新規機能成分子の創製を目指して、 「混乱」をキーワードに

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2012 1
新規機能成分子の創製を目指して、
「混乱」をキーワードに、ポルフィリノイドの世界を開拓。
化学は「解釈」より、対象を「見る」ことが大事。
九州大学大学院工学研究院 応用化学部門 教授
理学博士 古田 弘幸
た。とても剛毅な先生で、細かいことは何も
乱= confuse> という概念の明瞭化を図り、
か遠くのゴールを示されるだけ。「あとは自分
乱アプローチ法」を開発しました。
おっしゃらず、「あそこの山に登ろう」とはる
で考えなさい」というわけです。今思えば、
大事なことを学ばせていただきました。
留学での研究を基に、世界に先駆け
< N- 混乱ポルフィリン>を発見。
博士課程を修了後、
「生命の起源を学べる所」
として民間の研究所(三菱化成生命科学研究
所)へ行きました。そこで前生命的原始核酸
合成の研究を行いながら、徐々に自分のめざ
すべき研究の方向性やスタイルをはっきりと
意識するようになりました。「小さくてもいい
からオリジナルなもの、新しいものをケミス
研究者に憧れて、京都大学へ。
“自分で考える”を学んだ学生時代。
福岡生まれですが、小さいときに北海道に
移り、高校時代まで過ごしました。 特に科学少年というわけでもなく、普通に
草野球などして、ぼんやりと過ごしていまし
た。どちらかと言えば皆で一緒に何かするよ
り、好きなことをマイペースでやるタイプで
した。
進学については、文系、理系どちらも興味
はありましたが、「京都大学理学部」というブ
ランドに憧れていました。さほど社交的でも
なく、人と話をするのが億劫でも、研究者な
らやっていけるのではないかと、勝手に思い
込んでいたものですから。
当時の京都大学理学部は「学問というもの
はあれこれ融合して新しく作られていくもの
だから、一つのことを究めるにはまずいろい
ろ勉強しなさい」という発想のようで、学科
というものがありませんでした。このことも
気に入りました。実験は化学も生物も地学も
物理も全部やりました。そのなかで、壮大過
ぎず、微小過ぎず、等身大と言うイメージで
親しみやすかった化学に惹かれました。また、
その頃、生命の起源や進化に興味をもったこ
とから、その基になる物質についての勉強も
しました。心がけていたのは、「大学時代は、
最先端よりも基礎を重視」でした。
4年から丸山和博先生の研究室に入りまし
トリーの手法で創り出すことだ」と。
その後、渡米し、テキサス大学オースチン
校で博士研究員として勤務しました。期間は
3年間。テーマは、「人工核酸をつくること」
及び「環拡張ポルフィリンのアニオン認識の
結合位置をシフトさせて変異種を創製する「混
<混乱アプローチ法>を原動力に
新分野“ポルフィリノイド”を先導。
2002 年に九州大学に移ってからは、「混
乱アプローチ法」を指導原理とする合成戦略
のもと、従来のポルフィリン化合物では実現
できなかったような高機能を発揮する異種ポ
ルフィリノイド化合物の創製に挑戦し続けて
います。すでにさまざまな新規ポルフィリノ
イドの合成に成功しており、この新分野を先
導しています。「混乱化」によって通常のポル
フィリンとは全く異なる性質が賦与されるポ
ルフィリノイド。その可能性は大きく光・電子・
磁気機能性材料、多電子酸化還元触媒などへ
の応用展開が期待されています。
つの新しい分野を切り拓くことに成功しまし
オリジナルにこだわり、諦めず、
常に実験台とともに!
感することができた3年間であり、テキサス
言えることは、「化学は解釈だけで終わりとす
研究」で、同年代のセスラー教授と共に、一
た。それは世界というものを初めて明瞭に実
での体験は、その後の研究人生を決定づけま
した。 帰国後、大分大学工学部へ。教養課程での
講義が主でしたが教えることにも興味があり
ましたし、研究面ではお金はなかったものの、
学生はいませんでしたので、一人で好きなこ
とが自由にできました。幸い、運にも恵まれ、
それまでの研究が芽を出し、現在に繋がるも
のになりました。それは< N- 混乱ポルフィリ
ン>の発見です。ポルフィリンの基本骨格を
維持した異性体(炭素と窒素が入れ替わって
いる)を世界に先駆けて報告し(1994 年)、
全く新しいポルフィリンの化学の端緒を開く
ことができました。
この間、「何もないからできない」は言い訳
学生さんや若い研究者に、自分の経験から
るのではなく、対象物に向き合いとことん見
ることが大切だ」ということ。常に実験台と
ともに!新しい発見は実験台の上からやって
きます。そして、諦めないこと!研究には不
屈の粘りが肝要です。研究室では、「それがど
んな文脈の中でどんな意味を持つのか、どん
なコンセプトのもとでどのように研究を進め
るのか」を学んで欲しい。常にオリジナルな
ものを求める気持ちを持って。
G-COE では副リーダーとして運営に関わ
りました。研究における理学・工学の融合が
大きなテーマでもありましたので、「両分野で
学んだ経験を活かす」ということを念頭に、
お手伝いをさせていただきました。
にならないことを実感しました。「重要な研究
というが最初からあるのではなく、自分の研
究を重要なものにすることが大事だ」という
フィロソフィーを持つようになったのもこの
時期です。 京大に戻り、研究のキーワードとなる < 混
Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University 01
プラズモニクスをキーワードに、光の有効利用を研究。
若いときは興味の向くまま、がむしゃらに研究しよう。
そこからきっと、何かが生まれる。
九州大学大学院工学研究院 応用化学部門 教授
工学博士 山田 淳
とにかく実験が好きでした。実験装置を作っ
流を観測できたときは興奮しました(1995
たり改良したりも大好きでした。「有機超伝導
年)。これが現在の研究の主要テーマの始まり
材料をつくる」がテーマで、真空蒸着しなが
です。現在は“プラズモニクス”をキーワー
ら伝導度を測定する装置や、サイクリックボ
ドに「金ナノ粒子の光工学的応用」「光—電気
ルタンメトリーのセル(応化分子教室の後世
エネルギー変換」の研究に取り組んでいます
に残る)、電解しながら吸収や ESR スペクト
が、基本は光の有効利用という点で一貫して
ルを測定する装置、そして磁気天秤まで作り
います。 ました。また、
“毎週土曜日はガラス細工の日”
金・銀のナノ粒子やナノ構造体では、表面
というほどガラス細工にも凝りました。デー
に存在する自由電子のプラズモン周波数が紫
タは余り出ませんでしたが本当に楽しくて、
外〜赤外域の光電場の周波数域にあるため、
博士課程が終る頃には大学に残りたいという
光電場と共鳴して激しいプラズモン振動が起
思いが格段に高揚しました。 こります。この現象を用いた光応用技術がプ
ラズモニクスで、将来に果てしなく大きな可
留学で超音速分子ジェットの研究。
苦しみの後に喜びが。
もの作り大好き。
夢は「発明王になる!」だった。
能性を秘めた研究分野です。 に助手として採用していただき、小川先生の
学生時代は自由な動機で研究を。
目先でなく、人生全体を考えて。
博士課程卒業後、新設の総合理工学研究科
もとで、新たな研究「光イオン化」に取り組
現在の研究には、私がこれまで勉強してき
山口県の片田舎で生まれ育ちました。小さ
みました。
たさまざまな分野が結びついています。それ
い頃は遊んでばかりでした。遊び場は山や川
こ の と き に 1 年 間、 米 国 フ ロ リ ダ 大 学
は学生時代に自由に研究させていただいたお
でした。それに、モノを作るのがとても好きで、
Winefordner 教授のところに留学させてい
かげと思っていますので、私もその精神を引
文集に“夢は発明王”と書いていたほどです。
ただきました。原子発光分析の大家です。何
き継いでいるつもりです。つまり、学生時代
父親が小学校で理科の先生をしていたからで
をやりたいかと聞かれ、「今やっているテー
は研究の目的を早くから決めなくてもいいの
しょうか、「将来は先生に…」という思いも多
マ(光イオン化)以外のこと」と見栄を張る
ではないか。「これ、何だろう?面白いな」と
少あったように思います。中学時代はバスケッ
と、「じゃあ、ランプ光源を使った超音速分子
いう動機で研究する姿勢をもっと大事にすべ
トと将棋に明け暮れた日々でしたが、たいし
ジェットの研究をやってくれ」と言われまし
きだと思うのです。がむしゃらにやってみて
て勉強しなくてもまずまずの成績が取れ、高
た。軽く承諾したものの、気相はやったこと
ほしい。何か生まれてきますよ。それで OK
校は下関の進学校に越境入学しました。
がなく困り果てました。このときも真空チャ
です!
そうして高校1年の成績はというと、260
ンバーやガストラップなどの装置作りからで
G-COE で私自身はエネルギー変換ユニッ
人中 230 番という惨憺たるもの。お山の大
した。データも半年間全く出ず、苦しい思い
トで教育に参加していますが、特に若い先生
将が都会に出てカルチャーショックです。そ
をしました。そんなある日、いつものように
が、“小欲知足”の精神で対話形式の教育など
こから「勉強しなくては!」と発奮し、2年
ノイズばかりの所にピッと信号が出たのです。
一生懸命取り組んでおられます。素晴らしい
生で化学に俄然興味を持ちました。授業にベ
嬉しくてサポートしてくれていた PD やボス
ことだと思います。とにかく人生 80 年の中
ンゼン環が出てきてから、化学が大好きになっ
に見せに行くと、皆凄く喜んでくれました。
で、大学生活はたったの4年〜9年。この時
たのです。 その時初めて、データが出ずに悩んでいた私
期は、人間として、社会人として活躍するた
のことをとても心配してくれていたことを知
めに必要な基礎的な力を身に着けるべき時期
り、目頭が厚くなったのを覚えています。 です。目先のことではなく、人生全体を考え、
大学でしかできない自由闊達な研究生活を邁
村上研究室で、自由奔放に研究。
実験装置づくり&ガラス細工三昧。
一郎先生から錯体化学の楽しさ、大学の楽し
夢膨らむ「光—電変換プロジェクト」
。
未来に果てしない可能性。
さを教わりました。沖縄返還の前年で、教養
1992 年、工学部に戻ったときは「エネル
部は後期から無期限ストに突入し講義がなく
ギーの転換技術」という大きなプロジェクト
なってしまいましたが、この間に村瀬先生と
が立ち上がっていました。またテーマが変り
将来のことや人生について話す機会を持てた
ましたが、憧れていた「人工光合成の研究」
ことは幸いでした。
に携われるという思いで心を打たれました。
4年から村上先生の研究室で、修士、博士
光電変換を始めようと、先ずはランプや分光
と6年間学びました。村上先生は礼儀作法に
器などを集めて光電気化学測定システムを組
は大変厳しい方でしたが、自由奔放に研究さ
み立てました。このシステムにより電子供与
せていただいたことは大変感謝しています。
体と受容体の自己集合単分子膜で初めて光電
九州大学に進み、1年のクラス担任の村瀬
02 Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University
進して欲しいと思います。 量子力学の原理を使って、生体反応や固体の電子物性を研究。
酵素変異の新たな試みでは、世界に先駆けて成果。
論文は一刻も早く書くべし!
九州大学先導物質化学研究所 教授
工学博士 吉澤 一成
たことは今も心に鮮明で、以来、胆に銘じて
は複雑で、実験では追跡困難です。私たちは
います。 量子化学理論によりこれらの反応の道筋を決
め、タンパクの周辺の環境を変えてその反応
米国留学で始めた研究を基に
メタンーメタノール転換反応を発見。
マスター修了後、民間の企業に就職し4年
ほどいましたが、研究室時代のことが心から
の変化を研究するという手法(ミューテーショ
ン)で、新たな展開を図っているところです。
1994 年にコーネル大学のロアルド・ホフマ
自転車で健康、&交流も。
快適な生活リズムは研究にも有益。
広い視野でオリジナリティを!
