事業システムの理論化に向けて ITEC Research Paper Series

事業システムの理論化に向けて
―新たな持続的競争優位の源泉―
山田伊知郎
加登 豊
ITEC Research Paper Series
04-16
December 2004
事業システムの理論化に向けて
-新たな持続的競争優位の源泉-
同志社大学 技術・企業・国際競争力研究センター
リサーチペーパー04-16
山田伊知郎
同志社大学 技術・企業・国際競争力研究センター(ITEC)
COE 特別研究員
602-8580 京都市上京区今出川通烏丸東入
Tel: 075-251-3183
Fax: 075-251-3139
iyamada@mail.doshisha.ac.jp
加登豊
神戸大学大学院 経営学研究科教授
657-0067 神戸市灘区六甲台町 2-1
tel 078-803-6922
ykato@kobe-u.ac.jp
http://kato.powerweb.ne.jp
December 2004
ITEC Research Paper 04-16
p.1
キーワード: 事業システム、持続的競争優位、ベンチャー企業、
ビジネスの仕組みの差別化
本文内容の専門領域: 事業システム
著者の専門領域: 管理会計、事業システム(山田伊知郎)
管理会計、ベンチャービジネス(加登豊)
要旨:
企業が競合企業との競争に勝ち残るためのひとつの方法として、差別化戦略がある。
差別化戦略をとる企業は、従来主に製品の差別化に注目して競争を行ってきた。しか
.......
....
し、競争が激しくなればなるほど、製品段階のみの差別化では一時的な競争優位しか
獲得できなくなってきている。近年、長期的な競争力、いわゆる持続的競争優位を確
保するため、事業の仕組みレベルでの競争が行われている。これらの競争は産業に
おける基幹の大企業ではなく、産業の辺縁に存在する企業などを中心に進んできて
いる。また、その事業システムの仕組みについても一部ではあるが、解明が始まってい
る。しかし、事業システムという領域についての研究は始まったばかりであり、また多く
の課題が存在する。本論文においては、広い意味で事業システム論に関連する既存
研究を整理するとともに、ケース分析を行い、事業の仕組みレベルでの競争に関する
フレームワークの再構築を試みた。
謝辞:
本研究は、文部科学省 21 世紀 COE プログラム「技術・企業・国際競争力の総合研
究」プロジェクト、および㈶大阪市都市型産業振興センターからの受託研究による研
究成果である。
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p.2
事業システムの理論化に向けて -新たな持続的競争優位の源泉-
山田伊知郎 / 加登豊
1.
はじめに
企業は、市場での厳しい競争を避けて、利益を上げ、存続しようと行動する。厳しい
競争を避けるためのひとつの方法として他社との差別化戦略がある(Porter, M. E.;
1980) 。従来行われてきた製品レベルの競争は、製品開発の初期段階からすでに競
争が激化している。このような製品レベルでの競争に傾注している企業とは別に、市場
において競合企業に容易には模倣されにくい差別化を確立するために、さまざまな方
法をとっている企業も存在する。加護野(1999)は、産業における基軸企業ではなく辺
縁企業において、新しい種類の競争が始まっていると指摘した。製品やサービスの差
別化ではなく、事業の仕組みの差別化による競争である。製品やサービスの差別化と
比べて、事業の仕組みの差別化は外部から判別しにくいだけでなく、競合他社による
模倣が困難であり、そのため競争優位性が持続しやすいという。加護野(1999)はこの
ような持続的な競争優位を生み出す事業の仕組みを事業システムと名づけた1。
いくつかの研究が、このような研究対象を事業システム、ビジネスシステム、あるいは
ビジネスモデルと名づけ、定義している。加護野・井上(2004)による事業システムの定
義は、次のようである。「経営資源を一定の仕組みでシステム化したものであり、①どの
活動を自社で担当するか、②社外のさまざまな取引相手との間に、どのような関係を
築くかを選択し、分業の構造、インセンティブのシステム、情報、モノ、カネの流れの設
計の結果として生み出されるシステム」。
国領(1999)は、「ビジネスモデルとは、①だれにどんな価値を提供するか、②そのた
めに経営資源をどのように組み合わせ、その経営資源をどのように調達し、③パートナ
ーや顧客とのコミュニケーションをどのように行い、④いかなる流通経路と価格体系の
下で届けるか、というビジネスデザインについての設計思想である」と定義している。そ
れぞれの言葉によって語られているが、目指す研究領域はほぼ同一であると考えられ
る。本研究においては、こういった研究対象領域を、事業システムとよぶことにする。
加護野(1993)や加護野(1999)は、多くの新興企業における事業システムを分析した
結果、そこには既存大企業による規模の経済とは異なる、新しい経済の論理があるこ
とを指摘した。これらの研究は多くのケースを元にしているが、同時に問題点と課題も
存在する。ひとつは、その結論に疑問点があることであり、もう一点は、これらの理論が
現時点では実証されていない点である。そのため、問題点を整理し、それを解決する
ための追試が必要であると考えた2。本研究においては、こういった企業においてどの
ような事業システムが採られているのか、どのような経済の論理が働いているのかにつ
いて、再度事例研究を行い、別の新たな目で見ても同様の結果が得られるのかどうか
を確かめることにする。このような研究は非常に基礎的な研究であるが、この領域にお
ける今後の研究の進展にとっては避けては通れないものであると考える。
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次に、この事業システムを研究するにあたって、どのような企業がその対象となるの
