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 Tokyo Institute of Technology IRI‐CISR‐Working Paper‐2007‐03 米国の研究大学における
リサーチアドミニストレーションの発展
2007 年 12 月 10 日 李
京柱 (Kyoung‐Joo, Lee)
統合研究院 イノベーションシステム研究センター 東京工業大学
目
次 1.研究の目的と背景 2.米国の公的科学研究のガバナンス 2-1.大学の研究資金配分の多元主義と競争原理 2-2.科学研究活動における法律と政府規制 2-3.公的科学研究のガバナンスとリサーチアドミニストレーション 3.大学のリサーチアドミニストレーションの役割 3-1.受託前(Pre‐Award)の活動 3-2.受託後(Post‐Award)の活動 3-3.産学連携の発展とリサーチアドミニストレーション 4.リサーチアドミニストレーションの起源と発展 4-1.リサーチアドミニストレータの起源 4-2.リサーチアドミニストレーションの機能進化 4-3.リサーチアドミニストレーションの電子化 4-4.リサーチアドミニストレータの専門化 5.リサーチアドミニストレーションの事務局: スタンフォード大学の事例 6.米国の大学事務職の専門化 7.結論及び示唆 注:本研究は、イノベーションシステム研究センターのワーキングペーパであ
る「アメリカの研究大学における外部資金支援研究のマネジメント能力の発展」
(IRI‐CISR‐Working Paper‐2007‐01)の中で、リサーチアドミニストレーション
に関する内容を新しく補足・整理したものであります。本研究は発展途上にあ
るワーキングペーパであり、引用する場合には著者(leekjoo@iri.titech.ac.jp)へ
の事前連絡をお願いします。また、論文の内容に関する責任は著者にあります。
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米国の大学におけるリサーチアドミニストレーションの発展 1.
研究の目的と背景 大学の研究活動を取り巻く国内の環境は急激に変化している。1990 年代
以降の米国の経済・産業の堅調な発展において、大学が果たした役割は大きい
(Rosenberg and Nelson, 1994; Sampat, 2006)。その後の大学の研究活動は国の
技術イノベーションの重要な起爆剤と見なされている。米国の大学の研究成果
は、競合関係にある日本や欧州諸国の大学において大きな脅威となっている。 日本では政府の財政事情が悪化する中、研究活動における国民への説明
責任がいっそう高まっている。大学は既存の教育や学術的研究に加えて、社会・
産業界に対してより直接的な貢献ができる研究を進める必要がある。つまり、
新しい研究の形態として、社会や産業界が抱えている問題や課題に対して、大
学が「解決案」あるいは「ソリューション」を提供するための研究の確立が求
められている(Nowotny, Scott, and Gibbons, 2003; 大熊、2006)。 2004 年に実施された国立大学の独立行政法人化は、大学間の競争を本格
化すると同時に大学が自らの意思と戦略で運営することを求めている。とりわ
け、政策転換による競争的研究資金の増加は大学の研究活動にとって大きな意
味を持つ。外部研究資金の獲得能力は新規教員の採用の判断基準になっており、
大学の研究能力を判断する重要な尺度にもなっている。 現在の環境変化は、従来のような知識の共同体としての大学ではなく、
知識を「マネジメント」する大学への改革を求めている。前例にない激しい環
境変化に適合し、社会から与えられた新しい使命を達成するためにはどのよう
なマネジメント体制が必要か、従来の純粋な学術研究とは異なる新しい研究を
実施するためには大学にどのような組織能力が必要か、競争的研究資金を獲得
し、効果的に研究活動を行うためにはどのような組織体制が必要であるか、こ
れらの問いに対する答えを見出すことが本論文の目的である。 そもそも組織とは、本来の生産活動を営むためには外部の資源に依存し
なければならない(Pfeffer and Salancik, 1978)。資源による複雑な依存関係は組
織経営に不確実性をもたらしたり、自立的な運営を脅かしたりする。したがっ
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て、資源の供給を安定的に確保するために、資源の提供者、いわゆる利害関係
者との関係を的確にマネジメントすることは、組織の繁栄と生き残りのカギと
もなる。 本論文では、外部の研究資金の提供者を見つけその情報を学内に伝え、
重要な資金提供者との関係を安定的に保つ「外部関係の調整能力」として、米
国の研究大学で発展してきた「リサーチアドミニストレーション(Research Administration)」の役割と発展プロセスに焦点を当てる。 リサーチアドミニストレーションとは、政府や企業などの外部資金提供
者から研究を受託したり共同研究を行ったりする一連のプロセスを管理する体
制である。つまり大学の教員あるいは研究者が的確な資金提供者を見つけ、依
頼された研究に専念できるように支援する専門的な支援活動と管理体制を意味
する(Kaplan, 1959; Woodrow, 1978; Kulakowski and Chronister, 2006)。特定分野
の研究を実行するのはあくまで研究者の仕事である。リサーチアドミニストレ
ーションは研究活動に必要な研究設備、施設、財政などを管理する役割を果た
す。 本論文の構成は、はじめにリサーチアドミニストレーションを生み出し
た米国の大学の研究活動を取り巻く環境を理解するために、公的科学研究のガ
バナンスの特徴を検討し、次にはリサーチアドミニストレーションの役割、起
源と発展、リサーチアドミニストレーションの学内組織のあり方を検討する。
最後には日本の大学に対する示唆を見出す。 2.米国の公的科学研究のガバナンス 組織が環境に効果的に適合できるかは組織の繁栄と生き残りの決め手
になる。組織は環境変化に応じて内部能力を構築しなければならない。組織に
おける特定の能力が生まれて発展することは、組織に与えられた環境の特徴に
よって説明できる。したがって、組織能力の形成と発展を理解するためには、
