デジタル著作権をめぐる課題 クリエイティブ・コモンズを例に † Problems

SJC Discussion Paper: DP2006-002-J
デジタル著作権をめぐる課題
─クリエイティブ・コモンズを例に─ †
Problems in Digital Copyrights:
A Case Study on Creative Commons
土屋 大洋 ∗
Motohiro Tsuchiya
本稿の目的は、近年注目を集めるデジタル著作権について、クリエイティ
ブ・コモンズを例に、その課題を検討することである。インターネットにお
ける著作物の違法な取引が日常的に行われており、それが通信と放送の融合
を阻害しているといわれている。本稿で取り上げるクリエイティブ・コモン
ズは、著作権者があらかじめデジタル著作物の使用条件を明示することで、
利用を促している。そして、グローバルな取引を実現するインターネットに
対応するため、各国ができるだけ共通のライセンスを使えるよう努力してお
り、将来各国が政策変更を考える際のテンプレートとなるだろう。
The purpose of this paper is to analyze problems of digital copyrights, focusing
on activities of the Creative Commons. A lot of digital content is transmitted
illegally over the Internet, and it is said that such transaction hinders digital
convergence of telecommunication and broadcasting. By using Creative Commons
licenses, copyright owners to show conditions to share their content materials
online more easily. The project is becoming global with efforts of porting the
licenses to other jurisdictions by experts in many countries. It could be a policy
template for governments to consider legal reforms in the future.
March 17, 2006
Stanford Japan Center
†
本稿は、2003 年 5 月から 2005 年 11 月まで国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
(GLOCOM)がホストしたクリエイティブ・コモンズ・ジャパンの活動に多くの示唆を得ており、筆者
も国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの客員研究員としてその活動に参加した。関係
各位に感謝したい。また、スタンフォード日本センターの ICT 研究会の参加者から有益なコメントをい
ただいたことにも感謝したい。しかしながら、本稿の文責は筆者にある。
∗
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教授 taiyo@sfc.keio.ac.jp
1
この作品は、クリエイティブ・コモンズの帰属-非営利-同一条件許諾 2.1 Japan ライセンス
の 下 で ラ イ セ ン ス さ れ て い ま す 。 こ の 使 用 許 諾 条 件 を 見 る に は 、
http://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/2.1/jp/をチェックするか、クリエイティブ・コモ
ンズに郵便にてお問い合わせください。住所は:559 Nathan Abbott Way, Stanford, California
94305, USA です。
2
1.
デジタル著作権への注目の高まり
インフラが整備された後、コンテンツが政策的に重視されるようになるにつれ、議論の
焦点は知的財産の保護へと移ってきている。特許や著作権の強化が既存の権利者の働きか
けもあって、政府の中で検討されている。実際、特許の範囲の拡大や、著作権保護期間の
延長が行われている。インターネット放送が行われるようになると、著作物の違法コピー
も容易になるため、それを防ぐための法的、技術的な取り組みが求められている。
著作権が大きくかかわるコンテンツ産業の市場規模は、イメージするほど大きくないに
もかかわらず、政策的重要性が高まってきたために、権利者間の争いが起きてきた。ここ
での権利者とは、著作物を生みだすクリエイターや企業、それを消費する消費者、二次利
用するクリエイター、政策的な調整を行う政府である。
2002 年 3 月 11 日の第 10 回の IT 戦略本部の議事録によれば、宮内義彦オリックス会長
は、通信と放送の融合は、
「そうした議論[引用者注:通信と放送の融合をめぐる議論]は
地上波放送のデジタル化を円滑に進めるという観点だけでなく、コンテンツ産業を強化し
て、これをブロードバンド・インターネットに豊富なコンテンツが、日本では世界に先駆
けて豊富なものができる。そういう新しい産業をつくるという観点からも非常に重要だろ
うということである」と指摘している 1 。
