有料化の評価方法について 1 はじめに 2 従量制有料化:国内の研究

有料化の評価方法について
碓井 健寛1
2008 年 12 月 4 日
1 はじめに
ごみの有料化は,自治体に応じてさまざまな方法,異なる指定袋価格で導入されて
いる。有料化の減量効果を評価するために,導入していない自治体の 1 人当たりごみ
排出量と,導入している自治体のそれとを比較することが良さそうに思えるかもしれ
ないが,それだけでは十分ではない。なぜなら 1 人当たりごみ排出量に及ぼす影響は
有料化だけでなく,家族構成,1 人当たりの所得などの相違が考えられるからである。
次善の評価方法として,有料化導入の有無以外は全く同じ条件であるような 2 つの
自治体を見つけて,1 人当たりごみ排出量を比較することが考えられる。しかしその
ような自治体を見つけることはほとんど不可能である。したがって,さらに次善の評
価方法として,他の要因を人為的に同じ条件となるように制御し,有料化の効果がど
の程度あるのかを統計学の手法を用いて検証するという方法がある。この方法は回帰
分析と呼ばれている。
本稿では回帰分析を用いて従量制有料化の減量効果を推定している論文を紹介する。
次節では回帰分析を用いた国内の研究結果を紹介し,何が明らかになってきたかを示
す。第 3 節では海外のごみ有料化の研究との減量効果の比較を行う。
2 従量制有料化:国内の研究
2.1 従量制有料化の減量効果の比較
本小節でとりあげる論文は,ある特定の県・自治体の従量制有料化の事例をとりあげ,
減量効果の推定を行った先駆的な研究である。たとえば,原 (1990),田中ほか (1996)
などがある。
原 (1990) は,佐賀県下の従量制有料化自治体 (県内約 90 %の自治体) と非有料化自
治体の 1 人 1 日当たりのごみ排出量を比較している。その結果,従量制有料化自治体
のごみ排出量は,有料化未導入の自治体の約半分であった。しかし,有料化自治体間
について指定袋価格の違いで比較したが,ほとんど差は見られなかった。
田中ほか (1996) は,従量制有料化政策を実施している 9 自治体の調査を行い,指定
袋の価格と有料化前後での家庭系可燃ごみ排出量を比較している。有料化前と後の 2
時点のデータを用いてごみ収集サービス需要に対する需要関数を推計した結果,価格
弾力性は最大で 0.567(秋田県湯沢市),最小で 0.0771(長野県伊那市) であった。自治体
1 創価大学経済学部,連絡先:
〒 192-8577 東京都八王子市丹木町 1-236, E-mail: usui@soka.ac.jp
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独自の減量化助成制度を比べた結果,弾力性の高い自治体は資源回収制度が充実して
おり,自家処理も行われやすいと結論づけている。このように各自治体のケーススタ
ディから有料化実施に関する細かな特性を観察することができる。
しかしこれだけでは従量制有料化の減量効果が一般的にみとめられるとは結論でき
ない。1 つはデータの代表性の問題,つまり無作為標本であることが母集団のパラメー
ター推定の際に求められる。特定の自治体のデータに偏っている場合は一般的な結論
を得ることはできない。2 つめは抽出したい要因を見る場合は他の要因を制御する必
要があることである2 。
2.2 従量制有料化ダミー変数の回帰分析
次にデータの代表性を確保し,かつ他の要因を制御することを考慮している研究を
紹介する。たとえば丸尾ほか (1997),笹尾 (2000) などがある。
丸尾ほか (1997) は,全国 635 都市の 1 人あたり生活ごみ排出量を,自治体の世帯人
員数,昼夜人口比,第 3 次産業就業者比率,および有料化のダミー変数に回帰させてい
る。その結果ごみ有料化によって自治体平均で 21.7 %の減量効果があることがわかっ
た。さらに指定袋の水準を 30 円以上と 30 円未満のダミー変数として分析すると,30
円未満の場合 19.2 %,30 円以上の場合,35.5 %の減量効果が認められた。
笹尾 (2000) は,丸尾ほか (1997) と同じく,全国 587 都市の 1 人当たり生活ごみ排
出量を,1 人あたり所得,世帯人員数,都市化の代理変数として人口密度,都市の産
業構造ダミー,また政策的要因として,3 種類の有料化政策とごみの分別数に対して
回帰させている。従量制有料化を行っている自治体は,未導入の自治体に比べて約 14
