地 球 環 境を考える S p e c i a l Fe a t u r e 2 地 球 環 境を考える 排出権取引と航空 東京大学 公共政策大学院 特任教授 山口 勝弘 はじめに 調整が必要となる。本稿では、最近、大きな国際的な 論争に発展している航空分野へのEU排出権取引制 CO 2 濃度は産業革命前の280ppmから2005 年に は379ppmに上昇し、これに伴い過去100 年間に気温 度適用案をめぐる議論を中心に、排出権取引制度と 航空の関係を考察してみる。 は0.74 度上昇した。今後20 年間、10 年ごとに0.2 度 上昇が予想され、それ以降は対策次第で変動し、21世 ブリュッセルからのニュース 紀末には現在と比較して1.8 度から4.0 度上昇しうる と予測されている。5度の気温変化は直近の氷河期と 2006 年12月20日、世界の航空関係者の間にある 有史以降の平均気温との差に相当し、地球の自然 ニュースが流れた。欧州委員会(EC 1)が航空分野へ 環境・生態系は壊滅的影響を受けるとされる。 のEU排出権取引制度適用案を公表したのであった。 CO 2 は、人間の諸活動による化石燃料の燃焼を主 EU域内を発着する航空に関し、 11年よりEU域内便に、 な排出源とするが、近年、グローバリゼーションの進 12年よりEU域外便を含むすべての便について航空 展や経済活動の高度化により交通分野からのCO 2 排 を課し、EU-ETS 会社ごとにCO 2 の排出枠(キャップ) 出量の増大が大きな問題となっている。とりわけ、 での排出権取引を可能とするものである。これに遡る 航空輸送は現代社会に不可欠な高速交通手段である 06年11月、モントリオールで開催された国際民間航 ものの、単位当たりのCO 2 排出量が大きい上、観光な の理事会で、国際航空分野への排出 空機関(ICAO 2) どの余暇活動に利用される比率が高いため、内外の 権取引制度の導入は相互に合意された範囲内で行う 世論の注目を集めている。 ことなどが了承された後だけに、ECによる一方的な 温室効果ガスの排出抑制の切り札の1つとされる排 法案の発表は世界の航空関係者に衝撃と困惑をもた 出権取引制度。環境対策として効率的な仕組みの らした。EC案が公表された翌日のアビエーション・デ 1 つであり、さまざまな利点があるが、国境を越える イリー誌には、さっそく米国の航空業界が一斉に反発 国際航空に当てはめようとする場合、国際的な工夫や を表明している旨報じられた3。ECの提案になぜ世 1 European Commission。欧州連合の執行機関。法令案の提出、法令の執行等を担当。ベルギー・ブリュッセルにある。 2 International Civil Aviation Organization。世界190カ国が加盟する民間航空の国際機関 (国連の専門機関)。カナダ・モントリオールに本部がある。 3 Aviation Daily 2006年12月21日号。同誌は米国を代表する代表的な航空専門日刊紙。 10 ていくおふ . Summer 2008 排出権取引と航空 界の航空関係者が強い関心と懸念を抱くのだろう モントリオールの長い道のり か。これを理解するためには、まず、地球温暖化問題 と航空分野の枠組み、その中でのEUの位置付けを整 理することが必要だ。 ICAOで地球温暖化対策が本格的に検討されるよ うになったのは2004 年である。同年2月の航空環境委 員会(CAEP/6) には、それまでの議論を踏まえ、国際 出削減目標が決められているが、国内航空は国内排 航空分野に固有の排出権取引制度を導入することは 出源の一部に組み入れられている。ところが、同議 制度の効率性の面で問題があるとの観点から、同年 定書では、国際航空については I CAOの活動を通じ 9月から10月に開催されたICAO総会5 での決議により、 て排出の抑制または削減を追求するとされている 4。 オープンな排出権取引制度に国際航空を組み込む場 EUでは1997年 5月に航空市場が完全に統合され、 合のガイダンスの策定等が行われることになった。 