テレビゲームが脳の構造と機能に与える影響 田中 悟志 (自然科学研究機構 生理学研究所 特任助教*) はじめに ビデオゲームで遊ぶことは、現代社会では一般的な行動となって久しいが、ビデオゲームが 脳の構造や機能にどのような影響を与えるかは明らかではない。本研究では、(1)ビデオゲー ム熟達による脳の構造変化の詳細、及び(2)ゲーム熟練者の脳の構造的変化と認知機能の特性 との関係を明らかにすることを目的とする。 方法 50 名の健常成人男性が実験に参加した。うち 17 名がアクションビデオゲームの熟練者であ り、残りの 33 名がビデオゲームを日常でほとんどやらないゲームの素人であった。熟練者と 非熟練者の間で年齢の有意な差はなかった(熟練者平均 24.1 歳、非熟練者平均 22.4 歳) 。熟 練者は平均 15 年以上のビデオゲーム経験を持ち、現在は週平均 20 時間程度ビデオゲームを 行っている。また熟練者は対戦型格闘ゲームに特に熟達し、世界最大の格闘ゲーム大会であ るアルカディアカップで、ベスト 2 から 32 位以上の成績を収めている。 まずビデオゲーム熟練者と非熟練者の認知機能の違いを明らかにするために、視空間注意 能力を計測する心理行動実験を行った(図1A)。被験者はコンピュータのディスプレイ上に 瞬間的に提示される複数の色のついた四角の位置と色を覚える課題を計 120 試行行った。 次に、ビデオゲーム熟練者と非熟練者の脳構造の違いを明らかにするために、磁気共鳴画 像(MRI)実験を行った。MPRAGE T1 シークエンスによって脳の構造画像をすべての被験者に おいて計測した。灰白質および白質の体積を Voxel-Based Morphometry (VBM)法によって解析 をした。 図1 (A) 視空間注意課題。(B) 視空間注意課題の成績(赤線=ゲーム熟練者、青線=非熟練者) 結果 視空間注意課題の成績は、ゲーム非熟練者に比べて熟練者の方が有意に正答率が高かった(図 1B; p<.05)。 次に VBM 解析によって、ゲーム熟練者と非熟練者の灰白質及び白質の体積を比較した(図 2A)。その結果、非熟練者に比べて熟練者の右半球の頭頂葉領域の灰白質体積が有意に大き いことが明らかになった(p<.05 corrected for multiple comparison)。さらに視空間課題成績と右半 球の頭頂葉灰白質領域の相関解析を行うと、熟練者において有意な正の相関が認められた(図 2B)。この事は、ゲーム熟練者において右半球の頭頂葉灰白質領域の体積が大きい熟練者ほ ど、視空間注意課題の成績が良いことを示している。一方で、白質領域においてはゲーム熟 練者と非熟練者間で有意な差は認められなかった。 考察 高度な視覚-運動制御が必要となるアクションビデオゲームの経験により、ゲーム熟練者の右 頭頂葉領域の灰白質体積が増加する可能性が示唆された。このような右頭頂葉領域の灰白質 体積がゲーム熟練者の優れた視空間認知能力の神経解剖学的な基盤になると考えられる。 研究業績 Tanaka S, Ikeda H, Kasahara K, Kato R, Tsubomi H, Mori M, Hanakawa T, Sadato N, Honda M, Watanabe M. Larger right posterior parietal volume in action video game experts: a behavioral and voxel-based morphometry (VBM) study. (Under Review in The Journal of Neuroscience) * 現在の所属:国立大学法人 ア・トラック准教授 名古屋工業大学 若手研究イノベータ養成センター テニュ tanaka.satoshi@nitech.ac.jp 図 2 (A) ゲーム非熟練者に比べて熟練者で灰白質の体積が大きかった右頭頂葉領域。 (B) ゲ ーム熟練者の右頭頂葉の体積は、視空間注意課題の成績が良い熟練者ほど大きかった。
© Copyright 2024 Paperzz