環境の特徴と組織能力の相互関係を一緒に理解しなければならない。 本セクションでは、まず、米国の研究大学の研究活動を取り巻く外部環
境の特徴を説明する。日本や欧州の多くの国に比べて、米国の大学を取り巻く
公的科学研究のガバナンスの最大の特徴は、
「多元主義」と「競争原理」に集約
できる(Streharsky, 1991; Feller, 1999; Whitley, 2003)。 3
米国の研究大学のリサーチアドミニストレーションは、大学がこのよう
なガバナンス環境に適合するために発展した組織能力として理解できる。本セ
クションでは、リサーチアドミニストレーションの役割と発展経緯を詳しく説
明する前に、これらの組織能力を生み出した外部環境として米国の公的科学研
究のガバナンスの特徴を前もって説明する。 2-1.大学の研究資金配分の多元主義と競争原理 米国の公的科学研究システムが有する最大の特徴は、多元主義と競争原
理がシステムの運営の根幹であるというところである(Streharsky, 1991; Feller, 1999; Whitley, 2003)。日本や欧州の多くの国では中央政府が大学への研究資金を
集中的に管理し、研究資金は比較的、非競争的に配分されていた。 (表1)米国の主な省庁による大学への R&D 支援
1971 金額 1980 割合 金額 (単位:百万ドル、%) 1990 割合 金額 2000 割合 金額 割合 HHS 2,288 43 3,626
48 5,562
52 9,853 60 NSF 757 14 1,155
15 1,526
14 2,315 14 USDA 250 5 378
5 458
4 527 3 DOD 832 16 993
13 1,391
13 1,714 10 DOE 336 6 536
7 644
6 651 4 EPA 57 1 137
2 101
1 124 1 NASA 430 8 288
4 551
5 816 5 その他 335 7 385
6 410
5 397 3 全省庁 5,285 100 7,498
100 10,643
100 16,397 100 出所:National Science Foundation 注:HHS = Department of Health and Human Services; NSF = National Science Foundation; USDA = Department of Agriculture; DOD = Department of Defense; DOE = Department of Energy; EPA = Environmental Protection Agency; NASA = National Aeronautics and Space Administration しかし、米国では、多元主義と競争原理の下、異なる資金提供者が独自
の研究プログラムを実施して、競争的に研究資金を配分する。米国では連邦政
府の各省庁に加えて、州政府や自治体が独自の研究プログラムを運営し、政府
が公的に必要とする研究を大学へと委託している。その上、様々な財団や協会
は勿論、1980 年代からは産学連携の政策が積極的に推進され、企業がよりいっ
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そう重要な資金提供者として登場した。 米国の連邦政府の委託研究のポータルサイトである Grants.gov によれ
ば、2005 年に米国の連邦政府の 26 省庁は 1,000 件以上の研究プログラムを運営
し、4,000 億ドルの膨大な研究資金を競争的に提供している。支援状況から見て、
連邦政府の各省庁の中でも、HHS(Department of Health and Human Services)、
NSF(National Science Foundation)、DOD(Department of Defense)が全体の約
80%を占め、大学研究の 3 大資金提供者となっている。 米国の公的科学研究は、公的資金による基礎研究を、国立研究所を設け
て行うより、大学に委託したり、大学内で研究センターを設置したりして行っ
てきた。したがって、大学が公的研究の主な担い手として位置づけられる
(Streharsky, 1991; Feller, 1999)。 米国の大学において産学連携は決して新しいことではなく 100 年の長い
歴史を持つ。しかし、連邦政府の政策課題として産学連携の強化が積極的に取
り組まれ始めたのは 1980 年代からである。1980 年に成立したバイドール法
(Bayh‐Dole Act)は、産学連携にも拍車をかけ、大学の R&D 資金の中で産業
から出された割合は、1960-70 年代の 2-3 パーセントから 1990-2000 年代に
は 6-7 パーセントまで増えてきた。 研究資金の多元化は、研究活動における多様性と柔軟性を促進し、研究
者は多様な理論的なアプローチを柔軟に試みることで、全体システムにおける
知的イノベーションを促進する(Whitley, 2003)。 2-2.科学研究活動における法律と政府規制 米国政府が委託を行う研究には研究活動を司る厳格で幅広い法律と規
制が設けられている。その範囲は政府の研究調達と契約に関する法律から、財
務・会計の領域、人体や動物実験、利益相反、研究倫理にまで及ぶ。大学は法
律や規制に順応しなければならず、それらを実施するためには専門的な人材と
管理体制を確保しなければならない。 まず、様々な規制の中で何より基本になるのは財務・会計に関する原則
である。大学は予算や支出に関する規制により、研究者のエフォート(Effort)、
財務、監査に関する厳格なルールを守らなければならない。特に配慮すべきルー
ルは研究の施設・管理費(Facility and Administrative Costs)あるいは間接経費
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に関するルールである。 医療研究の人体実験に関する最初の連邦規制は 1962 年に設けられた
Kefauver‐Harris Amendments であり、被実験者に対して実験の危険性に関する
「インフォームドコンセント(Informed Consent)」を義務つけている (Koski, 2006)。ま
た、人体実験の規制のもう一つの柱として、1974 年に成立した National Research Act は IRB(Institutional Review Board、日本では通常「倫理委員会」と呼ばれてい
