天然樹脂状物質シェラックの利用

大阪市立科学館研究報告 20, 65 - 70 (2010)
天然樹脂状物質シェラックの利用 -正倉院宝物と薬効を中心に-
有 紀 子*
岳 川
概 要
シェラックとは、主 に東 南 アジアに生 息 するラックカイガラムシが小 枝 に寄 生 し分 泌 した物 質 を精 製 した
ものである。天 然 の樹 脂 状 物 質 として、現 在 でもチョコレートの光 沢 剤 などに利 用 されている。また、分 泌
物 が小 枝 に付 いた状 態 をスチックラックと呼 び、国 内 で最 古 とされるスチックラックが正 倉 院 に宝 物 -薬
物 のひとつとして保 管 されている。正 倉 院 に納 められたスチックラックと、薬 物 としての歴 史 および薬 効 に
ついてまとめる。
1 . はじめに
シェラック(Shellac)は、体 長 が数 ミリの非 常 に小 さな
昆 虫 「 ラッ ク カイガラムシ」 が 、寄 生 した 植 物 の 樹 液 を
吸 って成 長 する際 に分 泌 した樹 脂 状 物 質 を精 製 した
ものである。現 在 は、主 にタイやインドなど亜 熱 帯 地 方
で養 殖 されており、スチックラックとして収 穫 後 、粗 く精
製 されたシードラックと呼 ばれる状 態 で年 間 約 700トン
が日 本 に輸 入されている。このようにシェラックは、現 代
でも有 用な天 然 素 材 である。
一 方 、 国 内 で現 存 す る 最 古 の「 ス チッ ク ラック」 が 、
奈 良 の正 倉 院 に宝 物 のひとつとして保 存 されている。
図 1.大 阪 市 立 科 学 館 常 設 展 示 「プラスチック」エリアの
スチックラックは、群 生 された小 枝 を分 泌 物 と昆 虫 が包
展 示 「 天 然 プラスチック」 。シ ェラックのほかに、象 牙 、こ
括 した状 態 である。
はく、などの資 料も展 示している。
またシェラックは、世 界 初 の実 用 的 な完 全 合 成 プラ
スチックであるベークライトの目 的 物 質 となったとも言 わ
2 . シェラック-
シェラック - 概 要 と 利 用 方 法
れている。それはシェラック が、成 型 素 材 として適 して
2-1.シェラックとは
いるだけでなく、熱 硬 化 性 樹 脂 であり、電 気 絶 縁 体 で
半 翅 目 ( カ メムシ 目 ) の ラッ ク カイガラ ムシ(Laccifer
もあるという当 時 としては非 常 に稀 な性 質 を持 っていた
lacca Kerr , 図 2 ) は 、 マ メ 科 や ク ワ 科 の 樹 木 に 群 生
(集 団 で寄 生 )し(図 3)、樹 液 を吸 って成 長 する。その
ためである。
筆 者 はプラスチックの歴 史 を調 査 する中 で、ベーク
間 、分 泌 腺 から分 泌 物 を出 し、半 年 程 度 で分 泌 物 に
ライトの 目 標 物 質 であったこのシェラックに注 目 し、大
覆 われた状 態 となる。これで収 穫 が可 能 となり、収 穫
阪 市 立 科 学 館 の常 設 展 示 (図 1)などで普 及 活 動 も行
したものをスチックラック(stick-lac,図 4)と呼 ぶ。スチ
なってきた。今 回 、天 然 の樹 脂 状 物 質 としてのシェラッ
ックラックはこのまま砕 かれ、木 クズやゴミ 、ラックカイ
クの 利 用 に 関 す る 調 査 の 一 環 と して、正 倉 院 時 代 周
ガラムシの残 骸 などを取り除 き、粗 い精 製 状 態 のシー
辺 の 利 用 方 法 、中 でも 薬 物 と しての 利 用 に つ いて 調
ドラックとして日 本 やアメリカなどの海 外 に輸 出 される。
査 した。その内 容を本 稿にまとめる。
そして、それぞれの国 でさらに精 製 され、樹 脂 状 物 質
