●人工臓器 —最近の進歩 人工腎臓 ̶この 1 年の進歩 札幌北楡病院外科 米川 元樹 Motoki YONEKAWA 脳血管障害 9.0%の順であった。1983 年以降の 1 年生存率 1. 人工腎臓治療の現況 は 87.4%,5 年生存率は 59.7%,10 年生存率は 36.3%,15 本邦で慢性透析療法を実施している患者数は,日本透析 医学会の統計では 2007 年 12 月 31 日現在,27 万 5,119 人と なっている。例年,約 1 万人の増加があり,2006 年末より 年生存率は 23.4%,20 年生存率は 18.3%であった 1) 。 2. 透析治療の進歩 1 万 646 人の増加であった。人口 100 万人あたりの透析患 透析療法はダイアライザー,周辺機器,バスキュラーア 者数は 2,153 人であり,国民 464.4 人に 1 人が透析患者であ クセス,各種薬剤等の開発や発展によって進歩してきた。 る。そのうち血液透析は 96.4%で,腹膜透析は 3.4%にと 透析療法を取り巻くこの 1 年をみると,ダイアライザーや どまっている。透析導入年齢は,2007 年末では平均 66.8 周辺機器に新たな試みはみられないが,透析液や腎性上皮 歳,最も多い割合を占める年齢層は,男性では 70 ∼ 75 歳 小体機能亢進症に対する薬剤などで新たな製品がみられ で 16.1%,女性では 75 ∼ 80 歳で 16.3%と,高齢者の新規導 る。 透析液の清浄化は 1980 年代よりヨーロッパを中心に論 入が増加傾向にある。 導入原疾患の割合は,1998 年に糖尿病性腎症が慢性糸球 議されてきたが,本邦では 1995 年に日本透析医学会で清 体腎炎をはじめて超えたが,その後も糖尿病性腎症は増加 浄度基準が提示された。その後,on line Hemodiafiltration し続け,2007 年末では糖尿病性腎症が 43.4%となる一方, の普及とともに清浄度の基準が再考され,1998 年および 慢性糸球体腎炎は 24.0%と減少し続けている。一方,2007 2005 年に改定が行われてきた。しかし,それまではエンド 年末患者数は今のところ慢性糸球体腎炎が 40.4%,糖尿病 トキシンにのみ主眼がおかれ,細菌数には明確な基準がな 性腎症が 33.4%となっており,慢性糸球体腎炎が多い。し かった。現在,国際標準化機構により細菌数を重視した国 かし,糖尿病性腎症は増加の一途であるので,数年後には 際基準の作成が進行中である。透析液の清浄化による臨床 年末患者数においても慢性糸球体腎炎を超える可能性があ 効果として,IL-6(interleukin-6)や CRP(C-reactive protein) る。 の低下,エリスロポエチン抵抗性の改善,残存腎機能保持, 透析患者の死因は感染症が多いのが特徴であり,導入患 透析アミロイド症の予防効果,carbonyl stress の低下等が 者の 2007 年末の死因統計では,感染症が 24.1%と最も多 報告されている。しかし,今のところ小規模観察研究であ く,ついで心不全 23.4%,その他 11.3%,悪性腫瘍 10.3% りエビデンスレベルとしては低く,今後のさらなる検討が 等であった。2007 年末の統計で死亡原因が記載されたの 必要である 2) 。 は 2 万 5,237 人で,最も多かったのが心不全 24.0%,ついで 感染症 18.9%,不明 10.3%,その他 9.7%,悪性腫瘍 9.2%, 透析液成分は,活性型ビタミン D3 の出現や糖尿病性腎 不全患者の増加等により,種々の変遷をみてきた。透析療 法の創世期には,生体内の主な緩衝系の成分である炭酸水 ■著者連絡先 札幌北楡病院外科 (〒 003-0006 北海道札幌市白石区東札幌 6 条 6-5-1) E-mail. mynkw@zae.att.ne.jp 素ナトリウムをアルカリ化剤とした炭酸水素系透析剤が用 いられていた。しかし,カルシウムやマグネシウムの二価 イオンが存在するため,炭酸塩が析出し不安定であった。 人工臓器 37 巻 3 号 2008 年 151 Mion は,酢酸ナトリウムが生体内において肝臓や骨格筋 たが,そうではなかった。また,各種リン吸着剤あるいは で速やかに代謝され,アシドーシスの是正に必要な炭酸水 ビタミン D3 によるパルス療法でも解決に到っていない。 素イオンを供給することに注目し,1964 年にアルカリ化剤 これに対する新しい薬剤として,Calcimimetic drug である として酢酸ナトリウムを用いた酢酸系透析剤を開発した。 シナカルセトが 2008 年 1 月より発売された 4),5) 。シナカル 本邦では 1969 年に酢酸系透析剤が発売された。この透析 セトは,高リン血症の環境下でもパラサイロイドホルモン 剤は取り扱いが容易で安定していたため,多人数同時透析 の抑制効果を発揮する有望な薬剤である。ただし,消化器 が可能となった。しかしながら,生体内にはほとんど存在 症状を呈することも少なくないので,その解明と治療法が しない酢酸に常時さらされることから,酢酸不耐症の透析 検討されてきている 6) 。 患者が増加した。このことから,アルカリ化剤として再び 炭酸水素ナトリウムが注目されることとなった。確かに, いわゆる重炭酸透析液といわれる透析液は再登場したが, 製剤技術の問題で,少量の酢酸は配合せざるを得なかった。 その後,Biofiltration が登場し酢酸フリー透析液の有効性が 報告される一方,全く酢酸を含まない透析液も治験で有効 性が確認された。この透析液はクエン酸−クエン酸ナトリ ウムの緩衝系を用いて透析液の pH を調節するもので,全 く酢酸を含まず,かつ安定したものとなった 3) 。治験後, 2008 年には広く発売されてきている。 透析患者の長期生存により,その経過中の合併症も必然 的に増加する。腎性上皮小体機能亢進症もその一つである が,活性型ビタミン D3 の出現により解決可能かに思われ 152 文 献 1) わが国の慢性透析療法の現況(2007 年 12 月 31 日現在),日 本透析医学会統計調査委員会編,日本透析医学会,東京, 2008 2) 秋葉 隆,川西英樹,峰島三千男,他:透析液水質基準 と血液浄化器性能評価基準 2008.透析会誌 41: 159-67, 2008 3) 斉藤 明,秋澤忠男,佐藤 隆,他:酢酸フリー透析剤 SZ-21 多施設共同比較臨床試験(第Ⅲ相試験).診療と新 薬 44: 260-78, 2007 4) 永野伸郎:Calcimimetic drug ̶新たなエビデンスと将来 展望̶.腎と透析 60: 770-6, 2006 5) 永野伸郎,古田孝之:カルシウム受容体作動薬の創薬と 現状.腎と骨代謝 21: 113-21, 2008 6) 谷口正智:Calcimimetic の副作用とさまざまな臓器への効 果.CLINICAL CALCIUM 18: 45-50, 2008 人工臓器 37 巻 3 号 2008 年
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