る)の設置と運営を義務付けている。IRB は、大学が提案した研究プロジェクトが被実
験者を保護するための適切な措置を採用しているかを判断する。IRB は少なくと
も5人で構成され、科学者ではない民間人を含まなければならない。 一方、実験動物の福祉(Welfare)保護のために Laboratory Animal Welfare Act (LAWA、日本では通常「(実験)動物福祉法」と呼ばれている)が 1966 年
に USDA(U.S. Department of Agriculture)によって設けられており、その後
保護対象を広げながら政府規制が強まりつつある。 2-3.公的科学研究のガバナンスとリサーチアドミニストレーション 米国の多元的な競争システムの下では外部研究資金の獲得が大学発展
の鍵となる。外部研究資金を確保するためには資金提供者に対する十分な理解
と学内研究資源、及び研究資源に対する体系的な管理が欠かせない。連邦政府
や州政府の研究プログラムには異なる戦略と目的が存在する。それらの条件は
各省庁が発注する研究の提案、応募、採択、監査、報告などを含み、プログラ
ムの管理と運営プロセスの全般に反映される(GAO, 2006)。 したがって、大学は個別の資金提供者の条件を理解し、独自のニーズに
応じて個別に対応しなければならない。受託後の財務や成果を報告するために
は、資金提供者のプログラムごとに異なる情報を収集して報告が行われる。 また、報告の頻度とスケジュールも省庁によって異なる。研究資金の規
模にも大きなばらつきが有り、資金の使い方における大学の裁量権も異なる。
したがって、各々の資金提供者の異なる様式のみならず、異なる手順と手続き
に合わせて委託研究のマネジメント体制を整えなければならない。 研究活動やプロセスに関する政府規制は研究者や研究機関が守るべき
最低限のルールである。委託研究を実行する大学は法律を遵守するための管理
体制を整えなければならない。管理体制の出発点は多様な法律と規制を理解す
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ることであり、規制の変化を継続的に把握することも重要である。また、政府
規制は研究現場の研究者たちが日々の研究活動とプロセスで守らなければなら
ず、法律を周知させるためには研修や教育プログラムが必要となる。 3.大学のリサーチアドミニストレーションの役割 リサーチアドミニストレーションの役割に関しては相互関係するもの
の、異なる視点が存在する。まず、リサーチアドミニストレーションは、外部
資金提供者とのやり取りを専門的にマネジメントすることで研究者が研究に専
念 で き る よ う に 支 援 す る 諸 活 動 で あ る ( Kaplan, 1959; Woodrow, 1978; Kulakowski and Chronister, 2006)
。大学の研究者が政府や産業界などの外部資金
提供者からの研究を受託し、効果的にマネジメントするためには直接な研究内
容のみならず、会計・人事・調達・成果管理などの様々な管理活動が必要にな
る。リサーチアドミニストレーションは研究活動を取り巻く諸活動を支援する
ことで研究者が研究に専念できる環境を整える。 (図1)調整者としてのリサーチアドミニストレーション スポンサー
リサーチ
アドミニストレーション
研究者
大学
リサーチアドミニストレーションの役割を見るもう一つの視点は「調整
者(Coordinator)」としての役割である。つまり、一つの研究プロジェクトには、
研究者のみならず大学や資金提供者など、多様な利害関係者が関わり、その運
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営に関しては異なる利害と方針を有する。リサーチアドミニストレータは、資
金提供者のニーズを研究者に伝えたり、研究者や大学の便益のために資金提供
者との交渉に臨んだりして、利害関係者間のコミュニケーションと利害調整を
図る役割を果たす。 リサーチアドミニストレーションの実際的な役割は受託前(Pre‐Award)
受託後(Post‐Award)に分けられ、歴史的に見てその活動の重要性は受託後に
大きく移ってきた(Kulakowski and Chronister, 2006)。 3-1.受託前(Pre‐Award)の活動 リサーチアドミニストレーションの重要な役割の一つは、学内研究者の
専門研究領域や興味を持つ研究領域に関する情報を持続的に収集することであ
る(Woodrow, 1978; Chronister, 2006)。受託前、リサーチアドミニストレーシ
ョンは、学内の重要な研究施設や設備に関する情報を収集して学内外に提供す
る。つまり、マーケティング活動が行われる。 外部資金源の情報と申請の締め切りに関する情報を研究者や大学の経
営陣に常に発信する。その際、研究者に対しては、研究者の専門性を考慮して、
関連した情報を選別して送ることが肝心である(米国ではファンディング情報
を専門的に提供するサービス業者もある)。 外部研究資金の情報には、提案書の作成や予算編成などを支援するリサ
ーチアドミニストレータに関する情報を同時に送る。 外部資金提供者への提案(Proposal)の準備と提出は、リサーチアドミ
ニストレーションの一番基本的な役割である。提案書の数が多ければ受託も増
えるという比例関係にある。 悪い提案は拒否されたものではなく、受託を受けて計画どおりの研究成
果が出せないものである。このような研究は訴訟につながったり、大学の評判
を下げたりする。十分に準備された提案は受託の成功のみならず研究プロジェ
クト全体の方向性を左右する。 提案書の予算計画書は研究プロジェクトの財務的な表現であり、研究者
の計画を財務的な視点で変換したものである。アドミニストレータは会計用語
を熟知し、予算の許容範囲、研究者の福利厚生、間接経費の範囲、院生の給料
などに関して正確な情報を提供できなければならない。 8
リサーチアドミニストレータは提案書の予算構成や算出に関するノウ
ハウを備え、資金提供者が求める様式で書類を作成する。予算を算出する際に
は専門のソフトウェアが活用されている。 リサーチアドミニストレーションは研究者とともに提案書を作成し、提
案書の編集とレビューを行う。新任教員に対しては提案書作成に関する講義を
行ったり、資金提供者のガイドラインに関する情報を伝えたりする。 提案書の内容が、研究活動における多様な政府規制を反映しているかど
