馬ピロプラズマ病 - 日本獣医寄生虫学会

総 説
馬ピロプラズマ病
五十嵐 郁 男、横 山 直 明
帯広畜産大学 原虫病研究センター
要 約
馬ピロプラズマ病は、マダニによってウマに媒介され、赤血球内に寄生・増殖する Babesia caballi と Theileria
equi によって引き起こされる家畜法定伝染病である。我が国での本病の流行は認められていない。しかし、両ピロ
プラズマ原虫を媒介可能なマダニが日本にも生息しており、かつ毎年多数のウマが我が国に輸入されていることから、
両原虫が日本に侵入しないような検疫体制の強化が求められている。本稿では、馬ピロプラズマ病について概説する
ともに、現在我々が取り組んでいる診断法の開発についても紹介する。
Keywords:馬ピロプラズマ病、Babesia caballi、Theileria equi、診断法、マダニ
であり、微細構造の観察、赤血球への侵入、原虫の増殖・
1.はじめに
分裂の機構解明、遺伝子解析、診断用抗原の作製、新し
馬ピロプラズマ病は、赤血球内寄生原虫である Babesia
い薬剤のスクリーニング等に利用されている。
caballi と Theileria equi が原因となる。両原虫はマダニ
によって媒介され、ウマ、ロバ、ラバ、シマウマに感染
1-1.感染赤血球の形態学的変化
が認められている[7]。本病は我が国での流行は認めら
培養で得られた B. caballi の走査型電子顕微鏡を用い
れていないが、家畜法定伝染病に指定されており、動物
た形態観察により、感染赤血球の膜表面には多数の小孔
検疫所により厳重に監視されている。両原虫は、アピコ
があることが発見された[21]。更に透過型電子顕微鏡
ンプレクス門、胞子虫綱、ピロプラズマ目、バベシア科
を用いた形態解析から、赤血球表面から中央に向かって
に属し、それぞれバベシア属とタイレリア属に分類され
切れ込み(管状構造)が存在することが明らかとなった。
ている。B. caballi は、大型で直径が 2.0-5.0μm であり、
また、B. caballi 感染赤血球の厚切り切片を用いた超微
赤血球内に 1 あるいは 2 個の洋梨状の虫体として認めら
観察により、その管状構造は、感染赤血球膜の表面から
れる(図 1 左)。一方、T. equi は、小型で直径が 1.3-3.0
原虫の細胞膜を貫通し、原虫の細胞質まで入り込んでい
μm であり、円形やコンマ状で、分裂時には 4 個の虫体
ることも明らかとなった(図 1 右)。一方、T. equi 感
が十字状に認められる「マルタクロス」が形態的特徴で
染赤血球では、赤血球表面から原虫に連結している 1 本
ある(図 2 左)。また、両原虫とも試験管内培養が可能
の太い管状構造が認められている(図 2 右)。これらの
図1.Babesia caballi の光顕像(左)と電顕像(右).
図2.Theileria equi の光顕像(左)と電顕像(右).
管状構造は感染赤血球膜の表面から細胞質を貫通し,原虫内部
まで内部まで入り込んでいる.
[電顕像は生理学研究所村田和
義博士より提供]
1本の太い管状構造(T)が原虫内部まで入り込んでいる.
