2013 年度数学 IA 演習第 1 回 理 I 1 ∼ 10 組 4 月 15 日 清野和彦 数理科学研究科棟 5 階 524 号室 (03-5465-7040) nkiyono@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp http://lecture.ecc.u-tokyo.ac.jp/~nkiyono/index.html ∞ ∞ 問題 1. 数列 {an }∞ n=1 と 数列 {bn }n=1 から新しい数列 {cn }n=1 を { c2m−1 = am c2m = bm ∞ によって定義する。{an }∞ n=1 と {bn }n=1 がどちらも同じ値 c に収束しているとき {cn }∞ n=1 もこの c に収束することを証明せよ。 問題 2. 数列 {an }∞ n=1 について次の命題は正しいか? 正しければ証明し、誤りな ら反例を挙げよ。 任意の n に対して |an | < 1 が成り立っているならば lim a1 a2 · · · an = 0 n→∞ が成り立つ。 ∞ ∞ 問題 3. 3 つの数列 {an }∞ n=1 , {bn }n=1 , {cn }n=1 が任意の n について an ≤ bn ≤ cn ∞ ∞ を満たし、さらに {an }∞ n=1 と {cn }n=1 がどちらも b に収束しているとき、{bn }n=1 も同じ b に収束していることを証明せよ。 (いわゆる「はさみうちの原理」が成り 立つことを示せということです。) ∞ 問題 4. 数列 {an }∞ n=1 から新しい数列 {bn }n=1 を bn = a1 + a2 + · · · + an n ∞ によって定義する。{an }∞ n=1 が a に収束しているなら {bn }n=1 も同じ a に収束し ていることを示せ。 問題 5. 次の集合に上限、下限、最大値、最小値が存在するかどうか判定し、存在 するものについてはその値を求めよ。 } { n n は自然数 (1) A = n+1 (2) (3) B = {x ∈ R | 0 < x2 ≤ 2, 0 < x, x は有理数 } { } 1 C = m + m, n は自然数 n 裏に続きます。 問題 6. A を R の部分集合で上にも下にも有界なものとし、B を A の元の絶対 値の集合、すなわち B = {|a| | a ∈ A} とする。不等式 sup B − inf B ≤ sup A − inf A が成り立つことを示せ。 問題 7. (この問題は高校までに学んだ知識の範囲で考えてみてください。) 導関数が連続でない関数が実際に存在するので、次の「導関数は必ず連続関数で あることの証明」はどこかが間違っている。何番の文がどう間違っているか指摘 せよ。なお、話の核心が曖昧にならないようにするために、関数の定義域は実数 全体としておく。 導関数は必ず連続関数であることの証明. 1. 元の関数を f 、その導関数を f ′ と書くことにする。 2. f ′ が連続関数であるとは、任意の実数 x0 に対して f ′ が x0 で連続 であること、すなわち x → x0 としたとき f ′ (x) → f ′ (x0 ) となるこ とである。 3. よって、実数 x0 を一つとって考えればよい。 4. 微分の定義より lim x→x0 f (x) − f (x0 ) = f ′ (x0 ) x − x0 (1) である。 5. 一方、平均値の定理より f (x) − f (x0 ) = f ′ (c) x − x0 となる c が x と x0 の間に存在する。 6. 式 (2) を式 (1) に代入すると lim f ′ (c) = f ′ (x0 ) が得られる。 x→x0 7. c は x と x0 の間の数なので、x → x0 のとき c → x0 となる。 8. よって、 lim f ′ (c) = f ′ (x0 ) である。 c→x0 ′ 9. この式は f が x0 で連続であることを示している。 10. x0 は任意だったので、f ′ は連続関数である。 (2) 2013 年度数学 IA 演習第 1 回解答 理 I 1 ∼ 10 組 4 月 15 日 清野和彦 数理科学研究科棟 5 階 524 号室 (03-5465-7040) nkiyono@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp http://lecture.ecc.u-tokyo.ac.jp/~nkiyono/index.html 数列の極限の定義、すなわち数列が収束するということの定義は数を実数まで広げず有理数だけ で考える場合も全く同じです。だから、今回の問題には実数独自の性質は使いません。同様に、最 大値、最小値、上限、下限という概念も、定義だけなら有理数だけを数だと思った場合と実数全体 を相手にする場合で全く同じです。だから、問題 6 は有理数の範囲で考えても実数まで広げて考え ても証明は全く同じになります。一方、問題 5 のように最大値、最小値、上限、下限の存在を問題 にすると状況は変わってきます。後で解答を書きますが、問題 5 も (1) と (3) は有理数で考えても 実数で考えても答は同じになってしまいます。その理由は、上限や下限が有理数になっているから です。一方、(2) は有理数で考えた場合と無理数まで考えた場合で答が異なります。どう異なるか というと、有理数で考えた場合上限は存在しないのに実数まで広げて考えると上限が存在するので す。実は、この性質だけが有理数と実数の違いなのです。つまり、有理数だけを考えた場合、上に 有界なのに上限が存在しない部分集合が存在するのですが、実数ではそのような部分集合が存在し ない、すなわち、 実数においては、上に有界な部分集合には必ず上限が存在する のです。有理数だけを考えた場合と実数まで考えた場合の違いはこの性質だけです。この性質だけ なのですが、これがあるおかげで微積分を考えることができるようになるのです。 こういうわけですので、実数について学ぶには「必ず上限が存在する」という性質を使った問題 を解くのがよいことになります。ところが、今回の問題は(問題 5 の (2) を除いて)有理数で考え ようが実数で考えようが同じ問題、つまり「必ず上限が存在する」という性質とは関係のないもの ばかりです。なんだか肩すかしを食わされたような気がするかも知れません。このような問題にし た理由は二つあります。一つは 「必ず上限が存在する」という実数の性質を数列の言葉で言い換えてからでないと意 味のある議論がしにくい ということです。この言い換えについては来週の講義で学びます(定理 1.3 です)ので、次回の演 習では実数の性質を使う問題を取り上げます。もう一つの理由は 実数独自の性質に翻弄されずに、数列の極限や上下限の定義に親しんでおいた方が良い ということです。