2005 年 9 月 11 日の総選挙で圧勝した小泉純一郎首相は、竹中平蔵を総務相に据えた。
そして、竹中総務相は、2006 年 1 月に通信・放送の在り方に関する懇談会を設置した。通
信と放送の融合は何年も議論されてきたが、いまだに明確な道筋を見いだすことができて
いない。竹中総務相は、「なぜインターネットでテレビの生放送が見られないのか。なぜ
NTT は無料の IP 電話を提供していないのか。そうした国民の素朴な疑問に回答を示す必
要があると思う。単に 1 つの組織論を議論するのではなく、総合的に今後の通信・放送の
あり方を議論していく」と問題提起を行った。
パソコンとインターネットによってデジタル技術が一般に普及する以前は、コンテンツ
のコピーはそれほど問題にならなかった。VTR(Video Tape Recorder)の登場は業界を大き
く揺さぶったが、アナログ録画は品質劣化を伴うため、徐々に受け入れられた。しかし、
デジタル技術の普及はもう一度、産業と規制の在り方の再考を求めている。消費者は手に
入れたデジタル技術を使って、時には無意識に違法コピーを行い、海賊版が横行する事態
になっている。こうした「海賊行為」を撲滅しようとクリエイターたち、特に企業は強い
1
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dai10/10gijiroku.html
3
規制の実施を政府に求めるようになった。
ところが、一方的な規制は、創造行為を窒息させると議論する人々もいる。デジタル技
術は、単なるコピーだけではなく、新しいコンテンツの創造にも利用することができる。
現代アートはますますデジタル技術を多用するようになっているし、音楽でも不可欠なも
のになっている。しかし、せっかく手に入れたデジタル技術の利用を過度に規制すること
になれば、新しいコンテンツの創造が抑圧され、結局はコンテンツ産業の育成という大き
な目標に逆行することになる。
デジタル・コンテンツの政策をめぐる問題は、テレビ番組や映画、一流アーティストの
音楽の話ばかりではなく、もう少し小さなクリエイターたち、さらには一般の利用者たち
がどうやってコンテンツを自分たちで作り、それをインターネットで展開し、ブロードバ
ンド社会に貢献していくかということも視野に入れ、バランスをとっていかなくてはなら
ない。その上で、著作物の保護期間をどれくらいにするか、どうやって合法的なコンテン
ツを増やしていくかを考えていく必要がある。これは、需要と供給のバランスに基づく市
場原理だけでは決まらない政策課題であるという点で、政治的な問題である 2 。
2.
デジタル著作権の枠組み
2.1.
ベルヌ条約のインパクト
自由に使えるコンテンツの総称として「パブリック・ドメイン(public domain)」という
言葉がある。パブリック・ドメインは、文字通り訳すと「公的な領域」ということになる
が、一般的には「公有」ないし「公有財産」と訳される。その意味は、
「著作物や発明など
の知的創作物について、著作者や発明者などが排他的な権利(特に著作権)を主張できず、
一般公衆に属する状態にあること」とされている 3 。パブリック・ドメインは米国の著作権
法の下では認められているが、日本や欧州諸国など、著作物に関して人格権の一種として
の「著作者人格権」を認めている法制においては、認められていない場合が多い。日本の
著作権法においても、著作者人格性は譲渡できない旨の規定があり(著作権法 59 条)、明
2
他にも、電波の周波数の配分・割り当て問題は、経済学者やエンジニアからさまざまな
提言が行われているが、既得権益を持つ利害関係者との調整が最大の課題であるという点
で政治問題である。電波政策については下記を参照。ローレンス・レッシグ(山形浩生訳)
『コモンズ』翔泳社、2002 年。ジェラルド・R・ファウルハーバー、デービッド・J・ファ
ーバー「スペクトラム管理—財産権、市場、コモンズ—」
『GLOCOM Review』2003 年 1 月
号(第 73 号)。
3
http://ja.wikipedia.org/wiki/
4
文はないものの、著作者人格権を放棄もできないと解されている。したがって、日本にお
いては著作権を放棄しただけでは、厳密にはパブリック・ドメインの状態になったとは言
えないことになる。
米国の著作権法の文脈では、このパブリック・ドメインが重要な役割を果たす。パブリ
ック・ドメインにある著作物は、自由に改変・複製ができることになり、別の創造的作品
の基盤にすることができる。著作権(copyright)は自然法に基づく人権だといわれること
もあるが 4 、ある一定期間においてだけ国家が独占的なコントロール権を著作者に認めると
いう権利とする節もある。例えば、白田秀彰は、次のように述べている
著作権法で与えられている著作者の諸利益は、いずれも特許と同様の実定法上の権利
であることを否定することはできない。筆者は、とくに知的創作の精神的所有から導
かれるとする作品公表後の創作者の排他的独占権が、自然権によって裏付けられてい
るとする説を否定する。作品公表後の排他的独占権は、特許と同様に国家によって与
えられた実定法上の権利であり、他の競合する諸利益との政策的衡量を許すのである
5
。
パブリック・ドメインは、いわばわれわれの共有財産だが、それを制限することは共有
財 産 に 独 占 的 な 保 護 を 認 め る こ と に な る 。 シ カ ゴ 大 学 の リ チ ャ ー ド ・ A・ エ プ ス タ イ ン
(Richard A. Epstein)は、
