2009. October N0.91 No.90 July 2009 No.77, April ASA 2 階 浦安-オーランド姉妹都市提携 20 周年記念特集号 姉妹都市提携 20 周年記念「オーランド大好き - I love Orlando -」(記事6ページ) 姉妹都市の目的は世界平和 青少年交流はその後の人生進路 ランナー交流は姉妹クラブ締 少年野球交流の楽しい思い の確立にあり。 に大きく影響した。 結へと発展した。 出は尽きない。 ランナーによる姉妹クラブ交流は 空手交流も年々盛んになっ 親善人形交流は多くの姉妹 UIFA は友好の翼を 16 回も派 12 年を超えて緊密になっている。 てきた。 校作りに役立っている。 遣してきた。 川口監督と徳田会長 レッドシャークスの選手達 昔青少年の皆さん 120 名もの参加者が集まる大盛会だった。 1 浦安ランナーズクラブの皆さん 解 説 姉妹都市提携 20 年の成果と展望 姉妹都市提携 20 年の成果と展望 浦安市・地域ネットワーク課長:佐久間 利秋 会長:徳田 八郎衛 フロリダ州オーランド市と姉妹都市を提携 創設間もない当協会が市から受けた最初の して 20 周年という節目の年となりました。 要請は、浦安にピッタリの姉妹都市選択と答申 20 年前浦安市では、どのようなところと姉妹 でした。この時、 「 日本への現地の関心は高いか」 都市を提携すべきか、市民の皆さんに自ら考え という選考基準を、オーランドについて満たし てもらおうと、浦安市国際交流協会へ姉妹都市 てくれたのは国際理解教育を推進する Dr.フィ の候補地選定を委ねました。協会では様々な議 リプス高校の存在です。以後、民間団体の UIFA 論を経て、10 数都市の中からオーランド市が第 と教育機関の同校との交流が誠実に続いていま 一候補として市長に報告され、姉妹都市提携に す。そして市から受けた次の要請である「友好 至りました。 の翼」の企画と実施も、同校の強い支援を前提 に行われています。 オーランド市は日本の沖縄とほぼ同緯度で、 1年を通して温暖な気候に恵まれた世界有数の 当方が提供できるのは、同校での日本文化紹 観光都市です。さらにハイテク、宇宙産業など 介と、同校の訪日時に市青少年課からの協力依 で急速に発展した都市です。 頼で行う修学支援しかありません。後者につい そんなオーランド市とのこれまでの交流を ては以前よりも円滑に、官民協力して行えるよ 振 り 返 る と 、 学 校 交 流 ( ALT の 採 用 や 教 師 派 うになりました。日本語学習支援に同校へ会員 遣)・青少年交流(青少年海外派遣)・文化交流 を派遣したこともありましたが、他にも同校の (人形交流、市民合唱団の交流、図書館ボラン 異文化理解や日本語学習に寄与できることはな テ ィ ア 視 察 な ど )・ 障 が い 者 交 流 (障 が い 者 派 いか一度検討してはどうでしょうか。 遣)・スポー ツ交流(マ ラソン交流、 シニアス ポ 青少年海外派遣は意義ある事業ですが、ごく ーツ交流、少年野球交流など)・友好の翼交流な 少数の生徒にしか機会が与えられません。友好 ど、挙げてみてもわかる通り、様々な方面から の翼をその補完に使えないか?観光協会などで 姉妹都市交流がなされてきました。姉妹都市提 はなく教育機関が UIFA のパートナーである特 携記念事業も5周年から5年ごとに行われ、今 殊事情を活用するには、教育分野との提携は魅 年度も 20 周年記念事業を行う予定となってい 力ある選択です。20 年間の海外派遣成果が評価 ます。ここまで長く、広く交流が継続して行わ されれば要望が出るかもしれません。 ハリケーン直後の凄惨な状況でも派遣生徒の れてきたのは、まさに市民のみなさんが積極的 に行動されたことによるものだと感じています。 ホームステイを受け これらの活動を通して、浦安市民とオーランド てくれた優しいオー 市民の相互理解が図れただけでなく、国際理解 ランド市民に感激し や異文化に対する理解にもつながったものと感 ましたが、裏には校長 じています。 