シェラックが得 られる。
*
大阪市立科学館 学芸課
takegawa@sci-museum.jp
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岳川 有紀子
としての役 割 はプラスチックに置 き換 わっている。なお、
シェラックの硬 質 樹 脂 は図 8が構 成 物 の主 体 になって
いるとされている。
R
COOH O
図 2.ラックカイガラムシ(孵 化 直 後 の幼 虫 )。褐 色 で雌
OH
HOOC
の体 長は成 虫になると5㎜ほど。雄は1㎜程 度 。(出 典;
OH
B.Mukhopadhyay & M.S.Muthana, A Monograph on
HO
Lac, Indian Lac Research Institute,1962)
OH
O
OH
A:R=CH2CH2NHCOCH3
B:R=CH2CH2OH
C:R=CH2CH(COOH)NH2
D:R=CH2CH2NH2
図 5.色 素 となる成 分のひとつ、ラッカイン酸(参 考 資 料 2
より書き改めた)
図 3.群 生 のようす(画 像 提 供 ;株 式 会 社 岐 阜 セラツク製
造 所)
図6.SPレコード(大 阪 市 立 科 学 館 蔵)
図 4(左 ).スチックラック。中 心 に枝 があり、その回 りを樹
脂 状 物 質 が取 り囲 んでいる状 態 。樹 脂 状 物 質 の内 部 に
はラックカイガラムシも包 括 されている。(右 ).スチックラッ
クを輪 切 りにした断 面 。黒 く縦 長 の部 分 はラックカイガラ
ムシ(の残 骸 )、その回 りの薄 赤 褐 色 の部 分 が主 に分 泌
物。(画 像 提 供;株式 会 社 岐 阜セラツク製 造 所)
2-2.シェラックの利 用 例
図 7.シェラ ック が 使 われ た 箱 や 手 鏡 のベ ースなどの 成
シェラックは、紀 元 前 2000年 頃の古 くから、中 国やイ
ンドの 地 域 で、染 料 や 薬 物 として使 用 されていた 。薬
型 品 。19世 紀 後 半 のもの。イギリス Science Museumに
保 存されている資 料。(出 典;Science Museum, London)
物 としての利 用 については3章 に記 す。染 料 は、主 に
一 方 、現 代 でも、シェラックが熱 硬 化 性 、皮 膜 特 性 、
ラックカイガラムシの体 に含 まれる色 素 (主 成 分 ;ラッカ
電 気 絶 縁 性 、耐 油 性 、耐 溶 剤 性 などのさまざまな性 質
イン酸,図 5)を使ったものであり、深 赤 色に染 まる。
また天 然 樹 脂 として、19世 紀 には、SPレコードに使
を持 ち合 わせていることから、ニス、電 気 絶 縁 材 、接 着
われた。1890年 代 後 半 にエボナイトに代 わって使 われ
剤 、化 粧 品 、など、現 在 でも 性 質 を活 かした 利 用 がさ
るようになり(図 6)、これは焼 いた粘 土 の粉 末 とシェラッ
れている。さらに、精 製 度 を上 げ、無 毒 ・無 味 ・無 臭 で
クを混 合 して、成 型 したものである。また、化 粧 箱 や手
あることから、医 薬 品 ・ 食 料 品 のコー ティング 剤 ・ 光 沢
鏡 のベースなどの成 型 材 料 としても使 われた(図 7)。こ
剤 に使 用 されており、日 本 食 品 衛 生 法 には食 品 添 加
のように、20世 紀に入 って人 工 的 にプラスチックを合 成
物 と して登 録 され ている( 白 シェラック) 。1889 年 には、
できるようになるまで成 型 材 料 として利 用 されたが、天
米 国 食 品 医 薬 局 (FDA)のGRAS物 質 (安 全 性 の確 認 さ
然 素 材 のため安 定 的 な大 量 生 産 が難 しく、成 型 材 料
