「アニメ聖地」の地域イメージを形成する主体としての住民

「アニメ聖地」の地域イメージを形成する主体としての住民
-埼玉県久喜市鷲宮地域と滋賀県犬上郡豊郷町の事例から-
A Study of Residents Creating Regional Image of Anime “Sacred Places”:A Case Study
Research on Washimiya(Saitama) and Toyosato(Shiga)
谷村 要1
TANIMURA, Kaname
要旨
近年、
「コンテンツツーリズム」と呼ばれる旅行形態が注目を集めている。その代表例と
して、「アニメツーリズム」がある。本稿では、アニメツーリズムの成功事例として知られ
る埼玉県久喜市鷲宮と滋賀県犬上郡豊郷町を事例として、地域イメージの現状と課題を考
察する。鷲宮と豊郷町では、これまで地域へのアニメファンの関与がクローズアップされ
てきたが、住民の地域イメージに果たす役割ももちろん大きい。本稿では、フィールドワ
ークと聞取り調査から得た知見から、地域イメージへの住民の関与に焦点を当てて論じる。
Abstract
In recent years, “Contents tourism” has been attracting attention. There is “Anime
tourism” as their typical example. From cases of Washimiya(Kuki City, Saitama) and
Toyosato(Inukami District, Shiga) known as success story of anime tourism, this paper
discusses how residents are creating regional image. In Washimiya and Toyosato,
involvement of anime fans has been close-up. However, local residents play big role
in the creation of regional image. This paper presents a discussion focused on the
involvement of local residents to the image from the findings obtained from interviews
and fieldworks.
【キーワード】
アニメ聖地巡礼、コンテンツツーリズム、コミュニティ・オブ・インタレスト、場所性、
郊外
Keywords:
Anime “sacred places”, contents tourism, community of interest, locality, suburb
大手前大学 メディア・芸術学部 講師 Otemae University Faculty of Media and Arts
kaname_t@otemae.ac.jp
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1
1.はじめに
近年、
「コンテンツツーリズム」という観光形態が注目を集めているが、その中でも 2000
年代後半よりにわかに脚光を浴びるようになったのが、アニメーション作品のモデル地域
となった場所(
「アニメ聖地」)に多くのアニメファンが訪れるようになったことで顕在化
した「アニメツーリズム」(山村, 2011)と呼ばれる現象である。
本稿では、その「アニメツーリズム」の成功事例として挙げられる埼玉県久喜市鷲宮と
滋賀県犬上郡豊郷町における「まちおこし」を取り上げる。これら 2 つの郊外地域はいず
れも現在は「アニメファンのまち」である地域イメージを積極的に押し出しているが、そ
のような地域イメージがいかに形成され、そして、当事者たちがいかなる思いでその地域
イメージづくりに関与している(あるいは、関与していない)のか。本稿では、それらの
問題意識に対して、
「まちおこし」に関わった当事者への聞取り調査から得た知見を通じて
考察することを目的とするものである。
2.コンテンツツーリズムとアニメツーリズム
まず、コンテンツツーリズムの概念と、その一種としてのアニメツーリズムの現状につ
いて概観しておきたい。
観光立国推進基本法(2006 年成立、2007 年施行)や観光庁の創設(2008 年)に代表さ
れるように、近年行政において観光を通じた産業振興を企図した政策が推進されている。
このような観光分野において、注目されている旅行形態の一つが「コンテンツツーリズム」
と呼ばれる現象である。これは、2005 年に出された「映像等コンテンツの制作・活用によ
る地域振興のあり方に関する調査報告書」(国土交通省・経済産業省・文化庁, 2005)の中
で使用された用語であり、それによると、
「地域に関わるコンテンツ(映画、テレビドラマ、
