本文 - J

●特集「人工臓器と再生医療の融合」
Tissue-engineering による再生型人工弁の開発
大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科
小澤 秀登,澤 芳樹
Hideto OZAWA, Yoshiki SAWA
に対する抵抗性,そして成長の可能性を認める再生型の人
はじめに
1.
工弁と考えられている。この TEHV 開発の基本的な概念は,
世界保健機関(WHO)による報告では,心血管疾患によ
心臓弁の構造および機能を tissue-engineering の手法を用
る年間死亡数は約 1,750 万人以上とされ,これは世界全体
いて再生することで,レシピエントの心臓弁として機能し
。中でも心臓弁疾患を伴う
得る人工弁を開発することである。心臓弁の構造を維持す
心血管疾患は主要因の 1 つである 1) 。修復困難な心臓弁疾
るための鋳型(scaf fold)の作製,機能を再生するための新
患に対する最も一般的な治療は人工弁による心臓弁置換で
たな細胞の scaf fold への導入という大きな 2 つの部分から
あり,一般的に使用されている人工弁は機械弁あるいは生
構成され,この scaf fold と新たに導入された細胞の相互作
体弁である。これらの人工弁の使用は心臓弁疾患による生
用により,移植された人工弁の自己組織化を目指すことを
存率の改善および生活の質(QOL)の改善を認め,有用な
目的としている。この TEHV は,理論的には様々なサイズ
治療法である。人工弁置換を必要とする患者数は 2003 年
の人工弁の作製が可能であり,また成長の可能性からも,
で 29 万人以上とされ,2050 年には 85 万人以上となると考
小児の患者にとっても非常に有用な人工弁であると考える
えられており 2),今後も人工弁を必要とする患者数は増加
ことができる。
の死亡原因の 30%にのぼる 1)
していくことが予想されている。しかしながら,これらの
人工弁は成長するものではなく,また,感染のリスク,機
2.
Scaffold の作製
械弁における抗凝固療法の必要性,生体弁における人工弁
Scaf fold の作製に関しては,生体材料(生体弁)を用いる
の劣化等の問題を抱えている。また,特に小児の患者にとっ
方法と,人工的に作製する方法の 2 種類がある。生体弁を
ては,小さな体格に適したサイズの人工弁がなく,また使
使用する方法は,生体弁を界面活性剤等の薬剤を用いて脱
用可能なサイズであっても,将来的な再手術が必須な状況
細胞処理することで,フィブリンおよびコラーゲンを基礎
である。
とした scaf fold を作製するものである 3) 。理想的な脱細胞
このような背景の中で,再手術の必要のなく,簡便な手
処理とは,組織より細胞外マトリックスの構造を維持しな
技で移植可能であり,完全な血行動態を維持することがで
がら完全に細胞成分を除去することである。細胞成分の除
き,劣化することもなく,抗凝固療法を必要とせず,成長
去には種々の界面活性剤の使用が報告されている。界面活
等の生体活性を有する人工弁の開発は非常に望まれてい
性剤は細胞の DNA を傷害するが,細胞外マトリックスに
る。
対しても影響を与えることが考えられ,細胞外マトリック
Tissue-engineering の 手 法 を 用 い て 作 製 し た 心 臓 弁
スへの傷害は新しい細胞の再播種に影響を及ぼすことが考
(tissue-engineering heart valve, TEHV)は,抗凝固性,感染
えられる。現在までに様々な研究がなされており,界面活
■著者連絡先
大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科
(〒 565-0871 大阪府吹田市山田丘 2-2)
E-mail. sawa-p@surg1.med.osaka-u.ac.jp
54
性剤の種類あるいは濃度によっては細胞外マトリックスへ
の影響も少なく,細胞成分の除去が可能であると報告され,
Meyer らは,低濃度の界面活性剤の使用は大きな影響を来
さないとしているが 4),臨床レベルでの評価はさらなる検
人工臓器 45 巻 1 号 2016 年
討が必要である。
(circulating endothelial progenitor cell, cEPC)も,再播種に
人工的に scaf fold を作製する方法として考えられている
有用な細胞種として注目されている。この cEPC は,間質
の が,生 物 吸 収 性 の あ る ポ リ マ ー を 使 用 し 作 製 し た
性細胞および内皮細胞の両方の性質をもっていることか
scaffold である。この scaffold は次第に生体に吸収され,そ
ら,cEPC を単独で使用することで,心臓弁の構築が可能で
のスペースに新たな組織が構築されることで心臓弁が作ら
はないかと考えられている 8) 。また,cEPC は scaffold 内で,
れる 5) 。この scaffold は,当初,皮膚の graft として開発され,
線維芽細胞あるいは筋線維芽細胞へ性質転換をするとの報
その厚さから心臓弁への応用が困難と考えられていた。近
告もあり,新しい scaf fold 内で,心臓弁組織として機能し
年,ナノテクノロジーを用いた新たなポリマーの開発によ
ている可能性が示唆されている。
り,動物における肺動脈弁位に対する in vivo の検討で有用
性が報告されている 6) 。
臨床応用
以上のように,これまでの様々な研究を踏まえて,欧米
再細胞化
3.
