WAN Vol.2, No.2 アドラー心理学入門その5 仮想論

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Vol.2,No.2
2012.2. 23
本日のテーマ
アドラー⼼理学⼊門その5
〜仮想論(Fictionalism)〜
主なディスカッション
Ⅰ. 認知論について
Ⅱ. 思い込みの再点検
Ⅲ.かのように(=as if)理解
Ⅳ.劣等感について
Ⅴ.仮想的目標イメージ(例)
Ⅵ.瞑想・思い込みからの解放
Ⅶ.まとめ
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Ⅰ.認知論について
アドラー⼼理学の5つの基本前提のうちのひとつである「仮想論」。これは
1990年代までは「認知論」(Cognitive Theory)と呼ばれていた。認知論
は主観主義の⽴場をとっている。主観主義とは、客観的諸条件を無視して⾃
⼰の主観的判断に依存する態度である。
ここで話を、アドラーがフロイトと共同研究者だった時代まで遡ってみよう。フロ
イトは、1896年に「ヒステリー研究」を出版した。アドラーはフロイトの「夢判断」
に興味を示し、1900年にフロイトに会いにいった。当時のフロイトは、現代でいう
「パニック障害」や「乖離障害」などの病気を扱っていた。フロイトは、治療のプロセ
スのインタビューにおいて、過去に性的虐待を受けたことがなかったのかを患者に
質問する。フロイトの巧みな質問⽅法により、患者は「あの時の⽗親のあの⾏動
は性的虐待だったのかもしれない」と記憶に意味づけをし始める。患者は、⾃分
にとって覚えおいた⽅がよさそうだという記憶をひっぱりだし、⾃分なりに解釈を始
めたのだ。⼀⽅、アドラーは、全ての記憶はその時その時の興味・関⼼・⾔葉に
よって切り取られ、意味づけされると考えた。これが認知論のはじまりである。
つまり、⼈間は⾃分なりの⾒⽅でしか世界を解釈できない。その解釈に基づい
て、⼈間は⾏動する。
⼈間は⾃分の「関⼼」という先⼊観を通してしか状況を感受しないといえる。
信念に反する事実は無視または曲解し、都合よく⽣きている。⼈間は各⼈が主
観的に現実を捉えているに過ぎず,客観的に現実を捉えることはできないという
わけだ。
1990年代の⼼理学は「認知論」が主流の時代であった。そのため、アドラー
⼼理学においても「認知論」として5つの基本前提の1つに据えていた。しかし
ながら、その後、認知論にとどまらないアドラーの理論があることから、現在の「仮
想論」に名称を変えた。
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Ⅱ.思い込みの再点検
主観的に現実だと思い込んでしまう思い込み…。具体的にはどのようなもの
があるだろうか。モノの⾒⽅、および、感情の両局⾯から考えてみた。
<モノの⾒⽅>
K⽒が旅⾏先で家族に葉書を出すために、駅前で郵便ポストを探していた時のことです。
駅前のどこを⾒回してもポストが⾒当たりません。
懸命に探したところ、やっと⾒つかったポストの⾊は茶⾊でした。K⽒は「郵便ポスト=⾚
⾊」という固定観念を、⾒事に打ち砕かれたのでした。K⽒はすぐに近くの郵便局へ⾏き、ポ
ストの⾊について質問をしました。
すると、「駅前再開発の際に、地域の景観の関係でポストの⾊は茶⾊にしてもらいたい」
との要望があったことを説明してくれました。そして全国には「⾚⾊」以外の郵便ポストがいくつ
もあることを知ったのでした。
固定観念に囚われていると、「⾒えるはずのものが⾒えない」というケースがあるものです。
⾃らの思い込みを再点検することが⼤切なのです。
仕事をする上でも、固定観念や思い込みが強すぎると、思わぬ失敗を招くことがあります。
何事にも囚われない無⼼の境地で物事を⾒る時、今までの⾃分とは違う新しい⾃分を発
⾒できるのです。
<社団法⼈倫理研究所 法⼈局「職場の教養」より転載>
<感情>
たとえば「家の中は整頓されているべきだ」と思っているのに「夫や子どもがものを散らかす」
とか、「苦労を共にする夫婦であるべきだ」と願っているのに「夫は楽しいことは⼀緒にしてくれ
るが苦しいことは私に押し付ける」とかいうようなことだ。
そこで対処⾏動を⾏い、現状をいくらかでも理想に近づけようとする。たとえば「⽚づけてくだ
さい」と⼝うるさく⾔うとか、「どうして⼿伝ってくれないのよ」と⽂句を⾔う。しかし、これらの対
処⾏動は、かならずしも成功しない。成功しないけれど、子ども時代からこのような対処⾏動
をしていて、他の⽅法を試みたことがないので、飽きずに繰り返している。
<野田俊作の補正項
「アドラー⼼理学を日本語化する」(2011.11.19)より⼀部抜粋>
