「伝統工芸(笠間焼小売業)における 価値連鎖を生み出す経営革新」

経営コンサルタントの目から見た企業革新−第5回−
「伝統工芸(笠間焼小売業)における
価値連鎖を生み出す経営革新」
(社)茨城県経営コンサルタント協会
青柳 敦子
小規模企業にとって、経営革新というと一歩引いてしまうようですが、これは決してむずかし
いことではありません。私の持論でありますが、既存の枠にとらわれない新たな発想とアイデア
による小さな改革・革新の積み重ねこそ、いつか大きな成果を生むものであります。どんな小規
模企業であっても臆せず、創意工夫による新たな取組みに一歩踏み出してほしいという切なる思
いから、古い因習と制約が数多く残る伝統工芸品である笠間焼を販売する小売業を事例企業とし
て取り上げてみました。
1.業界・商品の特徴
伝統工芸品の世界は、いわゆる匠の世界であり、作家さんが、年に数回釜出しした芸術性の高
い一品ものの工芸品とそのお弟子さんが型取りした土産用の食器等の量産品に大別できます。値
入れは作家さんが独自に行い、それは建値制に近く、値崩れすることはありません。これにより、
販売所は一定割合の下代での仕入販売となり、また、一般客にとってはどこの店で購入しても、
同じ商品なら価格も同じというものになります。
従って、笠間焼小売業は「店舗間競争」となり、立地の良し悪し、商品構成、店舗の規模、セ
ンスや雰囲気が決め手であり、競争の武器となります。
また、商品特性としては、その価値がわかりにくく、価格や嗜好が購買基準となるようです。
つまり、芸術性の高い良い商品と思って仕入ても、高かったり好みに合わなければ購買に至らず、
逆に作り損ないの安物と思っても、
「あら、素敵」と購買に繋がる現象が起きています。それに
より、すぐに死筋商品が出たり、細かく煩雑な商品管理が必要となることもこの業界の特徴です。
ここに、コンサルタントとしてもマーチャンダイジングの難しさがあります。
どうにか作家さんの感性が入る商品に付加価値がつけられないものか、商品以外でも競争差別
化となるサービスが付加できないものか、店舗の立地変更が難しいK店の取組みであります。
2.K店の概要
・資本金
5 百万円
・業種経験暦
22 年
・従業員数
8名
この企業は、女性経営者が趣味で創業した会社で、1代でここまでに大きくしています。現在
の組織構成は、家族4名と女性パート4名となっていますが、3名の家族は非常勤で、実質社長
が一人で何もかも切り盛りしている状態です。役員でもある一人息子は、今期作家として独立し
ましたが、製陶は進んでおらず、商いにはあまり関心を示さない状況にあります。
3.K店の現状下における問題点
①立地・競争条件の変化
笠間の状況もK店がオープンした当時からは、かなり様変わりしています。当初、通称「焼き
物通り」には、7件の窯元と4件程の販売店が不連続で立地している状況でしたが、数年前に、
芸術の森公園や工芸の丘が出来てからは、それに続く新設道路「ギャラリーロード」にぞくぞく
と販売店が新設オープンし、笠間焼販売の中心が完全に移り、競争条件も変りました。
『やきも
の通り』に立地する当店は、ここ数年間売上高の減少が著しく、趨勢的に落ちています。
一昨年以来、様々なコスト削減や経営努力を行っています(コンサルに入る年、経常損失 500
万円の赤字が 100 万円の黒字転換)が、追いつかない状況にあります。
②後継者、人材等の制約
上記の問題を解決するには、新規事業開発、業態転換、立地変更等抜本的な対策が講じる必要
がありますが、後継者問題、資金面、人材面で大きな制約がありました。特に、後継者問題では、
いかんせんしようのない問題となっています。
4.今回の支援
①現店舗の他に、新店舗(笠間、つくば、東京が候補)のための立地調査を実施した。
②現店舗については、認知度を高めるために看板を設置し、店前道路側の木を伐採し、視認性を
高めた。さらに、商品構成を見直し、売上高の伸びてきた商品(和風衣料品、小物、植木鉢付
き苔玉)の仕入を強化した。
③下記今後の方針の確認、計画策定
1)息子の笠間焼製造が本格的に始まる 6 月以降、仕入の重点化、委託仕入を取り入れる。
2)新規事業として、顧客仕様のオリジナル・ネームやイラスト入り商品によるホテル等への結
婚引出物の開拓、インターネット通販、リフォームを開始する。
3)POS システムによる在庫管理と顧客管理を行なう。
④財務面のアドバイスとして、
1)借入金の金利の高い分につき、制度融資により借り換えを提案し、この支援の最中に行った。
2)今後の投資は極力借入金に依存しないで、個人資金を出資する。
⑤店独自の魅力ある販売促進を開発し、取扱商品をアピールする。 というものでした。
この結果、当初 500 万円程の当期損失が見込まれましたが、平成 15 年 6 月期決算も当期利益
100 万円の黒字となっています。
5.革新のポイント
上記の支援における革新のポイントは、③の 2)と 3)である。
2)は、商品自体に付加価値を付けるもので、笠間焼を粘土で形成した段階で、顧客の仕様によ
るイラストやイニシャル、ロゴ、草花等を入れ、焼くというものです。また、商品にリフォーム
(ひび割れ等の修復)
・サービスを付加し、商品価値を高める方法です。前者は、地元では手ひ
ねりの焼物教室などで、すでに顧客が粘土形成したものを焼くサービスはありますが、ここでは、
プロが商品価値を高めるために行うオーダーメイド作品としての位置付けで、手ひねりとは一線
を画したい。 この事業で、われわれが目指すものは、
『付加価値マーチャンダイジングの展開
とサービスの付加』という経営革新です。すなわち、これからの小売業の生き残りの一方法とし
ては、いわゆる『ショップ化』というのがあります。単にメーカーが作ったものを仕入・販売す
るだけの購買・販売代理人としての小売業から、より製造業に近づくという意味での『2.7 次産
業』への脱皮であります。
3)は、現在メーカーの統一商品コードのない芸術品に商品マスター・コードを付けて、POS シ
ステムを導入するというものです。これにより、飛躍的に在庫・仕入管理の効率化が図られ、売
れ筋の把握等単品管理が可能となる利点にあります。
6.最後に
私の K 社に対する支援スタイルについて、述べたいと思います。
この K 社については、経営者の意思決定が曖昧で、その場の気分でやるとかやらないとかはっき
りせず、正直のところ、収益責任のある私はいつもやきもきしどうしでした。ただ、その迷いの
本質(投資は怖い、後継者が決まっていない等)は理解できます。それゆえ、経営者本人の十分
な納得と組織固め等運営管理の準備がきちんとされない限り、リスクを負わせてはならないと考
えています。少し時間がかかるかもしれませんが、経営的な成果のみを追求するのではなく、経
営者一家が無理をせず、最も幸福でありつづけられるよう、当面は借入金の全額返済を目標に、
経営者自らの決断があるまで辛抱強く見守っているところです。
<プロフィール>
青柳 敦子 氏
資格 中小企業診断士
専門分野
・経営戦略、マーケティング戦略、組織開発
・事業再編、経営再建、企業再生
・産業集積(石材業、笠間焼)
戦略系コンサルタントとして、計画策定から実施支援まで、経営全般を専門とする。
現職
経営コンサルタント会社(アオヤギコンサルティングオフィス)代表
所在地 西茨城郡友部町太田町 352-46
E-mail: a_aoyagi@wj8.so-net.ne.jp