1 卒論作成のためのガイド 2009 年 4-5 月 (宮原) 1.英米文学(外国文学)を素材に論文を書くにあたって A. 何について書くかを絞り込む i) 主題探しのスタート 第一に、自分個人の感動・感銘・読後感を、出発点としてほしい。それがないと、上滑りな 借り物の議論に終わってしまう。先行研究を読んでさまざまな意見の洪水に翻弄されたりした ときも、まず自分の最初の読後感に戻ってみて、出発点を見つめ直す。 ただし、最初の読後感を、何が何でも守り通せ、と言っているわけではない。二回目、三回 目の読書の後には、印象が変わることはよくある。二回目、三回目の読後感のほうが、作品の 本質に迫っていることも多い。ただ、その読後感の変化ぶりを確認する上でも、折に触れて最 初の読後感に立ち戻ってみることは大切である。 ii) 感銘・感動から、論点の絞り込みへ 以下に絞り込みの一例を示す。絞り込みの仕方は何通りもある。あくまで参考。 感銘・感動 の対象は? ス ト ー リー や書 き方に感銘 登場人物に感銘 私個人特有の 感銘 多数読者共有 の感銘 その感銘はな ぜ? 私のど んな人生経験 がその感銘の 素地になって いるのか? その体験を一 言で他人に伝 えるとしたら、 どういうまと め方ができる か? 感銘を共有で きるグループ の境界は? 時代・地域・年 齢・立場の違い などで、感銘の 度合に違いは ないか? 性差、恋愛観、 人生哲学、集団 力学、死生観、 etc 国際関係、性 差、時代精神、 職業間格差、歴 史観、文化人類 学的視野、etc 場面の配列、 時間進行提 示に工夫は ないか 字面通りで はない書き 方があるか 別作品に似 た所がある か 場面同士の 対応関係を 丹念に追っ てみる。時間 進行を時系 列通りに整 理してみる。 ある場面や 登場物が皮 肉に描かれ てはいない か? その皮肉は どういう言 葉から見破 れるか? なぜ皮肉が 必要か? 何かの作品 が下敷きに なっていな いか? 下敷きにな った作品に ついて、作 家は肯定的 か否定的 か? なぜ、対応や 時系列の変 形が必要だ ったのか、考 える なにか、作家独自の制作方針や人生観が浮か び上がってこないか 次々に「なぜ」を、少なくとも3回は自分に突きつけ、論点を先鋭化していこう 2 iii) 論点はじゅうぶんに絞り込むこと 卒論でありがちな論点に「主人公○○の精神的成長」というものがある。これはまったくダ メ。 「精神的成長」というのは、論点設定として安直すぎる。 「○○の精神的成長」などという タイトルの論文は、八割方くだらないものである。 「精神的成長」とは、絞り込み不足で、まだ 何も具体的な論点に達していないくせに、いかにも何かを論じているように見せかける、まや かしの論点に過ぎない。 「精神的成長」の「精神的」とはどういう意味か。もっと絞り込まね ばならない。 「社会的協調性」なのか、 「自立心」なのか、 「宗教的な思索」 なのか、 「政治的に不平等な社会実態への覚醒」なのか、 「清廉潔白な姿 勢」なのか、 「清濁併せのむ度量」なのか。詳細な絞り込みをしないと、 議論は総花的で浅くなり、ばらけるのみ。 B. 論点を絞り込んだら、論文の「テーマ」を決める 論文においては、 「論点」と「テーマ」は、強い関連はあるものの、別のレベルである。 「テーマ」とは、「論点」について、論文の書き手が出すひとつの「結論」である。 i) 論文の「テーマ」はセンテンスで表される 論文のタイトルであれば、 「黒人差別に対する主人公○○の考え方」といった、体言止めの言 い方でも通用するだろう。しかし、 「テーマ」はそうはいかない。これでは結論になっていない からである。 論文の「テーマ」は、 《主語》+《述語》の形をとらなければならない。例えば、「黒人差別 に対する主人公○○の考え方は、×××の点で不十分である」のように、述語によって論文筆 者の考えを表明しなければならない。センテンスの形での「テーマ」をしっかり表明できない うちは、まだ論文は書き始められない。結論が見えていないのだから、どのように議論を展開 し、議論の材料をどの順番で配列するかも決められず、設計図が描けない。 これは、卒論に限った話ではない。実社会においても、資料提示やプレゼンにはセンテンス 形の「テーマ」がなければならない。たとえば、コンビニ・チェーンの経営会議において調査 結果を報告する場合を考えてみよう。資料の「タイトル」には、 「山口県内各店舗の清涼飲料水 の売れ行き」といった体言止めの表現を使ったとしても、いっこうにかまわないだろう。しか し、プレゼンをする人間は必ず、 「センテンス形で」テーマを心に持っておかなければならない。 「山口県内店舗においては、西部では炭酸飲料水よりも緑茶系の売れ行きが高いが、店舗数の 多い東部では逆である」といった「テーマ」をもつ必要がある。