れた物 質)としても認 定されている。
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OH
OH
H2C
HC
CH
OH
H2C
OH
O
H2C
HC
OH
OH
C
O
O
H
OH
C
O
HC
H
O
O
O
H
O
OH
O
O
R
R'
OH
C
O
O
R
R'
H2C
HC
O
O
R
OH
O
R
R'
R'
R=CHO/COOH
R'=CH2OH/CH3 (on the average three out of four units have R'=CH2OH)
図8.シェラックの硬 質 樹脂 成 分の構 造(参 考 資 料2より書 き改めた)
このように天 然 樹 脂 でありながら、特 異 な性 質 と、養
殖 ができるという他 の天 然 樹 脂 にはない利 点 を生 かし
内 の 正 倉 一 棟 だ けが 残 っ た 。こ れを 現 代 の 私 た ちは
正 倉 院と呼んでいる。
て、現 代 でも活 躍する稀 少な天 然 樹 脂 である。
この正 倉 院 には、光 明 皇 后 が、先 立 った聖 武 天 皇
の 冥 福 を 祈 っ て 、 天 平 勝 宝 八 歳 (756 年 ) に 東 大 寺 の
3 . 柴 鉱 - 正 倉 院 に 保 存 されるスチックラック
される スチックラック
盧 舎 那 仏 (大 仏 )に奉 納 した遺 愛 の品 々600点 以 上 の
3-1.正 倉 院
宝 物 と、東 大 寺 の倉 庫 から移 された大 仏 開 眼 (950年 )
などの儀 式 に用 いられた仏 具 ・什 器 類 が保 管 されてき
た。現 在 は、昭 和 の時 代 に新 しく建 てられた温 湿 度 が
管 理 された鉄 筋 コンクリートの西 宝 庫 と東 宝 庫 に保 存
されている。現 在の管 轄は宮 内 庁 である。
3-2.正 倉 院 宝 物「種々薬 帳」(しゅじゅやくちょう)
光 明 皇 后 が756年 に献 納 した宝 物 の中 に、「種 々薬
帳 」(図 10,11,12,13)と呼 ばれる目 録 がある。正 倉 院 に
はいわゆる宝 物と言われる豪 華 絢 爛 な物 品 ばかりが保
管 され ていると 思 っ ていたが 、こうした 実 用 的 なも のも
献 上 ・保 管 されていた。種 々薬 帳 には、60種 類 の薬 物
のリストが記 されており、リスト通 りに実 際 の薬 物 も献 納
図9.正 倉 院の位置(出 典;正 倉 院ホームページ)
された。この目 録 (種 々薬 帳 )は、幅 26.1㎝(軸 長 は29.3
正 倉 院 は、東 大 寺 の北 西 100mにある。もともとは、
㎝)、全 長210㎝の巻 物 で、北 倉 158に保 管されている。
奈 良 ・平 安 時 代 の官 庁 や大 寺 の重 要 物 品 を納 める倉
「天 皇 御 璽 (ぎょじ)印 」が捺 印 された上 に、薬 品 リストの
(正 倉 )が、いくつも集 まっている一 画 を正 倉 院 と呼んで
他 、献 納 の目 的 、薬 品 リスト、献 納 への願 い、日 付 、署
いた。時 代 とともに正 倉 は亡 び、唯 一 、東 大 寺 正 倉 院
名が書かれている。
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岳川 有紀子
(加 茂)角 足
(葛 木)戸 主
これ ら 署 名 の 5 名 は 、 当 時 の 官 職 ( 事 務 方 ) の 上 位
者とされている。
図 10 . 種 々 薬 帳 ( 正 倉 院 蔵 ) ( 画 像 提 供 : 宮 内 庁 正 倉
院)
3-2.「種々薬 帳」に記 された「紫 鉱」(しこう)
図11.種々薬 帳(第1紙)(画 像 提 供:宮 内 庁 正 倉 院)