ン先生の所に留学しました。
九大に来てから競技用自転車に乗り始め、
ホフマン先生は、福井先生と一緒にノーベ
15kg も痩せて学生時代の体型を取り戻しま
ル賞を受賞された先生です。たいへんな働き
した。毎朝1時間かけて油山を自転車で登り
者で、先生から給料をもらう身の私も、朝8
ます。森林の涼風が心地よく、リフレッシュ
時半から夜中の 12 時まで、ほとんど休日も
効果満点です。シャワーを浴び、朝食をたっ
なく仕事をしました。 ぷり摂って大学へ。爽快な気分で仕事に取り
コーネル大学では、π電子系の物性研究を
かかることができるというわけで、生活の良
しつつも、手探りで金属酵素の研究を始めま
いリズムは、研究する上で欠かせないものと
東京都北区で子ども時代を過ごしました。
した。未知の分野でしたが教科書を読み漁り、
なっています。大学の自転車部の顧問もして
昆虫採集とか、採った虫を図鑑で調べたりす
独学で論文も出しました。これが以後の研究
います。自転車を通してさまざまな分野の人
るのが好きでした。友だちや近所の子どもた
の柱の一つになっています。 と繋がることができ、自転車と出会って本当
ちがいろいろな虫を持って来て、その名前を
1年後、帰国して山邊先生の研究室で助手、
によかったと思っています。怪我をしました
調べるのに忙しかったことを覚えています。
助教授の職を得ました。この間に「メタンは
が(笑) 離れず元の研究室に戻りました。そこでπ電
子系の理論計算と実験で博士号をいただき、
「昆虫を採って図鑑で調べる」に熱
中。修学旅行で京都に憧れて…。
やがて考古学に興味を持ち、毎年夏休みを過
配位不飽和な FeO +と反応し、二段階でメタ
ごした信州で縄文時代の鏃(やじり)集めに
ノールに変換される」ことを見つけ、この機
に「物真似でないオリジナリティーのある研究
熱中しました。中学から埼玉県の浦和に引っ
構に基づいてメタンモノオキシゲナーゼの反
を行うこと」
、
「自分の研究に埋もれることなく、
越し、3年間は野球少年でした。
応解析も行うなど、研究はうまく展開してい
広い視野を持つこと」を心がけるよう指導して
中学、高校の修学旅行で関西に行き京都に
きました。 います。その「広い視野を持つ」ためにも「未
惹かれ、以来、京都大学で学びたいと思うよ
来分子システム科学」というプログラムは有意
うになりました。民間企業への就職を考えて、
工学部の化学系学科に進みました。 福井先生のノーベル賞受賞に興奮。
「明歴々露堂々」を胸に。
「分子軌道の理論」を予測、実証。
量子輸送とフロンティア軌道…
広がる量子化学の可能性。
2001 年に九州大学有機化学基礎センター
(現先導物質化学研究所)に移った直後から「分
私の研究室には「心得 17 箇条」があり、特
義だったと思います。最先端の研究は異分野の
融合が欠かせないものですし、教育面でも学生
たちは世界のフロンティアに触れることがで
き、厳しさも体験しました。それらは確実に今
後の糧になることでしょう。 子ワイヤーの量子輸送について」の研究に取
最後に持論を一つ。研究室では 17 箇条の
学部4年で福井謙一先生の研究室に入り、
り組みました。「分子の中を電子がどう流れる
他にも「論文を早く書け!早く書け!」とう
その半年後、先生がノーベル化学賞を受賞さ
か」というものです。幸いにも、分子ワイヤー
るさく言って煙たがられています。しかし、
れるのを目の当たりにしました(1981 年)。
のコンダクタンスとフロンティ軌道の間に密
論文書きは戦いです。自分の研究に真剣に取
先生と一緒に記念写真に収まるだけで感激し
接な関係があること、つまり、分子の中で、
り組んでいるのなら、論文は一刻も早く書い
たことを覚えています。研究室では山邊時雄
電子が流れやすい方向と流れにくい方向があ
て成果を世界に発信すべきです。
先生のグループで、当時助手の田中一義先生
ることを示すことができました。この「分子
に量子化学や実験についてご指導いただき、
軌道の理論」を初めて予測し実証できたこと。
π電子系の電子物性について学びました。福
そして一般性のある議論として展開できたこ
井先生から直接指導を受けたことはありませ
とは大きな喜びでした。
んでしたが、先生の存在感は大きく、十分に
この研究の成果を基に、現在は分子デバイ
雰囲気を感じていました。
スとして有効な分子、接続方法などを提案す
数年後のことになりますが、悩みを打ち明
るとともに、ポルフェリンや DNA などを対
けに先生のお宅に伺ったとき、
「明歴々露堂々」
象とした計算も進めています。
(自分から吹聴しなくても、本当に良いものは
もう一つの主要な研究は「酵素の理論的研
自ずと明らかになる)という言葉で励まされ
究」です。酵素反応(体内で起こる化学反応)
Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University 03
ティッシュエンジニアリング、生体バイオリアクターなど、
目指すは、新たなバイオテクノロジーの開発。
自由な発想で夢のようなことを!
九州大学大学院工学研究院 化学工学部門 教授
工学博士 上平 正道
だ開拓途上で、いろいろなことができるかも
て自分の手で行なうことにより深いところま
しれない。バイオと化学とモノづくり。小さ
で理解でき、以後の研究のベースとなりまし
い頃からの興味がすべて合わさっているのは
た。それまでやっていなかった研究分野に取
これしかない!」と。そして、その分野の権
り組みましたが、日進月歩の分野なので研究
威でおられた小林猛先生の研究室に卒研学生
は常に面白く、また世の中に役立てられれば
として入れていただきました。 という気持ちからやり甲斐も感じました。
卒業研究では「超臨界流体抽出」について
バイオプロセスの基本的な考え方も学ぶこと
生命現象の巧妙なメカニズムを明ら
かにし人工的な再構築を試みる。
ができました。まだ黎明期の研究だったため
2005 年、「化学工学分野でバイオを扱う
次々に成果を発表することができ、博士課程
研究室」の公募で九州大学に採用していただ
に入るまでに論文(テーマは「超臨界流体二
きました。今までの自分のバックグラウンド
酸化炭素抽出法のバイオ分野への応用」)が
と合っていると思いましたし、九大の化学工
揃ってしまうほどでした。
学は前任の船津先生が世界的にも評価の高い
学びつつ、微生物や生物材料の扱い方の基礎、
子どものときから、
「観察とものづくり」が趣味。
新たな挑戦、スウェーデン留学。
「生物分離」の研究で研究分野の拡大
人工肝臓システムの開発をされておられまし
たので、九大化学工学のバイオ研究の発展に
貢献できればという気持ちでした。
博士課程修了までお世話になった小林先生
現在は、これまでの研究を発展させながら
には、
「研究のテーマ設定の際には、人のトレー
遺伝子から細胞、組織、臓器、個体までを研
名古屋で生まれ育ちました。モノを作るの
スではなくオリジナリティを。そして、何が
究対象として生物システムや生命現象の巧妙
が好きで、それも工具を使って素材から切り
新しいのか、どこに意味があるのか、何に役
さを解明しながら、天然材料や合成材料を用
出して組み立てることが大好きでした。生態
立つのかをよく考えること」を求められまし
いて人工的な再構築を試みることを通して、
観察の点から虫にも興味があって、卵から孵
た。学生時代は「新しい発想」が必要と考え
新しいバイオテクノロジーの開発を目指して
すということをやっていました。それも、生
研究室でやっていないことを色々提案して実
研究に取り組んでいます。
育に手間がかかる蝶の類いやウスバカゲロウ
験を行いましたが、大半はうまくいきません
具体的には、1. 再生医工学における各種プ
(アリジゴク)など。蟻の巣作りも楽しみまし
でした。今振り返ると、それは貴重なトレー
ロセスの開発 2. トランスジェニック動物
た。観察しては、生態の意味を考える。また、
ニングでした。
ありきたりではなく、友だちがやっていない
助手を1年間経験した後、新たなチャレン
3. 幹細胞の培養と分化誘導 4. 遺伝子導入
ことをやってみる。そんな少年でした。
ジが必要と考え、スウェーデンに留学しまし
技術の開発 5. 細胞組織の機能発現メカニズ
中学で、理科の先生がさまざまな実験を生
た。その頃は生物系の分離の分野に集中して
ムの解析などに関する研究と教育を行なって
徒にやらせてくれたことも現在の研究職の動
良い研究をしたいと思っていたので、その分
います。
機づけになっていると思います。教科書をそ
野でパイオニア的な存在であるルンド大学へ。
のまま覚えるのではなく、実験して納得する。
そして、マティアソン教授のもとで「機能性
理系教育では非常に重要なことだと思います。
ポリマーを使った生物分離」の研究に携わり
異分野を学ぶ意味は大きい。
常識にとらわれず、自由な発想で。
高校時代の化学も楽しく学びました。実験で、
ました。
G-COE ではプロポーザルなどの評価、審
モノが変化していったり、性質の異なるもの
(ニワトリ)による医薬品タンパク質の生産
査等に関わってきました。異なる分野につい
勉強は普通にしていたという記憶しかあり
再びチャレンジ、「遺伝子工学」。
細胞、生物、遺伝子等を用いた新分野。
ませんが、理系の分野で「深く追求したい」
1年後名古屋大学に戻り、
「生物機能工学科」
に色々な分野で基礎的な知識を広げておくこ
という思いで、名古屋大学工学部化学工学科
が設置されることになり、新設された「遺伝
とは大切で、将来きっと役立つはずです。様々
に 進 み ま し た。 子工学」研究室にお世話になることとなりま
な研究分野の教員からの評価が入るという点
した。“動物細胞を使ってものを生産する”と
でも良いシステムであると思います。
いう、当時は新しい分野でした。ここから「体
私はこれまでに「1997 年の体細胞クロー
外で人工的に組織をつくる」ティッシュエン
ン」と「2006 年の山中 iPS 細胞」で大きな
ができていくことに惹かれました。 大学で「生物化学工学」と遭遇。
超臨界流体からバイオプロセスまで。
て調べ、研究提案を行うリサーチプロポーザ
ルは実験まで行えれば最高ですが、若いうち
石油化学から始まった化学工学の分野は、
ジニアリング(再生医工学)に繋がって行き
「原材料を別のものに変換するプロセス開発」
ました。細胞を使った組織化の研究、細胞で
“発想できないこと”ではなかったのに“発想
衝撃を受けました。技術的なことはさておき、
という発想で著しく発展し、私が入学した頃
はなくニワトリをリアクターとして使うため
しなかった”自分に気づきました。なぜ発想
はバイオ産業への応用として「生物化学工学」
の技術開発、遺伝子を入れる技術の開発など
しなかったのか?常識にとらわれていたから
という考え方が確立しつつありました。「工学
が主でした。新設の研究室なのでほとんど何
だと考えています。特に若い人には「常識に
部でもバイオを扱う分野がある」と聞き、「こ
もないところからのスタートでしたが、それ
とらわれずに自由に発想して挑戦する」こと
れだ!」と思いました。「バイオ分野はまだま
は常に私自身の研究スタイルでしたし、すべ
の重要性を強調したいと思います。
04 Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University
有機金属触媒を利用した、新しい有機分子の変換法の開発。
ロジウム触媒のクロスカップリングで、環境問題にも貢献。
研究を目指す者に、意義の大きなリサーチプロポーザル。
九州大学大学院理学研究院 化学部門 教授
博士(工学) 桑野 良一
結果が急に出始めたため、もう少し続けてみ
を受賞して注目を集めた反応」といえば分か
ようという気持ちになったというのが実際の
りやすいでしょうか。ノーベル賞の研究は、
ところです。
ホウ素の付いている有機化合物と塩素、臭素
修士課程から博士課程1年の後半まで、直
の付いている有機分子を触媒を使ってカップ
接指導いただいていた先生が不在になり、こ
リングさせるというもので、クロスカップリ
のことは今でも残念に思っていますが、反面、
ング反応にはパラジウムが触媒として欠かせ
「すべてを自分で考え、実践する」大事なトレー
ないものとされていました。しかし、私たちは、
ニング期間であったと言えるかも知れません。
ロジウムという触媒を使ってこの反応を可能
結局、博士課程1年で退学し、同じ研究室で
にし、ハロゲンのかわりにエステル基を脱離
助手になりました。
基にすることに成功しました。
これは、医薬品や電子材料など、さまざま
米国エール大学へ留学
実験の進め方に、目からウロコ。
生き物も機械も歴史も好きだった。
高校で化学に興味、京都大学へ。
な工業製品を効率よく合成する新しい手法で
すが、それだけでなく、ハロゲンのような環
境に悪い影響を与えるものは最初から使わず
この助手時代に文部省在外研究員として米
に済むというメリットもあり、環境に影響を
国のエール大学へ留学しました。この間に研
及ぼさないという面でも、社会に貢献できる
究スタイルが大きく変わったという点では、
のではないかと思っています。 とてもプラスになりました。というのは、そ
れまでは1回の実験で3つか4つくらいしか
名古屋市の郊外で育ちました。まだ自然が
同時進行できなかったのが、やり方を工夫す
残っていましたから、小さい頃はよく昆虫採
れば 10 でも 20 でも可能だと分かったので
未開拓分野に果敢にチャレンジを。
実験は忍耐力と細心の注意深さで!
