Signal-to-News アドバンストATR補正 IR/Raman Customer News Letter ピーク強度比と低波数側シフトを補正するプログラムが ライブラリサーチのヒット率を格段に向上させる サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社 IR/Raman 営業部 編集発行 : マーケティング部 M05002 はじめに Key Words y FT-IR PEMモジュール y ATR アクセサリ 偏光変調 y ATR 補正 有機薄膜 y ピークシフト その場測定 y ライブラリサーチ ATR (Attenuated Total Reflection) は、赤外分光法(FT-IR) において最も一般的なサンプリングテクニックである。今 日、多数のATRアクセサリが市場を賑わせていることが、そ の有用性を証明している。各種ATRアクセサリには、それ ぞれ得意なサンプルがあるが、たとえばダイヤモンドATR は、硬いサンプルや腐食性のあるサンプルに適している。 これに対し、ゲルマニウム(Ge)結晶を用いたATRは、屈折 率が高いサンプルや光吸収の強いサンプルに適してい る。ATRの中でも、特に1回反射型ATRの進歩により、FTIRでのサンプリングは、より簡便なものとなった。 しかし、ATRアクセサリを用いて測定した赤外スペクトル は、透過法によって測定されたスペクトルといくつかの違い がある。現実に透過スペクトルと比べ、ATRスペクトルには 「ピーク強度の相対的な変化」と「低波数側へのピークシフ ト」による線形の歪みがみられる。前者の強度変化につい ては広く理解されており、市販のソフトウエアで容易に補正 することができる。一方、数~数十cm-1にわたって起こる低 波数側へのピークシフトは、吸収強度の変化よりも、スペク トルの解析におよぼす影響が大きい。しかしながら、その 現象について未だ十分な説明がなされていないのが現状 である。ほとんどの市販スペクトルライブラリやピークテーブ ルは、透過スペクトルで構成されており、それらを用いて ATRスペクトルの解析を行っても、上記のような理由から、 スペクトルサーチのヒット率も低く、曖昧な解釈しかできな い。本文ではこれらの違いの理由を説明し、新しいアルゴリ ズムを採用したATRスペクトルの補正プログラムである、 「アドバンストATR補正」について述べる。 ATR法と透過法によるスペクトルの 比較 赤外分光法におけるサンプリング手法は、過去数十年間、 透過測定法が大多数を占めていた。シンプルな光学配置 で、スペクトルに人的な影響がでにくいためである。学術書 に記載されたピークテーブルは、透過測定によるものであ り、市販のスペクトルライブラリも、ほとんどが透過スペクトル で構成されている。分光器のバリデーションにおいても一般 に透過用サンプルを用いるが、これはよく知られている標準 サンプルの吸収バンドの位置が、透過法によって測定され たスペクトルを基準にしているからである。 図1 Smart Orbit ダイヤモンドATRアクセサリ ATRアクセサリの光学系は、透過法と大きく異なるため、 ATRスペクトルは透過スペクトルと比べて、何点かの重要な 違いがある。その違いの中には、ATR測定ならではのアド バンテージが生かされる場合もある。好ましい特徴として、 ATR法の表面選択性が挙げられる。つまりコーティング材 の特性評価や表面汚染部の分析などに、高い適性があると いえる。しかし、逆に好ましくない特徴もある。それは、各波 数におけるピーク強度の相対的な変化と、ピークの低波数 側へのシフトという大きな問題である。特にピークシフトは、 スペクトル解析時に大きな問題となる。たとえば透過法で定 められた分光器バリデーションでは、ピーク位置が一致しな いために適用できないことや、ATRスペクトルを市販のライ ブラリで検索しても不十分な結果となり、過った解釈を導く 恐れもある。 ATRスペクトルの縦軸と横軸の変化 ATRスペクトルにおけるピーク強度の相対的な変化は、よく 知られる現象である。透過法では、「厚み」 はサンプルの厚 さによって定義され、その一定の領域を通ったスペクトルが 得られるが、ATR法での厚み、すなわち「分析深さ」は、サ ンプルに滲み込んだ赤外光の距離によって定義され、次式 のように赤外光の波長による関数として与えられる。 dp = λ 2πn1 sin 2 θ − ( n1 / n2 ) 2 (1) アドバンストATR補正を適用するために入力するパラ メータは、以下の4つとなっている。 