うかを確認する。 提案書の最終レビュー、学内承認、提出は、リサーチアドミニストレー
ションの最も基本的な機能である。ほとんどの大学には提案書における内部承
認の手続きが設けられており、中身に関する最終確認が行われる。 提案書は、大学が学内の資源を動員し最大の努力を尽くすことを約束す
る書類でもある。また、資金提供者から研究を受託すると、契約書として法的
な効力を持つ。したがって、その最終レビューはかなりの注意と能力が求めら
れる。暫定的に受託が決まると、具体的な受託条件を検討し、資金提供者との
交渉に臨む。 受託が決まる際、その交渉のプロセスは専門的な知識と能力が求められ
る。したがって、リーダー研究者(Principle Investigator)ではなく大学の公的
な権限をもつ代表者が交渉に取り組む。 提案書が拒否される場合には審査委員から意見が出される。多くの場合
には提案書に意見を反映し、次の公募に再提出する。また、リサーチアドミニ
ストレータは再提出を研究者に促す。 3-2.受託後(Post‐Award)の活動 研究資金はその目的によっていくつかに分かれる。1) Grant(補助金)は資
金提供者のガイドラインに沿ってプロジェクトが推進され、研究プロセスにお
ける資金提供者からの監査はほぼない。ほとんど縛りがなく研究者がかなり柔
軟に研究を行う。 9
2) Cooperative Agreement はプロジェクトの目的を達成するために研究
者と資金提供者がパートナーシップに近い関係を維持し、常に資金提供者から
の監査が行われる。 3) Contract(契約)はプロジェクトにおけるかなり詳細まで明記され、制
約が多い。内容が最初の計画から逸れる場合には資金提供者からの事前承認が
必要になる。 4) Subcontract は最初に受託した機関が第三機関に依頼することであり、
主機関が受託の交渉を行い、Subcontract は全体の活動の一部のみを行う。 受託後、リサーチアドミニストレーションの中心は、研究プロジェクト
の管理活動に移る。また、事務局によっては受託前を担当する部門と受託後の
管理を担当する部門が区別され、運営される。 研究者とは研究プロジェクトに関する明確な役割が分担され、研究者は
直接的に研究「を」マネジメントするが、リサーチアドミニストレーションは
研究「のための」マネジメントを行う。具体的にはプロジェクトの会計口座の
開設や財務処理や設備管理などの活動が開始される。 リサーチアドミニストレータは、大学の立場や資金提供者の要求、政府
規制などに配慮しながら、研究プロジェクト・リーダーの活動を支援し、また、
研究者に的確にNoと言えることが重要である。 具体的にはプロジェクトの人事管理や調達管理と、提案書に予定された
Subaward や Subcontract の管理を行う。 間接経費(Facility and Administrative Cost)の算出や記録を行い、後に
スポンサーとの交渉に臨む。委託研究の間接経費に関するルールは Office of Management and Budget(OMB) Circular A‐21 と呼ばれ、1958 年に制定されてか
ら 2000 年までに 16 回も改正された。施設・管理費は委託研究活動を支える大学のイ
ンフラへの使用料であり、研究が終了してからスポンサーとの交渉によって清算される。
従って、間接費の交渉に臨むために大学は政府ガイドラインに基づく明確な会計デー
タや根拠書類を準備しなければならない。 間接経費の項目には機材(Utilities)、建物や運動場(Buildings & 10
grounds)、設備(Equipment)、図書館(Library Expenses)、一般管理費(General Administration)、リサーチアドミニストレーションのコスト(Sponsored Projects Administration)、研究科の管理費(Department Administration) な
どが含まれる。 大学が申請する間接経費を検討し交渉に臨む連邦政府の主な省庁は
Department of Health and Human Service と Department of Defense であり、大
学の研究領域によって主な交渉先は異なる。 成果の監査や報告(Reporting)は資金提供者に対する義務であり、リ
サーチアドミニストレーションの何より重要な役割でもある。大学には研究ス
ケジュールを監査する手順が設けられ、最近では電子的なシステムが導入され
ている。 一般的に大学の研究者は、時間的制限や締め切りなどの管理体制に慣れ
ていない。プロジェクトを成功させるために、リサーチアドミニストレーショ
ンは、研究者がプロジェクトの目的と計画に沿って的確な成果を生み出すこと
ができるよう支援し、研究者の認識を改める。 研究の最後の段階ではプロジェクトの成果をまとめる。研究成果から潜
在的に特許化できる技術を確認し、特許の申請や企業への特許のマーケティン
グ活動を行う。 3-3.産学連携の発展とリサーチアドミニストレーション リサーチアドミニストレーションに関する以上の説明は、伝統的な政府
の委託研究を中心にしたものである。1980 年代の半ばから急激に強化された産
学連携は、政府の委託研究に比べて、より複雑な支援体制と組織的形態を必要
とする。 政府委託研究は資金提供者が事前に策定した計画に基づいた委託先を
募る。しかし、産学連携では企業のニーズと大学のシーズとなりうる資源を結
合させるための擦り合わせの作業が肝要になる。したがって、産業や企業のニ
ーズを分析し、フォーラムやコンソーシアムなどを通じで共同メンバーを募っ
たり、企業を訪問してアピールしたりするなど、大学にも企業のような戦略的
マーケティングの体制とその専門家の確保が求められる。 11
産学連携を遂行するための組織形態としては、研究開発のコンソーシア
ム、産学協同リサーチ・センター、リサーチ・パーク、リエゾン・オフィス、
技術移転事務局(TLO:Technology Licensing Office)などがあり、各々が異な
る専門的な機能を果たす。例えば、リエゾン・オフィスは、学内の研究活動と
企業活動を把握し、それらを調整する。企業側の要請に応じて、専門研究分野
の学内研究者を連結する役割を果たす。 研究の結果処理にも異なる体制を必要とする。研究活動で生まれた知的