集や魚釣りをして遊びました。機械を分解し
す(もちろん実験の数だけアイデアは必要で
G-COE では、少しですがリサーチプロポー
たり組み立てたりするのも好きでした。生物
すが)。残念だったのは、日本でやっていた
ザルの審査に関わってきました。そこでは、
も、機械も、どんなふうに動くのか、その仕
ことと同じようなことをやっている研究室へ
研究計画はオリジナルか、アイデアは妥当か
組みに興味があったのです。百科事典が家に
行ってしまったことです。今になって思うこ
などについて、受け答えのトレーニングを兼
あったので、よく読んでいました。また、歴
とですが、若いときでもあり、また留学とい
ねて審査をします。こうしたことは、研究者
史が好きで異常に詳しかった記憶があります。
う機会でもあり、別の分野を学ぶ絶好のチャ
として大学内だけでなく民間の会社でやって
ンスだったと思うのです。
いく場合にも重要な要素で、研究者のトレー
「藤原家の家系図を見るのが好き」というよう
な、ちょっとヘンな子どもでした。中学、高
校では水泳部に入り、毎日2時間、夏休みに
ニングとして絶好の機会ですから大いに活用
し、一生懸命取り組んで欲しいと思います。
校で化学にも惹かれ、その方向で進路を考え
環境問題解決へのアプローチ。
ロジウム触媒で
ハロゲンのかわりにエステルを
脱離基に。
ました。化学の中でも金属か、有機かと迷い
帰国後、2002 年に助教授として九州大学
な発想でシーズを掴み果敢にチャレンジして
ましたが、有機の方が学べる幅が広そうな気
に迎えていただきました。いきなり研究室を
ください。その際には、忍耐力をもって「実
がして、京都大学工学部合成化学科へ進みま
持たせていただいたのはとても有難いことで
験から見出されるわずかな変化を、いかにチャ
した。
したが、何もないところからの立ち上げでし
ンスに繋げるか」という心構え、つまり、“細
たし、九州には全く縁がないこともあって初
心の注意で見ること”を心がけて欲しいと思
めのうちはかなり不安でした。研究に没頭す
います。
は毎朝5時間近く泳いでいました。 勉強は好きな方で、数学や理科が得意でし
た。特に中学までは数学が好きでしたが、高
突然の変化や反応が楽しく、
以来、一筋に有機化学の道。
まだ未開拓の分野があるはずです。学生や若
い研究者の皆さんに望むことは、フレッシュ
研究のテーマは、「有機金属触媒を利用した
新しい有機分子の変換法の開発」です。この
によってはある瞬間から突然色が変わったり、
大きなテーマのもとで、現在はパラジウム、
そのような変化を見る楽しさから化学の世界
ロジウム、ルテニウムなどの遷移金属錯体を
に入り、振り返れば有機化学一筋に歩いてき
触媒として利用し、「カルボン酸エステルを脱
ました。しかし、研究者になろうという思い
離基とする各種求核置換反応」や「芳香族化
はあっても、どうしても大学で…、と思って
合物の触媒的不斉水素化」などについての研
いたわけではなくて、修士終了後は民間企業
究に取り組んでいます。
程の終盤で、それまでいっこうに出なかった
さまざまなことが解明されていますが、まだ
ることで不安と格闘していたように思います。
試薬を混ぜると別のものができたり、反応
への選択もあると考えていたところ、修士課
有機化学の分野の発達は著しく、現在では
クロスカップリング反応はその一つです。
「2010 年に鈴木、根岸両教授がノーベル賞
Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University 05
グローバルCOE「未来分子システム科学」
5年間の活動を振り返って
今号で最終回を迎える<グローバルCOE のニュースレター>。その総括として座談会を企画しました。拠点
リーダーの君塚教授をはじめ各統括メンバーの先生方にお集まりいただき、2007年度のスタートから5年間に
わたる活動を振り返っていただきました。
座談会メンバー:君塚教授、古田教授、今任教授、久枝教授、酒井教授
進 行 役:財部教授 (1)
G-COEへの応募の経緯。
お話したいと思います。先ず 2006 年の8月、
21 世紀 COE の最終評価ヒアリングに新海
グローバルで、かつ、九大らしく。
そのために「理・工連携」という発想。
21 世紀 COE の最終ヒアリングで成果を確
先生が君塚先生を連れて行かれ、「君塚先生を
認した後、まだグローバル COE と名前がつ
リーダーに」ということで決まったわけです。
かないうちに新海先生がポスト COE のワー
年が明けて公募を開始しています。
財部 21世紀COEからの繋がりや、応募書
キンググループを応用化学部門の中に立ち上
君 塚 21 世 紀 COE の 最 終 評 価 の と き、
類作成、ヒアリングの様子なども含めて、まず
げました。その後、“グローバル”というこ
新海先生のカバン持ちで初めてヒアリングに
拠点リーダーの君塚先生からお願いします。
とであれば工学府だけでは難しい、理学府と
立ち会いました。錚々たる先生方の中で縮こ
君塚 COE としては岩村先生、新海先生の
一緒になった方が良いということになり、翌
まっていました。そういう意図があったとい
COE、次いで新海先生の 21 世紀 COE があ
9月には理学府から香月先生、北川先生が来
うことを、今初めて知りました。
り、九大化学系は連続して COE を獲得して
られて話し合いを行い、合体してやることに
財部 組織の構成メンバーはすでに決まっ
きました。当然グローバル COE にも申請す
合意しました。翌 10 月 20 日にグローバル
ていたのですか?
ることになりましたが、採択拠点数が 21 世
COE(以下 G-COE)のホームページが立ち
君塚 まず事業推進担当者の核となる統括
紀 COE の半分に減るとのことで、狭き門で
上がり、11 月には応用化学部門のワーキン
メンバーが責任を持つということで、統括の
した。そこで、九大の新しい特色を出すために、
ググループで原案作成を行っています。
先生方は申請準備の時点から一緒に苦労して
工学研究院、先導物質化学研究所だけではな
拠点リーダーについては、新海先生という
いただきました。それと、スワット部隊と呼
く理学研究院も一緒にやりましょうというこ
声ももちろんありましたが、新海先生は停年
ぶ(笑)准教授の先生方に大活躍していただ
とになりました。
退官されることが決まっていて「若い人がやっ
きました。
久枝 経緯を少し復習して来ましたので、
た方が良い」というご意見でした。12 月の
久枝 スワット部隊は緊急事態の要員とし
06 Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University
座談会 : グローバルCOE「未来分子システム科学」5年間の活動を振り返って
て、調査とか図や書類を作るなど活躍してく
した。
ように「理学&工学研究院、先導研が一緒に」
れました。皆で一丸となってやりましたね。
古田 誰かが結論を出さなくてはいけませ
ということはできませんでしたね。外国の先
君 塚 そ れ が 出 来 た の は、 前 の 21 世 紀
んから。最初は統括メンバーに個々の案件に
生方にも、九大は化学の COE 拠点というこ
COE があったからだと思います。全員で運営
関してメールを出してコンセンサスを取るよ
とを認識してもらえたと思います。
に係わってきた経験があったので、緊急事態
うにしていましたが、メールの数が余りにも
古田 多忙にも拘らず皆さんにご協力して
に対応できたのだと。そうしたチームワーク
多くて、それは諦めました。それで常識的な
いただく中で連帯感が育まれてきたと思いま
の良さは、この拠点の強味ですね。
線で処理をさせてもらい、重要な問題は皆さ
すし、自分の研究とか自分の部局ではない視
んの確認をいただくというふうにしました。
点、九大という視点で考えることもできたと
特に苦労したことと言えば、国際ネットワー
思います。獲得するのはとても大変で、運営
クの立ち上げのときでしょうか。国際ネット
も大変なプロジェクトですが、そこで初めて
ワークの構想は最初の段階から打ち上げてい
生まれて来るものもありますから、それは非
たのですが、実績が十分にあってというわけ
常に良かったと思っています。
ではなかったので、カリフォルニア大学のロ
財部 理学府との連携という話がありまし
サンゼルス校(UCLA)や韓国の延世大学の
た。酒井先生は北川先生から引き継がれたわ
BK21 拠点へ行って協定を結びました。
けですが、その辺のところをお話しください。
君 塚 延世大学 BK21 の拠点リーダーは
酒井 普段は深く交流することを考える機
Dongho Kim 教授で、古田先生とは研究を
会がない工学府の先生方と交流を持つことに
通じて親交がありました。そういう関係が大
よって、気心も知れてきまして、グループと
事ですね。いきなり「連携しましょう」と言っ
して強くなっていくという感じを持ちました。
ても駄目で、研究者ベースでお互いの研究や
ただ、理学府の中にもこのプロジェクトにう
人柄を知っていて、その信頼関係の上に積み
まく参加できる人とできない人がいてそれが
重ねていくということでないと…。延世大学
悩みでしたが、全体で協力していくことが大
との協力関係は古田先生がおられて、初めて
事だと思いましたので、それをどのようにサ
実現できたものです。
ポートしていくかを考えました。特に教育に
(2)採択後の組織立ち上げの状況
個人のネットワークを活かして
海外の大学と協定を締結。
ついては大学院が主役が主なので、できるだ
け多くの大学院生に参加してもらうように配
慮、工夫しました。
君塚 信夫
君塚 その点は本当に酒井先生にはご苦労を
九州大学大学院工学研究院
応用化学部門教授・拠点リーダー
おかけしました。ここでは語り尽せませんね。
財部 どのような工夫をなさったのでしょ
財部 採択後の、組織立ち上げに際しての
うか?
工夫やご苦労などありますか?古田先生は副
酒井 このプロジェクトは事業推進担当者
リーダーとしてどのように君塚先生を支えてい
ではない先生がどれだけコミットしてくださ
かれたのでしょうか?