域内航空については経済規制の面では国際・国内 04年11月に設置された排出権取引タスクフォースが の区別がなくなったが、国際民間航空条約や二国間航 中心となり、締約国が自国の排出権取引制度に国際航 空協定上は域内の異なる国の間の航空、例えば、ロン 空を組み込む際のガイダンスが検討された。当該ガイ ドン-パリ間は国際航空と位置付けられているため、 ダンスにおける排出権取引の適用範囲のあり方が大 このような運航から排出されるCO 2 は京都議定書に きな争点となったが、容易には結論は出ない。ICAO おけるEUの排出削減目標の対象には含まれない。 は国連本体などと同様に締約国の総意に基づき意思 では、なぜEUは京都議定書の対象外となっている 決定がなされ、EUの統治機構のように加盟国の上に EU発着の国際航空に独自の施策を単独で提案する 立つ意思決定機関ではないからだ。果たして、ある国 に至ったのか。 が他の国との間の航空機の運航から排出されるCO 2 について、相手国との合意なくして排出権取引制度を 適用することが認められるのだろうか。これが「地理 的範囲(geographical scope) 」をめぐる論争である。 06年に入り、EU内部で独自の排出権取引制度の 検討が行われていることが非公式に伝わるようにな ると、次第に関係国の考え方がはっきりしていった。 EUは、ある締約国が排出権取引制度を導入しようと する場合、その国の航空会社のみならず外国の航空 会社にも等しく適用しうるとの立場をとる。一方、米国、 日本、豪州などは、排出権取引制度は相互に合意され た範囲で適用されるべきで、締約国が一方的に同制 度の導入を図りうるとするのは国際法上問題であると した。同年11月のICAO理事会ではEUが押し切ら れる形で「国際航空分野への排出権取引制度の導入 は、相互に合意した範囲内で行うこと」が決議された。 4 京都議定書第 2 条第 2 項「附属書Ⅰに掲げる締約国 (先進国) は、国際民間航空機関および国際海事機関を通じて活動することにより、航空機用および船舶用の燃料からの温室効果 ガス (モントリオール議定書によって規制されているものを除く) の排出の抑制または削減を追求する。 」 5 ICAO総会は3年に1度開催されている。 ていくおふ . Summer 2008 11 S p e c i a l Fe a t u r e 京都議定書では、温室効果ガスについて国別の排 2 地 球 環 境を考える しかし、欧州委員会(EC)は中央突破を図ったので 場内の雰囲気は一変し、極めて厳しい発言の応酬に ある。欧州では、せっかく国内排出源について京都 発展した。大別すると、航空からのCO 2 排出抑制に 議定書に基づく19 9 0 年比 8% の削減を行ったと 大胆な一歩を踏み出す必要性を説くEU の主張、二 しても、その 3分の1程度がEU発着の航空機からの 国間にまたがる航空サービスの運営に大きな影響を CO 2 排出増によって相殺されてしまうほどの規模に 及ぼす規制案を一方的に推し進めようとすることに対 達するとして、航空分野への排出権取引制度の提案 する米国などの批判と、途上国との間を含むすべての に踏み切ったのであった。この案では、EU域内の国 EU発着便を一律に規制するのは京都議定書に規定 際航空のみならず、EU域外との間の国際航空にまで されている「共通だが差違ある責任」の原則に反する 同制度を適用するとしているため、域外の国々から異 という中国などの発展途上国の反発である。 論が噴出し、ICAOの場でさらに大きな論争を引き 起こすこととなった。 この大 論 争は07年 9月から10月に開 催され た ICAO総会に持ち越された。同総会では、新たにハ 筆者が参加したICAO 主催のコロキウムが開催さ を設置して、技術革新、 イレベルグループ(GIACC 7 ) れたのは、E C の提案をめぐる関係者の軋轢が感情 運航の効率化、航空交通管理の改善、経済的手法 的な対立に発展しつつある0 7 年5月であった。