カーネル密度推定法を用いたソマリア周辺海域における海賊活動の空間

カーネル密度推定法を用いたソマリア周辺海域における海賊活動の空間分析
永田康宏・渡部大輔・鳥海重喜
Spatial Analysis Using Kernel Density Estimation on Somali Pirates
Yasuhiro NAGATA, Daisuke WATANABE and Shigeki Toriumi
Abstract: In this paper, we visualize the hotspot areas of the pirates of Somalia. First, we develop
a spatial database of the pirates of Somalia from IMB (International Maritime Bureau) Live Piracy
Map. Then, we identify the hotspot areas of the pirates of Somalia by using kernel density
estimation.
Keywords: 海賊(piracy),国際海運(international shipping)
,カーネル密度推定法(kernel
density estimation)
1. はじめに
海に囲まれた我が国において,海上輸送は貿易
量の 99.7%(重量ベース)を担っており,我が国
に必要不可欠な交通インフラストラクチャーで
ある.そのため,船舶航行の安全確保は,日本の
経済社会及び国民生活にとって極めて重要であ
る.ところが,近年,日本関係船舶の主要航路の
一つであるソマリア周辺海域において商船を狙
った海賊が多発しており,海上における公共の安
全と秩序の維持に対して重大な脅威となってい
る.
図- 1
海賊発生件数
本研究では,ソマリア周辺海域で発生した海賊
のホットスポットを可視化することを目的とす
る.まず分析対象となるソマリア周辺海域で発生
2. 使用するデータと分析対象海域
海賊対策については,各国政府を始めとして,
した海賊事案の空間データベースを構築した上
国 際 連 合 , 国 際 海 事 機 関 ( IMO , International
で,海賊出没地点の地理的分布特性を把握するた
Maritime Organization ), 国 際 海 事 局 ( IMB ,
めにカーネル密度推定法を用いた空間補間を行
International Maritime Bureau)等,国際的に様々な
う.
機関が連携して海賊対策を行っている.IMB は,
国際商業会議所(ICC,International Chamber of
Commerce)の下部組織であり,国際貿易等に関
永田康宏 〒135-8533 東京都江東区越中島 2-1-6
東京海洋大学大学院 海洋科学技術研究科
E-mail: m125018@kaiyodai.ac.jp
ッファ操作に焦点を当て,空間オブジェクト
の位置
する取引慣習の統一化等を行う民間団体である.
特に,海賊など海事関係の犯罪に対する防止対策
等について,独自に情報を収集し,その分析等を
ASSOCIATES が開発した,空間的犯罪分析に特化し
通じて,広く海事関係者に助言を行っている.本
たソフトウェアである.
研究では,IMB の公表する海賊被害に関するデー
3.2
タを用いる.このデータには,海賊被害に遭った
の可視化
船舶の位置情報のほか,年月日,船種,罪種に関
する情報が格納されている.
カーネル密度推定法を用いた海賊多発海域
カーネル密度推定法とは,有限の標本点から全
体の分布を推定する手法の一つである.標本点ご
海賊による被害を防止または最小化するため
とにカーネルと呼ばれる関数を置き,全てのカー
にベストマネージメントプラクティス(BMP,
ネル関数の和として確率密度を定義する.カーネ
Best Management Practice)が,海運や海賊対策に
ル密度推定量は式(1)で定義され,K はカーネル関
関係する団体によりまとめられている(最新バー
数,h はバンド幅を表している.このとき,カー
ジョン BMP4:2011 年 8 月)
.BMP4 では,海賊
ネル関数は式(2)を満たす.
被害に遭う可能性が高い海域を「ハイリスクエリ
ア」と定め,ハイリスクエリア入域前に EU 軍ア
フ リ カ の 角 海 事 安 全 セ ン タ ー ( MSCHOA ,
1
𝑥−𝑋
𝑓̂(𝑥) = 𝑛ℎ𝑑 ∑𝑛𝑖=1 𝐾 { ℎ 𝑖 }
(1)
∫𝑅 𝐾(𝑥) 𝑑𝑥 = 1
(2)
𝑑
Maritime Security Center Horn of Africa)と英国海
軍 商 船 隊 司 令 部 ( UKMTO , United Kingdom
カーネル密度推定法を用いて空間補間を行う
Maritime Trade Operations)に報告することを推奨
場合,各標本点からの影響度の広がり方を定義す
している.本研究では,BMP4 の定めるハイリス
るカーネル関数と,カーネル関数の広がりの幅を
クエリアを分析対象海域とする.
