「ウォルマート銀行」実現に大きな壁 – ILC 法案

Tomoyuki Oku 奥 智之
ワシントン駐在員事務所 所長
(202) 463-0477, toku@us.mufg.jp
ワシントン情報 ( 2007 / No.024 )
2007 年 5 月 18 日
「ウォルマート銀行」実現に大きな壁
– ILC 法案
5 月 2 日、米下院金融サービス委員会は一般事業会社による産業融資会社(Industrial loan
corporations、通称 ILC)の買収および新設を禁止する法案(Industrial Bank Holding Company
Act)(H.R.698)を可決した。法案の背景には Wal-Mart のような大規模な小売業が銀行業務へ参
入するのを妨げようという銀行業界の思惑がある。5 月 21 日下院本会議で可決する見通し。5
月 10 日には上院に同様法案が提出されている。下院の Barney Frank 同委員会委員長(民
Massachusetts)が「上院での審議中に補正案として例外が設けられるのは避けられないであろ
う」と述べるように、特に自動車業界が自動車購入ローンを提供するための ILC が例外として
認められる可能性がある。今後の展開が注目される。
【ILC とは】
産業融資会社(ILC)とは州法によって設立された会社で、連邦預金保険加入を条件に、一部の
制限はあるが、融資、住宅ローン、クレジットカードなど広く銀行業務を取り扱える。現在
58 の ILC が存在し、大部分がユタ州またはカリフォルニア州に本部をおいている。他に、コ
ロラド州、ミネソタ州、インディアナ州、ハワイ州、ネバダ州が州法によって ILC の設立を認
めている。また 22 の州に新しく支店を開くこともできる。1987 年に改定された Bank Holding
Company Act は、原則的に非金融業による銀行保有を認めてはいないが、例外として、1987 年
3 月以前に制定された州法が ILC の設立を許可する際に、連邦預金保険公社(FDIC)の預金保
険加入を条件としている場合は、非金融業による ILC の保有を認めている。そのため ILC は
銀行持株会社法の「抜け穴(loophole)」といわれてきた。Industrial Bank Holding Company Act
を上院に提出した Wayne Allard 上院議員(共 Colorado)によれば、ILC の資産は近年急成長を
遂げ、過去 20 年間に資産総額は 40 億ドルから 1500 億ドルに増加した。
図表 1:主な産業融資会社(ILC)
機関名
Merrill Lynch Bank USA
UBS Bank USA
American Express Centurion Bank
Morgan Stanley Bank
GMAC Bank
資産合計
($ millions)
67234.7
22009.1
21096.8
21019.8
19937.0
預金合計
($ millions)
54805.3
19269.6
4446.2
16555.4
9910.4
州
UT
UT
UT
UT
UT
親会社
Merrill Lynch
UBS AG
American Express
Morgan Stanley
Cerberus/GMAC
Washington D.C. Representative Office
1
Fremont Investment & Loan
12915.1
10089.5
CA
Goldman Sachs Bank USA
USAA Savings Bank
12648.9
5825.6
11019.6
314.2
UT
NV
Capmark Bank
3773.9
2880.3
UT
Lehman Bro. Commercial Bank
3224.7
2633.5
UT
CIT Bank
BMW Bank of North America
GE Capital Financial Inc
2829.5
2219.8
1991.8
2312.1
1591.0
218.3
UT
UT
UT
Fremont General
Corporation
Goldman Sachs
USAA Life Company
Capmark Financial
Group / GMAC
Lehman Brothers
Holdings Inc.
CIT Group
BMW Group
GE (General Electric)
出典:米国連邦預金保険公社 2006 年 12 月 31 日時点
【Wal-Mart による ILC 設立の動き】
この法案の背景には、世界最大の小売業 Wal-Mart の銀行業務参入を妨げようという思惑があ
る。Wal-Mart は 2005 年 7 月に ILC の設立を FDIC へ申請したが、2007 年 3 月に申請を取り下
げた。FDIC が 2008 年 1 月まで ILC 申請の受付および審査を凍結したため、これ以上長引く審
査結果を待つよりも、第三者との提携などを模索することを選択したようだ。Wal-Mart の申
請に対してはさまざまな議論が巻き起こった。
Wal-Mart 側は「ILC 設立申請は、外部の銀行に払っているクレジットカードやデビットカード
の処理手数料を削減して消費者に還元するのが目的であり、一般の商業銀行業務に参入する意
思はない」とし、Wal-Mart は申請以降の “
作られた”議論の犠牲者であると主張している1。し
かし Paul Gillmor 下院議員(共 Ohio)が、Wal-Mart が店舗内の一部を貸している他銀行とのリ
ース契約書に、将来 Wal-Mart 自身が住宅ローン、消費者ローン、投資・保険商品販売を行う
権利を留保するとの記載があると公表。同議員は Wal-Mart が小売銀行業務参入を計画してい
ると指摘していた2。
いずれにせよ今後 Wal-Mart は、ILC 免許の不要な小切手換金などの業務参入によって金融サ
ービス部門の拡大を目指すという。3 月 17 日の The Wall Street Journal 紙によれば、Wal-Mart
の 2006 年売上げは 3450 億ドルであるが、米国内でのビジネスはすでに飽和状態にあり伸び悩
んでいる。2006 年の前年比売上げ成長率(7.8%)は過去 10 年間で最低だった。それに対しク
レジットカード発行や国内外への送金など金融サービス業務は好調で、年間 50%以上の割合
で伸びている。Wal-Mart にとっては金融サービスは成長部門である。
Wal-Mart は今回が 4 度目の銀行業務参入への試みだった。1999 年にはオクラホマ州の貯蓄貸
付組合の買収、2001 年にはカナダの Toronto Dominion Bank との合弁ベンチャー設立、2003 年
にはカリフォルニア州の銀行の買収を試み、すべて強い反対に合い失敗に終わっている。
1
Wal-Mart Facts. March 16, 2007. http://www.walmartfacts.com/articles/4900.aspx
Marcus Kabel. “
Congressman says Wal-Mart email reveals bank plans.”March 15, 2007.