「経済的側面からみれば、著作権保護期間延長法はまさに国がパ
ブリック・ドメイン資産を放棄することにほかならない」と指摘している 6 。
本来は、すべての著作物がパブリック・ドメインにあったほうがいいかもしれないが、
そうすると、せっかく絵を描いたり音楽をつくったりしたのに、ほかの人たちに勝手に使
われてしまうことになり、著作者側のインセンティブがなくなってしまうおそれがある。
そのため、ある一定期間だけ独占的に使う権利を認めようというのが本来の著作権の趣旨
である。
4
例えば、下記を参照。岡本薫『インターネット時代の著作権—もうひとつの「人権」』全
日本社会教育連合会、2004 年。
5
白田秀彰「コピーライトの史的展開(7)−書籍業者の戦争(後編)および自然権論批判
−」
『一橋研究』21 巻 3 号<http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/philos.htm>(1996 年 12 月
15 日)。
6
エリ・ノーム、ローレンス・レッシグ、トーマス・W・ヘイズレット、リチャード・A・
エプスタイン(公文俊平監修、土屋大洋、砂田薫、霜島朗子、小島安紀子訳)
『テレコム・
メルトダウン−アメリカの情報通信政策は失敗だったのか−』NTT 出版、2005 年、114 ペ
ージ。
5
国際的には、ベルヌ条約(文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約:Berne
Convention for the Protection of Literary and Artistic Works)の下で多くの国が参加しながら、
相互に著作物を保護する仕組みができあがっている。日本は条約成立後すぐに参加したが、
米国がこれに加盟していなかった。ベルヌ条約は 19 世紀(1886 年)にできているのに、
米国が参加したのは 20 世紀も終わり近くの 1989 年である。この条約に加盟すると、著作
物ができた瞬間から著作権が発生するという無法式主義がとられることになる。米国がベ
ルヌ条約に加盟する前は、方式主義といい、自分で登録作業をやらない限りは著作権が発
生しないシステムだった。ベルヌ条約に参加することで、創作された瞬間に登録の必要な
く著作権が発生するということになった。その結果、保護されたコンテンツの領域が拡大
することになった。しかし、デジタル技術が登場し、著作物が容易に国境を越えるように
なるまでは、各国ごとの法律の違いはさほど問題にならなかった。
ところが、まず映画が口火となって、コンテンツの輸出入が行われるようになってきた。
それを受けて各国が著作権の保護の期間を次々と延長し始めた。最初は、米国は 14 年しか
保護していなかったが、28 年になり、その後も次々と延長されていって、パブリック・ド
メインの領域が相対的に小さくなりつつある。
日本は著作者が死んでから 50 年保護するということになっている。法人の場合は発表さ
れてから 50 年である。したがって、もし著作者が著作後 50 年生きたということになると、
一般的な著作物は 100 年保護されるということになるが、企業がつくった場合には、発表
されてから 50 年ということになる。
日本は、映画だけ 2003 年に延長して 70 年になった。ヨーロッパも 70 年に延長している。
米国がやはり死後 70 年保護しているため、一般的な著者の場合には日本よりも 20 年長い
ということになる。米国における法人の場合は、保護期間が次々と延長されている。米国
では、著作権ができてから最初の 100 年は 1 回しか延長されなかったが、その後、次の 50
年で 1 回延長し、過去 40 年、1960 年代から実に 11 回にわたって延長されてきている。
米国におけるこのような相次ぐ延長の背後には、いわゆる「ミッキーマウス問題」があ
る。ウォルト・ディズニー(Walt Disney)がミッキーマウスをつくってから、その法人著
作権の保護が 2001 年に切れることになっていた。保護期間が切れればパブリック・ドメイ
ンに入る。パブリック・ドメインに入ると、ミッキーマウスの画像を誰もがホームページ
に載せられたり、ミッキーマウスを何らかの形で改変して二次著作物をつくったりすると
いうことが自由にできるようになる。しかし、ディズニーがミッキーマウスの著作権を持
っている限りは何もできない。ディズニーから許可を取り、対価を払わないと使うことが
できない。
6
著作権とは大辞林によれば、
「無体財産権のひとつ。文芸・学術・美術・音楽の範囲に属
する著作物をその著作者が独占的に支配して利益を受ける権利。著作物の複製・上演・演
奏・放送・口述・上映・翻訳などを含む」ということになっている。ただし、これは米国
憲法の中にも書いてあるが、「一定期間だけ」というのが本来の趣旨である。
これはバランスの問題であり、パブリック・ドメインにあるコンテンツと、保護されて
いるコンテンツとの間のバランスをどうするかということに他ならない。パブリック・ド
メインは、国家が保有してすべての人が使えるようになるべきものについて一定期間だけ
権利を放棄して、その著作者にその独占的な権利を与えるのだといえるだろう。それが著
作者のインセンティブになるのだ、という解釈である。その上で、何年保護するかという
ことは、国家がそれぞれ決める権限を持っているということになっている。長すぎれば長
すぎるほどディズニーのミッキーマウスは自由になれないし、その他の著作物も自由にな
れない。
2.2.
