COMSOLで月の塵にマイクロ波をあてる NASA MARSHALL SPACE FLIGHT CENTER HANTSVILLE, ALABAMA, US 月の極地方では、水は地表のすぐ下に極低温で閉じ込められています。永久凍土から水を効率よく 取り出す方法の一つがマイクロ波エネルギーの使用です。COMSOLはこの水抽出プロセスの計算を 可能にしました。 図1. ニューメキシコ州立大学とマーシャル宇宙飛行センターがTortugas 24"望遠鏡を 使って撮影し、ラベル付きで合成した南極の画像。 (画像提供:NMSU/MSFC) 1999年、米国航空宇宙局(NASA)の月探査機ルナ・プ ロスペクターは月の極地方にある永久 影に隠れたクレー ターの内部に濃縮された水素の痕跡があることを発見し ました。極地方の大量の水素がどこからきたのか、科学者 たちは長年にわたり解明を試みてきましたが、NASAの月ク レーター観測・調査衛星(LCROSS)による最近の発見は月 面の水の謎に新たな光を当てることになりました。LCROSS から送信された予備データは、月の南極付近の永久影に 隠れたクレーター「カベウス」への2009年10月9日の衝突 ミッションにより、水が発見されたことを示唆していまし た。宇宙探索が地球低軌道を超えて拡大しつつあるなか、 この発見は大きな影響をもたらす可能性がありました。 月における水の重要性 月で発見された水などの化合物は、将来の月探査を 支える資源となる可能性を持ちます。NASA マーシャ ル宇宙飛行センター(米国アラバマ州ハンツビル)の Materials & Processes Laboratory で Materials Scientist を務める Edwin Ethridge 博士によれば、現地調達できる 資源は、地球の引力圏を超えて資源を打ち上げる必要が なくなるため、非常に重要です。 「まとまった質量を宇 宙に送り出すのは非常にコストがかかるものです。宇宙 に打ち上げることのできる有用荷重の重量は、発射台に 乗るロケット全体の重さに対して極少ない割合でしかあ りません。 」と博士は話します。例えば、月に運ぶため には、どのようなものであっても 1 ポンドあたり約 5 万 ドルの費用がかかります。積荷を軌道に乗せる費用は、 ロケット、ロケットのハードウェア、エンジン、推進剤、 これらすべてを合わせた費用なのです。有人の月面基地 では、水は必ず補給しなければならない資源の一つであ り、月に運ぶ積荷全体のコストの一部は水にかかるコス トということになります。 水と酸素は有人月面基地で再利用が可能であるもの の、効率が 100% の手段はありません。Ethridge 博士に よると、初期段階の有人月面基地では、水と酸素が 1 年 あたりそれぞれ 1 トン必要になると試算されています。 この事実だけでも、月面基地での利用に向けて水の抽出 法を開発する十分な理由になります。水が抽出できるよ うになれば、酸素は電気分解によって水から得ることで きます。 「土から水を取り出す方法を探しています。水 は水です。浄化システムを通せば飲用可能です。水を抽 出すれば、電気分解して水素と酸素に分けることができ ます。 」 図2. 移動可能なプラットフォームに積まれたマイクロ波ハードウェアからマイクロ 波エネルギーを模擬土壌(箱の中)に投射する実験用デモ機。マイクロ波エネル ギーと模擬土壌を組み合わせる最初の実験。 「土が温まる間、温度は時間の経過とともに変化するため、熱に依存する 土の誘電性や電導性をモデルに組み込むことが可能です。月の土の性質がど のようなものであったとしても、COMSOL にそれを入力しさえすれば解析で きるのです。」 抽出の方法 よる抽出法の開発に取り組んでいるのはこのためです。 マイクロ波を用いた抽出装置の基本的な構成品は、マイ 月の土からの揮発物抽出にマイクロ波を使用するプロ ジェクトに取り組む主席研究員である Ethridge 博士は、 マイクロ波という方法は他の方法と比較した時に独自の 利点があると考えています。 「真空度が高いため、月の 土の熱伝導率はとても低いのです。アポロ計画の宇宙飛 行士が行った熱伝導率の測定では、熱の高絶縁体である エアロゲルに匹敵するものでした。 」さらに、マイクロ 波のエネルギーは内側から外側に熱が加わるという利点 があります。つまり、土を掘り出す必要性はないと考え ることができ、月面の粉塵や、露天掘りによる負の側面 を最小限に抑えることが可能です。