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いかがだろうか。「ポストは⾚いものだ」という思い込み、「夫は苦労も引き受
けてくれるべきだ」という思い込み…。それらは全て客観的な出来事ではなく、
⾃分の⾊眼鏡をかけて⾃分にしか⾒えていないものだということを我々は知った
⽅がよさそうだ。
アドラーはこれを「かのように」(=as if)と表現した。我々は、あたかも現実
であるかのように、あたかも真実であるかのように、事象に対し意味づけをし、
⽣きているのだ。
Ⅲ.かのように(=as if)理解
こうしてみると、前回までの我々が学んできた5つの基本前提(詳細は、早
稲田アドラーニュース4〜7号をご参照ください)も、全て「あたかも」=仮想
であることがわかる。
個⼈が「目的」に向かって⾏動する、その目的も「仮想」であり、個⼈が主体
的に⾏動していると思っている世界も「仮想」であり、全体としての個⼈が内的
葛藤なしに⼼身を動かしていると考えることも「仮想」である。
このように「かのように理解」することは、いわば、社会構成主義[1] の⽴場
だと⾔えないだろうか。これが理解できれば、各⼈が持つ私的感覚(後述)
も各⼈の中で育ててきたものすぎず、どれが正しいということはないことがわかる。
「あなたの信念も⼀つの思い込みでしたね」と理解できる。また、「仮にこれは正
しい」と理解したときに、どのような⾏動の仕⽅を採⽤したらうまくいくか、その
時々においての選択を繰り返していけばよい(個⼈の主体性)。
⾃分の中にある「ねばならない」「これが正しい」という信念は全て仮想なのだ。
これを知っておけば、もっと我々はシンプルに⽣きやすく、⾃由な発想で⽣きら
れるのではないだろうか。
[1]真実に対しデータを持ってきて証明する実証主義において、ある枠組みの中では真実であるが、枠組み
が異なれば同じ事象や現象も意味が異なり真実がどれかといったことはわからない、と考えること。
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Ⅳ.劣等感について
そうなると、我々が普段感じている「劣等感」も全て仮想であることがわかる。
ここではまず、⾔葉の定義から始めてみたい。
① 劣等性…客観的にみて劣等があると認められる事象
② 劣等感…主観的に⾃分が劣等だと思うこと
③ 劣等コンプレックス…劣等感を誤った形で表現すること
※ 劣等性があっても劣等感を持つ⼈と持たない⼈がいる。(「あの⼈より背が低い」という
数値上の劣等性はあるが、劣等感をもつ⼈ともたない⼈がいる。)
アドラーは、劣等感を持つことは、⼈間が⾏動する理由のひとつであり、根本
的エネルギーだと考えた。そのため、劣等感を持つことを否定していない。アド
ラーは、⼈間は、劣等感(マイナスの感情)からスタートし、⾃分があたかも「こ
れなら劣等感に対処できるだろう」という相対的にプラスの目標をたてて、⾏動
(対処⾏動)をおこすと考えた。
たとえば、数学ができないから勉強する、容姿が劣るからメイク上⼿になるとい
う目標設定である。これらの例は劣等感や劣等性そのものを強化する対処⾏
動であるが、反対に、違う⽅⾯で頑張るという対処⾏動もあり得る。たとえば、
「ブスだから勉強を頑張る」こともできるし、「勉強ができないから、お笑いタレント
になる」という目標設定も可能だ。
⼀⽅、劣等コンプレックスは厄介だ。「私はブスだから結婚できなくて当たり前」
「声が⼩さいから⾯接で落ちるのは仕⽅がない」という発想のことだ。何でも劣
等コンプレックスで⽚付けることはただの⾔い訳にすぎない。また、慢性的な精
神症状(神経症など)にもなりかねない。そして何より、劣等コンプレックスは、
⾃分⾃身を⽣きにくくする⼤きな足かせとなってしまうものである。
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Ⅴ.相対的プラスのイメージ(例)
メールのやりとりでちょっとした⾏き違いがあったとする。
①携帯メールを送ったが、返事がこない(事象)
〜「携帯メールにはすぐに返信がないと不安だ」という私的感覚がある
②陰性感情(=マイナスの感情)が芽⽣える
(嫌われた?事故にでも会った?無視はないでしょ??
という様々なネガティブな感情のこと)
③再度メールを送る、電話もしてみる(対処⾏動)
彼とうまくやりたい!
④携帯を置き忘れていたことがわかり、不安は解消される。
(仮想的優越目標)
対処⾏動
メール送る、
直接話す
解消したい!
相対的プラスへ向かって
(劣等感の補償)
陰性感情
嫌だなあ
悲しいなあ
私的倫理
私的感覚と反することをされた!
私的感覚
無視はないで
しょ!