以下、Dr.フィリプス 今後の姉妹都市交流については、提携した当 高校教職員の必死の 時と社会情勢も変化しておりますが、これまで 調整がありました。私 行ってきた交流を大切にし、さらに発展した姉 が「私たちの姉妹都市 妹都市交流となるよう取り組んでいきたいと考 交流は間違っていな えております。 かった」と思ったのは、 ***************************************** この時です。 浦安市 緑豊かな海浜都市 (写真:弓道に挑戦するトロチンスキーDr.フィ オーランド市 The City Beautiful リプス高校校長) 2 解 説 親善人形交流の成果と展望 友好の翼の歴史とその意義 姉妹都市交流部会長:重松 清弘 親善人形交流グループ:辻村 聖子 今年 2009 年はオーランド市との姉妹都市提携 1927 年日米関係が険悪な中で「友情と平和は 20 周 年 記 念 の 年 で あ る が 、 提 携 の 調 印 式 は 子供たちから」と日本の子供たちへ約 13000 体 1989 年 10 月 23 日オーランド市において当時 の青い目の人形を贈る運動がありました。オー の両市長が参列して協定書に調印が行われた。 ランド市から「アナマ・ジュリー」が香川県仁 これを受けて「第1回友好の翼」は 1991 年 11 尾 町 に 残 っ て い る こ と が 分 か り ま し た 。 1995 月 17 日から 24 日の旅程で実施された。参加者 年戦後 50 年、姉妹都市提携5周年記念式典の は 40 名と記録されている。 中で「アナマ・ジュリーの里帰り」と「21 世紀 それ以来今年実施された「第 16 回友好の翼」 の新しい親善人形交流」のスタートを宣言し、 まで合計 650 名の浦安市民が参加した。私が関 親善人形を4体贈呈しました。 係させていただいたのは第 14 回(2006 年2月 以来、浦安親善人形交流の会を設立し、毎月 実施)からであるが、2008 年2月実施の第 15 2回例会を開き、市民の方々から寄付された着 回、2009 年2月実施の第 16 回、これらは偶然 物から人形の着物を縫い、市松人形を制作して の一致ではあるが、いずれも参加者は 24 名で 市民の方々のオーランド訪問時に託し、オーラ あった。第1回から第 11 回まで参加者数は毎 ンドの学校を訪問し、人形を通して友情と平和 回約 40 名であったが、近年の 24 名というのは のメッセージを伝え、人形の交換をしてきます。 低迷しているということなのであろうか。 交換された人形を市内の学校の子供たちに届け ていただきます。 「国際交流」という名のもとに一昔前は、た だただ海外の豊かさ、仕組みを「見てくる」だ 1995 年から 15 年。浦安からオーランド市の けの交流が多かったように思える。しかし、私 子供たちへ、中央ライオンズクラブが世界大会 が初めて参加した 2006 年には現地の高等学校 参加時にカナダの学校へ、オーストラリアから においても、我々友好の翼参加者は「日本を紹 の留学生の高校へ、黒沼ユリ子さん(バイオリ 介する」目的を持って、 「見てくる、貰ってくる」 ニスト)が支援しているエイズの母親から生ま ではなく「与える」交流を実践した。それ以前 れた子供たちの施設へ、浦安太鼓潮桴連がマイ の友好の翼も同様のことをしたと聞いている。 ア ミ の小 学 校 へ 、1927 年人 形 交 流 創 始 者 Dr. これから検討すべき課題もあるが、浦安市の市 Sydney L. Gulick の孫・三世ご夫妻が浦安小学 民交流は実に素晴らしいものになっていると自 校へ新友情人形を届けてくださった時、などな 慢できる。 ど。今日までに 37 体の親善人形が世界の子供 たちに届けられ、浦安の学校に届けられた人形 全てにおいて言えることではあるが、人的に は 29 体になります。 も物的においても「流れ」があるところには、 あまり問題は発生しない。