ですから、講義では既にこの「実数独自の性質」が出てきていますが、今回の演 習では 極限や上下限とはどういう気持ちで定義され、また、その気持ちをどのように言葉に しているのか に的を絞って学んで欲しいと思います。 2 第 1 回解答 そこで、このプリントでは、「数列の収束や上限の定義は実数の性質とは無関係である」という ことをはっきりさせるために、普通なら「実数」と書くところをわざと「数」とだけ書くことにし ました。その心は、「数」と書いたところをすべて「実数」に置き換えれば実数における数列の収 束や上限の話になるし、すべて「有理数」に置き換えれば有理数だけを数だとした場合の数列の 収束や上限の話になるということです。少々幼稚な感じを与えてしまうかも知れませんがご了承下 さい。 なお、問題の解答は、その問題に出てくる概念を説明した後に書きました。解説を飛ばして解答 だけ見たい方は目次から探してください。 目次 1 数列の収束 1.1 1.2 1.3 極限の定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 極限の定義の「気持ち」 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 収束する数列の性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2 3 5 1.4 1.5 問題 1 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 8 1.6 1.7 1.8 2 3 2 部分列 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 2 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 3 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 4 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 最大値・最小値と上限・下限 10 10 11 11 13 2.1 定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.2 2.3 上限の性質 問題 5 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13 14 2.4 問題 6 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . A コースと B コースの違いについて 19 数列の収束 1 1.1 極限の定義 定義の復習から始めましょう。 定義 1. 数列 {an }∞ n=1 が数 a に収束するとは、どんなに小さな正の数 ε が与えられてもそれ に応じて十分大きな自然数 N を取れば N より大きいすべての自然数 n に対して |an − a| < ε を成り立たせられることである。 「どんなに小さな」などの「感情のこもった」表現を省いてクールに論理式1 で書けば、 ∀ε ∃N ∀n [n > N =⇒ |an − a| < ε] 1 論理式については別にお配りした補足解説のプリントを参照してください。 3 第 1 回解答 となります。ただし、ε が正であることや N と n が自然数であることは分かり切っているので、 論理式がゴチャゴチャにならないようにするために省きました。気を付けてください。 数列が収束することを上のように定義した上で、 ∞ 定義 2. 数列 {an }∞ n=1 が数 a に収束しているとき、a を数列 {an }n=1 の極限と言い、 lim an = a n→∞ や an → a (n → ∞) と書く。 と定義します。 「∞」という記号は数を表しているのではなく、 「限りなく大きくする/なる」とい うことを手短に示す記号にすぎないということに注意してください。 なお、数列 {an }∞ n=1 が正の無限大に発散することを どんなに大きな数 R が与えられてもそれに応じて十分大きな自然数 N を取れば N よ り大きいすべての自然数 n に対して an > R を成り立たせられることである。 論理記号では ∀R ∃N ∀n [n > N =⇒ an > R] と定義し、 lim an = ∞ n→∞ や an → ∞ (n → ∞) と書きます。負の無限大に発散することの定義も同様です。論理記号では ∀R ∃N ∀n [n > N =⇒ an < R] であり、 lim an = −∞ n→∞ や an → −∞ (n → ∞) と書きます。 1.2 極限の定義の「気持ち」 このようないかにも回りくどい定義をするのは、「限りなく続いてゆく数たちのたどり着く到達 点」というどうにも数学になりそうもないものを何とか数学で扱えるようにするための、つまり、 有限の範囲内で表現するための苦肉の策です。もっと平たく言いましょう。例えば、0.999 · · · と 表現される「数」は、この表記だけ見ていると 0.9 + 0.09 + 0.009 + · · · という「無限回の足し算 を足しきった結果」と思いがちですが、「無限回の足し算を足しきる」ということを数学でそのま ま扱うことはできそうもないので、 0. の後ろに 9 を(有限個だが)沢山付けることで 1 − 0.999 · · · 9 を好きなだけ小さく できる という他愛もない意味にしてしまうということです。常識的には「0.999 · · · = 1」という式はどこ か神秘的で割り切れない(あるいはやりきれない)雰囲気を漂わせていますが、数学では左辺の 0.999 · · · という記号には 4 第 1 回解答 数列 0.9, 0.99, 0.999, · · · の(上で定義した意味での)極限 という(数学に慣れ親しんでいない人に 0.999 · · · という表記が与える印象に比べたら)無味乾燥 な意味しか与えていないということです。 このような説明ではまだ極限の定義がしっくり自分のものにならない人がほとんどでしょう。そ のような場合には視覚に訴えるのが良い方法だと思います。 数列を視覚化しようとする場合、関数のグラフを書くのと同じように、数列も xy 平面に点をプ ロットするのが良さそうです。そのとき使われる一般的な方法は、(1, a1 ), (2, a2 ), (3, a3 ), · · · とプ ロットして行く方法でしょう(図 1)。 しかし、これだと n → ∞ の様子がそれこそ「無限遠」の an の値 a2 a3 a4 a1 1 5 10 15 20 n 図 1: 数列の普通のグラフ。 彼方に霞んでしまって収束している感じが掴みにくくなってしまいます。 そこで、例えば (−1, a1 ), (− 12 , a2 ), (− 13 , a3 ), . . . とプロットしてみましょう(図 2)。