専門的な訓練を受けてきた宇宙飛行士 あり、重心が等速運動を行っていることがわか ─ 804 ─ The Murata Science Foundation る。体幹軸のぶれがないことと身体の重心が等 とって最初の宇宙滞在の日記に著された言語 速運動(加速度が極めて小さい)ことが本人に 表現のうち、地球への帰還直前(4期)のものが、 とって安定した姿勢であると認識される原因で それから4年後に実現した2回目の宇宙滞在の あると考えられる。また宇宙船内の構造体に身 初期(1期)や帰還直前(4期)に近い特徴を持っ 体が接触する時の身体各部の挙動に注目した ていたという点である。これはつまり、2回目 解析は、実際に接触している部位に係わらず の宇宙滞在時には、飛行士自身の興奮とは裏 利き手が反射的に動いており、地上で転んだ 腹に、4年前の先行経験が(おそらくは)無自覚 ときのように「手でかばう」状態になっている。 的な状態で持続しており、それが言語表現の つまり何かにぶつかった時の衝撃や角度から、 なかに“期せずして”反映されていたという可能 身を守ろうとしていることが推察される。地球 性を示唆するものである。 において獲得された「危険回避のための行動原 理」が、その必要のない微小重力環境下でもし ばらく把持されていることがわかる。 また研究の第二段階として、第一研究者が 国際宇宙ステーションに滞在中に執筆および デジタル・ソーシャル・ネットワークに発信 したメッセージについてテキストマイニングに よる解析を実施し、これら2種類の“制約の少 ない言語表現”の集合のなかから、人間の変化 や新奇な環境への適応過程の痕跡を見出そう と試みた。具体的にはテキストマイニングによ る分析をもとに、宇宙に滞在中に経験される 自己の感覚に関わる表現やパースペクティブ (例えば地球と自己との関係、定位感)につい ての言語表現が、どのように変化していったの か、そしてそのような変化はいつ、何を契機と して生じていたのかといった点を中心に分析を 行った。分析対象データは二種類あり、デー タ①は2005年に初めての宇宙ステーション滞 在時に記録した2週間分の日記で、データ②は 2009年から2010年にかけての約半年間の国際 宇宙ステーションでの長期宇宙滞在中にほぼ 連日発信したツイートである。その結果、そし て宇宙という新規な環境に適応する過程で発 せられた数々の言語表現が、滞在回数や時期 によって、その特徴を変化させていたことが示 唆された。とりわけ興味深いのは、著者本人に ─ 805 ─ −以下割愛−
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