この「流れ」が止ま 人形はお話をしませんが、その人形に出会う るところに問題が生じている。今、日本から近 人々が語りかけることで「ひと」になります。 隣 諸国 を 見 回 して そ う 思 う。 我 々 の 交流 は 20 親善人形交流は人間交流です。友情と平和を伝 年続いてきた。立派に親善と平和に貢献してき えるのは私たち一人ひとりなのです。 市内の小学校・中学校・高等学校 23 校に親 たのではなかろうか。 善人形が届けられています。是非会いに行って みてください。 今後も「友情と平和の大切さ」を親善人形交 流を通して伝えていきたいと会員一同努力して いきます。よろしくお願いします。 3 寄 稿 オーランドランナーズクラブとの交流 オーランドとの青少年交流 浦安市・青少年課長:高橋 浦安ランナーズクラブ・浦安ジョギングクラブ:米田 渡 喬 浦安市青少年海外派遣事業はオーランド市 1991 年(平成3年)5月 21 日、浦安市市制 と姉妹都市提携をしたことをきっかけとして、 施行 10 周年記念第1回東京ベイシティ浦安ハ 今後の国際社会を担うにふさわしい人材の育成 ーフマラソンが行われ、オーランドから4名の を図るために市内の中高生をオーランド市に親 招待選手も参加した。市役所主催の歓迎パーテ 善大使として派遣しております。平成 2 年から ィーに浦安ジョギングクラブ(UJC)のメンバ この事業を始めまして、これまでで 18 回、派 ーも参加した。この大会の壮年の部男女での市 遣生は総勢 239 名を数えました。 内1位は UJC のメンバー(H さん、Y さん) 派遣先での活動としましては、ドクターフィ であった。同年 12 月この二人は青年の部の代 リップス高校の生徒宅にホームステイをしなが 表と共にオーランド市で行われたシトラスハ ら市内の中学校を訪問したり、ドクターフィリ ーフマラソンに派遣された。マラソン会場で ップス高校の授業に参加したりと、オーランド 偶々隣り合わせた女性に Y さんが声を掛けると の学生との交流をおもに行っています。 彼女がオーランドランナーズクラブ(ORC)の 参加する派遣生は毎回とても意識が高く、ホ メンバー(唯一の日系人)であった。その縁で ームステイ先の家族や中学校、高等学校の生徒 大会後に ORC 主催のパーティーにも招待され さんとの交流が多く持てることを大変期待して た。こ こに は浦 安へ の 招待選 手は いつ も ORC おり、オーランド市の文化を学びたいという意 から選ばれるという偶然も隠されていた。 その後も、UJC は歓迎会への参加や招待選手 欲が伝わってきております。 のホームステイの引き受けを続けた。 この体験をもとに国際的な仕事やボランテ ィア活動に従事している者も多くなってきたと 1994 年 12 月 17 日、オーランドへの派遣ラ 報告を受けております。彼らがそろえて口にす ンナーや UJC のメンバー等が集まり、浦安ラ ることは、このオーランドでの貴重な経験によ ンナーズクラ ブ(URC)の結成が話 し合われ、 り、積極性や何事にも前向きに取り組む姿勢を 翌年1月に活動が開始された。活動の一部に、 学べて、人生の中でとても貴重な経験となった ORC からの招待選手との交流も含まれていた。 ということです。このように様々な体験の場を 1996 年 11 月 17 日、浦安ハーフマラソン終 与えていただきましたオーランドの皆様や毎回 了後の ORC 招待選手歓迎パーティーの席上で ご協力いただいている皆様に感謝申し上げます。 熊川市長を立会人として URC-ORC 姉妹クラ 今後も、中高生の感受性豊かな時期に、外国 ブ提携調印式が行われた。翌年1月2日に7名 の文化や習慣を実際に体験し、様々な交流を持 からなる「オーランド市スポーツ交流事業」参 つことで、国際的視野と豊かな国際感覚を身に 加者(URC、UJC のメンバーと市職員)が オ つけてほしいと同時に、浦安という郷土につい ーランドに派遣され、1月3日にオーランド市 て、別の角度から見ることのできる力を養い、 において同じ調印式が行われた。 