USF におけるシミュレーション教育の実際 茨城県立医療大学紀要 第 21 巻 133 資 料 A S V P I Volume 21 サンフランシスコ大学における シミュレーション教育の実際 沼口知恵子,市村久美子 茨城県立医療大学保健医療学部看護学科 要旨 近年,看護学教育では,教育方法の改善が推進され,シミュレーション教育の重要性が示されている。本学 においても,2004 年より様々な教育方法の改善を検討してきた。この度,茨城県立医療大学海外派遣研修にお いて,アメリカ合衆国サンフランシスコ大学(USF)でシミュレーション教育に関する視察研修の機会を得た。 USF シミュレーションセンターでは,小グループでのシミュレーショントレーニングを行っていた。当該科目 の履修先行要件としてリソースセンターを活用した技術チェックを課すなど,シミュレーショントレーニング までの学生の学習促進について示唆を得た。今後は,本学においてもシミュレーショントレーニング前の課題 提示の方法を取り入れ,また USF とは異なるクラス全員に対する効果的なディブリーフィングを検討・導入 することで,より効果的な教育の展開が期待できる。 キーワード:看護基礎教育,シミュレーション教育,サンフランシスコ大学 1.はじめに 2012 年にはスキルスラボも完成し,シミュレーショ ン教育を様々な機会に学生に提供できるようになっ 看護学教育では,厚生労働省から出された「看護 ている。しかし,本学看護学科でのシミュレーショ 基礎教育の充実に関する検討会報告書」 において, ン教育の取組みは,領域ごとまたは教員ごとの取り 教育方法の改善として,シミュレータ等の有効な活 組みにとどまり,学科のカリキュラム全体に組み込 用及び臨床場面を疑似体験できるような用具や環境 まれてはいない。 の整備が推進され,シミュレーション教育の重要性 筆者の専門領域である,小児看護学においては, が示されている。看護基礎教育の中では,複数の大 学生同士のロールプレイでは子ども特有の特徴に対 学において,シミュレーション教育を取り入れた取 応する実践力を養うことは難しく,臨床能力を養う り組みについて雑誌や学会等で紹介されている 。 上でシミュレーション教育の必要性がより高いと考 本 学 に お い て は,2004 年 よ り PBL(Problem えている。 Based Learning) と OSCE(Objective Structured この度,平成 26 年度茨城県立医療大学海外派遣 Clinical Examination)を導入し,学生の能動的な 研修において,アメリカ合衆国サンフランシスコ大 学 習 と 臨 床 能 力 の 向 上 に 寄 与 し て い る 。 ま た, 学(以下,USF とする)でシミュレーション教育 1) 2-8) 9) 連 絡 先:沼口 知恵子 茨城県立医療大学保健医療学部看護学科 〒 300–0394 茨城県稲敷郡阿見町阿見 4669–2 電 話:029–840–2188 E–mail:moric@ipu.ac.jp 134 茨城県立医療大学紀要 第21巻 に関する視察研修の機会を得たので,USF での研 修内容と,本学での応用可能性について報告する。 2.サンフランシスコ大学の概要 サンフランシスコ大学は,1855 年に開学したア メリカ合衆国サンフランシスコ州にある私立大学で ある。看護学の他に,経営学,心理学,教育学など 28 の専攻分野を持っている。学生数は約 6,300 名で ある。 3.シミュレーション教育の実際 図 3 コントロールルーム このフロアには,2 名の教員(1 名は看護師免許取 1)シミュレーションセンターの概要 得者)が専従していた。 USF のシミュレーションセンターは,看護学科の 2)シミュレーションの実際 建物(図 1)とは別に独立した建物として存在し,内 見学した日は,4 つのクラスのシミュレーション 部にはコントロールルームを囲んで 4 つのシミュレー が予定されていた(図 4)。見学したシミュレーショ ションルーム,さらにディブリーフィングを行うこ ンは Sophomore Class と Senior Class のものであっ とができる 3 つの部屋が設けられていた(図 2,3) 。 た(表 1)。