図 14.正 倉 院 に 納 められているスチックラック-「 紫 鉱 」
(画像 提 供:宮内 庁 正 倉 院)
「 種 々 薬 帳 」 に 記 され ている 60 点 の 薬 物 の う ち、29
番 目 に「紫 鉱 」と記 されている。これは図 14の資 料 で、
スチックラックなのである。この正 倉 院 に 保 管 されてい
るスチックラックが、国 内 に現 存 する最 古 のスチックラッ
クとされている。
種 々薬 帳 には、60斤の紫 鉱 を献 納 したと記されてい
図 12.種 々薬 帳 (第 1紙 後 半 、第 2紙 )(画 像 提 供 :宮 内
る。この当 時 の1斤 (小 斤 )は223gとされているので、60
庁 正 倉 院)
斤 ということは13380gの紫 鉱 が献 上 されたことになる。
大 阪 市 立 科 学 館 で保 管 しているスチックラックのうち6
本 の重 量 を測 ると、大 きさには差 があるものの、平 均 し
て1本 25.4gであった(図 15)。このことから、正 倉 院 には
およそ500本 ほどのスチックラックが献 上 されたものと計
算 できる。相 当な量 である。
なお正 倉 院 資 料 ※によると、紫 鉱 のデータには「総
重 8630」 と 記 さ れ ている こと か ら、60 斤 (13380g) の う ち
8630gが 残 存 してお り 、一 部 4750 g(35.5 % )が 光 明 皇
図13.種々薬 帳(第3紙)(画 像 提 供:宮 内 庁 正 倉 院)
后 のお言 葉 に従 って使 われたか、失 われたものと考 え
種々薬 帳 の構 成は、以 下のようになっている。
られる。紫 鉱 のほかにも、60品 目 のうち21品 目 の薬 物
1.目 録のタイトル:盧 舎 那 仏 に献 上
が使 い切られ現 存 していないことが確 認されている。
2.献 上の品:薬 物60種
3 . 薬 物 リ ス ト (60 種 の 名 称 と 重 さ ) : 現 在 も 生 薬 ( 漢 方
薬 )として知 られている数 々の薬 物 が記 されている。
例 えば、麝 香 (じゃこう)、檳 榔 子 (びんろうし)、人 参 、
甘 草 、などである。
4.締 めの言 葉 :これらの薬 物 は、もし病 に苦 しむ者 が
いれば、許 可 を得 て使 ってもよろしい(後 略 )。と書 か
れている。
5.日 付:天 平 勝 宝 八 年 六 月 二 一 日
6.署 名 (藤 原)仲 麻 呂
(藤 原)永 手
図15.大 阪 市 立 科 学 館 で保 管 しているスチックラック6本
の重 量の測 定 結果
(巨 萬)福 信
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天然樹脂状物質シェラックの利用 -正倉院宝物と薬効を中心に-
なお「紫 鉱 」の漢 字 表 記 であるが、紫 鉱 のほかに紫
った(図 17)。スチックラックらしきものは、確 かにスチック
梗 、紫 鑛 、といった 漢 字 をあ てがわれることがあるが、
ラックであった。値 段 は2 本 で1ドル。タケオでは1ドル
本 稿 では正 倉 院 の表 記にしたがって「紫 鉱」とした。
あれば一 日 生 活 できるそうなので、高 価 なものだと考え
られる。ただし、日 本 人 (外 国 人 )ということで高 く売 りつ
4 . 紫 鉱 はいつからクスリ
はいつから クスリとして
クスリ として使
として 使 われていたのか
けられた可 能 性もあるらしい。
参 考 資 料 では、「新 修 本 草 」(しんしゅうほんぞう)で
「紫 鉱 」が初 めて収 録 された、とある。新 修 本 草 は、唐
(618-907 年 )の 時 代 に 「 神 農 本 草 経 集 注 」を 増 訂 し
115 種 を 加 え た 書 物 と され ている 。奈 良 時 代 に は 、 医