すると、プ ロットした点たちが y 軸のどこか 1 点に集まっているとき数列は収束していてその点の y 座標が 極限です。収束の定義にでてくる N は、例えば紙か何かでこのグラフの x = − N1 から左側を隠し てしまうと、残った点の上下方向の散らばりが極限の値から上下に ±ε しかないということです。 1 極限値 0 1 5 10 20 図 2: n → ∞ が視野にはいるようにしたグラフ。 5 第 1 回解答 1.3 収束する数列の性質 数には四則演算があるので、数列にも四則演算を与えることができます。第 n 項目同士を足し たり引いたりすればよいだけです。(わり算については、わる方の数列に 0 がでてきてはいけませ んが。)すると、二つの収束数列の間の四則演算によってできる新たな数列は収束するのか、また 収束するとしたらその極限は何か、が真っ先に気になります。もちろん、これの結果は皆さん高校 のころからよくご存じですね。ただし、上のように数列の収束を定義してしまった以上、高校で 習ったことがこの定義に照らしても正しいということを一度は確認しておく必要があります。キチ ンと書くと、 ∞ 補題 1. 二つの数列 {an }∞ n=1 および {bn }n=1 がそれぞれ a および b に収束しているなら、 lim (an + bn ) = a + b, n→∞ lim (an − bn ) = a − b, n→∞ lim (an bn ) = ab, n→∞ an a = n→∞ bn b lim が成り立つ。ただし、最後の式では b およびすべての bn は 0 でないとする。 となります。 ここでは足し算についてだけ考えてみましょう。 極限の定義を知ったからといって、定義を眺めていれば収束が証明できるというものではありま せん。まず、考えたい状況に「極限の定義の気持ち」を当てはめてみて、どのようなことが起こっ ているのかのイメージを持とうとしてみます。それができてから、そのイメージを極限の定義の文 章のように表現しようとしてみるわけです2 。 そこで、まず二つの収束数列のグラフを書いてみましょう(図 3)。 次にその二つのグラフを足 {an }∞ n=1 のグラフ ε a a1 1 ε 2 3 4 Na {bn }∞ n=1 のグラフ ε b1 1 b 2 3 4 Nb ∞ 図 3: {an }∞ n=1 と {bn }n=1 の収束の様子。 ε します。関数のグラフを足すように足せばよいわけです(図 4)。 2 「収束の状況をイメージすること」と「そのイメージを定義に合わせて表現すること」の間には結構ギャップがありま す。このプリントではイメージの方を重視し、それを定義通りの文章にする部分については別に配布した「ε-N 論法を使っ た証明について」にまわしました。 6 第 1 回解答 2ε a+b a1 + b1 1 2ε 2 3 4 図 4: {an + bn }∞ n=1 の収束の様子。 これで、任意の ε に対し an と a の差も bn と b の差も ε より小さくなっているなら、an + bn と a + b の差は 2ε より小さくなっていることがよくわかりました。なお、収束の定義の見た目に ピッタリ合わせるためには an + bn と a + b の差を ε より小さくしなければならないので、an と a、および bn と b の差は 2ε より小さくしておかなければなりません。しかし、このようなことは 見た目だけのことであって、結論の式が an + bn と a + b の差が 2ε より小さいという不等式に なっていても、ε は任意なのですから何の問題もありません。 それではキチンと書き下してみましょう。 証明. 証明したいことを定義に戻って書くと、 どんなに小さな正実数 ε に対しても十分大きな自然数 N をうまくとれば n > N を満 たす任意の n が |(an + bn ) − (a + b)| < ε を満たすようにできる ことです。つまり、正実数 ε が勝手に与えられたとして、上に書いた性質を持つ N が存在するこ とを示せばよいわけです。 それでは、正実数 ε が任意に与えられたとしましょう。今、 lim an = a と lim bn = b が仮定 n→∞ n→∞ なので、極限の定義から、この ε に対して自然数 Na と Nb で n > Na を満たす任意の n は |an − a| < ε 2 を満たす n > Nb を満たす任意の n は |bn − b| < ε 2 を満たす および、 というものがあります。そこで、Na と Nb の大きい方を N とすれば、 n > N を満たす任意の n は |an − a| < ε 2 と |bn − b| < ε 2 の両方を満たす ことになります。結論の 2 式を足すと、三角不等式から |(an − a) + (bn − b)| ≤ |an − a| + |bn − b| < ε ε + =ε 2 2 となるので、これで n > N を満たす任意の n は |(an + bn ) − (a + b)| < ε を満たす という示したかったことが示せました。 □ 7 第 1 回解答 最初なのでやたらと丁寧に書いておきました。 極限が大小関係について次の性質を満たすことも皆さんよくご存知でしょう。 ∞ 補題 2. 二つの数列 {an }∞ n=1 および {bn }n=1 がそれぞれ a および b に収束しているとき、あ る自然数 N より大きなすべての自然数 n に対して an ≤ bn が成り立つならば a ≤ b が成り 立つ。 これも「数列のグラフ」を考えることでまずイメージをつかみ、それからそのイメージを言葉に しようとしてみて下さい。最終的な証明のみ記しておきます。 証明. 背理法で示します。 a > b だったとし ε = a−b 2 とおきます。すると、収束の定義から、十分大きな自然数 n を取ると |a − an | < ε, |b − bn | < ε が成り立ちます。よって、 bn < b + ε = a − ε < an となりますが、これは補題 2 の仮定に矛盾します。 □ この補題には、an か bn が n によらない定数の場合でよく出会います。つまり、例えば {an }∞ n=1 が a に収束しているとする。任意の n に対して an ≤ b が成り立つならば a ≤ b が成り立つ。 といったものです。 これらの結果や証明も大切ですが、これらの性質が定義 1 のような「列の収束」の定義が意味を なすどんなものに対してもそのまま成り立つということも重要なことです。なぜなら、an たちが 有理数であるとか実数であるとかいうことは全く使わずに、抽象的な議論だけで証明されているか らです。複素数、ベクトル、行列といったものの列に対しても数列と同様に収束を定義することが でき、複素数については四則演算、行列については和と積、ベクトルについては和と実数倍あるい は複素数倍に対してこの補題と同じことが成り立つことを証明し直す必要はないというわけです。 (補題 2 の方は、例えば複素数の絶対値に対するものとしてやベクトルの「大きさ」に対するもの としそのまま成立します。) 1.4 問題 1 の解答 いきなり証明を完成させようとせずに、まずイメージをつかみましょう。二つの数列のグラフを 互い違いにかみ合わせて一つの数列のグラフにするわけです(図 5)。 イメージはつかめましたか? それでは証明です。 解答. 証明したいことは、 任意の正実数 ε に対して自然数 N で、N より大きい任意の n に対して |cn − c| < ε が成り立つ こと、すなわち、ε からこのような N を作ることです。 ∞ ε を一つとって固定します。{an }∞ n=1 も {bn }n=1 も c に収束しているので、自然数 Na で、 8 第 1 回解答 {an }∞ n=1 のグラフ ε c ε 1 2 3 4 {bn }∞ n=1 のグラフ ε c ε 1 2 34 {cn }∞ n=1 のグラフ ε c ε 1 2 3 4 56 ∞ 図 5: {an }∞ n=1 と {bn }n=1 を互い違いにかみ合わせる。 Na より大きい任意の自然数 n に対して |an − c| < ε が成り立つ ものと、自然数 Nb で、 Nb より大きい任意の自然数 n に対して |bn − c| < ε が成り立つ ものが存在します。そこで、Na と Nb のうち大きい方を N ′ とし N = 2N ′ とすれば、N より大 きい任意の n に対して n が奇数なら |cn − c| = |a n+1 − c| < ε、 2 n が偶数なら |cn − c| = |b n2 − c| < ε ˙ となるので、どっちにしろ |cn − c| < ε となります。 これで lim cn = c が示せました。 □ n→∞ 1.5 部分列 問題 1 は逆も成立します。つまり、 lim cn = c なら lim an = lim bn = c も成り立ちます。 n→∞ n→∞ n→∞ もっと一般に、収束数列の部分列は同じ極限に収束します。当たり前っぽいのですが、重要なので 証明しておきましょう。まず、部分列を正確に定義します。 9 第 1 回解答 定義 3. {km }∞ m=1 を狭義単調増加、つまり、 k1 < k2 < k3 < · · · < km < km+1 < · · · ∞ を満たす自然数列とする。数列 {an }∞ n=1 が与えられたとき、新しい数列 {bm }m=1 を bm = akm ∞ で定義することができる。このような数列 {bm }∞ m=1 を {an }n=1 の部分列という。 {an }∞ から順番を変えずに一部(と言っても無限個)を取り出してできる数列のことです。上の n=1 ∞ ∞ ように記号をかえて {bm }∞ m=1 などと書くのは面倒なので、普通は {an }n=1 の部分列を {akm }m=1 という風に添え字を二重にして書いてしまいます。目がチカチカしますか? ∞ 補題 3. {an }∞ n=1 が a に収束しているなら、{an }n=1 の部分列はすべて a に収束する。 数列 {an }∞ n=1 から 一部分を取り出して 部分列を作ると思うより、{an }∞ n=1 を 一部分捨てて 部分列を作ると思った方がイメージしやすいかも知れません。例によってグラフを考えてみてくだ さい(図 6)。 捨 捨 捨 極限値 捨 0 1 5 10 20 図 6: 一部の項を捨てて残ったところが部分列。 それでは証明です。 証明. {an }∞ n=1 が a に収束しているということは、 ∀ε ∃N ∀n [n > N =⇒ |an − a| < ε] 10 第 1 回解答 ということです。また、{km }∞ m=1 は狭義単調増加な自然数列なので、必ず発散します。つまり、 ∀N ∃M ∀m [m > M =⇒ km > N ] が成り立ちます。両方あわせると、 ∀ε ∃M ∀m [m > M =⇒ |akm − a| < ε] となり示せました。 □ わざとあっさり書いてみました。「証明の心」に自力で触れてみて下さい。 1.6 問題 2 の解答 誤りです。 例えば、 an = n(n + 2) (n + 1)2 とすると、任意の n について |an | < 1 が成り立ちますが、 a1 a2 · · · an = 1·32·4 n(n + 2) n+2 ··· = 2 2·23·3 (n + 1) 2n + 2 となり、 lim a1 a2 · · · an = n→∞ 1 ̸= 0 2 となります。 □ 1.7 問題 3 の解答 (数列の収束を定義してしまった以上「はさみうちの原理」も証明しなければなりません。とい うわけで、問題として出題しておきました。) 正実数 ε を一つ固定します。{an }∞ n=1 は b に収束しているのですから、 n > Na =⇒ |an − b| < ε を満たす正整数 Na が存在します。(右辺の ε は一つ選んで固定した ε です。)同様に、{cn }∞ n=1 も b に収束していることから n > Nb =⇒ |cn − b| < ε を満たす正整数 Nb も存在します。よって、Na と Nb の大きい方を N とすれば、 n > N =⇒ |an − b| < ε かつ |cn − b| < ε が成り立ちます。 ここで、ふたつの不等式から絶対値をはずしてみましょう。すると、 |an − b| < ε かつ |cn − b| < ε ⇔ b − ε < an < b + ε かつ b − ε < cn < b + ε 11 第 1 回解答 となります。今、任意の n に対して an ≤ bn ≤ cn が成り立つと仮定しているので、n > N ならば b − ε < an ≤ bn ≤ cn < b + ε が成り立ちます。この不等式から an と cn の部分を省き、絶対値記号を使って書き直すと、 n > N =⇒ |bn − b| < ε となります。これは {bn }∞ n=1 が b に収束することを意味します。 □ 問題 4 の解答 1.8 この問題の場合グラフは想像しにくいかも知れませんが、要するに、 はじめの方の an は a とずいぶん違うかも知れないけど、遠くの方の an はほとんど a と同じなのだから、充分沢山の an を平均してしまえば、やっぱりほとんど a と同じ ということがポイントです。 解答. 数列 {an }∞ n=1 は a に収束するのですから、どんな正実数 ε に対してもそれに応じて自然数 M をとれば ε 2 を満たすようにできます。また、収束する数列は有界なので(問題 3(1))、実数 R を任意の n に n > M =⇒ |an − a| < 対して |an − a| < R を満たすように取れます。