るかということが大事です。そこの理解は完
古田 21 世紀 COE の反省点として、専任
全には得られませんでしたが、学生は参加す
の事務スタッフが少なく、教員がマネージメ
る こ と に よ っ て RA 経 費 を も ら う な ど の サ
ントに振り回され気味だったという印象があ
ポートを得られるというメリットもあるので、
りました。今回は“グローバル”なので、英
その点での配慮、工夫をしました。
語力のしっかりした人にテクニカルスタッフ
君塚 こういうプロジェクトは、やはり学
として集まっていただき、ルーティーンな作
業はできるだけ事務局で行い、教員の方はで
きるだけ研究・教育に専念できるように配慮
財部 邦英
九州大学分子システム科学センター 特任教授
生のためにあるわけですから最初に「研究と
教育を分けて考え、教育面では九大の化学系
の学生すべてがメリットを受けられるように
しました。幸い事務スタッフは優秀な人ばか
財部 1996 年から連続して COE を獲得
しよう。そのために教育は全員でやる態勢に
りで、組織が出来上がってからは非常にうま
しているのは、各先生の非常に緻密な国際ネッ
しよう」と決めました。そして、ほとんどの
く回って行ったと思っています。
トワークがあってこそ。研究はもちろん、人
先生に何かしらの教育プログラムにご参画い
君塚 それは古田先生のご謙遜で、実際は
柄を通じて初めて大きな国家プロジェクトが
ただきました。
先生が人材を見極め、また方向付けなどを巧
うまく立ち上がるということなんですね。
みに誘導しておられました。実際、COE の
君塚 国際連携特論などでは海外からさま
運営にはさまざまな問題が生じてきましたが、
ざまな先生をお呼びしましたし、国際会議も
そこでの判断が古田先生は冷静で、かつ速い
何回か実施しました。担当の先生方には、研
んですね。私が下手に答えるより古田先生に
究で繋がりのある先生をたくさん招聘してい
やっていただいた方が余程うまく問題が収ま
ただきました。特に酒井先生にはお手数をお
るということで、大変勉強させていただきま
かけしましたね。G-COE でなければ、この
(3)人材育成プログラムについて
視野を広げ、研究を鍛え、
チャレンジ精神を刺激。
リサーチプロポーザルほか多彩な
プログラムで大きな成果。
Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University 07
財部 お話が教育の方への流れになってき
久枝先生のおっしゃる通りだと共感します。
酒井 そういう考え方の先生は、学生に勧
ました。「未来分子システム科学」の教育の目
G-COE にも引き継がれることになり、その
めなかったと思います。私のところでは「と
玉は「リサーチプロポーザル」ですが、これは
成果は5年後、10 年後きっと大きく実を結
にかく何でもやれ。何でもやらないと強くな
歴史がありますね。その辺の話や、その他今回
ぶことと思います。
らない」と言って勧めました。異分野の研究、
苦労した点などお聞きしたいと思います。
酒井 理学府でも、リサーチプロポーザル
あるいは異分野の研究者同士の交流が学生の
久枝 「リサーチプロポーザル」は応化分
とまではいかないまでも、修士でリサーチレ
視野を拡げ、それが力になっていくのを感じ
子(合成化学)で 50 年近い歴史があります。
ビューというのをやっていて、「自分の研究と
ていたので、そういう新しい空気が G-COE
21 世紀 COE でもやりましたし、それ以前
は違う分野を学んで紹介する」ということは
によって入って来るということは大いに歓迎
から行っていました。リサーチプロポーザル
しています。ですが今回、「ドクターに入った
でした。
があったから G-COE に採用された、という
ところで自分の分野と関係ない研究を企画す
財部 その他の教育プログラムについては、
経緯があります。リサーチプロポーザルは皆
る」というのは新鮮だったと思います。大変
さんご存知のように、「博士課程の学生が自分
だったようですが、クリアした学生たちが今
の研究テーマ以外の分野で興味あるテーマを
後伸びていってくれることを期待しています。
選び、そのレビューをした後、問題点を指摘
し、解決方法まで提案する。また、その実験
君塚 今回リサーチプロポーザルを受けた
結果まで予測して議論する。」というものです。
学 生 は 100 人 を 超 え ま す。 す ご い 数 で す。
新しい研究テーマを立ち上げるときのシミュ
皆さんがこれから活躍していくわけですから
レーションで、そこには研究者として一人前
楽しみです。
になるためにしなくてはならないことのすべ
もう一つ、これは國武先生の言葉ですが「リ
てが入っています。これを応用化学系の中で
サーチプロポーザルは学生だけでなく、聴く
やってきているのですが、G-COE では理学
側にとっても勉強になる」ということです。
府も一緒にこれをやるということでした。最
確かにそうだと思います。先生も一緒にブレ
初は本当に出来るのかと思いましたが、皆さ
インストーミングをやるということです。
んの協力で実現できました。
久枝 どんな質問をするかで教員の資質が
分野の違う先生が、学生の提案に対して質
問われますから、逆に評価されることになり
問したりアドバイスをしたりする。それは学
ますね。
生にとって非常に大きなメリットだったと思
古田 教員もそうですが、学生にとっても
います。これに参加した学生はものすごく自
理と工で接する機会、話す機会ができて、情
信が持てたと思いますし、また研究者として
報交換もできました。考え方の違い、目の付
やっていくための大きな力になると思います。
け方の違いなど個人的なレベルでもいろいろ
どうでしたか?
卒業した学生も実際にそう言っています。
と収穫があったと思います。新しい教育シス
テムなので、単位の取得など教務関係では大
酒 井 G-COE に な っ て 始 め た の が、「 海
,
外武者修業 G-COE Young Researcher s
変でしたけど。
English Program(G-YREP)」 で す ね。
君 塚 学部横断型のコース(G-COE コー
カリフォルニアに1カ月。ホームステイしな
ス ) で す か ら ね。 こ れ は COE 最 大 の 成 果
がら英会話のレッスン、大学での講義、企業
の一つです。受けた人は 440 人。その内の
見学など、自分が学生のときにあったら絶対
25%、112 人が外国からの留学生です。国
に参加したと思います。
際拠点にふさわしいですね。 久枝 「国際科学英語」も充実していますね。
財部 去年初めて出席させていただきまし
G-COE が良いプログラムを準備して、それ
た。私自身は企業から来ましたのでアカデミッ
を無料で受けられる。学生は信じられないく
クなことに対する憧れを持っていましたが、
らい恵まれていると思います。
酒井 健
九州大学大学院理学研究院
化学部門教授・拠点副リーダー
本当に緊張感がありました。学生だけでなく
君塚 成果が本当に出ていて、TOEIC の点
質問する側の教員も鍛えられる、これは「教
数が平均で 160 点以上も上がっているとい
員教育プログラムでもある」と実感しました。
うことです。九大生は基本的にできるんです
ところで、理学府は基礎研究が主体ですか
ね。そういうトレーニングを定期的に積み上
ら、成果を予測して発表するということに対し
げたら、確実にもっと伸びると証明できたわ
て抵抗をお持ちの先生もおられたのではない
けです。これは大きな成果です。これをどう
でしょうか。
続けるかというのが今後の問題としてありま
酒井 基本的には学生の取り組みですから、
すけど…。
それは抵抗がなかったと思いますよ。
財部 もう一つ、理学府の先生が工学府で
今任 私は 21 世紀 COE で教育担当でし
久枝 1カ月くらいは学位論文から離れる
講義する、また逆に工学府の先生が理学府に
た。その時からリサーチプロポーザルに関わ
ことになりますね。それに対して教員からの
行って講義をするという「理工相互乗り入れ講
り、その重要性を実感していました。本当に
反対というのは…?
義」も、学生・教員双方にとって有効なプログ
古田 弘幸
九州大学大学院工学研究院
応用化学部門教授・拠点副リーダー
08 Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University
座談会 : グローバルCOE「未来分子システム科学」5年間の活動を振り返って
ラムでしたね。あと、短期留学、国際学会支援
論文としては、中間評価の中でも Science
が、間違いなくあったと思っています。
についてはどうでしたか?
や Nature ファミリーなどへの世界最高レベ
酒 井 ユニット会議やワークショップで、
酒井 自分たちの時代から見ると、3カ月
ルの論文も出ていますし、その他の一流科学
お互いの研究を見せ合う。「他言無用」の内密
とは言え学生のときに支援を受けて留学でき
誌にもかなりの数が出ていて、善戦している
なものまで見せ合って評価をし合うというこ
るなどということは考えられないことでした。
と言ってよいと思います。
とはかつてないことでした。そのように研究
今回は、「学生が自分で先方の先生とやり取り
財 部 「分 子 システム 創 製 ユニット」「物
や情報をオープンにすることで、ユニット内
をして、どういうプロポーザルをするのかを
質・エネルギー変換ユニット」「生命分子シス
はもちろんのこと、ユニット相互の連携、理
書き、それを我々が審査し採択して行っても
テムユニット」の3つのユニットは、非常に分
学府と工学府の連携の可能性を探り、密度の
らう」というふうにしました。それは学生に
かりやすいですね。ユニット毎に総括をお願い
濃いコミュニケーションが徐々に構築されて
とっても非常に良い経験になったと思います。
いきました。連携の相乗効果も実を結びつつ
帰ってからの報告、発表でも、「とても有意義
あります。
だった」ということで、皆成長し、研究成果
君塚 そこは、どうしても時間がかかりま
も出してくれました。
すからね。
財部 国際学会支援もそうした視点でやっ
酒井 そういう関係を構築してきたことで、
ているようですね。1週間以内、3泊4日程度
将来いろんな形に繋がって行くのではないか
ですか。発表するための支援として科学英語と
と思います。
か、発表のパワーポイントの作り方、発表の仕
私が所属する「物質・エネルギー変換」ユ
方など至れり尽せりです。G-COEが終了した
ニットは、名前が示す通り、“化学物質を有用
後はどうなるのですか?