Sophomore Class の学生には患者情報 と医師の指示のシナリオ(図 5)の他に,患者のケー スサマリとして,身長体重などの身体的な情報,文 化的背景,薬剤に関する情報等が 2 枚,さらにこの シミュレーションでの達成目標,事前学習を要する 課題について 2 枚の合計 6 枚のシナリオが準備され 図 1 USF の看護学科 図 2 シミュレーションセンター見取り図 図 4 シミュレーションセンターの 1 日のスケジュール USF におけるシミュレーション教育の実際 135 表 1 見学したシミュレーション内容 Class ࢩ ࣑ ࣗ ࣞ ࣮ ࢩ ࣙ ࣥ ෆ ᐜ Sopho more Class 㧗 㱋 ⪅ 㸦 ࢩ ࣑ ࣗ ࣞ ࣮ ࢱ 㸧ࠋ 㸦 Ꮫ 㒊 2 ᖺ ⏕ 㸧 ⻏ ❐ ⧊ ⅖ 㒊 ศ ࡢ ฎ ⨨ 㸦 M R S A + 㸧ࠋ ࣃ ࣮ ࢟ ࣥ ࢯ ࣥ ࠶ ࡾ ࠋ Sen ior Class ዷ ፬ 㸦 ᶍ ᨃ ᝈ ⪅ 㸧ࠋ ዷ ፬ ࡢ ࣇ 㸦 Ꮫ 㒊 4 ᖺ ⏕ 㸧 ࢪ ࢝ ࣝ ࢭ ࢫ ࣓ ࣥ ࢺ ࠊ ⫾ ඣ ࣔ ࢽ ࢱ ࣜ ࣥ ࢢ ࠋ 図 5 シナリオ例 ていた。さらに教員は,シミュレータの声役用の詳 細なシナリオを準備していた。 USF では,シミュレーション科目を履修した学 生は,小グループ(今回は 4 人~ 6 人)に分かれ, 履修者全員がシミュレーションを順番に経験し,評 価を受けることになっている(図 6) 。今回見学し た Sophomore Class と Senior Class の い ず れ の シ ミュレーションでも最初に小グループ全員に対して ミニレクチャーがあり,その後 2 名の学生がペアで 図 6.シミュレーションの進め方のイメージ(筆者作成) シミュレーションを実施し,終了後にほかの学生(2 ~ 4 名)と共に教員のディブリーフィングを受けて 続いていく。見学した日は,この小グループのシミュ いた。学生のシミュレーションは 15 分~ 20 分程度 レーションを 3 時間程かけて実施していた。 で終わり,その後のディブリーフィングは,約 10 ディブリーフィングでは,シミュレーションを 分~ 20 分程度実施していた。1 組の学生のシミュ 実施した学生の感想,患者の状況のアセスメント, レーションとディブリーフィングが終了すると,次 実施した看護の内容と根拠について共有していた。 の学生のシミュレーション,ディブリーフィングと Senior Class のディブリーフィングでは妊婦役をし 136 茨城県立医療大学紀要 第21巻 図 9 スキルチェックリスト タルサイン等を変動させる等),電話で報告を受け 図 7 フィードバックシート る医師の声役を担当しながら,学生のケアの様子を 確認し,評価を行っていた。 ていた模擬患者も入り,ケアを受けたときの感情に 3)シミュレーション実施時の学生の様子 ついて話をしていた。 見学時にシミュレーションを実施した学生 評価は,教員と見学している学生とが, 同じフィー は, い ず れ も 適 切 な 看 護 を 実 践 し て お り, 特 に ドバックシート(図 7)を用いて実施していた。教 Sophomore Class 学生は,すでに獲得している看護 員は,コントロールルームでシミュレータの声役や 技術を,シナリオの患者にはどのように応用するか 操作(学生の声掛けや行動に応じて返答する,バイ を考えながら実践していた。学生は,1 つのシナリ オについて,複数回のシミュレーションを行うこと はなく,1 回のみ実施し,評価を受けるとのことで あった。 4)シミュレーション実施までの学生の準備 今回見学した,教員立会いによるシミュレーショ ントレーニングを受講するには先行要件があり,学 生がラーニングリソースセンター(図 8)にて,予 め示されている多数の看護技術を習得しているこ とが必要であった。リソースセンターにおいては, チェックリスト(図 9)や視聴覚教材を活用した自 己学習,ならびに TA(Teaching Assistant)から の指導を受け,TA による技術チェックに合格して 初めて教員のシミュレーションを受講できる仕組み となっていた。 TA は上級学年の学生や院生が担当し,TA をす る学生にとっても後輩に指導をすることで,単位取 得につながる仕組みとなっており,教育が効率よく 循環するよう設定されていた。 図 8 ラーニングリソースセンター USF におけるシミュレーション教育の実際 137 謝辞 4.