かについて、明らかにしておく必要があるだろう。一般に事業システム、すなわち利益
をあげる一連の仕組みという観点からすれば、どのような企業も当該企業独自の事業
システムを持っているといえる。しかし、事業システム論で扱う事業システムは、持続的
競争力を持った優れたシステムを研究するところにその意図がある。企業に独自性・
革新性のある事業システムがあり、その事業システムが競争力を生み出しており、競合
他社よりも優れた業績をあげているという特徴を持った企業がその対象となるのである。
その代表的な企業群は、ベンチャー企業と呼ばれている企業であろう。例えば、榊原
ら(2002)は、ベンチャー企業を次のように説明している。
ベンチャー企業は、一般に革新性を歯車とし、高い志を持ったアントレプレナーがリ
スクにチャレンジしながらその夢を実現しようとする企業である。さらに、ベンチャー企
業といえば普通創業して数年の企業をさすことが多いが、大企業になっても自由闊達
な組織風土を持ち、夢を追いリスクにチャレンジし続けているソニーや本田技研も、ベ
ンチャー企業的な特徴を持った企業である(榊原ら, 2002)。
本論文においては、組織の大きさや創業経過年数といった外形にとらわれずに対
象企業を選ぶことが重要であると考えている。対象企業は、同業他社の行動や考え方
などにとらわれず、革新的でリスクを積極的にとり、新しい事業の仕組みにチャレンジ
する企業である。このような企業をベンチャー企業あるいはベンチャー企業的な特徴
を持った企業とする3。このように広い意味でベンチャーの特徴を定義することのメリット
は、われわれが意図する事業システム論の範囲を狭めることなく、また創業したばかり
の小さいベンチャー企業が、その後どのような企業になっていくべきかという新しいビ
ジョンを与えることもできるところにある。
本節以降の構成を、以下に示す。次節において、この分野の既存研究を整理する。
第 3 節では既存研究における問題点の整理と調査の方法を示す。続く第 4 節におい
ては、抽出された理論の概要とその詳細を、ケースを用いて説明する。第 5 節と第 6 節
では、既存研究の成果と本研究から抽出された差異を検討し、最後に考察とまとめを
行う。
2.
既存研究のレビュー
前節では、企業が利益を上げる仕組みを事業システムと名づけ、その事業システム
レベルにおける競争優位性を研究する分野という意味で、事業システム論という言葉
を用いた。しかし、現時点では一般的に事業システム論として確固たる研究領域や視
点が存在するわけではない。そのため必然的に、既存研究をレビューする分野を的確
に把握することが、研究を進めるにあたって重要な意味を持つ。
本研究における既存研究のレビューにおいては、次の 2 つのトピックスを取り上げる
必要があると考えた。第 1 は、持続的競争優位についてである。これに関しては、競争
戦略論の領域に研究の蓄積がある。そして、この分野のレビューを行う理由は 2 点ある。
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一点は、持続的競争優位とは何か、どのように獲得されるのかという研究成果のレビュ
ーであり、もう一点は従来の経営学の研究領域の中で事業システム論が既存経営学
の中でどのように位置づけられるのかということを確認する意味があるということである。
次に、狭義の事業システム論研究をレビューする。この領域は、直接本研究に先行
するものである。
最後に、その研究成果が事業システム論にとっても有用であると考えられる特定の
業界の研究がある。これらの研究においては、コンビニエンス業界や卸業界といった
産業を特定して、その業界における新しい事業システムを俎上に上げている。
2.1.
経営戦略論における持続的競争優位
経営戦略論の枠組みにおいては、事業システムをどのように捕らえているのだろう
か。青島・加藤(2003)は、従来の経営戦略論を、目標達成の要因が内にあるのか、外
にあるのかという軸(利益の源泉の軸)と、分析の主眼が要因にあるのか、プロセスにあ
るのか(注目する点の軸)という2つの軸を用いて、次の 4 つのアプローチに分類できる
とした。それぞれのアプローチは、次のように分類される。
I.
II.
III.
IV.
V.
利益の源泉が外で、注目する点が要因であるポジショニング・アプロー
チ。
利益の源泉が内で、注目する点が要因である資源アプローチ。
利益の源泉が外で、注目する点がプロセスであるゲーム・アプローチ。
利益の源泉が内で、注目する点がプロセスである学習アプローチ。
利
益
の
源
泉
外
内
Ⅰ
ポジショニング・
アプローチ
Ⅱ
資源アプローチ
要因
Ⅲ
ゲーム・アプロ
ーチ
Ⅳ
学習アプローチ
プロセス
注目する点
図 1 青島・加藤(2003)による戦略論の分類
それらを図 1 に示す。利益の源泉を企業の内側に求める資源ベースの戦略論では、
固定的資源に注目する。固定的資源とは、例えば、その保有量を企業が増減させる
のに時間がかかり、またその調整のために必ず相当のコストがかかるストック的要素で
ある(吉原他, 1981)。例えば従業員、技術、コアコンピタンスといった他社との競争にお
いて重要な優位をもたらす独自性の高い経営資源である(青島・加藤, 2003)。これらの
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ことから、加護野(1999)の事業システムによる差別化戦略は、競争戦略論の視点から
すれば、資源アプローチの視点で捉えることができることがわかる。競争戦略論におい
ては、資源アプローチによる競争優位をもたらすためには 2 つの経営資源を持たなけ
ればならないとされる。それは、(1)競合相手に簡単に真似されないこと4と、(2)事業領
域と顧客価値との一貫性を確保することである。
2.2.
