Washington DC Political and Economic Report

Washington D.C. Political and Economic Report
ワシントン情報 (2011 / No.012)2011 年 4 月 1 日
三菱東京 UFJ 銀行ワシントン駐在員事務所長
Tomoyuki Oku 奥 智之
+1-202-463-0477, toku@us.mufg.jp
米金融規制改革法に盛り込まれた紛争鉱物関連規則
~グローバル化したサプライチェーンに波紋~
Obama 大統領が昨年 7 月に署名し成立した金融規制改革法(Dodd-Frank Wall Street Reform
and Consumer Protection Act/Dodd-Frank 法)は、1933 年に成立した Glass-Steagall 法以来の抜
本的な金融規制改革を行うものとして、現在広範な規制や細則の策定作業が進んでいる。そ
のうち製造業界が懸念しているのが、コンゴ民主共和国(旧ザイール、Democratic Republic
of the Congo、以下 DRC)産の「紛争鉱物」資源に関する新たな情報開示規則である。
1996 年以来国内紛争が続いているコンゴ民主共和国 DRC では、1998-2007 年の間に 540 万
人もの死者を出した1。今日でも虐殺、略奪、性的暴力などが横行しており、それらの非人道
的行為を展開するいくつかの武装集団が、コルタンを始めとする鉱物資源の売却を資金源と
して活動していることが明らかとなっている。こうした鉱物を「紛争鉱物 conflict minerals」
と呼ぶ。
そのような背景から Dodd-Frank 法には、「紛争鉱物資源」に関する第 1502 条項が、Sam
Brownback 上院議員(共 Kansas)を中心とした超党派支持を得て盛り込まれた。米国上場企
業が DRC 紛争地域の武装集団の資金源確保に、結果的に加担している構造にメスを入れるべ
く、これらの鉱物資源を使用する製造企業に対し、紛争鉱物資源を使用しているかどうかな
どの情報開示を義務付け、紛争鉱物使用を控えさせ、DRC での非人道行為の抑制を企図する。
規制対象となるのは、コルタン(精錬後はタンタルと呼ばれる)、錫石(スズ)、金、鉄マ
ンガン重石(タングステン)の 4 種類の鉱物資源。これらは、携帯電話、パソコンなどのハ
イテク製品、補聴器、ペースメーカーなどの医療機器の他、自動車部品、食品の缶、日常用
品、工具、電化製品など幅広い製品に使用されている。これらの鉱物資源を材料に使う製造
企業、及びそれに係わるサプライチェーンを担う企業は、新たな規制へのコンプライアンス
と reputation risk 対応に悩まされている。
【SECが紛争鉱物資源の関連規則案を発表】
証券取引委員会(SEC)は昨年12月15日、Dodd-Frank法第1502条に基づいて、紛争鉱物資源
の情報開示に関する規則案を承認し、12月23日に発表した。同規則は米国に上場する企業の
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International Rescue Committee, “Mortality in the Democratic Republic of Congo,” January 22, 2008.
http://www.rescue.org/sites/default/files/resource-file/2006-7_congoMortalitySurvey.pdf
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うち、「コルタン、錫石、金、鉄マンガン重石、その他国務省が指定する鉱物資源(これよ
り「紛争鉱物資源」)を、製品の機能上または製品製造において必要な材料としている企業、
及び製造委託契約により当該資源を用いた製品を生産させている企業(委託元業者)に対し、
次の 3つのステップからなるdue diligence process(直訳すれば「当然なされるべき注意や配
慮」のプロセス)を義務付ける。
① 企業が規則適用対象となる紛争鉱物資源、及びその派生物を使っているかどうかの判断を
下す。(この際、使用している鉱物が DRC 及び隣国原産でなくても、上述の 4 つの鉱物
資源のどれかを使用していれば、紛争鉱物資源として、情報開示が義務付けられる。)
② 対象となる鉱物資源を使用している場合、それが DRC もしくは隣接する国々から来てい
るかどうか、「合理的な原産国調査」(“reasonable country of origin inquiry”)を実施する。
③ 鉱物資源が DRC、及び隣接する国々から来ていると判断した場合、あるいは出所が分か
らないと判断した場合、紛争鉱物資源レポートを Annual Report に盛り込み、さらにこれ
を企業の website でもアクセスできるようにする。この際、原産国調査に際してどのよう
な適正手続(“due diligence”)を採ったかについての記載が義務付けられる。紛争鉱物資
源レポートは、独立公認会計士による監査の対象となる。
SEC は当初、規則案への意見の受付期間を 1 月 31 日までとしていたが、3 月 2 日まで延期し、
積極的に各方面からのコメント提出を呼びかけた。当初の予定では最終規則は 4 月 15 日まで
に発表される予定であったが、業界筋の話によると発表は延期される見通しである。製造業
界は最終的にコンプライアンスに向けてどのようなサプライチェーン認証を行うか戦略策定