学識 などからなる地球温暖化対策の枠組みやエネルギー 経験者による地球温暖化への航空のかかわり、航空 効率に関するグロー バルな推進目標(aspirational 分野の今後の技術開発動向、各国でのこれまでの削 goal) などを検討し、国際航空分野の地球温暖化対策 減の取り組みなどに関する発表までは穏やかな雰囲 に関するICAO行動プログラムを策定することになっ 6 気の中で行われたが、筆者の発表 の後に続いたE C た。同時に、排出権取引制度を他の締約国の航空会 関係者の報告とその後の政府当局者の発表に至ると、 社に適用する場合は締約国間の相互合意によるべき 図表1 CO 2 排出量の推移と今後の予測 出典:航空:IPCC(1999) 、総排出量:IEA 予測 6 筆者の発表は、わが国の国内航空で行われている自主的取組を紹介し、今後の進むべき方向を議論したもの。コロキウムの資料・映像はhttp://www. icao . int/icao/en/env/clq/clq07/ Documentation. htmで参照できる。また、ICAO環境報告書 2007 http://www. icao . int/icao/en/env/pubs/env_report_07.pdf にコロキウムの発表内容がまとめられている。 7 Group on International Aviation and Climate Changeの略。 12 ていくおふ . Summer 2008 排出権取引と航空 ことを要請することなどを内容とする決議が採択さ 伸びるものと見込んでいる。IATA9 は今後20年間で れた。EUは最後の点に関しては、留保する旨を表明 CO 2 排出原単位について25%、すなわち、年率1.9% した。 の低減 10 という目標を掲げているが、これを織り込ん 08年 2月にGIACCの第1回会合が開催された。同会 だとしても、25年時点の国際航空からのCO 2 排出量 議への日本代表のイニシアティブにより、燃料消費効 は、05年に比べ95% 増加し、エネルギー消費を排出 率に関するグローバル目標が 1 つの重要な方向である 源とする世界全体のCO 2 排出量の増加率(40% 増 11) との共通認識が形成されるとともに、そのためにも、 を上回るものと見込まれる。 ついての基本合意が得られ、ICAOの現有データの整 外部費用の内部化 理と新たなデータ収集が行われることになった。いよ それでは、なぜ、排出権取引制度のような施策が いよ第2幕が始まったのである。 CO 2 排出抑制に有効なのかについて、経済学の立場 2 分に東京ドーム1個分の CO2 S p e c i a l Fe a t u r e 燃料消費量や輸送量に係るデータの把握の必要性に から見てみよう。 地球温暖化のような環境問題への経済学のアプ このように、大きな国際論争に発展している航空機 ローチは明快である。今日、私たちはさまざまな財・ からのCO 2 の排出抑制策であるが、そもそもどの程 サービスの市場における取引を通じて生産、消費して 度の排出規模なのだろうか。 いる。完全競争を仮定すると、生産者側の私的限界 8 図表1に世界のCO 2 総排出量と航空 からのCO 2 費用と需要者側の需要曲線が交わるところで価格と数 排出量のこれまでの推移と今後の予想が示されている。 量が決まる。CO 2 のような外部費用が負担されてい 航空からの CO 2 排出量は、0 5 年時点で 7 . 3 億トン ないと、最適な水準ではないところに価格と数量が決 (国際航空4.2 億トン、国内航空3.1 億トン)で、世界 まってしまい、いわゆる死重損失が発生し、社会的厚 のエネルギー 起源CO 2 排出量271 億トンの2.7%、 生が損なわれる。長期的には効率化投資が促されな わが国のエネルギー起源CO 2 総排出量12 億トンの い。過剰生産、過剰消費が起きず、また、効率化投資 約6割に相当する。2分に東京ドーム1個分を上回る のインセンティブが働くように、 「外部的費用は課税や ペースで世界の航空機から CO 2 が排出されている 排出権の割当てなどにより内部化せよ」これが環 計算だ。 