4.
にて臨床応用が進んでいる。現在のところ,TEHV は,左
Scaffold の作製と同様に,scaffold に対し再播種する細胞
心系ではなく右心系,特に右室流出路に対して使用されて
に関する検討も進んでいる。TEHV が最終的に移植された
いる。右室流出路でまず使用されている理由は,右心系は
レシピエントの心臓弁として働くためには,この再播種さ
低圧系であることから,弁にかかるストレスが大動脈弁位
れた細胞が新しい scaf fold の環境内で生存し,かつ活動す
と比較すると小さいためであると考えられる。一方で,左
ることが重要である。この細胞の再播種に関しても現在の
心系に対しても臨床研究が始まっており,脱細胞化し,内
ところ,大きく 2 つの方法が考えられている。1 つは採取
皮細胞にて再細胞化した TEHV を大動脈弁位に移植し,拒
し培養された細胞を使用する方法。もう 1 つは scaf fold の
絶反応もなく,弁の劣化を認めなかったとの報告があり,
みを移植し,その後に血液中に存在する前駆細胞を使用す
また従来の凍結保存した homograft と比較して,石灰化の
る方法である。現在のところ,これらの細胞が再播種後に,
低度が低かったとの報告もある 9 ) 。現在,市販されて
scaf fold 内で活動していることは知られているが,再播種
,および Matrix P
いる TEHV は SynerGraft®(Cryo life 社)
のメカニズムや scaf fold 内での細胞の働き等に関しては,
(Auto Tissue 社,Berlin)である。SynerGraft® は,脱細胞化
処理をされ,凍結保存された allograft であり,Gerson らは
現在も検討が進んでいる。
再播種に使用する細胞としては,ヒト由来あるいは動物
スタンダードな allograft に比べて,inter vention の割合,狭
由来の細胞を使用するとの報告もあるが,感染のリスクお
窄の進行の程度は低い等と報告している 10) 。Elkins らは
よび免疫拒絶のリスクに関しては,逃れることができない。
Ross 手 術 の 際,32 例 の 患 者 に,そ し て 4 例 の 肺 動 脈 の
このことから,最も適切なものと考えられるものは,患者
allograft からの再置換に SynerGraft® を使用し,その有用性
自身の細胞を用いることである。自己の細胞であれば,拒
を報告している 11) 。しかしその一方では,小児移植例に
絶反応を心配する必要がない。しかしながら,再播種を念
おいて弁の機能不全,組織破壊,変性が報告されている。
頭においた場合,比較的多くの細胞を必要とするが,心臓
全体的には,SynerGraft® は既存の allograft に比較して,安
弁移植を必要とする患者では,患者自身の細胞を充分に採
全であり,有用な選択肢と考えられる。しかしながら,臨
取することが難しい等の問題がある。最近の報告では,幹
床上の正確な適応に関しては,まだ決まっていないといえ
細胞(stem cell)が注目されており,特に骨髄由来幹細胞
る。その他の市場レベルで使用可能な TEHV としては,
ヨー
(mesenchymal stem cell, MSC)に関する研究が報告されて
ロッパにて使用可能な Matrix-P があり,これは脱細胞化処