を迫られるが、最終規則発表が遅れるほど、その後、法で定められた適用開始までにコンプ
ライアンス対策にかけられる時間が減少するため、苛立ちを見せ始めている。
【企業の社会的責任に焦点を置いた規制 / 利用する企業株への投資引き上げの動きも】
DRC 産のコルタンは世界生産量全体の 15-20%、錫石は世界の 4%といわれるが、その他の鉱
物は密輸されるケースが多く、正確な産地データ収集が難しい。同条項の興味深い点は、製
造業者が紛争鉱物資源を材料として使用すること自体を禁じるのではなく、その事実につい
ての情報非開示を禁じることである。当規則は紛争資源に係わる SEC 規制としては初めての
もので、近年の企業統治(コーポレート・ガバナンス)問題の中で、企業の社会的責任
(CSR)が重要性を増しつつあることが分かる。
特に最近では NPO 組織の Enough Project や Global Witness が、Hollywood の映画スターの力を
借りて、DRC で横行している残虐行為に関する情報発信を積極的に行っており、紛争鉱物資
源に関する国民の意識が高まりつつあるのは事実である。
このような背景から、DRC、及び隣国産の紛争鉱物資源を使用する企業に対する風当たりが
強くなる傾向が予想される。既に国内では学生を中心に、大学が紛争鉱物資源を使用する企
業の株式への投資を止めさせようとする投資引き上げ(ダイベストメント divestment)の動
きが出始めている。その先端を切ったのが Stanford 大学で、昨年 6 月に大学基金の株主議決
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権行使において、紛争鉱物資源を使用する企業からのダイベストメントを支持するガイドラ
インを発表した。
一方で、Pennsylvania 大学は 3 月半ば、電子産業市民連合(EICC)に加盟していないメーカ
ーから電子機器を購入しない方針を発表。主要電機メーカーが加盟する EICC は、今年 4 月
よりメンバー企業は合法的なサプライチェーンが確認できなければ紛争の続く DRC 東部から
の当該鉱物資源の購買を停止する意向を発表していることから、事実上、DRC 産紛争鉱物資
源を含む製品の非買方針を固めたことを意味する。また Yale 大学は、投資先の主要電機メー
カーに対し、紛争鉱物資源について OECD ガイダンス2に従うよう書面要請することを検討し
ている。
このような動きから分かるように、紛争鉱物資源のサプライチェーン管理を怠る企業に対し
ては、今後 NPO 組織の圧力が強まることが予想される。既に NPO 組織の Enough Project 傘下
の Raise Hope for Congo は、オンラインで「紛争鉱物資源・企業ランキング」を公表しており、
本件に関する企業の取り組みを 4 段階で評価している3。
【注目される紛争鉱物規制のあり方と今後の課題】
これまでの動向としては、産業界が負担軽減を働きかけ、NGO が規制強化を働きかけている
構図だ。現時点で、産業界が気にしている点は以下の通り。
 サプライチェーン認証
産業界が最も懸念しているのが、今後流通過程をどのようにしてトラッキングし、管理して
いくかである。サプライチェーンを認証する国際的なシステムとしては、2003 年に国連が承
認した、紛争ダイアモンド取引の削減を目指した、ダイアモンド原産地認証制度、Kimberly
Process Certification Scheme(KPCS)がある。
しかし、現時点で一企業が、製造している一つ一つの製品の部品サプライヤーを鉱山まで遡
ることは非常に困難であると言われる。特に自動車のように、何千、何万ものパーツが世界
中のサプライヤーから供給されている業界では、サプライヤーが 1 次、2 次、3 次と何層もあ
り(多くが 5-10 層のサプライヤーを持っている)、どのサプライヤーがどこから鉱物を仕入
れているか、完全に把握するのは不可能に近いと言われる。また原産地のトラッキングのし
やすさ(traceability)の点では、紛争鉱物の一つである金は密輸されやすいため、最も難しい
との指摘もある。いずれにしても、電子機器業界などは、業界として部品サプライヤーに関
する情報を共有する方向で、既に動き出しているという。
経済開発協力機構( OECD)が昨年末に発表し、今年 2 月に採択された「紛争及び高リスク地域からの鉱物の
責任あるサプライチェーンに向けての Due Diligence 指針」。
http://www.oecd.org/dataoecd/62/30/46740847.pdf
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http://www.raisehopeforcongo.org/content/conflict-minerals-company-rankings
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 規制対象企業は、米国に上場する製造業や一部の小売業
現時点では、紛争鉱物資源を利用した商品を単に仕入れて販売するだけの小売は含まれない。
ただし、小売業であっても製造委託をして自社ブランドを販売している場合は規制対象に含
まれる。従って、Wal-Mart、Target を始めとする小売業者、また自社ブランドを販売してい
る Costco などの卸売業者も、同規制の適用除外を求めている。
 「隣国」の定義
DRC に隣接する国も対象になるが、どの国が「隣国」に含まれるのかについては、現時点で
