JFRL ニュース Vol.4 No. 9 Jun. 2012

ISSN 2186-9138
官能評価について 1/4
JFRL ニ ュ ー ス
Vol.4
No. 9
Jun.
2012
官能評価について
はじめに
試 料 ,製 品 な ど が も つ 固 有 の 特 性 を 人 の 感 覚 器 官 (目 ,耳 ,口 ,鼻 ,皮 膚 な ど )に よ っ て
調 べ る こ と を 総 称 し て 官 能 評 価 分 析 ,ま た ,官 能 評 価 分 析 に 基 づ く 評 価 を 官 能 評 価 と い い
ま す (JIS Z 8144: 2004「 官 能 評 価 分 析 - 用 語 」, JIS Z 9080: 2004JIS Z 9080: 2004「 官
能 評 価 分 析 - 方 法 」 )。
官 能 評 価 は ,食 品 の 味 や 香 り ,電 化 製 品 の 使 い や す さ ,筆 記 用 具 の 使 い 心 地 な ど ,幅 広
い 分 野 で 活 用 さ れ て い ま す 。今 回 は ,そ の 官 能 評 価 の 特 徴 ,手 法 等 に つ い て ご 紹 介 し ま す 。
官能評価の特徴
官 能 評 価 は 人 が 行 う も の で す か ら ,機 器 分 析 に 比 べ て 曖 昧 さ が つ き ま と い ま す 。し か し ,
一 方 で ,人 の 感 覚 器 官 が 機 械 以 上 の 力 を 発 揮 す る こ と が あ り ま す 。官 能 評 価 を 実 施 す る に
あたっては,その特徴を理解し,精度の高いデータを得るための工夫が必要となります。
1) 官 能 評 価 の 長 所 と 短 所
長所
・人の感覚は,測定機器より感度が優れている場合がある。
・人は,味やにおいの総合判断を得意としている。
・特 に 食 品 は 複 合 的 な 味 や に お い を 持 っ て い る こ と か ら ,そ の 特 徴 を 機 器 分 析 よ り も う
まく捕えることができる場合がある。
・好き嫌いなど,人にしかわからないものがある。
短所
・人による判断には個人差がある。
・同じ人でも常に一貫した判定をするとは限らず,バラツキがある。
・言葉による表現の曖昧さがある。
2) 科 学 的 な 官 能 評 価 を 行 う た め の 必 要 条 件
① 目的が明確であること
製造工程での品質管理,賞味期限の設定,クレーム処理,新商品や試作品の嗜好
調査等,何のために官能評価を行うのか,目的が明確であるべきです。
② 目的に適したパネルが選択されていること
商品を熟知した専門家や訓練を受けた評価者,消費者等,目的に応じたパネルを
選択します。
③ 精度が高い多くの情報を得るための手法が選択されていること
目的や商品の特性を加味しながら,評価の手法及び解析方法を選択します。
④ パネリストに与える心理的,生理的影響を少なくする環境であること
パネリストは外部環境の影響を受けやすいため,検査室の温度や湿度,照明,
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(財)日本食品分析センターJFRL ニュース編集委員会 東京都渋谷区元代々木町 52-1
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騒音等,評価に適した環境をつくることが重要です。また,評価の時間帯や試料に
付けるコード等に配慮し,心理的,生理的誤差要因を取り除くことも大切です。
⑤ 適切な試料の調製が行われ,適切な条件で呈示されていること
同じ食品でも調理方法や食べ方により,感じ方が異なります。調理方法,試料温
度,使用する器,1 回に食べる量や食べる順序など,目的に応じた適切な条件の設
定が重要となります。
⑥ 適切でわかりやすい評価シートを用いること
評価順,評価方法,評価用語等,パネリストが理解しやすく,間違えて記載する
ことのないような評価シートを用います。
パネル
官能評価を行う一人ひとりをパネリスト,パネリストの集団をパネルといいます。
官 能 評 価 は ,そ の 目 的 に よ っ て 分 析 型 と 嗜 好 型 に 大 別 さ れ ,そ れ ぞ れ の パ ネ ル を 分 析 型
パネルと嗜好型パネルといいます。
分 析 型 官 能 評 価 は ,特 性 (肉 の 硬 さ ,ジ ュ ー ス の 甘 味 の 強 さ 等 )の 評 価 や 品 質 間 の 差 異 の
識 別 を 目 的 と し ,客 観 的 に 評 価 す る 方 法 で す 。こ の タ イ プ の パ ネ ル は ,機 器 分 析 に よ る 分
析 法 と 同 様 に 評 価 す る 役 割 を 担 う こ と に な る た め ,あ る 程 度 の 訓 練 を 受 け た 専 門 家 で 構 成
されます。
一 方 ,嗜 好 型 官 能 評 価 は ,好 き 嫌 い と い っ た 主 観 的 評 価 を 行 う た め 特 に 訓 練 を 必 要 と し
