金融工学 A 資料 3 担当:楠美 将彦 e-mail:mkusumi@takachiho.ac.jp http://www.takachiho.ac.jp/˜mkusumi/index.html 3 不確実性下の資産選択 3.1 投資家のリスク選好 例題 1. 今、2 つの資産を考える。資産 A は来期に確実に 50 円の価値になる。資産 B は来期に 50 %の確率 で 70 円の価値になるが 、50 %の確率で 30 円の価値にしかならない。 このとき、あなたはどのような選択をしますか。 1. 資産 A を選ぶ 2. 資産 B を選ぶ 3. 資産 A と資産 B のど ちらでもよい それぞれの資産の期待値と標準偏差を考えると、次の表になる。 期待値 分散 標準偏差 資産 A 50 0 0 資産 B 50 400 20 ※ 0.5 × 70 + 0.5 × 30 = 50 分散 = 0.5 × (70 − 50)2 + 0.5 × (30 − 50)2 = 202 √ 標準偏差 = 202 = 20 1. このような情報の下で、たいていの人は資産 A を選択するだろう。 この理由は、不確実なもの、つまりリスクにたいして何らかの対価を求めるためである。 2. もしど ちらでもいいというのであれば 、この人にとっては 、2 つの資産の違いが影響していない ことになる。 つまり、リスクに対して影響されないことになる。 3. 資産 B を選ぶ人がいるならば 、リスクを好ましいと感じていることになる。 3つの答えの理由の違いは 、リスクに対する態度からきていると見ることができる。リスクに対価 を求めるもの、リスクを気にしないもの、リスクを好むものという違いである。 21 効用最大化原則 個人の選択基準に関して 1 つの基準を儲ける。この個人は、満足度を測る「効用」という絶対的な ものさしを持っていて、より効用の高いものを選択する。 この効用のものさしを示すものとして u = u(x) という効用関数を導入する。 期待効用 さらに、不確実性下の世界においては、各事象ごとに効用を考え、事象ごとの効用の期待値から計 算した全体としての「効用の期待値」が大きいものを選択すると考える。 このような効用の期待値を「期待効用」という。 例題 1.a. 今、資産の価値が 100 %で 50 になるとき、その期待効用はどのようになるだろう。 期待効用の表現に従うと次のようになる。 u = u(50) 例題 1.b. 今、資産の価値が 50 %で 100 、50 %で 0 になる時、その期待効用はどのようになるだろう。 100 の時の効用は、u(100) となり、0 のときの効用は 、u(0) となる。したがって、期待効用は、次 のようになる。 u = 0.5 × u(100) + 0.5 × u(0) 22 例題 1.c. 今、資産 1 の価値が 100 %で 50 になり、資産 2 の価値が 50 %で 100 、50 %で 0 になる時、ど ちら の期待効用が大きいだろうか。 上記の 2 つの例題の答えである 2 つの期待効用を比較する。答えは 3 通り考えられる。 1. u(50) > 0.5 × u(100) + 0.5 × u(0) 2. u(50) < 0.5 × u(100) + 0.5 × u(0) 3. u(50) = 0.5 × u(100) + 0.5 × u(0) 答えは、効用関数の形状に依存して決まることになる。 if u(x) = x2 ⇒ u(50) < 0.5 × u(100) + 0.5 × u(0) u(50) = 502 = 2500 u(0) = 02 = 0 u(100) = 1002 = 10000 if u(x) = 2x ⇒ u(50) = 0.5 × u(100) + 0.5 × u(0) u(50) = 2 × 50 = 100 u(0) = 2 × 0 = 0 u(100) = 2 × 100 = 200 √ x ⇒ u(50) > 0.5 × u(100) + 0.5 × u(0) √ √ u(50) = 50 = 5 2 ∼ = 5 × 1.4142 = 7.071 √ u(0) = 0 = 0 √ u(100) = 100 = 10 if u(x) = 23 ここで、改めて効用関数を考える。 効用が限界効用逓減の法則に従うならば 、効用関数の形状は凹関数になるだろう。 しかし 、これ以外の状態もありえるだろう。例えば 、常に同じように富の増加と効用の増加するケー スや、富の増加に対して逓増的に効用が増加するケースである。 結局、効用関数の形状については、大きく 3 つにまとめることができるだろう。 U 0 U w0 2w0 w 0 U w0 2w0 w 0 w0 2w0 w このそれぞれに対して、次のような視点で考えてみる。 