間違っている「市民の定義」

間違っている「市民の定義」
自治基本条例は、多くの自治体で制定されるようになりました。しかし、残念ながら、
法的におかしな条文がいくつも散見されます。それは、法制執務(条例を作るときに必要
な法律上の知識、立法技術のこと。
)的におかしな条文があるということだけでなく、もっ
と重要な自治基本条例の本質そのものの間違いです。その象徴的なものが、
「市民の定義」
です。
各自治体における「市民」の定義
各自治体における市民の定義(範囲)を大きく分類すると次の三つの型になります。
Ⅰ型・・・・住民+通勤者+通学者+NPО+企業等
Ⅱ型・・・・住民+通勤者+通学者
Ⅲ型・・・・住民
これまで制定してきたほとんどの自治体は、Ⅰ型です。結論から言って、Ⅰ型、Ⅱ型と
もに間違った定義といわざるを得ません。正しい市民の定義は、Ⅲ型だけです。つまり、
市民=住民なのです。
Ⅰ型の定義について、ある自治体は、次のように説明しています。
「市民の範囲を広げて定義しているのは、自治の基本は住民が担うことは当然ですが、
住民以外の人や団体も、互いに協力しあうことが暮らしやすい地域社会をつくるためには、
必要不可欠であると考えるからです。
」(下線は筆者。)
下記に説明するとおり、自治基本条例は、
「暮らしやすい地域社会をつくるため」の条例
ではありません。それは、
「まちづくり」条例のことでしょう。
自治基本条例は、住民、首長、議会の三者に関する条例
この説明は、Ⅰ型、Ⅱ型の定義をしている他の自治体においてもほぼ同旨です。ここに、
自治基本条例とまちづくり条例との混乱があります
(
「読本−その 1」
;2008 年 12 月号参照)
。
自治基本条例は、まちづくり条例ではないのです。これは否ことをと思うかもしれません
が、自治基本条例とは、自治体を運営するための基本ルールを定め、主権者である住民が、
政治を信託する代理機構の首長、議会にそのルール守らせるという条例なのです。
従って、自治基本条例には、
「主権者」である住民と、
「代理機構」である首長、議会の
三者しか登場しないのです。
自治基本条例とは何か
自治基本条例に関して著名な辻山幸宣(財団法人地方自治総合研究所所長)氏の定義に
よれば、
「(市民が)自治体政府に対して信託している内容を明示したもの」、
「自治体の運
営全体に関して、その理念、原則、制度を定めるもの」としています。
もう少し分かりやすく言うならば、福士明札幌大学教授の「住民自治の視点から自治体
運営の理念・原則とそのための制度・仕組みをルール化した自治体の最高規範が自治基本
条例である。
」という定義が参考になるでしょう。
つまり、自治基本条例は、住民の「信託」に基づいて自治体の運営にあたる「代行機構」
、
すなわち、首長と議会が、自治基本条例に定められている「自治体運営の理念・原則、制
度・仕組み」に従って、自治体運営をするためのものです。
それ故に、前述のように、住民、首長、議会の三者しか登場しないのです。
「自治体の憲法」と呼ばれる理由
ここで、日本国憲法の構成を確認しておきましょう。その構成は、前文、天皇、戦争の
放棄、国民の権利(基本的人権等)、統治機構(国会、内閣、司法、財政、地方自治)、改正、
最高法規となっています。
このように、
「憲法」には、国の将来の具体的な姿などは書かれていません。書かれてい
る中心は、国民の権利(基本的人権など)と統治のしくみと運営なのです。つまり、憲法
は、国(政府)に対して、国民の権利を守り、憲法に定めた統治のしくみと運営にしたが
って国政をつかさどるよう「命令」しているわけです。これが憲法の本質なのです。
従って、自治基本条例も、住民の権利と統治のしくみと運営(自治体の運営)を中心に
書くということになるわけです。そして、憲法同様、地方政府(自治体)に対して、住民
の権利を守り、自治基本条例に定めた統治のしくみと運営にしたがって政治をつかさどる
よう「命令」するというわけなのです。だからこそ、その条例の本質が「憲法」と同様の
ものであるために、
「自治体の憲法」と呼ばれるのです。最高法規を定めるからではないの
です。
「市民」に住民以外を含めるための「間違い」
前述のⅠ型、Ⅱ型の定義を採用し、住民以外のものを「市民」に含めると、条例の法的
整合性が保てません。
例えば、
「市民」は主権者であると条文に定めると、通勤、通学者、NPO、企業等は、主
権者であることになります。それは明らかに間違っています。主権者とは、政治の最終決
定をする権限を持っている「人」のことです。国では、国民のことを言います。そして、
自治体では、住民のことを言います。
また、
「市民」は自治の主体であるとすると、となり町から通勤・通学してくる人たちも
自治の主体となります。しかし、ここで言う自治とは、とりもなおさず「住民自治」のこ
とであり、その主体は住民以外にはありません。
驚くことに、このような法的に間違っている条例が、現実に制定されているのです。
自治基本条例の本質
「国政は、国民の厳粛な信託による」ものと憲法前文に書かれているように、
「まちの憲
法」と呼ばれる自治基本条例においても、市政(町政)は「住民の厳粛な信託による」も
のという法的論理構成は、同じです。
従って、住民は、自治体政府(首長、議会)に政治を信託するわけです。しかし、その
信託は、政治の「丸投げ」をするのではありません。主権者である住民の意思によって定
められたルール、すなわち、
「住民の権利と統治のしくみと運営(自治体の運営)
」に従っ
て、政治をするように「命令」しているわけです。
このように条例の本質を考えるとき、自治基本条例が、主権、民主主義、住民自治とい
う極めて政治の根幹(中核)の部分を定める条例であることが理解できると思います。
自治基本条例は、誰と誰の関係の条例かというとことに着目すれば、前述のとおり、住
民と自治体政府との信託関係を明らかにしたものであることは明白なことです。そこには、
自治体政府に「信託」する権限を持っていない、通勤・通学者、NPO、企業等は、そもそ
も入る余地はないのです。
自治体総合政策研究所 石井 秀一