事業システム論
つぎに、事業システムに関する先行研究として、加護野らによる一連の研究をレビュ
ーする。伊丹・加護野(2003)や加護野(1999)は、ビジネスシステムの設計を行うというこ
とは、次の 3 点を決定することに等しいとしている。第 1 に分業関係の構造の決定、第
2 に情報、物、金の流れの仕組みの設計、第 3 に調整と規律のメカニズムの工夫であ
る。つまり、企業と外部の境界であったり、外部を含めて流れの設計を行うこと、そして
設計したシステムをうまく動くメカニズムを作り出すことだといえる。
事業システムのよしあしを判断する基準としては、有効性と効率性、模倣の困難性
の 3 点がある(加護野;1999、伊丹・加護野;2003)5。第 1 の有効性の基準とは、対象と
する顧客に意図された価値が提供されるかどうかという点である。第 2 の効率性の基準
では、同じ価値を提供するのであれば、より少ない人間、もの、資金の投入でそれを実
現できるシステムが、効率性が高いといえる。効率的であれば、同じ価値をより低価格
で提供できる。第 3 に、模倣が容易な事業システムでは、時間がたつにつれて激しい
競争に見舞われ、利益や付加価値がなくなってしまう可能性が出てくる。他の企業に
よる模倣が困難な事業システムのほうが持続的競争優位を保ちやすいという意味から、
模倣の困難性が高い事業システムの方が、優れた事業システムであると考えられる。
事業システムの差別化についての加護野(1999)の研究では、事業システムはスピ
ードの経済、組み合わせの経済、集中特化と外部化の 3 種を挙げている。スピードの
経済は、仕事のスピード、商品回転スピード、サービスのスピードを上げることによって
効率性や有効性を高めようとする経済論理である。組み合わせの経済は、いくつかの
事業をうまく組み合わせることによって、単一の事業では実現できないような効率性や
有効性を実現しようとする論理である。集中特化と外部化は、自社の業務の範囲を集
中し、それ以外の業務を外部に委託することによって効率性・有効性を高めるという論
理である。表 1 に、加護野(1999)による事業システムの効率性をまとめた6。
さらに、事業システムの選択の問題では、1)どの活動を自社で担当するか、2)社外
のさまざまな取引相手との間にどのような関係を築くか、という 2 点が事業システムの骨
格を決定するとしている。次に活動間の調整をいかに行うかという問題がある(加護野・
井上, 2004)としている。
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表 1 事業システムの効率性(加護野, 1999 をもとに筆者作成)
顧客に提供するサービス 社内の業務の効率性
の向上
ス ピ ー ド の 経 顧客価値の向上
済
投資効率の向上
売れ残りロスの削減
商品転換の容易性
組み合わせの 顧客価値の向上
経済
ロジスティック・システムの効率的利用
情報や知識の多重利用
異質な情報を統合し、判断の質の向上
集中特化
顧客の厳しい要求に対応
緊張感の醸成
独自能力の確立と強化
明確な事業コンセプトの共有とこだわり
外部化
納期の遵守
専門家の能力の利用
企業の伸縮自在性(柔軟性)の確保
働く人の意欲の高揚
2.3.
特定の業界の研究
本節では小川(2003)の卸売り企業と井上(2001)のアパレルメーカーの事業システム
の例を見ることにする。
小川(2003)は、卸という特定の機能部分を受け持つ業界を研究した。卸の環境は、
メーカーと小売店が直接手を結び、問屋自体の存在価値までもが脅かされているとい
う状況にある。その中で、売り上げや利益をきっちりと上げている問屋企業が存在して
いた。そういった優れた企業と他の企業とを比較分析した結果、優れた卸売り企業に
共通したつぎの 2 つの特徴があることを見出している。
第 1 に、すぐれた卸売り企業は、自らの顧客を狭く絞り込み、その顧客のニーズにあ
った解を創出していた。例えば、菱食、高山、新和といった卸は、それぞれ高度な物
流機能を構築していた。また、マルシゲ、吉寿屋、外林、ダイカという卸は、小売支援
機能への重点的な資源配分を行っていた。第 2 に、優れた卸は、組めると判断した小
売企業を選び、その企業と長期継続的な取引を行っていたのである。
井上(2001)は、アパレルメーカーである㈱ワールドの製品開発システムを研究した。
ワールドの製品開発を設計思想、制御、業務、コア部品、製品の各サイクルタイムに分
けて観察し、製品開発における時間的な相互依存性が、持続的競争力に結びついて
いることを明らかにした。また、ワールドの製品開発における設計思想は、顧客の嗜好
を如何に敏感に把握し、それに追従していくかという問題に焦点を絞られており、それ
を実現するための製品開発システムが作られていることを明らかにした。
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3.
問題点の整理
前節では、既存の事業システム論に加え、経営戦略論および特定の業界の研究に
関するレビューを行った。経営戦略論においては、企業内部の固定的資源が持続的
競争優位の源泉になるとされる。その資源は、(1)まねされにくいことと、(2)事業領域と
顧客価値の一貫性を確保することが重要であった。特定の業界の研究成果から示唆
されることは、卸であれ、アパレルメーカーであれ、顧客なり市場のニーズに独自のシ
ステムで対応することで、当該企業の存在価値を生み出しているということである。
さて、既存の事業システム論(加護野, 1999; 伊丹・加護野, 2003 他)は、これらの研
究成果をすでに十分に取り込んでいるのであろうか。第 1 に、経営戦略論に関しては、
固定的資源の特徴のうち、模倣困難性は取り込まれているといえる。他方、事業領域
と顧客価値の一貫性については、既存の事業システム論が従来十分に指摘してきた
とは言いがたい。第 2 に、特定の業界の研究においても、小売支援機能への重点的
な資源配分と、小売企業である顧客と長期継続的な取引を行うことが重要であると指
摘している。こういった企業の市場に対する視点の欠如は、既存の事業システム論の
弱点であると考えられる。
もう一点、既存研究の弱点をあげておかねばならない。それは、集中特化と外部化
のケースに具体性がないことである。加護野(1999)では、集中特化の例として、センサ
ー・メーカーのキーエンス、ゲームソフトの任天堂、掘場製作所、象印マホービンなど
の例に挙げられているが、それら企業の集中特化と企業成果の因果関係が十分には
説明されていないのである。
このように、既存の事業システム論が十分にその持続的競争力の源泉を把握してい
るのかどうかという点に、疑問が残るのである。
4.
