No.27「アンケート調査と「物語」の暴走」

政策を見る眼
アンケート調査と「物語」の暴走
No.27< 2016. 10. 31 >
宮脇 淳
北海道大学大学院法学研究科教授
日本の経済社会の活力に決定的な影響を与える
いる。一方で、一時的な原因は表面的にも分かりやす
要因として、超少子高齢化、グローパル化と共に情報
いため住民や利害関係者の支持を得ることが容易で
通信革命がある。情報通信革命は、人間関係を形成
あり、政治的にも優先される。そのため本質的な政策
する「情報集積」と「伝達移動」の流れを変える。この
課題は後回しになり、一時的な政策課題が優先され
流れの変化は、効率的に人間関係の権限と責任の体
る傾向が強まる。なぜ、高い影響力を有する政策は
系化を図る経済社会のガバナンス構造の根幹に影響
一般的に分かり難いのか。それは本質的な因果関係
を及ぼす。同時に、様々な社会現象が相互連関性を
ほど、原因と結果の間に、時間的、空間的に直接的な
強め、それに対応するための社会全体の脱・縦割り等
繋がりをもっていないためである。アンケート調査でも
自治体経営の枠組み自体に変革を求める要因となる。
回答の表面に現れた結果ではなく、回答間に隠れて
すなわち情報通信革命は、単にインターネットやスマ
いる本質を発掘するノウハウが必要となる。
ホなど情報媒体の問題ではなく、人間のガバナンス構
主観的ではない統計的分析が必要なのは、客観性
造を変える中核的要因であり、自治体政策の展開に
(他との比較可能性)を担保するためである。地域の
も大きな影響をもたらす。その中で、住民と直に接する
政策を検討する場合でも、自らの地域・自治体の情報
基礎自治体がその優位性を発揮する上では、地域の
だけで行えば、客観性に乏しく政策の有効性は著しく
メッシュ情報の集積が重要となる。住民がどんな意向
低下する。他の地域・自治体と比較し類似点・相違点
をもっているか、なぜ自治体の政策に関心が薄いのか、
等を認識することで、はじめて自らの特性を認識し効
また自治体外から訪れる人について、その目的や理
果的で付加価値の高い政策を形成することができる。
由、地域への意識等を把握することは、自らの地域の
比較する際には共通のものさしが必要であり、それが
優位性、劣位性を認識する上で不可欠である。
統計的手法である。加えて、統計的手法は政策思考
地域のメッシュ情報を把握する手段としてアンケート
における仮説設定でも大前提となる。仮説設定とは、
調査がある。しかし、多くの場合、調査結果に対する
分析によって明確となった構成要素の中で強い因果
分析等は不十分な状況にある。アンケート結果を行政
関係を発掘することであり、政策の前提となる人間行
組織の観点からグラフ等を交えて整理し公表すること
動の相互間に原因と結果の関連性を見つけ出すこと
はあっても、政策等に反映させる前提となる統計的分
である。人間行動相互間の関係は、①「独立」=二つ
析が行われることは稀である。本来、アンケートの企画
の人間行動間で一方は変化しても他方が変化する必
段階において、実施後の統計的分析を前提に調査対
然性はない、②「相関」=二つの人間行動間に何らか
象・項目を設計するのが原則である。しかし、実際には
の影響を及ぼし合う関係性がある、③「単純相関関係」
集計後の分析を意図した上で設計することは稀であり、
=二つの人間行動間に系はあっても原因と結果の関
担当部局や担当者の主観によって設問等が設定され
係性がない、④「因果関係」=二つの人間行動間に必
ることも少なくない。分析とは、アンケートへの回答など
ず一方が先に生起し他方を生じさせる原因と結果の
データを通じて観察された現象を構成要素に分けるこ
関係性がある、に分けることができる。
とである。具体的には個別回答を整理するに止まらず、
アンケート調査の結果等を通じて、住民間に生じて
個別回答間の関係を基礎的統計手法によって検証し、
いる人間行動としての因果関係を見つけ出し、人間行
埋もれた要因を探り出す行為である。
動に働きかけ新たな構図を生み出すのが政策である。
「高い影響力をもつ政策の実現ほど困難性が高く、
そうした因果関係を見つけ出すことなく、主観的・場当
一時的な影響力に止まる政策ほど実現しやすい」とい
たり的に政策を思考すれば、因果関係がない「独立」
われる。こうした実態に陥る原因は、アンケートも含め
や「単純相関」の人間行動に働きかけて効果を得られ
た地域情報の集積の質にある。高い影響力をもつ本
ない、あるいは効果が極めて薄い政策を生み出してし
質的な原因ほど表面的に分かり難く、一般的に隠れて
まう、いわゆる「物語の暴走」を招くこととなる。
「政策を見る眼」No.27 <2016.10.31>
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