資産や技術に対して特許を出願したり、ライセンスを管理したりするためには
法律の専門的な人材が必要になる。また、研究結果が特許で収められない場合
には、ベンチャーを立ち上げるなど起業が求められる。したがって、インキュ
ベーションやリサーチ・パークなどの体制が整備されなければならない。 したがって、米国の大学では技術移転を担う「技術移転事務局(TLO)」
の機能が強化されてきた。当該事務局は、新しい技術に関する特許申請をする
かどうかや方法を判断し、出願された特許に対しては、ライセンス合意に関す
る条件を交渉する。専門スタッフの多くは科学や工学分野で修士以上の学位を
有するか、あるいはビジネスや法律分野において同等の学位または経験を有す
る。 4.リサーチアドミニストレーションの起源と発展 4-1.リサーチアドミニストレータの起源 米国におけるリサーチアドミニストレーションは、元来、第二次世界大
戦時に連邦政府の OSRD(Office of Science Research and Development)が、大
学の研究 者に契約をベースに軍人研究を依頼するために発展した(Beasley, 2006)。 OSRD はプロジェクトの目的の設定、財務的な管理、レポートする体制
を整備し、戦後は大学の中で連邦政府の委託研究を管理するためのシステムと
して定着した。 初期のリサーチアドミニストレータは、元研究者や OSRD のアドミニス
トレータである。多くのアドミニストレータはチーム・プロジェクトのマネジ
メントの経験を持つ研究者であった。とりわけ、元 OSRD のメンバーは受託研
究のマネジメントに関する経験と連邦政府にも人脈をも持っていた。 12
後に、連邦政府から研究資金が急増し、アドミニストレータの需要が急
激に増える中、多様な経験の持ち主がアドミニストレータとして雇われた。例
えば、管理経験を持つ科学者のみならず未経験の科学者も選ばれた。また、受
託研究の管理した経験がある元軍人、企業のマネージャ、公的、民間の研究組
織の人々が選ばれた。 米 国 で 最 も 著 名 な リ サ ー チ ア ド ミ ニ ス ト レ ー タ で あ る Raymond Woodrow の経歴は、初期のリサーチアドミニストレータのキャリアの特徴を象
徴的に物語る。彼は 1913 年に New York City で生まれ、Williams College(1934)
で物理学学士を取得した。General Electronics に勤務しながら MIT(1937)で修士
を終えた。 その後、OSRD で Technical Aid and Liaison Office を経て、MIT の
Radiation Laboratory で ゼ ネ ラ ル マ ネ ジ ャ ー を 勤 め た 。 後 に は Princeton University で Executive Officer and Secretary of the Committee on Project Research and Invention として活動した。 4-2.リサーチアドミニストレーションの機能進化 歴史的に見るとリサーチアドミニストレーションの機能と役割は連邦
政府の政策変更に合わせて変化してきた(Norris and Youngers, 1998)。戦後か
ら 1950 年代までの初期に、連邦政府の研究委託プロセスには、提案書や研究資
金管理に対するルールや基準は厳格に定まっていなかった。したがって、リサ
ーチアドミニストレーションは、提案書に基づく予算実行を確認したり研究者
の給料が規定のとおりに払われているかを確認したりするぐらいの比較的に単
純な管理業務を行っていた。 1960 年代に連邦政府の研究資金が急激に増加するにつれて、研究提案書
の作成から予算管理の手順に厳格なルールや規定が設けられた。また、リサー
チアドミニストレーションの事務局の多くが学内の中央組織として位置づけら
れた。 1970 年代の半ばから 1980 年代には、会計、研究施設、人体実験、動物
実験、利益相反などの広い範囲の研究活動に対して政府規制が設けられた。そ
れを受けて、研究者に対して規制を認知させ、規制への順応状況を監査するこ
とがリサーチアドミニストレーションの肝心な役割として定着した。 1980 年代の半ばから技術移転や産学連携をはじめ、産業発展における大
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学の役割が強調されてきた。リサーチアドミニストレーションが担う役割は、
特許の申請と許諾、研究者の起業の支援、リサーチ・パークの管理など、産業
発展に関わる活動にまで広がった。 4-3.リサーチアドミニストレーションの電子化 リ サ ー チ ア ド ミ ニ ス ト レ ー シ ョ ン の 電 子 化 ( Electronic Research Administration)は、コンピュータ技術を利用した事務プロセスの向上を目的と
する。これは、研究組織におけるコスト削減と研究アイデアが迅速に商品化で
きるように促進するための要素である(Rodman and Stanford, 2006)。 1980 年代末から幾つかの連邦政府の省庁が、研究資金の受託者と委託者
間の事務管理、関係の改善、コミュニケーションの改善を図るために導入を始
めた。 電子化する以前には、NSF や NIH などの公募の締切日には、数千のダ
ンボールの書類が運ばれた。研究者が作成した申請書のプリントは、多くの場
合 20 部のコピーが提出される。それを委託機関はまたコンピュータシステムに
入力し、審査の打ち合わせの前に審査委員に送る。このような準備には九ヶ月
の時間を要し、5‐7 回の電子データと紙間の変換が繰り返された。 このようなコストを削減し、処理時間を短縮するために、NSF と NIH
は 1990 年代の初期から、リサーチアドミニストレーションの電子化が図り、各
自に FastLane と Commons というシステムを開発した。 NSF の FastLane は、大学研究者、審査委員、大学当局、リサーチアド
ミニストレーションを結び、研究提案書の提出、レビュー、研究の進捗の把握、
財務管理などを電子的に管理するシステムである。 また、Office of Naval Research(ONR)は、1990 年代に電子的な決済シス
テムを開発し、請求と支払いの電子化を実現した。それにより申請と請求にか
かる時間は 60 日から5日までに短縮された。NIH は 1980 年のバイドール法の