境経済学の基本命題である。図表2では、左側に外 国際航空について輸送量とCO 2 排出量の関係を 部費用内部化の短期的効果が示されている。Tが外 見ると、1984 年から2004 年までの20年間に国際航 部費用を指しており、これが内部化されないと需給は 空からのCO 2 排出量は年率3.0% の伸びを示した。 Q(Q*+C)のところで均衡するが、Tが内部化される この間、輸送量(有償人キロ=RPK )が年率6.5% 伸 と需給均衡がQ*にシフトし、死重損失が解消される。 びているので、エネルギー効率はかなり改善している CO 2 の社会的費用の内部化は航空市場にどの程度 と言える。しかし、排出量は増加していることに変わり の影響を及ぼすのだろうか。まず、CO 2 の価格はどの はなく、今後も拡大が見込まれる。ICAOでは、05年 程度なのか。これについては、各種の試算がなされ から25年までの間、国際航空のRPKは年率5.3%で ており、IPCC 第4次評価報告書によると、CO 2 1トン 8 民間航空のみであり、軍事利用等は含まない。 9 国際航空運送協会。International Air Transport Associationの略。 10 2005 年から2020 年までの間の有償トンキロ (Revenue Ton Kilometers(RTK) ) 当たりの燃料消費量の改善目標。RPKとRTKでは単位が異なるが、燃費改善目標としての水準は 概ね同程度であると考えられる。 ていくおふ . Summer 2008 13 11 年率1.7% 増 (IEAによる推計) により算定。 2 地 球 環 境を考える 図表2 外部費用(CO 2)への経済学のアプローチ 当たりの社会的費用の推計には、マイナス3ドル 12 から であり、これを1CO 2 -トン相当の燃料に換算すると約 95ドルまでの開きがあるとされている。その理由を考 211ドルとなる。そこで、27ドル/ CO 2 -トンの追加 えてみよう。温暖化による影響は、 「CO 2 の蓄積→濃度 費用はどのような影響を及ぼすかを検討する。 の上昇→温暖化→各種被害の発生」というステップ 一般に、航空会社の費用増が航空運賃に転嫁さ を踏んで現れる。最近のIPCC の成果や「不都合な れた場合、価格弾力性により需要が低減する。オウム 真実」をはじめとする、さまざまな書籍や報道により、 ほか(1992) によると、航空輸送需要の価格弾力性の 温暖化がどのような損害を地球にもたらすのかについ 推計値には、マイナス0.7 からマイナス2.1 の幅があ ての私たちの理解は多少深まってきたものの、損害の る。価格が10% 上昇すると、航空輸送需要が7% か 貨幣換算となると不確実な点が多い。また、自然災害 ら21% 下がることを意味する。これを用いてCO 2 の の増加や農業生産の減少といった直接的損害以外に 社会的費用を内部化したときの航空輸送需要への影 エネルギー安全保障への影響など2次的損害を考慮 響を推計すると、05年の世界の航空会社の営業費用 するか否かであるとか、1単位の排出量が将来もたら に占める燃油費の比率は平均22.2% なので、航空燃 す不便益を現在の価値としてどのように評価するか 料価格211ドル/ CO 2-トンに27ドル/ CO 2-トンが加 によっても推定が異なる。損害額でとらえる場合と、 わり、全額航空運賃に転嫁されると仮定すると、航空 損害発生を防止するための費用でとらえる場合とでも 運賃は2.8% 上昇し、需要は2.0%から5.9% 減少する 結論が違ってくる。 ものと推計される。 このように、CO 2 の価格をどのように見るかはなか 07 年の日本人海外旅行者は1,730 万人、訪日外国人 なか難しいが、ここではEU排出権取引市場における は835 万人である。それぞれ最大で102 万人、39 万 市場価格であるCO2 の1トン当たりの価格、27ドル/ 人減少することを意味する。日本政府はビジット・ジャ 13 CO 2 -トン を用いて分析してみる。