2009 年 6 月 30 日 立命館大学法科大学院 情報法(第 11 回) デジタル・コンテンツに関する情報の独占と自由利用 弁護士・弁理士 近 藤 剛 史 tsuyoshi@kondolaw.jp Ⅰ.情報の独占的利用と公開・自由利用 ハッカー (hacker) とは、コンピュータや電気回路一般について常人より深い技術的 知識を持ち、その知識を利用して技術的な課題に対して最小限の手間で最大の効果を生 み出す人々のこと。 黎明期のインターネットなど昔のネットワークでは、あえてセキュリティーを突破し、 侵入した証拠を残すなどの方法で相手にセキュリティーホールを知らせるなど、互助精 神的文化が存在していた。しかし、情報化社会の急速な進展に従って、悪意のためにそ れらの行為を行う者が増え、社会的に問題とされるようになった。 cf.鼠小僧とは、汚い大金持ちの所にしか泥棒に入らず、盗んだお金を平民にあげる救 世主的大泥棒 Copyleft Copyright 情報の公開・自由利用 情報の独占 ソフトウェアの自由 著作権(独占的権利) Ⅱ.ソフトウェア(情報)に関する公開・自由利用 1 オープンソースソフトウェア(Open Source Software)とは 1)概念 ソースコードについて無償で公開し、誰でもそのソフトウェアの改良、再配布が行 なえるようにしているソフトウェアのことをいう。 2)OSI(Open Source Initiative)が定める定義(10 条件) ① 自由な再配布ができること 他のソフトウェアと一緒に販売したり、無償で提供したりすることを制限して はいけない。ソフトウェアの販売に関して、ライセンスの中で使用料、または 1 その他の報酬を要求してはならない。 ② ソースコードを入手できること オープンソースソフトウェアを配布する場合には、必ず、ソースコードを含ま なければならない。コンパイル後のバイナリコードの形式だけではなく、ソー スコードでの配布も許可されていなければならない。情報家電や携帯電話のよ うにソースコードと共に配布できない製品形態の場合には、別の方法でのソー スコードの開示が求められる。 ③ 派生(二次的)ソフトウェアを作成し、それを同じライセンスで頒布できるこ と ソフトウェアの自由な改変を許諾しなければならない。改変して作られた派生 ソフトウェアに対しても元のソフトウェアと同じ条件での配布を許諾しなけれ ばならない。 ④ パッチ・ファイルの頒布を認める場合には、完全性の保持を要求できること 「ソースコード+パッチファイル」という形態の配布を認める場合は、オリジ ナルのソースコードを、配布されているバージョンのソフトウェアと切り離し て配布する形態をとることを指定できる。派生著作物に、元のソフトウェアと は異なる名前やバージョン番号を付けるように要求できる。 ⑤ 特定の個人やグループに対して差別しないこと 外為法によってソフトウェアの輸出制限がかけられている場合があるが、ライ センスでは、そのような制限をかけてはならない。 ⑥ 利用する分野に対して差別しないこと オープンソースが商業的に利用されることを妨げてはならない。特定の学術・ 商業分野での使用を制限してはいけない。 ⑦ 再頒布において追加ライセンスへの同意を必要としないこと 再配布されたすべての人に対し、そのまま適用されなければならず、追加条項 を加えて、制限を追加してはならない。 ⑧ 特定の製品に依存しないこと 特定のソフトウェア配布物(ディストリビューション)においてのみオープン ソースとなるような制約をかけることはできない。 ⑨ 一緒に頒布される他のソフトウェアを制限しないこと 同じ媒体で配布される他のソフトウェアに関して、いかなる条件も課すること はできない。 ⑩ 特定の技術やインターフェースの様式に依存しないこと 特定のライセンス技術に固執することなく、技術的に中立なライセンスをしな ければならない。 3)PDS、フリーソフトウェアとの関係 2 もともと「オープンソース」という言葉は、1998 年 Netscape(Mozilla)のソースコ ードを公開した際、PDS やフリーソフトウェアとは異なるものであることを明らか にするため用いられた。 無方式主義 1 創 作 著作権の成立 著作権の放棄? Public Domain Software ・PDS(Public Domain Software)とは 製作者が著作権を放棄したソフトウェアのことで、利用者が自由に修正や第三 者に対する再配布などを行なうことができる。