ものづくり授業における安全教育 (金沢工業高等専門学校)○天日三知夫,山田弘文,秋山晃,金井亮,小間徹也 1.まえがき に関する内容とし,全学科共通のパワーポイント ツール(以下,PPT とよぶ)を用いて安全教育を 実施している.しかし,上級生になるに従い,学 科による創造設計の内容が大きく異なってくるた め,安全指針に沿ってはいるものの,専門性を加 味する必要上,学科単位で安全教育の内容が異な ったものとなっている. 一方,卒業研究に携わる 5 年生に関しては,各 研究室で研究分野が異なるため,「研究室単位で 独自に作成している安全マニュアル」を用いて配 属先の卒研担当教員から安全教育を受けている. また,各研究室では,学生が必要に応じてその都 度安全マニュアルを手に取ってみることが出来る ように,救急箱や救急処置の手順パネルと一緒に 配置されている(図 2). 入学試験のとき,高専でやりたいことの 1 つと して「ロボットを作って高専ロボコンに出場した い」と,多くの機械工学科を受験した生徒が回答 している.この新入生のものづくりに対する興味 と意欲を失わせないために,機械工学科では1年 生から工作機械を使ったものづくりの授業を行っ ている. また,1 年生から最終学年の 5 年生まで,学生 が目標(Plan)を設定し,それに沿った意志決定 や行動(Do) ,省察(Check),改善(Action)の PDCAサイクルを廻しながら,ものづくりにお ける成功や失敗の体験の中から学習したことを能 力として蓄積していくために,どこかで必ず工作 機械に触れる機会を設けている. 本校機械工学科の安全教育は,学生の安全を確 保するという学校管理上の観点と,学生自身がも のづくりに関心と興味を抱き,技術者としての心 構えと態度を身につけるための目的で実施してお り,次のような構成となっている. 安全講習(含実習) 安全教育 ライセンス講習,ヒヤリ・ハット集 現場指導 上記内容を実施することにより,建学当初より 継続している全員参加のインターンシップ及びも のづくり授業においては,無事故を達成すること が出来ている. 以下,本校の取り組みについて事例報告する. 図1 安全教育に用いているテキスト 2.安全教育 年度当初のオリエンテーション期間中に全学生 に安全教育を実施し,安全に対する意識の高揚を 図っている.1,2 年生は「安全の手引」,3,4 年 生は「安全指針」のテキスト(図 1)を用いて各 創造設計担当者が実施している. 1,2 年生の場合,ものづくりの際の基本的な安 全確保や,日常生活全般に対する安全の取り組み 図2 研究室独自の安全マニュアルの設置 1,2 年生に実施している安全教育の主な内容と 1 しては,①安全とは,②安全についての心得,③ 学園マナー,④安全行動と災害発生時の措置,⑤4 S,などである.図 3 はその実施の様子であり, 図 4 はその時の説明に使っている PPT である. 危険を感じた行為があった場合には, 「ヒヤリ・ハ ット報告書」を書かせており,蓄積したデータの 活用方法について検討を行っていた. これらの①~④の要件を満たすために,低学年 の 1 年生と 2 年生の「創造設計Ⅰ」と「創造設計 Ⅱ」の中で,工作機械を用いた授業に於いて活用 するための,安全に関する指導マニュアルを作成 することにした.なお,このマニュアルの作成に 当たっては,現在行っている安全教育よりも,さ らに一歩踏み込んだ具体的な事例を交えた安全教 育ができるような内容を目指した.また,企業で 実施している安全活動を学校教育の中において前 倒しで実施するための安全マニュアルとして十分 に役立つような内容を目指した. 実際のマニュアル作成に当たっては,産学連携 事業でアドバイザー契約しているベテラン技術者 に協力を願って,最初にこれまで蓄積してきた「ヒ ヤリ・ハット報告書」に目を通してもらった.次 に,専門知識の乏しい 1,2 年生が工作機械を使用 して加工する工程において想定される危険な行為 を企業人の目で洗い出し,その危険な行為と正し い加工方法とを実際に再現してもらい,写真で対 比させた「ヒヤリ・ハット集」を作成した. この想定集は学生のテキストに組み込むととも に図 5 に示す「指導マニュアル」として作成し, 産学連携事業のプログラム評価委員会から,高い 評価を戴いた.また,「第 6 回全国高専テクノフォ ーラム」1)や「第 10 回技術者導入教育研究会」2) においても,反響が大きかった. 図3 1 年生の安全教育の様子 図4 1 年生の安全教育に使っている PPT 3.ヒヤリ・ハット集と KY 活動 3.1 ヒヤリ・ハット集の作成 「ヒヤリ・ハット集」の作成には,次のような背 景があった. ①平成 19 年度から創造設計の見直しが図られ,1 年生から工作機械を使用したものづくりの授業が 実施に移され,年度当初に実施している安全教育 だけでは学生の安全確保が難しいのではないかと の意見が出された. ②平成 19 年度から 21 年度まで,文部科学省の選 定を受けて実施した「産学連携による実践型人材 育成事業」の中で,企業で実践している安全活動 を学校教育にも導入すべきとの提案がなされた. ③この COOP 教育に参画している企業へのアンケ ート結果においても,新入社員教育の中で安全教 育に最も力を入れていることが明らかとなった. ④本校でも,これまで怪我はしなかったものの, 図5 指導マニュアル(安全編:ヒヤリ・ハット集) 3.2 ヒヤリ・ハット集を用いた KY 活動 作業開始前に,この「ヒヤリ・ハット集」を用 いて,当日の加工中に想定される危険な行為に対 して,現場でその都度説明を行い,KY 活動(危険 2 ており,特に作業開始から 30 分以内に集中してい ることが明らかである.