[電
顕像は獨協医大川合覚博士より提供]
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馬ピロプラズマ病
管状構造はウマ赤血球内でのピロプラズマ原虫の生存に
重要な意味をもつと考えられており、管状構造の起源や
2.生活史
両ピロプラズマ原虫は共にマダニによってウマに媒介
機能について現在検討が行われている。
されるが、B. caballi は経卵伝播、T. equi は経発育期伝
1-2.遺伝子情報
播を行なう[7, 38]
(図 3)。B. caballi は、マダニが吸
1970 年に分離された T. equi フロリダ株のゲノム解析
血した際にウマの血管内に注入されたスポロゾイトが直
により、原虫遺伝子の全体構造が明らかになった[20]。
接赤血球内に侵入して、後に 2 個の原虫へと分裂する。
その後の野外株を用いたゲノム解析から、異なる地域
分裂した虫体(メロゾイト)は赤血球を破壊し赤血球外
から分離された T. equi は、遺伝的にも病原性において
に遊離した後、再び新らたな赤血球に侵入して増殖を繰
も、それぞれ大きく異なることが確認されている。南ア
り返す。このように感染を受けたウマに雌の成ダニが吸
フリカでは、T. equi 感染馬は重篤な症状を示すため集
血すると、無性生殖期(メロゾイト期)の原虫はマダニ
中治療室で管理されるが、アメリカでは軽微な症状しか
の中腸内で破壊されるものの、生殖母体(ガメートサイ
報告されていない[34, 36]。南テキサスでメキシコ原産
ト)は生き残って、赤血球から出て雄と雌の生殖体(ガ
のウマから分離された T. equi は、最近アメリカの流行
メート)に分化・接合して有性生殖を行い、ザイゴート
で分離された株とは相同性が低く、むしろ南アフリカの
からキネートへと発育する。キネートはマダニ腸管壁を
ウマやシマウマで見つかった同原虫の野外株に対して高
貫通して血リンパ内を通って卵巣に到達し、卵に侵入す
い相同性を示すことが明らかになっている[11]。また、
る。経卵感染した卵から孵化した幼ダニや次の若ダニの
EMA(equi merozoite antigen)遺伝子による系統樹解
唾液腺でスポロゾイトが発育し、これらのマダニがウマ
析により、T. equi は、バベシア属とタイレリア属の中
を吸血することにより新たな感染が起こる[38]。一方 T.
間に位置する新たな属に分類すべきであると提唱されて
equi は、感染馬を吸血した幼ダニや若ダニがそれぞれ
いる[20]。B. caballi の全ゲノム解析は、現在アメリカ
若ダニおよび成ダニに発育する間に、体内で有性生殖を
で進められている。また、B. caballi の RAP-1 遺伝子の
行いスポロゾイトが唾液腺で形成される。これらの若ダ
系統樹解析により、南アフリカやイスラエルで分離され
ニおよび成ダニがウマを吸血した際に新たな感染が成立
た原虫株は、アメリカ / カリブ海で分離された原虫株の
する。T. equi は Babesia equi と命名されていたが、そ
配列と約 80% の相同性しか認められず、地域により大
のメロゾイトは血液中のリンパ球内でミクロシゾゴニー
きな違いが報告されている[27, 38]。これら野外株間の
およびマクロシゾゴニーにより増殖した後に、赤血球内
遺伝子情報や病原性の違いは、我々が現在進めている診
に侵入・増殖することが明らかとなり(図 3)、現在は
断法、治療法、ワクチンの開発研究に重要な情報となっ
Theileria 属に再分類されている[23]。更に最近の研究
ている。
により、単球とマクロファージ内でもそのシゾゴニー増
図3.B. caballi と T. equi のマダニ内(左)と馬体内(右)における生活史の違い.
[Vet. Clin. North Am. Equine Pract. 30:677-693 より引用・改変]
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殖が認められている[25]。
の牧場で飼育されたか一時的に滞在したウマが陽性を示
したことから、マダニによる感染が介在していることが
推定された[34]。このため、245,000 頭におよぶウマを
3.流行地域
検査したところ、219 例の T. equi、9 例の B. caballi の
馬ピロプラズマ病は、1888 年に Dupuy により初めて
感染例が摘発された[37]。これらの陽性馬は、最初に
報告され、1901 年に Laveran が T. equi を、1910 年に
摘発された牧場との関連性は認められなかったので、補
は Nuttal が B. caballi を発見している[35]。それ以来、
体結合反応(CFT)が公式検査法として使用されてい
本病の流行地域は、南ヨーロッパ、アジア、中近東、
た 2005 年以前に合法的に輸入された集団と、非合法で
アフリカ、中南米など全世界に及んでおり、T. equi の
輸入されたクォーターホースの集団が発生の原因と考え
分布域は B. caballi より広いとされているものの、ほと
られている。アメリカでは感染馬が発見された場合、本
んどの地域で両原虫が共在して認められている[7, 38]
病の感染を伝播する危険を除くために感染馬を隔離し、
(図 4)。北欧、北米、オーストラリア、日本等の少数の
1)認定された計画により治療する、2)生涯にわたり検
国では本病の流行が認められていない。ただし、アメリ
疫監視下におく、3)淘汰する、のいずれかの対策がと
カでは、1961 年に南フロリダで輸入馬による馬ピロプ
られると規定されている[38]。
ラズマ病が大流行した[37]。これを撲滅するために米
日本は、馬ピロプラズマ病の非汚染国とされ、国内で
国政府は大規模な監視計画を実施し、1988 年には清浄
の流行は認められていないが、1989 年に中国からの輸
化に至っている。また、この状態を維持するために、農
入馬に T. equi 感染例が多数摘発されている[7]。その
務省は流行地域からのウマの輸入に関する厳しい規則を
後も、輸入馬から散発的に陽性馬が摘発され、返送ある
定めた。その結果、非合法な輸入による散発的な発生例
いは殺処分されている[7]。日本では、B. caballi と T.