よって、n > M のとき a1 + a2 + · · · + an |a1 − a| + · · · + |aM − a| |aM +1 − a| + · · · + |an − a| − a ≤ + n n n M R (n − M )ε ≤ + n 2n となります。そこで N を を満たすようにとれば MR ε ≤ N 2 a1 + a2 + · · · + an ε ε n > N =⇒ − a < + = ε n 2 2 となって示せました。 □ なお、問題 4 の逆は成立しません。例えば an = (−1)n が反例です。 束しますが、{an }∞ n=1 2 { a1 +···+an }∞ n n=1 は 0 に収 は振動してしまって収束しません。 最大値・最小値と上限・下限 「実数独自の性質」を述べるための概念を復習しましょう。その概念に慣れるために、具体的に それらの値を求める問題(問題 5)とそれらの満たす性質を証明する問題(問題 6)を出題してお きました。 概念の正確な定義の前に、どのような気持ちでそれらの概念を考えるのかを簡単に説明しておき ます。 まず、次の問題を考えてみてください。 12 第 1 回解答 三つの数 a, b, c(ただし a < b < c とする)が与えられたとき、この三つの数すべて以 上の大きさの数全体の集合を求めよ。 もちろん、答は「c 以上の数全体」、集合の記号で書けば {x ∈ R | x ≥ c} で、区間を表す記号で 書けば [c, ∞) ですね。答がこうなる理由は、c が {a, b, c} の中の最大値だからです。 ということは、次の問題も全く同様に解けます。 数の(無限集合かも知れない)集合 A が与えられたとき、A のすべての要素以上の大 きさの数全体の集合を求めよ。ただし、A の最大値を m とする。 この場合、答は「m 以上の数全体」、すなわち [m, ∞) = {x ∈ R | x ≥ m} となります。 なんかくだらない感じで申し訳ないので、そろそろ目指すところを説明しましょう。上の二つの 問題は、 集合 A が与えられたとき、実数全体 R を「A のすべての要素以上の大きさの数」と 「A の少なくとも一つの要素より小さい数」の二つの部分に分ける という操作を考えているのです。このとき、R は大きい方と小さい方の二つの部分に分かれます。 横たわった数直線のイメージで言うと右側と左側です。そして、上の二つの例では、右側と左側の 境目に A の最大値という数がいるわけです。 何を当たり前なことを言っているんだ、と思うかも知れません。でも、当たり前でよいのです。 なぜなら、この「右左に分ける」という操作は、 横たわった直線に別の直線を縦に交わらせる という操作を、直線という幾何学的な道具を使わずに数の言葉だけで述べたものなのです。 「それならわざわざ『A のすべての要素以上の大きさの数の集合』なんて回りくどいこと言わず に、『A の最大値以上の数』って言えばいいじゃん」と思うかも知れませんね。しかし、A には最 大値はあるとは限りません。例えば、 A = (0, 1) = {x ∈ R | 0 < x < 1} だったらどうしますか? なんて、くだらないですね。もちろん答は「1 以上の数全体の集合」、つ まり、 [1, ∞) = {x ∈ R | x ≥ 1} です。 「あーいらいらする。どっちにしろ『交点』に当たる数があるんだから『その数以上の集合』で いいじゃん!!」そうなんです。 「交点」に当たる数があるんですよ、実数なら。つまり、実数は直線 にふさわしい性質を持っているのです。古代ギリシャ人が考えていた(らしい)「有理数直線」で は、平行でない二直線は必ず一点で交わるという重要で当たり前な性質を満たさなくなってしまう のです。このことを幾何学的な言葉を使わずに言うために、上界や上限という言葉を用意するわけ です。 「A のすべての要素以上の大きさの数」が上界で、 「交点」に当たる数、すなわち上界の最小 値が上限です。だから、有理数では満たさない実数に特有の性質である「二直線は一点で交わる」 に当たる性質が「上限の存在」として言い表されるというわけです。 13 第 1 回解答 2.1 定義 それでは定義を復習しましょう。 定義 4. 集合 A が上に有界であるとは、数 M で A の任意の元 a に対して a ≤ M を満たす ものが存在することをいう。 不等号をひっくり返した条件を満たすとき A は下に有界と言います。 定義 5. 上のような M のことを集合 A の上界と言う。 不等号をひっくり返した条件を満たす M を A の下界(かかい)と言います。 定義 6. 集合 A の要素 m で、A の任意の要素 a に対して a ≤ m を満たすものが存在すると き、m を A の最大値と呼び max A と書く。 最小値も同様に定義され、記号で min A と書きます。開区間 (0, 1) の例でもわかるように、上 や下に有界だからと言って最大値や最小値はあるとは限りません。 定義 7. 上に有界な集合 A の上界の最小値のことを上限と言い、sup A と書く。 下限も同様に定義され inf A と書かれます。 言葉が用意できたので、「実数に特有の性質」の定義だけ思い出しておきましょう。今回は扱い ませんでしたので「だからどうした」と言う話はしません。 実数においては、空集合でない部分集合 A は上に有界なら必ず上限を持つ。 この性質のことを「実数の連続性」と言います。(関数の連続性とは全く関係ない概念です。お気 をつけ下さい。) 2.2 上限の性質 上限の定義である「上界の最小値」を、上界の定義と最小値の定義に従って見直しておきましょう。 まず A の上限 sup A は A の上界なのですから、A のすべての要素以上の大きさを持ちます。つ まり、 A の任意の要素 a に対し、a ≤ sup A が成り立つ。 です。一方、sup A は A の上界の最小値ですから、A のすべての上界以下の大きさを持ちます。 つまり、 A の任意の上界 M に対し M ≥ sup A が成り立つ。 14 第 1 回解答 となります。しかし、与えられた集合は A なのに、A の要素でない M というものを使って述べ てあるのはいかにも使いにくそうです。だから、この性質をなんとか M を使わず A の要素に対 する性質に言い換えたいところです。 そういうときには「対偶」を考えるのがよいでしょう。つまり、 sup A より小さい数は A の上界ではない。 です。さらに「上界ではない」の部分を上界の定義の否定で置き換えれば、この性質は sup A より小さい数 b に対し b より大きい A の要素が存在する。 となります。ここで、 「sup A より小さい数 b」という言葉の裏には、 「どんなに sup A に近くても sup A より小さいならば」という気分があるわけですから、b と書かずに sup A − ε と書くことに すれば、 どんなに小さい正数 ε に対しても sup A − ε < a を満たす A の要素 a が存在する。 となります。 