ただ、日本の著作権法においては 著作権を放棄できないため、厳密な意味での PDS は日本には存在しない。 ・フリーソフトウェアとは 製作者がソフトウェアに関する権利(著作権)を保持したまま、修正や再配布 などの自由を利用者に 事実上、認めているもの。 ・OSS の場合、著作権の放棄がなされているわけではなく、各 OSS にはそれぞれ のライセンス(license)があり、その規定する範囲内での自由な利用が認められて いるに過ぎない。 現在、Linux をはじめ、全 OSS の約 70%が GPLv2(1991 年策定)を採用。 下記3類型の主な相違点は、以下の通り。 類 2 型 改変部分のソースコード 他のソースコードと組み合わせた場 の公開の要否 合、そのソースコードの公開の要否 GPL 類型 必要 必要 MPL 類型 必要 不要 BSDL 類型 不要 不要 オープンソースの法的課題 1)ライセンス(license)とは ライセンスとは、ソフトウェアを使用する権利のことをいい、ライセンス契約(使 著作権法 17 条 2 項「著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要 しない。」 cf.特許法 36 条(特許出願) 1 3 用許諾契約と呼ばれることも多い)とは、ライセンサー(ベンダー) がライセン シー(ユーザー)に対して、情報財を一定範囲で使用収益させることを約し、ライ センシーがこれに同意することによって成立する契約 2 のことをいう。 使用許諾 ライセンサー ライセンシー そこで、OSSにおいては、ライセンス契約(使用許諾契約)が成立していると 考えるべきなのか、あるいは、著作権者による単なる宣言に過ぎないのかが問題と なる。この点、当事者間に意思の合致が存するかどうかによって結論が異なると考 えられるが、著作権者による宣言であるとした場合でも、これに反する権利行使は、 権利濫用あるいは禁反言により許されないと解される。 3 2)契約成立の有効性 上記ライセンスが契約により行われているものとして、次に、著作権者と利用者 とが明示的に合意を行うということがないため、いわゆるシュリンクラップ契約や クリックオン契約と類似する問題が生ずる。 著作権者 明確な意思表示の合致が認められるか? 販売店 利用者 「契約画面上でライセンス契約の内容が明示され、当該ライセンス契約の内容に同 意した上で購入ボタンをクリックした場合は、原則として、購入ボタンをクリック したという情報が相手方のサーバーに記録された時点でライセンス契約を含めた 契約全体が成立する」 「しかし、例えば、オンライン契約画面からリンクでライセンス契約画面に移行す るような場合においてリンクが発見しづらく、かつ購入ボタンのクリックに際して 「電子商取引及び情報財取引等に関する準則と解説」 (平成 19 年 3 月 30 日新訂) (別冊 NBL(No.118) 131 頁) 3 「オープンソース・ソフトウェアの現状と今後の課題について」 〈GPLに関する法的問 題の整理〉(SOFTIC研究会報告書 2004 年 10 月) 2 4 ライセンス契約についての同意が必要とされない場合等は、購入ボタンがクリック されていたとしても、ライセンス契約が成立しておらず、 」4 また、いわゆるワンクリック請求のようなケースも、契約は成立していないと考 えられる(東京地裁平成 18 年 1 月 30 日判決、判時 1939 号 52 頁)。 3)著作権法との関係(いわゆるオーバーライドの問題) 過大な義務を課すこと 契約合意 にならないか? 著 作 権 法 一般的には、強行法規性を持つ条文に反する条項は無効となり法的拘束力は持た ないと言える。ただ、当該条項が強行法規と言えるかどうかについては、それぞれ の条文の解釈に委ねられており、必ずしも明らかではない。 4)準拠法の問題 どこの国の法律が適用されるのか?いわゆる準拠法選択の問題が、管轄の問題と ともに本案前の問題として生じうる。 5 (A 国) OSS (日 OSS 本) 派生 (日 再配布 OSS 本) 派生 Cf. 欧州委員会レポート「POOLING OPENSOURCE SOFTWARE」 契約に明記されていない場合には、一定の条件のもとにユーザー 国の法律が準拠法になるとする。 