航空燃料の06年 パン・キャンペーン (VJC)で2010 年までに1,000 万 平均価格は1ガロン(3.785 リットル)当たり2ドル 人の訪日外国人誘致を目指しているが、左記の影響 12 マイナスの費用は便益を表すので、温暖化は人間社会にプラスだという推計もあるということ。 13 Tendance Carbon, Issue 16, 2007年7月。 14 ていくおふ . Summer 2008 排出権取引と航空 は無視できない水準だ。ただし、この影響は航空会 限(キャップ)を設定することで、それ以上の排出量 社がCO 2 排出量全体の外部費用を負担した場合で に係る外部費用を内部化するものであるが、限界排 ある。排出権取引制度の場合は、後述のとおり、上限 出削減費用の高いところが低いところから排出権を (キャップ)の水準次第で内部化される外部費用を調 購入できることとすることで、効率的に排出量の削減 整することが可能である。 を実現できるというメリットがある。このとき、排出 権取引が市場価格を形成するため、課税の場合に問 排出権取引制度の経済学 題となる外部費用の価格、すなわち、CO 2 の社会的 外部費用の内部化に、課税、排出権取引制度など 設定するときに、既存の排出量の全部または一部 のうち、どの手段を用いるべきであろうか。行政当局 を行政当局が没収し、入札を通じて配賦することが が必要な情報を得ることができ、将来に不確実性など 可能だ。このような場合、行政当局に落札金額が帰 がない場合には、理論的にはいずれの手法でもよいと 着する。課税の場合の税収に相当するものである。 される。しかし、現実にはさまざまな制約要因がある この収入が「二重の配当」をもたらす。具体的には、 中で政策手段を選択しなければならない。 入札による収入を用いて他の有効な措置を講じれば、 まず、課税は名目の如何にかかわらず、常に政治的 困難を伴う。また、税率、すなわち、CO 2 の社会的費 外部費用のもたらしている死重損失の削減に加え、 こちらでも社会的厚生が改善される。 用が一体いくらなのかという点については、先に述べ しかし、排出権取引制度にも弱点がある。最も大 たように幾多の推計があり、税率の妥当性を示すこと きな問題は、キャップの設定についてである。キャッ が難しい。一方、排出権取引制度はCO 2 排出量の上 プは、燃料を燃やしてCO 2 を発生させる主体、航空 でいえば航空会社単位にかける必要が 図表3 排出権取引制度のもとでの削減量 ある。キャップの強弱で排出権取引市 場の価格が変動するため、公共部門は 厳しいキャップをはめようとする。しか し、キャップをはめられる側の抵抗は 強い。勢い一定の分は無償で配賦され ることとなる。図表3はECの提案を概 念的に示したものであるが、基準年の CO 2 排出量をベースにキャップが設定 され、一定年後に制度が実施されるよ うな場合、経年による需要増に伴い排 出の増える濃い青色の部分と入札によ り配賦される濃い灰色の部分が削減ま たは排出権を購入すべき量となる。 このように無償配賦(grandfathering) ていくおふ . Summer 2008 15 S p e c i a l Fe a t u r e 費用は自律的に決まることになる。また、キャップを 2 地 球 環 境を考える を行うと、成熟した既存企業が有利に、伸び盛りの新 とし、90 億円で100 万トン、180 億円で200 万トンの 興企業が不利になる。業種別に見ると成長産業には CO 2 を排出削減できるとする。X社は、100 億円かけ 負担が重く、衰退部門では余剰が発生し、 「棚ぼたの て自ら100 万トンのCO 2 を削減するよりも、Y社が削 利益 (windfall profit) 」が発生しかねない。また、既に 減する200 万トンのうち 100 万トンを100 億円未満の 効率化しているところが考慮されにくい。キャップの 市場価格で購入した方が得である。 Y社も自社のキャッ 設定はイバラの道だ。 