それから 12 年間、URC と ORC の間では絶 その力を本市のために発揮してほしいと考えて えることなく公式、非公式の交流が続くことと おります。 なった。成田空港での送迎、市長表敬訪問、大 会エスコート、ホームステイ、観光・・・。オ ーランドへ行くと全く同じスタイルである。非 公式訪問においても世話になり、世話をするこ とがしばしば行われている。これからも当分の 間、こんな関係が続いていくのであろう。 4 役員人事と運営方針 事業予告 ホームビジット・ホームステイ受入家庭の募集 地域交流サロン開催 総務研修部会:織内 勲 ホームステイ・ビジット委員長:伊藤 孝敏 カナダ人 Mr.Boniecki(ボニエッキさん、東 ①青年海 外協力 協会(JOCA)が行う、 カンボ 海大学浦安高校の英語の先生)を囲んで、カナ ジア青年研修で訪日期間中の 11 月 22 日(日)、 ダ・カナダ人・日本などについてお茶を飲みな 青年達に浦安でホームビジットを体験して がら、おしゃべり会を開きます。 貰い、日本の家庭や習慣を少しでも経験して 日時:10 月3日(土)14:00~16:00 帰って貰おうというプランを立てました。 ②外務省が計画する、アジアの将来を担う高校 場所:新浦安駅前マーレ2階国際センター 市民まつりに参加 生の日本に対する理解を促進し、国民レベル で交流を深める事を目的に来日、12 月 12 日 実行委員長:重松 清弘 日 程;10 月 17 日(土) 内 容:来年2月実施予定の「友好の翼」の PR (土)~13 日(日)、アフガニスタンの高校生が 場所:市役所周辺 浦安を訪れ、ホームステイを体験します。 活動と相談コーナーを設けます。また、UIFA ★ ホームステイやホームビジットを通じて高 各部会活動の紹介をパネルやチラシで行いま 校生や青年達と交流してみませんか?その す。景品付きクイズコーナーなど盛り沢山の た め の ホ スト フ ァ ミ リ ー を 募 集 して い ま す 。 問合せ・申込先:浦安市国際交流協会事務局 内容を用意して皆様をお待ちしております。 語研フェスティバル開催 日本語学習支援者スキルアップ講座開講 外国語学習グループ長:三浦紘二 日本語学習支援グループ講座担当:谷口 優子 恒例の語研フェスティバルを 11 月 29 日(日) 11 月 14 日(土)13:30~15:30 国際センター において、現在活動中のボランティアメンバー に WAVE 101 大ホールで開催します。今年は会 を対象にスキルアップ講座を実施いたします。 員の懇親を深めることに重点を置き、舞台出演 講 師 は 岩 佐 靖 夫 先 生 (明 海 大 学 外 国 語 学 部 日 本 講座を絞りました。またフラメンコの特別公演 語学科他)です。申込方法・詳細は各教室リーダ も予定しています。詳細は 11 月始めに UIFA ーを通じてお知らせいたします。 ホームページでご案内します。 姉妹都市提携 20 周年記念イベントに参加 日 本 語 グループ交 流 会 開催 に ほん ご こ う りゅう か い か い さ い じ っ こ う い い ん ちょう もり がくぞう 実行委員長:田中 智恵子 実行 委 員 長 :森 岳三 浦安市とアメリカ合衆国フロリダ州オーラ 浦安 市 の日 本 語 10 教 室 の 学 習 者 とボランテ ンド市が姉妹都市提携を結んでから、今年は 20 ィア が 集 ま って 昼 食 ・ ゲ ーム ・ 歌 ・お し ゃ べ 周年になります。そこで、オーランド観光局な りを楽 しむ会 です。ビンゴもあります。 どの協力を得ながら、市と浦安市国際交流協会 ご家 族 ・お友達 と一緒 に参 加 しませんか。 が中心となり記念事業を行います。 