5)明確性の問題 例えば、GPLの場合、その対象範囲はどこまでか?GPL が規定する「派生物 (derivative work)」の範囲が不明確であり、各国における著作権法上の派生物や二 次的著作物の概念よりも広いと考えられていることから疑義が生じている。 6) 日本の著作権法との関係 4 5 上記「電子商取引及び情報財取引等に関する準則と解説」 (142 頁) 法の適用に関する通則法(2006 年全面改正、旧「法例」) 5 諸外国の著作権法上規定されていない「公衆送信権」や「著作者人格権」に関す る取り扱いが問題となる。 7)特許問題 当該ソフトウェアが、他人の特許権を侵害している可能性がある。 GPL 3 1)GNU GPL の概要 GNU プロジェクトが策定したライセンスは、次の通り。 ① GNU General Public License(GPL) 「一般公衆利用許諾契約」 ② GNU Lesser General Public License(LGPL) 「劣等一般利用許諾契約」 ③ GNU Free Documentation License(FDL) 「自由公開文書利用許諾」 単に、GPL という場合には、この GNU GPL を指す場合が多い。 2)GPL の特徴 ① 著作権者は、自己のソフトウェアに対する著作権を主張しつつ、GPL の定める 条件の下で当該ソフトウェアを複製・頒布・改変する権利をユーザーに与える。 ② 複製物または改変物の再頒布にも同一の条件を付す。 ③ ソースコードを付すか、あるいは求めに応じて開示する。 ④ 無保証 3)GPL v3の策定 6 [コピーレフト陣営] [プロパテント陣営] Copyleft 著作権 1991 年 GPL v2 Copyright 黙示的許諾(implied license) ① デジタル権利管理 (Digital Rights (Restrictions) Management) Sharedsource Sharedsource③③ 特許法 GPL v3 ソフトウェア特許 特許報復(patent retaliation) ④ 6 ② 2007 年 3 月 28 日 (Discussion Draft 3 of Version 3) http://gplv3.fsf.org/gpl-draft-2007-03-28.html 6 ① ”Proprietary Software” ソフトウェアの利用や再配布、改変が禁止されているか、 許可を得ることが必要とされているか、あるいは厳しい制限が課せられていて自由 にそうすることが事実上できなくなっているもの。 ② ”essential patent claims” 既に取得しているか取得する予定であり、著作物を作 成、利用、販売することによって侵害される可能性がある、当事者が行使する許可 を与えうるすべてのパテントクレーム。 ③ “Sharedsource Initiative” 2001 年 5 月、Microsoft 社が顧客企業や研究者に対し、 ウィンドウズのソースコード開示のためのフレームワークを策定。 ④「自分が(再)頒布した GPL v3 の適用されたソフトウェアに含まれる自分の特許 に関して、下流のユーザーを訴えてはいけない。」(第 11 項) 4)概念の整理 ・ 「派生的著作物」(derivative work)、 「含む」(containing) → 「『プログラム』を 基にした著作物」(work based on the Program) ・ 「頒布」(distribute) → 「伝播」(propagate) ・・・複製、頒布(改変の有無を 問わない)、公衆への利用化が含まれ、またいくつか の国々では他の活動も含まれる可能性がある。 GPL を利用してシステム開発する際の法的留意点 4 1)GPL の遵守 著作物の利用につき、ライセンスが存在することが抗弁(正当化事由)となるため、 ライセンス契約の成立を主張することとなるため、その遵守が必要。 「本許諾書を受諾しないのであれば著作権侵害である」 7 原告(著作権者) 複製権侵害 被告(利用者) ライセンスの存在 被告側に立証責任が存する 2)著作権表示 GPLでは、すべてのソフトウェアにおいて、適切な著作権表示を載せることを要求 している。 8 3)GPL の撤回不可 一旦 GPL によって公開した場合、後日、特定の者に対して排他的利用を行わせる (ライセンス契約を結ぶ)ということはできない。 