が認められるのみとなった。しかし、2008 年にはフロ
equi を媒介できる Rhipicephalus sanguineous(クリイロ
リダで再び 7 例の T. equi 感染例が認められた[31]
。
コイタマダニ)が存在しているが、近年その分布が拡大
これはメキシコから非合法的に導入されたウマに本病が
している[7, 19, 30]。また、日本で優勢なマダニ種であ
認められたもので、ベクターとなるマダニが見つからな
る Haemaphysalis longicornis(フタトゲチマダニ)も、
かったことから、注射針や血液ドーピング等の不適切な
2 種類の馬ピロプラズマ原虫を実験的に媒介可能なこと
管理が原因とされている。さらに翌 2009 年には、テキ
が報告されている[18, 28]。そのため、一旦馬ピロプラ
サスで 400 頭もの T. equi 感染馬の発生が判明し、特定
ズマ感染馬が日本に侵入すれば、日本のウマに感染が拡
図4.B. caballi と T. equi の分布図.
[Vet. Clin. North Am. Equine Pract. 30:677-693 より引用]
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大することが危惧されている。現在日本には、肉用、競
泡沫を含む滲出液を排出し、窒息により斃死する例もあ
馬、競技のために年間 4,000 〜 5,000 頭のウマが輸入さ
る[7]。B. caballi の死亡率は通常約 10%であるが、時
れている。従って、今後流行国からのウマの輸入には厳
として 40%に達することもある[7]。しかし、通常 0.5%
重な監視が必要で、本邦への侵入阻止のための多数のウ
以下のパラシテミアを示した後に末梢血液から消失して
マに対する正確で速やかな診断法に基づく輸入検疫体制
しまう場合や、症状を示さない慢性感染例が大多数とな
の強化が望まれている。
る[37, 38]。
一方、T. equi の病原性は、
B. caballi よりも高い[38]。
T. equi の潜伏期は 10 〜 30 日間で、メロゾイトの実験
4.感染病理
的静脈内接種後の潜伏期は 7 〜 15 日間となる。急性感
B. caballi あるいは T. equi の感染病理は、赤血球の
染では、30 〜 90%と高いパラシテミアを示し、40℃以
破壊や排除に伴う種々の溶血性貧血による[7, 39]。血
上の発熱に加えて、B. caballi よりも顕著な貧血、黄疸、
色素尿や黄疸の原因となる血管内溶血は、メロゾイトの
血色素尿が見られる。また、T. equi では胎盤感染例も
放出時に赤血球が生理的に破壊されて引き起こされる。
報告されている[3, 8]。T. equi の死亡率は約 10%であ
一方の血管外溶血は、脾臓内マクロファージによる感染
る[7]。
赤血球や非感染赤血球の除去により起こり、貧血は悪化
感染馬が 3 週間以上生存すると、末梢血液から原虫は
する。非感染赤血球の排除は自己抗体の産生と結合によ
認められなくなる。しかし、B. caballi 感染では 1 〜 4
るⅡ型アレルギー応答に起因すると考えられるが、その
年間、一方の T. equi 感染では生涯にわたって原虫の保
機序は不明である。また、血小板減少や凝固時間の延長
有馬となり、妊娠、負荷の強い運動、免疫抑制剤やステ
など、原虫の感染は血液凝固にも影響を与えている[7,
ロイドの投与、輸送ストレスなどが原因で再び症状を現
37]。
すことがある[37, 38]。流行地や非流行地に関わらず最
もよく見られる感染状態は、症状を示さない不顕性感染
であり、様々な感染伝播のキャリアー(リザーバー)と
5.臨床症状
なる。これらのウマは、馬ピロプラズマ病の清浄化を維
ウマは通常、B. caballi あるいは T. equi が感染した
持しようとする非流行国にとって最も厄介な問題となっ
マダニの刺咬により感染するが、流行地では注射針の使
ている。
い回しやキャリアーとなったウマからのドーピング輸血