dp = 赤外光の滲み込み深さ λ = 波長 θ = 入射角 n1 = ATRクリスタルの屈折率 n2 = サンプルの屈折率 y FT-IR y PEMモジュール y 偏光変調 y 有機薄膜 y その場測定 ・ 滲み込み深さに依存したピーク強度の相対変化 ・ 屈折率の分散によって起こるピークの低波数シフト ・ 偏光特性によるBeerの法則からの偏差 ・ サンプルの屈折率 ・ ATRクリスタル(IRE)の屈折率 ・ 入射角 ・ 反射回数 もし n2/n1 が一定値、または測定波数範囲でほぼ一定の 値をとるならば、滲み込み深さは波長に対して連続的に 増加する。多くのFT-IRソフトウェアには、ピーク強度の相 対変化を単純に直線的な傾斜関数で補正し、スペクトル 強度比を透過スペクトルに近似させる補正プログラムが 搭載されている。しかしながら、実際は吸収強度の強い 波長帯の近傍でサンプルの屈折率が大きく変化するた め、dpの波数依存性は、(sin2 θ -(n2/n1)2)-1/2 の項に従い、 大きく変化する。 ATRスペクトルのもう一つの特徴である、ピークの低波数 側シフトを考えてみる。サンプルの膜厚が、滲み込み深 さを十分に上回っている場合、ATRスペクトルの吸収強 度は、次式で与えられる。 アドバンストATR補正の適用例 ー ポリカーボネート - アドバンストATR補正の効果を実証するため、実試料を 用いて実験を行った。屈折率の不規則な変化によって 引き起こされるピークの低波数側へのシフトは、ダイヤ モンド、ZnSe、KRS-5といった低い屈折率のクリスタルを 使用する場合にみられる。特に比較的屈折率の高いサ ンプルを測定した場合、ATRスペクトルの強い吸収バン ドに低波数シフトがはっきりとみられる。顕著な例として ポリカーボネート樹脂のダイヤモンドATRスペクトルを測 定した。 A = − log10 (ATR ) = (log10 e) 2 0 n2 E d p α (2) n1 cos θ 2 E0 = エバネッセント波の電場 α = サンプルの膜厚あたりの吸光係数 上式より、ATRスペクトル強度はサンプルの屈折率に依 存することが示される。さらに(1)式より、滲み込み深さ (dp )もサンプルの屈折率に依存していることが分かる。 つまり、ATRスペクトルのピーク位置はαではなく、n2 dp α によって決まることから、屈折率が不規則に変化すること により n2 dp α が常に吸収の低波数側へのシフトを引き起 こすことが分かる。このピークシフトは、強い吸収バンド に、より顕著に見られる。言い換えると、強い赤外吸収バ ンドの存在がサンプルの屈折率の変化を誘引し、その結 果ピーク位置の低波数側へのシフトを引き起こす。前述 のような、滲み込み深さのみの補正プログラムでは、吸収 強度の相対変化のみの補正しかできず、ピークの低波 数側へのシフトの補正が不可能であることが理解できる。 このようなピークシフトの問題を解決するため、Thermo Electronは、独自のアドバンストATR 補正プログラムを考 案した。OMNICソフトウエア(v6.2以降)に搭載された機 能で、 ATRスペクトル自身からサンプルの光学的特性を 見積もるだけでなく、同時に複数の歪みを補正すること ができる。 図2 に、透過法とATR法で測定したポリカーボネートの スペクトルと、補正後のスペクトルを示す。(1)式で導か れるピーク強度の相対的な歪みが、2段目のATRスペク トルにはっきりと表れている。加えて、指紋領域にあるエ ステルの強い吸収ピークが、低波数側にシフトしている のが分かる。 図3 に、より詳細に比較するために領域拡大したものを 示す。ポリカーボネートの透過スペクトルは1232cm-1 、 1194cm-1 、1164cm-1 に強い吸収が見られるが、ダイヤモ ン ド ATR ス ペ ク ト ル で は 、 そ れ ぞ れ - 14.1cm-1 、 -7.7cm-1 、-5.8cm-1 ずつ、低波数側にシフトしている 様子が観察される。図2からも分かるように1300cm-1 ~ 1100cm-1 の範囲の吸収ピークは、透過スペクトルと大き く形状が異なっており、しかも従来のATR補正では、 ピークの低波数シフトは改善できていない。これに対 し、下段のアドバンストATR補正によるスペクトルは、図 2、図3に示すようにピーク位置、相対強度比が、全スペ クトル領域に渡って補正され、透過スペクトルにきわめ て近似していることが分かる。アドバンストATR補正の結 果、指紋領域での透過スペクトルに対する相対ピークシ フトは、それぞれ-1.1cm-1、+0.3cm-1、-0.1m-1 に減少 した。 