事象
メールの返事
が来ない・・
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この場合の私的感覚とは、⾃分の中で「快/不快」を決めている感覚のこと
である。「携帯メールにはすぐに反応してくれるべきだ」、「リビングは⽚付いている
べきだ」、「夫は家族のために働くべきだ」、「こどもは勉強するべきだ」、「姑は私
に感謝すべきだ」…などの私的感覚に対し、これらが達成されないと「不快だ」と
感じるのが私的感覚である。私的感覚は、図ⅴの陰性感情、対処⾏動、優
越目標の設定の全てに影響する。たとえば、図中の例の⼈物は、携帯メール
にすぐに返信がないと不安だという私的感覚をもっている。⼀⽅、返信がなくて
も不安でない私的感覚を持ち合わせている⼈もいる。このように、「私的な」感
覚は、まさに千差万別である。
私的論理は、私的感覚を束ねたものだ。「携帯メールにすぐに返信がなくて
不安なのは当然であり、だから私は再度メールを送り、電話もかけてみた」という
ように、⾃分の⾏動の根拠を明らかにし、論理的に説明することである。⼈間
は、私的感覚によって感じたマイナスの感情をプラスの感情にする目的のために、
私的論理をつかって対処⾏動をおこす。この⼀連の流れを「劣等感の補償」と
いう。
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Ⅵ.瞑想〜思い込みからの解放〜
ここまでの学びの中で、我々は⾃らの思い込みを知ることは、⾃分⾃身が⽣
きやすくなるためには必要そうであることがわかった。瞑想は、思い込みから解放
されるために⼀番簡便な⽅法である。⾃分の感覚が非常にプライベートなもの
で、世間的に⾒れば取るに足らないものかもしれないという新たな気づきさえ得
られれば、「あたかも」⼀枚の葉っぱを川に流すようなものだと考えることができる。
瞑想は、その新たな気づきを得る⽅法の⼀つなのだ。⾃分が⼤事にしていた
「信念」「私的感覚」「思い込み」の葉っぱを、⼀度川に流してみるという感覚…。
もしその葉っぱが⼤事だったとしても、我々という幹からまた葉っぱは落ちてくるで
はないか。そう考えれば、⼀度⾃分の思い込みを捨て去ってみることはそんなに
⼤胆な⾏動でもなさそうだ。
しかし、瞑想にも注意が必要だ。瞑想して「悟った」と「誤解」し劣等感をおぼ
えることがなくなると、努⼒をしなくなるという危険性もあるからだ。それでは⼈間
としての成⻑がなくってしまう。この点には留意すべきだろう。
参考までに早稲田⼤学⼈間科学学術院 熊野宏昭先⽣の不安を流す⽅
法を紹介しておく。
・軽く目を閉じ、⼩川と落ち葉を思い浮かべる。
・次に⼼の中に浮かび上がる思考(不安な事など)を落ち葉に乗せて川に
流す。
・これを1日に10~15分、毎日続ける。
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写真提供 / 北の⼤地の贈り物 Photo by (C) RARURU
ポイントは、感情から⾃由になるために、「悪い感情」だけではなく「良い感
情」も流すことだ。「良い感情」には「優越の感情」も含まれているかもしれない
ので、「良い」と思っている感情も流してしまう。これらは持つ必要がないからだ。
たとえば、「⼈を打ち負かした」「祝いの席でもないのに、フランス料理を⾷べた」
など、⾃分が「良い」感情だと思っていることは、何らかのマイナスの感情の補償
の⾏動をした結果の感情であり、実は「良い感情」ではないかもしれない可能
性が高い。
Ⅶ.まとめ
相⼿の⾔動を理解するのに苦しむことがある。それは⾃分の私的感覚と相⼿
の私的感覚が異なるためである。感情から解放され、⾃分が正しいと信じてい
ることから降りることにより、⾃由に⽣きることができるのである。
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以上、2012年第3回アドラー⼼理学研究会の報告でした。
いかがでしたでしょうか。
研究会の内容を、できるだけわかりやすく再現してみました。
みなさまの忌憚ないご意⾒・ご感想、⼼よりお待ちしております。
Waseda Adler News
Vol.2,No.2編集担当
馬緤 亜紀子
早稲田アドラー⼼理学研究会よりご案内
・研究会へはどなたでも参加できます。
・研究会へのお問い合わせ・参加希望はメールで、
kogo@waseda.jp までどうぞ。
日本アドラー⼼理学会:http://adler.cside.ne.jp/
アドラーギルド:http://adler.cside.com/
ウィキペディア:http://ja.wikipedia.org/wiki/ アドラー⼼理学
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今ココ!
20世紀の⼼理学の全体像
マインドフルネス療法
「トーキングセミナー」
1989年
催眠
瞑想法
グループ
グループ
認知⾏動療法
逆説アプローチ
逆説アプローチ
瞑想
認知⼼理学
自己実現セミナー
ニューエイジ思想
(トランスパーソナル⼼理学)
⾏動療法
ヒューマンポテンシャル運動
フロイト
(1856-1939)
マズロー
(1908-1970)
ロジャース
(1902-1987)
ロジャース
1970〜
⼈間主義⼼理学
(第三勢⼒)
1900〜
(1902-1987)
精神分析(第⼀勢⼒)
1950〜
⾏動主義(第⼆勢⼒)
スキナー
(1904-1990)
ロジャース
(1902-1987)
アドラー
(1870-1937)
↑(2010年第2回アドラー⼼理学研究会(⼤)板書より作成)
←(向後(2009)ID特論スライド3-21)
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