●特集「わかりやすい人工心臓の要素技術」 人工心臓と二次電池 東海大学大学院理工学研究科 岡本 英治 Eiji OKAMOTO 1. る。 はじめに 電池のもつ単位体積あたりのエネルギーを体積エネル 1800 年にボルタによって発明された電池は,1885 年の ギー密度(単位:Wh/l),単位重量あたりのエネルギーを 屋井先蔵による世界初の乾電池の発明以来 1),様々な種類 重量エネルギー密度(単位:Wh/kg)と呼び,前者は電池 に分化・発展し,医療機器を含む多くのエレクトロニクス を装着する機器の小型化,後者は機器の軽量化とそれぞれ 製品の進化に貢献してきた。人工心臓の電池に関する研究 密接に関係する。 は,1980 年代の米国ペンシルバニア州立大学,北海道大学, 図 1 はパナソニックから発売されている各種二次電池の 東京理科大学,国立循環器病研究センターにおける完全植 データよりエネルギー密度を計算し,図示したものであ 込み型人工心臓システムの開発に始まり,今や体外設置空 る 2) 。1990 年代から使用が始まったニッケル水素電池 気駆動型補助人工心臓や連続流補助人工心臓の電源とし (Ni-MH 電池)とリチウムイオン電池(Li-ion 電池)は,電極 て,充電式電池(二次電池)は不可欠の要素技術となってい 材料の改良により継続的に電池の高エネルギー密度化が進 る。そこで本稿では,二次電池の工学的基礎と特性,さら んでいる。図 1 の 4 種類の二次電池の性能比較と特徴は文 に人工心臓における二次電池の使用について解説する。 献 3 をご参照いただきたい 3) 。ここでは人工心臓への応用 2. が期待される Ni-MH 電池と Li-ion 電池について解説する。 二次電池の工学的基礎 Ni-MH 電池と Li-ion 電池の充放電における電流,電圧,温 1) 二次電池の基礎 度の各特性曲線はスペースの関係で省略するが,文献 4,5 電池には,放電のみ可能で使い切りの一次電池と,充電 に詳しく記載されている 4),5) 。 により繰り返し使用できる二次電池がある。二次電池の性 能を決めるものは,電圧,電流,電池容量,サイクル特性, 放電特性,エネルギー密度である。電池容量は,満充電状 態 か ら 1 時 間 で 放 電 し き る 電 流 量 で 表 し,Ah あ る い は mAh という単位を用いる。また,この 1 時間で放電しきる 電流量を 1 C としている。電池容量 1,800 mAh の二次電池 の場合は 1 C = 1,800 mAh となり,900 mA の電流で充電す ることを 0.5 C 充電と呼ぶ。サイクル特性は二次電池の充 放電回数に対する電池容量の変化で,サイクル寿命は公称 容量の 50 ∼ 80%まで電池容量が低下する充放電回数であ ■著者連絡先 東海大学大学院理工学研究科 (〒 005-8601 北海道札幌市南区南沢5条 1-1-1) E-mail. okamoto@tspirit.tokai-u.jp 82 図 1 各種二次電池のエネルギー密度の比較 人工臓器 43 巻 1 号 2014 年 図 2 ニッケル水素電池の原理 2) ニッケル水素(Ni-MH)電池 Li-ion 電池と Ni-MH 電池を体温下に同じ条件で充放電し Ni-MH 電池は,ニッケルカドミウム電池の負極(カドミ た場合,Li-ion 電池は,Ni-MH 電池をしのぐ 2,000 回以上の ウム)を水素吸蔵合金に置き換えたもので,充電時には水 充放電が可能で,発熱も Ni-MH 電池より低く,非常に優れ 素イオンと自由電子が水素となり水素吸蔵合金に取り込ま た二次電池である 4) 。 れ,放電時には逆に水素吸蔵合金の水素が水素イオンと自 由電子になる(図 2)6) 。Ni-MH 電池の公称端子電圧は 1.2 V とニッケルカドミウム電池と同じため,ニッケルカドミ ウム電池に置き換えて使用可能である。 3. 二次電池使用の留意点 ここでは,Ni-MH 電池と Li-ion 電池に絞り,人工心臓や 医療機器に使用する際の留意点をまとめる。 