432 植 物 防 疫 第 66 巻 第 8 号 (2012 年) RT―nested PCR 法によるニンジン種子からの ニンジン黄化ウイルス核酸の検出 大阪府立大学生命環境科学研究科 望月 知史・岡 久美子*・岡村 有佳子・大木 理 による伝染(汁液伝染や接ぎ木伝染,媒介生物による伝 は じ め に 搬等)が認められないユニークな特徴を持つ。一方で, 植物ウイルス病の多くは媒介生物(主として昆虫類) 種子伝染しないウイルスでも未熟種子や登熟種子の種皮 により伝搬され,その感染を拡大させる。一方で,植物 や胚への存在が認められる場合がある。これらウイルス ウイルスの中には種子を経由して子孫植物に伝染するも は種子の成熟過程や貯蔵期間中に感染性が失活するため のがあり,約 20%の植物ウイルスが種子伝染するとさ に,子孫植物に全身感染を成立させることができない。 れ て い る(J OHANSEN et al., 1994 ; A GAR WAL and S INCLAIR , 以上のように,植物ウイルスの種子伝染性は,①ウイル 1997) 。我が国では種子伝染するウイルス病として 50 種 スの胚への侵入,および②種子の成熟・貯蔵・発芽生育 の病気がリストアップされている(大畑ら,1999)。種 期間におけるウイルス感染性の維持,の二つの要因によ 子伝染性ウイルスは多属多種にわたるが,その多くは って決定される(JOHANSEN et al., 1994)。 Nepovirus 属,Comovirus 属,Ilarvirus 属,Potyvirus 属 ニンジン黄化ウイルス(Carrot red leaf virus, CtRLV) に含まれる。植物ウイルスの種子伝染には大きく二つの は Luteovirus 科 Polerovirus 属 に 属 し(H UANG et al., 経路,すなわち,種子中の胚を経由する種子伝染と胚以 2005) ,世界各地で発生が認められている植物ウイルス 外 の 組 織 を 経 由 す る 種 子 伝 染 が あ る(JOHANSEN et al., 。CtRLV ゲ ノ ム で あ る(WATERHOUSE and MURANT, 1982) 1994;大畑ら,1999) 。胚以外の組織を経由する様式で は約 5,800 塩基の+鎖一本鎖 RNA で,少なくとも六つ 植物防疫 は,種皮に感染あるいは付着したウイルスが発芽後幼苗 のタンパク質をコードしている(図―1 A;HUANG et al., の茎葉や根に物理的傷害により感染すると考えられてい 2005) 。CtRLV により引き起こされるニンジン黄化病は, る。この経路により種子伝染するウイルスは,粒子の物 生育初期では植物体が激しく矮化して叢生症状を呈し, 理的安定性が高いキュウリ緑斑モザイクウイルスやトウ 。我が国 古い葉では赤みを帯びた黄色になる(図―1 B) ガラシマイルドモットルウイルス等の Tobamovirus 属ウ でのニンジン黄化病の発生は 1956 年に報告されている イルスに限られる。また,メロンえそ斑点ウイルスのよ (小室・山下,1956)。CtRLV はニンジンアブラムシと うに,種子に付着したウイルス粒子が土壌中の媒介菌に ニンジンフタオアブラムシによって永続的に伝搬され, より幼植物根へ媒介されるという伝染経路もある。一方 汁液伝染や種子伝染はしないとされている(WATERHOUSE で,ほとんどの種子伝染性ウイルスは胚を経由する様式 。 and MURANT, 1982) をとる。この場合,ウイルスはまず植物の胚のうあるい 植物ウイルスの種子伝染性は,農作物種子の輸出入で は花粉に感染し,そこから種子の胚にまで侵入する。多 問題となる場合がある。CtRLV は種子伝染しないとさ くの場合胚への侵入はウイルスが開花期までに全身感染 れているにもかかわらず,近年,海外のニンジン種子輸 していることが必要で,開花後の感染ではウイルスは胚 入 検 疫 に お い て CtRLV 汚 染 の 検 査 項 目 が 含 ま れ た。 にまで侵入できないという報告が多い。胚で生存したウ CtRLV がニンジン種子から検出されるとそのロットの イルスは発芽後に生育した子孫植物に全身感染し,発病 ニンジン種子すべての輸入が許可されないため,検疫前 させる。このほかに,植物に無病徴感染して病気を引き に CtRLV 汚染の有無をチェックする必要がある。LEE et 起こさない種子伝染性潜伏ウイルスもある。種子伝染性 al.(2004)は精製したニンジン種子 RNA に罹病ニンジ 潜伏ウイルスは高頻度で種子伝染するが,その他の様式 ンから調製した CtRLV―RNA を混合した溶液を試験的に Detection of Carrot Red Leaf Virus―RNA in Carrot Seeds by RT― Nested PCR. By Tomofumi M OCHIZUKI , Kumiko O KA , Yukako OKAMURA and Satoshi T. OHKI を検出できる方法を確立したとの報告を行っている。し (キ ー ワ ー ド:ニ ン ジ ン 黄 化 ウ イ ル ス,ニ ン ジ ン 種 子,RT― nested PCR,種子汚染,内在コントロール) * 究所 大阪府立大学 21 世紀科学研究機構,現:(独) 農業生物資源研 用い,RT―PCR 法によりニンジン種子から CtRLV 核酸 かしながら,私たちが 2010 年ころから研究を開始する まで,ニンジン種子から CtRLV が検出されたという学 術報告はなかった。実際に LEE らの方法では市販ニンジ ン種子から CtRLV 核酸を検出することは難しく,した ― 16 ―
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