最終夜 チェリー・ブロッサム - 港区コミュニティ情報ネット Kissポート

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HOME > 連載コラム > カクテルバー物語:最終夜 チェリー・ブロッサム
バーテンダーの仕事は、一生修練の毎日だと思います。知識や腕を磨くのはもちろんで
すが、お客様にどうやってお店で楽しんでいただくか、そしてお客様が望まれる味はどう
いうものかを、日々見極めなければいけません。「日々是修練」と思いながら、私は今日
もカウンターでお客様をお迎えしています。
「マルガリータ。私の好きな味にしてね!」
こちらの方は今日で2回目のお客様。私の好きな味と言われても少々困ります。確かジ
ンリッキーばかり飲まれていたような…。接点はライム。この味にかけてみましょう
か…。
「やあ竹さん、今日は『Let it be』からお願いするよ!」
赤坂さんとの付き合いは、もう10年になるでしょうか。彼は最近、自分のオリジナルレシ
ピをビートルズのナンバーで暗号にして、私に注文してきます。遊びを思いつく才能で、
彼の右に出るお客様はきっといないでしょう。
「かしこまりました」
「しかし暖かくなったね~。気がついたらもう桜が咲いているんだもんな。今年度は何か
楽しい仕事をしたいね~」
「楽しんで仕事をしていない赤坂さんなんて、ちょっと考えられませんけどね」
「ははは。どうだかね」
ここでは駄目社員ぶっている彼ですが、次長の肩書きを持ち、仕事に対してはかなり真
摯に取り組んでいるそうです。人は本当に見かけによりません。
今日は新しいチェリーブランデーとオレンジキュラソーを入れたので、この2つのお酒を
使ったカクテルを作ってみましょう。ついでだから赤坂さんにも一杯付き合ってもらいまし
ょうか。
「竹さん、誰か注文してたっけ?」
「いえ。ちょっと作ってみたくなったので」
「ふーん。新しいカクテル?」
「チェリー・
チェリー・ブロッサム」
ブロッサム」レシピ
チェリーブランデー:1/2
ブランデー:1/2
オレンジキュラソー:2dashes
グレナデンシロップ:2dashes
レモンジュース:2dashes
シェークしてカクテルグラスに注
ぐ
※dash(ダッシュ)=シロップ等少量の
使用をするものに用いる用語。1dash
で5、6滴(1ml)ぐらいの量になる。
※オレンジキュラソー=ビター・オレン
ジで作られたリキュール酒。
※グレナデンシロップ=ざくろの搾り
汁を使って香味をつけた赤色のシロ
ップ。
しばらく足が遠のいていた
り、転勤等でその地を離れた
ため、何年も顔を出していな
いお店はあるものです。でも
一度お話したお客様の顔や
名前を、バーテンダーは結構
覚えています。何かの機会に
「いえ、スタンダードなものですけどね」
そのとき、お店のドアが開き一組のカップルがカウンターに座りました。
「竹田さん、赤坂さん、お久しぶりです」
「港さんじゃないか!」
「赤坂さん、変わらないですね~」
5年、いや6年ぶりでしょうか…。
「港さん、お久しぶりですね」
「再び本社勤務になりましたので、妻と一緒にさっそくご挨拶に来ました」
「主人からお話だけは伺っています」
「え、いつ結婚したの?」
「去年の夏ですよ、赤坂さん。向こうで知り合いました」
「まずはこちらをお飲みください。それから積もる話をあれこれいたしましょう」
私はできたてのそのカクテルをグラスに注ぎ、さっそく二人の前に差し出しました。
「濃厚なダークレッド…。チェリー・ブロッサムですね、竹田さん」
「港さん、パリでも通われましたか?」
「ええ。いろいろ勉強してきました」
「チェリー・ブロッサム。まさに花見の季節にはぴったりのカクテルです。港さんの帰京
と、遅ればせながら、お二人のご結婚を最高の気持ちでお祝いしたいと思いまして」
「港さん、またよろしくな! 乾杯!」
「またお世話になります。乾杯!」
顔を出してください。店にいる
みんなで温かくお迎えします
から。
しばらく音信のなかったお客様が突然現れて、再びお店に顔を出されるようになる。お
客様に忘れられないようなお店を作るというのも、私の仕事のひとつなのです。
昨年の11月から連載を始めたカクテル講座は、この4月号でいよいよ最終回となりました。ストーリーの
半分はフィクションでしたが、残りの半分は実際にあったエピソードや、バーテンダーの視点からのメッセ
ージ等を紹介させてもらいました。不出来な話でしたが、これをきっかけに、カクテルに興味をお持ちい
ただけたら嬉しい限りです。半年の間おつきあいくださり、本当にありがとうございました。
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