ま せ ん が ,年 齢 ,性 別 等 の 属 性 を 考 慮 し ,一 般 消 費 者 の 嗜 好 を 代 表 す る パ ネ リ ス ト で 構 成
されることが望ましいとされています。
選 定 さ れ る パ ネ ル は ,味 覚 及 び 嗅 覚 が 正 常 で あ る 必 要 が あ り ,そ れ を 判 断 す る た め に 感
度 テ ス ト が 行 わ れ ま す 。 味 覚 感 度 テ ス ト の 方 法 に は , 5 種 の 基 本 味 (甘 味 , 塩 味 , 酸 味 ,
苦 味 , う ま 味 )の 識 別 , 濃 度 の 異 な る 溶 液 (シ ョ 糖 , 食 塩 な ど )に つ い て の 味 の 濃 度 差 識 別
等 が あ り ま す 。嗅 覚 感 度 の 判 定 に は ,臭 気 判 定 士 の テ ス ト に も 用 い ら れ て い る 5 種 類 の 基
準臭によるテストがあります。
ま た ,パ ネ ル を 選 定 す る に あ た っ て は ,「味 覚 及 び 嗅 覚 が 正 常 で あ る こ と 」以 外 に も ,「健
康 で あ る こ と 」,「興 味 や 意 欲 が あ る こ と 」,「好 み に 極 端 な 偏 り が な い こ と 」,「自 分 の 感 性
を 文 章 で 表 現 で き る こ と 」等 い ろ い ろ 配 慮 す べ き 条 件 が あ り ま す 。 病 気 の 時 や 悩 み の あ る
時 な ど は 判 断 が 曖 昧 に な る 可 能 性 が あ り ま す し ,「や ら さ れ て い る 」と い う 意 識 で 参 加 し て
い る 意 欲 の な い 人 は 真 面 目 に 評 価 し よ う と し な い で し ょ う 。評 価 意 欲 の 程 度 は ,結 果 に 著
しく影響を与えます。
官能評価の手法
目的に応じたパネルを選択するとともに,評価手法を適切に選択することが重要です。
官能評価手法は数多くありますが,ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。
1) 識 別 試 験 法
こ の 試 験 方 法 は ,2 つ の 試 料 に 差 が あ る か ど う か を 決 定 す る た め に 用 い ら れ ま す 。よ
っ て , 多 数 の 試 料 を 評 価 す る の に は , 試 験 回 数 (組 み 合 わ せ 数 )が 多 く な り 経 済 的 で は
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ありません。
① 2 点試験法
2 種類の試料を評価者に呈示し,それらの属性又は優劣を比較する試験方法です。
こ の 試 験 方 法 は ,2 つ の 試 料 に 差 が あ る か ど う か を 決 定 し ,差 が あ る 場 合 に は そ の 方
向を決定する場合や嗜好に差があるかどうかを確かめたい場合に有効です。
2 点試験法は簡便で,感覚疲労が小さいことが利点です。
② 3 点試験法
同 じ 試 料 (A)2 点 と , そ れ と は 異 な る 試 料 (B)1 点 を 同 時 に 評 価 者 に 呈 示 し , 性 質 が
異なる 1 試料を選ばせる試験方法です。この試験方法は,試料間のわずかな差を検
出 し た い 場 合 ,評 価 者 の 選 抜 や 訓 練 を 行 い た い 場 合 に 適 し て い ま す 。ま た ,1 人 の 評
価者が繰り返し試験を実施することが可能なため,限られた評価者しか使えないと
きに有効です。
3 点 試 験 法 は ,嗜 好 の 決 定 に 用 い る こ と は で き ず ,ま た ,刺 激 が 強 い 試 料 の 場 合 に
は,評価者の感覚疲労の影響が 2 点試験法より大きくなる可能性があります。
③ 1: 2 点 試 験 法
基 準 と な る 試 料 (A)を 評 価 者 に 呈 示 し ,一 方 で ,こ れ と 同 じ 試 料 (A)と 比 較 す べ き 試
料 (B)を 呈 示 し , 基 準 試 料 と 同 一 の も の を 選 ば せ る 試 験 方 法 で す 。 こ の 試 験 方 法 は ,
与えられた試料と基準となる試料との間に差があるかどうかを決定するために用い
られ,評価者が基準となる試料を熟知している場合に適しています。
2) 尺 度 を 用 い る 試 験 方 法
この試験方法は,差の順番や大きさ等を評価するために用いられます。
① 採点法
0~ 5, - 3~ + 3 な ど の 数 値 尺 度 を 用 い て , 試 料 の 属 性 や 嗜 好 に つ い て 評 価 す る 方
法です。1 つ以上の属性の強度や嗜好の程度を評価するために用います。
識 別 試 験 法 と 異 な り ,1 回 の 試 験 で 3 試 料 以 上 を 評 価 す る こ と も で き ま す が ,味 や
においの評価では感覚器官が疲労しやすいことから,通常 3 種類程度,多くても 5