日 うらやす し に ほん ご あつ たの か ぞく にち ば オーランド市の紹介やこれまでの市民の 場 きょう し つ が く しゅう し ゃ ちゅうしょく うた かい ともだち いっしょ じ ねん しょ み はまこうみんかん さん か がつ む い か にち 時 :2009年 12月 6日 (日 )10:30~14:00 か い だ い しゅう か い し つ 所 :美 浜 公 民 館 2階 大 集 会 室 数々の交流を讃えると共に、姉妹都市交流への 姉妹都市提携 20 周年記念年末交流会開催 理解と関心を高め、青少年交流をはじめ市民の 実行委員長:原 一男 姉妹都市交流を一層深めていくための事業を企 日時:2009 年 12 月 13 日(日)11:00~14:00 画運営する実行委員を募集します。 場所:新浦安駅前 日時: 11 月 15 日(日)10:00~17:00 定員:100 名 場所:新浦安駅前ショッパーズプラザ1階 目的:会員同士、友好団体及び一般市民との交 問合せ・申込先:浦安市国際交流協会事務局 オリエンタルホテル 流による相互理解の促進。 チケット:販売日時及び金額未定。 11 月 1 日 電話&FAX:047-381-5931 e-mail:uifa@jcom.home.ne.jp 発行の「広報うらやす」をご覧下さい。 5 事業報告 日本語学習支援者入門講座実施 姉妹都市提携 20 周年記念「オーランド大 好き-I love Orlando-」実施 日本語学習支援グループ長:榎本 宏邦 実行委員長:徳田 八郎衛 5月 31 日、6 月7日 ・21 日の3日 間、国 際セン タ 観光、業務、公的派遣などでオーランドを訪 ーで今年初めての入門者研修講座が開催されました。 れた人や同市の市民をホームステイで受入れた 参加 者 15 名 はお 馴 染み の 松本 明 子講 師 の明 快 な講義 人同士が知り合い、再会し、また様々な団体の 振りに熱心に耳を傾けました。今回はいつもの教室型 交流事業を認識するのを目的に、表記の催しが の机の並べ方を変えてロの字、相互対面型とし質問や 姉妹都市提携 20 周年記念事業として 8 月 30 日 意見交換をやり易くして互いの参加意識を高めました。 市文化会館大会議室で開催された。中心となる また最終日には現役で活躍中のボランティア7名の参 のは各団体のオーランド交流パネル展示と口頭 加を得て質問会を実施。文法から学習者との付き合い の報告である。まず提携時に国際交流課長を務 方まで様々な角度からの質問・応答のやりとりで盛り めた辻村聖子さんから「なぜ姉妹都市を必要と 上がりま した。参加者 の中 から 11 名が即 ボラン ティ ア したのか」の説明があり、続いて青少年海外派 名簿に登 録、半数以 上が実 際に活動 を開始 してい ます 。 遣事業(青少年課岩井係長)、ランナーズ交流(浦 「うらやす日本語指導力向上講座」実施 安ランナーズクラブ清野会長)、少年野球(派遣 実行委員長:藤原豊太郎 団の川口監督)、UIFA の幅広い交流(UIFA 徳 文化庁よりの受託事業「うらやす日本語指導力向上 田会長)、今年度の友好の翼(UIFA 重松姉妹都 講座」が 国際セ ンター で7 月 26 日に開 講され ました。 市交流部会長)の順で実績と成果が述べられた。 第1回、第2回(8月2日)は明海大学桜井隆教授に 青少年海外派遣ではハリケーン被害直後な よる概論でした。日曜の夜5時半から3時間にわたる のに温かく迎えられた 2004 年度派遣生の感動 講義でし たが、ほぼ定 員の 30 名が先生 の率直 でユー モ 的な手記が読み上げられ、2008 年度派遣生から アあふれ る話に 耳を傾 けま した。 『言葉 は必要 性があれ 生の所見も述べられた。少年野球でも今は中3 ば覚えるもので、学習者が日本語に何を求めているか に成長した3年前の派遣選手が派遣の成果を力 学習者の ニーズ を知る こと が大切。』など UIFA 日本語 強く報告した。いずれも幼少期の強烈な体験が、 教室のボランティアのためになることが多々ありまし 独立心や逞しさを育成した事例である。 た。第3回(9月6日)より多仁安代先生による各論 「UIFA の幅広い交流」では、一方的な見学 が始まり ます。 