米国を巡る国際マネーフローの動向

No.1
リサーチ総研
金融経済レポート
金融経済レポート No.1
2008/10/23
日本リサーチ総合研究所
米国を巡る国際マネーフローの動向
主任研究員
‐グローバル規模で進む資金回収競争
藤原 裕之
調査研究部
03-5216-7314
hiroyuki.fujiwara@research-soken.or.jp
8 月の対米証券投資は、海外の対米証券投資、米国の対外証券投資ともに資金回収となり、金融危機が進展す
る中でグローバル規模の信用収縮が進んでいることを裏付ける内容となった。今後更なる信用収縮とドル危
機という事態を回避するには、グローバルマネーの主要な出し手である中国経済の減速が一定程度に止まる
こと、米国経済の調整(家計のバランスシート調整)がスムーズに進むこと、が重要と考えられる。
8 月の対米証券投資
7 月以降、金融危機が進展する中でリスクマネーが急速に収縮し、国際マネ
~海外資金・米国資金と
ーフローの舞台は、さながらグローバルな資金回収競争の様相となっている。
も 2 ヶ月連続で資金回収
先週発表された 8 月の対米証券投資(Treasury International Capital System)
に
によると、対米証券投資は差し引き(ネット)で 139 億ドルの流入超となっ
た。ネットの数値自体は米国への資金流入超を示しているものの、内訳をみ
ると、米国に対する海外の証券投資は 87 億ドルの流出超(資金回収)
、海外
に対する米国の証券投資は 227 億ドルの流入超(資金回収)と、海外投資家・
米国投資家ともに資金回収を行っている。7 月の数値も同様の傾向であり、グ
ローバル規模で信用収縮が進んでいることを裏付ける内容となった。
懸念が強まる米経常収
支赤字のファイナンス
サブプライムローン問題が顕在化する前の国際マネーフローは、中国・ア
ジア諸国など新興国が急成長する過程で生み出されたマネー(国内貯蓄)
、原
油価格の高騰を背景に拡大する中東地域のオイルマネー(主として英国を経
由)などが世界一の経常赤字国である米国へ還流し、さらに米国から高リタ
ーンが期待される新興国などに還流するという好循環が機能していた。今般
のサブプライム危機によってこうした好循環が断たれ、米国の多額の経常収
支赤字がファイナンス出来なくなるのではないか、という古くて新しい問題
への懸念が強まっている。
図表 1 対米証券投資の推移
億ドル
資金流入
2,000
米国資金
海外資金
ネット
1,500
1,000
500
0
海外資金 回収
米国資金 流出
海外資金 回収
米国資金 回収
-1,000
06年
1月
06年
6月
06年
11月
07年
4月
資金流出
-500
07年
9月
08年
2月
08年
7月
(出所)米財務省
(社)日本リサーチ総合研究所
1
金融経済レポート No.1
最初の異変は昨年の
今般の金融不安における対米証券投資の異変はまずサブプライムローン問
7-9 月期
題による金融不安が騒がれた 2007 年 7-9 月期に表れる。海外投資家による対
~異変は海外マネーに
米証券投資の流入額は、同年 4-6 月期の 3,916 億ドルから 7-9 月期では 417
止まる
億ドルと 90%近く急減し、米国の対外投資との差し引き(ネット)では 477
億ドルの流出超となった。もっとも、海外投資家の対米証券資金は急減した
ものの、この時期はまだ米国の対外証券投資に大きな変化はみられず、今回
のような海外資金と米国資金の両方が資金回収に向うという事態には至って
いない。
海外資金と米国資金
今回のような海外資金と米国資金の両方が資金回収となる現象は、ロシア
両方からの資金回収は
のルーブル切り下げ・LTCM 破綻に揺れた 98 年の 8 月、9 月まで遡る。もっと
98 年ロシア危機以来
も図表 2 に示すように、資金回収の規模は、海外投資家の対米証券投資、米
~規模は今回が上
国の対外証券投資のいずれも今年の 7、8 月のほうがより大きいことから、グ
ローバルマネーの収縮度は現在のほうがより深刻であると言える。
政府機関債から資金が
対米証券投資を証券形態別にみると、7、8 月は、株式、公社債とも資金流
流出、海外資金は米国債
