経済数学入門—論理その1—

経済数学入門—論理その 1—
丹野忠晋∗
2001 年 5 月 17 日 (5)
1
はじめに
前回の最後には素朴に集合を用いるとパラドックスが生じることを示し
ました.現代数学ではラッセルのパラドックスを避けるために数学自体の
基礎にある論理を厳密に定義しています.講義ではそこまで説明はしませ
んが,普通の数学で用いられる数理論理を学びたいと思います.
また,論理を学習することは推論や論証の力を伸ばしたり秩序立てて考
えることに役立つと思います.
数学の論理は日常用いられる論理と似ていますが,違いもあります.ま
た,人間が用いる論理にも色々あります.政治家や官僚の魑魅魍魎が住む
伏魔殿の論理を「永田町の論理」と言いますね.最近は党の論理もあるみ
たいですね.
それと比べると数学の論理はとてもシンプルです.
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命題
事物について意味のハッキリした言明を命題といいます.命題は英語で
Proposition ですので,数学記号では p ではじまる p, q, r や大文字の P, Q, R
などが用いられます.命題の例としては,
貴乃花は横綱である
人は死すべきものである
クレタ人は嘘つきだ
2 は 1 より大きい
3 を 2 乗すると 5 である
∗
東洋大学非常勤講師 & 一橋大学大学院経済学研究科. pg00306@srv.cc.hit-u.ac.jp
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/6613/
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などがあります.最後のは間違っていますが意味がはっきりしているので
命題です.一方で,
おいしい?
食わせろ
うまい!
(疑問文)
(命令文)
(感嘆文)
は命題ではありません.つまり意味が明確で真偽が定まった文が命題です.
真は英語で True,偽は False です.ここでは真を記号でマル○,偽をバツ
×として表わしましょう.
単純な命題を合成して複合命題を作ります.命題の組み立てに用いられ
る言葉として
ではない
かつ
または
ならば
同値である
(not)
(and)
(or)
(implies)
(is equivalent to)
があります.それぞれを見て行きましょう.
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ではない
ある命題を p とします.
「p ではない」を記号で ¬p と書きます.例えば,
命題 p が「新庄君はバカです」を表しているのならば,
¬p = 新庄君はバカではない
です.例としては不適切かもしれませんが,こういう本があるからいいで
しょう.
この時,¬p の真偽はどうなるでしょうか?p が真ならば ¬p は偽,p が
偽ならば ¬p は真が当然でしょう.これを表にしたのが真理値表です.
p
○
×
4
¬p
×
○
かつ
これからは二つの命題 p と q を考えます.
「p かつ q 」を記号で p ∧ q と書
きます.この場合の真理値表はどうでしょうか.
「かつ」は同時に成り立つ
ことを意味しますから次のようになります.
2
p
○
○
×
×
q
○
×
○
×
p∧q
○
×
×
×
p ∧ q と q ∧ p は論理的に同値ですが,日常の言葉だとそうでもないようで
す1 .
例えば,p を「君はきれいだ」,q を「君はいい加減だ」にすると,
p ∧ q = 君はきれいだけれど,いい加減だ
q ∧ p = 君はいい加減だけれど,きれいだ
になって p ∧ q だと彼女の機嫌が悪くなるかもしれません.日本語では通常
言いたいことは後ろにあるので,気を付けましょう.
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または
「p または q 」を記号で p ∨ q と書きます.この場合の真理値表はどうで
しょうか.
「または」はどちらか一方が成り立つことを意味しますから次の
ようになります.
p
○
○
×
×
q
○
×
○
×
p∨q
○
○
○
×
例えば,p を「ランチにはコーヒーがついている」,q を「ランチには紅
茶がついている」にすると,
p ∨ q = ランチにはコーヒーまたは紅茶がついています
になりますね.ここで数学の論理では両方とも成り立っている場合も真で
すから,
「コーヒーと紅茶両方下さい」と言ってウエートレスのお姉さんを
困らせてはいけません.両方成り立っている場合は,要注意です.
1
論理的同値は後でやります.
3
6
ならば
「p ならば q 」を記号で p =⇒ q と書きます.英語では動詞 imply や接続
詞 if を用いて,p implies q や q if p と言ったりします.ここで含意の条件
に色々な名前があります.
p
=⇒
q
仮定
結論
前提
十分条件
必要条件
この必要条件と十分条件の用語は重要なので覚えて下さい.覚え方は,
=⇒ 必要条件 なので 「矢印の先が必要」
です.含意 p =⇒ q が成立しているときに,p は q が成り立つための十分
条件,あるいは q は p のための必要条件などと言います.
次の例を考えて見ましょう.
p =「君はクルマを洗う」
q =「お父さんは君に千円をあげる」
において
p =⇒ q =「クルマを洗えば,千円貰える」.