違法コピーの増大
問題なのは、インターネットを正当なやり方で使うだけならばいいが、インターネット
が巨大なコピー機でもあるため、違法コピーが常態化しているということである。電子メ
ール、WWW(World Wide Web)、P2P(Peer to Peer)などは技術的にはデジタル著作物の
コピーである。ウェブページの閲覧は、コンピュータのサーバからクライアントの中にコ
ピーをつくっているということになるため、著作権法上は微妙な扱いになる。ただし、ウ
ェブページをつくった人が、それを見てもらうためにそのサーバの中に自分で置いている
と解釈をすれば、著作権法上、普通は問題にならない。
しかし、例えばウェブページを印刷して、企業という営利的な団体の中で配布をすると
いうことになれば、著作権法違反の疑いが強くなる。そのウェブページの元の著作者から、
本来は交渉して許諾をとってやってからでないとコピーをすることはできない。教育の場
での利用は著作権法の例外として認められているが、企業の中でそのようなことをすると、
厳密には違法ということになる。しかし、それは常識的に考えればおかしい。逆にそれは
著作権法がインターネット時代に対応していないのではないかともいえりょう。したがっ
て、本当に必要であれば著作権法も時代と技術の変化に合わせて変えなければならない。
また、グローバルなインターネットの時代に各国で法律が異なれば使いにくい。そこで、
それを補う制度の提案が行われるようになった。それがクリエイティブ・コモンズである。
7
3.
クリエイティブ・コモンズの試み
3.1.
エルドレッド裁判
上述のようなデジタル・コンテンツの著作権の政治的問題に対処するプロジェクトとし
て 、 ス タ ン フ ォ ー ド 大 学 の ロ ー ス ク ー ル の 教 授 で あ る ロ ー レ ン ス ・ レ ッ シ グ ( Lawrence
Lessig)が始めたのがクリエイティブ・コモンズ(creative commons)である。このプロジ
ェクトは米国で始まったものだが、2005 年 10 月現在、21 カ国で対応するプロジェクトが
開始されており、9 カ国以上で準備が進められている 7 。
レッシグがこのプロジェクトを始めるきっかけになったのは、エリック・エルドレッド
(Eric Eldred)という人物の活動である。彼は米国の軍人だが、娘が小学校で文学作品の
読書課題を与えられた。エルドレッドはインターネットでその課題書がないかを探してみ
た。あるにはあったが、しかし、読むには耐えるものではなかった。そこで彼は自分で文
学作品をスキャンして、きれいにフォーマットをし直してサーバに載せた。それは著作権
が切れたもの、つまりパブリック・ドメインにあるものだったので全く構わない話だった
が、彼はそれが面白くなり、いろいろな作品について同じことをやり始め、それが彼の趣
味になった 8 。
1998 年、ロバート・フロスト(Robert Frost)という詩人の詩の著作権が切れるはずだっ
た。エルドレッドはそれを心待ちにしていた。ところが、先述のミッキーマウスの著作権
保護を延長するソニー・ボノ著作権法が 1998 年に成立したことによって、20 年それが延
びてしまった。この問題でレッシグが相談に乗り、彼と一緒に訴訟を起こした。この裁判
は最高裁まで行ったものの、レッシグとエルドレッドは敗訴した。しかし、レッシグは、
これはやはりおかしいということで、クリエイティブ・コモンズの活動を本格化させてい
くということにした。
「コモンズ」という言葉は我々にとってあまり馴染みがないが、辞書では「共有地・公
有地の意。所有権が特定の個人でなく共同体や社会全体に属する資源。入会地、公海の水
産資源など」とされており、日本の入会地が有名である。米国の法学者たちも、日本には
入会地をコモンズのいい例だとしている。レッシグは、
「こういうものをインターネット上
につくっていこう、創作物のコモンズ=共有地をつくっていこう」というプロジェクトを
7
http://creativecommons.org
ローレンス・レッシグ(山形浩生、守岡桜訳)『FREE CULTURE』翔泳社、2004 年、251
∼300 ページ。
8
8
開始し、これをクリエイティブ・コモンズと名付けた。
一般的には、著作物には©(マル C マーク)に「All Rights Reserved」と書かれており、
「すべての権利が留保されている、私たちがすべての権利を持っている」と書かれている。
その対極にあるのがパブリック・ドメインであり、これは「自由に使っていいですよ」と
いうものになる。クリエイティブ・コモンズはその間にあって、すべての権利を放棄して
パブリック・ドメインに入れるわけでもなく、だからといってすべての権利を留保するわ
けでもなく、「いくつかの権利だけを留保します」ということを示すものである。「私の条
件に従っていただく限りにおいては自由にコピーをしてください」ということになる。し