調査と方法
調査の目的は、前節において指摘した既存の事業システム論に関する疑問点を明
らかにすることにある。具体的には、加護野が行なった産業の辺縁に存在する企業の
事業システム研究を追試し、既存の事業システム論を修正・追加することである。
調査の内容は、近年のベンチャー企業や中小企業の新しい行動、あるいはその企
業の社長の言動を収集し、ベンチャー企業の事業システムを再確認する。そのために、
できるだけ多くの資料やケースを参照し、そこから大きな方向性を見つけたい。
文献調査の方法としては、質問票調査、聞き取り調査や文献調査が考えられる。質
問表調査のメリットは大きいが、回答者が質問を正しく認知できる調査票の作成や、質
問票の依頼先の選定には、周到な準備が必要となる。他方文献調査は、一定の妥当
な基準でもって、ケースを選択し、それを分析・分類するという手順を行なうことになる。
今回は、ビジネス雑誌と呼ばれる「日経ビジネス」および「週刊東洋経済」をメインの資
料とし、文献からケースを収集することにした。これらの資料を利用することのメリットは、
雑誌掲載レベルという業績のあげ方に一定水準以上のユニークさを持ったケースが選
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択されていること、社長などそれらの企業の業績とその要因を正しく説明できるキーパ
ーソンにインタビューしていること、調査が比較的短時間で必要ケース数を収集できる
ことなどが考えられる。欠点としては、詳細な事実確認に関しては、学術論文のレベル
ではないこと、企業の選択に恣意性が残ることなどが考えられる。今回の調査は再調
査であること、デメリットとメリットを比較して、このような文献調査の方法を採用すること
にした。ただし、一部分は最新の学術論文の中からも使用できるものがあったので、既
存文献を元に調査を行うことにした。
5.
分析結果
第 5 節では、はじめに分析結果の概要を述べる。その後ケースを紹介しながら詳細
に述べることにする。
抽出された事業システムは、新市場の創出、指標によるマネジメント、組み合わせの
経済、スピードの経済の 4 点であった。なお、新市場の創出はさらに 2 種の下位概念、
あるいは新市場を創出する具体的な方法に分けることができる。つまり、ニッチ市場へ
の適応、新しいドメイン定義である(表 2 参照)。
z新市場の創出
…
…
ニッチ市場への適応
新しいドメイン定義
z指標によるマネジメント
z組み合わせの経済
zスピードの経済
表 2 抽出された事業システム
調査の結果、多くのケースを収集することができた。以下では、表 2 に示した事業シス
テムの概略を説明した上で、分析に用いたすべてのケースを提示するのではなく、そ
れらの内容を具体的に、かつ容易に理解していただけると考えられる典型的なケース
を選び出して記述することにする。
5.1.
新市場の創出
最初にとりあげる事業システムは、新市場の創出である。新市場の創出という事業シ
ステムは、ベンチャー企業が文字通りまったく新しい市場をはじめから作るというケース
もあるが、それはまれである。ほとんどの場合、ベンチャー企業が既存市場の一部を
独自の定義によって切りだしている。そうした企業独自の視点から見える市場は、対象
とする顧客の数は以前よりは少ないけれども一方で競争が少なく、高い収益性が見込
める市場となっている。また、新市場の創出の方法は、パターン分析の結果、1. ニッ
チ市場への適応、2. 新しいドメイン定義の 2 種の型があることが分かった。これは、新
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市場の創出のための 2 種の切り口であるということもできる。
… ニッチ市場への適応
新市場を創出するひとつの方法は、ニッチ市場への適応である。これは今までの市
場からより狭い範囲にターゲットを絞り、その市場に対して当該企業が市場特有の能
力を身につけ、市場競争力を高める方法である。卸の企業が特定の小売企業を選び
出し、その企業ニーズに特化していったのと同じ方法である。あるいは、その企業が持
っている既存技術を応用して新しい技術を獲得し、新しい商品などを開発する。その
新しい商品・サービスが新しい市場に適応して新しいニッチの市場を獲得するケース
もある。狭い範囲にターゲットを絞り、その市場に対して当該企業が市場特有の能力
を身につけ、市場競争力を高めてきたケースを紹介しよう。
宇治電化学工業は、金属製品の研磨剤メーカーであり、国内シェアの 95%をしめて
いる。かつてギリシャ産の天然研磨剤が使われていたが、これを安価な人造研磨剤に
置き換えられないか検討していた。人造研磨材は天然ボーキサイトを炉で溶かして製
造する。電気炉を改良した結果、天然研磨剤以上に粒子の大きさを均一にし、埃が少
なく、結晶構造が安定した製品の開発に成功した。産業用の汎用型金属研磨材は昭
和電工などの大手メーカーが強い。中小研磨剤メーカーが淘汰されていく中で、宇治
電化学工業は、高品質な人造研磨材の改良に資源を集中させた。かつて、この分野
には大手も参入してきたが、大手では採算の合わないこのような特殊な用途の研磨剤
の開発をあきらめていった。その後も宇治電化学工業は高品質化を進めた結果、難し
いことは宇治電化学に行けといわれるようになっていったのである。宇治電化学工業
が生き残ってきた理由は、特殊でニッチな市場に特化し、困っている顧客にどれだけ
対応できるかを追及してきたからだという。(日経ビジネス、2001/4/2 号)
ニッチ市場は、製品市場だけとは限らない。物流サービスにおけるケースとして、軽
貨急配を取り上げる。軽貨急配は、一定サイズを超える荷物 (規格外貨物)や配送の
前後にピッキングや組み立て、設置、回収などの作業を伴う荷物(荷役付帯貨物)とい
った物流のニッチ市場にターゲットを絞り、成長してきたベンチャー企業である。
軽貨急配自体は、物流用のトラックやドライバーは持っていない。委託契約事業主
(オーナーオペレータ)と長期契約を結び、配送関連業務を委託して、低コストの小口
配送サービスを行っている。この仕組みはダブルアウトソーシングシステムといってもよ
いだろう。軽貨急配は荷主とオーナーオペレータをつなぐというという部分に特化して
いる。扱う物流も、プロセス自体も、ニッチであるといえる。荷主企業は 7800 社、委託
契約事業主は 9400 名である。営業部隊の業務は、各エリアで荷主開拓を行い、配送