によっても感染が成立する[38]。ほとんどの感染馬は、
ヘマトクリット値(Ht 値)、ヘモグロビン濃度、及び赤
6.診 断
血球数の減少を伴う溶血性貧血を示す。急性感染馬の
発熱、貧血、血色素尿や色の濃い尿などの特徴的な
Ht 値は、稀に 10%以下を示すことがあるが、通常 20%
臨床症状や疫学的見地から馬ピロプラズマ病が疑われ
以下になることはない[37]。血小板の減少は普通に見
た場合、血液塗抹染色標本を用いた原虫の形態学的検
られる。末梢血液中の各白血球の割合やフィブリノーゲ
出、血清中に存在する特異抗体を検出する補体結合反応
ンの濃度は、感染ステージや貧血の重篤程度により異な
(CFT)、間接蛍光抗体法(IFAT)、酵素抗体法(ELISA)
る。また、高ビリルビン血症がしばしば認められる[38]。
などの血清診断法、原虫の遺伝子を特異的に検出する
B. caballi の感染から発症までの潜伏期は 7 〜 30 日間
PCR などの遺伝子診断法を実施して、馬ピロプラズマ
である。実験的なメロゾイトの静脈内接種では、潜伏期
の感染を直接的あるいは間接的に診断する[7, 37, 38]。
は 5 〜 16 日間に短縮される[7, 38]。急性感染の場合、
最大 3 〜 7%の赤血球内寄生率(パラシテミア)を示
6-1.鏡検による原虫検出
し、40℃前後の発熱が 2 週間ぐらい続き、粘膜の点状出
血液塗沫スライドをライトギムザ染色あるいはギムザ
血、貧血、黄疸、血色素尿、下腹部や四肢の浮腫、後躯
染色した標本を作製し、赤血球内に寄生している原虫を
麻痺などの臨床症状を示す[7]。また、小さな血管が広
顕微鏡で直接検出するのが、最も確実な方法である[7,
範囲に侵されて、肺、肝臓、腎臓などに播種性血管内凝
39]。ピロプラズマ原虫の鏡検診断の場合、皮膚近傍の
固症候群(DIC)を起こす例や、パラシテミアが 1%以
末梢血液を用いた方が、通常の頸部静脈血液を用いるよ
下にも関わらず肺水腫や腎機能不全等で鼻孔から多量の
りも検出率が高いと言われている。しかし、感染初期や
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慢性感染のように 0.1% 以下のパラシテミアを呈する場
6-3.補体結合反応(CFT)による抗体検出
合、抗原虫薬を投与した場合、他の住血性病原体との混
CFT は、抗原虫抗体を検出するための馬ピロプラズ
合感染が認められる場合など、原虫の検出(判定)に困
マ病の公式検査法として、多くの国で長年にわたり使用
難を伴うことが多い[38]。
されてきた[7, 39]。本法は IgM の検出に優れており、
感染後 8 〜 10 日後に抗体が検出可能であり、感染初期
6-2.培養による原虫検出
の診断には適している。しかし、IgG(T)が趨勢とな
慢性感染(キャリアー状態)のウマは、血清診断法で
る感染 2 〜 3 ヶ月後には検出感度が低下する。これは、
抗体陽性と判定されても、末梢血液の赤血球内に原虫を
ウマの免疫グロブリンの一つである IgG(T)は補体に
鏡検で検出できないことが多い。この場合、試験管内培
対する結合力がないためである。従って、慢性感染や
養によりピロプラズマ原虫を増殖させて検出することが
キャリアー馬の抗体検出には不適当である[37]。また、
可能である[12-14]。我々は、2 種類のピロプラズマ原
CFT 用の原虫抗原を調整するために、実験的に感染さ
虫を 1 種類の培養液で増殖させる方法など、培養法の改
せたウマから大量の感染赤血球を準備する必要がある
良を重ねて、その培養法が馬ピロプラズマ病の確定診断
[39]。しかしながら、動物福祉の観点から原虫を用いた
の一方法として使用可能であることを、モンゴル国にお
ウマ実験感染の実施は今後さらに困難となるものと予想
いて実証した。モンゴル国で抗体陽性馬の赤血球を回収
される。更に、薬剤による治療によってウマの IgM 濃
し 2 週間培養を行った結果、1 週間以内に T. equi が検
度が著しく低下することが知られている[39]。悪質な