小説、まんが、ゲームなど)を活用して、観光と関連産業の振興を図ることを意図したツ
ーリズム」のことを指すという。この「コンテンツツーリズム」の中で、とりわけ注目さ
れているのが、アニメ作品のモデル地域で見られる「アニメツーリズム」とも呼ばれる現
象である。
当のアニメファンからは「聖地巡礼」と呼ばれるこの旅行形態(宗教における聖地巡礼
と区別するために、以後、
「アニメ聖地巡礼」と呼ぶ)は、2007 年 4 月~9 月に放送された
TV アニメーション作品『らき☆すた』(らっきー☆ぱらだいす製作、独立 UHF 系列放送)
を契機に、その作品の舞台となった埼玉県北部の地域2に多数のアニメファンが訪れるよう
になったことから知られるようになった現象である。この鷲宮についてよく参照されるデ
ータは、地域内の鷲宮神社の三が日の参拝客数であり、アニメ放送前の 2007 年(9 万人)
と比較して 2010 年には 5 倍(45 万人)まで伸びたと言われている(山村 2011: 3)。
このような現象は地域がフィルムコミッションを通じて意図した結果ではなく、アニメ
ファンたちがモデル地域となった場所を発見し、ソーシャルメディアを通じて情報を拡散
した結果、もたらされたものであった。地域側は旅行者であるアニメファンを認知してか
ら、まちおこしを進めていったのであり、いわば、
「旅行者先導型」(山村, 2011: 75)のア
2
本稿で取り上げる埼玉県久喜市鷲宮地域(2007 年当時は、埼玉県北葛飾郡鷲宮町)以外に、春日部市や
幸手市におけるアニメの舞台とファンから見做された場所に多くのアニメファンが訪れることになった。
山村(2008; 2011)などを参照。
2
ニメツーリズムと言えるものであった。
この「旅行者先導型」としての特徴こそが、観光学の分野等において、アニメツーリズ
ムが注目を集める要因となったのだが、2011 年以降は、地域や製作者側が観光客誘致を見
込んで放送前に情報を公開するもの=「FC(フィルムコミッション)型」
(山村, 2011:75)
が増えつつある(写真 2-1、2-2 参照)3。
「FC 型」によるまちおこしが徐々に目立ちつつあ
るのは、鷲宮やのちに取り上げる豊郷小学校旧校舎群の「成功」がマスメディア等で喧伝
される中でアニメ聖地巡礼現象を活用することで得られる経済効果等の利点を地域側や製
作者側が認知したためであろう。このような「FC 型」まちおこしが、今後の「ご当地アニ
メ」を活用したまちおこしにおいては一般的になることが考えられる。
3.先行研究:
アニメツーリズム研究の現状
以上のようなアニメツーリズムに関する先行研究は、やはり 2007 年以降の鷲宮の事例が
大きな契機となって進められてきた。
鷲宮町商工会(当時。現・鷲宮商工会)は、2008 年 7 月から、北海道大学観光学高等研
究センターとともに「メディアコンテンツと地域振興のあり方に関する共同研究」を進め
ており、すでにその研究チームから複数の成果が生み出されている4。筆者もその研究に関
わったが、そこでは、アニメツーリズムことアニメ聖地巡礼現象を単なる流行の現象とし
てのみ捉えるのではなく、情報化や郊外化の問題と結び付けられながら議論が展開されて
きた(山村 2009; 岡本 2010; 谷村 近刊 a, 近刊 b)
。また、アニメのモデル地域となった
ことは地域にとってあくまでも観光客を誘致するきっかけであり、作品のファンから地域
のファンをつくりだしていくことの重要性も述べられてきた。
このように、アニメツーリズムに関する研究は、情報化に伴う新しい観光形態として、
あるいは新しいまちおこしのあり方として、その実態を可視化し、エンパワーメントして
いくところに主眼が置かれていたといえる。その意味では、先に紹介した「FC 型」のまち
おこしが、アニメツーリズム現象においても見られつつある中において、当初の目的はあ
る程度達成できたということもできよう。
しかし、一方で、これらの現象の当事者への社会学的分析は十分になされていない。た
とえば、当事者である人びとの経験的語りをより詳細に分析していく作業は未だ手つかず
であり、そこを問いなおしていく必要がある。
4.事例研究:
鷲宮と豊郷
旅行者であるアニメファン(アニメ聖地巡礼者)について、彼らがアニメ作品の舞台と
なった場所に対して抱く欲望の分析を別稿で行なったが(谷村 2012)、本稿では、住民側
に焦点を当てる。アニメツーリズムの成功事例として知られる鷲宮と、滋賀県犬上郡豊郷
町への 3 年間に及ぶフィールドワークや住民への聞取り調査を踏まえて、まちおこしの当
3
具体的な場所としては、2011 年 4 月~6 月にかけて放送された TV アニメ『あの日見た花の名前を僕達
はまだ知らない』
(
「あの花」製作委員会製作、フジテレビ系列放送)のモデル地域である埼玉県秩父市、
2011 年 4 月~9 月にかけて放送された TV アニメ『花咲くいろは』
(花いろ旅館組合製作、読売テレビ・独