は規則案には明記されていない。DRC はアンゴラ、ザンビア、タンザニア、ウガンダ、スー
ダン、中央アフリカ共和国、コンゴ共和国と国境を共有するが、現時点で対象となることが
予想されるのが、東部に位置するルワンダ、ウガンダ、ブルンジの 3 つである。これらの国
はしばしば DRC 紛争に直接係わる鉱物資源の搬送ルートとなっており、問題視されている。
いずれにしても、国務省は Dodd-Frank 法に基づき、近々「紛争鉱物資源地図」を公表する予
定で、これに基づきどの国が「隣国」に値するか、国務長官が決定する権限を持つ。
 対象となる紛争鉱物資源
現時点で規制対象となる紛争鉱物資源は、コルタン(タルタン)、錫石(スズ)、金、鉄マ
ンガン重石(タングステン)の 4 つに絞られており、同じく DRC や隣国で採掘されているコ
バルト、銅、ダイアモンドは今のところ規制対象となっていない。これらの鉱物資源は紛争
地域から離れた南部で採掘されていることから、規制対象からはずされた可能性があるが、
いずれにしても国務長官は Dodd・Frank 法に基づき、その他の鉱物を紛争鉱物資源として規
制対象に指定する権限を持っている。特にリチウム電池に使用されるコバルトは、世界採掘
量の 4 割以上が DRC で採掘されているため、将来的に紛争鉱物資源に指定されるかどうか、
産業界にとって気になるところである。
 「合理的な原産国調査」の定義
具体的にどれぐらいの調査のレベルが「合理的」と見なされるか、今のところはっきりとし
た指針はない。SEC は規則案の中で、現時点で紛争鉱物資源に関する認証制度が存在しない
ことを認めながらも、対象となる鉱物資源の処理施設やサプライヤーからの陳述書や、それ
が合理的に真実であると信じるに足る理由の確認などを「合理的な原産国調査」の例として
挙げている。但し、将来的に紛争鉱物資源の認証が進むにつれて、このプロセスが変更する
可能性も指摘されている。
 報告を怠る企業に対する処罰内容
規則案においては、情報開示義務に従わない企業に対する処罰は規定されていないが、将来
的に処罰が規定される可能性は拭えない。しかし、産業界は企業のイメージダウンを非常に
恐れており、それだけでも大きなペナルティ効果があるとの指摘がある。
 適用開始のタイミング
もうひとつの産業界の懸念は、同規則適用開始のタイミングである。対象企業は、2012 年 5
月決算の会社から適用が開始されることから、12 月決算会社は 2012 年 12 月期、3 月決算会
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社は 2013 年 3 月期から情報開示が義務付けられる。すなわち、対象企業は早ければ 2011 年
会計年度に製造した製品について、紛争鉱物資源報告を開示しなければならないこととなり、
これはタイミングとして困難であると業界は主張している。加えて、最終規則の発表が遅れ
れば、コンプライアンス対策にかけられる時間がさらに短縮することから、最終規則のタイ
ミングが注視されている。
【グローバル化したサプライチェーンに幅広い影響】
規則案だけを見ると、規則は SEC に登録している上場企業のうち、紛争鉱物資源を製品材料
として使用している企業ということになるが、上場していない企業でも、上場企業に部品を
供給している部品・素材メーカーなどは、due diligence に係わるサプライヤー認証の負担の
大部分を負うことになる。言い換えれば、規制対象となる上場企業は、多くの場合に、この
due diligence に従わない部品・素材メーカーと取引することが困難になり、同規則はグロー
バルなサプライチェーンに少なからぬ影響を与えることが予想される。
一方で日本の企業も含めて、米国で上場している外国企業に関しては、本国で生産している
製品に使用されている紛争鉱物資源に関しても情報開示しなければならないため、大掛かり
なコンプライアンス対策が必要となる4。欧州連合(EU)も紛争鉱物資源に関して同様の規
則を検討しており、現在震災後の対応に奔走している日系メーカーにとり、次に控える厳し
い課題となりそうだ。
米国上場企業の負担といえば思い出されるのが、Enron や Worldcom 事件を契機に制定された
企業改革法(SOX 法)に伴う「内部統制」体制作りである。SOX 法や紛争鉱物など上場企業
の負荷が増える一方だと、米国上場の、特に外国企業の上場廃止が増えかねないとの議論も
ある。いずれにせよ、上述のように米国に上場していない部品・素材メーカーも無関係とは
言えず、紛争鉱物関連規則の動向は注目される。
(担当:松村詩子)
(e-mail address:umatsumura@us.mufg.jp)
以下の当行ホームページで過去20件のレポートがご覧になれます。
https://reports.us.bk.mufg.jp/portal/site/menuitem.a896743d8f3a013a2afaaee493ca16a0/
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当規則コンプライアンスに関しては、KPMG が今月、“Dodd-Frank Act Conflict Minerals (Section1502) Overview”
を発表。
http://www.kpmg.com/US/en/IssuesAndInsights/ArticlesPublications/Documents/conflict-minerals-overview-3-9-11.pdf
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