本学での応用可能性について 本海外派遣研修に当たり,貴重な機会を賜りまし シミュレーション教育が,看護基礎教育に有効で た本学図書研究委員会,並びに看護学科の先生方に あることは多くの文献が示しているところである。 感謝いたします。 本研修において,最も大きな学びであったことは, 本研修受け入れに際し,ご協力を頂きました長野 シミュレーションに至るまでの学生の学習システム 県立看護大学の渡辺みどり先生に感謝申し上げま の工夫であった。 す。さらに,現地での安全な研修のためにご協力い 本学においても,シミュレータを導入し,現場に ただきました市村七瀬さんに心より感謝いたしま 近い状況設定の中で学生にケアを実施してもらうと す。 いう学習は取り入れている。しかし,限られた授業 本報告は,平成 26 年度海外派遣研修の一部であ 時間の中で,一部の学生しかシミュレーションを経 る。 験できないことや,シミュレーション自体に不慣れ 文献 なために焦点を当てた看護ケアを実施することがで きない学生も存在し,効果的なシミュレーション学 習に至っていない。USF での教育方法をそのまま 本学に導入することは適切ではないが,シミュレー ションに臨むまでの自己学習をどう促すかがカギ であると改めて実感した。自己学習を促すツール 1) 厚生労働省医政務局看護課 . 看護基礎教育の充 実に関する検討会報告書.2007. http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/04/s042013.html(参照 2015-09-30) の一つとして USF で用いていた看護技術に関する 2) 大川宣容 . 講義―演習―実習のつながりの中で チェックリストは非常に有用であると感じた。筆者 行うシミュレーション教育.看護教育 .2013; の担当科目では,シミュレーションの事前課題とし 54(5):368-373. て,シナリオに関連した「病態の理解」や「看護の 原則」について文献や視聴覚教材などを活用して準 備するよう提示してきた。それらの課題に,シナリ 3) 増田純二 .ID に基づいたシミュレーション教育 の取り組み . 看護教育 . 2013;54(5):374-381. 4) 川西美佐,吉田和美 . 看護実践力を育む教育方 オに関連する「技術のチェックリスト」を追加し, 法の開発 . 日本赤十字広島看護大学の試み 第 事前に学生相互,もしくは TA による技術チェッ 2 回シミュレーション教育 . 看護教育 .2013;54 クを受けることを課すことで,シミュレーションが より効果的になる可能性がある。 (9):846-852. 5) 小西美和子,長島美香,藤原史博ほか . 看護基 また,USF と異なる工夫が必要な点として,一 礎教育における卒業前学生を対象としたフルス 部の学生がシミュレーションを実施した後のディブ ケールシミュレーション学習プログラムの開 リーフィングの進め方がある。クラス全員にとって 発 . 近大姫路大学看護学部紀要 . 2012;第 5 号: 有効なディブリーフィングの進め方をどのようにす 41-48. るのか,さらにシミュレーションを実施した者,し 6) 神田知咲,小西美和子,藤本由美子 . 看護基礎 ていないもの両者を含む個人評価の方法も検討する 教育初年次におけるフルスケールシミュレー 必要がある。 ション学習の検討 . 近大姫路大学看護学部紀 これらの課題に取り組み,担当科目においてシ 要 .2012;第 5 号:49-55. ミュレーション教育を本格導入していきたい。また 7) 松 田直正,中村伸枝 . 高性能乳児医療トレー 将来的には,領域内にとどまらず,学科のカリキュ ニングシミュレータ“シムベビー”を活用し ラムに系統的にシミュレーション教育が組み込める た教育の可能性の検討 . 千葉大学看護学部紀 よう,検討してきたい。 要 .2010;第 32 号:43-47. 8) 長島美香,小室佳文,安田由美 . 小児看護学領 域のカリキュラムにシミュレーション教育を効 138 茨城県立医療大学紀要 第21巻 果的に活用する取り組み . 日本小児看護学科第 25 回学術集会 ( 千葉)講演集 . 2015:74. 9) 髙橋由紀ほか . 全領域の教員参加による OSCE 実施の評価 . 茨城県立医療大学紀要 .2009;第 14 巻:1-10.
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