「 同じ 期待値のときに 、期待値の効用が大 きいか 、効用の期待値が大きいか 」で区分してみる。その区分結果をまとめると以下のように表現で きる。 下方に凹 ⇐ 期待値の効用が 、効用の期待値よりも高い。 直線 ⇐ 期待値の効用が 、効用の期待値と同じ 。 下方に凸 ⇐ 期待値の効用が 、効用の期待値よりも低い。 また、それぞれに対して、次のような視点でみることもできる。 下方に凹 ⇐ 下落のショックが 、上昇の喜びより大きい 直線 ⇐ 下落のショックが 、上昇の喜びと同じ 下方に凸 ⇐ 下落のショックが 、上昇の喜びより小さい この 3 種類の効用関数を持つ主体をそれぞれ順に 、 「 危険回避者」 「 危険中立者」 「 危険愛好者」と 呼ぶ。 ここで、先ほどの例題を答えることができる。主体が 、危険回避者であれば 、資産 A を選択し 、危 険中立者であれば 、資産 A と資産 B はど ちらも変わらないことになり、危険愛好者であれば 、資産 B を選択する。 24 3.2 リスク・プレミアム 以下では、特に断らない限り、投資家は「 リスク回避者」と仮定する。 ( リスク回避者的な行動をとらないケース( 例. ギャンブルと定期預金、ギャンブルと保険、など ) も多々存在するが 、以下では最も基本的な「限界効用が逓減する」と考える。) 例題 2. ある人が 、資産 B を持っている。この資産 B から得られる効用と同じ効用は、いくらの収益を確実 に生む資産で得られるだろうか。また、資産 A とその資産の乖離はいくらであろうか。 危険回避者の効用関数を考える。図の uB が資産 B の効用である。そこで、この効用水準と同じ効 用が得られる効用曲線上の点をたど ると C 点になり、その富の水準がわかる。 この富の水準( WC )は、資産 B の富の期待値の水準( W1 )よりも低くなっている。 この富の水準の WC が答えである。 さて、資産 A と比較すると、この富の水準は低くなっている。もし資産 A の富の水準がこの富の水 準と同じならば 、資産 A と資産 B は同一の効用となる。 そして、WC と W1 の乖離幅を、 「リスク・プレミアム」といい、富の水準( WC )を「確実性等価」 と呼ぶ。 リスク・プレミアム 「リスク資産の期待効用と同じ効用が得られる安全資産の期末価値」と「危険資 産の期待期末価値」の差 確実性等価 リスク資産の期待効用と同じ効用が得られる安全資産の期末価値 U u(w) uA uB C 0 W1 − h WC W1 W1 + h w また、リスクプレミアムと確実性等価は、効用関数の形状によって異なる。より曲率 (曲がり具合) が大きいほど 、相対的にリスクプレミアムは大きくなり、確実性等価は低くなる。言い換えると、曲 率が大きいほど 、リスク回避度も大きくなり、投資家がよりリスク回避的であるといえる。 25 例題 3. √ x である。確実に 50 得られる資産 D と 50 %づつの可能性で 30 か 70 を 得られる資産 E がある。リスクプレミアムはいくらになるだろうか。 効用関数が U = u(x) = まず、確実に 50 得られる資産 D の効用は、U = u(50) = √ √ 50 = 5 2 ∼ = 7.07 となる。一方、資産 E の効用は、以下のように計算される。 E[UE ] = 0.5 × u(30) + 0.5 × u(70) = 0.5 × √ √ 30 + 0.5 × 70 ∼ = 0.5 × 5.4772 + 0.5 × 8.3666 = 6.9219 √ そこで、資産 E の効用を得る富の水準を考えると、u(F ) = F = 6.9219 となる F の値を求めれば よい。したがって、F = 6.92192 = 47.9127 となる。 よって、確実性等価は 47.9127 、リスク・プレミアムは 50 − 47.9127 = 2.0873 となる。 参考)このリスクプレミアムを利用して、投資家の危険回避度を図ることができる。その基準を定 式化したのが 、アローとプラットである。それらは、 「アロー=プラット測度」といわれる。 ( 詳細は、 本講義では省略) u2 (w) U u1 (w) 0 w1 2w1 26 w 3.3 無差別曲線 一般的な資産の期待値とリスクが与えられたとき、どの資産を選択するのかを考えるために、 「無差 別曲線」を考える。 ( 縦軸は「期待リターン 」、横軸は「 リスク」の平面で考える。) 例題 5 √ x であるとする。このとき、ばらつきが ±1 の資産 G 、ばらつきが ±2 の資産 H 、ばらつきが ±3 の資産 I 、ばらつきが ±4 の資産 J 、を考える。 