出された(表 1)。しかし、ピロプラズマ原虫の培養は、
馬主が、このことを利用して薬剤投与によって IgM の
熟達した研究者が培養設備の整っている特定の研究機関
CFT 抗体価を下げて、検疫体制をかいくぐる例が認め
や大学でのみ実施可能である。今後、動物検疫所におい
られており、違法な感染馬の輸出入の原因となっている
ても設備の充実や人材育成を図り、培養法を用いた確定
[37]。
診断が実施可能な検疫体制が望まれる。
表1.培養によるピロプラズマ原虫の検出
馬番号
原虫の検出
(塗抹標本)
抗体(ELISA)
T. equi
B. caballi
培養(原虫が検出された日数)
T. equi
B. caballi
1
−
−
−
−
−
2
−
+
−
+(6)
−
3
−
+
−
+(7)
−
4
−
+
+
+(7)
−
5
−
+
−
+(7)
−
6
−
+
+
+(2)
−
7
−
+
−
+(7)
−
8
−
+
−
+(6)
−
9
−
+
−
+(7)
−
10
−
+
−
+(7)
−
11
−
+
+
+(2)
−
12
−
+
−
+(2)
−
13
−
+
−
+(3)
−
14
−
+
−
+(7)
−
15
−
+
−
+(2)
−
16
−
+
−
+(3)
−
17
−
+
+
+(7)
−
18
−
+
−
+(2)
−
19
−
+
−
+(7)
−
20
−
+
−
+(6)
−
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馬ピロプラズマ病
6-4.間接蛍光抗体法(IFAT)による抗体検出
異的なマウスモノクローナル抗体とその組換え抗原との
IFAT による馬ピロプラズマ病の血清診断は、特異性
結合の阻止率で判定する方法である[39]。しかし、T.
や感度が高いとされている[38]。T. equi と B. caballi
equi 実験感染馬では、cELISA による抗体検出が CFT
の実験感染馬では、感染後 3 〜 20 日後に原虫抗体の検出
や IFAT と比較して 3 週間以上も遅くなることが報告
が可能となる[36]
。IFAT は、CFT や ELISA(Enzyme-
されており、cELISA は感染初期の診断には不適当であ
linked immunosorbent assay)の補完的な診断法として
ると考えられている[10]。また、B. caballi の cELISA
使用されている[38]。しかしながら IFAT は、判定が
では、地域の異なる野外株の抗原性の違いから、南ア
観察者の主観に左右されやすく、多数の検体を用いた判
フリカやイスラエルの感染馬の抗体検出には本 cELISA
定処理には向かない等の欠点がある[39]。また、スラ
キットは使用できないと報告されている[27, 37]。更に、
イド抗原を作製するための馬の実験感染はますます困難
ベネズエラの野外馬から採取された血清を用いた疫学調
になっており、そのため英国では自国での実験感染を断
査では、本 cELISA による陽性群と陰性群の阻止率が接
念し南アフリカから抗原スライドを輸入している現状に
近しており、特異性が低いことが示唆されている[29]。
ある。また、カナダも自国でのスライド作製が困難なた
また、本法では、血清中の抗体濃度と結合阻止率には相
め、馬ピロプラズマ病の世界獣疫事務局(OIE)
・レファ
関が見られないことを我々は経験しており、特異性や感
レンスラボラトリーに認定されている帯広畜産大学・原
度に更なる改善が求められている。
虫病研究センターよりその抗原スライドの提供を受けて
いる。今後、スライド抗原の安定的供給および各国で用
6-6.イムノクロマト法(ICT)による抗体検出
いているピロプラズマ原虫の抗原性の違いに注意する必
イムノクロマト法(ICT)による血清診断は、従来の
要がある。
血清反応と比較して特別な試薬や機器を必要とせず、血
清を ICT ストリップに滴下して 10 〜 15 分後に目視で
6-5.酵素抗体法(ELISA)による抗体検出