なものに変える”ということを一つのキーワー
君塚 コースとしては残りますので、それ
ドにしていて、主に3つくらいに分かれます。
は我々がどういう意識を持って続けるかとい
一つは「太陽光を水素ガスのエネルギーに変
うことにかかってくると思います。もちろん
える」。これは石原先生、成田先生、そして私
次の「リーディング大学院」の募集が既に始
のところでやっています。2つ目は「不斉合
まっており、九大から化学系をベースにどう
成」。これは「右と左を作り分ける」という高
いうアプライをやっていくかということとも
関係してきます。
ただ5年間で作った教育システムの“良い
ところを伸ばしていく”ということを、この
度な物質変換で理学府の先生方の取り組みで
久枝 良雄
九州大学大学院工学研究院
応用化学部門教授
す。もう一つはその逆に「電気を効率よく光
に変える」という研究で、有機 EL の安達先
生や今坂先生の取り組みです。
プロジェクトに係わった全員が意識して、「九
します。
エネルギーを物質に変換したり、物質をエ
大を化学の世界拠点にしていく」という共通
古田 3つの研究ユニットは G-COE が目
ネルギーに変換したり、とにかく分子システ
目標に向かって行かないといけないと思いま
指す「未来分子システム科学」を構築するた
ムを通して物質を操作していくということに
すね。
めに戦略的に設けたものですが、程良い人数
バランスで箱を作り、各先生方に自分がフィッ
(4)
研究活動について
「分子システム」をキーワードに
3つのユニットで研究に磨きを。
世界最高レベルの論文も。
トすると思われるユニットに入っていただき
ました。
「分子システム創製ユニット」に関しては、
皆さんそれぞれ自分の分子なりシステムを
持っておられ、低分子から高分子、触媒反応、
財部 研究は、教育とともにG-COEの柱
生体超分子の観察、集合状態、ちょっと固い
で、世界に冠たる成果がたくさん出ています。
固体の物性まで、それぞれに磨きをかけられ
そうした研究について伺います。まず全体的な
ました。
話からお願いします。
ユニット毎の発表会もしましたし、ユニッ
君塚 前回の COE までは「分子集積」と
ト相互の発表会もしました。その中では、「自
いうテーマで、もちろんその延長でシナリオ
分の仕事とユニットとの関係は何か」を意識
を書くことは可能でしたが、今回は理学研究
せざるをえないことが、大いに刺激になった
院にも入っていただくということもあり、す
のではないかと思います。自分の世界だけで
べてのグループが同じ土俵でやれるという共
なく、隣の人の研究も分子システムという観
通の理念が必要でした。そうなると「システム」
点から意識し始めたということですね。
という発想になるのではないか、と。システ
論文のパブリケーションを見ても、組織と
ムならばいろんな切り口が可能で、どのグルー
して年間 300 〜 400 本出ています。オリ
プも実績とアイデアを持っておられます。そ
ジナル論文だけでも月に 30 本くらいはコン
取り組んで来ました。
ういうことで「未来分子システム科学」とい
スタントに出ていて、今回の G-COE の研究
古田 それぞれのユニットでは理の先生と
うタイトルにしたわけです。
組織に組み込まれたことによるプラスの効果
工の先生ができるだけうまく混じるようにし
今任 稔彦
九州大学大学院工学研究院
応用化学部門教授
Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University 09
ました。そこで何かを見つけることが理工連
携の狙いですから。
プラットホームの役割だから。
財部 冒頭でも出ましたが、海外拠点との連
そういうプラットホームの役割をしないとい
けないと思います。行ってばかりでは駄目で、
久枝 私は「生命分子システム」ですが、
携についてお話しいただきたいと思います。
酵素モデルをつくる研究から細胞、ウィルス、
君 塚 延 世 大 学 に 関 し ま し て は、 先 ほ ど
という流れを作りたかったわけです。
さらにそれらを利用した医療への応用など、
言いましたように、古田先生との繋がりで快
今任 世界の拠点と連携するということで
とても幅広い分野から先生方が集まっていま
く「やりましょう」と言っていただきました。
言えば、POSTECH は特に高分子との関係
した。ユニット会議も面白く、「こんなことま
UCLA とは、Stoddart 教授と新海先生の親
で強い結びつきがあって、うまくいっている
で出来るんだ…」と驚くこともあり、とても
交があり、UCLA- 九大の合同シンポジウム
ようですね。それと、ボルドーからも来られ
新鮮で、工学府としても連携の効果は大きかっ
を UCLA に乗り込んで行いました。 その際、
ていて、これも成果が上がっているようです。
たと思います。G-COE が終了しても継続し
理と工から学生を 20 人くらい連れて行きま
外国人がたくさん来ることによって親しみが
ていくことで、花開く成果が出るのではない
したが、その晩、彼らが同じ部屋で一緒に飲
持てるようになり、コミュニケーションが積
かと思っています。個人的にはユニット会議
んでいるのを見て嬉しかったですね。「ああ、
極的にできるような雰囲気が、各研究室にま
はもう少し頻繁にあっても良かったのではな
このような環境を与えれば学生は自然とネッ
で浸透してきたのではないでしょうか。
いかと思いました。
トワークを作ってゆくんだ」と。
古田 九大では今、2,000 人の留学生を
今任 私も「生命分子システム」です。理
酒井 私も夜中まで引きずり回されました
4,000 人まで増やすということで、どんどん
と工の連携、ユニット内の連携、ユニット間
よ。
留学生が入ってきています。GLOBAL コー
の連携ということで、実際に私は安達先生の
君塚 特に外国の学生との付き合いは記憶
スという、英語のみで教えるコースも学部か
ところ、後藤先生のところと一緒にやりまし
に残りますし、社会に出てから絶対に活きて
ら大学院まで出来ました。英語で大学院の授
た。実質的に、“ユニット間の連携”による恩
くると思います。
業をするというのはもう、日常になりつつあ
恵をたくさん受けることができたと思います。
古田 延世大学とは3回やりました。メン
ります。その流れを G-COE が引っ張ってき
古田 助教も一緒に入りますから、教授同
バーも互いに顔を覚えて親しくお付き合いで
たと言えると思います。
士だけでなく全体の風通しがよくなって、自
きたと思います。相性も良かったのではない
由に行き来ができるような雰囲気が少しずつ
でしょうか。延世大学は私立ですが、エリー
出てきたのではないかと思います。
ト意識が少なく、九大に少し似ているようで
君塚 財部先生は、箱崎と伊都の助教たち
連携を築きやすかったですね。
の会を企画されましたね。
ドイツにもオランダにも行きました。もう
財部 研究の交流だけでなくアフターファ
少し向うから来てもらうことを組織的にやっ
イブのコミュニケーションも大事なのではな
ても良かったのかも知れません。「呼ぶ仕組み
いかと思いまして、赤坂で夕食会をしました。
をうまく確立できなかった」という点は、反
財部 現在、九州大学の中で「未来分子シス
5人ずつの参加でとても好評でしたが、何し
省点です。学生でもちゃんと呼べる仕組みに
テム科学」を含めてCOEが5つ走っています。
ろ皆さん忙しいですし、実際に距離があるの
すれば、もう少し自由な交流ができたのでは
それらの連携について、お話しください。
で…。そこをどう克服するかも課題ですね。
ないかと。そのために融通をきかせることは
君塚 5つの拠点が合同で何かをするとい
キャンパス移動については、中間ヒアリング
必要だと思います。
うことはやっていませんが、研究者レベル、
でも聞かれました。
久枝 確かに学生を呼ぶのは難しかったで
研究室レベルで共同研究が進んでいます。
君 塚 TV 会議システムを使って、伊都で
すね。九大のフレンドシップ奨学金などは使
古田 共催ということで、いい人が来たと
の講演会を箱崎でも聴けるようにするなど、
えますが、応募申請の時期が限られます。き
きに、「一緒にやりましょう」という形はあり
古田先生がアイデアをどんどん出されて、で
ちんとした学生招聘システムを作ることは重
ますね。良いものは分かち合いましょう、と。
きる限りのことをしました。
要だと思います。
君塚 古田先生がご尽力されて、全学で使
古田 箱崎と伊都の中間点に当たる西新の
君 塚 G-COE では、海外からの博士研究
えるソフトウエアを提供しました。懐の深い
「西新プラザ」で、セミナーとかリサーチプロ
員をなるべく迎える方針でした。待遇として
ご判断で、非常に良いことですね。COE を
ポーザルをしましたね。それは良かったと思
はあまり良くなかったかも知れないけれど、
獲ってきたところがそういうことをやって、
います。
受け入れた研究室として良かったのは、学部
COE 以外の学生も恩恵を受ける。そういうカ
酒井 理学府の学生は普段は老朽化した建
4年生でも日常生活が英語になってくること
ルチャーは大事だと思います。
物にいて、新しい伊都のキャンパスを「よそ
ですね。自分の英語でもなんとかコミュニケー
財部 ERATO、OPERA、WPI等、九州
の大学」のように思っているようでした。で
トできるということが判ったわけで、すごく
大学のビッグプロジェクトとの連携について
も頻繁に来るようになって「自分の大学がこ
大事なことです。上級生やスタッフが上手に
は、いかがでしょうか。
こにもある」という意識が持てるようになっ
英語を話すのを見て、やっぱり英語を話せな
古田 共催のセミナーはかなり頻繁にやり
てきています。そういう意味でも伊都に来る
いと駄目なんだということが意識に刷り込ま
ま し た。WPI か ら 我 々 の 方 に 必 ず 案 内 が 来
のは良いと思います。
れる。それが良かったな、と。古田先生が「な
ましたし、そういう意味では国際的に活躍さ
るべく外国人を採ってください」とおっしゃっ
れているさまざまな先生を呼ぶチャネルが広
たのですが、その通りでした。
がって、垣根が低くなっていると言えると思
古田 COE 世界拠点ということは、双方
います。G-COE の国際拠点がさらにバージョ
向なんですよね。人が来て、出て行って、と。
ンアップして、いろんな分野にドアが開かれ
(5)海外拠点との連携について
来てもらう仕組みづくりが欲しかった。
COEは、
「人が来て、出て行く」
10 Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University
「ここに来てステップアップして帰っていく」
(6)九州大学の各COE拠点間の連携
及び、ビッグプロジェクトについて。
G-COEをターミナルに
色々な分野に扉が開かれて
世界と繋がっている。
座談会 : グローバルCOE「未来分子システム科学」5年間の活動を振り返って
たという気がしています。良いことですね。
そこに我々のメンバーが加わっているという
ことは、我々の研究、研究者のレベルが高い
ことの証でもあると思っています。 財部 非常に大きな相乗効果が出ています
ね。G-COE がネットワークのターミナルに
実績になって欲しいと思います。
(8)総括
やはり「九大初の理・工連携」が
最大の成果。効果、成果を
今後に繋げ、さらに発展させたい。
と思います。
久枝 やはり同様に、一番の成果は教育の
システムがうまくできたことだと思います。
先程も言いましたが、特に英語教育とか武者
修業の G-YREP のようなシステムは成果だ
と思います。自分が学生のときにあったらど
なっていて、そこを介してすべての大きなプ
財部 最後に、このプログラムに携わっての
んなに良かったか。こういうものを今後も続
ロジェクトと有機的に繋がっているような形
一番の成果と一番苦労したことについて、お聞
けられないだろうかと思います。
になっていますからね。
きかせください。このプログラムに関わった教
また、理工で連携した教育として、リサー
員や学生が、将来どのように活躍すると期待さ
チプロポーザルなど九大の化学系として一緒
れるかも含めてお願いします。
に教育するシステムを初めて立ち上げること
君 塚 繰 り 返 し に な り ま す が、 や は り 学
ができました。これも是非継続したいですね。
部横断でコースを作って、工と理と先導研で
一番印象に残っているのは、2008 年の 11
協力してこのプログラムを走らせたというの
月でしたでしょうか、理工の学生さんたちと
は、九州大学としても初めての試みでした。
UCLA に行った時のことです。総勢 40 人く
G-COE に関わることで色々な組織が活性化
らいが同じ場所に泊った時に、「本当に、理と
財部 役割分担や九州大学のバックアップ
され風通しが良くなったという意味で大成功
工で一緒にやることになったんだ!」としみ
体制については、いかがでしたか?