以上の二つをまとめると、sup A の定義は次のように言い換えられることがわかりました。 上限の定義の言い換え : A の任意の要素 a に対し a ≤ sup A が成り立ち、かつ、どんなに小 さな正数 ε に対しても sup A − ε < a を満たす A の要素 a が存在する。 (論理記号で書くと、 [ ] [ ] ∀a ∈ A [a ≤ sup A] ∧ ∀ε > 0 ∃a ∈ A [sup A − ε < a] となります。)実際に上限を求める場合、と言うか、ある数が与えられた集合の上限であることを 証明するときはこの言い換えを使うのがよい場合が多いと思います。 なお、定義からすぐわかると思いますが、 上に有界な集合 A について、sup A が A 要素であることと max A が存在することは 同値であり、そのとき sup A = max A である。 が成り立ちます。(証明してみてください。) 2.3 問題 5 の解答 (1) まず直観的に答を探してみましょう。 この A は集合の形で書いてありますが、an = n n+1 という数列は 1 2 3 4 5 , , , , ,... 2 3 4 5 6 という単調増加数列です。そして極限は 1 です。だから初項が最小値(=下限)で値は 12 、最大値 は存在せず上限は極限値である 1 です。 これで答がわかったので、あとは本当にそうであることを証明しましょう。ただし、最小値(= 下限)についてはさすがに省略します。 15 第 1 回解答 上限が 1 であることを示しましょう。 n 1 =1− <1 n+1 n+1 (1) なので 1 は上界です。一方、任意の正実数 ε に対し 1 ε> N +1 が成り立つほど大きい自然数 N が存在しますので、 1 1−ε<1− ∈A N +1 となり 1 − ε より大きい A の要素が存在します。以上より 1 が上限であることがわかりました。 不等式 (1) からわかるように 1 は A の要素ではないので A は最大値を持ちません。 □ (2) B の定義はゴチャゴチャしていますが、要するに、 √ B = (0, 2 ] ∩ Q です。ただし Q は有理数全体の集合で、X ∩ Y は X と Y の共通部分です。だから、「min B は √ √ 存在せず inf B = 0」であることと「sup B = 2」はすぐわかります。あとは 2 ∈ B かどうか √ が問題として残ります。しかし、よくご存知のように 2 は無理数です。よって sup B は B に含 まれず、従って max B は存在しません。 □ なお、この問題は数として有理数しか認めないなら上限が存在しない例になっています。 (3) まず直観的に当たりを付けてみましょう。 上に有界でないことはすぐにわかりますので、最大値も上限もありません。一方、小さい要素の 方は、m が小さければ小さいほど、また n が大きければ大きいほど m + n1 の値が小さくなりま 1 すので、m は 1 に固定して n をどんどん大きくした極限が下限です。もちろん lim = 0 です n→∞ n ので、inf C = 1 です。また、1 は C の要素ではないので min C は存在しません。 以上をちゃんとした証明にしましょう。 まず、C が上に有界でないことを示します。大きな実数 R が任意に与えられても、R 以上の自 然数 M が存在しますので、 1 ∈C n が成り立ちます。つまり C は上界を持ちません。すなわち C は上に有界ではありませ。よって、 R≤M <M+ max C も sup C も存在しません。 次に inf C = 1 を証明しましょう。14 ページの「上限の定義の言い換え」で不等号の向きと ± をすべて逆にすると「下限の定義の言い換え」になりますので、それを利用しましょう。まず、任 意の自然数 m, n に対して 1 (2) n が成り立つので、1 は C の下界です。次に、小さな正実数 ε を任意に取ります。すると、ε に応 1<m+ じて ε > 1 N を満たす自然数 N が取れます。よって、 1 ∈C N ですので、1 より少しでも大きな実数は C の下界ではありません。これで inf C = 1 が示せました。 1+ε>1+ また、不等式 (2) から 1 ̸∈ C ですので、min C は存在しません。 □ 16 第 1 回解答 2.4 問題 6 の解答 一般的に解く方法もありますが、この問題は「A の要素がすべて 0 以上」「A の要素がすべて 0 以下」「A の要素に正のものも負のものもある」の三つの場合に分けて考えると簡単ですので、ま ずその方法を紹介し、そのあと一般的に解く「スマート」な方法を紹介します。 A の要素がすべて 0 以上のとき A の任意の要素 a に対して |a| = a が成り立つので、A = B です。集合として同じなのだか ら、上限や下限も一致します。つまり、sup B = sup A かつ inf B = inf A です。よって、特に sup B − inf B = sup A − inf A が成り立ちます。 A の要素がすべて 0 以下のとき A の任意の要素 a に対して |a| = −a が成り立つということです。このとき、 sup B = − inf A, inf B = − sup A が成り立つことを示しましょう。どちらでも同じですので、sup B = − inf A だけ示します。14 ペー ジの「上限の定義の言い換え」から、このことは B のすべての要素 b に対して b ≤ − inf A が成り立ち、しかも、任意の正実数 ε に対 して b > − inf A − ε の成り立つ B の要素 b が少なくとも一つ存在する ということと同値ですので、これを示しましょう。 B の要素はすべて A の要素 a によって −a と書けます。よって、条件の前半は、 A のすべての要素 a に対して −a ≤ − inf A が成り立つ となります。この不等式は a ≥ inf A と同じですが、inf A は A の下限なのでこの不等式はすべて の a に対して成立します。また、条件の後半は −a > − inf A − ε の成り立つ a が存在する となりますが、この不等式は a < inf A + ε と同じであり、inf A が A の下限であることから、こ の不等式の成り立つ A の要素 a は必ず存在します。これで、sup B = − inf A がわかりました。 inf B = − sup A も同様に示せます。 これを使うと、 sup B − inf B = (− inf A) − (− sup A) = sup A − inf A となって、この場合にも示したい不等式の成り立つことがわかりました。 17 第 1 回解答 A の要素に正のものも負のものもある場合 最初に、この場合 sup B = max{sup A, − inf A} (3) の成り立つことを示しましょう。 