7 8 “only the original English text of the GNU GPL” legally state 氏名表示権(著作権法 19 条) 7 4)モジュール追加の場合 GPL では、結合されたプログラムの全体は、GPL のもとで公開されなければなら ないとされているので、新しく作成されたモジュールについても、GPL が適用され る。 5)不正コード混入 Apache Software Foundationの公開サーバーが不正アクセスされた事例 9 トロイの木馬などを埋め込まれる可能性があり、ハードウェアが組み込まれたソフ トウェアの場合には、製造物責任が発生する可能性もある。 6)著作権侵害コードの混入 2003 年 3 月、米国SCO社がIBM社に対して、SCO社のUNIX技術がIBMによ ってLinuxへと不正流用されたとして訴えた事件。 10 7)GPL 違反の場合 ・License-violation@gnu.org へ通報され、ソース公開の強制がなされる場合がある。 cf.独フランクフルト地裁判決(LG Frankfurt Urt.vom 6.9.2006) 11 D-LINK 社が自社製品に Linux カーネルなどの GPL ソフトウェアを使っていな がら、ライセンス規約を添付せず、全ソースコードの同梱もソースコードの入手方 法に関する書面の提示を行っていなかった事例に関し、独裁判所は、GPL 違反を 認め、約 2,800 ユーロ(現在のレートで、50 万円強)の損害賠償を命じた。 8)特許権侵害の危険性 GPL ライセンスによるソフトウェアは、オープンソースすなわちソースコード を開示することを前提としているから、特許権者において、侵害ソフトウェアの内 容を調査することが通常のバイナリープログラムの場合と比較して容易である。 第三者からの特許権侵害の主張に対しては、GPL ライセンスを受けていること を抗弁とすることはできず、特許無効あるいは非侵害の主張を行う以外には防御方 法が存しない。 ライセンサー GPL ライセンス ライセンシー 故意、過失を問わない 立証が容易 第三者 (特許権者) http://www.apache.org/info/20010519-hack.html http://www.sco.com/scoip/lawsuits/ibm/index.html 11 http://opentechpress.jp/opensource/article.pl?sid=06/09/27/0034210 9 10 8 5 自社技術(製品)を GPL として用いる場合の法的留意点 1)ソースコードの開示義務 GPL の場合、頒布されたライブラリなどのプログラムとプロプライエタリ (Proprietary)なプログラムをリンクして1つのソフトウェアとして再頒布する場合 に、そのソフトウェア全体に GPL が適用されるため、プロプライエタリ・ソフトウ ェアのソースコードを開示する義務が生じてしまう。 Cf. LGPL(GNU Lesser General Public License)の場合、LGPL で頒布されている ライブラリに静的にリンクしたソフトウェアを再頒布する場合には、そのソース コードの開示が必要となるが、動的にリンクしたソフトウェアを再頒布する場合 には、そのソースコードを開示する必要はない。 2)内部的利用の後、事業売却(M&A)する場合 GPLプログラムを内部的に利用し、そのソフトウェアの改良点に企業秘密 12 を実装 していた場合、その後、事業売却(M&A)を行う場合には、バイナリだけの提供は認め られず、ソースコードも提供せざるを得ない。 A部門 B部門 マル秘 会社分割 B部門 マル秘 GPL プログラムの利用 3)秘密保持契約(NDA)による譲渡の可否 ソフトウェアの譲渡に関しては、GPL よりも厳しい制限をかけることはできず、 秘密保持契約(NDA)下における譲渡は認められていない。ただし、委託先がOK を出すまで公開しないというNDAの下で、開発、改変を行うことは問題がない。 4)自社が特許権を有している場合 GPL GPL GPL 特許 GPL は、ライセンシーは、第三者から特許実施料の支払を義務付けられた場合に も、当該実施料の支払をソフトウェアの再配布者に対して請求することができない旨 規定しており、自らの権利(特許権)についても実施料を請求できない。 