だったのではないかと思います。私個人の苦
じみと実感しました。今は、「それが大きな自
古田 役割分担は、年度のはじめに教育担
労は大したことはなくて、皆さんに非常にお
信にも成果にもなったなあ」と思っています。
当だとか海外派遣担当、定例会担当など、そ
世話になりました。
苦労と言うわけではないけれど、自由参加
れぞれ G-COE に参画する先生をメインに割
古田 それまでは研究室と自分、あるいは
のプログラムへの参加が少ないのが気になり
り振り、協力していただきました。お陰で、
研究室と自分と学生という狭い世界でいいと
ま し た。 自 由 参 加 の プ ロ グ ラ ム に も と て も
広報も含めてとてもうまくやれたのではない
思っていました。もちろんそこには非常に重
良いものがあるのに、学生は必須の方はちゃ
かと思っています。特に事務局の方々はパー
要性もあるのですが、今回、こういう組織に
んとやるけれど自由の方はなかなか参加しな
フェクトでしたね。本当に高い意識を持って
参加させていただいて全体の運営のようなこ
い。そういうときに「良いから受けてみなさ
おられるテクニカルスタッフで、海外とのや
とをすると、組織を客観視したり相対視した
い 」 と 言 っ て や る、 背 中 を 押 し て や る こ と
り取りもしっかりとしていただいて、とても
りという視点があって、社会性が広がりまし
が重要だと思いました。参加した学生からは
スムーズにできました。
た。個人的にはその点が良かったと思ってい
皆、
「良かった」という返事が返ってきました。
大学のバックアップとしては、大型のプロ
ます。
G-YREP なんかも、学生は「参加して本当に
ジェクトということで無料で施設を借りたり、
もう一つ、運営の過程で意識するようになっ
良かった」と言っています。
バスを借りたり、また、費用の面では仕分け
たことがあります。それは、私は理学部出身
今任 教育での成果は、繰り返しになりま
で間接経費がカットされた際には大学の方か
ですが、工学部の経験もあり、また研究室も理・
すが、グローバル化されたことだと思います。
ら穴埋めしていただくことで活動に支障がな
工の双方を経験しています。ですので、フッ
学生は精神的にもグローバル化されたと思い
いよう配慮していただき、感謝しています。
トワークとしてはどちらのベクトルに足を置
ます。研究面から言うと、皆が「分子システム」
来年以降もあることを期待しています。
いても良くて、自由に動けるようになりまし
というキーワードに向かって、何かしら研究
君塚 古田先生がおっしゃる通り、G-COE
た。理学部の原理原則的な、理念主義的な考
のベクトルを繋げようという意識が働いた点
事務局には非常に優秀なスタッフが揃いまし
え方と、工学部の迅速な、現実対応型の考え方。
が成果だと思っています。
たね。彼女らは、学問分野は違っても COE
そのお互いの長所、短所を非常に意識できる
君塚先生から「金庫番を」と言われ、向い
拠点の運営に自在に対応できるでしょう。財
ようになった点でも十分に楽しませていただ
ていないと思いながらもさせていただきまし
部先生、ベンチャー作ったら絶対に成功しま
きました。
た。それと、当初は私が事務の統括を仰せつ
すよ。
酒 井 プ ロ グ ラ ム が、 学 生 に と っ て 良 い
かっていたのですが、それがなかなかできま
財部 G-COE は事務局の人材をもレベル
方向に働いたこと。それが一番の成果だと思
せんでした。財部先生に来ていただいて良かっ
アップしたんですね。プロジェクト終了後は、
います。自分も学生の頃、「海外に行きたい」
たです。
(7)運営体制(教員の役割分担や事
務担当者の支援体制、また九州大学の
バックアップ)について。
資金面で大学から大きな援助。
優秀なスタッフが活動を円滑に。
「大きな視点で研究成果を出したい」「そのた
財部 研究、教育プログラムであるG-COE
いですね。
めに海外に行きたい」という気持ちが非常に
は、研究を広げ、学生を育てましたが、それに
古田 いろんな方が来られましたが、チー
強くありました。このプログラムで今の学生
より教員も育ったということでしょうか。要す
ムのバランスを考えて採用させていただきま
は、そういうことが実際にできるのです。ま
るに人を育てるプログラムであり、国の目的も
した。ここの G-COE をやったことがプラス
た、国際的な雰囲気の中で頑張ることができ
そこにあったのではないかという気がします。
となったと言ってもらえればいいと思います。
たり、いろんな分野の研究者から刺激を受け
九州大学は、それを全国のG-COEの中で 最
テクニカルスタッフというのは少し立場が中
るという点でも良かったと思います。これは
高レベルで実践したと自負しています。
途半端なので、次のステップアップのための
G-COE の本来の目的でもありありますから、
本日はお忙しい中をお集まりいただき、貴重
それがかなり達成できたことは大きな成果だ
なお話をありがとうございました。
その力を国の機関で活かせるような場が欲し
Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University 11
The 2011 Global COE
International Symposium
on Future Molecular
Systems
平成 23 年 11 月 25 日(金)26 日(土)
の二日間、九州大学伊都キャンパス稲盛
センターにおいて G-COE 国際シンポジウ
ム“The 2011 Global COE International
Sy m p o s i u m o n F u t u r e M o l e c u l a r
Systems”を開催しました。
平成19年度からスタートした G-COE の
総まとめとして開催した本シンポジウムは、
九州大学有川総長と文部科学省岡崎専門官
の挨拶で始まり、君塚拠点リーダーによる
成果の総括がなされました。海外からの著
名研究者として、
C. L. Hill 教授
(アメリカ)
、
Z.
Gross 教授(イスラエル)
、D. Pantos 講師
(イギリス)
、
M. MacLachlan 教授(カナダ)
、
O. Seitz 教授(ドイツ)
、
Y.-R. Kim 教授(韓
国)
、A. V. Kabanov 教授(アメリカ)を招
聘し基調講演・招待講演を行いました。また、
本 G-COE からは成田教授、久枝教授、中
野准教授、古田教授、山東教授、山田教授、
安中教授による講演が行われ、分子システ
ム科学の成果と展望について活発な討論が
繰り広げられました。若手研究者・大学院
生も2日間にわたってポスター発表し(47
件)
、G-COE の成果を世界に向けて発信す
る絶好の機会となりました。最後に安達教
授が博士課程教育リーディングプログラム
の構想を紹介して閉会しました。今回は総
勢 239 名の参加があり、参加者は研究発
表と討論をするだけでなく大変活発に交流
し、G-COE 最終の国際シンポジウムとして
盛会でありました。
グローバル COE 分子の
自己組織化シンポジウム 2011
平成 23 年度秋の叙勲で、瑞宝重光章を
受章された國武豊喜先生をお迎えし、
「グ
ローバル COE 分子の自己組織化シンポジウ
下村政嗣教授(東北大学)
、
佐野正人教授(山
形大学)
、中嶋直敏教授(九州大学)
、君塚
信夫教授(九州大学)の講演の後、國武先
生より「自己組織化の化学―40年の軌跡」
と題する特別講演がなされました。シンポ
ジウム参加者も國武先生が合成二分子膜に
関する一連のご研究で創成・確立された“分
子の自己組織化”概念が、現在では錯体化
学、物理化学、生物化学やナノマテリアル化
学を含む化学全般に広がり進化している姿
を目の当たりにできたと思います。本年度は
G-COE の最終年度にあたりますが、國武先
生のご受章に合わせ、
“分子の自己組織化”
という主題でシンポジウムを開催できたこと
は、誠に記念すべき事柄です。この分子の
自己組織化の概念は、本 G-COE でも脈々
と受け継がれていますが、G-COE の成果の
一つとして“分子システム科学センター”が
2010 年 4 月に設立されました。すなわち、
本 G-COE プログラム終了後も九州大学か
ら世界に向けて“分子の自己組織化”の新
展開を発信し続けることになります。最後に
国内、海外からの参加者、G-COEメンバー
の先生方の協力で、本シンポジウムを大成
功裡に終えることができましたことを感謝い
たします。
GCOE satellite symposium
on nanobioscience,
nanobiotechnology and
nanomedicine
開催日:2011年11月28日(月)
〈招待講演者〉
Alexander V. Kabanov 教授
(ネブラスカ大
学 医療センター、
アメリカ)
Oliver Seitz 教授(フンボルト大学、
ドイツ)
浅沼 浩之 教授
(名古屋大学)
岡畑 惠雄 教授
(東京工業大学)
長崎 幸夫 教授
(筑波大学)
〈学内講演者〉
森 健 助教
星野 友 助教
谷口 陽祐 助教
久保木 タッサニーヤー 特任助教
嶋田 直彦 特任助教
第 16 回 国際ワークショップ
“The Way to the Academic
Researchers-Examples of
Former G-COE Students”
The 4th Pusan National
Univ. - Global COE Kyushu
Univ. Joint Symposium
on Molecular Science and
Technology
開催日:2012年1月12日(木)
平成 23 年 12 月 21 日(水)
、韓国釜
山 の Pusan National University に て、 第
4 回 PNU/G-COE の共同シンポジウムが開
催されました。本 G-COE 拠点より教員 ( 5
名 )、
学生 (11 名 ) 及び、
事務スタッフ(1名 )
の総勢 17 名が参加し、双方の教員、学生
による研究講演、学生ポスター発表の下、
活発な質疑応答が行われ、両組織の研究連
携、学生交流の一層の促進が図られました。
〈G-COEコース終了生講演者〉
廣瀬 崇至 助教
(京都大学)
小林 浩和 特定助教
(京都大学)
井上 淳司 特任助教
(広島大学)
藤井 義久 助教
(九州大学)
松岡 健一 特任助教
(九州大学)
若林 里衣 特任助教
(九州大学)
ム 2011」を平成 23 年 12 月 10 日に九
州大学伊都キャンパス稲盛フロンティアセン
ターで開催しました(主催:文部科学省グ
ローバル COE プログラム九州大学拠点“未
来分子システム科学”
)
。参加者は 102 名
(う
ち講演者7名)であり、岡畑惠雄教授(東
京工業大学)
、栗原和枝教授(東北大学)
、
12 Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University
〈招待講演者〉
Jonathan L. Sessler教授(テキサス大学
オースティン校、
アメリカ)
〈G-COEコース生講演者〉
大川原 徹 D3
(九州大学 工学府)
シンポジウム・特論
第21回 国際連携特論
第 22 回国際連携特論
ーPart1
開催日:2011年10月17日(月)
ーPart2
開催日:2012年1月11日(水)
〈講師〉
David W.Grainger教授(ユタ大学、アメリカ)
〈講師〉
Jonathan L. Sessler 教授(テキサス大学
オースティン校、アメリカ)
〈演題〉
Interactions of nanotechnology in the
human body
ーPart2
開催日:2011 年 11 月 18 日(金)
〈講師〉
石田 初男教授(ケース・ウェスタン・リザー
ブ大学、
アメリカ)
〈演題〉
A New Class of Advanced Thermosets
and Thermoplastic/thermosetting
Crossover Molecules: Polybenzoxazines.
