■ブラームス/ヴァイオリン協奏曲 ニ⻑調 Op.77 ブラームスが壮年に書いた唯⼀のヴァイオリン協奏曲は、ベートーヴェン、メンデルスゾ ーンと並ぶ名曲に数えられる。ベートーヴェンの協奏曲と同じく、シンフォニックな性格を 持っているのが特徴。そもそも当初は4楽章構成の作品として構想されたことからも、おそ らくブラームスの頭の中ではいわゆるヴィルトゥオーゾ協奏曲、つまりソリストの技巧を 最大限に引き出すロマン派の協奏曲ではなくて、交響曲風のがっしりとした構造の音楽が 鳴り響いていたにちがいない。 ブラームスはピアノの腕前はまずまずだったが、自らヴァイオリンを弾くことはなかっ たので、演奏技術に関わる部分は過去の作品をじっくり研究しなければならなかった。実際、 ベートーヴェンの協奏曲(これも同じニ⻑調!)のほか、ブラームスが好んでいたヴィオッ ティの協奏曲第 22 番から古典的な技法を習得している。また、この協奏曲を書く前年には バッハの「シャコンヌ」をピアノ独奏用(左手のための)に編曲することで、ヴァイオリン 書法を分析した。しかし、⽇進⽉歩だった新しいヴァイオリン奏法に習熟することは容易で はない。そこで、⻑年の友人であるヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの助言を仰ぎ、 共作と言っていいほど⼒を貸してもらった。ブラームスは彼の技術面からの提案を吸収し て咀嚼し、自分の音楽の構想と掛け合わせていったのである。初演後も彼らはより良い書法 を求めて議論を深めたことが、自筆スコアのファクシミリからわかる。 第1楽章アレグロ・ノン・トロッポはヴィオラとチェロ、ファゴットという陰りのある音 色で奏でられる牧歌的な楽想ではじまる。いわゆる協奏曲風ソナタ形式、つまりオーケスト ラによる主題提示、独奏楽器による主題提示、展開部、再現部という枠組みに基づきながら、 オーケストラによる提示部ですでに遠隔調への転調が含まれているなど、提示部ではかな り自由な展開を試みている。再現部のカデンツァではヨアヒムのものが広く使われている。 第2楽章は、ブラームス自身が「か弱いアダージョ」と評した緩徐楽章。管楽器のみによる 豊かな和音にのせて、オーボエがやわらかいメロディを奏で、⺠謡や⼦守唄のような懐かし い雰囲気が漂う。中間部では独奏ヴァイオリンに情熱的な主題が現れる。主部がへ⻑調、中 間部が嬰へ短調という複雑な転調が、色彩の変容を感じさせる。 第3楽章アレグロ・ジョコーソ、マ・ノン・トロッポ・ヴィヴァーチェは、ロマ音楽風の リズムをもつ典型的なロンド形式。じつはヨアヒムが作曲し、ブラームスに捧げられたハン ガリー風協奏曲へのオマージュとなっている。冒頭から軽快かつ愉快な⺠族風のリズムが きかれ、とくに第2エピソードのリズムは変化に富んでいる。そして、優美で艶やかなメロ ディや闊達な⾛句など、独奏ヴァイオリンが大活躍するフィナーレである。 白石美雪 ※掲載された曲目解説の無断転載、転写、複写を禁じます。
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