フランス・オペラをうたうメゾ・ソプラノに求められているものとイタリア・オペラをうたうメゾ・ ソプラノに求められているものとでは、微妙な、しかしかなり本質的なところで違っているように思 う。むろん、一級の声と高度の歌唱技巧、さらに音楽を演じることのできる演技力が必要になるとい うことでは、フランス・オペラであろうとイタリア・オペラであろうと、なんら変わるところがない。 しかし、終始、メゾ・ソプラノの声の限界に挑むことを強いるようなところのあるイタリア・オペラ と違って、フランス・オペラでは声の点でいくぶん余裕をもたせて、その分、声に演じさせようとす る配慮の感じられるアリアが少なくない。 そのようなことを思ったのはヴェッセリーナ・カサロヴァの「フランス・オペラ・アリア集」をき いたからである。メゾ・ソプラノに逸材の多い現代のオペラ界ではあるが、ヴェッセリーナ・カサロ ヴァがそのトップ集団を形成しているひとりであることは、ここであらためていうまでもないであろ う。カサロヴァは美声にめぐまれているだけではなく、ドイツ歌曲、あるいはフランス歌曲の録音を 残していることからもあきらかなように、内面的な、陰影にとんだ歌唱も可能な表現力をそなえたメ ゾ・ソプラノである。 「フランス・オペラ・アリア集」で、カサロヴァは彼女の持味、特にフランス・オペラのアリアを うたうときに求められる声による演技力を遺憾なく発揮して、ききごたえ充分な歌唱をきかせてくれ ている。ここでのカサロヴァは、 「サフォー」の「不滅のリラよ」、 「ミニョン」の「君よ知るや南の国」、 「ル・シッド」の「泣け、泣け、わが瞳よ」といったお馴染みのアリアもとりあげながら、同時に「予 言者」や「サン=マール」等のオペラからのアリアもとりあげて、変化にとんだ見事なプログラムを 組んでいる。 しかし、ここで注目するべきは、メゾ・ソプラノの「フランス・オペラ・アリア集」にもかかわら ず、 「カルメン」からのアリアが周到にはずされていることである。当然のことながら、カルメンはカ サロヴァの声と技をもってしてうたえない役柄ではない。にもかかわらず、カサロヴァはカルメンの アリアをうたっていない。彼女がアリア集としてのトータルなコンセプトを大切にした結果と考える べきであろう。クレバーであることは、むろん、歌い手にとってもかけがえのない美徳である。 フランス・オペラのアリアをうたったアルバムといわれて、誰もが咄嗟に思い浮かべるのは「パリ のマリア・カラス」と題された二枚の名盤であろう。あの二枚はノルマやトスカをうたったときとは 別の面から、マリア・カラスという演技者をききてに強く印象づけるものとして、カラスを考えると きに欠かすことのできないアルバムである。 「 パリのカラス」の二枚とこのカサロヴァのアリア集では、 当然、とりあげられているアリアに重複がある。しかし、選曲には、カラスがソプラノでカサロヴァ がメゾ・ソプラノだという声の違いを度外視しても、微妙なずれがある。カラスの選曲から若干ずら したという、まさにそこに、フランス・オペラのアリアをうたうカサロヴァの、メゾ・ソプラノとし てのスタンスのとり方が浮びあがっているようにも思われる。 テノールのベン・ヘップナーの「フランス・オペラ・アリア集」にも、カサロヴァのアルバムと共 通する選曲の面での興味深さがあった。ヘップナーは、先刻ご承知のように、とびきり強靭な声のテ ノールだが、ここでは持前の声の威力によってではなく、それぞれのアリアで求められている情感を 色濃くにじませた歌唱をきかせて見事である。特に「ユダヤの女」の「ラシェルよ、主のご加護が」 できかせる彫りの深い表現は素晴らしく、絶唱である。 ここでのヘップナーもまた、その「ラシェルよ、主のご加護が」や「アフリカの女」の「おお、パ ラダイス」のような広く親しまれているアリアをうたう一方で、 「トロイの人々」や「サフォー」から のアリアをとりあげて、選曲に変化をつけているあたりには、カサロヴァのアルバムと共通配慮があ ったと考えるべきであろう。フランス・オペラ・アリア集を「ラ・マルセイエーズ」でしめくくるア イディアは、誰が考えたのか、まいった!と呟かないではいられなかった。それと、ここではやはり、 チョン・ミュンフンの音楽に深く踏みこんだ指揮を称えることも忘れてはならないであろう。素晴ら しい! カラスはいうにおよばず、カサロヴァもヘップナーも、一級の声と高度の歌唱技巧の持主ではある が、彼らがフランス・オペラのアリアをうたっての歌唱に耳をすますききてがまず感じるのは、彼ら の声による演技力、情感の描出である。そこにフランス・オペラのアリアをきく面白さがあるという こともできなくはなさそうである。 * モーストリー・クラシック「感動道場」
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