定義するバンド幅の設定によって,異なる描写結
果となる.バンド幅が大きければ広域的な傾向を,
小さければ局所的な傾向を表すことが可能とな
る.そのため,計算過程では適当な結果とみなさ
れるまでバンド幅を繰り返し調整する必要があ
る.
本研究では,カーネル関数として正規分布関数
を用いた.バンド幅を 15 海里と設定して計算を
行い,得られたカーネル密度推定量を 10 段階に
区分して,密度の高いほど色が濃くなるように
図-2
分析対象海域
GIS で描写した.
図 3 は,2008 年から 2012 年までの海賊出没地
3. 空間分析
点に対して,年別にカーネル密度推定法による空
3.1 分析方法
間補間を行った結果である.2008 年にアデン湾で
海賊出没地点に対して,カーネル密度推定法を
集中した海賊は,2009 年にはソマリア東方沖へ拡
用いることで海賊出没のホットスポットを可視
がり,2010 年以降はケニア・タンザニア沖や西イ
化する.その際,空間データの分析には CrimeStat
ンド洋へも被害が拡大していることがわかる.
Ⅲ,空間データの加工・描写には ArcGIS 10.0 を
2012 年には大きく減少したが,2011 年まで高い
用いた.CrimeStat は,米国テキサス州に本拠を
水準であったことを踏まえると,引き続き予断を
おく公共政策に特化した調査会社 NED LEVINE &
許さない状況にあるといえる.
図-3.1
2008 年
図-3.4
図-3.2
2009 年
図-3.5 2012 年
3.3
2011 年
アデン湾における推奨航路と海賊出没地点
との位置関係
船舶交通が輻輳するアデン湾では,第 150 合同
任務部隊(CTF-150)によって 2008 年 8 月に海上
警備エリア(MSPA,Maritime Security Patrol Area)
が定められ,アデン湾を航行する場合に船舶は
MSPA 付近を通行することが推奨された.この推
奨航路は,翌年 2 月に位置変更と規模の拡大が行
われ(IRTC,Internationally Recommended Transit
Corridor),東航・西航に分離された.IRTC を航
行する船舶は,UKMTO による監視が行われ,海
図-3.3
2010 年
賊による攻撃を受けた際に,その付近を航行する
艦船などとの迅速な連絡が取れる体制となって
いる.更に,EU 軍は,船舶の効率的な保護のた
め,船舶の速度に応じた船団を組み IRTC を航行
すること(Group Transit)を推奨している.
図 4 は,2008 年から 2012 年までにアデン湾で
発生した海賊事案に対して,年別にカーネル密度
推定法による空間補間を行った結果である.推奨
回廊との位置関係を見ると,2008 年は MSPA 付
近,2009 年には IRTC 付近,2010 年以降はバベル・
図-4.4 2011 年
マンデブ海峡で海賊出没リスクが高いことがわ
かる.
図-4.5
図-4.1
2008 年
2012 年
4. おわりに
本研究では,ソマリア周辺海域で発生した海賊
事案を対象として,海賊出没地点の地理的分布特
性を把握するためにカーネル密度推定法を用い
た空間補間を行った.
参考文献
鳥海重喜・渡部大輔 (2010):国際海運における
海賊活動の地理的特性分析,地理情報システ
図-4.2
2009 年
ム学会研究発表大会講演論文集,19,CD-ROM.
永田康宏・渡部大輔・鳥海重喜 (2013):ソマリ
ア周辺海域における海賊活動の空間解析,日
本物流学会第 30 回全国大会予稿集.
下山田聡明 (2012):「ソマリア沖海賊問題」,
成山堂書店.
渡川真規・古莊雅生・若林伸和・小林英一
(2013):地理情報システムを用いた海賊事件
分析,日本航海学会論文集,128,55-63.
図-4.3
2010 年