まず、− inf A ≤ sup A のとき sup B = sup A であることを示しましょう。 B の要素は A の要素 a そのものか、または −a です。上限と下限の定義より、 inf A ≤ a ≤ sup A が成り立ちます。左側の不等式に −1 を掛け、仮定している − inf A ≤ sup A を使うと、 a ≤ sup A かつ − a ≤ − inf A ≤ sup A が成り立ちます。よって、a に対応する B の要素 |a| が a だとしても −a だとしても、sup A は それら以上の値です。つまり、sup A は B の上界となります。 次に、ε を任意の正実数としたとき sup A − ε より大きい B の要素があることを示しましょう。 sup A は A の上限なので、sup A − ε より大きい A の要素 a が存在します。今 A は正の要素を 持つと仮定しているので sup A > 0 ですから、a として正の実数を選べます。すると |a| = a なの で、a は B の要素であってしかも sup A − ε より大きい数です。これで示せました。 sup A < − inf A の場合を考えるために、 A′ = {−a | a ∈ A} で定義される集合 A′ を考えましょう。B は A′ の要素の絶対値の集合でもあります。また、 「A の 要素がすべて 0 以下の場合」でおこなった証明をそのまま適用して sup A′ = − inf A, inf A′ = − sup A が示せます。ということは、sup A < − inf A とは sup A′ > − inf A′ を意味し、しかも B は A′ の要素の絶対値の集合なので、A と A′ の役割を取り替えれば、前段落までに示した結果が使えま す。つまり、 sup B = sup A′ = − inf A となります。 これで式 (3) の成り立つことが示せました。 さて、B は A の要素の絶対値の集合ですから負の要素がなく、0 は B の下界です。よって inf B ≥ 0 です。ということは、 sup B − inf B ≤ sup B が成り立ちます。上で示したように、sup B は sup A と − inf A の大きい方に一致しますが、sup A も − inf A も正なので、 sup B = max{sup A, − inf A} < sup A + (− inf A) = sup A − inf A が成り立ちます。この二つの不等式を合わせると、 sup B − inf B < sup A − inf A となります。これで示せました。 □ 次に A の要素の正負を使わない別解を紹介します。 18 第 1 回解答 別解 a と a′ を A の二つの任意の要素とします。すると、 inf A ≤ a′ ≤ sup A inf A ≤ a ≤ sup A, が成り立ちます。右の不等式だけ −1 倍すると、 inf A ≤ a ≤ sup A, − sup A ≤ −a′ ≤ − inf A となります。この二つを辺々足すと、 inf A − sup A ≤ a − a′ ≤ sup A − inf A が得られます。左側の不等式だけ −1 倍すると、 a′ − a ≤ sup A − inf A, a − a′ ≤ sup A − inf A となります。つまり、 |a − a′ | ≤ sup A − inf A (4) が A の任意の二つの要素 a, a′ に対して成り立つことがわかりました。 一方、三角不等式を使うと、 |a| = |(a − a′ ) + a′ | ≤ |a − a′ | + |a′ | となるので、|a′ | を移項して |a| − |a′ | ≤ |a − a′ | (5) が得られます。 二つの不等式 (4) と (5) を合わせて、A の任意の二つの要素 a, a′ に対して |a| − |a′ | ≤ sup A − inf A の成り立つことがわかりました。 ここで、a′ を一つ選んで固定し、a だけを動かすことを考えます。|a| とは B の要素のことなの で、B の任意の要素 b に対して b ≤ sup A − inf A + |a′ | が成り立つ、つまり、sup A − inf A + |a′ | は B の上界であることがわかりました。よって、 sup B ≤ sup A − inf A + |a′ | が成り立ちます。 今度は a′ を動かしましょう。|a′ | も B の要素すべてを動くので、この不等式は B の任意の要 素 b に対して sup B − sup A + inf A ≤ b が成り立つということ、つまり sup B −sup A+inf A が B の下界であることを意味します。よって、 sup B − sup A + inf A ≤ inf B が成り立ちます。 移項して整理すると、 sup B − inf B ≤ sup A − inf A となります。これが示したい不等式でした。 □ 19 第 1 回解答 3 A コースと B コースの違いについて 数学 I の A コースと B コースの違いを具体例で説明しようという試みが問題 7 です。 問題 7 の解答 「証明」の中の文を一つ一つ検討して行きましょう。 1. 元の関数を f 、その導関数を f ′ と書くことにする。 これは名前を付けただけです。なんの問題もありません。 2. f ′ が連続関数であるとは、任意の実数 x0 に対して f ′ が x0 で連続であること、すなわち x → x0 としたとき f ′ (x) → f ′ (x0 ) となることである。 これは「f ′ という関数が連続関数である」ということの定義そのものです。全く問題ありません。 3. よって、実数 x0 を一つとって考えればよい。 このようにあからさまに「一つとって」と言われてしまうと、特定の x0 についてしか議論しな いように読めてしまうかも知れませんが、ここでは「ある性質を持つ特定の x0 」をとっているの ではなく、 「任意の x0 」をとっているのだから問題ありません。つまり、 「以下の議論は x0 が何で あっても成り立つように進めて行く」と宣言しているわけです。 4. 微分の定義より lim x→x0 f (x) − f (x0 ) = f ′ (x0 ) x − x0 (6) である。 微分の定義そのものが書いてあるだけです。 5. 一方、平均値の定理より f (x) − f (x0 ) = f ′ (c) x − x0 (7) となる c が x と x0 の間に存在する。 f の定義域は実数全体としているので、f が微分可能なら導関数 f ′ の定義域も実数全体です。 よって、x と x0 に挟まれた部分はすべて f ′ の定義域に入っていますから平均値の定理が使えます。 「f が連続であることを明示的に言っていないのだから平均値の定理が使えるとは限らない」と 思う人がいるかも知れませんが、微分可能なら連続なのですから問題ありません。