災害時外国人サポーター養成講座参加 や展示を双方性ある交流にまで進めるには、協 力を得られるコーディネータを米国でも探す必 翻訳・通訳ボランティア:藤原 祥隆 要があり、その人脈を得るにはホームステイ受 大災害が 発生し た際、 言葉 が通じな いため に災害 弱 入れが非常にいい機会を提供してくれたという 者になり うる外 国籍市 民を 支援する サポー ターの 養成 体験を報告した。 講座を船 橋市国 際交流 協会(FIRA)が開 講して 3年目。 続く交流会の合間に「姉妹都市交流への提 毎年当協 会もご 招待を 受け て参加し ており 、今年 は船 案・要望」を参加者はポストイットに記して壁 橋市と防 災協定 を結ん でい る横須賀 市の横 須賀国 際交 に貼り付けた。20 年前から要望し続けている項 流協会と の共催 となっ た。初日の7 月25 日に は徳田 会 目も少なくない。荒天の中を約 120 名が参集し、 長にご参 加頂き、 両市中 間 点の羽田 空港で NPO多文 化 身内同士の再会だけでなく御縁がなかった団体 共生マネ ージャ ー全国 協議 会代表理 事の田 村太郎 氏を とも知り合い、全国紙の取材も受け、満足して 講師とし て「災害 時のボ ラ ンティア に求め られる 役割 散会した。2008 年度派遣生徒の東海大学付属浦 と広域連 携の必 要性」 と題 するセミ ナーが 行われ た。 安高校の宮國青海さんが司会を務め、実籾高校 第2回の 8月8 日は、 「新 潟県中越 沖地震 の経験 か の板垣悠太君が当日スタッフとして活躍した。 ら」と題 した講 座が、 須田 麗子氏( 元新潟 県国際 交流 二人とも爽やかな若者だった。 協会相談 員)を 講師と して 開催され 、グル ープワ ーク を含む研 修に参 加した 。 6 寄稿・お知らせ 中国高校生ホームステイ体験記(2008 年4月) のみなさんにも早く中国に来て、中国への理解を深め 昨年の 6/14,15 に中国 高校 生 20 名 がホー ムステ イを体 てほしいと思います。そのときは私たちが熱烈歓迎い 験、その時 の感想 が寄せ ら れました のでご 紹介し ます 。 たします 。あり がとう ござ いました 。 第7分団・吉林省実験中学:高 詩萌 日章学習長春高中:国 鴿 尊敬する 先生が た、生 徒の みなさん 、こん ばんは 。 学 校 訪 問 と ホ ー ム ス テ イでは 親 切 な も て な し を 受 け 、 この たび 日本 での 9日 間に わた る交 流活 動の 機会に 恵まれ光栄に思います。また、中国高校生訪日団第3 まるで我が家に帰ったように感じました。日本のホス 陣のメンバーとして、日本の高校生とともに学び、生 トファミリーは日本料理を作ってくれ、海辺で記念写 活するこ とがで きて嬉 しく 思います 。 真を撮ったり、プレゼントを交換したりと思い出深い ひと時を 過ごし ました 。 9日 間は あっ とい う間 に過 ぎま した 。8 日前 、私た ちは好奇心いっぱいで、歴史と魅力を秘めた国、日本 学 校 で は 日 本 の 高 校 生 と 一緒 に 授 業 を 受 け 、 和 菓 子 をめざす飛行機に乗り込みました。そして到着と同時 を作ったり、課外活動に参加しました。この期間中、 に、日本の人々の温かく、きめ細かいおもてなしを受 私はたくさんの日本人と交流して、日本人がいかに親 け、異郷にいるとは思えない安心感を得ました。訪問 切でフレンドリーかを感じ、日本に対する印象がずい 中は、日本ならではの人情や風土を知り、日本の家庭 ぶん変わ りまし た。日 本は とても温 かい国 でした 。 日 本 は と て も 豊 か で 進 ん だ国 な の で 、 私 達 は 進 ん だ での生活を体験し、日本の高校生の学習環境を見て、 日本の豊かな経験に学ばねばなりません。先進国日本 日本人の 温かい 心と友 好の 気持ちを 知りま した。 とくに印 象的だ ったの は、やはりホ ームス テイで す。 を目にして感服するというより、私はもっと勉強しな ホームス テイ先 は浦安 市で した。