12 不正競争防止法 2 条 6 項 9 Ⅲ.情報の独占的利用(知的財産権行使) 1 企業内違法複製(デッドコピー)に関する裁判例 1) 趣旨・目的 ソフトウェア開発には、多大なる時間と費用がかかるが、他方、そのコピーは極め て容易であり、多量に、かつ暗黙裏に行われることが多い。そこで、ソフトウェアメ ーカーとしては、投下資本の回収やフリーライドを許さないため、また、正規ユーザ ーとの公平感などにも配慮し、啓蒙活動や権利行使活動を行うことになる。 2) 概念図 メーカー(著作権者) ① ×同業者間の市場競合 水平的均衡? 卸売価格 侵害者 卸 ② ⅱ)標準小売価格 小売り 時間的? (希望小売価格、推定小売価格) 正規ユーザー 正常取引によるディスカウント ⅰ)実勢販売価格(市場価格) 3) LEC事件(東京地判平成 13 年 5 月 16 日、判時 1749 号 19 頁) イ) 事案の概要 ソフトウェアメーカー3社が、司法試験等の受験指導を行う会社に対し、企業内 でプログラムを違法にインストールして使用したことが著作権侵害に該当するとし て、プログラムの使用差止及び損害賠償を認めた事案(「Incongnito」を使用し、シ リアル番号検索機能を停止させていた事情もあり)。 ロ) 判示事項 「侵害行為によって得た被告の利益額は,別紙侵害品目録1ないし3記載のとおり, 無許諾複製したプログラムの数に正規品1個当たりの小売価格(価格は弁論の全趣旨 により認める。)を乗じた額であると解するのが相当である。」 「そして,原告らの受けた損害額は,被告の得た前記利益額と同額であると推定さ れるべきである。また,原告らの受けた損害額を許諾料相当額により算定すべきであ るとした場合も,許諾料相当額はこれと同額であると解するのが相当である。」 「本件プログラムの無許諾複製によって被告の得た利益額は,正規品小売価格相当 10 額により評価し尽くされ,これを超えると解するのは相当でなく,本件において,被 告が違法複製品を使用した回数や期間を考慮するのは相当でないというべきである。 したがって,原告らの受けた損害額は,正規品の小売価格相当額を超える額と推認す ることはできない。」 「本件のように,顧客が正規品に示された販売代金を支払い,正規品を購入するこ とによって,プログラムの正規複製品をインストールして複製した上,それを使用す ることができる地位を獲得する契約態様が採用されている場合においては,原告らの 受けた損害額は,著作権法114条1項又は2項により,正規品小売価格と同額と解 するのが最も妥当であることは前記のとおりである。」 4) ヘルプデスク事件(大阪地判平成 15 年 10 月 23 日) イ) 事案の概要 原告らが、パソコンスクールを経営する被告会社による複製権侵害があり、代表 者にもその職務を行うにつき悪意又は重過失があったとして、民法 709 条、商法 266 条の 3(会社法 429 条)に基づく損害賠償を請求した事案。 ロ) 判示事項 「原告らは、被告会社による本件プログラムの違法複製によって被った損害の賠償 として、著作権法114条2項に基づく請求をする。 著作権法114条2項は、著作権を侵害した者に対し、著作権者は「著作権の行 使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として」その賠 償を請求することができる旨定めているが、同項にいう「受けるべき金銭の額に相 当する額」は、侵害行為の対象となった著作物の性質、内容、価値、取引の実情の ほか、侵害行為の性質、内容、侵害行為によって侵害者が得た利益、当事者の関係 その他の訴訟当事者間の具体的な事情をも参酌して認定すべきものと解される。そ して、本件に現れたこれらの事情を勘案すると、本件においては、原告らが請求で きる「受けるべき金銭の額に相当する額」は、本件プログラムの正規品購入価格(標 準小売価格)と同額であると認めるのが相当である。 原告らは、原告らの「受けるべき金銭の額に相当する額」につき、①プログラム の違法複製による被害の甚大性、②被告会社の行為の高度の違法性、③正規品の事 前購入者との均衡、④社会的ルールの要請を根拠に、本件プログラムの正規品購入 価格(標準小売価格)の2倍を下らない旨を主張する。 