簡単に結果を判定できる新しい手技である。そのため、
ELISA の開発当初は、馬ピロプラズマ原虫の感染赤
野外での簡易臨床診断や疫学診断に適している。我々は、
血球から原虫抗原を調整して ELISA に利用していたた
馬ピロプラズマ病に特異的な高感度でかつ短時間で判定
め、非特異反応が高く、その特異性に大きな問題があっ
可能な簡易血清診断法である ICT をすでに開発してい
た。そのため、特異性と感度の高い ELISA の開発には
る[15, 16]
(図 5)。今後、多数の検体を用いた野外で
診断用の原虫抗原の選択と組換え抗原の作製が必要であ
の応用を評価し、実用化に向けた本法活用の普及を図る
ると考えられた。我々はこの問題を解決するため、培養
ことが必要となる。
原虫から構築した cDNA 発現ファージライブラリーと
陽性血清を用いたイムノスクリーニングを行い、血清診
6-7.遺伝子診断法による原虫検出
断法に有用な原虫抗原をコードする遺伝子の検索と同
最近の遺伝子解析技術の普及により、ピロプラズマ原
定を行ってきた。特に T. equi の equi merozite antigen
虫の遺伝子解析の成果も飛躍的に向上している[20]。
(EMA)
[15, 32, 40]と B. caballi の rhoptory associate
これらの遺伝子情報に基づいて、原虫の特異遺伝子を増
protein 1(Bc48)[1, 17, 33]を基にした組換え抗原を
幅させて感染の有無を遺伝子レベルで判定できる様々な
用いた間接 ELISA は、これまでの上述した血清診断法
遺伝子診断法が開発されている。T. equi の 18S RNA や
と同等かそれ以上の特異性と感度を有し、今後、動物検
EMA 遺伝子、B. caballi の rap-1 遺伝子などを標的にし
疫所や国際疫学調査に有用な手法となることが期待され
た PCR 法や nested PCR(nPCR)法が確立され、高い
た。
感度で馬ピロプラズマの感染を検出できるようになって
T. equi の EMA-2 と B. caballi の BC48 の組換え抗原
きた[5]。我々は 2 種類の馬ピロプラズマ原虫を同時に
を用いた競合 ELISA(cELISA)法は、CFT と比較して、
検出可能な PCR 法を確立している[1, 22]。また、簡便
不顕性感染や慢性感染の検出にも有効で、最も感度が高
で迅速な新たな遺伝子増幅法として、近年注目されてい
い方法とされている[37]。その cELISA による診断キッ
る LAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法
トがアメリカで市販されており、米国農務省は本法を馬
も開発している[2]
(図 6)。一方で、遺伝子診断の標
ピロプラズマ病の公式検査法として採用している[37]。
的となる原虫遺伝子には地域的な変異の存在が報告され
本法は、ウマ血清中の抗体の有無を、上記原虫抗原に特
ており、遺伝子診断法として活用する際は、それぞれの
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脹がみられ、治療中の副作用の発生には十分注意する必
要がある[37]。
ジミナゼンも、第 2 選択薬として馬ピロプラズマ病の
治療に使用されている[37]
。両ピロプラズマ原虫に対し
て 3.5 mg/kg、
1 日間隔で 2 回の筋肉内注射に用いられる。
Diminazene aceturate の方が Diminazene diaceturate よ
り効果的であるが、両薬剤とも完全に原虫を排除するこ
とはできず、また注射部位の筋肉の損傷や呼吸困難や昏
睡状態といった副作用を引き起こすことがある[37, 38]
。
急性感染の初期に原虫感染を診断し、ただちに適切な
薬剤治療を実施できたなら、感染馬の血液から原虫を消
図5.イムノクロマト法.
1, 血清添加前;2, 陽性;
3, 陰性.
図6.LAMP 法.
1, マーカー;2〜4, 増幅像.