端的に言うと、マイ クロ波源、土にエネルギーをもたらすための導波管、水 蒸気を捕集する冷却トラップです(図 2)。まず、マイク ロ波のエネルギーが土を通り抜けて熱を加えます。氷は マイクロ波のエネルギーを比較的通しやすいことから、 熱は土の粒子から土の表面に凝縮した氷に伝わります。 月面では、氷は昇華により直接水蒸気になります。冷却 トラップ内に入ると、水蒸気は氷に戻ります。このよう な構成品に加えて、抽出装置を運ぶためのローバーと電 源が必要となります。 月のシミュレーション クロ波を用いれば、他の方法を採用した場合の複雑さ、 インフラの追加、資源、動力確保の必要性が軽減されま マイクロ波による水抽出に必要なパラメータやハー す。Ethridge 博士が月面での運用に向けたマイクロ波に ドウェアの要件には複数の物理現象が関係するため、 図3. マイクロ波エネルギー(0.5ギガヘルツ)が月の模擬土壌を温めながら透過する様子の非定常解析。それぞれの色は 一定温度の等温線を示す。10時間にわたって土が徐々に加熱される様子をAVI動画で見ることができます。 http://science.nasa.gov/ science-news/science-at-nasa/2009/07oct_microwave/ Ethridge 博士はこの難問に挑むにあたりシミュレーショ イクロ波の周波数、出力、エネルギーの伝達方法の明確 ンを採用しました。 「マイクロ波による水抽出の提案書 化が必要です。周波数の異なるマイクロ波を用いて実験 を作成した際、原案の一部に COMSOL による計算を使 を行うためには、資源、マンパワー、実験時間の多大な 用していました。 」 投資が必要になります。」と博士は話します。「COMSOL COMSOL は月の模擬土壌をマイクロ波が通り抜け熱を加 を使えばマイクロ波の透過と加熱を、さまざまな実験シ える様子の計算に使用されています。模擬土壌の特性は、 ナリオで予想することが可能です。これによって、実験 研究室で計測した複素誘電率や透辞率に基づいて推定し 用ハードウェアの要件を絞り、時間、労力、コストを削 ます。 「シミュレートした月の土について、多様なジオ 減することができます。」 メトリ、広範囲のマイクロ波、さまざまな出力レベルで Ethridge 博士にとっての次のステップは水蒸気の土から の解析が可能です。 」と Ethridge 博士は話します。「土が の浸透をモデル化することです。米国アラバマ州バーミ 温まる間、温度は時間の経過とともに変化するため、熱 ンガムの Southern Research Institute では現在、模擬土 に依存する土の誘電性や電導性をモデルに組み込むこと 壌のダルシー則における定数(液体が透過性媒体を通過 が可能です。月の土の性質がどのようなものであったと する時の流れの定数)を測定しており、データが収集さ しても、COMSOL にそれを入力しさえすれば解析できる れ次第、模擬土壌からの水蒸気の移動がモデル化される のです。 」 予定です。 シミュレーションにあたり、Ethridge 博士は RF モジュ AVI 動画(上面からの 1 キロワットのマイクロ波が 1 立 ールを用いてマイクロ波エネルギーの通過と減衰をモデ 方メートルの模擬土壌を温める様子の 3D アニメーショ ル化しました(図 3) 。モデルがエラーなしで動作するこ ン)は以下でご覧いただけます。 とを確認し、加熱作用および熱流れという物理的現象を http://science. nasa.gov/science-news/science-atnasa/ 加えました。時間の関数としての加熱を求めるためには、 2009/07oct_microwave/ 非定常解析が用いられました。AVI 動画で加熱の過程に おける一定温度の線を見ることも可能です。 「月面着陸 ミッションでの初期の実験的ペイロードの開発では、マ 著作権について:本記事で紹介された 内容は米国政府による研究であること が公表されており、米国の著作権法によ 水抽出法を紹介するEthridge博士 計測エンジニアリングシステム株式会社 T E L : 0 3 - 52 8 2-70 4 0 FA X 0 3 - 52 8 2- 0 8 0 8 h t t p : // w w w . k e s c o . c o . j p / comsol@kesco.co.jp る保護下にあるものではありません。
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