Ni-MH 電池の急速充電には,充電末期における電池端子 通常の二次電池は周囲温度 25℃程度で最も性能を発揮 電圧のわずかな低下を検知し充電を停止する− ΔV 方式 するように設計されている。体外携帯用二次電池に Ni-MH (ニッケルカドミウム電池と充電器を共有可能)と,充電末 電池や Li-ion 電池を使用した場合,人工心臓装着患者が外 期に電池表面温度が急上昇するタイミングで充電を停止す 出した際,周囲温度の下降とともに放電電圧が低下する。 る ΔT/Δt 方式がある 5) 。筆者らの経験では,満充電時の そのため,患者安全管理のためには,周囲温度 25℃での使 電圧変化 ΔV は温度変化 ΔT より遅く発現し過充電となる 用と比較した実用放電時間が,0℃で 75%以下,− 10℃で ため,ΔT/Δt 方式の方が電池には好ましい。市販充電器 60%以下,− 20℃で 20%以下と想定する必要がある 2),7) 。 は低電流で長時間かけて充電しタイマーで停止させる方式 Li-ion 電池も Ni-MH 電池も 1 本では 1,000 ∼ 2,000 回程度 で,充電電流が小さいため過充電となっても影響は少ない。 の充放電が可能であるが,複数本を直列接続し使用すると 3) リチウムイオン(Li-ion)電池 サイクル回数は大幅に低下する。これは,直列接続した電 Li-ion 電池は公称端子電圧 3.6 V で,充放電の際,リチウ 池間の電池特性のばらつきにより,一部の電池に過大な負 ムがイオン Li +となり,正極と負極間を往復する電池であ 担がかかり破損するためである。そのため,筆者らは動物 6) 。 る(図 3) 負極は黒鉛などの炭素材料,正極はコバルト系, 実験用であるが,電池専用テスタを用いて電池内部イン ニッケル系,マンガン系のリチウム化合物である。正負極 ピーダンスを測定し,値の近い電池を組み合わせ人工心臓 ともその結晶構造は層状で,その層間に Li +を出し入れす 駆動 Li-ion 電池システムを製作している。 る。また,この層状構造の破壊が Li-ion 電池の性能劣化と 過充電になると Ni-MH 電池は酸素ガスが,Li-ion 電池は なる。Li-ion 電池の充電には定電流−定電圧充電方式を用 炭酸ガスが発生し電池内圧が上昇するため,正極端子には いる。詳しくは参考文献 5 をご覧いただきたい 5) ガス排出弁がある。電池端子は材料的に半田付けが困難で, 。 人工臓器 43 巻 1 号 2014 年 83 図 3 リチウムイオン電池の原理 医療現場での無理な電池加工は,接触不良や,ガス排出弁 路 に 接 続 し,個 別 に Li-ion 電 池 の 状 態 を 管 理 している。 の破壊と電池液漏れ・破裂など,事故につながるリスクが Li-ion 電池と電子回路系はセットであり,医療従事者が医 あり避けた方がよい。 療機器の Li-ion 電池を改良することは困難である。 Ni-MH 電池の充電電流は電池のエネルギー蓄積の他,ガ Li-ion 電池の寿命を長くするためには,Ni-MH 電池と同 ス発生などの副反応に使われる。充電電流が大きいほど, 様に浅い充放電の繰り返しが好ましい。特に電池容量 充電終期に正極からの酸素ガス発生に充電電流が使われ, 80%以上の充電と電池容量 40%以下の放電は,ともに電極 充電効率と充電容量が低下する 2) にダメージを引き起す 8) 。深い充放電を繰り返すと電池の 。従って,Ni-MH 電池は 1 C 以下の電流で充電することが望ましい。 繰り返し使用回数は低下する。人工心臓用 Li-ion 電池にお Ni-MH 電池は,過充電による電極ダメージを避けつつ浅 い充放電を繰り返すことでサイクル数を多くすることがで いて,電池がフレッシュな頃の駆動時間を長く確保するに は,電池電極のダメージを避けた使い方が推奨される。 きる。ハイブリット自動車に使用されている Ni-MH 電池 Li-ion 電池を用いた機器には電池残量表示がある。しか が非常に長寿命であるのもこのことによる。