このテーマが念頭にあってこ そ、資料提示の順番(炭酸水売れ行きグラフと緑茶グラフのどちらを先に見せるか、山口県内 の店舗分布図をいつ示すか、等)を決定できるのである。 「テーマ」は、論文全体のトピック・センテンスのようなもの、と考えてほしい。 ii) 論点は、欲張らない 一つの論文につき、議論できる論点は原則として一つである。それ以上欲張らないこと。 よい本というものは、いろいろな複数の角度から鑑賞できるものである。だから、別の論点 も見つかってしまい、その論点についても議論したくなるものだが、思いとどまるべき。論点 をもう一つ取り上げたいのなら、それについて別に論文をもう一本書くのが筋である。 3 C. 「テーマ」に向かって、論理的で説得力のある文章を書く i) 起承転結について 英語の論文では、起承転結をあまり意識しなくていい。 「転」を入れようとして、無理に「別の観点」「違った角度」を取り込む必要はない。 「起」で提 起した問題を、そのまま一直線に論じきって、 「結」に持っていく、という構成のほうが、英語 論文ではむしろ多い。 ii) 段落の並べ方 ジグザグ構成は避ける。つまり、逆接の接続詞を連発しないこと。論旨が「反復横飛び」の ようになり、読んでいる側としては、書き手の主張がどちらなのか、見失いがちになる。 (よくない例) 論A だが A′ しかし論 B (よい例) 論 ただし A″ けれども B′ とはいえ B″ A → A′ → A″ しかし 論 B → B′ → iii) 段落内部の構造 大まかに言うと、以下のような形で、英語文章のパラグラフは構成される。 一パラグラフ (承前部) 前の段落からの流れを受ける部分。省いてもいい。 ①トピック・センテンス この段落の主張をまとめて一文で言い切ったもの。 平叙文でも疑問文でもいい。 ②議論展開部 トピック・センテンスの主張を読み手に説得するた めの具体的材料を見せる部分。 実例をあげる、予想される反論の提示と反説得、 作品の一部や先行研究を引用、等々 (第二のトピック・センテンス) 主張のだめ押しの意味で、トピック・センテンスと は少し言葉遣いを変えて再提示。省いてもいい。 ①トピック・センテンスについて 一つの段落にトピック・センテンスは一つだけ。つまり、一つの段落で伝えるメッセージ やアイディアは一つだけに絞ること(だめ押しのトピック・センテンスは結局同じ内容を別 表現で繰り返すのだから、メッセージが増えているわけではない)。別のことについて書きた くなったら、改行して新しい段落を始めること。 トピック・センテンスを段落の冒頭部分に書くことで、その段落が何を伝えようとしてい るのか読者にいち早く示し、読者に心構えをさせる。これが分かりやすい文章の基礎である。 4 ②議論展開部について トピック・センテンスは、その段落において書き手が主張したいことを短くずばりと表現 したものだが、いかんせん短すぎて、それだけでは説得力が生まれない。そこで、議論展開 部できちんとした議論を示して読者を納得させる。 論文の読み応えというのは、実はこの議論展開部にどういう材料をどういう配列で示して いるか、そこにキモがある。トピック・センテンス以上に、気を使って書くこと。 ・データや実例を並べるなら、データ(実例)の数は3つにする。1つでは説得力がな い。2つでは不足感があり、4つでは無駄に話が長いという感覚を読み手に与える。 ・ただし、文学の論文の場合、1つの場面を引用して言葉遣いを詳しく分析するという やり方もある。その際は、3つにこだわる必要はない。 ・データ(実例)を3つ並べる場合、自分の論文のテーマにとって大事なデータ(実例) は、3番目に置く。尻すぼみを避け、また次の段落へと自然につながっていく効果が 生まれる。軽いデータから重要なデータへという順で配列すること。 ・その他、二つの主張をわざと戦わせて、一方に軍配を上げるという《対照・対比》と いう構成方法もある。この時も、論文のテーマを支持してくれる論の方を後に置くと よい。次の段落へのつながりが良くなる。 ・時系列に従って書く、という構成法は、文学の論文の場合、おすすめできない。ただ 本のあらすじをたどるだけに終始するという、落とし穴にはまりやすいからである。 分析的な文章とは、時系列を飛び越えて二つの場面や人物や言葉遣いを並べて見せ、 それを比較検討するものである。時系列通りの文章を書いてしまったら、それは自分 の文章が分析的になっていない印だと思って、その段落を書き直すこと。 ・分析のタイプによっては、どうしても時系列通りの順序になってしまう場合もある。 そのときも、ただ時間の流れ通りにだらだら書くのではなく、今書いている段落のト ピックにとって重要でない部分は、手際よくはしょって簡潔にまとめること。そのは しょり方の出来不出来も、文章の巧拙を大きく左右する。 話し上手には2種類あって、エピソードを語るのが上手な人と、説明の要領のいい人と がいる。論文を書くときに好ましいのは、後者である。