ばしばクリエイティブ・コモンズは反著作権運動だと誤解をされるが、そうではなく、著
作権法という制度に基づいた新しい考え方、プロジェクトである。
クリエイティブ・コモンズを用いているウェブ・ページでは、図 1 の画面の左上にある
マークが貼られている。ここをクリックすると、法律の内容、ライセンスの内容を説明し
た「コモンズ証(commons deed)」という文書にたどり着くようになっている。これは簡
略版になっていて、さらにクリックしていくと、詳細なライセンスが出てくる。これをウ
ェブページに掲載することによって、そのコンテンツを利用したい側は、簡単にその条件
を見えるようにできる。
クリエイティブ・コモンズのライセンスの条件の中にはいくつかの種類がある。例えば、
「私の名前を表示してくれる限りにおいてはどんどんコピーしてください」という条件や、
あるいは「商業目的に使わなければどんどんコピーしてください」、「改変しないでくださ
い、改変しない限りにおいてはどんどんコピーしてください」など、さまざまな条件を設
定できるようになっている。それを組み合わせてリリースすることもできるようになって
いて、それを著作権者が自分で選択し、表示し、自由に世界の人たちに使うことができる
(表 1 参照)。
また、基本ライセンスの他に、サンプリング・ライセンスという別のラインセンスも加
えられた。サンプリングは、他人がつくった音楽の一部を持ってきて自分の音楽の中に取
りこむということである。クラシックの音楽をラップの音楽の中に入れたり、ビートルズ
の音楽を最初のイントロの部分で使って展開していったり、あるいは DJ たちがミックス
をしたりする。そういうときに使われるサンプリングという手法を、法的にもっと簡単に
できるようにしようとするのがサンプリング・ライセンスである。
この実例として、2005 年 7 月にロンドンで起きた同時多発テロをモチーフにした音楽が
9
ある。ある人物が録音したアカペラの歌 9 に、さまざまな人が伴奏をつけ、いくつかの異な
る楽曲が作りだされている 10 。
図 1:クリエイティブ・コモンズのロゴとコモンズ証
表 1:クリエイティブ・コモンズの基本ライセンスの種類
帰属(BY)
非営利(NC)
BY
○
BY-NC
○
BY-ND
○
BY-SA
○
BY-NC-SA
○
○
BY-NC-ND
○
○
派生禁止(ND)
同一条件許諾(SA)
○
○
○
○
○
注:派生禁止(ND)と同一条件許諾(SA)は共存できない。
9
10
http://ccmixter.org/file/ASHWAN/40
前注の URL からたどることができる。例えば下記を参照。http://ccmixter.org/file/teru/46
10
3.2.
各国での利用状況
クリエイティブ・コモンズのライセンスはどれくらい使われているのだろうか。クリエ
イティブ・コモンズの試算によれば、Google で検索できるウェブページのうち、まだ全体
の 0.19%しかない。しかし、2003 年 12 月に 100 万だったのが、約 2 年で 1500 万に増加し
てきている。
図 2 は、全体としてトレンドとしてどうなっているかということを示している。米国で
『WIRED』という雑誌があり、先進的なサブカルチャー系の雑誌として知られている。こ
の雑誌にクリエイティブ・コモンズのライセンスがついた音楽を収めた CD-ROM が付録と
して付けられた後、クリエイティブ・コモンズの利用者は急増した。
また、クリエイティブ・コモンズが行った調査によれば、97%の利用者が、自分が著作
者であるということを表示させるオプションを選んでいる。逆に、33%の人が改変を禁じ
ている。
「私の名前を載せてくれればどんどん書き換えていいよ」ということをいう利用者
が多い。66%の利用者が、商用利用は禁止している。
11
図 2:クリエイティブ・コモンズ利用ページ数の推移
Google Search Under "Creative Commons"
14,000,000
12,000,000
13,456% growth from Feb 03 to April 05
81% quarterly growth rate
10,000,000
8,000,000
Google
6,000,000
4,000,000
Wired CD
2,000,000
4/15/05
3/15/05
2/15/05
1/15/05
12/15/04
11/15/04
9/15/04
10/15/04
8/15/04
7/15/04
6/15/04
5/15/04
4/15/04
3/15/04
2/15/04
1/15/04
12/15/03
11/15/03
9/15/03
10/15/03
8/15/03
7/15/03
6/15/03
5/15/03
4/15/03
3/15/03
2/15/03
0
Date
出所:クリエイティブ・コモンズ
3.3.