たっ た1日 でしたが 、 ければ、と意欲をかき立てられました。これから私は 日本のお父さん、お母さんは、私たちをお客さんでは 一生懸命努力して自分達の国を日本のように先進国に なく、本当 の子供 のように 大切にし てくだ さいま した 。 したいと 思いま す。 外国で不安な気持ちになるところを、安心感と心地よ 経費削減活動 さで満たしてくださいました。第7分団を代表し、日 会計:小西 英雄 本のお父さんとお母さんたちに心からの感謝と敬意を 2009 年 3 月に新事務所へ移転し、事務所賃 借費用等の追加経費が今年から発生しています。 表したい と思い ます。 この費用をいくばくかでも吸収するために、今 もうひと つ印象 的だっ たの は、先進 国が高 度な規 範、 社会原則の上に成り立っているということです。どこ 年度は、経費削減のため次のとおり実行中です。 へ行ってもスタッフの笑顔に迎えられ、ホームステイ ① 協会ニュースのうち一部については、10 月 先でも日本の人々が協力し合っている姿を目にしまし 号より個別の郵送は取りやめ、手渡しで行う。 た。すべての規範、制度といったものに、努力して止 ② 協会ニュース印刷は、業者へカラー印刷を発 まない日本人の精神を感じましたし、あらゆる場面で 注していたが、来る 2010 年 1 月号から自前で のきめ細やかさ、責任感は、他人を大切にする気持ち 作成する。③ 従来土曜日に事務所はオープンし や、社 会を愛 する心 の現わ れだと思 います 。さ すが「 礼 ていたが、この 10 月からは、閉鎖する。 皆様には、多少のご不便をおかけしますが、 儀を重ん じる国 」だと 思い ました。 ご理解とご協力をお願いします。 今回 の交 流活 動の 中で 、中 日間 の結 束と 友情 、そし 10 月より土曜日は事務所が閉鎖します て 両 国 民 の 間 に 通 じ る 深 い 気 持 ち を 感 じ ま し た 。「 朋 副会長:米田 喬 (とも)あり、遠方より来る。また楽しからずや」と UIFA の 事 務 所 は 、 今 ま で ( 月 ) ~ ( 土 ) ま で 開 か いう孔子 の言葉 があり ます 。ここで 言う「 朋(と も)」 とは志や目標を同じくする者という意味です。今、こ れていま した。 10 月か らは (土)を 休みに して( 月) こにいる皆さんは、中日の平和友好という同じ目標に ~(金)のみ開くことにしました。時間は従来と同じ 向かっています。この9日間の交流訪問は私たちの心 9:00~12:00、13:00~17: 00 で す。ご 不便を お の中で一生の思い出になるでしょう。ぜひ日本の生徒 掛けしま すがご 理解の 程よ ろしくお 願いい たしま す。 7 原稿締め切り:2008 年6月 11 日(水)・印刷発注:6月 18 日(水) 事業報告 めいかい だいがくりゅう がくせい たなばた ドイツ女子学生ホームステイ受入 かい 明海 大学 留 学生 七夕 の会 宇佐見 ぶ ん か こ う りゅう ぶ か い ちょう ながすえ み ち こ 今回我が家に2週間ホームステイしたドイツ 文 化 交 流 部 会 長 :永末 美 知 子 こうれい め い か い だ い が く りゅう が く せ い たなばた かい がつ よ 人のラモナこと通称モナちゃん、18 歳。とても 恒例 の 明海 大学 留 学生 と 七夕 の 会 を 7 月 4 っか ど だいがく しゅう ね ん き ね ん か い か ん かいさい 明るく努力家、そしてチャーミングな女の子、 日 (土 )大学 の 30 周 年 記 念 会館 で開 催 しまし りゅう が く せ い めい たいわん かんこく ちゅう ご く 英語も流暢に話します。 た。留 学生 38名(台湾 、韓国 、ラオス、中 国 、 ふ じん かい めい うらやすたい こ れん 滞在中、朝五時半に起き、合気道の稽古に一 アメリカ)、婦 人 の会 メンバー10名 、浦安 太 鼓 連 めい めい かいいん めいそう 人で自転車で道場まで通い、帰宅すると、楽し 6名 、ホストファミリー10名 、UIFA会員 9名 総 ぜい めい りゅう が く せ い こ う りゅう たの そうに稽古のことなど話してくれました。