成立をきっかけに EDISON 等電子的な発明報告システムを開発し、その後多く
の省庁が取り入れるようになった。 2002 年度に立法化された E‐Grants Initiative に基づいて、Grants.gov と
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いうポータル・ウェブ・サイトが立ち上げられた。Grants.gov は 26 の連邦政府
の省庁が運営する 1,000 の研究プログラムと、年間 4 千億ドルの研究資金に関す
る情報へのアクセと応募ができる。 主な研究大学でも研究提案書の内部処理を電子化するシステムが開発
された。MIT の場合、外部研究資金の申請に関わる提案書の作成、学内レビュ
ーと承認、受託とプロジェクトの立ち上げを電子化するために COEUS というシ
ステムを開発した。 一方、SAP、IBM、USC Software Solutions のような企業がリサーチア
ドミニストレーションに関わる専門ソフトウェアとソリューションを開発・提
供している。 現在電子化が抱える課題は、各省庁が独自に電子化を進めたゆえに、各
自のシステムが異なる技術を採用し、大学のユーザに負担を与えている。した
がって、システムの規格や手順を標準化 す るために、Research Management Systems, Inc., Federal Demonstration Partnership, Electronic Commerce Committee を中心に調整活動が行われている。 4-4.リサーチアドミニストレータの専門化 大学リサーチアドミニストレーションの拡大と発展は、管理機能の専門
化とともに、管理者の専門家化(Professionalization)をもたらした。リサーチ
アドミニストレーションの専門家たちで構成される協会団体として National Council of University Research Administrator(NCURA)が 1959 年に設立され、
Society of Research Administrators International(SRAI)が 1967 年に設立され
た。 NCURA は会員に対する教育、能力開発プログラム、知識の共有、コミ
ュニティの形成を通じでリサーチアドミニストレーションの発展を図ることを
目的にする。NCURA は多様な形の教育を実施しており、それにはカンファレ
ンス、ワークショップ、オンライン、NCURATV などがある。 NCURA が 1983 に発表した調査によれば、会員の 31 パーセントが博士
号を有し、研究支援活動に対する高い専門性を確保していた。 15
(表2)リサーチアドミニストレーションの協会団体と資格付与機関 団体名 創立 National Council of University Research Administrator Society of Research Administrators International 1959 1967 医療研究 Association of Clinical Research Professionals 1976 技術移転 Association of University Technology Managers 1974 Licensing Executives Society 1965 Association for the Accreditation of Humana Research Protection Programs, Inc. Association for Assessment and Accreditation of Laboratory Animal Care Research Administrator Certification Council 2001 1965 1993 専門領域 全
般 知財権 資格承認 RACC(Research Administrator Certification Council)は試験を通じて資
格を認定する。受験者は学士以上の学歴と 3 年以上の実務経験が必要であり、
筆記試験を受かると資格が与えられる。資格は 5 年ごとに更新される。 NCURA と SRAI は基本的にリサーチアドミニストレーション全般にお
ける管理者たちの協会であるが、リサーチ分野の専門性が高度に進んだために
医療研究、技術移転や知的財産権などの分野に細分化してきた。また、このよ
うな団体でも専門資格制度を設け、認定も行っている。 5.リサーチアドミニストレーションの事務局: スタンフォード大学の事例 リサーチアドミニストレーションの機能を抱える学内組織には Office of Research Administration あるいは Office of Sponsored Program がある。
Research Centers Directory(2006)によると、米国でリサーチアドミニストレ
ーションに相当する事務局が設立され始まったのは早くも 1880 年代半ばからで
ある。 Office of Research Administration が学内組織として本格的に拡散した
のは 1960 年代に連邦政府の研究資金が急激に増大してからである。現在は全国
に 200 に近い事務局が設立されている(図2参考)。 16
(図2)リサーチ・アドミニストレーション事務局の数変化 180
160
140
120
100
80
60
40
20
出所:Research Centers Directory (2006) 1996
1993
1990
1987
1984
1981
1978
1975
1972
1969
1966
1963
1960
1957
1954
1951
1948
1945
1942
1939
1936
1933
1930
0
スタンフォード大学の研究収入は 2005 年に 10 億ドルに至った。ORA
には 121 人が雇用され、五つの部門で構成されている。年間 3,000 件の提案書を
提出し、4,500 件の外部資金によるプロジェクトをマネジメントする。 リサーチアドミニストレーションの事務局は五つの部門に分かれてお
り、外部資金の研究の受託前後のマネジメントと他部局との調整を行う「外部
支援研究の事務局(Office of Sponsored Research)」に 78 人の人員が配置され