地域、作業内容、時間帯、コストなどの条件に最適な事業主を選び、業務を依頼する
ことである。軽貨急配は、質の高い委託契約事業主の開発と育成に対する投資が重
要と考えているため、個人運送事業主一人一人の経験やスキルを細かく管理している。
こうしたニッチ部分での高い品質がこの企業の強みである。(東洋経済、2001/7/14 号)
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… 新しいドメイン定義
新市場を創出する第 2 の方法は、企業独自の新しいドメイン定義である。ベンチャ
ー企業が今までにない新しいドメインを設定して市場に参入すること、あるいは既存の
企業であっても新規に独創的なドメインを再定義することによって、新しい市場を創出
するケースがある。
NTT ビジネスアソシエは、ビジネスプロセスのコンサルティングという今までにない市
場を作り出している。単なる業務のアウトソーシングではなく、ビジネスプロセスのコン
サルティングまで含めてアウトソーシングの受け皿となりうる企業である。親会社である
NTT は、1999 年に人事・経理といった間接業務を人員・システムごと一括してサービス
会社の NTT ビジネスアソシエに移籍させた。NTT ビジネスアソシエは、NTT の間接業
務を受託するアウトソーシング会社として出発した。そのとき、同社は NTT 時代の業務
のノウハウを引き継ぐことができたのである。
NTTビジネスアソシエの強みは、NTT時代から引き継いだ業務能力を活用して、事
務処理代行の枠を越えてコンサルティングを行えること、顧客企業にふさわしい制度
や仕組みの提案も積極的に行えること、一括委託ができること、十数万人分もの給与
計算など大規模な業務を行えることなどといったビジネスプロセスアウトソーシング 7 依
頼企業としての能力を持っているところにある。これにより、NTT側はコア業務に経営
資源を集中し、コスト削減も可能となった。NTTビジネスアソシエ自身は、これまでのコ
ストセンターから間接業務をコアビジネス化することによって市場競争力をつけること
ができたのである。(東洋経済、2003/3/22 号)
ベネッセコーポレーションは、出版社から新たな事業へと移行したケースである。出
版社というのは、販売するために前もって書籍を製造されなければならない。すなわち、
見込み生産による商売である。福武哲彦が経営した旧福武書店は、売掛金の回収に
失敗して倒産している。哲彦の子の福武總一郎は、二度と倒産しないために手形や
売掛金を持たず現金商売をすることを考えた。そのために従来の書店のビジネスモデ
ルを大きく変える必要があった。毎年前もって現金が入ってくる受注生産の仕事として、
模擬試験の制作を手がけることにした。この模擬試験の業務を発展させて、進研ゼミと
いう会員制教育事業を軌道に乗せることができた。進研ゼミでは前受け金をとるので、
債権回収に失敗することはない。しかも、毎年継続して注文が取れる。ベネッセコーポ
レーションは、新しい事業を作り出し、投資リスクの高い出版社から現金や前金の入っ
てくる新しい事業への転換を果たしたといえる。(東洋経済、2003/5/17 号)
5.2. 指標によるマネジメント
第 2 の事業システムは、指標によるマネジメントである。特定の会計指標に注目し、
その数値をコントロールしたり、経営判断を行なっているケースが存在する。既存市場
を新しい指標や独自の基準でターゲット市場を切り出したケースとして、ダイヤモンド
シティを、経営判断に指標を用いているケースとして協和発酵工業を取り上げる。
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ダイヤモンドシティは、流通王手のイオンと総合商社の三菱商事が筆頭株主である
ショッピングセンター開発運営会社であり、本社経費控除前利益による投資利回り指
標を 8%以上にするという経営を行なっている。投資利回り 8%という基準はショッピン
グセンターの営業初年度から例外なく適用される。そのために、土地などは長期賃借
して投入額を押さえるなどの工夫がなされている。2000 年以降は 3 年以内に投資収益
率 10%の目標を掲げたが、新規の 2 店とも目標を達成している(2004 年 4 月会社説明
会資料による)。また、「奈良ファミリー」というショッピングセンターは、利益額は大きい
けれども、投資額が大きく、投資利回りが 3%しかなかった。この例では投資利回りがダ
イヤモンドシティの基準に満たないため、売り払われている。このように、ダイヤモンド
シティでは、本社経費控除前利益による投資利回りという、独自の指標と基準で投資
と撤退を判断する経営を行っている。(東洋経済、2003/5/17 号)
医薬品企業である協和発酵工業では、製品開発の開発プロジェクトの選択にあた
って、独自の基準を設けて経営判断を行っている。医薬品の製品開発には、多額の
資金と長期の研究開発が必要であることが知られている。それゆえ、多くの開発プロジ
ェクトのなかからどのプロジェクトの化合物が将来医薬品として世に出せるかの判断は、
企業戦略上大変重要な課題である。協和発酵工業は、期待現在価値(EPV)という指
標を用いて自らの将来市場を決定している。期待現在価値は、製品開発の効率化を
図るために、将来利益の源泉である未来資産指標を極大化するようにマネジメントさ
れる。具体的な方法は以下のようである。開発中の新薬候補を期待現在価値で計数
化し、測定する。開発中の新薬が発売開始から 20 年間に稼ぎ出す予想キャッシュフロ
ーを計算し、同社の平均資本コストの 4%で割り引いて現在価値を計算する。医薬品
の場合、開発ステージが 4 ないし 3 あり、それぞれ次の開発ステージに進められる確率
が想定されている。そして通常最終ステージを終了して新薬として成功するのは一万
分の一程度の確率である。そのため、開発期間中は次の開発ステージに進められる
成功確率で割り引く。発売後の販売額は 3 年でピーク、10 年後には特許切れで年商 7
割減との前提で計算される。EPV の資産価値が低いものは開発中止の対象となって
いき、製品開発プロジェクトの最適化を図っている。この未来資産は 2001 年 3 月で
1700 億円であるが、5 年後にはこれを 3000 億円にしようとしている。(東洋経済、
2001/9/1 号)
5.3.