近所 勢 73名 が 留 学生 と交 流 を楽 しみました。 うらやす かあ たち いろ ゆ か た であった夏祭りには浴衣を着て出掛け、盆踊り 浦安 の お 母 さ ん 達 か ら 色 と り ど り の 浴衣 を き もら たんざく おも おも ねが ごと か やお神輿担ぎにもチャレンジし、とても楽しそ 着 せて貰 い,短冊 に思 い思 いの願 い事 を書 いて ささ かざ たなばたでんせつ き たなばた うた が っ しょう うに日本の夏を満喫していました。 笹 に飾 り、七夕 伝説 を聴 き、七夕 の歌 を合 唱 。 なか そこ ひび うらやすたい こ れん せいねん 日本食もいろいろとトライし、餃子やのり巻 またお腹 の底 まで響 くような浦安 太 鼓 連 の青年 たち えんそう わかもの だ い こ う ひょう たい こ きも一緒に作ってくれました。 達 の演奏 は若者 たちに大 好 評 。太 鼓 のリズムに ふ じん かいかいいん し どう ぼんおど たんこう 私達もドイツ語を習ったり、ドイツの国や住 のり、婦 人 の会 会員 の指 導 による盆 踊 り「炭坑 ぶし ひ じょう も あ そ ご じ かん た わす んでいるミュンヘンの町のことなどいろいろと 節 」は非 常 に盛 り上 がり時 間 の経 つのも忘 れて おど こく が く せ い だ い ひょう りゅうちょう 知ることができ、楽しいひとときでした。 踊 りました。其 の後 5カ国 の学生 代 表 が 流 暢 に ほん ご あいさつ へいかい ご わか お りゅう が く ドイ ツ へ 帰 な日 本 語 で挨拶 。閉会 後 も別 れを惜 しんで 留 学 せい に ほんじん こ う りゅう 紀子 つづ 国したら学校 生 と日 本 人 の交 流 が続 いていました。 の勉強や合気 た い わ ん りゅうがくせい 台湾 留 学 生 ゆ か た かく いく かんそうぶん 道はもちろん、 霍 郁 ケイさんの感想 文 き たいわん がっこう 日本語の勉強 浴衣 を 着 る こ と は 台湾 の 学校 で し ま し た が、 に ほんしき たなばたいわ はじ ねが ふだ か もしたいとい 日 本 式 の七夕 祝 いは初 めてです。願 いを札 に書 たけ か たなばた いわ き も かん ぼん う頑張り屋の いて竹 に掛 け、七夕 を祝 う気 持 ちを感 じたり、盆 おど たいけん ほんとう たの ぼんおどり すこ モナちゃん。 踊 りなどを体験 したことは本当 に楽 しかったで たいわん おし ちが 遠い日本から す。台湾 で教 えてもらった 盆 踊 と少 し違 いまし に ほん ぶん か 応援していま たが、それも日 本 の文 化 をわかることになりま した。 わす たい こ えんそう すよ。 たい こ JICA(国際協力機構)幹部の来訪 忘 れられませんのは太 鼓 の演奏 です。太 鼓 の おと こころ おく こ たから よう だい じ のこ 会長:徳田 八郎衛 音 が 心 の奥 に しみ 込 み 、 宝 の様 に 大 事 に残 っ たい こ おど ぼんおどり 6 月 10 日大金正知・JICA 国内事業部次長 ています。太 鼓 にあわせて踊 った 盆 踊 りはとて たの と吉成安恵・同事業 も楽 しかったです。 こんかい たなばた かい さん か おも で 部連携事業課長が 今回 の七夕 の会 に参 加 して、いい思 い出 をい あり 協会事務所を 訪問、 ただき有 がとうございました。 JICA 研修生受入れ 事業再開について 三役と協議が行わ れた。 編集後記:姉妹都市 20 周年記念特集号を楽し んでいただけたでしょうか。本紙の編集員を募 集しています。興味のある方は事務局まで。 8 8
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