Anion Recognition
〈演題〉
Supramolecular Chemistry as Applied to
理・工相互乗り入れによる
大学院講義
未来分子システム科学コースでは、工学
府、理学府、
システム生命科学府、統合新領
域学府に所属する大学院生が、
異なる部局、
専門領域の教員による教育を受け、新しい
発想や思想に触れることによって、グロー
バルな視野ならびに高い俯瞰的見識を身に
つけることを重要な教育目標としています。
その基礎教育カリキュラムの一環として、平
成20年より異なる部局の教員が講義する、
「理・工相互乗り入れによるリレー形式の大
学院講義」
を実施してきました。
第3回目とな
る本年度は、9月~10月にかけて伊都、箱
崎、
それぞれのキャンパスで下記の要領で各
3名の教員による講義を開講いたしました。
講義名(会場)
ナノ物質機能化学
(箱崎 : 化学第2講義室)
日 程
11名
9月27日
安達千波矢 教授(未来化学創造センター )
13名
9月29日
石原 達己 教授(工学研究院)
11名
10月11日
中野 晴之 教授(理学研究院)
25名
桑野 良一 教授(理学研究院)
17名
酒井 健 教授(理学研究院)
19名
10月13日
ーPart1
開催日:2011年11月28日(月)
参加者数
中嶋 直敏 教授(工学研究院)
分子情報科学
10月12日
(伊都:CE40 棟セミナー室)
第22回 国際連携特論
講 師
9月26日
第4回 産学連携セミナー
~期待される博士像シリーズ(3)~
〈講師〉
Zeev Gross 教授 (イスラエル工科大学、
イスラエル)
〈演題〉
Corrole’s Chemistry: From basic science
to advanced technologies
平成23年8月3日に産官学協働による共
同研究事例について、
坂上恵先生、小川雅司
先生、
圡屋陽一先生に講演いただいた。
この
共同研究は九州先端科学研究所(ISIT)、
パナ
ソニック、住友化学、九州大学との産官学協
働であり、お三方の献身的な努力、組織の理
解と協力により優れた成果に結びついたも
のである。セミナーでは、それぞれ産、学、官
の立場から共同研究の難しさ、
苦労話、
達成
感や進め方などについて、
また企業において
博士号を持つことの利点についても言及し
ていただいた。
坂上先生は企業の立場から①明確でぶれ
ない目標、
②適切な役割分担、
③依頼される
側の真剣な取り組み、が重要であると力説
された。
小川先生からはコーディネーター役
としての苦労話を含め、チェックポイントを
分かりやすく説明していただき、
このような
共同研究が実際に実験を進めた大学院学生
の人材育成・教育の場となることを強調され
た。
圡屋先生からは、
共同研究成功のポイン
トとして、3カ月という限られた短い時間の
中で、
各組織間の上層部の連携、
実働部隊の
協力が大切であるとの指摘をいただいた。
最後にパネルディスカッションを行い、博
士号を有することの利点について、3人の先
生方から戴いた率直な意見を以下に記す。
Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University 13
(1) 博士課程は論理的な思考の涵養に役
立ち、
課題を見いだし本質を考える習慣を身
につけることができる。
このトレーニングは、
修士課程では不十分である。(2)今後ますま
す加速されるグローバル化社会において、
博士号はますます重要になる。(3)国内外で
海外の会社と仕事をする際、博士号を持た
ないと一人前の研究者
(あるいは技術者)
と
して扱ってもらえない。
(4)国内でも、
病院や
医薬系の先生方との折衝では博士号が必須
である。
また(5)国内外を問わず海外企業で
働く場合、博士号があれば待遇が良く、
また
転職や退職後の選択肢も格段に多い。
これ
からは、定年まで一つの企業に勤める従来
の雇用スタイルとは変わってくる。最後に、
(6)企業に就職して社会人博士として博士学
位を習得することは、
業務との両立が極めて
困難である。頭脳が柔らかく、集中できる時
期である大学院生時代に、博士課程に進学
して学位を取得することを強く勧める。
これ
は、
自分の将来への投資である。
リサーチプロポーザル
優秀賞受賞者
リサーチプロポーザルでは自分の研究分
野と異なる研究課題について問題提起を行
い、それを解決するための研究立案ならび
に予想される結果の考察を冊子としてまと
めます。
このプログラムでは自ら新しい課題
を見つけ、解決すべき点を明確にし、そして、
それに対してどのようにアプローチするか
という研究者としての大切な能力を磨きま
す。平成23年度は45名の受講届があり、11
月7日、9日の二日間、プロポーザル冊子と
プレゼンテーションに基づいて、総勢56名
の教員による試問を行いました。受講学生
の中から、内容のすばらしかった5名を優
秀賞(未来分子システム科学 リサーチプロ
ポーザル賞)
に選定しました。
辻 雄太 君
(工学府 物質創造工学専攻)
〈研究課題名〉
光合成細菌の反応中心複合
体を用いた高効率な太陽電池の開発
辻雄太君は、紅色光合成細菌の反応中心
およびアンテナ色素の複合体LH1-RCを用
いた色素増感太陽電池の作製を提案しまし
た。選択したテーマが自身の研究から離れ
ているにもかかわらず、自分なりの考えを
持った提案であり、加えて、研究背景が十分
に把握されている点が高く評価されました。
郭 帥 君
(工学府 化学システム工学専攻)
〈研究課題名〉Detection of Protease
Activity by Using Fluorescence
Correlation Spectroscopy and Quantum
Dot Peptide Conjugates
郭帥君は、新規な量子ドットペプチドコン
ジュゲートと蛍光相関分光法を用いたプロ
テアーゼ活性の検出を提案しました。
非常に
明確な発表でありかつ予想される問題点に
関する質問にも的確に答えた姿勢が高く評
価されました。
兵藤潤次 君
(工学府 材料物性工学専攻)
〈研究課題名〉
外部刺激応答を利用した原
子スイッチング
兵藤潤次君は、
隙間型原子スイッチングシ
ステムの更なる性能向上に向けた戦略を提
案しました。
現在における原子スイッチング
の問題点とメカニズムについてよく勉強し、
自分なりのアイデアによる提案を含む具体
的な研究計画が高く評価されました。
金 敬穆 君
(工学府 物質創造工学専攻)
〈研究課題名〉生体分子イメージングのた
めのbioorthogonal反応
金敬穆君は、
生体分子イメージングのため
に必要な速い反応速度と時空間選択性を同
時に有するbioorthogonal反応について提
案しました。
選択したテーマが自身の研究か
ら離れているにもかかわらず、
研究提案に至
るまでの道筋がよく練られている点が高く
評価されました。
市川幸治 君
(工学府 物質創造工学専攻)
〈研究課題名〉
MapキナーゼERKを標的と
したセンサーの開発
市川幸治君は、キナーゼを選択的に検出
するためにMapキナーゼの中のERK1/2 を
ターゲットとしたセンサーの開発を目指し
た研究を提案しました。
提案内容が現実的か
つ興味深いものであり、加えて、質問に対す
る受け答えもしっかりしていた点が高く評
価されました。
トロント大学(カナダ)短期留学体験記
工学府 杉川 幸太
2011 年 6 月 13 日から同年 11 月 19 日までの約 5 ヶ月間、カナダ
のトロント大学に visiting student として留学をしました。留学の目的
は「自分への卒業試験」
。もう一度新しい環境に身を置き、自分がどこ
までできるかを試したいという思いで留学を決意しました。
「留学先の
先生に残って欲しいと言われること」
「論文を書けるだけの結果を残す
こと」を具体的な目標に掲げました。留学先には今まで読んだ論文の
中で最も印象に残った論文を出されている Kumacheva 先生の研究室
を選びました。自分の得意分野で勝負することで言い訳をなくそうと
いう思いもありました。私の指導教官の先生とも面識がなかったため
直接メールを送り、スカイプでの面接と課題をクリアしてなんとか留
学の許可をいただきました。学生11人ポスドク7人で、内カナダ人は
2人だけという国際色豊かな研究室です。
私は7時過ぎに登校し 22 時くらいに帰宅するという、日本とほとん
ど同じスタイルの生活を送りました。トロントの学生は10時くらいに
登校し18時くらいには帰ります。そのため昼間は測定装置などが混み
ロッキーマウンテンにて
14 Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University
実験が進まないため、午前中と夕方以降が私の主な実験時間となりま
してもこの傾向は同じです。海外に行く事が全てとは思いませんが、行
した。日本人が働き者だというイメージは世界共通なようで、最初は
きたいという思いがあるのなら行動に移すべきです。研究と同じで、で
冗談まじりに「あまり働き過ぎるなよ」と声をかけられました。気がつ
きない言い訳を見つけるよりも解決する手段を考えることが大切です。
けば crazy と言われるようになり、帰国することには monster と呼ば
私は留学を実現させるまでに5年を要しました。その原因は私の留学
れていました。しかし、この働く力こそが日本人の能力であり、少し古
への目的が曖昧だったからです。目的が曖昧だと人は言い訳をします。
い考え方かもしれませんが日本を支えている失ってはいけない特質で
逆に目的がはっきりすれば人は動きます。動き出せば課題が見えます。
あるようにも感じました。学部4年時に初めて研究室に配属されたあ
あとはそれをクリアするだけです。留学への一歩を踏み出せずにいる
の頃の様に、全力で実験に取り組みました。慣れることの怖さと新し
人は、もう一度留学の目的を考え直してみてください。
い環境に身を置くことの価値を改めて実感することになりました。
私は G-COE のプログラムを通して英語を学ぶ多くの機会をいただ
料理好きということもあり基本的には自炊をしましたが、週末には仲
きました。2年前に参加した G-YREP ( 若手研究者のための海外武者
良くなった友人達と外食を楽しみました。日本にも多くの食文化が入っ
修行 ) が今回の留学を決意させるきっかけとなり、留学する壁を低く
てきていますが、その多くは日本人向けにアレンジされています。しか
してくれました。心から感謝しています。今後も多くの学生がこのよう
しトロントでは様々な食文化がそのままの形で存在しています。そのた
なプログラムを積極的に利用し、日本の代表として世界を舞台に闘う
め純粋なエチオピア料理やブラジル料理など、日本では中々味わえな
ことを願っています。
いような料理にも出会うことができました。観光と言う意味ではあま
り魅力のないトロントですが、多くの異文化を同時に体験できるエキサ
イティングな街だと思います。そしてカナダの観光と言えばやはり自然
です。ナイアガラの滝はもちろん、期間中様々な縁もありロッキーマウ
ンテンやアルゴンキン州立公園の紅葉など、カナダの大自然を満喫す
ることができました。自分の考えを整理するよい時間になりました。
7 月 3 日〜 8 日には 留 学 中 で は ありましたが、G-COE 国 際 学
会参加助成プログラムにより第6回 International Symposium on
Macrocyclic and Supramolecular Chemistry (ISMSC、 イギリス )
に参加させていただきました。この学会は私が専門としている超分子
化学では最も大きな国際学会のひとつであり、3年連続での参加にな
ります。様々な学会に参加するのも良いですが、同じ学会に続けて参
加することで、その分野の向かっている方向性や課題など、普段の研
究だけでは得られない多くの情報が得られました。
留学をしていて少し寂しく感じたのが日本人の少なさです。語学学校
Kumacheva 研究室メンバーと
(前列センターが Eugenia Kumacheva 先生。
著者三列目右から2番目。)
には多くの日本人が留学に来ているそうです。しかし、大学や研究で
の留学生となるとその数は極端に少なくなります。周りには多くの中国
人や韓国人、インド人などの学生や研究者がいます。国際学会に参加
ハリーポッターの撮影にも使われたトロント大学の建造物。
現在も授業などに使われている。
ラボの仲間と
15
留学体験・卒業生からのメッセージ
卒業生からのメッセージ
リーズ大学(英国)
理学府 斉田 謙一郎
私は九州大学を卒業後、
上智大学でのポスドクを経て、
2011 年より英国リーズ大学化学科にリサーチフェ
ローとして在籍しています。
こちらではより効果的な量子動力学シミュレーション理論の開発に取り組んでいます。所属している研究
室は教員1名(Dmitry V. Shalashilin 先生)と博士課程の学生が1名、そして私の3名と小さい研究室で
すが、英国内外のグループと大規模なプロジェクトを遂行するなどアクティビティは非常に高いです。私の
研究室に限らず、英国では大学間の研究ネットワークを重要視しており、例えば RSC(Royal Society of
Chemistry)を皆さんもご存知だと思いますが、定期的に近隣の大学同士で RSC セミナーを開催するなど、
世界の第一線を目指すという意識を強く感じます。
正直なところ、私は海外の有名な先生に師事して研究することを目的にした訳ではなく、独立した研究
者になる為に自分を全く異なる環境に置く手段の1つが海外という考えでしたから、国内外の他の研究機
関とも悩みました。渡英を決めたのは、英語が鍛えられることと今の研究テーマなら自分を最大限に生か
せそうだと思ったからでした。リーズ大学に来て早4ヶ月が過ぎようとしていますが、来て良かったと感じ
ています。リーズ大学は学生数約 30,000 人、職員数約 8,000 人、世界ランキングでも常に 100 位以内
にランクインする研究力をもつ総合大学です。特色として 124 カ国から人が集まった豊かな国際色があり、
日本に興味を持つ学生も多く「日本人ですか?」と声を掛けられることもしばしばで、異文化交流になると
同時に、他分野の研究の話を聞くことで自分の研究にフィードバックできるという利点もあります。日本か
学内には歴史のある建物が多い
(Great Hall)
らの学生・研究者も多数在籍しているので、留学するにはよい環境だと思います。実のところ英国への研
究留学は英語力などビザ取得へのハードルが年々厳しくなっているので、少しでも興味があるなら早めに
留学されることをお勧めします。貴重な体験になりますよ。
最後に、リーズ(Leeds)は北部イングランドに位置する人口約