プを満たすために必要な100 万トンにとどまらず、200 さらに、このアプローチを国レベルに当てはめよう 万トン削減して余剰分の100 万トンを、90 億円を上回 とすると、今後CO 2 排出量が増える発展途上国に不 る価格で売ることができれば得をする。 利になるため、京都議定書のように発展途上国が削 ■ケース2 減義務を負わない枠組みでないと収まらなくなる。そ 同じ10%削減でも、需要の伸びの違いにより負担 うなると米国などが参加しにくい枠組みになるという が異なる。X社は年率5%で需要が伸びているとする。 ジレンマに陥る。 「京都議定書シンドローム」とでも言 一方、Y社では需要は横ばいであるとする。 うべき事態だ。 抑制策を講じないと需要の伸びに比例してCO 2 排 出量が増加すると仮定すると、X社では、抑制策なし エネルギー効率(原単位)の向上へ 、5年後の排出量は1,280 万トンと の場合(BAU 15) なる。900 万トンに減らすためには380 万トンの削減 そこで、筆者が考える1つの工夫は、エネルギー が必要だ。Y社は100 万トンの削減で済む。航空会 効率、つまりCO 2 排出原単位をキャップに用いること 社や市場の成長の度合いが異なると、キャップの割当 である。原単位をキャップとすることにより、排出権 に不公平感が生じる。 の割当をめぐる問題を極力回避するとともに、マクロ ■ケース3 的要因による需要の増減による極端なコスト増や過剰 会社別に上限を決めるとどうなるか。 な排出権の配賦を避けることが可能となる。排出権 X社については、5年後に1,150 万トンを上限とす 取引制度の利点を生かしながら、制度実施上の問題 る。これでもBAU に比べ130 万トン (1,280 -1,150 点を克服しうると考えられる14。 万トン) の削減が必要となる。Y社では、900 万トンを 具体的なケースに則して説明してみよう。 ■ケース1 まずは、通常の絶対値によるキャップのケースである。 上限とし、100 万トンの削減が必要とする (ケース1と 同じ) 。このように、会社ごとに個別のキャップを決め ればケース2のような問題は緩和できる。しかし、航 例えば、現状より10%低い水準 (絶対値) を上限(キャッ 空会社数や所属国数が多いと合意形成が難しい。 プ) とし、5年度後にその水準に達することが必要で ■ケース4 あるとした場合を考えてみる。 それでは、上限を原単位で設定するとどうなるであ 航空会社のX社が現状で1,000 万トンのCO 2 を排 ろうか。ここでは、有償トンキロ (RTK) 当たりのCO 2 出しているとし、100 万トンのCO 2 排出削減に100 億 排出量を5年後に10%削減する水準を上限とする場 円かかるとする。 合を考えてみる。 需要が横ばいだと上限は900 万トン。 Y社が同様に1,000 万トンのCO 2 を排出している 需要が年率5%増加し、5年後にRTK が1.28 倍になっ 14 原単位キャップのアイディアは、財団法人運輸政策研究機構国際問題研究所と財団法人空港環境整備協会 (2007) の共同研究で筆者が提案し、同報告書に盛り込まれている。 15 Business As Usualの略。 16 ていくおふ . Summer 2008 排出権取引と航空 たとすると、排出量の上限 (上限である原単位の分子) は おわりに 1,150 万トン、ケース3のX社と同じキャップになる。 2007 年のノーベル平和賞がアル・ゴア元米国副大統 びた場合の排出量の上限は、それぞれ、1,044 万トンと 領と気候変動に関する政府間パネル(IPCC) に授与さ 1,260 万トンになる。原単位方式は、需要の伸びに対 れるとともに、同年12月にはインドネシアのバリでポス して削減すべき排出量が伸縮する弾力的な仕組みだ。 ト京都議定書に向けた交渉が開始された。本年は京都 ANA は世界に先駆けて在来機に比べ20% 程度燃費 議定書の約束期間の初年度に当たるとともに、7月には の良いボーイング787型機を50 機導入すると発表し 北海道洞爺湖サミット、10 月には交通分野における地 ているが、仮にこのような原単位キャップが適用され 球環境・エネルギーに関する大臣会合(MEET 16)が た場合に、上限よりも燃料効率の改善が進めば、同社 日本で開催される予定である。