失させることは可能である。しかし、ウマ体内の原虫を
容易にかつ完全に殺滅でき、副作用の少ない抗原虫剤が
ないのが現状である。したがって、一つの薬剤を単独で
用いるよりも、オキシテトラサイクリンなど他の薬剤と
地域の流行株の遺伝子情報に基づいたプライマーの設計
併用したり、症状に応じて輸血や輸液等の対症療法を併
と再評価が重要となる[4, 6]。
用したりして、臨床症状の効率的な改善や副作用の回避
を図ることが重要となる[37]。一方で、原虫の殺滅効
果が高く副作用の少ない新規薬剤の開発も極めて重要で
7.治 療
ある。我々は、培養原虫を用いて種々の薬剤の増殖抑制
馬ピロプラズマ病に対する主な治療薬(抗原虫薬)
効果を検討している[24]。最近我々は多数の化合物の
は、イミドカーブ(Imidocarb dipropionate)とジミナ
効果を同時にかつ簡便にスクリーニングできる新たな方
ゼン(Diminazene aceturate)である。これらの治療薬
法を開発し、馬ピロプラズマ病に対する新規薬剤候補の
は強い副作用があり、また使用する動物の種類によって
探索を進めている[26]。
感受性が異なり、用量や注射部位などの治療方法は十分
に定まっておらず、厳重な注意が必要となる[7, 37]。
一般的に、T. equi は B. caballi よりも完全治療が困難
8.おわりに
であり、たとえ治癒しても感染馬は生涯にわたってキャ
海外から日本へのウマの移動は、国際的競技や食用馬
リアーとなることが多い。また、非流行地における治療
肉の供給・生産のため、今後もますます増加することが
の目的は原虫を完全に排除することであるが、流行地で
予想される。そのため、海外からのウマの輸入には厳重
は急性症状からの回復や軽減をはかることが馬ピロプラ
な監視が必要で、特に本邦への馬ピロプラズマ原虫の侵
ズマ病の治療戦略となる[38]。
入阻止のため、特異性と感度の高い有益な診断法を開発
イミドカーブが、馬ピロプラズマ原虫に対する第 1 選
する必要がある。特に、2020 年の東京オリンピックに
択薬として使用されている[37]。B. caballi には 2 〜 3
おいて開催予定の馬術競技には、約 200 頭のウマが日本
mg/kg、1 日間隔で 2 回の筋肉内注射により、100%の
に同時期に移動してくることが予想され、多数のウマに
治癒率が得られている。T. equi にも、同じ用量で症状
対する正確で速やかな輸入検疫体制の強化が望まれてい
を回復させることがきるが、4 mg/kg、3 日間隔で 4 回
る。したがって、馬ピロプラズマ病の診断法には、簡便
の注射治療でも完全に原虫を体内から排除することはで
で正確な血清診断法や遺伝子診断法を組み合わせて、総
きなかった[9]。また、ロバはイミドカーブに対する感
合的に正確な診断を行なうことができる体制を構築して
受性が高く、T. equi には最小用量の 2.2 mg/kg、1 日
おくことが重要である。帯広畜産大学の原虫病研究セン
間隔で 2 回の筋肉内注射が推奨されている。一方で、イ
ターは、世界で最初に馬ピロプラズマ病に関する OIE
ミドカーブのウマに対する致死量は 16 mg/kg と有効用
レファレンスラボラトリーに認定されている。我々は、
量と極めて近い値を示している。また、イミドカーブは
日本ばかりでなく国際的にも馬ピロプラズマ病の検疫体
抗コリンエステラーゼ作用があり、通常注射部位では腫
制の強化のために貢献したいと願っている。
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連絡責任者:五十嵐郁男、帯広畜産大学 原虫病研究センター
高度診断学分野、〒 080-8555 北海道帯広市稲田町西 2 線 13
E-mail:igarcpmi@obihiro.ac.jp
Correspondence:Ikuo Igarashi, Laboratory of Molecular
Diagnostics, National Research Center for Protozoan Diseases,
Obihiro University of Agriculture and Veterinary Medicine,
Inada-cho, Obihiro, Hokkaido 080-8555, Japan.
Equine piroplasmosis
Ikuo Igarashi, and Naoaki Yokoyama
National Research Center for Protozoan Diseases, Obihiro University of Agriculture and Veterinary Medicine
ABSTRACT
Equine piroplasmosis is caused by Babesia caballi and Theileria equi that are transmitted by ticks to the horse.
The disease is designated as domestic animal infectious disease by law, but outbreak of the disease has not been
reported in Japan. Rhipicephalus sanguineous, that can transmit two protozoan parasites, is distributed in Japan
and a large number of horses are imported to Japan every year. Therefore, reinforcement of a quarantine system
is desired to prevent the invasion of the disease to Japan. In this review, the outline of the disease including
biology, life cycle, morphology of parasites and clinical symptoms was described. Furthermore, we also described
our development of serological and molecular diagnostic methods against equine piroplasmosis.
Keywords:equine piroplasmosis, Babesia caballi, Theileria equi, diagnostics, ticks.
― 92 ―
Jpn. J. Vet. Parasitol. Vol. 14. No. 2 2015