70 万人の都市で、英国内でも有数の大都市です。街の中心部は
かなり大きなショッピングエリアになっておりモダンな商業都市
である一方、郊外にはヨークシャーデイルズ国立公園や湖水地
方など風光明媚な景勝地に恵まれています。マンチェスター・ヨー
ク等と並びイングランドらしい地域なので、機会があれば是非い
らして下さい。
D. Shalashilin 先生と(右が筆者)
ボルドー第二大学(フランス)
リーズ大学(Parkinson Building)
工学府 森山 塁
私は九州大学卒業後、フランス・ボルドー第二大学にある Institut Européen de Chimie et Biologie (IECB) の Professor. Jean-Louis Mergny
(JLM) グループの下で Postdoctoral Researcher として働いています。ここボルドーはワインの産地として有名ですが、ボルドー大学をはじめグラ
ン・ゼコール ( 高度専門職養成機関 ) などの高等教育機関が多くヨーロッパ最大の学生町として知られています。ほとんどの大学が中心街から近い
位置に存在し、その中心街には多くのレストランや大型スーパーがあります。さらに街中には TBC( ボルドーの公共交通機関の名称 ) が管理するト
ラムやバス (1チケットで一時間以内ならトラム・バス乗り放題 ) の路線が張り巡らされているため、非常に暮らしやすい環境となっています。
私はもともとポスドクとして JLM のグループで研究したいと思っていたため、D2 の時に G-COE の短期留学制度を利用して JLM の下で研究さ
せていただきました。そのときに JLM に直接「卒業したらポスドクとして雇って頂けないか」と交渉し、OK の返事を頂き今に至ります。人の出入
りが多いグループと伺っていましたが、私が D2 の時に訪れたときにお会いしたメンバーや国際学会で何度かお会いした人も何人かいたため、すぐ
に馴染むことができました。私は今、
新規 DNA ナノデバイスの構築というテーマで研究に励んでいます。こちらでは週に一回 JLM によるグループミー
ティングが行われ、さらに月に一度 IECB に所属するメンバーが参加するラボミーティング ( 九大で言う院セミのようなもの ) が開かれています。ラ
ボミーティングでは各々のグループリーダーから鋭い質
問やコメントを頂くことができるため、新たな指針を見
つけることもあります。
日本にいても最新の設備を使いそして最先端の研究
を行うことは可能ですが、私はそれ以上に世界中で研
究者・企業者とのネットワークを築くということが重要
だと思っています。" 語学 " という点で不安を感じるこ
ともあると思いますが、リスクを恐れずに世界に一度飛
び出すことは必ずプラスになると思います。九州大学に
は G-COE をはじめ留学をサポートする制度があります
ので、ぜひ一度海外で研究してみてはいかがでしょうか。
JLM グループメンバーとレストランにて :
左端 Professor, Jean-Louis Mergny
左列手前筆者 右列奥から2番目
グループメンバー宅でのホームパーティ :
筆者前列左
Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University 16
カーネギーメロン大学(アメリカ)
工学府 天本 義史
私は、工学府高原研究室で博士号を取得後、現在、アメリカのピッツバーグにあるカーネギーメロン大学の Prof. Matyjaszewski 研究室で、高
分子合成に基づく機能性高分子の開発に従事しています。先生がヨーロッパ出身という事もあり、メンバーは国際色豊かで、アメリカのみならず、ヨー
ロッパ、アジア、オセアニア各国から、15 名の学生と 7 名のポスドクが切磋琢磨しています。
カーネギーメロン大学は、コンピュータやロボティックス分野において有名であり、日本の大学や企業から、多数の訪問研究者が滞在しています。
私も企業の方と親しくさせて頂いており、食事を一緒にする事があります。日本にいる時は、企業の人との交流はほとんどありませんでしたが、企
業の考え方、製品、経済や株まで、なかなか触れなかった話を知ることが出来ます。しかし、他のアジア諸国と比べると日本人の数は非常に少な
いと思います。一つの理由として、日本人はアメリカの東海岸や西海岸の大都市に行く傾向があるからです。もう一つの理由としては、研究室のメ
ンバーが指摘してくれたのですが、日本は豊かな国なので、外に出なくても日本の中で十分にやっていけるからだと思います。
この研究室にいて感じる事として、日本の環境、サポートのよさが挙げられます。こちらでは一つの研究室が所有している装置は少なく、他の研
究室や建物に装置を借りに行く事が頻繁にあります。また、学生や博士研究員(ポスドク)が学会に行く機会はあまりありません。
しかしながら、このような環境の中でも世界トップレベルの研究成果を挙げています。大学院生とポスドクのシステムや研究に対する考え方が大
きいように思います。私の研究室では、修士で修了する学生はおらず、約 5 年間、一つの研究室で研究しながら学ぶため、最後の数年は世界レベ
ルの戦力となります。あくまで当研究室の例ですが、ほとんどの学生が、論文を 10 報以上出していきます。また、彼らは生活するのに十分な給料
を貰っており、大学院生が一つの職業として認められているように思います。ポスドクに関しては、自分の研究の幅を広げる事を意識しており、様々
な分野にチャレンジし、ポスドク間もしくは学生とのコラボレーションが盛んです。こちらの
制度では、ポスドク後、Assistant Professor になると、すぐに独立して一つの研究室を持ち、
Principal Investigator (PI) になるため、出来るだけ幅広い研究分野に精通するように心がけ
ているからでしょう。また、1つの研究を深追いしない印象を受けます。新しい分野にチャレ
ンジし、学生でも複数の研究を同時進行し、成果が出なければ、潔くその研究を止めます。
これからは今以上に、グローバルな時代となるでしょう。他国の人と交流したり交渉したり
する際には、英語を話せる事のみならず、その国の考え方、システムや文化など、より深い部
分を知る事が不可欠です。このように日本と異なる環境の中、実際に見て、肌で感じる事は非
常に重要であり、幅広い視野を持った、豊かな人間になれるだろうと思います。そして何よりも、
若い時期に、世界中の人と友達になれる事は大きな財産です。
私一人の研究スペース
女性研究者スピークアップ
北岡 桃子
さん
現在、神谷教授の研究プロジェクトのもとで行っている研究は、核
酸と酵素というヘテロ分子の複合体を用いる遺伝子検出試薬の開発で
す。細胞中の遺伝子を検出することで、例えばがんの診断などを行う
ことができます。研究を行う意義は社会貢献だと考えていますが、
今回、
私たちのこれまでの研究成果をもとに、新たな検出試薬キットが共同
大学院工学研究院 応用化学部門
博士研究員
研究企業にて商品化されました。今後、より簡易で正確な診断方法が
開発され普及することは、社会全体のメリットに繋がると期待している
ことからも、非常に嬉しく思います。現在は、複合体を形成する酵素
の活性向上などを通してさらなる高感度化へ向けた検討を行うととも
に、核酸―酵素複合体の新たな利用法の開発にも着手しています。
理系に進んだのは、事象の本質は一つだとし、それを解明しようと
いう部分に惹かれたからだと思います。農学部に入学後、様々な現象
を化学反応で説明可能であることを講義で知り、その面白さから化学
系の学科に進学することを決めました。
修士を卒業後は企業に就職しましたが、医薬品・化粧品・食品分野
においてからだに安全でかつ有効な技術を開発するには、化学だけで
なく生物の、特に分子レベルでの生命現象についても知る必要がある
と考えるようになりました。その頃、大学時の先輩から九州大学の後
藤雅宏教授が遺伝子の診断技術開発に関する研究で技術員を募集して
いることを聞き、より深く探求するチャンスだと思い転職を決意しまし
た。これが後藤先生・神谷先生との出会いです。その後、同テーマで
博士号を取得した現在も、後藤・神谷研究室にて学術研究員として勤
務させていただいています。
仕事と育児の両立の面では、学内には子育てをしながらお仕事をさ
れている教職員も少なからず居られることから、自分も困ったときには
いろいろ教えて頂いています。研究者を目指す学生の皆さん、迷って
いるなら是非前向きに考えてみてください。また、学内にも保育施設
があり、環境的にも整ってきていると思います。ただ、一般的に育児
には予定外のことが多く、例えば残業や学級閉鎖などで急に預かり先
を探さないといけない場合、今はベビーシッターなどの確保は各人に
任されています。このような作業は一つ一つが積み重なると負担となっ
てきますので、今後は組織による代行などの支援も含め、予定外のこ
とにも対応しやすい支援システムが作られていくことを期待します。
改めて考えてみると様々な過程で悩んだことも多いですが、迷ったと
きには新しいことに取り組んでみると次の展開が見えてきました。今
後も積極的に挑戦していきたいと思います。
17 Science for Future Molecular Systems G-COE Program-Kyushu University
江藤 真由美
では思っています。研究も私の中ではどこか遊び心を持ち続けられる
さん
ものの1つです。もちろん中途半端に実験している訳ではないのです
が ・・・。ただ、どこか純粋な興味で動く部分があるから今まで研究して
こられたのではと思います。
福岡県出身
理学府 化学専攻
博士課程 2 年
未来分子システム科学コース生での経験
G-COE では、九大内外の研究者に講義・シンポジウムの際にお会
いします。幅広い分野の研究者と交流できるのが G-COE の最も特徴
的な点です。普段研究室にいるだけでは経験できないことです。何事
も経験と慣れということを実感しました。
さらに、国際学会助成で 4 回ほど国際学会に行かせていただきまし
た。有意義な経験でした。海外での発表の経験や研究者との意見交換
現在の研究テーマ
は、貴重な体験です。研究に対する姿勢なども学ぶ点が多く、その環
ケイ素 (Si) とアルミニウム (Al) の環境化学
境に自分をおくことができたことは幸運でした。学生中に海外に積極
的にいけることは非常に恵まれたことと考えています。
理工系に進んだきっかけ
TV 番組などで「長年 ・・・ を研究している ・・・ 博士は〜」なんていう
将来の夢
言葉を聞いてかっこいいな〜と思ったという不真面目きわまりないこと
就職に関して考え出す時期になりました。もちろん現在の研究の延
がきっかけです。他には、実験は本で読めないから興味がわいたのか
長で職を得られれば良いのでしょうが、これ以外はダメ ! というよりも、
もしれません。高校時代は数学ほど嫌悪感を抱くものはなく、世界史
柔軟な姿勢で臨みたいと思っています。また、自分の周りにいる人々の
と漢文ほど得意なものはなくで、いまでもよく理系に進学したものだ
行動や言動から吸収する姿勢を持ち続けていきたいです。どんなマニュ
と思います。その当時は考えもしませんでしたが、手を動かして遊びた
アル本よりも価値があるものだと思うからです。逆に自分もいい意味で
い ! 何かをしたい ! という気持ちが理系に走らせた1つの要因ではと今
人から言動や行動を盗まれるような人間でありたいと思います。
■ G-COE セミナーリスト
No.
(2011年9月1日∼2012年1月31日現在)
講演者名
講演者所属
開催日
1
山下 正廣 先生
東北大学
2011.09.22
2
櫻井 武 先生
金沢大学
2011.09.30
3
David W. Grainger 先生
The University of Utah、アメリカ
2011.10.17
4
加藤 功一 先生
広島大学
2011.10.27
5
Tomas Torres 先生
Universidad Autónoma de Madrid、スペイン
2011.11.08
6
十川 久美子 先生
東京工業大学
2011.11.15
7
石田 初男 先生
Case Western Reserve University、アメリカ
2011.11.18
8
荒川 裕則 先生
東京理科大学
2011.12.01
9
Hsian-Rong Tseng 先生
University of California at Los Angeles、アメリカ
2011.12.14
10
Marie-Paule Pileni 先生
University Pierre and Marie Curie、フランス
2011.12.20
11
Jonathan L. Sessler 先生
The University of Texas at Austin、アメリカ
2012.01.11
12
Nikos Hadjichristidis 先生
King Abdullah University of Science and Technology, サウジアラビア
2012.01.23
13
Melinda Hull 先生
カクタス・コミュニケーションズ株式会社
2012.01.28
編集後記
この号をもちまして、グローバル GOE ニュースレターは「完」となります。インタビューに応じて頂いた先生方、様々なイ
ベントの記事を書いて頂いた先生方、また、博士研究者や学生の皆さんにも、多大なご協力を頂きました。皆さんのご協力があっ
たからこそ、この 11 号まで漕ぎ着けることができました。ニュースレター編集メンバー一同感謝申し上げます。また、未来へ
向けて新たなチャレンジが始まります。みんなで力を合わせて頑張って参りましょう!
編集・発行:九州大学グローバルCOEプログラム 未来分子システム科学
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九州大学伊都キャンパスウェスト2号館616号室
TEL 092−802−2900
(伊都キャンパス事務局)
TEL 092−642−7505
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E-mail: gcoe_office@mail.cstm.kyushu-u.ac.jp
http://www.chem.kyushu-u.ac.jp/gcoe/index_j.php
取材・編集:緒方 章子
撮 影:荻島 正夫
印 刷:城島印刷株式会社
〒810-0012 福岡市中央区白金2-9-6
TEL092-531-7102 FAX092-524-4411
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