ている。 「コストとマネジメント分析(Cost & Management Analysis)」部門は
資金提供者に対する間接経費の策定・申請・交渉を行う。間接経費は研究や教
育の性格や、実施される場所によって異なる比率が策定される(表4)。 「資産管理(Property Management)」は部門は研究用の施設や設備の
維持・管理を行う。
「リサーチアドミニストレーション政策とコンプライアンス
(Research Administration Policy & Compliance)」は研究における政府規制や
倫理に関する認識を促進する。最後に「教育と開発(Training & Development)」
部門はリサーチアドミニストレータの教育と資格管理プログラムを運用してい
る。 17
(表3)スタンフォード大学のリサーチアドミニストレーション事務局の構成 部
門
名 人数 Cost & Management Analysis 8 人 スポンサーに対する間接経費の策定・申請・交渉 Office of Sponsored Research School of Medicine Team、Engineering and Independent Labs Team、H&S and Other Schools Teamに別れ、 外部資金研究の受託前後のマネジメントと他部局とのコーディネー
78 人 ション Property Management 19 人 研究用の施設や設備の維持・管理 Research Administration Policy & Compliance 5 人 研究における政府規制や倫理に関する認識の向上 Training & Development 2 人 リサーチアドミニストレータの教育と資格管理プログラムの運営 (表4) スタンフォード大学の間接経費の比率 Fiscal Organized Sponsored Other Spon Animal Year Research Instruction Activity Care Date Signed
On Off * On Off FY08 58.00% 30.00% 42.00% 26.60%
36.50% 78.00% 8/31/2006
FY07 56.50% 30.00% 41.50% 26.60%
36.50% 78.00% 8/31/2006
FY06 56.00% 28.00% 40.00% 27.00%
35.40% 76.50% 7/1/2004 FY05 57.00% 28.00% 40.00% 27.00%
35.40% 76.50% 7/1/2004 * Off Campus 出所:http://ora.stanford.edu/rates/default.asp スタンフォード大学は学内でリサーチアドミニストレータの資格獲得
の研修プログラムをオンラインとオフラインで運営し、レベル1とレベル2に
分けて資格を与えている。採用されてから六ヶ月以内にレベル1の資格を取ら
なければならなく、レベル1の資格を持つものにレベル2への受験が認められ
る。 18
(表5)資格獲得の研修プログラムの内容 資
格 レベル1 内
容 費用処理や会計に関するガイドライン、会計ソフトウェアの使い方 研究のマネジメントの基本概念、研究に関する規制 プロポザル(12 項目の計画とスケジュール)の作成、研究予算の算出 受託プロセス(Award Process) Subaward の理解・処理・マネジメント NIH(最大スポンサー)への応募の実行研修(電子的操作やソフトウェア)
レベル2 NSF の電子的管理システムである FastLane の研修 Stanford University Service Center の政策と実務 連邦政府の委託研究のポータルである Grants.gov の研修 寄付金の管理 ヒトES細胞の研究の管理 6.米国の大学事務職の専門化 これまでは多様な外部資金による研究活動を支えるマネジメント体制
としてリサーチアドミニストレーションの役割と発展を検討してきた。しかし、
教育や研究、社会貢献など大学の機能が複雑化かつ高度化するにつれて、大学
のマネジメント体制も量と質の両面において拡大してきた。 (図3)米国の大学の一般管理費の変化(単位:百万ドル) 30000
25000
20000
15000
10000
5000
0
1959-60
1969-70
1979-80
1989-90
1995-96
出所:U.S. National Center for Education Statistics まず、リサーチアドミニストレーションは、外部資金を獲得するための
資金提供者のサーチ活動と、依頼された研究を遂行する上で、それを支援する
19
管理活動や施設管理などが基本となる。それらは広くは大学の一般管理に含ま
れる。したがって、リサーチアドミニストレーションの規模拡大は大学の一般
管理費の拡大から窺うことができる。米国の NCES(National Center for Education Statistics)によると、大学の一般管理費は 1959‐60 年に 5 億 8 千万ド
ルから 1979‐80 年に 190 億ドルに増え、1995‐96 年には 270 億ドルまでに拡大し
た。また、大学全体の支出から一般管理費が示す割合は 1959‐60 年の 10%から、
1979-80 年に 13%、1995‐96 年には 14%までに増加した。 (表6)米国の大学の職業別雇用状況の変化(単位:千人、%) 1976 1991 1997 2003 人数 比率 人数 比率 人数 比率 人数 比率 非教員専門職 178.5 9.6 426.7 16.8 472.0 17.1 618.2 19.4 教 員 633.2 34.0 826.2 32.5 989.8 36.0 1,174.8 36.8 一 般 事 務 790.6 42.4 949.7 37.3 916.5 33.3 921.5 28.9 教育・研究補佐 160.0 8.6 197.7 7.8 222.7 8.1 293.0 9.2 役員や管理官 101.2 5.4 144.7 5.7 151.3 5.5 186.5 5.8 合 計 1,863 100 2,545 100 2、752
100 3,194 100 出所:U.S. National Center for Education Statistics (図4)米国の大学の教職員における非教員専門職の割合 45
一般事務職
非教員専門職
40
35
30
25
20