立 UHF 系列放送)の舞台のモデルとされた石川県金沢市湯涌町の湯涌温泉街などが挙げられる。
4 たとえば、山村(2008, 2009, 2011)や岡本(2009, 2010)などが代表的な成果として挙げられる。
3
事者となった人びとがアニメツーリズムによってもたらされた「地域イメージ」の形成に
どう関わっているかを捉えていきたい。
4-1.事例1:鷲宮
すでに紹介した鷲宮町(2007 年当時。2010 年 3 月 23 日より埼玉県久喜市と合併)は、
観光協会が町内にないほどに、
「観光」とは縁遠い地域であった。合併前の 2005 年の国勢
調査によると5、昼夜間の人口比率は埼玉県内で最も少なく(69.2%)、東京で勤務する人び
とのベッドタウンとしての位置づけが強い町であった。いわばまさに典型的な郊外地域で
あり、アニメのモデル地域となったことを契機とする外部からの旅行者の流入は、その「無
印の郊外」に突然降って湧いた地域イメージがもたらしたものであった。以後、鷲宮では
アニメファンを対象としたイベントの開催や、地域行事である「土師祭」にアニメファン
を巻き込む(写真 4-1-1,4-1-2 参照)など、「『らき☆すた』のまち」から「アニメファンの
まち」への地域イメージの転換を図り6、アニメ放送開始から 5 年が経過した現在も多くの
ファンを呼び寄せる場所として機能している。
地域住民への聞き取りから読み解けるのは、このような地域イメージを鷲宮の住民が受
け入れた背景には、どんな理由であれ「こんな、何もない町」にわざわざ来てくれること
が嬉しかったからであると、たとえば鷲宮商工会経営指導員は述べている。一方で、高齢
の個人商店主たちへの聞き取りを進めていると、鷲宮という地域における記録・記憶を残
したいという切実な思いも見て取れる。郊外地域に住まう人びとのロマンチシズムと諦観
がそこにはある。紙幅の都合もあり、この箇所については報告時により詳細な情報を示し
たい。
4-2.事例2:豊郷
滋賀県犬上郡豊郷町内にある豊郷小学校旧校舎群は、2009 年 4 月~6 月と 2010 年 4 月
~9 月に TV アニメが放映され、2011 年 12 月に劇場映画が公開されたアニメ『けいおん!』
のモデル地域であるとファンから見做されている場所である。鷲宮の成功事例がすでにマ
スコミで喧伝されていたこともあって、2009 年の TV アニメ放映直後より、豊郷町商工会
青年部が中心となって、豊郷を訪れるアニメファンに対応してきた。2012 年 4 月 30 日現
在では、豊郷小学校旧校舎群が貸し出し可能な公共施設であることを活用して、アニメフ
ァンが主催するイベントが旧校舎群で行なわれるなど、鷲宮とは異なるアプローチによっ
て、アニメツーリズムをきっかけとしたまちおこしを進めている。
この豊郷においてアニメツーリズムによるまちおこしを推進した当事者の一人である A
氏によると、このようなまちおこしを推進したのは、かつて豊郷小学校旧校舎群をめぐっ
て生じた町長のリコール問題のイメージを払拭したいとの思いからであった。ただし、一
部の若手以外は、このまちおこしの動きには積極的でなかったという。そのため、豊郷町
5
「平成 17 年国勢調査 都道府県・市区町村別統計表(男女別人口,年齢(3区分)
・割合,就業者数,昼
間人口など)
)
」
(http://www.e-stat.go.jp/estat/html/NewList/000001007251/NewList-000001007251.html, 2012.4.30)
を参照。
6 この鷲宮の取り組みは、山村(2008, 2011)に詳しい。
4
においては、鷲宮のように地域主導でアニメファンを取りこんでいったというより、地域
外部のアニメファンが積極的に地域の施設を活用し、ファンによるイベントを開催したこ
とが地域イメージの形成に寄与している(写真 4-2-1、4-2-2 参照)。もちろん、そこには青
年部の協力があったこともつけ加える必要があるが――現在では、旧校舎群には年間 5 万
人の観光客7が来るようになったという。こちらも、報告時により詳細な情報を提示したい。
5.結びにかえて
鷲宮と豊郷町という 2 つのアニメツーリズムを活用したまちおこしの現状のフィールド
ワークと、その当事者への聞き取りにより得られた知見から、地域イメージ形成における
住民の関与/非関与の状況の把握を試みた。アニメツーリズムは先行研究においても述べ
られてきたように、ある場所の地域イメージがソーシャルメディアを通じて共有されるこ
とで現れている現象(図 5-1 参照)であるが、一方で、それぞれの地域の個別の状況を捉え
た分析が必要になろう。そのためにも、それぞれの当事者のライフヒストリーにも踏み込
む必要があると考える。今後の課題としたい。
【参考文献】
五十嵐泰正 (2010) 「『地域イメージ』、コミュニティ、外国人」岩渕功一編著 『多文化社会の
<文化>を問う』 青弓社 pp.86-115.