また,60 分,120 分,180 分での発生件数が多く,開始からほぼ 1 時間間隔 でヒヤリ・ハットが多く発生する傾向が読み取れ る. これらのデータが示している“作業開始直後” にヒヤリ・ハット件数が多いのは,気持ちの切り 替えがうまくできていないために,作業に集中し きれていないことが原因であることや,集中力が 持続するのはせいぜい 1 時間程度であり“緊張が 途切れるとき”が危険である点などについて,K Y活動(図 8)で学生に注意を喚起している. (K)予知(Y)のイニシャルを指す)を行うこと にした. このとき,実際に夢考房で発生している「ヒヤ リ・ハット」がどのタイミングで発生しているか を分析し,この点についてもKY活動の項目に加 えることにした.図 6 は学生が書いた「ヒヤリ・ ハット報告書」であり,2008 年度 1 年間に夢考房 で発生した「ヒヤリ・ハット報告書」に基づいて, これらの項目と作業開始からの経過時間について データをまとめたのが図 7 である. 図8 ヒヤリ・ハット集を用いたKY活動 4.夢考房 本校におけるものづくり教育の特徴は,1 年次 の段階から解の決まっていないオープンエンディ ットなものづくりを実施しているところにある. 冒頭にも述べたが,機械工学科に入学してくる 新入生の多くは,「高専ロボコンをやりたい」との 強い意欲をもっている.そのため,1 年次から 4 科目 8 単位の専門科目を実施しており,中でも「創 造設計Ⅰ」では,ものづくりの楽しさや成功体験 を味わってもらうために,オリジナルな文鎮の設 計・製作を行っている.デザイン性を考慮した図 面を描き,工作機械を使って SS400 丸棒を加工す る体験をさせている. しかし,金属材料の特性や工具の材質,工作機 械の仕組みなどに関してほとんど知識がなく,図 面を書くこともおぼつかない 1 年生が,工作機械 を使ってものづくりをするためには,工作機械の 操作訓練と安全教育が必要不可欠である.以下に そのために構築している仕組みについて述べる. 4.1 夢考房ライセンス講習 学生が自分のアイデアを形にするための,もの ヒヤリ・ハット件数 図6 ヒヤリ・ハット報告書 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 5 10 15 30 45 60 90 120 150 180 210 240 270 300 作業経過時間(分) 図7 作業経過時間とヒヤリ・ハット件数の関係 作業経過時間に対するヒヤリ・ハットの件数は, 作業開始直後の 5 分以内にトラブルが多く発生し 3 づくりの場が夢考房であり,ここにある工作機械 の操作方法を教えるためのライセンス講習会が放 課後や土曜日に開講されており,講習会修了者は, 工作機械が自由に使えるシステムになっている. この夢考房との連携を図り,学生の工作機械の 操作訓練と授業以外にも学生が自由にものづくり ができる環境整備を整えている.1 年次の段階で, 図 9 の夢考房が実施している 3 段階の加工技能講 習のうち,STEP1 の安全講習と STEP2 の工作機 械の使用方法 7 コースの内,6 コースの受講を義 務づけている. 生に夢考房の活用を促している.また,月ごとの 講習日程表を掲示板に貼りだしたり,予約が Web で出来るようにするなど,学生が講習を受けやす いように,毎年改善が図られている. 4.2 夢考房での安全活動 各コースでは,それぞれの技能講習はもちろん であるが,月ごとに提出された「ヒヤリ・ハット 報告書」の中で,特に危険と感じた事例を受講生 に紹介したり,工具の整理整頓や掃除の徹底など の4S 運動にも力を入れて指導している.また, 図 11 に示すように,それぞれの工作機械に応じた 危険度を表示するプレートを工作機械に下げて注 意を促すなど,安全に対する様々な取り組みも成 されている. 図9 夢考房ライセンス講習の仕組みとゴールドカード しかし,1 年次の創造設計Ⅰでは第 16 週から文 鎮の製作がスタートするため,STEP1 の安全講習 と STEP2 の講習のうち,文鎮の製作で使用する① ボール盤,②フライス盤,③旋盤の講習に関して は授業中に実施している.また,STEP2 の残りの ④溶接,⑤板金,⑥木材加工の講習は各自で放課 後や土曜日に受講することになる. さらに,この6つのコースと7つめの⑦電気・ 電子も受講し,STEP2 の全コースを受講した学生 に対して表彰制度を設け,図 10 のように表彰式で 学生は賞状とゴールドライセンスカードの他に, 副賞として工具キットもしくは購買部で使えるプ リペイドカードがもらえるようになっており,学 図 11 旋盤に下げられている危険度表示プレート 5.あとがき 新入生のものづくりに対する興味と意欲が失せ ないように,1年生から工作機械を使ったものづ くりの授業を行うため,ヒヤリ・ハット集を用い た KY 活動を始めとして,安全に対する様々な取 り組みを実施している.その結果,当面の安全は 確保されているものの,さらに改善の余地があり, 学生の安全確保のために,そして,ものづくりに 取り組む前向きな姿勢と集中力を養い,技術者と しての心構えを身につけるためにも,今後も地道 に安全活動を実施していく所存である. 参考文献 1)天日 他:「第 6 回全国高専テクノフォーラム予稿集」, pp.19-20(2008) 2)天日三知夫:「16 歳からの“将来の工場長”育 成教育プログラムの開発と実施」,第 10 回技術者 導入教育研究会(2008) 図 10 夢考房ライセンス講習表彰式 4
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