種類程度とします。
② 順位法
3 つ 以 上 の 試 料 を 同 時 に 呈 示 し ,刺 激 の 強 弱 ,好 み の 大 小 な ど に 関 し て 順 序 を つ け
させる方法です。この試験方法は,手法としては簡便で適用範囲も広いのですが,
識別効率があまり高くないため,スクリーニング試験や嗜好調査,評価者の訓練に
適しています。
順 位 法 は ,迅 速 に 実 施 で き ,ま た ,フ レ ー バ ー な ど の 複 雑 な 属 性 を も つ 試 料 の 評 価
に 有 効 で す 。 外 観 の 評 価 で あ れ ば , 多 数 の 試 料 (20 個 程 度 )の 評 価 に も 用 い る こ と が
できます。
3) 少 人 数 に よ る 官 能 評 価
私 ど も が 主 に 「賞 味 期 限 設 定 の た め の 試 験 」に お け る 官 能 評 価 に 用 い て い る 手 法 で す 。
加 工 食 品 は , 製 造 後 の 経 過 と と も に 官 能 的 な 変 化 (劣 化 )が 生 じ て く る も の が 多 く ,
保存品と製造直後品との有意差の有無を統計的に評価するよりも,保存により生じた
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変化が商品価値を損なうものであるか否かを評価することが適切な場合があります。
保存品の外観,におい,風味,食感などを,製造直後品や冷凍保存品等を対照品と
して,その違いを少数のパネリストで評価します。評価項目毎に違いについてのコメ
ン ト を 記 述 し て , 保 存 に よ る 経 時 的 な 変 化 (劣 化 )を 把 握 し ま す 。
また,設定した評価基準を用いてにより評価点をつけることもあり,合議制で評価
する場合とパネリスト毎につけた評価点の平均値により評価する場合があります。
官能評価の実施に関する注意点
官 能 評 価 の 特 徴 の 中 で も 示 し た と お り ,官 能 評 価 の 実 施 に あ た っ て は ,パ ネ リ ス ト に 与
え る 心 理 的 影 響 を 少 な く す る こ と が 大 切 で す 。心 理 的 誤 差 要 因 を 考 慮 し た 実 施 上 の 注 意 点
をいくつかご紹介します。
1) 試 料 番 号 (記 号 効 果 )
呈示される試料の特性に関係なく,試料に付けられた記号により,評価に影響を及
ぼ す こ と が あ り ま す 。1,2,3 や A,B,C な ど 好 き 嫌 い が 影 響 す る 可 能 性 が あ り ,T(テ
ス ト 品 ), C(ク レ ー ム 品 )な ど 何 か を 連 想 さ れ そ う な コ ー ド も 使 用 す る べ き で は あ り ま
せん。一般的には 3 桁の乱数を使用します。
2) 呈 示 順 序 (順 序 効 果 )
刺 激 の 呈 示 順 が 評 価 に 影 響 を 与 え る こ と が あ り ま す 。2 つ の 試 料 を 比 べ る 時 ,ど ち ら
か を 過 大 評 価 し て し ま う こ と が あ り ま す (相 乗 効 果 な ど )。 こ の よ う な 場 合 , 半 数 の パ
ネリストの呈示順序を入れ替えます。
3) 呈 示 位 置 (位 置 効 果 )
呈示される試料の特性に関係なく,特定の位置におかれた試料が多く選ばれる可能
性 が あ り ま す 。3 つ の 試 料 を 呈 示 す る 場 合 ,試 料 を 一 直 線 上 に 置 か ず ,3 角 形 に 配 置 し
ます。
4) 先 入 観 (期 待 効 果 )
パネリストが刺激に対して何らかの先入観をもっているときに,それが判断に影響
することがあります。パネリストに対し,官能評価の実施前に必要以上の情報を与え
ないようにします。
おわりに
官 能 評 価 は ,品 質 管 理 や 商 品 開 発 の 場 面 に お い て ,欠 か す こ と の で き な い 重 要 な 試 験 と
言 え る で し ょ う 。こ こ で ご 紹 介 し た こ と は ほ ん の 一 部 で す が ,官 能 評 価 を 知 る た め の 一 助
となりましたら幸いです。
私 ど も は ,品 質 管 理 ,商 品 開 発 ,期 限 設 定 等 ,皆 様 の 目 的 に 沿 っ た 官 能 評 価 の 試 験 を 提
案させていただいております。
参考資料
・ 古 川 秀 子 : お い し さ を 測 る - 食 品 官 能 検 査 の 実 際 - , 幸 書 房 (1994)
・ 内 藤 成 広 : 食 品 と 容 器 , Vol.40, No.4~ 6(1999)
・ 日 本 官 能 評 価 学 会 編 : 官 能 評 価 士 テ キ ス ト , 建 帛 社 (2009)
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