組み合わせの経済
第 3 の事業システムは、組み合わせの経済である。従来の多くの市場では、製品や
サービスの需要者というよりも供給の側の都合で提供していると考えられることができる。
こういった市場に対し、顧客にとってより都合のよい組み合わせで製品やサービスを提
供するベンチャー企業群があった。このように顧客の視点で製品やサービスが特定の
組み合わされると、顧客にとっては利便性が向上する、問題解決の時間が短縮できる
などのメリットが生じる。そういったことが組み合わせの経済を利用するベンチャー企業
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に有利に働き、持続的な競争優位性が生まれることになる。組み合わせ方は、例えば
材料とそれを扱う機械、材料と機械とサービス、ハードウエアとそのサービスなどといっ
た方法がある。
顧客の視点で製品やサービスが組み合わされ、顧客の利便性が向上したり、問題
解決の時間が短縮できるなどのメリットを提供している例として、メック、富士電機リテイ
ルシステムズを取り上げる。メックは、プリント基板製造に関する材料と機械と問題解決
サービスを一括して提供し、顧客価値を高めている。富士電機リテイルシステムズは、
小型インストア型店舗システムという視点で、顧客の投資効率を上げている。
メックは、プリント基板領域、特に銅の表面処理に特化した企業であり、主にプリント
基板用薬剤を販売している。1980 年には、メタルレジスト法というプリント基板製造のた
めのひとつの工程に使用されるプリント基板を製造する機械を開発し、販売し始めた。
メタルレジスト法では従来バッチ式生産であったが、この機械により初めて連続的に生
産できるようになった。この機械を使用することによって誰が操作しても歩留まり(良品
率)を飛躍的に高めることができたため、市場に受け入れられた。さらに、プリント基板
メーカー側には、メックというひとつの企業から提供される薬剤とその薬剤を使用する
機械を併用することにより、不具合などに対して容易に対応できるというメリットが生じ
た。設備の更新などにおいて歩留まりが急に悪くなるなど不具合が出たときには、薬
剤が悪いのか、機械設備が悪いのか直ちにはわからない場合が多いという。メックの
薬剤と機械を使用すれば、メックだけに対応を求めれば済むのである。メック側も工程
をシステムとして保障した。これによってさらに事業規模を拡大することができた。現在
でも、メック社のようにプリント基板用薬剤とその薬剤を使う機械を同時に提供している
企業は出てきておらず、高い競争力の一因となっていると考えられる。さらに、機械に
薬剤のバランスを自動的に調整する管理装置を付加した。これにより、ユーザの省力
化に貢献した。また、このような装置は機械と薬剤を同時に供給するメリットを最大限に
生かしたものであり、同業他社の参入障壁となっている。(山田、2003)
富士電機リテイルシステムズは、食流通を中心とした各業態へのシステム・機器・サ
ービスの総合サプライヤーである。3 から 10 坪の小型の店舗システムや 50 坪以上の
店舗システムを開発、生産している。例えば、小型インストア型店舗システムは、あらか
じめ工場で生産される。これは、電気設備や給排水、内外装、ショーケースまで組み
込んだ標準仕様の立体型ユニットである。現場では、搬入後、組み立てて施工する。
配管工事も最小限のため、従来 1 から 2 週間かかっていた工期は 1 から 2 日ですみ、
すぐに開店できる。また、このシステムはリユース可能である、店舗展開全体にかかる
投資効率も向上する。そういったハード以外にも、24 時間体制の保守サービスまで幅
広く行っている。商品の提供業者と最終消費者両者へのビジネスをさまざまに組み合
わせている。(東洋経済、2003/4/26 号)
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5.4.