Signal-to-News 1.5 Polycarbonate, Thin Film, Transmission Abs 1.0 0.5 0.0 Polycarbonate Pellet, by ATR Log(1/R) 0.6 0.4 0.2 0.0 Polycarbonate Pellet, by ATR with ATR Correction Abs 0.6 0.4 0.2 0.0 Polycarbonate Pellet, by ATR with Advanced ATR Correction Abs 0.4 0.3 0.2 0.1 0.0 3500 3000 図2 2500 2000 Wavenumbers (cm-1) 1500 1000 ポリカーボネートのFT-IRスペクトル 上段 : 透過測定 2段目 : ATR 測定 3段目 : ATR 補正後 下段 : アドバンストATR 補正後 1.0 Advanced ATR Corr. Transmission Absorbance 0.8 0.6 0.4 ATR Corr. 0.2 ATR 1400 1350 1300 図3 1250 1200 1150 Wavenumbers (cm-1) 1100 ポリカーボネートのFT-IRスペクトル 指紋領域の拡大 1050 Signal-to-News Abs Abs 0.5 Polycarbonate Pellet, by ATR with Adv ATR Corr 0.4 0.3 0.2 0.1 0.0 POLYCARBONATE #1 0.8 ヒット率:97.76 0.6 0.4 0.2 M05002 サーモフィッシャー サイエンティフィック株式会社 1.0 POLYCARBONATE #3 0.8 ヒット率:97.62 0.6 0.4 0.2 Abs スペクトロスコピー営業本部 IR/Raman 営業部 横浜本社 045-453-9210 1.0 POLYCARBONATE #1 0.8 ヒット率:97.49 0.6 0.4 0.2 Abs 大阪支店 06-6863-1552 4000 3500 図4 E-mail info-jp@thermo.com 3000 2500 2000 Wavenumbers (cm-1) 1 結果 ヒット率 2 結果 ヒット率 3 結果 ヒット率 1000 スペクトルサーチ結果 アドバンストATR補正後のポリカーボネートのATRスペクトル 表1 HIT# 1500 スペクトルサーチ結果の比較 透過法 ATR 法 ATR 補正 アドバンストATR 補正 Poly carbonate Poly carbonate Poly carbonate Poly carbonate 99.39 67.01 68.85 97.76 Poly carbonate Poly carbonate Poly carbonate Poly carbonate 97.94 67.01 68.85 97.62 Poly carbonate Poly carbonate Poly carbonate Poly carbonate 97.92 60.12 62.63 97.49 図4 と 表1 には、アドバンストATR補正後のスペクトルサー チ結果と比較の一覧を示す。表1の ”ATR補正” 欄は、従来 これに対して、アドバンストATR補正はどのようなATRアクセ サリにも対応しているため、市販のATRライブラリを使用す の補正アルゴリズムによる結果を示している。波数シフトが 補正されていないため、検索結果は予測どおり、ほとんど改 善されていない。“アドバンストATR補正” 欄の結果、すなわ るよりも、汎用的であるといえる。 ちピークの相対強度と波数シフトの両方を補正したスペクト ルによる検索結果は、透過スペクトルの結果と遜色ないもの となっている。 ATRスペクトルの検索におけるヒット率の低さをカバーする ために、市販のATRスペクトルライブラリを使うことも考えら れるが、ATR法による屈折率の分散はATRアクセサリそれ ぞれの光学系に独特のものであるため、ライブラリに収録さ れたATRスペクトルの測定時に使用された、同じアクセサリ を用いてなければ、効果的とはいえない。 www.thermofisher.co.jp (日本) まとめ www.thermo.com ATR法は、現在最も一般的なサンプリング手法であるが、ス ©2007 Thermo Fisher (グローバル) ペクトルに歪みを生じさせるため、透過スペクトルを比較し た際に大きな問題を引き起こす。アドバンストATR補正 プ ロ グラムは、ATRに固有の現象である「ピークの相対強度の 変化」、「ピークの低波数側へのシフト」を正確に補正する。 補正後のスペクトルは、透過法によるスペクトルとの比較が 容易で、市販のライブラリによるスペクトルサーチにおいて も、透過スペクトルと同様のヒット率が期待できる。 (AN50581) Scientific Inc. 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