しかし、不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的 に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てん して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。こ のことは、著作権侵害を理由として損害賠償を請求する場合であっても異ならず、 著作権法114条2項の規定に基づき、著作権者が著作権を侵害した者に対し、 「著 作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額とし 11 て」その賠償を請求することも、基本的に上記の不法行為による損害賠償制度の枠 内のものというべきである。 このような観点から原告らの主張を検討すると、まず、原告ら主張の①の点は、 別個の損害(プログラムの違法複製を防止するための費用の支出)を、争点1で認 定した損害の額の算定に含めようとするに等しく、相当ではない。②の点も、本件 のようなプログラムの違法複製の事案においては、違法性が高度であるからといっ て、そのことが直ちに損害の額に反映される性質のものではなく、少なくとも、当 該プログラムの正規品購入価格(標準小売価格)の2倍というような額の賠償を根 拠付けるものとはいえない。③の点も、市場における実勢販売価格より標準小売価 格が高額であるのが一般であるから(なお、不法行為に基づく損害賠償の場合は、 別途不法行為時からの遅延損害金も加算される。)、直ちに正規品の事前購入者との 均衡を失するものとはいえない。原告らの主張を、加害者に対する制裁や将来にお ける同様の行為の抑止(一般予防)を目的とするものと解しても、不法行為による 損害賠償の制度は、直接にそのようなことを目的とするものではない。④の点も、 プログラムの違法複製について、原告らの主張(プログラムの正規品購入価格より 高額の金銭を支払うべきものとすること)を根拠付けるような実定法上の特別規定 があるわけではないし、そのような内容の社会規範が確立していると認めるべき証 拠もない。原告らの主張はいずれも採用することができない。 一方、被告らは、原告らが「受けるべき金銭の額に相当する額」 (著作権法114 条2項)とは、卸売価格相当額である旨を主張するが、違法行為を行った被告らと の関係で、適法な取引関係を前提とした場合の価格を基準としなければならない根 拠を見い出すことはできない。この点に関する被告らの主張は採用することができ ない。 (著作権法114条 以上のとおり、原告らが「受けるべき金銭の額に相当する額」 2項)としては、本件プログラムの標準小売価格を基準として算定すべきである。 原告らは、予備的に、著作権法114条1項に基づく損害賠償額の算定も主張する が、その主張に係る具体的金額が標準小売価格にとどまり、同条2項による場合の 認定額を上回るものではないから、判断する必要をみない。」 2 著作権行使事件 1) ゲームの改変案件 「ときメモ」事件(2001 年 2 月 13 日最高裁判決、判時 1740 号 78 頁) Cf.同人ビデオ事件(1999 年 8 月 30 日、判時 1696 号 145 頁) 「デッドオアアライブ2」事件(2002 年 8 月 30 日東京地裁判決) 2) ネットワーク上の違法複製 「2ちゃんねる」対小学館事件(2005 年 3 月 3 日東京高裁) 12 「ファイルローグ」事件(2005 年 3 月 31 日東京高裁) 3) TV 映像の海外転送に関する裁判例 「録画ネット」事件(2005 年 11 月) 「選撮見録」事件(2007 年 6 月大阪高裁) 「まねきTV」事件(2008 年 12 月知財高裁) 「ロクラク」事件(2009 年 1 月知財高裁) テレビ局 視聴者、システム会社 デジタルコンテンツ (情報)のコントロール 情報の自由利用 私的使用(著 30 条) テレビ局やスポンサーは、数多くの人にTV番組を視聴してもらった 方がその利益に適うのではないか? YouTube(http://www.youtube.com/)でのTV番組公開は、どうか? Ⅳ.次回の課題 いわゆる「保証否認」のケース及び「二段の推定」について説明し、デジタル文書に おいては、電子署名及び認証業務に関する法律3条がどのように位置づけられるかにつ いて検討しなさい。 以 13 上
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