スピードの経済
最後に示す事業システムは、スピードの経済である。発注してから納品までの時間
はどのような企業であっても短いほうが好まれる。その中でも、特定の企業にとっては
納品までの時間が短いことが相当に重要であるケースも多い。そのような場合、その時
間短縮によって得られるプレミアム部分はそれ相応に高くなる。ベンチャー企業の中
には、発注から納品までの時間を短縮して高いプレミアムを得、持続的競争優位性を
確保している企業がある。
また、サービス業においてもスピードの経済が働いている。サービスを受けたいが時
間はかけたくない顧客を相手に対し、顧客の待ち時間を短縮することによって、顧客
の利便性を高めて競争力を高めているベンチャー企業が存在する。
多品種少量生産品や受注生産品でありながら、短納期を達成している企業の例と
して、沢根スプリングのケースを紹介する。また、サービスを受ける顧客の時間を可能
な限り短縮して成功している用賀アーバンクリニックのケースを紹介しよう。
沢根スプリングは、顧客企業や研究機関に商品カタログを 7 万部配布し、通信販売
を行なっている。この企業は大量受注を狙うのではなく、研究開発部門のような多品種
少量市場をターゲットにしている。1 日 80 から 100 件の注文があるが、そのうち約半分
は 10 個未満の注文である。午後 3 時までに受注した商品は、即日発送している。顧客
は毎年 1000 社づつ増え、2003 年には 12000 社となった。2002 年度の売上は、2.2 億
円である。1 万個単位の取引なら 1 個 1 円にしかならないものでも、2 個、3 個程度なら
1 個 210 円で売れるという。また、通信販売はすべて定価販売である。粗利益率は量
産品では通常 5 から 7%だが、通販では 10%程度あるという。さらに、通信販売を 15
年間経験してきたため、品目ごとに適正在庫量が判断できるようになってきたという。こ
ういった市場では、顧客ニーズは確実にあるのは分かっていたが、従来儲からないと
していた業態であった。沢根スプリングは少量だがすぐにほしい顧客に、ハイスピード
で対応することで顧客から支持されているのである。(日経ビジネス、2003/5/12 号)
用賀アーバンクリニックでは、「風邪クイック」と「花粉症クイック」というサービスがある。
初診の場合、病院へ行く前にインターネットで病院のウェブサイトにアクセスし、必要事
項を確認し、紙に回答し、保険証のコピーとともに FAX しておく。診察カードを持って
いる場合は、ウェブサイトの問診表に直接書き込んでネット送信する。この手順を踏ん
で病院に行けば、すぐに診察室に通されて診察を受けることができる。通常の風邪や
花粉症と診察された場合は、会計を済ませて薬を受け取るまで、5 分しかかからない。
診察時間は午前 8 時から午後 8 時までで昼休みはないため、あまり時刻を気にする必
要もない。消費者は買い物だけでなく、サービスにも無駄な時間をかけたくないという
傾向が強まっている。用賀アーバンクリニックの場合は、インターネット技術の活用、従
来の作業手順の根本的な見直し、消費者の視点で組み立てなおすという改革によっ
て、顧客サービスが進んでいる。(日経ビジネス、2001/4/23 号)
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6.
既存研究との比較
前節では、ケースを通じてベンチャー企業の事業システムを詳細に見てきた。ここで
は、先行研究である加護野(1999)との比較を行う。結果に関しては、共通点は多い。
共通点を列記し、確認された点を明らかにすることも重要である。一方、さらなる研究
の積み重ね、進展という意味では、差異を明らかにし、その原因を探ることも重要であ
ろう。本章では、後者により力点を置いて説明していきたい。
6.1.
共通点・再確認事項
ベンチャー企業は、大量生産大量販売といった従来型大企業とは異なる事業シス
テムを採用していた。すなわち、組み合わせの経済やスピードの経済などである。この
ような経済を利用した事業システムのケースが多数確認された。
6.2.
新たな指摘
6.2.1. 新たな市場の創出と指標によるマネジメント
加護野(1999)では、組み合わせの経済、スピードの経済とともに、第 3 の経済として
集中特化と外部化を示している。今回調査したケースの範囲内では、軽貨急配のケー
スが集中特化と外部化の経済に当てはまるように考えられるかもしれない。軽貨急配
は、トラックやドライバーを委託契約事業主として外部化している。しかし、
軽貨急配がそれらを外部化しているメリットは、先行研究の主張する納期の遵
守や専門家の能力の利用や働く人の意欲の高揚あるいは企業の柔軟性の確保に
あるのではなかった。軽貨急配は、委託契約を行なっている個人運送事業主の
能力を細かく把握し、配送地域、作業内容、時間帯、コストなどの条件から最
適な事業主を選択できるところに競争優位性を持っていた。そして、軽貨急配
が行なっているニッチの事業部分に目をつけたところに独自性があったと考え
るべきである。このように見てみると、本研究においては、集中特化と外部化の経済
を示すケースは見つからなかったと結論付けた。
また、組み合わせの経済、スピードの経済以外で競争優位性を獲得している例を分
析し類型化した結果、新たな市場の創出と、指標によるマネジメントと名づけた 2 種類
のタイプがあることがわかった。新たな市場の創出については、その方法が大きく 2 点
に分けられた。すなわち、表 2 に示したニッチ市場への適応、新しいドメイン定義であ
る。これらの詳細については、すでに紹介したのでここで詳しくは触れないが、ケース
に取り上げた多くの企業がこの 2 つの新市場を創出する方法、あるいは下位概念とし
て説明できるのである。
6.2.2. 複数の経済の活用
先行研究では、複数の経済を組み合わせて持続的な競争力につなげることについ
ては何も言及されていない。先行研究は、それぞれの経済の説明に、単一のベンチャ
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ー企業の例が紹介されているため、読者はあたかもそれぞれのケースは複数の経済
の論理が重なることが無いようなイメージをいだくかもしれない。
一方、本研究においては、かなり多くのベンチャー企業で複数の経済の論理が働
いていることを明らかにした。複数の経済の論理が複合的に重なり、持続的競争力を
高めているケースがかなりあったのである。今回のケースの中からいくつかのケースを
取り上げてみることにする。
スピードの経済と効率化・コスト低減による価格競争力の向上(荏原製作所のケース8)
荏原製作所は、大型ポンプに関する製品開発と製造方法について大胆な変革を行