国際的なすりあわせ
クリエイティブ・コモンズにとって最大の課題は、著作権が各国で違うことである。そ
のため、各国の著作権法の間の調整をするということが必要である。そのプロジェクトを
クリエイティブ・コモンズでは「iCommons」=international Commons と呼んでおり、各国
でその動きが始まっている。2005 年6月には、iCommons の世界サミットがハーバード大
学で開かれ、20 カ国程度から 70 人ほどが参加し、議論した。著作権法のすり合わせが終
わっているのが 21 カ国・地域で、いま行っているのが 10 カ国・地域である。興味深いの
は英国で、「UK England and Wales」となっている。英国という一つの国の中で、イングラ
ンド法とウェールズ法とスコットランド法がまだ残っている。スコットランド法は大陸法
の影響が強いため別の過程をとっており、スコットランドのほうはまだポーティングをし
ている最中ということになっている。
日本では国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)がクリエイ
12
ティブ・コモンズ・ジャパンを 2003 年 5 月から 2005 年 11 月までホストし、クリエイティ
ブ・コモンズのライセンスを日本法に適合させる作業を行った 11 。その作業の中心的な役
割を果たした一人、若槻絵美弁護士は、内容面での日本版のライセンスと元のライセンス
との違いとして、大きく 4 点を指摘している 12 。
(1)著作者人格権への配慮
(2)著作隣接権者への配慮
(3)フェア・ユースを権利制限へ変更
(4)表明保証条項の削除と責任制限
いわゆるヨーロッパの大陸法の影響を受けている国々では人格権が設定されていること
が多いが、米国の著作権法には人格権が設定されていない。逆に英米法でひとくくりにさ
れることが多いが、英国の著作権法は EU の法体系との調整の中で 1988 年に人格権を導入
している。日本版のクリエイティブ・コモンズのライセンスでは、著作者人格権・実演家
人格権の不行使が明言された。著作隣接権は著作物を演ずることで創作物を公衆に伝達す
る人に与えられる権利とされており、米国では明示的に認められていない。そこで、実演
家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者についての規定が追加された。
また、フェア・ユース(公正利用)は米国の著作権法に特有の概念であるため、日本法
に合わせて権利制限規定の内容が列挙された。表明保証条項とは、自分の作品が他人の著
作権を侵害していないことを、自分の作品の二次利用者に保証するというものだが、日本
法ではその法的な意味が不明確なので削除され、表明保証違反の趣旨は責任制限条項の損
害例示で表現されることになった。
こうした変更はできるだけ元のライセンスに近いものになるように検討された。クリエ
イティブ・コモンズの国際化の方針は「ポーティング(porting)」と呼ばれるもので、でき
るだけ元のライセンスに近い形で移植(port)することとされていたからである。
日本を皮切りに始まったポーティングの過程は、先述のように各国に広がっており、で
きるだけクリエイティブ・コモンズのライセンスが法管轄区域を越えて使えるようにしよ
11
以下を参照。若槻絵美「CCJP と CC の違い」クリエイティブ・コモンズ・ジャパン編
『クリエイティブ・コモンズ』NTT 出版、2005 年。
12
同書、73 ページ。この 4 点の他に、5 番目として準拠法を日本とすることを明示したこ
と、そして 6 番目の「その他」として、
「集合著作物」を廃止し、
「編集著作物」および「デ
ータベースの著作物」に変更した点、および、
「懲罰的損害」を廃止した点が挙げられてい
る。
13
うという努力が進められている。
3.4.