Ni-MH 電池 し,電池に残っている電気容量を直接測定する手段はなく, には,浅い充放電の繰り返しで放電電圧が低下するメモ 充電電流と放電電流の大きさから予測しているに過ぎな リー効果 6) を懸念する声もあるが,電池寿命の点で浅い充 い。電池駆動の人工心臓では,電池残量表示は目安でしか 放電が好ましい。 ないことを常に心がける必要がある。 Li-ion 電池は非常に優れた二次電池であるが,エネル ギー密度が高いため,ボーイング 787 発火事故のように発 4. 人工心臓と二次電池 9) 火事故も起きやすい。我々も短絡による Li-ion 電池の発火 人工心臓への二次電池の応用は,2000 年頃に,Ar row 社 を経験し,Li-ion 電池の取り扱いには細心の注意を払って の完全植込み型補助人工心臓 LionHear t ™の体外携帯用お いる。Li-ion 電池の発火は,電池内部で正極と負極を分離 よび体内植込み用の二次電池にニッケルカドミウム電池が するセパレータの破損による内部短絡と,それに伴う異常 使 用 さ れ,Abiomed 社 の 完 全 植 込 み 型 全 人 工 心 臓 加熱を引き金とする熱暴走である。この原因には,セパレー AbioCor ® の体外携帯用および体内植込み用二次電池に タへの異物の混入という製造工程での問題や,過充電や過 Li-ion 電池が使用された。体内植込み型補助人工心臓であ 大電流放電など取り扱い上での問題などがある。 る DuraHear t ®,EVAHEAR T ®,Hear tMate Ⅱ®,Jar vik 安全対策として,個々の Li-ion 電池には保護回路がセッ 2000 ® も体外携帯用電池に Li-ion 電池を使用している。こ トされ,さらに各 Li-ion 電池の正極と負極を充放電管理回 こでは EVAHEAR T ® の取り扱い説明書より電池システム 84 人工臓器 43 巻 1 号 2014 年 を概略する 10) 。EVAHEAR T ® のバッテリは公称電圧 14.6 表 1 民生用と人工心臓用の二次電池に対する要求事項 V,電池容量 5,200 mAh と記されている。これより,この 優先度 バッテリは,2,600 mAh の標準的民生用 Li-ion 電池(18650 高い タイプ)を 4 本直列接続したものを 2 並列(2 ユニット)とし ているのであろう。また,充電時間 3 時間,最大充電電流 3 A とあることより,充電は標準的な定電流−定電圧充電方 低い 式で,定電流充電時の充電電流は 1 C(2,600 mA),定電圧 民生用(小型電池) 1.安全性 2.エネルギー密度 3.急速充電 4.信頼性 5.長寿命 6.使用環境 人工心臓用 1.安全性 2.信頼性 3.長寿命 4.使用環境 5.エネルギー密度 6.急速充電 充電時の充電電圧は 4.2 V であろう。充放電回数 500 回と 記されているが,これは通常,電池メーカ出荷時の Li-ion 電池 1 本での繰り返し使用を補償する回数である。4 本直 5. おわりに 列接続している場合, 「3. 二次電池使用の留意点」で述べた 臨床の場から人工心臓用の優れた二次電池を要望する声 通り,充放電回数は接続した各 Li-ion 電池の電池特性を揃 を聞くが,①要求事項が異なり生命に係わる人工心臓用に える精度に依存し,補償される充放電回数はこの値より少 民生用二次電池を供給することは,メーカ側にリスクと社 なくなる。 会的責任が生じること,②人工心臓用 Li-ion 電池の必要数 人工心臓で使用されている二次電池は,携帯用の民生用 (推定全世界年間必要本数 50 万本)がビジネスとしては少 電池を流用したものである。表 1 に小型民生用二次電池と なすぎる,という課題がある。我々研究者は人工心臓関連 人工心臓用二次電池の要求事項の比較をまとめた。安全性 企業と協力し,今後も人工心臓用二次電池の問題に取り組 が第一であることは民生用二次電池も人工心臓用二次電池 んでいくが,医療従事者の方々は,電池の特性をよく理解 も変わらないが,民生用の場合,電池交換が容易で電池不 して,現状の二次電池を安全に使用し,患者の QOL(quality 調による緊急性が少ないため,信頼性の重要度は相対的に of life)の向上にご尽力をいただきたい。 