出となっている。公社債に関しては、エージェンシー債(政府機関債)と社
へ流入
債が資金流出となる一方、米国債へは資金が流入する状況となっている。海
1
外の投資家は「質への逃避」の観点から米国債を購入していると解釈される 。
資金回収の流れは預金
市場にも
急速な資金回収の流れは、預金市場においても同様にみられる。図表 3 に
示すように、4-6 月期に米銀の預金は大幅に海外流出し、これに伴って米銀の
対外貸付も大幅な回収となった。9 月以降、欧米主要金融機関の銀行間取引金
利(ドル Libor)が急騰し、銀行間取引が機能不全に陥っているが、既に 4-6
月期から預金市場において資金回収が進んでいることを示している。
図表 2 98 年ロシア危機時との比較
億ドル
億ドル
米国資金
600
3,000
2,000
対外貸付 回収
対外債務 返済
米銀による対外貸付
米銀の対外債務
資金流入
資金流 入
800
図表 3 米銀の対外資金のフロー
海外資金
1,000
400
569
200
0
152
0
-1,000
-155
98年8~9月
(出所)米財務省
08年7~8月
資金流出
-400
資金 流出
-344
-200
-2,000
-3,000
2004:I
2005:I
2006:I
2007:I
2008:I
(出所)米商務省
1
金融混乱時では「質への逃避」から米国債が買われるのが通常であるが、9 月以降、米国の長期金利は乱高下をみせ
ている。これは「質への逃避」が「流動性への逃避」まで進行し、
「米国債よりも現金」という流れに向かう現象との見
方もできる。
(社)日本リサーチ総合研究所
2
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中東マネー、アジアマネ
次に対米証券投資の動きを国別に見ると、主として、英国とアジア諸国が
米経常赤字のファイナンスを担っていることがわかる(図表 4)。よく言われ
ーに変調
るように、英国に関しては、原油高騰を背景とした中東諸国からのオイルマ
ネーが英国を経由して米国に流れ込んでいるものとみられる。一方、アジア
からのマネーフローは中国をはじめ、主として介入によって購入したドルの
運用と見られる。
マネーフローが急激に収縮する 7、8 月は殆どすべての国の対米証券投資が
急減している。5 月には 675 億ドルあった英国からのマネーフローは、7 月、
8 月には 103 億ドル、214 億ドルに急減している。英国銀行への中東諸国の
預金残高が 4-6 月期に大きく減少しており(図表 10)
、こうした中東マネーの
収縮も少なからず影響していることが窺える。アジアからのマネーフローも
また大幅な減少を示しており、直近のピークで 459 億ドル(4 月)あった流
入額が 8 月ではわずか 55 億ドルとなっている。
米国資金の引き揚げは
ユーロ圏で顕著に
米国からのマネーフローを国別にみると、ユーロ圏からの資金引き揚げ傾
向が目立つ。7、8 月のドルの対ユーロレートは堅調に推移していたことから、
欧州の投資家による米国からの資金引き揚げより、信用収縮がより激化して
いる米国の投資家及び金融機関による海外からの資金引き揚げの勢いが勝っ
ていたものとみられる。
以上の状態を、下記の経常赤字に関する簡単な恒等式で示すと、海外から
の資金流入(①)が急減する中、米経常赤字(③)をファイナンスするため
に、米国は対外投資(②)を売却・回収せざるを得ない状態にある、と意味
付けられる。
①対米投資-②米国の対外投資 = ③米経常赤字
図表 4 国別にみた対米証券投資の推移
・・・(1)
図表 5 国別にみた米国の対外証券投資の推移
億ドル
億ドル
UK
ユーロ圏
日本
アジア
カリブ
合計
800
600
400
3,000
UK
日本
カリブ
資 金 流入
4,000
資 金 流入
5,000
ユーロ圏
アジア
合計
200
0
2,000
-200
1,000
-400
-600
0
-2,000
2003Ⅰ
2003Ⅳ
2004Ⅲ
2005Ⅱ 2006Ⅰ
(出所)米財務省
(社)日本リサーチ総合研究所
2006Ⅳ
2007Ⅲ
2008Ⅱ
-800
資 金 流出
資 金 流出
-1,000
-1,000
-1,200
2003Ⅰ
2003Ⅳ
2004Ⅲ
2005Ⅱ