オランダでの裁判
クリエイティブ・コモンズが潜在的に抱えている問題は、各国での法的な有効性である。
つまり、実際に裁判が行われたとき、クリエイティブ・コモンズのライセンスが裁判所で
認められるかという点であった。無論、クリエイティブ・コモンズ側では、各国の法体系
に即したポーティングを行い、裁判でも有効性が認められるライセンスを目指してきた。
また、「ロイヤー・フリー(弁護士いらず)」もクリエイティブ・コモンズの目指すところ
であり、できるだけ裁判に頼らずに著作権処理が進むことがねらいである以上、裁判が起
こらないこともまたクリエイティブ・コモンズの成功の証左といえる。
しかし、2006 年 3 月 9 日、実際の裁判の判決がオランダで出された。オランダのメディ
アの有名人アダム・カリー(Adam Curry)が 13 、flickr.com で家族の写真を公開した。flickr.com
はクリエイティブ・コモンズのライセンスに対応しており、写真にライセンスを付けて公
開することができる。カリーが公開した写真には「帰属─非営利─同一条件許諾」のライ
センスが付けられていた。これは、写真の著作権者が誰であるかを明示し、無断で商用利
用ができず、改変した場合には同一条件で許諾しなければならないことを意味する。とこ
ろが、週刊誌『Weekend』が無断でこの写真を雑誌に掲載してしまった。
論点となったのは、flickr.com のページに「this photo is public」という記載があった点で
ある。これはこの写真がパブリック・ドメインにあるということではなく、ウェブ上で一
般に公開されているという意味で記載されている。しかし、雑誌社はこの文言をパブリッ
ク・ドメインであると誤解し、クリエイティブ・コモンズのライセンスを無視して写真を
掲載してしまった。
判決では、『Weekend』誌のような商業出版社は写真の掲載条件を精査する必要があり、
クリエイティブ・コモンズのライセンスは有効であるという判断が示された。カリーは、
裁判で主張した点は二つあったと述べている 14 。第一に、雑誌社が 15 歳の娘の名前と学校
の場所、そして通学方法を公開して娘の安全を脅かしたこと、第二に、クリエイティブ・
コモンズのライセンスを使って公開した写真の複製である。しかし、判決は第一の主張は
しりぞけ、第二の主張は支持した。雑誌社が同じことを繰り返した場合は、許可無く使用
13
アダム・カリーについては、ウィキペディアの記述
<http://en.wikipedia.org/wiki/Adam_Curry>を参照。
14
Adam Curry, "Judgement Day," < http://curry.podshow.com/?p=49> March 9, 2006.
14
した写真一枚に付き 1000 ユーロ(約 14 万円)の支払いを命じることになった。
この判決は、筆者の知る限り、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの有効性につい
て認めた世界最初の判例である。オランダでその有効性が認められたからといって、すぐ
さま世界中でその有効性が認められるということではない。しかし、グローバルな情報環
境において、今後行われる裁判では少なくとも参照される事例となるはずである。その点
でも、この判決の意義はきわめて大きいといえるだろう。
4.
結論
本稿では、デジタル著作権をめぐる問題について、クリエイティブ・コモンズの試みを
中心に検討した。クリエイティブ・コモンズは、インターネット時代にふさわしい著作権
保護の在り方を提案するとともに、各国の法律の差異をできるだけ乗り越えようとしてい
る。そうしなければ、インターネットのコンテンツの多様性と創造性が阻害されてしまう
からである。
オランダでの判決という大きな前進があったものの、クリエイティブ・コモンズの試み
が実際の政策や法律にどれだけフィードバックされているかというと、まだその影響は限
定的である。しかし、日本の文化庁は「自由利用マーク」と呼ばれるデジタル著作物用の
マークを提供しており、内容は異なる者の、発想はクリエイティブ・コモンズのものと非
常に近い 15 。各国の現在の著作権法が、十分にデジタル著作物に対応できていない以上、
こうした付加的な制度を構築するか、あるいは抜本的に法律を変える、政策を変えるとい
うことが必要になってくるだろう。そのための政策のテンプレート(ひな形)としてクリ
エイティブ・コモンズのアイデアを使うことができるだろう。クリエイティブ・コモンズ
の考え方は、著作権制度を前提としており、それを否定するものでは決してない。しかし、
著作権制度が時代にそぐわないものになっているとしたら、それを修正することは必要だ
ろう。
インターネットの普及は、当然ながら、政策に関する情報を広く伝播させ、共有させる
ことにつながっている。各国政府は、それぞれの政策を相互に参照し、それを自国の環境
や文脈に適合させていくことになる 16 。特に情報通信政策は、インターネットという大き
な変化によっていったんリセットされつつある。新しい政策を作らなくてはならないとき、
15
http://www.bunka.go.jp/jiyuriyo/
土屋大洋「政策の創造的エミュレーション──モデルを失いつつある日本の情報通信政