http://www.gillmorblog.com/?p=193
2
Washington D.C. Representative Office
2
【ILC 法案内容】
5 月 2 日、米下院金融サービス委員会は Industrial Bank Holding Company Act を可決。5 月 21 日
には下院本会議で可決する見通し。また 5 月 10 日には上院に Wayne Allard 議員(共
Colorado)、Sherrod Brown 議員(民 Ohio)および Tim Johnson 議員(民 South Dakota)により
同様法案が提出された。法案の主な内容は(1)今後一般事業会社による ILC の設立および買
収の禁止、(2)2003 年 10 月1日以降に設立された一般事業会社所有の ILC は、本社のある
州以外で業務を行うことはできない。また他の一般事業会社への売却禁止、(3)2003 年 10
月 1 日以前に設立された一般事業会社所有の ILC は、支店展開や業務活動に制限は設けられな
いが、他の一般事業会社へは売却禁止、(4)すべての ILC は連邦機関の監督下に置く、の4
点。
法案上の一般事業会社とは、連結売上げの 15%以上を非金融活動から取得している会社であ
る。従って Wal-Mart や、同様に銀行業務参入を狙う全米最大のホームセンター Home Depot を
始め、ほとんどの一般事業会社は ILC 保有の道が閉ざされる。しかし Barney Frank 委員長が
「上院での審議中に補正案として例外が設けられるのは避けられないであろう」と述べるよう
に、特に自動車業界が例外として認められる可能性がある。GE, GM, Target (流通), Toyota,
BMW などは既に ILC を保有。自動車系 ILC は、車の購入ローンを提供する器としている。
Ford や DaimlerChrysler は申請中であり、申請中の自動車メーカーは例外措置を要求すると思
われる。
【相次ぐ法案支持】
銀行と産業/商業の分離論から同法案を支持する見解は例えば次のようなものである。一般事
業会社が銀行を所有するのは銀行と商業を混合する危険な行為であり、一般事業会社が倒産し
た場合、連邦預金保険システムまで危険に巻き込まれかねない(5 月 3 日付 The Wall Street
Journal )。ILC の親会社は FRB や FDIC の規制外だ。金融システムの健全性維持の観点から、
金融監督当局が ILC の親会社の一般事業法人を検査できないのは好ましくなく、親会社が経営
上の問題を ILC に“飛ばす”リスクもあると Greenspan 前 FRB 議長などに指摘されてきた。
また、米国銀行協会(American Bankers Association)の President 兼 CEO である Edward Yingling
は同協会のホームページ3 にて「同法案は、銀行が世界最大規模の一般事業会社(Wal-Mart を
暗に指す)に取り込まれるのに反対するさまざなグループによって支持されてきた。早期の本
会議通過によりこれ以上産業と銀行の境界が溶解しないよう望む。」と述べている。
一方、ILC 支持派である Robert Bennett 上院議員(共 Utah)は、法案に反対しながらも、例外
が設けられるならば譲歩しても良いという姿勢を見せている。全米に 58 存在する ILC のうち
半数以上がユタ州に所在。雇用や税収上、ユタ州にとって同法案は大きな影響を与える。
【「金融」と「産業」の分離】
「金融と産業の分離」は古典的命題である。ここ数十年、米国の論調の多数派は「分離論」だ
った。今回は高尚な議論よりも、米国内に 3800 店舗を持ち、米国民の 1/3 が週 1 回は訪れる
3
http://www.aba.com/Press+Room/050207HouseCommittee.htm
Washington D.C. Representative Office
3
といわれる Wal-Mart が本格的銀行業務に参入すれば、中小銀行はひとたまりもないとの業界
の危機感が同法案を推進してきた。一方で、流通業の銀行業務参入により競争が促進され、消
費者の選択肢が増したり、低所得者層が銀行サービスを受けられるようになるのは良いことだ
との論調も一部にある。
おりしも日本では、セブン銀行が順調な業績を上げているほか、5 月 16 日に巨大流通グルー
プのイオンが「イオン銀行」(仮称)の予備免許を金融庁に申請した。金融業も流通業もシス
テム化やネット化が進展する中で、消費者から見れば“境界”は必ずしも明確ではない。今後
の米議会上院審議の行方と両業界の攻防戦は注目である。
(担当:龍野裕香)
(e-mail address:ytatsuno@us.mufg.jp)
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