15
10
5
0
1976
1991
1997
2003
20
次に、大学の人員構成の変化は、大学機能の高度化をより明確に示して
いる(表6、図4)。大学の研究活動をサポートする「非教員専門職」は 1976
年の 17 万人から、1991 年に 42 万人、1997 年に 47 万人、2003 年には 61 万人強
までに急激に増加した。また、人員構成における非教員専門職の割合も 1976 年
の 9.6%から 2003 年には 20%までに増加した。その反面、専門性が薄い「一般事
務職」の割合は、同期に 42%から 29%までに急激に削減された。一方、教育や
研究に専属する教員の割合は一貫して 35%前後であり、安定した傾向を示して
いる。 7.結論及び示唆 組織が生産活動を営むためには外部資源に依存しなければならない。
したがって、資源の提供者との関係を効果的にマネジメントすることは組織の
繁栄と生き残りを決める重要な要因である。本論文では大学におけるこのよう
な戦略を実行するための組織能力として、米国の研究大学で発展してきたリサ
ーチアドミニストレーションの役割と歴史的な発展を探ってきた。 米国の公的科学研究システムの最大の特徴は多元主義と競争原理であ
る。大学が研究資金提供者に対して積極的な戦略を展開し、競争優位を保つた
めには、それに対応できる組織能力を備えなければならない。大学のリサーチ
アドミニストレーションは、資金提供者と大学の構成者との関係を調整しなが
ら、研究者が研究に専念できる環境を作る役割を果たす。 米国の事例研究は、日本の大学の組織改革に関して少なからず実務的な
示唆を与える。もちろん、両国の大学制度には歴史的かつ制度的に大きな相違
点が存在し、米国のシステムがそのまま日本でも機能するとは限らない。しか
し、日本でも競争的な研究資金の配分が進み、大学と社会の統合が強く求めら
れている。大学が置かれている状況を考えると、多様な社会の研究支援者との
関係を効果的にマネジメントできる体制は、今後日本の大学に欠かせない組織
能力となるであろう。 現在日本の大学の財政は政府からの運営費交付金が大半を占めており、
外部資金や競争資金による収入は 10%にも至らない状況である。しかし、研究
資金の競争的配分は今後も増え続けると予測される。また、産学連携をはじめ
多様な社会や産業界の研究ニーズは増え続けると考えられる。新しい変化に応
じえる大学のマネジメント体制はまだ整っていない。産学連携を始め、従来の
大学の事務とは異なる専門職には、教育や研究従事しない「特任」のタイトル
21
を有する教員が採用されることもある。もし、この傾向が続くと大学の教職そ
のものの定義が緩められる可能性もある。 米国のリサーチアドミニストレーションのようなリサーチ管理体制は、
今後日本の大学に新しく整備されるマネジメント体制に欠かせない重要な機能
の一つになるだろう。リサーチアドミニストレーションは大学研究を支援する
社会の多様な利害関係者との関係を調整する機能であり、管理体制は従来の一
般事務より専門的である。 また、リサーチアドミニストレーションは研究の受託や財政的な管理な
どを担うことで、研究者が本来の研究に専念できる環境を作る。このような分
業化は研究のパフォーマンスを高めると同時に、研究者のエフォートを効果的
に管理することでコスト削減効果ももたらす。また、大学の研究者が社会の求
める研究を行うことはより積極的に研究に取り組むインセンティブにもなるだ
ろう。 リサーチアドミニストレーションは研究者、大学、資金提供者を結ぶ仲
介者であり、互いの利害をコーディネートする調整者でもある。調整者を新し
い職として大学に定着させるためには、その業務内容や待遇、人材育成までを
視野に入れた関係機関間の協力が必要とされる。とりわけ、文部科学省や研究
資金提供者のリサーチアドミニストレーションの必要性と重要性を認識しなけ
ればならない。また、研究の体制における評価にアドミニストレーションを明
示化することで大学の体制の整備を図ると同時に、財政的な支援を行わなけれ
ばならない。 リサーチアドミニストレーションを含む研究支援体制を整えるために
は、間接経費に関する新しい定義が必要かも知れない。米国の場合、リサーチ
アドミニストレーションに関わるコストは間接経費に含まれる。現在日本では
間接経費の割合は資金提供者によって異なり、その品目に関しても明確なルー
ルが存在しない。多く大学は縮小される国からの補助金の穴埋めに充てること
が多い。今後研究におけるマネジメント体制を整えるためには、間接経費の拡
充ともに、その品目を明確にすることで研究のマネジメント体制の整備を図ら
なければならない。 リサーチアドミニストレータを育成するためには、研究のマネジメント
に関する研究はもちろん、教育や研修プログラムに関する研究及び開発を急が
22
なければならない。リサーチアドミニストレーションに就く人材には、教育や
資格プログラムを通じて、研究者の転職とポスト・ドクターの転職などが考え
られる。とりわけ、研究者や大学の事務職の人材が新たなキャリアとして研究
マネジメントの専門家に転職できる教育プログラムを開発する必要がある。こ
の場合、大学職員の自己開発や能力向上へのインセンティブとして働くことも
予測できる。 学内の組織論からすると、多くの研究大学に先駆けて設けられた産学連
携推進本部や TLO (Technology Licensing Office)との整合性を取るアプローチ
も工夫されなければならない。大学には多くの部局が存在し、同じ大学からと
しても異なる部局間の協力は容易なことではない。従って、新しいリサーチア
ドミニストレーションの組織は、類似する役割を果たす既存の部局や補完関係
にある組織との関係を工夫して設計されるべきである。 今までの議論は外部資金による研究のマネジメント体制に焦点を当て
て検討してきた。しかし、広く見ればこの体制は大学の運営や事務体制の一部
である。日本の大学において事務や運営の硬直化が大学活動の足かせとなって
いる。今日大学に新しく与えられた使命の達成には、事務体制の改革と職員の
高度化やインセンティブ管理が欠かせない課題である。今後大学の事務職にも
「非教員専門職」という新しい職種の整備が必要であり、リサーチアドミニス
トレーションの整備は大学マネジメント改革のというより広い文脈の中で位置
つけて進めるべきである。 23
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