い、設計期間を 2 ヶ月から 1 週間へ、製造も 1・2 ヶ月から 2・3 日でできるようになった。
トータルで納期を 7 分の 1 から 8 分の 1 へと大幅に短縮した。これはスピードの経済の
枠組みの中で説明できると考えられるが、製品開発や生産組織内で大幅な効率化が
なされていることは明らかであろう。それにより、製品開発や生産段階でのコストも大幅
な競争力をつけていることは容易に想像がつく。荏原製作所のケースでは、製品開発
や生産工程においてスピードの経済を達成することが、すなわちこの工程の効率化を
意味している。スピードを上げることと効率を上げることがどちらも原因であり、かつ結
果でもある。両者は密接不可分の関係にあるといえる。
ニッチ市場への適応とスピードの経済(アルプス物流9・沢根スプリングのケース)
アルプス物流は、電子部品の物流に特化したベンチャー企業である。物流業種の
場合、製造業社と販売業者・顧客とを結ぶサプライ・チェーンのパートナーとして、機能
できるかどうかが重要な点となっている。取り扱う品物の領域がニッチであることにプラ
スして、荷主企業の物流のリードタイム削減、在庫圧縮、コスト低減の要求に応えること
が必要とされるのである。
沢根スプリングは、研究開発部門のような多品種少量市場をターゲットに、ばねの
通信販売をしている。通信販売の理由は、少量の注文に適した輸送方法であるだけ
でなく、顧客の望むすばやい配送に対応にするためでもある。午後 3 時までの注文に
は、その日のうちに発送しているのである10。このケースで明らかなことは、ニッチ市場
に集中することだけでなく、そのニッチ市場でさらに顧客のニーズに応えるために、ス
ピードも同様に重要な要素となっているのである。
ニッチ市場への適応と組み合わせの経済(メックのケース)
メックは、銅の表面処理というニッチな市場にその技術力を注力し、主にプリント基
板製造用薬剤を販売している。それと同時に、薬剤を使ってプリント基板を作るときの
機械を製造している。このことにより、顧客は問題が起こったときに、原因が薬剤にある
のか、機械側にあるのかといった切り分けをする必要がなくなり、顧客の利便性を向上
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させている。組み合わせの経済だけでなく、ニッチな市場において、材料である製品と
問題解決のサービスを提供しているのである。
以上、新市場創出、組み合わせの経済、スピードの経済がそれぞれ単独ではなく、
複数の経済が効果的に複合して、企業の持続的な競争力に結びついている例が多く
存在することを確認してきた。
7.
まとめと考察
本論では、加護野(1999)の先行研究から得られた結果に対して、新しいデータを用
いて検証を行ってみた。その結果、ベンチャー企業において、新市場の創出、スピー
ドの経済、組み合わせの経済といった競争力の源泉となりうるビジネスシステムが存在
していることを確認できた。
前章においては主として先行研究との相違点に力点をおいて解説を加えた。そうい
った差異がなぜ出たのか、ここでその理由について触れておきたい。
複数の経済の活用
加護野らによる先行研究は、事業システムに関する初期の研究文献であり、それぞ
れの経済の論理を、明確にケースを用いて示すことに注力していると考えられる。その
ため、どちらかといえば実際の企業の事業システムとしてよりも、ベンチャー企業の例
を用いて経済の論理を説明することに重点が置かれており、複数の経済が利用されて
いたとしても、それには触れられていない可能性がある。
環境の変化と事業システムの進展
本研究で用いた調査データは、主に 2001 年から 2003 年のものである。当然のこと
ながら先行研究よりも時間的に後であり、ベンチャー企業の事業システムが変わってき
た可能性がある。過去には、単一の経済による事業システムにおいて十分競争力を持
てていたとしても、事業システム自身の競争が始まっており、複数の経済の論理を用
いたほうが、より持続的競争力の確保に関して優れていると考えることも可能かもしれ
ない。
本論は、事業システム論という研究分野の確立のための最初のあゆみである。本研
究においては、事業システム論に関する既存研究の一部を再確認するとともに、新し
い知見を加えることができた。しかし、単にベンチャー企業やベンチャー的特長を持っ
た企業の利益を上げる仕組みを分類して、名づけること自体重要な意味があるのでは
ない。今後、ベンチャー企業などの事業システムに関する研究が進展していくために
は、さらにそれぞれの事業システムをより詳細に見ていくこと、それにより事業システム
の本質を把握していくことが重要であると考えられる。それに加えて、それぞれの利益
を上げる仕組みを実現するための具体的な方法についても本研究にとって重要であ
ると考えている。
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注
加護野・井上(2004)は、ビジネスモデルの分析と設計にかかわる理論を集めて
「事業システム戦略」という言葉を用いている。
2 今後実証研究は必要であると考えている。しかし、本論で示すように、まずケ
ースによる理論の頑健性を高めておくことがまず重要であると考えた。
3 冗長を避けるため、以後では対象企業を単にベンチャー企業とする。
4 模倣を困難にする方法として、青島・加藤(2003)は下記の 3 パターンがあることを指
摘している。1. 真似するのにコストや時間がかかる。2. 資源の性質上真似することが
難しい。その理由として、因果関係がわからない場合や、存在がわからない、もしくは
複雑で把握できないなどがある。3. 競合企業が自らの事情で真似ができない。
5
加護野・井上(2004)においては、さらに持続の可能性、発展の可能性を追加し
た 5 点で事業システムの優劣が決まるとしている。
6 「集中特化と外部化」に関して、加護野はひとつの経済としているが、表 1
に示すように分けて考えることが可能であるため、筆者らは分けて記述した。
7
ビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)とは、従来のアウトソースのように
業務を単に外部委託するのではなく、ビジネスプロセスの計画や構築、運用管
理なども含め、一括して第三者企業へ委託する新しい経営手法であると定義す
る。
8 日経ビジネス 2001/6/11 号
9 東洋経済 2001/5/1 号
10 ナカシマプロペラ(日経ビジネス 2001/12/24 号)、東京都民銀行(東洋経済
2003/2/1 号)も同様の例である。
1
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