薬 を学 ぶ者 の教 科 書 にもなったようである。光 明 皇 后
が紫 鉱を献 納 した時 期 にも合っている。
「神 農 本 草 経 集 注 」は「 神 農 本 草 経 」に 注 釈 を 加
筆 した書 物 とされている。「神 農 本 草 経 」(しんのうほん
ぞうきょう)には、365種 の薬 物 が載 っているが、「紫 鉱 」
は 見 当 た らな い。「 神 農 本 草 経 」 は 紀 元 25 年 か ら300
図 16.カンボジア(タケオ)の市 場 で薬 として売 られていた
年 頃に書かれた中 国 最 古の生 薬の本とされている。
スチックラック(撮 影;2009年6月2日、森 本 弘 一 氏 提 供)
このことから、スチックラックは、現 在 の中 国 では
1500年ほど前に薬 物として記 録され、その後 、あまり時
間を経ずに日 本に渡 来 し、普 及が始 まったと言える。
この 時 期 を 考 え る と 、光 明 皇 后 は 当 時 の 日 本 では
伝 来 して間 もない最 新 の薬 物 を献 納 したと考 えられ
る。
5.紫 鉱 の薬 効
5-1.生 薬 辞 典の記 載
図 17.カンボジア(タケオ)の市 場 で売 られていたスチック
紫 鉱 と呼 ばれるスチックラックには、本 当 に薬 効 があ
ラックのうちの1本(提 供:森 本 弘 一 氏)
るのだろうか。あるのだとすれば、どのような薬 効 だろう
か。生 薬 の事 典 「新 訂 和 漢 薬 」には「紫 鉱 」が掲 載 され
ている。その欄には、
作 用:破 積 血 、止 痛、
応 用:五 蔵 邪 気 、産 後 血 運 、歯 縫 出 血、咽 頭 弛 種
と記されている。内 服 薬 、つまり飲み薬として、あるいは
外 用 薬 として使 われるようである。掲 載 されていること、
作 用 等 があるということで、生 薬 として薬 効 が確 認 され
ているものだということであろう。
正 倉 院 の「紫 鉱 」の説 明 には、薬 用 の用 途 は浄 血 剤
など、と記されている。
しかし現 代 の生 薬 店 では、紫 鉱 と呼 ばれるものは、
ほとんど扱 われていないようである。江 戸 時 代 には「花
図 18.カンボジア(プノンペン)で実 際 に薬 として使 われて
没 薬 (はなもつやく)」や「臙 脂 (えんじ)」などと呼 ばれる
いたスチックラック。スチックラックをサルノコシカケとワイ
ように名 前 を変 えたとされているが、これらは天 然 染 料
ンとともに浸 けたもの(撮 影 ;2009年 6月 10日 、森 本 弘 一
としての利 用が多いようである。
氏 提 供)
では、海 外 ではどうだろうか。筆 者 のシェラックの話
題 に 興 味 を持 ってくださった奈 良 教 育 大 学 の 森 本 教
さらに、プノンペンで現 地 の方 に聞 いたというエピソ
授が、2009年カンボジアのタケオに出 張 した際 、たまた
ードを伝えていただいた。森 本 教 授 が、現 地 の人に「ス
ま現 地 の市 場 でスチックラックらしきものを売 っていると
チックラックは今 も薬 として使 っているのか」ということを
ころ目 撃 した、との報 告 をいただいた(図 16)。そのとき
尋 ねてくださった際 、秘 書 の 女 性 は「自 分 は常 備 して
の写 真 と、売 っていた買 いスチックラックを送 ってくださ
いる」と答 えたということである。また、ある男 子 学 生 は
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岳川 有紀子
「交 通 事 故 で怪 我 をした際 に、スチックラックとサルノコ
6.鳥 越 泰 義 ,「 正 倉 院 薬 物 の 世 界 」 ,平 凡 社 新 書 ,
シカケをドライワインに浸 けたものを飲 んでいた。滋 養