このとき,
クルマを洗うことは,千円を貰うための十分条件
です.千円を貰うには他の手段があるかもしれませんが,クルマを洗うこ
とは,千円を貰う資格が十分あり,何も不足はないことです.また,
千円を貰うことは,クルマを洗うための必要条件
です.誰も好き好んでお父さんのクルマを洗おうとは思わないですから,ク
ルマを洗うためには,お小遣いが必ず要する,なくてはならないのです.
では真理値表を見ましょう.もし君がクルマを洗って,お父さんがちゃん
と千円をあげれば約束を果たしたことです.したがって,一番上の段はマ
ルです.君がクルマを洗ったにもかかわらず,お父さんから千円を貰えない
とすると,君はなぜ嘘の約束を言ったのだと怒るでしょう.したがって,約
束反故の二段目はバツです.
それでは,君がクルマを洗わなかった場合はどうでしょう.三段目はそれ
でも千円を貰えることを意味します.(お買い物をしたのだろうか?) 数学
では前提が偽の場合,p =⇒ q は結論がどんな真理値でも真と定めます.
4
p
○
○
×
×
q
○
×
○
×
p =⇒ q
○
×
○
○
これは日常使う言葉と論理との違いから来ています.この例では君がまだ
クルマを洗うかどうかを決めていませんね.しかし,論理ではすでに真偽
の定まった命題に対して議論を行っていますから,君がクルマを洗うかど
うかはもうすでに定まっているのです.日常語のシチュエーションのような
時間は入っていません.
日常語との相違からちょっと違和感があるかもしれませんが,数学の論理
の定義はこうなっていることに注意して下さい
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同値である
「p は q と同値である」を記号で p ⇐⇒ q と書きます.英語では p is
equivalent to q とか,接続詞 if を用いて,
p if and only if q
と書いたりします.つまり,only if は =⇒ の反対です.ハルモスという数
学者が作った省略形 iff を用いたりします2.同値ですから真偽が一致した
ときのみ真とするのがいいでしょう.
p
○
○
×
×
q
○
×
○
×
p ⇐⇒ q
○
×
×
○
両方向の矢印ですから p ⇐⇒ q は (p =⇒ q) ∧ (q =⇒ p) の省略形と考えて
もいいでしょう.
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論理式
命題 p, q, r などから論理演算子
2
丹野が持っているジーニアス英和辞典にも載っていました.訳語は,
「もし,そして,そ
の場合に限り」だそうです.
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¬
∧
∨
=⇒
⇐⇒
ではない
かつ
または
ならば
同値
を正しく用いて作った式を論理式 formula といいます.例えば,
(¬p) ∨ p
p =⇒ (q ∧ r)
(p =⇒ q) =⇒ r
p ∧ (q ∨ r)
¬∧ =⇒ p∨
では,最後の式は正しい記号の使い方をしていないので論理式ではありま
せん.一つの命題 p も論理式とします.
カッコがいっぱい付いていると格好が悪いので,結合の強さを考えます.
強い
¬
∧
∨
=⇒
弱い
⇐⇒
ですから,¬p ∨ p は (¬p) ∨ p の省略形となりますが,結びつきが同じな
p ∧ (q ∨ r) は省略できません.
問い 命題 p, q, r を p =「イチローが犯人である」, q =「新庄が
犯人である」, r =「ヤワラちゃんが犯人である」とする.こ
れを用いて,次の主張を記号化して下さい.
1. イチロー,新庄,ヤワラのうちの少なくとも1人は犯人
である.
2. イチローが盗みをやるときは,必ず新庄を相棒にする.
3. 犯行時刻に新庄は行きつけのスナックで酒を飲んでいた.
4. イチローが犯人の場合は,新庄またはヤワラが共犯で
ある.
5. イチローとヤワラのうち少なくとも1人は犯人ではない.
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複合命題の真偽は構成要素となる命題に可能な真偽の組をを与えて真理
値表を作ることで分かります.
試しに,p =⇒ (q =⇒ r) をやって見ましょう.p, q, r の可能な真偽の組み
は 8 通りです.
p
○
○
○
×
○
×
×
×
q
○
○
×
○
×
○
×
×
r
○
×
○
○
×
×
○
×
最初に q =⇒ r を計算しましょう.このとき p の値は関係ないです.
p
○
○
○
×
○
×
×
×
q
○
○
×
○
×
○
×
×
r
○
×
○
○
×
×
○
×
q =⇒ r
○
×
○
○
○
×
○
○
になります.そうしたらもう q, r のことは忘れて q =⇒ r と p の真偽から
答えが出ます.
p
○
○
○
×
○
×
×
×
q
○
○
×
○
×
○
×
×
r
○
×
○
○
×
×
○
×
q =⇒ r
○
×
○
○
○
×
○
○
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p =⇒ (q =⇒ r)
○
×
○
○
○
○
○
○