EU排出権取引制度適用 は排出権を売ることができる。環境への投資が配当 案に端を発し、今、ICAOのGIACCにおいてエネルギー を生む好循環が期待できる。 効率目標の議論が展開されている。両者をうまく融合で 以上のように、原単位キャップというアイデアには、 航空会社間の公平性を担保しつつ、CO 2 排出削減を きれば全く新しいCO2 排出削減スキームが誕生する。 2 今度はICAOがノーベル賞をとる番だ。 促すというメリットがある。また、今後、需要の拡大が 見込まれる発展途上国の航空会社にとり、より受け ■参考文献 入れられやすいという利点もある。もちろん、絶対値 • IPCC, 1999,“Aviation and the Global Atmosphere,” キャップを採用した場合でも、排出枠の設定につい て発展途上国の企業に配慮することは可能であるが、 京都議定書における「共通だが差違ある責任」の原則 に準じ、そもそも発展途上国の航空会社は規制の対象 から外すべきとの議論につながりかねない。しかし、 国際航空分野では、発展途上国の航空会社が世界的 に見て競争力が高い場合も多く、 「差違ある責任」と いう考え方と折り合いをつけなければ先進国の参加も ままならない。国際社会には特定の制度を決定、実施 する権能を有する上部構造(super-structure)が存 Cambridge University Press. •Oum, T.H., W.G. Waters and J.S. Yong 1992,“Concepts of price elasticities of transport demand and recent estimates,” Journal of Transport Economics and Policy, 26, 130-154. •山口勝弘(2007) 「航空分野の地球温暖化問題」航空環境研究 No11、財団法人空港環境整備協会 •山口勝弘(2008) 「国際航空分野の排出権取引制度のあり方」 2007 年度交通学研究、日本交通学会 •財団法人運輸政策研究機構国際問題研究所、財団法人空港 環境整備協会(2007)共同研究報告書“Issues Concerning the Reduction Of Carbon Dioxide In International Aviation” (英文本文:http: //www.japantransport.com/publications/ pub_2007.pdf、和文要約:http://www.jterc.or.jp/ koku_semina/070830report.pdf) 在しない以上、先進国と発展途上国の別なく、すべて PROFILE の国の航空会社に広く受け入れられるような制度設 山口 勝弘(やまぐち・かつひろ) 1959年東京都生まれ。83年 計とし、これを国際的に合意することが要請される。 東京大学法学部卒業。同年運輸省入省。90年米国ミシガン 大学ビジネス・スクールでMBA取得。航空、自動車交通、物流、 その意味で、航空輸送需要の変動への中立性がビルト・ ITなどの分野の行政に従事。2003 年 7 月より国土交通省 インされている原単位キャップ方式は、国際航空分野 より東京大学公共政策大学院特任教授(現職) 。公共政策大 における政治経済要因(political economy) に即した 学院国際交通政策研究ユニット(ITPU)を中心に活動。日本 制度と言えるのではないだろうか。 S p e c i a l Fe a t u r e RTK が年率3%しか伸びなかった場合、逆に7%伸 航空局監理部総務課航空企画調査室長を経て、05 年10 月 交通学会等に所属。 16 Ministerial Conference on Global Environment and Energy in Transportの略。 ていくおふ . Summer 2008 17
© Copyright 2024 Paperzz