2005
強 壮 に効 くので。」ということであった(図18)。つまりカン
7 . NHK 正 倉 院 プ ロ ジ ェ ク ト , 「 ド キ ュ メ ン ト 正 倉 院
ボジアでは、一 部 の地 域 だ けかもしれないが、現 在 で
1200 年 の 扉 が 開 か れ た 」 , 日 本 放 送 出 版 協 会 ,
もスチックラックが薬 物 として日 常 的 に売 買 され、使 わ
れているということがわかる。
1991
8.日 月 紋 次 ,「天 然 樹 脂 化 学 」,東 京 丸 善 出 版 株 式
会 社 ,1949年
7 . まとめ
9.新 訂 和 漢 薬 ,医 歯 薬 出 版 ,1970年
シェラック、またその精 製 前 のスチックラックは、小 さ
な昆 虫 が作 り出 すものでありながら、天 然 染 料 、薬 物 、
謝辞
天 然 樹 脂 として何 千 年 も前 から有 用 な物 質 として使 わ
シェラックの実 物 資 料 ならびに画 像 、参 考 文 献 につ
れてきた。そしてこれらが、現 在 も養 殖 され、チョコレー
いては、2008年 の第 3次 展 示 改 装 の折 に岐 阜 セラツク
トの光 沢 剤 をはじめ私 たちの身 近 なものに使 われてい
株 式 会 社 に寄 贈 していただいたものである。奈 良 教 育
るということは、非 常に類 稀 な物 質といえる。
大 学 の森 本 弘 一 教 授 には現 代 のカンボジアにおける
スチックラックが、紫 鉱 という名 で、今 もなお 正 倉 院
に 残 る と いう こ と は 、 確 か に 光 明 皇 后 が 盧 舎 那 仏 ( 大
スチックラックの使 われ方 の情 報 をいただいた。ここに
記 し、改 めて感 謝の意を表 します。
仏)に奉 納 し、当 時 から貴 重 で有 効 な素 材だったことの
表 れであろう。しかし、紫 鉱 (スチックラック)の薬 効 につ
いては、現 代 医 学 としてはその効 果 は確 かめられてい
ないと言う。
スチックラックの利 用 は、紀 元 前 2000年 頃 に染 料 か
ら始 まったと言 われており、唐(618-907年)の時 代 には
薬 物 としての利 用 が確 かに始 まっていた。天 然 樹 脂 と
しての利 用 は、まだ不 明 な点 が多 いものの、16世 紀 頃
には利 用 されていたとされている。いずれにしても、長
い歴 史のある素 材 である。
こうした物 質 が、天 然 樹 脂 「シェラック」として今 なお
チョコレートの光 沢 剤 などをはじめ私 たちの身 近 なもの
として使 われていること、およそ100年 前 の世 界 で初 め
ての 実 用 的 な合 成 プ ラス チック「 ベー ク ライト」の 目 標
物 質 でありながらも、シェラック自 体 、まだ人 工 合 成 が
されておらず、未 知 のことも少 なくない。プラスチックの
お手 本となったこの物 質に、今 後も注 目 していきたい。
参考資料
1.高 橋 良 一 ,ラック介 殻 虫 ,1949
2.株 式 会 社 岐 阜 セラツク製 造 所 ,「GUIDE OF MAN
UFACTURED GOODS PART 1 天 然 樹 脂・天 然 物
製 品 案 内」
3.株 式 会 社 岐 阜 セラツク 製 造 所 製 造 部 水 谷 均 ほ
か,「セラックの 特 性 とその 用 途 」 ,コンバーテック,
2002,11
4.渡 辺 弘 之 ,「カイガラムシが熱 帯 林 を救 う」,東 海 大
学 出 版 会 ,2003
5.正 倉 院ホームページ 宝 物 検 索 ,http://shosoin.
kunaicho.go.jp/,宮 内 庁,「紫 鉱」「種々薬 帳」
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