低く,小型軽量で便利な電池が求められる。一方,人工心 臓の場合は,常に電池性能が発揮できる信頼性と長寿命が 求められ,民生用と人工心臓用では二次電池に対する要求 事項が根本的に異なる。 そこで,1991 年,電気学会に「生体内埋込み機器用電源 調査専門委員会」 (委員長:三田村好矩現北海道大学名誉 教授)が設置され,以降,産業界と人工心臓用電池につい て協議をしてきた。 この間の 2000 年頃,米国の Quallion 社は人工心臓用体内 植込み小型 Li-ion 電池の製造販売を開始した。この Li-ion 電 池 は,角 型 Li-ion 電 池( 縦 44 mm× 横 27 mm× 厚 み 9 mm,重さ 30 g)で電池容量 700 mAh である。同じ電池容 量をもつ Li-ion 電池より若干大きいが,安全性と信頼性で 非常に優れた Li-ion 電池であった。しかし,民生用に使用 されることはなく販売数が極めて限られたため,Quallion 社は同電池の製造販売から手を引いた。 2010 年に設置された,電気学会の「医用アクチュエー ション周辺技術の高度化に関する協同研究委員会」(委員 長:岡本英治東海大学教授)では,国内の全電池メーカに 対して電池専門コンサルタントを介して人工心臓用電池製 造に関する調査を行った。その結果,人工心臓を用途とす る Li-ion 電池の製作は可能であるが,通常の製造ラインを 転用して人工心臓用 Li-ion 電池を製造するため最低納品個 本稿の著者には規定された COI はない。 文 献 1) サンヨー電機:よくわかる電池(入門ビジュアルテクノロ ジー).日本実業出版社,東京,2006 2) Panasonic:二次電池データシート & 資料.Available from: http://panasonic.biz/energy/index.html 3) 北野進一郎:蓄電池の種類と特徴.Clin Eng 8: 742-8, 1997 4) Okamoto E, Watanabe K, Hashiba K, et al: Optimum selection of an implantable secondar y batter y for an artificial heart by examination of the cycle life test. ASAIO J 48: 495-502, 2002 5) トランジスタ技術編集部編:電池応用ハンドブック.CQ 出版,東京,2005 6) 細田 條:トコトンやさしい 2 次電池の本.日刊工業新聞 社,東京,2010 7) Maxell:角型リチウムイオン電池データシート.Available from: http://biz.maxell.com/ja/download/?dci = 6#catalog 8) Okamoto E, Nakamura M, Akasaka Y, et al: Analysis of heat generation of lithium ion rechargeable batteries used in implantable battery systems for driving undulation pump ventricular assist device. Artif Organs 31: 538-41, 2007 9) 岡本英治:医療分野における薄膜,小型電池技術と要求 特性.全固体二次電池の開発 ─高性能化と製造技術─, 金村聖志監,S&T 出版,東京,2007, 30-44 10) サンメディカル技術研究所:EVAHEAR T C02 シリーズ患 者用取り扱い説明書.Available from: http://square.umin. ac.jp/vasystem/evac02setumei.pdf 数が 2 億本程度必要ということであった。 人工臓器 43 巻 1 号 2014 年 85
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