効用関数が 、U = u(x) = このそれぞれの資産で、2 の期待効用を達成する期待値はそれぞれいくらになるか。また、3 の期待 効用を達成する期待値のときはど うなるだろうか。 まず、資産 G の期待効用が 2 になるように計算する。 2 = 0.5 × √ √ w + 1 + 0.5 × w − 1 w∼ = 4.06 他の資産についても同様な計算をすると、以下の表ができる。 期待効用が 2 のケース 安全資産 資産 G 資産 H 資産 I 資産 J ばらつき 0 1 2 3 4 期待値 4.00 4.06 4.25 4.56 5.00 安全資産 資産 G 資産 H 資産 I 資産 J ばらつき 0 1 2 3 4 期待値 9.00 9.03 9.11 9.25 9.44 期待効用が 3 のケース 結果として、同じ効用を得るために資産のばらつきの増加( 0, 1, 2, 3, 4, . . . )に比べると、期待収益 率の増加( 4.00, 4.06, 4.25, 4.56, 5.00, . . .)の伸びは、逓増的である。 27 μ 9 u=3 4 u=2 0 2 1 3 |h| 4 これらのことから、危険回避者の無差別曲線は次のような特徴を持つ。 無差別曲線の特徴 (危険回避者の場合) 1. 無差別曲線は、右上がりで凸形となる。 2. 効用水準を高めると、北西方向( 左上方向)にシフトする。 3. 無差別曲線の形状は、リスク回避度が高いほど 、その傾斜が急になる。 μ μ 0 h 危険回避者 μ 0 h 危険中立者 0 h 危険愛好者 ここまでは、ベルヌーイ分布( 2つの値のみとる分布)の資産のみを扱ってきたが 、より一般的な 扱いができるように、収益率の分布として正規分布を仮定する資産を考える。 ( 以後では、正規分布が 一般的なケースとして想定する。) つまり、リスクを「標準偏差」で考える。 まず、離散型の事象を考えると、期待効用は、次のような式で表される。 (ただし 、Xi で収益率を 表し 、その生起確率を wi で表す。) E[u] = wi × u(Xi ) Xi また、正規分布を仮定するときは 、次のように記述できる。 (ただし 、Xi で収益率を表し 、その生 起確率関数 (正規分布) を f (Xi ) で表す。) 28 E[u] = ∞ −∞ f (Xi ) × u(Xi )dXi この下で、無差別曲線は次の図のように表される。|h| が σ になっている。 ( 言い換えると 、効用が 期待収益率と標準偏差のみで決定されることを仮定している。)(この部分の詳細な展開は、本講義で は省略する。) μ μ σ 0 危険回避者 μ σ 0 σ 0 危険愛好者 危険中立者 参考)効用関数が U = u(μ, σ) で与えられる時、その無差別曲線の標準偏差−期待収益率平面での 傾きは次のように表現される。 ∂u ∂u dμ + dσ ∂μ ∂σ dμ 無差別曲線の接線の傾き dσ = 0 = ∂u ∂σ − ∂u ∂μ そこで、U = μ − λ σ 2 の無差別曲線の傾きを計算してみる。 ∂u ∂μ ∂u ∂σ dμ 無差別曲線の接線の傾き dσ = 1 = −2λ × σ ∂u = − ∂σ = 2λ × σ ∂u ∂μ 標準偏差の増加に対して一定でないことがわかるだろう。 (傾きは、標準偏差の増加とともに、より 急になっている。) 29 3.4 平均分散アプローチ 例題 6. 今、たろう君は U = μ − σ 2 の効用関数を持ち、じろう君は U = μ − 0.5σ 2 の効用関数を持つ時、以 ( (期待収益率, 分散) を示している) 下の 4 つの資産のを効用の高い順に並べてみよう。 A(10,1.52 ) 、B(10,32 ) 、C(15,32 ) 、D(15,1.52 ) 資産 期待収益率 標準偏差 たろう君の効用 じろう君の効用 A 10 1.5 7.75 8.875 B 10 3 1 5.5 C 15 3 6 10.5 D 15 1.5 12.75 13.875 結果は、たろう君にとっては、D → A → C → B 、 であるが 、じろう君にとっては、D → C → A → B となり、順番が変わる。 (これは、それぞれの危険回避度に依存して変わる。) このようにして、資産の期待収益率と標準偏差がわかり、自分の効用関数が期待収益率と標準偏差 のみで決まるならば 、資産の選択に序列を付けることができる。 このように、平均値 (期待値) と分散 (リスク) に基づいて、最適なポートフォリオを選択する方法を 「平均分散アプローチ」と呼ぶ。 μ UT UJ D C A B 0 σ 30
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