%減量効果があることがわかった。これは丸尾ほか (1997) の結果よりもやや小さい。
また,分別品目が 1 つ増えると約 1∼2 %の 1 人あたり生活ごみ排出量が減る。分別数
が 11 のときに最大の減量効果で,1 人 1 日当たり 136 グラム減量できる。しかし分別
数と従量制有料化の相互作用 (交差項) は有意ではなかった。
2.3 有料化価格とごみ量の関係
指定袋価格が大きいほど人はごみを減らそうとするのだろうか。2.2 節で紹介した丸
尾ほか (1997),笹尾 (2000) の研究の特徴は,単に従量制有料化導入による減量効果を
測ったことであって,価格の大きさによる減量効果の違いを測ったものではない。も
しかすると住民は経済的な動機によって減量行動を起こしたのではなく,
「有料化を導
入した」という自治体の意識啓発や広告宣伝による減量行動だったのかもしれない。
これに対して碓井 (2003b) は,指定袋価格の違いによってごみ減量効果を検証して
いる。筆者は平成 8 年に従量制有料化を導入している全国の 611 自治体に対して,聞
き取り調査を実施し,対象全自治体の 45 リットル程度の指定袋価格データを入手して
いる。データの最頻値は 20 円から 30 円の間で,価格の平均値は 37.9 円であった。こ
2 他の要因がごみ減量に対して決定的な影響を及ぼしている可能性として,たとえば有料化を導入してい
る自治体は未導入の自治体に比べて所得が低いため,見かけ上,導入自治体の方が 1 人あたりごみ排出量
で見ると小さいという場合である。推定の際の注意点については統計学の入門書を参照されたい。
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のデータを従量制価格のダミー変数ではなく,連続変数として扱い,1 人 1 日あたり
家庭ごみ量 (可燃ごみ量+不燃ごみ量+混合ごみ量) を,笹尾 (2000) と同様の変数に対
して回帰している。その結果,従量制指定袋の価格は 1 %水準で有意となり,指定袋
価格 1 %の上昇がごみ排出量を 0.119 %減少させることがわかった。
2.4 有料化の成功条件
有料化価格が大きくても必ずしも減量効果が大きいとは限らない。たとえば山川ほ
か (1995) は,有料化指定袋を導入している 49 自治体を対象としたアンケート調査で,
減量ありと回答した自治体が 56 %,減量なしと回答した自治体が 44 %であったと報
告している。今研究から,有料化価格の大きさとともに他の社会的,政策的な要因も
考慮する必要があるように思われる。
碓井 (2003b) は家庭ごみの有料化による可燃・不燃ごみ減量が,資源ごみ分別促進
によって担われている可能性について検討している。すなわち自治体の住民にとって
可燃・不燃ごみを排出することのコストが従量制有料化によって大きくなれば,ペッ
トボトルや紙などの資源を分別排出することが相対的に有利になると考えられる。
有料化と分別回収の相互作用を回帰分析によって検討すると,ごみ有料化価格と資
源ごみ分別数の交差項は正で有意であった。つまり同じごみ有料化価格の大きさであっ
たとしても資源ごみの分別数が多いほど減量効果は高くなるという正の相互作用を見
いだしている 。したがって資源ごみ分別数を増加させることがごみ有料化導入の成功
要因であると言える。
逆に有料化価格の大きさと可燃ごみ収集頻度には負の相互作用が見られた。つまり
可燃ごみ収集頻度が少なくなるほど減量効果は増大する。この解釈は次のようになる。
家庭ごみを安易に排出できなくなることは,発生抑制を促し,分別の手間 (コスト) を
相対的に軽減させる。したがって,有料化が同価格であったとしてもごみ減量の効果
は高まると考えられる。
2.5 有料化は発生抑制を伴わないのか?
ごみ量そのものの発生抑制について取り扱った研究には,碓井 (2003a) がある。こ
の研究では,被説明変数にごみ総排出量,つまり収集量,直接搬入量,自家処理量の
和としている。これには家庭の資源ごみ,可燃,不燃ごみ,粗大ごみも含まれている。
回帰分析を用いて有料化の価格の大きさが総排出量に対する影響を検証すると,従量
制有料化価格 1 %の上昇によって 0.082 %のごみ総排出量の減少をもたらすことがわ
かった。この総排出量の減量効果はコンポスト等による減量,ごみにならないような
買い物,過剰包装の拒否,そして不法投棄の増加の可能性も考えられる。
2.6 有料化は不法投棄を誘発するのか?