例えば、4 の倍 数についての問題で、それが偶数であることを証明に使うことをためらう人はいませんよね。 「微分可能なら連続だなんて初めて聞いた」という人もいるかも知れませんが、このことは高校 で学んでいます。念のために証明を書いておきましょう。 20 第 1 回解答 φ(x) が x = a で微分可能だとします。すると、 φ(x) − φ(a) (x − a) lim (φ(x) − φ(a)) = lim x→a x−a ( ) ) φ(x) − φ(a) ( = lim lim (x − a) x→a x→a x−a x→a = φ′ (a) · 0 = 0 が成り立ちます。φ(a) は x によらない定数ですので lim の外に出すことができます。つまり、 x→a lim (φ(x) − φ(a)) = lim φ(x) − φ(a) x→a x→a です。そこで、φ(a) を右辺に移項すると、 lim φ(x) = φ(a) x→a となります。これは φ(x) が x = a で連続であることの定義です。これで示せました。 6. 式 (7) を式 (6) に代入して lim f ′ (c) = f ′ (x0 ) となる。 x→x0 これも、本当に代入しただけなので問題ありません。注意すべき点は c が x に依存する数だとい うことでしょう。c の取り方は複数ある場合もあるので「c は x の関数」と言ってしまうのは少々 ためらわれます。「c として、例えば x にもっとも近いものをとることに決めればよい」と思うか も知れませんが、「x にもっとも近い c」があるとは限らない3 のでそうもいきません。ただし、決 め方は別として、各 x に対して c を一つ決めさえすれば、当然 c は x の関数になりますので、c を x の関数だと思ってもなんの問題もありません。 7. c は x と x0 の間の数なので、x → x0 のとき c → x0 となる。 皆さんお馴染みの「はさみうちの原理」(問題 3)を使っただけです。 8. よって、 lim f ′ (c) = f ′ (x0 ) である。 c→x0 「よって」と書いてありますが、なにによってなのでしょうか。文 1 から文 7 までの議論の流れ から考えて、文 6 と文 7 によってなのでしょう。 文6は x → x0 ならば f ′ (c) → f ′ (x0 ) で、文 7 は x → x0 ならば c → x0 なので、そもそも三段論法になっていない、つまり A ならば B、B ならば C、よって A ならば C 3 このことは講義や演習が進めばはっきりします。今はとりあえず信じて下さい。 21 第 1 回解答 という論理の使い方を間違えたのだ、と見えるかも知れませんが、今の場合は実はそれとも違って います。 状況をわかりやすくするために、文 6 と文 7 で c を x の関数として c(x) と書いてしまいましょ う。c は x ̸= x0 のときに x と x0 の間に存在するのですから、x0 は関数 c(x) の定義域に入って いないことに注意して下さい。 さて、c(x) という記号を使うと、文 6 は lim f ′ (c(x)) = f ′ (x0 ) x→x0 と、文 7 は lim c(x) = x0 x→x0 と書き直せます。この二つから結論できることは c(x0 ) = x0 と定義することで x0 を c(x) の定義域に含めることにすると、合成関数 f ′ (c(x)) は x = x0 で連続になる ということまでです。f ′ (x) が x = x0 で連続であることまでは言えていません。 ところが lim f ′ (c) = f ′ (x0 ) c→x0 という式は、f ′ (x) は x = x0 で連続であるということの定義式です。 「x じゃなくて c と書いてあ る」と思うかも知れませんが、定積分における積分変数と同じように lim f ′ (c) の文字 c は何で c→x0 ∫b ∫b もかまわないダミーです。 a φ(x)dx = a φ(t)dt と同じように、 lim φ(x) = lim φ(c) です。 x→a c→a 結局、この文 8 は、文 6 と文 7 から巧みに x を消し去ることにより「x に依存する c をまるで 独立変数のように見せる」という飛躍を行っているのです。 9. この式は f ′ が x0 で連続であることを示している。 文 8 の主張を日本語で言い換えただけです。 10. x0 は任意だったので、f ′ は連続関数である。 x0 は特別なものをとったのでなく任意の実数でよいのだということを改めて注意しているだけ で、そもそも必要のない文だとさえ言えます。問題ありません。 結論 以上により、「間違っているとすれば文 8 である」ということがわかりました。が、飛躍がある からといって即間違いとは言えません。ただし、今の場合問題文中で「連続でない導関数が存在す る」と明記してありますので、本当に間違っているのでしょう。 (「本当に間違っている」ことを確認するためには、導関数が連続にならない例を作ってみれば よいわけです。よく知られた例として f (x) = 1 2 x sin x 0 x ̸= 0 x=0 22 第 1 回解答 というのがあります。これは実数全体で微分可能ですが、導関数は x = 0 で連続になりません。) よって、文 8 は(単なる説明不足などではなく)本当に間違っていることになります。そして、 間違いの中身は、例えば x に依存する数 c を独立変数として扱ってしまった というように言うことができます。 (「どう間違えたか」は見ようによっていろいろと説明できるで しょうから、これは指摘の仕方の一例に過ぎません。) □ さて、肝心の「A コースと B コースの違い」を説明しましょう。上の解答で良しとするのが B コース。上の解答に満足せず、関数が連続であることを(数列の収束の定義とよく似た方法で)定 義し、文 8 の間違いの中身を「追求」するのが A コースです4 。A コースではことあるごとにこの ような「追求」をします。特に冬学期に学ぶ積分でかなりハードにこのような「追求」をすること になります。ですから、上の解答で十分納得できる人や今回の問題 1 や 4 の解答を読んで興味の 湧かない人は、A コースを選択するとあとでかなり大変なことになります。冬学期も夏学期と同じ コースを選択しなければならないシステムですので、是非慎重にコースを選択してください。 4 ただし、担当教員によってかなり違いがあります。A コースなら必ずこのような「追求」をしますが、B コースだから といってこのような「追求」をしないとは限らないようです。B コースでどこまで「理屈っぽい」講義をするかは B コー スの担当教員に直接聞いてみて下さい。
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