。MSC を使用する最も大きな利点は低侵襲での採
理したブタ肺動脈弁である 12) 。しかし,2006 年から 2010
取が可能であり,かつ自己の細胞であり拒絶反応を心配す
年までの 93 人を対象とした臨床研究では,弁機能不全回避
いる 7)
る必要がないことである。この MSC に関しては,人工的
率は 2 年で 60.2%,狭窄を伴うものは 61%,仮性動脈瘤形
に作製した吸収性 scaf fold に接触することで刺激を受け,
成が 9%,また conduit の拡大が 6%と報告されている 13) 。
生体弁に似た構造を構築することが報告されている。また,
この他にも同様の報告があり,免疫反応が惹起されること
MSC 以外にも線維芽細胞および筋線維芽細胞を使用した
で弁機能が低下している可能性が考えられ,広く広まって
TEHV においても動物実験において良い成績が示されてい
いないのが現状である。
る 7)
。
その他にも様々な臨床研究が報告されている。Dohmen
一方で,循環血液中に存在している血管内皮前駆細胞
らは,レシピエントの前腕から採取した静脈細胞を培養し,
人工臓器 45 巻 1 号 2016 年
55
図 1 新鮮脱細胞化心臓弁
それを脱細胞化した allograft に再播種し,Ross 手術の右室
流出路に用いた 14) 。また,Cebotari らは,ヒト肺動脈弁を
2 種類の界面活性剤を使用して脱細胞化して scaf fold を作
製し,凍結保存をせず,また in vitro での細胞の再播種をせ
図 2 術後 6ヶ月の時点での心臓 MRI 検査 8)
肺動脈血流速度:1.73 m/s,肺動脈順行性血流量:78 ml/beat, 肺動脈逆行性
血流量:0 ml/beat.
ずに一定の期間内に移植する方法を開発した 15)(図 1)。
Sarikouch らの報告では,ドイツ・ハノーファー医科大学
にて,現在までに 131 例の患者の肺動脈弁位に対し,この
を十分に認めるものであると考えられ,今後もさらなる発
TEHV を用いた移植手術を行っており,既存の homograft
展が望まれる。
等の人工弁と比較し,耐久性および再手術回避率が高いと
の報告を行っている 16) 。すでにドイツにて移植組織とし
本稿のすべての著者には規定された COI はない。
て承認されており,また 2013 年からはヨーロッパにて多
施設研究が開始され,近々その成績が報告される予定であ
る。日本においては,大阪大学病院にて 2014 年 10 月にファ
ロー四徴術後の肺動脈弁閉鎖不全の患者に対し,ハノー
ファー医科大学との共同研究により,国内初の TEHV の移
植を行い,短期の良好な成績が報告されている 17)(図 2)。
ま た,国 立 循 環 器 病 研 究 セ ン タ ー で は,3D プ リ ン タ ー
(ProJet®)を使用することで正確な心臓弁の鋳型を作製し,
それを動物の皮下に植え込むことで,自己の組織(コラー
ゲン線維)による scaffold の作製を行い,この scaffold を動
物の肺動脈弁位に移植する研究が進められている 18) 。東
京 女 子 医 科 大 学 で は,生 体 分 解 性 ポ リ マ ー を 使 用 し た
scaf fold の作製と,骨髄細胞を自己細胞として用いて臨床
応用を行っている 19) 。
5.
