社労士便り (2007 年8月) (Vol.017) 『 ● 解雇のハードルは高い 』 解雇権の濫用 問題社員に対して行なう懲戒処分の中で、最高罰は解雇ですが、意外と自分の身の 回りで「解雇された人」にお目にかかったことがないと思われます。 その理由の 1 つに、解雇のハードルが高いということがあります。それは、問題社 員に解雇通告を行っても、解雇無効が認められたら、今度は形成が逆転して、会社の 「解雇権濫用」が指摘されるからです。 その先の流れとして問題社員との間で和解が成立すると、会社は和解金を支払うこ ともあります。 よくよく考えれば、社員が問題行為を行ったことには変わりないのに、悪いのは会 社というのはなんとも皮肉な話です。 このような状況を考えると、安易に解雇通告が出せないということもうなずけます。 そこで今回は、事案から判断すると当然に解雇有効に思えるのですが、結果的に解 雇無効とされたケースをいくつか紹介しますので、解雇無効・有効のボーダーライン を感じ取ってください。 ● アナウンサーが寝坊して放送事故 某ラジオ局のアナウンサーAは、10 分間の早朝ニュースを担当していましたが、2 週連続で寝坊により放送事故を起してしまいました。 特に 2 回目の寝坊については、上司に対して事実と異なる報告書を提出したため、 会社はAを解雇しました。 普通では考えられない失態に思えますが、結果は次の理由により解雇無効とされた のです。 1. 本件は、Aの悪意・故意ではなく過失により発生したこと 2. Aは社内で就寝していたが、Aを起こす役である社員Bも寝坊していた 3. Aは最初の寝坊に対して謝罪し、2 回目の寝坊は、起床後すぐにスタジオへ向 かうなど努力が見られたこと 4. 寝坊による放送事故の時間が著しく長時間とはいえないこと 5. 会社が早朝ニュースの放送事故に万全の対応を行っていなかったこと 6. 事実と異なる報告については、2 回の寝坊に対するAの気後れが感じ取れるこ と 7. Aは過去に同様の放送事故を起していないこと 8. Aを起さなかった社員Bは、譴責処分に止まったこと このように、一見すると放送事故という大事件でありながら、社員Aの気後れまで 察してくれるなど、解雇有効のハードルの高さが伺える例です。 ● 商品代金を横領 貴金属を運送するB社に勤務していた社員Aは、次のことを理由に会社から解雇通 告を受けました。 1. 商品代金の総額 270 万円を横領したこと(解雇通告前に示談が成立) 2. 頻繁な遅刻・職場離脱 3. 上司への反抗的な態度 4. Aに管理するよう命じた下請け業者のC社が、Aが管理を怠った事で、商品代 金を横領されていたこと 本件についても次の理由から、会社の解雇権濫用により解雇無効とされたのです。 1 の、 「自らが商品代金 270 万円を横領したこと」については、示談が成立した後 も会社はAを雇用していた事実から、この事実を解雇理由にすることはできないとさ れました。 4 の「Aの管理怠慢により、下請け業社Cに商品代金を横領されていたこと」につ いては、事実は認められるものの、この事実を会社も知っていたにもかかわらず、黙 認していた事実が発覚し、それにもかかわらず、なんら対応策を取らずにAに責任を 押し付けるのはおかしいとされました。 2 と 3 については、解雇理由に認めるほどのものではないとされ、以上、解雇通告 は無効とされたのです。 会社としては、 おそらく合わせ技 1 本で解雇有効に持ち込みたかったのでしょうが、 実際には個別の案件ごとに分析された結果、商品代金を横領するような問題社員に対 して逆に謝る結果になったのです。 せめて、1 の件の発生時に、示談はせずに解雇通告を行っていれば状況は逆転して いたかもしれません。 ● 前科を隠して入社した 経歴詐称が入社後に発覚するケースは少なくはありません。 最近では、地方公務員が本当は大卒なのに高卒と称して採用されているケースが 度々ニュースになります。この場合は、解雇ではなく、出勤停止等の懲罰を受けてい るようです。 しかし、同じ経歴詐称でも、「前科」の事実が後から発覚した場合はどうでしょう か? 実際にタクシー会社Bは、前科を隠して入社してきた社員Aに対して、解雇通告し ました。 しかし、結果は会社の負け。つまり、解雇権の濫用により、解雇無効とされたので す。 その理由は、次の通り。 まず、会社が求職者に対して、学歴・職歴・犯罪歴等の情報を聞くのは、当然の行 為で、社員はこれに正確に答える義務があると考えられます。 具体的な手段は、履歴書の提出を求め、その履歴書中の「賞罰」欄に自分の前科歴 を正確に記入すべきとされています。 しかし、犯罪者の更生において、第 1 の課題は仕事の確保であることを考えると、 既に刑が消滅した前科を記載する事で、入社のチャンスが閉ざされ、あるいは、事細 かに詮索されることが予測され、告知すべきか迷うところです。 したがって、前科と職種を照らし合わせてみて、仕事に大きな悪影響を与えると認 められない限りは、前科を告知すべき義務はないという考え方もあり、よって、本件 を理由にした解雇は無効とされたのです。 また、Aは職歴も詐称していて、同業への勤務経験が本当は 6 ヶ月なのに、9 ヶ月 と告知した点についても、わずか 3 ヵ月の職歴詐称が、職務の内容と照らし合わせて みて、重大な解雇事由とまではいえないとされました。 ● プロフィール 社会保険労務士 佐藤 敦 平成 2 年:明治大学商学部 卒業 同年:ライオン株式会社 入社 平成 16 年:全国社会保険労務士連合会・神奈川県社会保険労務士会登録 ● 著書 ① 『60 代社員の手取りを下げずに人件費を下げる方法教えます!』 (九天社) ② 『改正高年齢者雇用安定法対応実務マニュアル』 (アーバンプロデュース) ③ 『人事担当者が知っておくべき年金ガイド』(九天社) ④ 『私の社労士合格大作戦』(エール出版) ● ホームページ: 『中小企業の労務改革提案』 URL : http://www5f.biglobe.ne.jp/~asato/
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