策」Hotwired Japan <http://hotwired.goo.ne.jp/original/tsutiya/060214/index.html>(2006 年 2
月 14 日)。
16
15
各国政府は先行する国の政策を研究・分析し、参照しようとするだろう。慎重ながらも迅
速に、適切にそうした政策の立案ができることが、これからの政府の役割として重要にな
る。今後は、全く他国の政策と乖離した政策をとりづらくなることもグローバリゼーショ
ンの時代には必然といえるのではないだろうか。
クリエイティブ・コモンズの試みは、当初は実験的な色彩、問題提起的な色彩が強かっ
た。しかし、より多くの国々の人々に採用され、経験と知見が蓄積されていくにつれ、よ
り実践的な色彩が強まってきている。クリエイティブ・コモンズは、上村圭介がいうよう
に、比較的「小さなコンテンツ・クリエーター」のためのものとされてきたが 17 、英国の
公共放送 BBC がクリエイティブ・コモンズのライセンスをベースにした独自ライセンスで
コンテンツの公開を始めるなど、拡大を見せている。クリエイティブ・コモンズの考え方
そのものに対する批判も少なくないが 18 、そうした議論の積み重ねによって、より良い制
度設計が可能になるだろう。その結果、クリエイティブ・コモンズの取り組みが、デジタ
ル著作権をめぐる法的問題解決への一助となるだろう。
参考文献
・ 岡本薫『インターネット時代の著作権—もうひとつの「人権」』全日本社会教育連合会、
2004 年。
・ 上 村 圭 介 「 ク リ エ イ テ ィ ブ ・ コ モ ン ズ と 「 メ タ ・ コ ン テ ン ツ 」 の 時 代 」『 政 策 空 間 』
<http://www.policyspace.com/archives/200402/post_150.php>(2004 年 2 月)。
・ 上村圭介、原田泉、土屋大洋『インターネットにおける言語と文化受容』NTT 出版、
2005 年。
・ クリエイティブ・コモンズ・ジャパン編『クリエイティブ・コモンズ』NTT 出版、2005
年。
・ 白田秀彰「コピーライトの史的展開(7)−書籍業者の戦争(後編)および自然権論批
判−」『一橋研究』21 巻 3 号<http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/philos.htm>(1996 年
12 月 15 日)。
17
上村圭介「クリエイティブ・コモンズと「メタ・コンテンツ」の時代」『政策空間』
<http://www.policyspace.com/archives/200402/post_150.php>(2004 年 2 月)。
18
例えば下記を参照。八田真行「クリエイティヴ・コモンズに関する悲観的な見解─『オ
ープンソース的著作物』は可能か」japan.linux.com
<http://japan.linux.com/opensource/03/09/29/0955208.shtml>(2003 年 9 月 29 日)。増田聡「私
はクリエイティブ・コモンズを(たぶん)使わない」commonsphere.jp
<http://commonsphere.jp/column/smasuda/>(2006 年 3 月 17 日アクセス)。
16
・ 土屋大洋「クリエイティブ・コモンズに気をつけろ」日経デジタルコア:ネット時評
<http://it.nikkei.co.jp/business/column/njh.aspx?ichiran=True&i=20030916s2000s2s2&page=1
0>(2003 年 9 月 16 日)。
・ 土屋大洋「政策の創造的エミュレーション──モデルを失いつつある日本の情報通信政
策」Hotwired Japan <http://hotwired.goo.ne.jp/original/tsutiya/060214/index.html>(2006 年 2
月 14 日)。
・ エリ・ノーム、ローレンス・レッシグ、トーマス・W・ヘイズレット、リチャード・A・
エプスタイン(公文俊平監修、土屋大洋、砂田薫、霜島朗子、小島安紀子訳)『テレコ
ム・メルトダウン−アメリカの情報通信政策は失敗だったのか−』NTT 出版、2005 年。
・ 八田真行「クリエイティヴ・コモンズに関する悲観的な見解─『オープンソース的著作
物』は可能か」japan.linux.com <http://japan.linux.com/opensource/03/09/29/0955208.shtml>
(2003 年 9 月 29 日)。
・ ジェラルド・R・ファウルハーバー、デービッド・J・ファーバー「スペクトラム管理
—財産権、市場、コモンズ—」『GLOCOM Review』2003 年 1 月号(第 73 号)。
・ 増 田 聡 「 私 は ク リ エ イ テ ィ ブ ・ コ モ ン ズ を ( た ぶ ん ) 使 わ な い 」 commonsphere.jp
<http://commonsphere.jp/column/smasuda/>(2006 年 3 月 17 日アクセス)。
・ ローレンス・レッシグ(山形浩生、柏木亮二訳)『CODE—インターネットの合法・違
法・プライバシー—』翔泳社、2001 年。
・ ローレンス・レッシグ(山形浩生訳)『コモンズ』翔泳社、2002 年。
・ ローレンス・レッシグ(山形浩生、守岡桜訳)『FREE CULTURE』翔泳社、2004 年。
17