岡本健 (2009) 「情報化が旅行者行動に与える影響に関する研究 : アニメ聖地巡礼行動の事例
分析から」『2009 年日本社会情報学会 (JSIS & JASI) 合同研究大会 研究発表論文集』
pp.364-367.
―――― (2010) 「コンテンツ・インデュースト・ツーリズム
―コンテンツから考える情報社会
の旅行行動―」 『コンテンツ文化史研究』 Vol.3 pp.49-69.
谷村要 (2011) 「『祭りのコミュニティ』による『出会い』の可能性―『ハルヒダンス』と『ア
ニメ聖地』を事例として―」
『社会学批評 別冊共同研究成果論集』 pp.97-109.
―――― (2012) 「アニメ聖地巡礼者の研究(1)――2 つの欲望のベクトルに着目して――」『大
手前大学論集』No.12 pp.187-199.
―――― (近刊 a) 「『ジモト型コミュニティ』の浮上」 『日本情報経営学会誌』 Vol.32 No.4.
―――― (近刊 b) 「
『アニメ聖地』における趣味の表出 ―『趣都』と『アニメ聖地』の比較から」
山村高淑・岡本健編 『CATS 叢書』No.7.
山村高淑 (2008) 「アニメ聖地の成立とその展開に関する研究 : アニメ作品「らき☆すた」に
よる埼玉県鷲宮町の旅客誘致に関する一考察」
『国際広報メディア・観光学ジャーナル』 Vol.7
pp.145-164.
―――― (2009) 「観光革命と 21 世紀 : アニメ聖地巡礼型まちづくりに見るツーリズムの現代
的意義と可能性」『CATS 叢書』VoL.1 pp.3-28.
―――― (2011) 『アニメ・マンガで地域振興 まちのファンを生むコンテンツツーリズム開発
法』 東京法令出版.
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「けいおん!聖地で歌え 11 月旧豊郷小「軽音甲子園」出場募る」(京都新聞,
http://www.kyoto-np.co.jp/local/article/20110912000091, 2012.04.30)などを参照。
5
参考写真・図
■ 「FC 型」の代表的事例である石川県金沢市湯涌温泉街。アニメ作品中で描かれた架空
の祭りを実際にモデル地域で再現した「ぼんぼり祭り」には 5000 人ものアニメファン
が訪れた8
写真 2-1
写真 2-2
製作会社による展示会
(2011 年 10 月 9 日、筆者撮影)
「ぼんぼり祭り」当日の湯涌温泉街
(2011 年 10 月 9 日、筆者撮影)
■ アニメツーリズムの成功事例として知られる埼玉県久喜市鷲宮。地域の行事である土師
祭には、アニメファンと地域住民が協働してつくりあげた「らき☆すた神輿」が地域に
伝わる伝統的な神輿(千貫神輿)とともに担がれる
写真 4-1-1 らき☆すた神輿
写真 4-1-2 土師祭では二つの神輿が並んで担がれる
(2011 年 9 月 4 日、筆者撮影)
(2011 年 9 月 4 日、筆者撮影)
8
「アニメ『花咲くいろは』の舞台で『祭り』再現 湯涌温泉,人にわく /石川県」
(朝日新聞,2011
年 10 月 13 日,朝刊,石川全県版,29 面)
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■ 滋賀県犬上郡豊郷町の豊郷小学校旧校舎群では、アニメファンによるイベントを活用し
たまちおこしを進めている
写真 4-2-1
写真 4-2-2
旧校舎の施設を用いたファンイベント
(2010 年 1 月 16 日、筆者撮影)
同じく施設を用いた同人誌即売会の開催
(2011 年 4 月 29 日、筆者撮影)
■ 地域住民とアニメファンによってつくられる地域イメージ形成の場としてのジモト型
コミュニティ
図 5-1 現実空間と仮想空間を連関してつくられるジモト型コミュニティ(谷村 近刊 a)
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