まず結論をトピック・センテン スとして読み手に提示し、その後に具体的データで肉付け、という手順をとる。エピソ ードを上手に語るときの、サスペンス効果などは、論文においては不要である。 ③段落の長さ ・一概には言えないが、原稿用紙の場合、400 字詰めの一枚の中で一度も段落が変わっ ていないようだと、段落意識が足りない論文だと自己判断していい。英文の場合は、 所定の書式(一行に全角文字 33 字〔半角文字なら 66 字〕 、一ページに 25 行)で書いてみて、一ページの中で一回は段落が変わるようにする。 そうなっていない場合は、「同じ一つのアイディアで一段落を書いてい る」つもりでも、実際はアイディアをちゃんと絞り込めておらず、漠然 と大くくりのアイディアのまま書いていた、というのが実態であること が多い。ちゃんと絞り込んだトピックであれば、おのずと段落の長さは 短めになってくるはず。長すぎる段落は、論文の読み手にも負担をかけ ることになる。 5 2. 「感想文」に陥らないために 主人公に感銘を受けるのはいいが、入れ込みすぎないよう。距離を置くことが、客観 性につながる。自分の私的体験に立脚したり、根拠のない一般論(例「だって、十代の 男なんてそんなもの」 )に逃げ込んだりせず、他人に対する説得力を心がけること。 論文の説得力は、作家の言葉遣いに対する目配りや、先行研究を受けた論理展開や、 作品を取り巻く社会状況の把握、作家の生涯についての知識等から生まれる。ただの一 般論ではダメ。一般論をいうにしても、そこに地域・文化・歴史を考慮した裏付けをい ちいちすることが大事である。心理学、歴史学、集団心理学、文化人類学、色彩イメー ジ論、言語学、等々を参考に、主張の客観化を目指す。 3.議論の無断借用をしない A. 先行研究の活用と剽窃 ほとんどどんな研究分野にも、過去から今に至るまでに蓄積された研究成果がある。これ を無視して自分だけの考えでものを書くというのは、独善であり、先達に対する無礼であり、 また時計の針を巻き戻してせっかくの進展をチャラにしてしまう行為である。研究であるか らには、先行研究への目配りがなければならない。 ただし、先達や同僚の議論を活用する際には、誰のいつの論を 借りているのか、必ず明記しなければならない。これを「出典を 明示すること」と呼ぶ。出典が明示されないまま、他人の論や説 を自分の論文に取り込むことは、 「剽窃(ひょうせつ) 」という犯 罪と見なされる。「剽窃」の対象は、活字になったものばかりで はない。授業や講演やテレビ番組などで耳で聞いた内容や、電子 メディアも、出典を示さないまま(コピペなどして)自分の論文 に取り込んでしまうと、「剽窃」という一種の窃盗である。出典 の明記の仕方については、いずれ池園先生の回の演習で詳しく紹 介される。ここでは心構えとして、「剽窃厳禁」を頭にたたき込 んでおいてほしい。 大学は「知」を扱う広場である。その「知」の所有権について侵害行為を行うことは、大 学に身を置く者(教員も学生も)としては、最大級の犯罪である、と心得てほしい。たとえ 借り物の議論だらけの卒論を書いたとしても、出典の明示がされていれば、ただ単に「力不 足」と見なされるだけだが、卒論で出典を示さず「剽窃」行為に走ってしまったら、その時 点で卒論は無効と見なされ、卒業判定では「否」の評定が下されることになる。 6 連休明けレポートの指示 これまでのガイドをできるかぎり参考にして、以下の指示に従い、読書レポートを作成・提出し てください。質問は宮原まで。 ・題材は何でもいい(英語作品でなくてもよい)ので、小説・短編小説・ 詩・戯曲から自分の好きなものを一つ選び、その読みどころ、もしく は他人に勧めたい鑑賞のポイントについて、日本語で 2000 字程度の議 論を書きなさい。 ・原稿用紙を使ってもいいし、パソコンのワープロソフト(ワードか一 太郎)で作成してもいい。原稿用紙は横書きのものを使用すること。 ワープロも横書きに設定すること。 ・いずれにせよ用紙のサイズはA4版とする。 ・議論の中で、題材の作品の中から必ず一箇所以上の引用を行い、分析 を行うこと。 ・文章は「です・ます」調ではなく、「である」調で書くこと。 ・自分のことを指す際には、 「私」ではなく「筆者」とする。作品を書い た人のことは、 「著者」もしくは「作家」 ( 「詩人」)と表現すること。 ・提出期限は、5月8日(金)17:00。 ・提出場所は、人文学部6階609号室 宮原教員研究室。 ・来室が困難な場合は、電子メールの添付ファイルとして宮原へ送信し てもいい。アドレスは、miyahara@yamaguchi-u.ac.jp。送信締切りは やはり、5月8日(金)17:00。 ・提出されたレポートは、宮原が添削したうえで、 5月13日以降に返却を開始する予定です。
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