まとめ
Tissue-engineering の手法を用いた再生型心臓弁の開発
には目覚ましいものがある。Scaf fold の作製や,再播種に
使用する細胞に関して,様々な実験的研究が進んでおり,
臨床応用に関しても,様々な報告を認め始めている。理想
的な再生型人工心臓弁とは,再手術の必要がない,簡便な
手技で移植可能であり,完全な血行動態を維持することが
でき,劣化することもなく,抗凝固療法を必要とせず,成
長等の生体活性を有する,いわゆる自己組織化した人工弁
である。TEHV はこの理想的な再生型心臓弁となる可能性
56
文 献
1) Angele P, Yoo JU, Smith C, et al: Cyclic hydrostatic pressure
enhances the chondrogenic phenotype of human
mesenchymal progenitor cells dif ferentiated in vitro. J
Orthop Res 21: 451-7, 2003
2) Barili F, Dainese L, Topkara VK, et al: The future of human
valve allografts: bioengineering and stem cells. Artif Organs
29: 923, 2005
3) Cebotari S, T udorache I, Jaekel T, et al: Detergent
decellularization of hear t valves for tissue engineering:
toxicological ef fects of residual detergents on human
endothelial cells. Artif Organs 34: 206-10, 2010
4) Meyer SR, Nagendran J, Desai LS, et al: Decellularization
reduces the immune response to aortic valve allografts in
the rat. J Thorac Cardiovasc Surg 130: 469-76, 2005
5) Gandaglia A, Bagno A, Naso F, et al: Cells,scaffolds and
bioreactors for tissue-engineered heart valves: a journey
from basic concepts to contemporar y developmental
innovations. Eur J Cardiothorac Surg 39: 523-31, 2011
6) Hong H, Dong N, Shi J, et al: Fabrication of a novel hybrid
heart valve leaflet for tissue engineering: an in vitro study.
Artif Organs 33: 554-8, 2009
7) Migneco F, Hollister SJ, Birla RK: Tissue-engineered heart
valve prostheses: ‘state of the heart’. Regen Med 3: 399-419,
2008
8) Kobayashi N, Yasu T, Ueba H, et al: Mechanical stress
promotes the expression of smooth muscle-like properties
in marrow stromal cells. Exp Hematol 32: 1238-45, 2004
9) Neidert MR, Tranquillo RT: Tissue-engineered valves with
commissural alignment. Tissue Eng 12: 891-903, 2006
10) Gerson CJ, Elkins RC, Goldstein S, et al: Structural integrity
of collagen and elastin in SynerGraft ® decellularized-
人工臓器 45 巻 1 号 2016 年
11)
12)
13)
14)
15)
cryopreserved human heart valves. Cryobiology 64: 33-42,
2012
Elkins RC, Dawson PE, Goldstein S, et al: Decellularized
human valve allografts. Ann Thorac Surg 71: S428-S32,
2001
Brown JW, Ruzmetov M, Eltayeb O, et al: Performance of
SynerGraft decellularized pulmonary homograft in patients
undergoing a Ross procedure. Ann Thorac Surg 91: 416-22,
2011
Perri G, Polito A, Esposito C, et al: Early and late failure of
tissue-engineered pulmonary valve conduits used for right
ventricular outflow tract reconstruction in patients with
congenital hear t disease. Eur J Cardiothorac Surg 41,
1320-5, 2012
Dohmen PM, Lembcke A, Holinski S, et al: Mid-term
clinical results using a tissue-engineered pulmonary valve
to reconstruct the right ventricular outflow tract during the
Ross procedure. Ann Thorac Surg 84: 729-36, 2007
Cebotari S, T udorache I, Ciubotar u A: Use of fresh
decellularized allografts for pulmonary valve replacement
16)
17)
18)
19)
may reduce the reoperation rate in children and young
adults, early report. Circulation 124(11 suppl): S115-23,
2011
Sarikouch S, Horke A, Todorache I, et al: Decellularized
fresh homografts for pulmonar y valve replacement: a
decade of clinical experience. Eur J Cardiothoracic Surg
2016 [Epub ahead of print]
Ueno T, Ozawa H, Taira M, et al: Pulmonar y Valve
Replacement W ith Fresh Decellularized Pulmonar y
Allograft for Pulmonar y Regurgitation After Tetralogy of
Fallot Repair - First Case Report in Japan. Circ J 80: 1041-3,
2016
Nakayama Y, Takewa Y, Sumikura H, et al: In-body tissueengineered aortic valve (Biovalve type VII) architecture
based on 3D printer molding. J Biomed Mater Res B Appl
Biomater 103: 1-11, 2015
松村 剛毅,新岡 俊治,日比野 成俊,他:自己骨髄細胞と
生体吸収性ポリマーにより作製した再生血管による臨床
研究 44 症例とその経過.日心外会誌 36: 309-14, 2007
人工臓器 45 巻 1 号 2016 年
57