2006Ⅰ
2006Ⅳ
2007Ⅲ
(出所)米財務省
3
2008Ⅱ
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今後の展望
今後を展望した場合、グローバルマネーの出し手は巨額の経常黒字を持つ
~依然として中国と中
中国や中東諸国等に依然頼らざるを得ないとみられる(図表 6)。もっとも、
東マネーが頼り
これまで2ケタ成長を続けてきた中国の 7-9 月期のGDP成長率は 9.0%に
減速するなど、中国経済の先行き不透明感が強まっている。
ドルの行方
前述のように、米国は対米投資の減少を受け、対外投資を売却することに
~鍵を握る中国経済と
よって経常赤字をファイナンスしている状態にある。こうした現状から、最
米家計のバランスシー
近では米ドルに関する悲観的な論調も目立つようになった。この点について、
ト調整
先の定義式(1)を簡略化した図表 7 によっていくつかのシナリオを検証し
てみる。同図のラインは、経常赤字を所与とした場合の対米投資と米国の対
外投資の関係を示している。経常赤字が大きいほど(ラインは下側にシフト)、
対米投資が減少した場合により多くの対外資金回収をしなければいけないこ
とを表している。対米投資と米国の対外投資が共に拡大していた状態が図の
A点であり、資金回収競争が起きている現在の状態がB点と解釈できる。
今後を見通す上で、①米国に対する海外資金がどう推移するか、②米家計
のバランスシート調整が進むことによって経常赤字は改善するか、という点
が重要と考えられる。ワーストシナリオとして、今後金融不安が一層強まり、
現在の B 点から対米証券投資が更に減少、中国を始めとする世界経済の落ち
込みも大きく(対中輸出が減少)、米消費支出の減速が経常赤字削減に結びつ
かなくなると、ドル不安が一層強まることになる(D 点)
。一方、ソフトラン
ディングシナリオとしては、金融不安が徐々に収束するにつれて対米投資も
回収から流入に戻り、さらに中国経済の減速も一定程度に止まれば、米経常
赤字も縮小に向うというシナリオである(①→②のラインへシフト)
。このと
き均衡点は C 点となり、ドルに対する懸念も鎮静化するとみられる。
ソフトランディングに向かうための条件としては、グローバルマネーの主
要な出し手である中国経済の減速が一定程度に止まること、米家計部門のバ
ランスシート調整がスムーズに進むことが重要になると考えられる。
図表 6 国別にみる対米投資金額と経常収支の関係
図表 7 米経常赤字ファイナンスのシナリオと経路
(流出)
対米投資金額(10億ドル)
英国
700
②
経常赤字縮小
米国の
対外投資
丸の大きさは経常黒字
の規模を示す
(英国は経常赤字)
①
ソフトラン
ディング
500
A
これまでのフロー
C
(流出=回収)
ユーロ圏
(流入)
中国
対米投資
300
日本
中東
B
100
D
-10
-5
(出所) IMF、米商務省
-100
0
5
10
15
経常収支 対GDP比(%)
(社)日本リサーチ総合研究所
現在
20
ドル不安
(流入=回収)
4
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(参考図)
図表 8 証券形態別にみた対米投資金額の推移
図表 9 証券形態別にみた米国の対外証券投資の推移
億ドル
億ドル
1,500
資金流入(
回収)
資金流入
2,000
400
株式
公社債
合計
300
200
100
1,000
0
500
-100
-200
0
-300
株式
社債
政府機関債
米国債
合計
06年
1月
06年
6月
06年
11月
07年
4月
07年
9月
08年
2月
08年
7月
資金流出
-1,000
-400
資金流出
-500
-500
-600
06年
1月
06年
6月
06年
11月
07年
4月
07年
9月
08年
2月
(出所)米財務省
(出所)米財務省
図表 10 英国銀行への中東諸国の預金
億ドル
2,500
2,000
サウジ以外
サウジアラビア
1,500
1,000
500
0
99年
3月
00年
9月
02年
3月
03年
9月
05年
3月
06年
9月
08年
3月
(出所)BOE
(社)日本リサーチ総合研究所
5
08年
7月