有料化実施と不法投棄増加の有無の証拠を検証することは難しい。なぜなら自治体
ごとの不法投棄量のデータが存在しないためである。次善の策はアンケートによって
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不法投棄の程度を把握するという方法である。たとえば山川ほか (2002) の研究がある。
彼らは有料化実施,未実施の自治体担当者にアンケートを配布し,不法投棄の増加の
有無について質問している。そこから統計的に有料化実施と不法投棄の程度について
相関を見ている。その結果,不法投棄が増加した自治体は有料化導入前から既に問題
だった自治体であること,また分別収集方法を変更した自治体は不法投棄が発生しや
すいということがわかった。
自治体で有料化を導入する際に不法投棄が増加することの懸念が存在する。今後不
法投棄量データを全国で統一的な方法で収集し,回帰分析によって有料化価格との関
係を見ること,そして期待される減量効果を保ったままで,いかなる条件により不法
投棄を減少できるかを検証することが望ましい。
2.7 導入後のリバウンドは存在するのか?
有料化導入後のごみ減量効果が,徐々に失われていくことを「リバウンド」と呼ぶ
ようであるが明確な定義は人によってまちまちである。本稿では他の要因を除いたと
してもなお,有料化導入後の減量効果が失われることをリバウンドと呼ぶことにする。
しかしその効果を検出するためには他の要因を注意深く取り除く必要性がある。たと
えばある自治体で有料化導入後に,住民の平均所得が増加したとすると,ごみ排出量
のデータが増加しているように見えるかもしれないが,これは純粋なリバウンドでは
ない。したがってリバウンドの有無を確かめるためには,ごみ排出量に与える要因を
すべて一定としたうえで,経年変化によって減量効果が継続するのか,あるいは失わ
れていくのかを見る必要がある。現実的にはこのような社会実験を行うことは不可能
であるため,回帰分析を使うことが望ましい。
以上のような前提でリバウンド効果の有無について明らかにした研究はまだ無いよ
うである。リバウンドが見かけの効果であるのか,あるいはもしリバウンドがあると
すれば有料化導入後に何年程度で減量効果が失われるのかを検証することは今後の重
要な課題である。
3 海外の有料化との比較
表 1 は海外の従量制有料化の減量効果を比較したものである。表のデータとはそれ
ぞれの研究が使用したごみ排出量のデータのことである。また弾力性というのはごみ
収集サービス需要の価格弾力性のことで,価格が 1 %増加した場合に,減少するごみ
収集サービス需要の変化率を示す。数値の絶対値が大きいほど同じ価格の変化であっ
たとしてもごみ収集サービス需要の減少が大きいことを意味する。表によるとごみ収
集サービス需要の価格弾力性は,-0.08∼-0.43 まで分布している。我が国の例では-0.12
であり。海外で得られた価格弾力性の範囲内に位置している。
※ T. Kinnaman (2006) の Table 3 に筆者が一部加筆した。
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表 1: 海外の研究との比較
著者
データ
価格
弾力性
Fullerton and Kinnaman
(1996)
バージニア州シャーロッツビルの 2 期間× 75 世帯
のパネルデータ
-0.08
Podolsky and Spiegel (1998)
ニュージャージー州の 159 自治体のクロスセクショ
ンデータ
-0.39
Van Houtven and Morris
(1999)
ジョージア州マリエッタの 39ヶ月× 16 施設のパ
ネルデータ
-0.15
Hong (1999)
韓国の 3017 世帯 (20 自治体) のクロスセクション
データ
-0.15
Kinnaman and Fullerton
(2000)
アメリカ全体の 959 世帯 (114 世帯が有料化導入自
治体に居住) のクロスセクションデータ
-0.28
碓井 (2003)
日本全国の 2157 自治体のクロスセクションデータ
-0.12
Dijkgraaf and Gradus (2004)
オランダの 3 年間× 538 自治体のパネルデータ
-0.43
4 おわりに
本稿では従量制有料化政策に関して,回帰分析を使った評価方法について述べ,いく
つかの先行研究を紹介してきた。その中で価格の大きさがごみ減量に及ぼす影響,発
生抑制が存在するかどうか,不法投棄を誘発するかどうか,そしてリバウンドの存在
について推定方法を紹介した。
これ以外にも,発生抑制という観点で,可燃・不燃ごみへの有料化を行うと同時に
資源ごみに対しても有料化を導入する自治体が増えてきている。この場合にごみ総排
出量全体として発生抑制がさらに進むのかどうかを見る視点も重要な課題である。
最後に個別の事例研究と,回帰分析による研究との違いを述べたい。従量制有料化
の事例研究では個別自治体の取り組みがはっきりと示されるので,どのような取り組
みが減量につながったかイメージしやすい。しかし回帰分析を使って効果の推定を行
うと,大量のデータの中に固有性という情報が隠れてしまう。その一方で背後にある
法則性を見いだすことに重点が置かれる。したがって事例研究と回帰分析による研究
は,補完的な関係になっていると言える。
参考文献
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計検査研究, 27, 245-261.
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